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大明风华 Ming Dynasty最終話「永遠なる航海へ」奪門の変により朱祁鎮(シュキチン)は復辟、天順(テンジュン)と改元した。しかし皇太后・孫若微(ソンジャクビ)は皇帝となった息子と会おうとしない。祁鎮は足繁く母の寝宮に通い続け、やがてようやく面会が叶った。母は身繕いもせず、すっかり老け込んでいた。「どうすれば于謙の命を助けられる?一体どうすれば37名の官吏を解放できるの?」「徐有貞(ジョユウテイ)が言うには、于謙は例え功を成そうとも私への罪がある 殺さねば政変は過ちに…」「ではお前は正しいと?」すると祁鎮は初めてこれまでの恨みをぶちまけた。「オイラトの雪の上に寝転び凍死しかけた時、この国にいる者は誰も救いに来なかった 責任も感じておらぬ、帰還後は子の毛布の用意がなくても謝罪に来ません オイラトの捕虜となった皇帝は死ねとでも?! ただ生き長らえることは恥以外の何ものでもありません!」←いやだって自業自…(´゚艸゚)「救出に行かずにいた私を恨んでいるなら監禁でも投獄でもすればいいわ… 縊死(イシ)でも服毒でも受け入れる でも于謙は殺しては駄目よ…37人の官吏も免罪してちょうだい 祁鈺(キギョク)には私心があった、でもあの者たちを登用したのは英才だからよ? 于謙は類稀なる無双の国士なの!お願いよ…」祁鎮は母の手を握りしめ、他人のために家族が仲違いする必要はないとなだめた。しかし母は涙ながらに于謙を殺さないて欲しいと懇願する。「…できませぬ」「分かったわ…私の愛は濡れた綿入れゆえ、ついに脱ぐと言うのね」←まだ着てたんかーい(゚ロ゚ノ)ノ「脱げば寒いですが…前に進みます」外は雨になった。若微は息子の説得をあきらめ、簾を巻き上げて冷たい風を部屋に入れる。「いいわ、君臣の義は断ったから、親子として話をする… 私の姓は″景(ケイ)″、父は景清(ケイセイ)、建文(ケンブン)帝の臣下だった 私は10年、訓練を受け、刺客として宮中へ入ったの お前の太爺爺は最後の北伐前、遺詔にこう記した…″私を殺せ″とね」祁鎮は母の突然の告白に呆然としていた。「程なくして私はお前を身ごもった…満ひと月のお祝いの時、お前の爹も私を殺そうとしたわ ふっふははは…これがお前たち朱一族よ、幸い私とお前の爹の間には苦難を共にした恩情があった あの人は死ぬ前、殉職者の名簿に私の名を記しては消したわ…7回もね そして私に誓わせた、我が子が即位したら死ぬまで補佐をすると…」すると若微は呆気にとられている息子の両肩に手を置いてじっと見つめた。「わが子よ、お前は母を2度も救った、その恩は一生分の涙で返したわ… でもお前は私の信念を打ち砕いた 今日で親子の縁を断ち切る…もう朱家に借りはない、朱家も私に借りはなくなった」「にゃん、嘘でしょう?先ほどの話は作り話で、私を騙しているのでしょう?」「…この朱家で生き残れる者は生ける屍だけ…(  ̄꒳ ̄)死して屍、拾う者なし♪←言ってないw しかと皇帝を努めなさい、私の命はもう長くないから安心して…」祁鎮は母の腕を強く握りしめて離さなかったが、若微はその手を振り払った。「これでお別れよ」徐有貞(ジョユウテイ)と石亨(セキリョウ)は天順帝に謁見した。祁鎮は母のため于謙の件を切り出そうとしたが、すでに処刑されたと知る。実は礼部尚書・徐浜(ジョヒン)が故郷の杭州(コウシュウ)に埋葬してやりたいと、于謙の骸を回収していた。徐有貞は逆臣を郷里に戻して埋葬することは律令に反すると上奏したが、祁鎮は不問にするという。「それから于謙の家族も流刑に処すな…詔獄に入れた37名の官吏も解放し、調査だけすれば良い 結託して朝廷を乱した事実がなければ復職させよ」祁鎮はかろうじて曽祖父と同じ轍を踏まずに済んだ。病の床に伏せっていた皇太妃・胡善祥(コゼンショウ)の命は風前の灯火となった。若微は皇太妃の寝宮を訪ね、ようやく姉として妹のそばにそっと横たわる。「蔓茵(マンイン)…」「来たのね、でも私はもう逝くわ…あなたは息子に逆らっては駄目よ…あなたのことも殺すわ 祁鎮はすでに″龍″になったのだから…」すると胡善祥は自分が死んだ後の心配をした。「私が永遠の眠りについたらまぶたを閉じてね、そして立派な棺桶に納めてちょうだい 誰も私と同じ墓には入りたがらない…良い場所を選んで埋めて欲しいの」「分かってるわ、私に任せて」「祁鎮は祁鈺にどんな諡号(シゴウ)を与えたの?」「戾(レイ)王よ…嫌だけど仕方がないの、誰も私に許可を得に来なかったから」胡善祥は哀れな息子を思って涙した。「ここにいるのは姉妹だけ、子供の頃みたいに無邪気に思いつくまま話すの でも悲しい話や不愉快になる話はやめましょう?いいわね?」若微は胡善祥に水を飲ませようと起き上がった。その時、椅子の上に子供の頃、姉妹で飼っていた猫が座っているのが見える。「この猫、まだ生きていたの?!ずい分、長生きね?そうだ、少し遊びましょう?」「…遊ぶの?」若微は胡善祥を起こし、背中に布団を挟んで座らせた。「姐姐…早く死にたいけど怖いの…私はこれまで悪事を重ねてきて大勢の者を傷つけたわ その者たちが皆、手ぐすねを引いて待っているかも…」すると若微は胡善祥に手綱がわりの紐を持たせ、その前に座って鞭がわりの如意をつかんだ。まだ両親の愛情の下で幸せに暮らしていた頃、若微はこうして蔓茵と馬車ごっこを楽しんだものだ。「私が馬車を御して家まであなたを連れて行くわ、空には父上が…私たちの家は(ほら)あそこよ」「父上は私たちを受け入れるかしら?」「もちろんよ!私たちを恋しがってるに決まってるわ…さあ出発よ!」胡善祥は無邪気だったあの頃に戻り、本当に馬の鈴の音を耳にした。「風が…強いわね…」「今、峡谷を通っているわ~!」「姐姐…心地いいから横になるわね、あとは全部任せるわ…」「うん!(はっ!)蔓茵、あの人が見える?幼少から宮中で育った人よ?」蔓茵はそれが胡尚儀だと分かった。「姑姑…申し訳ないことをしたわ」「もう許している、本当よ、あなたを責めない…あ、見て!父上たちが家で持てなしてる ほら?姑姑があそこにいる!皆であなたの帰りを楽しみに待っているわ!」若微は家に向かって鞭を入れたが、突然、行く手を阻む者が現れた。「あなたは誰?え?蔓茵は通せない?理由は? いい?聞いて、蔓茵のような者は他にはいないわ、多くの苦難を受けてきたの! これまで多くの嘘をついてきたし、大勢の者を傷つけたわ でも天はそれらの貸しを全て回収したはず、私の妹は全てを失ったの、まだ貸しがあると? だったら私にその全てを負わせればいい!お願い、蔓茵を通して… 聞いた?…通れるわ!天が許してくれたわ!」若微が天の扉を開けると、すでに目を閉じていた蔓茵も眩しい光を感じる。「娘(ニャン)…」「″蔓茵、お帰り~あなた、早く来てちょうだい、お待ちかねの人が来たわ~″」若微は母の声を真似て蔓茵を見送る。これで妹は無事、両親に迎えられる夢を見ながら旅立っただろうか。「妹妹…ゆっくり休んで、家に着いたわ…ありがとう、ずっと私のそばにいてくれて 蔓茵、あなたも私に感謝してね」しかし蔓茵はもう何も言ってくれなかった。若微は心身ともに疲れ果て、病の床についた。そんなある日、徐浜がやって来る。若微はオイラトで祁鎮と心を通わせた徐浜も政変に関与していると疑い、自分に用などないはずだと突き放した。「皇上に伝えて、私はもうじき死ぬ、あなたたちの邪魔はしない」すると徐浜は于謙が生前、記したという詩を見せた。…千錘萬鑿出深山(槌や鑿を幾度も振るい深山に出でる)…烈火焚焼若等閑(烈火に焚焼するも等閑のごとし)…粉骨砕身渾不怕(この身や骨が砕けようと恐れはせぬ)…要留清白在人間(潔白であることをこの世に残せるのなら)(石灰吟)于謙の処刑の日、北京城は民たちの泣き声に包まれた。誰もが処刑されてやっと于謙が忠臣だと分かったのだろう。実は于謙の亡骸を故郷へ運んだ徐浜は杭州の三台山に小さな祠堂を建てていた。今ではひそかに参拝する者もいるという。「正義は心の中にあるのだ、于少保の英霊は西湖と共に語り継がれる 処刑もまた于少保には本望なのだ」安堵した若微は祠堂の土地を拡張して于謙の子孫たちに祀らせるため、自分の宝飾品を全て換金することにした。すると急に虚しさに襲われ、若微は泣き崩れてしまう。その時、はたと年賀で于謙から画をもらったことを思い出した。「双喜(ソウキ)、あの画を持ってきて!」若微はこの画を于謙の祠堂に掲げるよう命じ、その前に自ら筆を入れる。…于謙よ、己の身を顧みずに奮闘した…命より忠義心を選ぶは計り知れぬ度量である…誠に天地をも感動させた…幾度も歳月が巡るうちに、この世は変わるであろう…世には利己的なものが多く、己の利のために束縛される…だが人心は簡単に欺けず、天は悪事を決して許さぬ…正のために死のうとも、悪に屈しては生きられぬ…南を向いて再び拝み、笑みを浮かべて黄泉へ旅立つ…孤高の忠臣は万古に語り継がれるだろう…仰ぎ見る遺影に、清風のごとき気骨を感じる若微は一気に筆を走らせたのち、力尽きたように寝台に横になった。若微は早く任務に戻るよう徐浜を促した。しかし徐浜が急に窓の帳を引き剥がし、寝所に陽の光を入れる。若微は思わず手をかざして眩しい日差しを遮ったが、徐浜がその腕をつかんだ。「死ぬなら死ぬがよい!″太后″が死ねば″若微″が生き返るからな! かつて南京城で両親を失い、武夷(ブイ)山で10年、武術を学んだ おかげで当初、世に馴染めずにいた、あの若微を呼び戻す! 若微はどこだ?私が連れ去ってやる!」徐浜の言葉に若微は思わず涙があふれ出した。「太后として十分よくやってきた…もうよいだろう?航海に出よう」徐浜は皇帝の寝宮を訪ねた。しかし徐浜が母を連れて航海に出ると聞いた祁鎮は激昂、これまでの不満が爆発する。「チムグの最期の言葉は何だと?!″徐先生、助けて″だ!…あの時、どこにいた?! 皆、于謙のために泣くがチムグには?! 分かっている、于謙を殺したのは過ちだ、だが仕方なかった」「私を補佐に任じたが、もう教えることは何もない…これでお別れだ」祁鎮は急に不安になり、行かないで欲しいと懇願した。2人が去れば自分は独りになってしまう。「…太后はもう死んだんだ」「嘘だ!あり得ぬ!」「ここにいても数日の命だ!母上の心はすでに灰も同然なんだぞ?! 息子には会わぬと、お前はどうだ?母に合わせる顔が?!」祁鎮は皇帝でもできないことがあると訴え、チムグも母も死んでしまうと怯える。すると徐浜はその場で平伏し、嘆願した。「太后の命が消えかけており、生きる気力を失っている…解放してくれ このまま死なせるのか?!命がけでそなたをオイラトから取り戻してくれたのに! …太后の座から降ろし、活路を与えてやれ、生きていて欲しいのだろう?」「私の母だっ!」徐浜はこのまま留めれば若微の心血が干上がり、自分も生きる意味がなくなると訴えた。「ならば殺してくれ…」「はぁ~で2人でどこへ?」「遠くの地へ、二度と戻らぬ、死んだらその地に埋めてもらう」祁鎮はついに決心した。「よかろう、皇宮を出たら詔を下す、そなたを捕らえよとな そなたが少しでも中原に足を踏み入れたり、近づきでもしたら、決して許さぬ…」祁鎮はひとしきり物に当たり散らして暴れた。やがて疲れて椅子に座ると、転がった瓶からコオロギが飛び出す。するとがらんとした寝所にコオロギの声だけが虚しく響き渡った。神話によると″三生石(サンセイセキ)に刻まれた縁なら再会できる″という。2人の名前が刻まれているかどうかは分からないが、若微と徐浜は再び縁に導かれ航海に出た。「後悔している、もっと早くそなたを連れて旅立つべきだった」全てのしがらみを断った若微はついに夢を叶えた。…航海に出る時は連れて行ってくれる約束よ?…完〓後日談〓さて朱祁鎮の復位に尽くした石亨と曹吉祥はその後、仲間だった徐有貞を排除、専横の限りを尽くし、″曹石″と呼ばれて恐れられたとか天順帝もさすがに困って重臣の李賢と共に2人を失脚させることにします結局、石亨は罪を犯した石彪の連座となり獄死これに焦った曹吉祥は甥と共に政変を起こすも失敗、死罪になりましたそして朱祁鎮は天順8年、38歳という若さで崩御します|ω・`)やはりオイラトがこたえたのかしらねえ?ちなみに于謙は祁鎮の息子の成化帝の代で名誉を回復されていますざっと気になる文献を見てみましたが、朱祁鎮は概ね暗愚な皇帝という評価でしたドラマの通り于謙を死罪にしたことは後悔していたようですが…″三生石″は神仙ドラマが好きな方にはもうお馴染みですね~婚姻石とも呼ばれ、この石に刻まれた人同士は結婚する縁があるとかないとか三生=現在・過去・未来のことで、確か2世で出会って3世で夫婦になると聞きました〓感想〓終盤で失速し、どうなることかと心配していましたが、最終回はきっちりまとめて来ました唐突でしたが姉妹の絆は涙を誘うし、于謙の刑場の姿も徐浜との復縁も感動し…と思ったら、最後はまさかのタイタニックって…≡≡≡≡≡≡ ⊂⌒~⊃。Д。)⊃ ズコーッママの秘密以外にも、実は姉妹だったとか、祁鈺が母の悪事を知るとか、後半にネタバレがあればもう少し盛り上がった気がします祁鈺のオカルトに頼り過ぎたわね(´゚艸゚)壮大な歴史ドラマかと思いきや、最後の最後でラブコメみたいなオチ評価は悩むところですが、厳しめになりました★★☆☆☆(前半星4、後半星ー1、タイタニックでー1)
2020.12.12
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大明风华 Ming Dynasty第61話「奪門の変」年賀の儀が終わって早々、于謙(ウケン)は皇太后・孫若微(ソンジャクビ)を寝宮に訪ねた。于謙は退官を希望し、浙江(セッコウ)を見て回りたいという。オイラトはもはや脅威ではなくなったが、故郷の浙江の沿岸でも豪族が海賊と結託しているという心配な報告書があがっていた。しかし若微は退官せずとも大臣の身分で三省巡按使(ジュンアンシ)も兼ねるよう命じ、江蘇・浙江・福建の管理を全て一任するという。「いいこと?敵を一掃し、跡形も残さないで」「ふっ、皇太后がお元気そうで安心いたしました」「…数年前までね、すでに身体もボロボロで、今にも倒れそうよ」若微は元宵節を過ぎたら詰所が開くため、報告書を提出して去っても良いと認めた。「皆は行く当てがある…でも私はどこへ?」すると于謙は年賀として皇太后に画を贈った。ある骨董店で南宋(ナンソウ)の文天祥(ブンテンショウ)の自画像を見つけたが高くて購入できず、自分で模写したという。それはまるで于謙が自分の行く末を暗示しているようだった。「文天祥?殉国した者ね…その絵姿は縁起が悪いわ…あなたはこの先も健康で安らかでいて」于謙はうっすらと笑みを浮かべ、画を置いて帰って行った。宮中では皇族たちを招いて新年の祝宴が開かれた。若微も中庭で演劇を鑑賞していたが、皇太妃・胡善祥(コゼンショウ)の姿はない。「双喜(ソウキ)?いつ終わるの?」「…太后、あと2刻です」( ゚д゚).oO(長っそしてついにその夜、太上皇の復位を掲げた石亨(セキリョウ)、石彪(セキヒョウ)、徐有貞(ジョユウテイ)たちが動き出した。しかし門衛を倒して宮中に侵入した石亨たちは今日が皇族たちの宴だったと思い出す。石亨は2千人以上の護衛がいると気づき、急に弱気になって出直そうとごね始めた。するとしびれを切らした徐有貞が勝手に突撃の号令をかけてしまう。石亨たちは諸門を制圧しながら皇帝の寝宮を目指した。計画では太監・曹吉祥(ソウキッショウ)が後宮に入れてくれる手はずになっていたが、門は閉まっている。そこで石彪たちが人梯(ジンテイ)で壁を乗り越えると、ちょうど曹吉祥がやって来た。曹吉祥は少し遅れただけだったが、石亨たちから大目玉を食らう。ともかく曹吉祥は今夜の寝ずの番が興安(コウアン)だと教え、右手が皇太后の寝宮なので起こすなと釘を刺した。皇帝の寝所の前で控えていた興安は、やけに外が騒々しいと気づいた。そこで様子を見に行こうとしたが、突如、回廊に石彪が配下を引き連れ現れる。寝宮にいるのは宦官と侍女たちだけ、石彪たちは有無を言わさず斬殺して先を急いだ。しかし寝所で景泰(ケイタイ)帝・朱祁玉(シュキギョク)の不気味にうごめく影を見た石彪は恐れおののき、とりあえず金の置物だけ盗んで撤収してしまう。一方、夜が明ける前に徐有貞は沈四(シンシ)と王五(オウゴ)を供にして南宮へ駆けつけた。「″陛下″をお迎えに参りました!」若微は何やら物音に気付いて目を覚ました。すると正殿で双喜や侍女たちが床にへたり込んで怯えている。「何事なの?」「太后!分かりません…太后!行ってはなりません!」双喜は思わず皇太后の足にしがみついた。翌朝、朱祁鎮(シュキチン)は皇帝として宮門をくぐった。その頃、宮中を制圧した石亨たちの前に、突然、太皇太后・張妍(チョウケン)が現れる。するとすっかり年老いた太皇太后は目もろくに見えず、おぼつかない足取りで亡骸の間を歩いてどこかへ消えた。…景泰(ケイタイ)8年、公元1457年、石亨、徐有貞、曹吉祥による政変が勃発…朱祁鎮、″奪門の変″を起こす朝臣たちは何も知らず登朝した。すると突然、宮門が閉まり、衛兵たちに包囲されてしまう。何事かと思えば徐有貞が現れ、太上皇が本日をもって復位し、門外で百官の祝福を受けると告げた。衛兵たちに脅されるように大殿の前に誘導される朝臣たち、一方、若微も曹吉祥の案内で大殿の前に到着する。そこには玉座に腰掛けた息子の姿があった。「娘(ニャン)、どうです?私は成し遂げました」「…とうとう兵を挙げたのね」若微は息子を諌めようと手を伸ばしたが、朱祁鎮は先に母の手をつかんだ。徐有貞は朝臣たちを前に大義名分を述べて謀反を正当化した。「景泰帝は愚昧で帝位を奪い去り、己のものとなした しかし太上皇は天命を授かり、ここに復位される お前たちは逆臣であり、その目は節穴だ!ただし太上皇は寛大である 今ここでひざまずいて拝謁した者は死罪を免れるうえ、褒賞も与えよう…跪拝せよ!」朝臣たちの意見は割れた。すると石亨が立っている者は斬ると怒号を響かせる。「やめなさいっ!」若微はかつての過ちが繰り返されることを恐れた。しかし祁鎮は母の手を強く握りしめ離さない。「にゃん、大明の天下は朱姓の者ならば、他は誰でも良いのでは?」若微は目の前で繰り広げられる暴挙を止めることもできず、心が荒んで行くのを感じていた。朱祁鎮は皇帝の寝宮へ足を踏み入れた。帳を開けながら進んでいくと、やがてすっかりやつれた弟の姿を見つける。祁鎮は寝台へ駆け上がり、いきなり枕で朱祁鈺(シュキギョク)の顔を押さえつけたが、とどめを刺すことはできなかった。その時、外から正統(セイトウ)帝の復位を祝福する臣下たちの声が聞こえてくる。祁鈺は全てを察した。「…大哥、私は先ほど夢を見ました、私は夢の中で皇后と我が子と戯れていた…ふっ」「私を殺すべきだったな?すでに多くの者が死んだ!」すると祁鎮は寝殿を出た。回廊には徐有貞たちがひざまずいて待っていた。「于謙は?」「詔獄(ショウゴク)におります」徐有貞は景泰帝が登用した37名を投獄したと報告し、処刑は景泰帝を即位させた逆臣・于謙からだと進言する。于謙は大明を守った大功があったが、たとえ功を成しても皇帝に対して罪があるからだ。「于謙を殺さねば、この政変は戯れ言になりましょう、もし于謙が無罪ならば我らは死にます!」すると石亨たちも徐有貞の意見に賛同し、死を覚悟する。「…はお」祁鎮は忠臣たちに押し切られ、最後には于謙の処刑を認めた。寝所に捨て置かれていた朱祁玉は、丹薬を大量に飲み込み死んでいた。のちに発見された亡骸は布団に包まれ、宦官たちは寝宮から引きずり出したという。徐有貞は詔獄の于謙に面会し、今度は自分が皇帝に取りなす番だと言った。于謙が立場を変えて新朝を支持すれば皇帝も活路を残してくれるという。実は皇帝も于謙に官吏を続けて欲しいと望んでいるというのだ。しかし于謙は死罪を求めるという。「私は己の人生にやましいところはない、正々堂々と振る舞える…私は清貧だからな」「しかし于謙よ、現世では利を求めるべきでは?」「ふっ、私の信念は1つだけだ ″成すべきを成す″…正しければいかに難しくてもやる、価値ある死は無駄にはならぬ 古人いわく″一世を争わず百世を争う″ 私の志気は古人よりも大きい、争いたいのは万世の名声だ」そこまで言っても徐有貞にはやはり分からないのだろう。于謙は何ともおかしくなり、笑いが止まらなくなった。すると徐有貞は于謙こそ深い道理まで分かっていないと指摘する。「天意の意味を?景泰帝には皇帝になる幸運はなかった、人ものを強引に奪っただけ 景泰帝は一生分の福を使い切ってしまった、もしもある日、帝星がその輝きを失ったら? それが天意というものだ、景泰帝が聖人だろうが道楽者だろうが関係ない 天が景泰帝を見放せば生きてはいけぬ ″万世の名声″など争ったところで、貴殿たちが作り上げた夢物語に過ぎぬ、そうだろう?」「…死ぬ間際の金言をお前に授けてやろう、徐大人(ダーレン)は吉凶にも詳しいし、天意も読める ゆえにその知識を生かして己の宿命を占ってみろ、天意を漏らす者の寿命は短いぞ?」驚いた徐有貞は慌てて籠に乗り込み、合図して詔獄から引き上げてもらった。錦衣衛は于謙の屋敷を捜索した。しかし屋敷からは何も出て来ないどころか、朝服は綺麗に畳まれている。一方、于謙は刑場へ行く刻限となった。詔獄には于謙が最期にしたためた辞世の詩が残されている。その頃、朱祁鎮は母の寝宮を訪ねていた。やがて双喜が出てきたが、やはり帰ってくれと拒否されてしまう。「朝来ても夜来てもダメ、皇帝になった私になぜ会おうとしないのだ?!」憤慨した祁鎮は寝殿に入ろうとしたが、双喜の伝言を聞いて足が止まった。「太后が仰せになりました、もう邪魔はしないと…どうぞお帰りください」錦衣衛は于謙の屋敷の捜索を終えた。そして帰り際、皆の銀子を集め、于謙が忠臣だと知っているが、これも任務だと理解を求めて家族に渡す。しかし妻と3人の子供も于謙のように気概を失うことはなかった。一方、祁鎮は母の寝殿の前で粘っていた。すると再び双喜が現れる。「太后がお会いになります」つづく(  ̄꒳ ̄)于謙の言葉、いいですねえ~「古人説 不争一世争百世 我的志气比古人更大 我争的是万世之名」そう言えば知否知否でもちょうど明蘭が同じような話をしていましたね今の時代、こんなこと言ったら…お、誰か来たようだw
2020.12.11
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大明风华 Ming Dynasty第60話「白雪に散る」太上皇・朱祁鎮(シュキチン)は弟に何を言っても無駄だと悟った。景泰(ケイタイ)帝・朱祁鈺(シュキギョク)は自分に謀反の意があると決めつけ、幽閉だけに飽き足らず、罪を着せようと企んでいる。チムグに兄弟の確執のことはよく分からなかったが、ならば母に毛布を頼んで欲しいと訴えた。しかし祁鎮は皇帝の親政になって母に実権がなくなり、かえって母を困らせてしまうという。チムグは落胆したが、祁鎮から自分が作ったシャガイで遊ぼうと誘われ、笑顔に戻った。皇太后・孫若微(ソンジャクビ)は金英(キンエイ)の供述書を片手に皇帝の寝宮に乗り込んだ。帳をかき分け皇帝を探していると、やがて床に転がったまま寝ている祁鈺を発見する。若微は興安(コウアン)に水を持って来いと命じ、その情けない姿に浴びせかけた。「うわ!誰だっ!」「私よ!」祁鈺の奇行はすでに宮中で知られるところとなった。朝議では玉座で眠り大臣たちを呆れさせ、不老不死のために丹房で作らせた1ヶ月分の薬を飲んでしまったという。すると祁鈺は急に馬鹿笑いし始めた。「時間を作って母上に会いに行きなさい」若微は話にならないと出直すことにしたが、殿内には祁鈺の笑い声だけが異様に響き渡っていた。祁鎮は南宮の中庭を掃除していた。するとチムグは自分が死んだら庭の木の根元に埋めて欲しいという。祁鎮は思わず故郷が恋しいならチムグだけでも帰すことができると口を滑らせた。傷ついたチムグは黙って部屋に戻ったが、祁鎮がすぐ釈明しようと後を追う。しかしチムグは祁鎮の言葉を遮り、たとえ死んでも離れないと約束して欲しいと訴えた。「私は父上に逆らいここへ来た、死んでも故郷へは帰れない」「…そうだな、死んでも離れないよ」祁鎮はチムグの涙をぬぐい、一緒に息子をあやした。「雪が降ればオイラトと同じ景色だ、恋しさも減るよ」若微は再び皇帝を訪ね、なぜ静かに暮らしている息子に無実の罪を着せるのかと迫った。「天下はあなたのものよ?好きにすればいい、なぜ冤罪を着せる必要があるの? この国はやっと平和を取り戻した、もう騒動を起こさないで! 私たちは南京へ行ってもいい、この家はあなたのものよ!」するとずっと背を向けていた祁鈺が急に振り向いた。「…私に家はない」祁鈺は皇后と皇太子の死から未だ立ち直れずにいた。その悲しみは怒りとなり、その矛先は皇太后や祁鎮へ向けられる。祁鈺はなぜ自分が皇帝なのに祁鎮だけ妻と子供と一緒に幸せに暮らしているのかと憤った。今や母・胡善祥(コゼンショウ)も″正気を失ったと″笑われている。「本来なら母上が皇后で私が皇帝だった…母上が皇后の位を廃されなければな そうしたら皇后も太子も生きていた…太后…全てあなたのせいです、あなたとあなたの息子のね あなた方は私の大切なものを奪い去ったんだ…本来…私が手にしていたものを奪い去ったぁぁぁ! あいつを殺してやる…ふっ…あははは~殺してやるぞ?あははは~」すると若微は呆然と立ち上がり、供述書を捨てて帰って行った。興安が突然、衛兵を従えて南宮に現れた。皇帝は良くしてやったのになぜ帯刀していたのか、金英の死では済まないと言ったという。↓「なぜなのだあぁぁぁ〜」すると興安は屋敷を捜索しろと命じ、太上皇の身体検査をすると言い出した。背後にいた石亨は密かに剣に手をかけたが、祁鎮がそれとなく合図して止める。その時、屋敷から息子を抱いたチムグが外へ追い出された。「抵抗するな」祁鎮はチムグをなだめると、衛兵は何も見つからないと報告する。「それでは報告できぬ!」異様な様子の皇帝に恐れをなす興安は思わず声を荒げ、ふと金英が持っていた短刀を思い出した。「あれは誰の短刀だ!」「私だ!」「私のよ!」チムグは祁鎮をかばい、咄嗟に興安に自分の刀だと言ってしまう。「ふん…皇上の言葉だ、太上皇の刀なら居所を移すように、妻の物なら連行しろと」「やめろ!」激怒した祁鎮は思わず興安を引っ叩いたが、衛兵たちに拘束されてしまう。チムグは何とか息子だけ祁鎮に託すことはできたが、そのまま連行された。祁鈺は自ら皇太后に報告した。「例の刀で朕は肝を冷やしました~太上皇をお守りせねばと~ それで捜査を、金英の供述書もあります、ご覧になったはず、あの刀は暗殺のためでした 大それた謀反です…太后?どうぞ哥哥の所へ、恨まないでくれとお伝えください くれぐれも身辺に注意をと…今日は興安がお伴します」若微は何とか怒りをこらえ、皇帝が帰るまで平静を装った。チムグが処刑され、亡骸が南宮に戻ってきた。すると2人が待っていた雪が降り始める。一方、祁鎮は丹薬の飲み過ぎから体調がおかしくなっていた。急に身体中が熱くなり、窓を開けて雪を浴びたかと思うと、酒を浴びるように飲みながら寝台に倒れ込む。太監や侍女たちは控えていたが、物音がすると恐ろしさのあまり逃げ出す始末だった。若微はチムグを失った息子を心配していたが、祁鎮は思ったより冷静だった。そこで若微はチムグの恩に報いるため、良き日を選んでチムグを埋葬しようという。祁鎮は生前、チムグが中庭の木の下で眠りたいと言ったと教え、そろそろ帰った方が良いと勧めた。「長居は良くない」すると若微は最後に皇上からの伝言を知らせた。皇帝からの挑発を聞いた祁鎮はどこか踏ん切りがついたのか、晴れやかにも見える。「人生は夢のごとしと言うが、今はそれが分かる気がします 私にとって最初の夢は大明の皇帝だった時です オイラトにより辱めを受けた時、もう皇帝ではないとチムグに言われて夢から覚めた 2つ目は大明の太上皇として生きる夢でした この屋敷で母上に孝行して暮らし、兄弟で仲むつまじくする… だけど弟に教えられました、私は朱家の落後者だと…私は誰も責めません、弟に感謝しています」若微は嫌な予感がして早まるなと説得した。しかし祁鎮は心配ないという。「分かりませんか?皇帝は偽物、太上皇も偽物です 何人もの本物が死に、1人の落後者だけがこうして生きている…犬のような人生を」その夜もオイラトのように激しい雪となり、木の根元に眠るチムグを慰めていた。すると密かに石亨たち4人が南宮に駆けつける。「こちらにおりますのは甥の石彪(セキヒョウ)です 北鎮撫(チンブ)司で三営を指揮し、太上皇の警護もしています 外の護衛も私の腹心に替えました」石彪は早速、見張りをするため外に出ると、祁鎮は3人を座らせた。「…そなたは確か以前、東廠(トウショウ)にいたか?」緊張していた曹吉祥(ソウキッショウ)だったが、ふと笑顔を見せる。「よくご記憶で、今は西六宮の御前司で太監を…」その隣には于謙(ウケン)に殺されかけたという徐有貞(ジョユウテイ)が座っていた。徐有貞は浅学非才だと卑下したが、祁鎮は嘲笑するどころか今の朝廷の劉基(リュウキ)だと認めてくれる。石亨と曹吉祥は太上皇のお世辞に苦笑い、そこで曹吉祥は酒を差し入れた。「ところで毛布は足りていますか?」「…ああ、妻が死んだからな、足りている」祁鎮は酒瓶のふたを取ると、いきなり自分の指を切って血を流し込んだ。呆気にとられる石亨たち3人…。すると祁鎮は血の入った酒を器に注いで皆に配った。「古人は血をすすり盟を結んだ、この酒は我々の結盟の証し、私の血を飲めば生きるも死ぬも一緒だ 私は今このような境遇にあるが、間違いを犯したのは自分の責任だと思う 今の私には母と息子の他に何もない、このような時にそなたたちは死を恐れず来てくれた まさに恩人だ、事が成就したら天下は我々の手に…だが失敗したら… 石将軍、その時は息子を連れて部隊を率いてオイラトへ行け、バヤン・テムルを頼るのだ ″この子は朱姓を持っている、父の仇討ちをさせてくれ″と…」「承知しました」「失敗したら皆で死のう」こうして祁鎮は同志を得て杯を空けた。景泰8年の新春、文武百官が一堂に会し、年賀の挨拶の儀が執り行われた。若微は目の前に座っている胡善祥を気にかけていたが、見る影もないほど年老いている。一方、玉座に座る祁鎮も丹薬に溺れ、すっかりやつれていた。若微が寝宮に戻って着替えを済ませた頃、于謙が訪ねてきた。于謙はあの内閣では政務を果たせないため退官を願い出ると、国が必要とあらば馳せ参じるという。「現在、オイラトは勢力を失っており、脅威とはならないでしょう だが浙江(セッコウ)や台州(ダイシュウ)の沿岸では豪族が海賊と結託しています!」しかも噂では中央の役人が関与しているという。すでに景泰6年に内閣が皇帝に上奏、兵部も文書で上程したが動きはなかった。つまり祁鈺が文書を手元で止めているのだろう。「不敬を承知で申し上げます、皇上はこの国を自分と共に滅ぼそうとしているかと…」于謙は皇帝に何とか皇太子の死から立ち直ってもらいたいと願いながら、退官を希望した。つづく=͟͟͞͞(꒪ᗜ꒪ ‧̣̥̇)どよ〜んオカルト祁鈺の奇行が怖すぎる…からのオカルト夜華で腹抱えて笑った( ๑≧ꇴ≦)まあ祁鈺の演技が上手いと言えるのかも…それだけに若微のキョトン顔がねえ…
2020.12.05
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大明风华 Ming Dynasty第59話「再会」太上皇・朱祁鎮(シュキチン)がついに北京城へ帰還を果たした。景泰(ケイタイ)帝・朱祁鈺(シュキギョク)は憔悴した姿で兄を出迎え、手を引いて席まで送る。すると祁鈺は三辞三譲の儀で国璽(コクジ)を差し出し、文武百官の前で兄に復位を促した。祁鎮は国の危機に身を挺して守った祁鈺こそ玉座に座るべきだと断ったが、祁鈺は兄の真意を試すように何度も復位を勧める。そこで祁鎮は北京への帰路で見た民が豊かだったと話した。民たちも皇帝が英明だと知っているはず、なぜ帝位を退き、天下を見捨てるのかと問う。祁鈺はここでようやく立ち上がり、臣下たちに兄から皇位を託された以上は社稷と民に報いると宣言した。「大哥にはどうかご指導を、私が過ちを犯さぬように…」「皇弟は徳を備えておる、私は決して復位せぬ、今日より南宮に隠退し、国事には関わらぬ」皇太后・孫若微(ソンジャクビ)は荒れ果てた南宮で一足先に我が子を待っていた。やがてついに門が開き、祁鎮と息子を抱いたチムグが現れる。「ニャン…戻りました」「よく帰って来た…老天爺が私たちを哀れみ、再会させてくださったのね…ぅぅぅぅ…」祁鎮とチムグがひざまずくと、若微もその場にしゃがみ込んでしばし涙に暮れた。「太后…いえ婆婆?」「娘でいいのよ」「にゃん!」「はい!ふふふ~ありがとう、この子を守ってくれて…あなたには報いきれないほど恩があるわ」若微は初孫をその腕に抱き、これまで味わったことのない家族の幸せを噛みしめた。若微は南宮で細やかな祝宴を準備していた。しかしなぜか徐浜(ジョヒン)の姿がない。祁鎮は太監・金英(キンエイ)にすぐ徐浜を呼ぶよう命じたが、若微は皇帝が南宮を禁宮と通達したため、外部の者は入れないと教えた。そんな家族のささやかな宴を太監・興安(コウアン)が偵察していた。その時、金英が骨つきの大きな肉料理を運んで来る。チムグは早速、肉を自分の前に置き、ナイフを出して切り分け始めた。「この子ったら、ここは皇宮よ?衛兵以外は帯刀できない決まりなの」母の警告を聞いた祁鎮はチムグを説得し、金英に褒美としてその短刀を授けた。チムグはオイラトでの徐浜の様子を若微に話して聞かせた。「徐先生には武勇伝があるのです」「もしかして…喜寧(キネイ)を殺したこと?」「その通り!」するとチムグは祁鎮が殺されそうになった時も、徐浜がエセンに刀を向けて諦めさせたと教えた。バヤン・テムルの話では実は徐浜たちが天幕を出た後、エセンは皆にこう言っていたという。「″見てみろ、君主には情、臣下には大義が…互いに見捨てはせぬ、やはり明は文明国だ″と…」チムグはふと故郷を懐かしみ涙すると、祁鎮は子供の様子を見て来るよう促した。祁鎮は月餅を徐浜に届けて欲しいと母に頼んだ。「褒美ではなく、ただ食べさせたいのです」若微は息子の思いやりに感心し、成長したのだと感慨深い。すると祁鎮は徐浜とよく中華の歴史を語ったと切り出した。「秦の始皇帝は軍力があったが政権は短命だった 唐の太宗は勇敢だったが、玄宗が女に溺れ、外戚に政権を奪われ国が衰退した… 毎晩、遅くまで語り、天幕は寒く、足も冷え切って、眠れなかった 徐先生は私の足を(こうやって)温めてくれたのです 私は尋ねました、″私が周の武王となり、徐先生を姜子牙(キョウシガ)としたら?″ ″私が劉邦となり、徐先生を張良としたら?″と…」「やめなさい…二度と言っては駄目、絶対に…」若微は驚いて息子を戒めた。その頃、徐有貞(ジョユウテイ)と石亨(セキリョウ)は曹吉祥(ソウキッショウ)を懐柔していた。徐有貞の見立てでは曹吉祥は9月に司礼監掌印(シレイカンショウイン)太監の座を得られるという。しかし今日はすでに8月15日、曹吉祥はとんだ詐欺師だと呆れた。「いや来年の9月だよ」翌日、若微は徐浜を訪ねた。息子さえ戻れば心穏やかに過ごせると思っていたが、さらに辛くなったという。「祁鎮は変わったか?」「父親に似てきた…あなたは息子に毎晩、中華の歴史を語ったそうね? 血なまぐさい殺戮のことは知って欲しくなかった」「祁鎮が自分から聞きたがったのだよ 君の息子はもう″龍″になった、小さな池では生きられぬ…距離を取れ 言っていたぞ?北京城外で辱めを受けていた時、夢の中のようだった だが現実だと知り、皇帝を名乗れなくなったと…大人になったからそれに気付けたのだ 生きるために欺瞞や殺戮を覚えねばならぬ、朱家の者ゆえ心身が欲するのだろう」徐浜は朱家の血が祁鎮を動かしたのだと言った。もしかするとオイラトで死なせた方が大明にとって良かったのかもしれない。「お前のためにもな…」若微は憤慨したが、祁鎮からの月餅を差し出した。「あなたを″張良″としたいと…絶対に駄目よ?」「張良はその後、赤松子(セキショウシ)に付いて仙人になった…ふっ、その話が好きだ」興安は南宮の様子を皇帝に報告していた。しかし皇帝は帳(トバリ)を張り巡らせ、どこに隠れているのか分からない。興安は歩き回りながら、話題は全てオイラトでの暮らしについてだったと大きな声で伝えた。ただ金英が世話をしていたため近づけなかったと訴える。すると、急に皇帝の声が聞こえた。「金英?太后の太監か?!」祁鈺は皇太后がずっと用心して来たのは謀反を考えているからだという。その時、突然、皇帝が背後から現れ、驚いた興安は平伏した。祁鈺は恐らく自分たちには分からない暗号を使っていると勘ぐり、金英が何か知っていると疑う。「お前たち御前司と鎮撫司(チンブシ)は何をする者だ?東廠(トウショウ)は何が任務だ!」興安は皇帝がふらふらと寝所へ戻り、また丹薬を飲む姿を見ながら恐怖におののいた。興安は皇帝の筋書きに沿うよう金英を拉致した。そこで金英が持っていたチムグの短刀に難癖をつけ、太上皇からこの短刀で皇帝の暗殺を命じられたと認めるよう迫る。「あの晩、太上皇と太后は密謀をめぐらせた、そして反乱を企てた… その反乱は誰と起こそうと?…はっ、太后の老臣が良いな」興安は嘘の供述書を作り、拷問を受けた金英の指で無理やり押印してしまう。九城兵馬都督(トトク)・石亨が突然、供述書を持って南宮に現れた。供述書を見た祁鎮はようやく金英が突然、姿を消した理由を知る。現在、金英は東廠に捕らわれているが石亨の案件ではなく、ただ太上皇に関して事件が起こったと聞いて事情を尋ねに来たと説明した。底冷えがする禁宮で子供のために毛布を頼み続けている太上皇がどうして謀反など考えるだろうか。祁鎮は皇帝が疑念を持たぬよう、皇太后さえあまり来ないと話した。太上皇の苦しい生活に同情しながらも、石亨は自分で考えた策を提案する。「虚偽の供述をしたと金英を処刑するのです」チムグは思わず無実なのに殺すのかと聞いた。そもそもあの短刀は自分のもの、謀反を疑うなら自分たちを殺せばいいという。祁鎮は感情的にならないようなだめ、それよりまだ金英を救えるかと聞いたが、石亨はうつむいた。「はお、そなたの案も良い」石亨は太上皇の了解を得て下がることにした。すると帰り際、急に太上皇が立ち上がり、金を貸して欲しいという。「見舞金にする、金英は私に尽くしてくれた 何も与えてやれぬゆえ私の代わりに棺を用意し、埋葬を頼む 母上が来た時に金をもらい返済しよう」「はおはおはお、ただ借りるなどと言わないでください、私にお任せを」石亨は一介の太監にも恩情をかけてくれる太上皇に涙し、慚愧に耐えないと言った。「皇上は鎮撫司に南宮を守れと命を出しました、今後はご迷惑をおかけするやも… 毛布の件もお任せを、新品を持って来させます」そこで石亨は寝殿をあとにしたが、太上皇が回廊まで出て来た。「礼を受けてくれ」驚いた石亨は慌てて平伏し、顔もあげられない。「北京の防衛の際、そなたと甥の石彪(セキヒョウ)は危険を顧みず敵営を破った さらに神機営を率いて安定門外でエセンと戦い大功を立て、私の過ちを補ってくれた 国も私も恩があるゆえ、この礼を受ける資格がある 私は何も持っておらぬゆえ、礼で報いさせてくれ」祁鎮が叩頭すると、石亨は思わず号泣した。「太上皇は英明なり!私には他に能力はありませぬ、戦に命を懸けています 大明が潰れるのを見たくなかった…礼を受けるなど滅相もありません」その夜、チムグは木で作ったシャガイを見せた。やはり軽すぎるとぼやいたが、祁鎮は厚みが必要なので玉(ギョク)で作ろうという。すると祁鎮はふと草原での生活を思い出し、戻らねば良かったと吐露した。「でもあなたの家よ?弟弟に頼んでみたら?放牧をさせてくれって、養牛でもいいわ」「はあ~漢族ではこう言う、″転生を望むなら帝王家には生まれるな″と…」単なる皮肉だと思っていたが、今の祁鎮は身にしみて分かっていた。「弟弟は信じない、私が皇上になりたくないと言っても…」つづく(  ̄꒳ ̄)さすがに母子の再会では涙が・・・ぁぁ〜やっぱり出ない( ̄▽ ̄;)
2020.12.04
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大明风华 Ming Dynasty第58話「宮中の惨事」宮中で立太子を祝う宴が開かれた。皇太妃・胡善祥(コゼンショウ)もこの日ばかりは機嫌が良い。しかしなぜか肝心の皇后と皇太子・朱見済(シュケンサイ)がなかなか姿を現さなかった。すると2人を呼びに行った宦官が慌てて戻って来る。急を要する宦官は周(シュウ)太監に事情を話し、壇上の皇太后に直接、報告した。孫若微(ソンジャクビ)は耳を疑ったが、動揺を隠して皇帝の席へ向かう。「皇上…皇后と太子は毒を飲んで自害したわ」朱祁鈺(シュキギョク)は皇后と皇太子の亡き骸を確認し、ふらふらと寝殿から出た。皇帝の様子から全てを察した側室や侍女たちは一斉にひざまずく。「皇后はどうして…どうして太子まで連れて行ったの?なぜあの子まで…」胡善祥は宮女たちに支えられながら、うわ言の様につぶやいた。そしてゆっくり寝殿の石段を上り、亡骸と対面しようとする胡善祥、しかし回廊に上がったところで祁鈺に止められてしまう。「…入らないでください」「へっ?…私はお前の母親よ?」「誰が母親だ!」祁鈺は怒りに任せて胡善祥を突き飛ばした。そのまま後ろへ倒れた胡善祥だったが、宮女たちが受け止め難を逃れる。「…ぐっ、出て行け!行ってしまえーっ!」祁鈺は人払いすると、ひとり寝殿の前で泣き崩れた。…公元1453年、景泰4年、皇太子朱見済夭逝、景泰皇后永眠罷免された徐有貞(ジョユウテイ)はその夜、皇帝の命に従って屋根の上で星の観察をしていた。しかし住民からうるさいと石を投げられ鼻血を出した挙句、怪しまれて九門都督(トトク)府に連行されてしまう。すると詰所にいた都督・石亨(セキリョウ)が礼部にいた徐有貞だと気づいた。配下の話では大声を出して凶器を持っていたという。「凶器ではない!″七星宝剣″だぞ?陰陽を平らかにし、乾坤を断つ物だ!」徐有貞の御託を聞いた石亨は、オイラトが攻めてきた時に占いで遷都を主張し、于謙に殺されそうになった男だと配下に教えた。わははは~>ʕ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʔ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʔ<わははは~石亨は徐有貞を笑い者にすると、酒代を恵んで解放してやる。しかし憤慨した徐有貞が銭を投げ返し、石亨を怒らせた。「何をする?都督府の怖さを教えてやる!連れて行け!」「忠告しておくぞ!天からの幸を受け取らねば、お前は災難に遭う!」結局、石亨は徐有貞に占ってもらうことにした。すると徐有貞はなぜか石将軍と血の結盟をして義兄弟の契りを結びたいという。「なんでやねん?で、さっきの話は?」「分かった、では事実を伝えよう、″巨星墜つ″の意味を?」「崩御か?」驚いた石亨は不敬な徐有貞の首を絞め、誰の差し金で来たのかと迫った。しかし危ないところで太監・曹吉祥(ソウキッショウ)が現れる。何事かと思えば皇后と皇太子が急逝、皇太后からの命で九門を閉じて治安を守るよう言い付かった。石亨は徐有貞の占いが的中し呆然、すると徐有貞は自慢げに曹太監の前に出る。徐有貞の見立てではお世辞ではなく、曹太監は将来、出世するという。胡善祥は喪衣にも着替えず、祭場の片隅にある大香炉に寄りかかって呆然としていた。すると皇后と皇太子の遺体が運ばれて来る。胡善祥はようやく祭壇に視線を向けたが、その顔は灰で真っ黒だった。若微は私財を全て投げ出し、徐浜に目録を渡した。これだけでエセンが満足するとは到底、思えなかったが、朱祁鈺が出してくれない以上、仕方がない。そこへ侍女・双喜(ソウキ)が女官たちから託された装飾品を持って来た。実は女官たちは皇太妃の専横ぶりに不満があり、太上皇の帰還のために協力を申し出たという。若微は気持ちだけ受け取り、そもそも自分が下賜した褒美を返すのかとたしなめた。徐浜が約束通り雪解けと同時にオイラトへ戻って来た。エセンは英雄と認める徐浜に恨みはなかったが、目録を見て失望する。徐浜は全て皇太后の私財だと説明し、誠意を理解して欲しいと訴えた。するとエセンは太上皇の帰還を許さない本当の理由を教えてくれる。「あの者を見るに強靭な精神があり、いつか偉業を成すだろう 奴はまだ若い、私の死後、奴が生きていたらオイラトには脅威となる そこで奴は放さず、太后の贈り物は受け取り、代わりに高価な品物を返すがどうだ?」そこで徐浜は皇太后からの伝言を伝えた。「両国の永遠の和平を望むと…」しかしエセンは黙って出て行ってしまう。日が暮れる頃、徐浜は朱祁鎮とチムグの天幕を訪ねた。エセンから帰還を断られたことには触れずに再会を喜ぶ徐浜、しかしバヤン・テルムが現れ、あっさりバラしてしまう。「兄弟!兄上は太上皇を解放したくないようだな~どうする?」そのおかげで楽しい食卓は微妙な雰囲気になった。徐浜は仕方なくエセンが太上皇の報復を恐れていると話し、チムグに祁鎮について行くのか尋ねる。次を考えるのはチグムの返答次第だった。朱祁鎮とチムグは2人きりで話し合った。チムグは祖父から祁鎮と出会ったせいで狼から兎になってしまったと言われたという。すると祁鎮は囚われの身の自分も龍から兎になったとぼやいた。「あなたは″龍″よ、ただ今は水中にいないだけ…連れて行って、あなたと離れたくない」「チムグ…誇りを取り戻し、君に報いるよ」徐浜の提案で朱祁鎮とハーンは血の誓いを立てることになった。「私、朱祁鎮は天に誓う 我が大明の祖先の魂にかけて私が生きている限りオイラトと友好を築き、裏切らないと 私は絶対にエセン・タイシの恩を忘れない」祁鎮は短刀で手のひらを切り、杯に血を垂らした。「大明礼部尚書・徐浜が長生天に誓う、太后の名誉に懸け、両国の長きにわたる友好を」徐浜も短刀で手のひらを切り、杯に血を垂らした。そして最後にエセンに短刀と杯が回って来る。「…本当についていくのか?」「大ハーン、これで世は太平よ?大明でこの人に仕えたい」孫娘の言葉を聞いたエセンは潔く手のひらを切って血を垂らし、この杯を3人が回し飲みして約束の締結となった。オイラトの軍営を出ると、徐浜は朱祁鎮に若微から預かって来た文を渡した。…我が息子、祁鎮よ…お前が帰る喜びと、これまでの悲しみが入り混じっている…別れて以来、母は1人で都を守って来た…皇帝も代わり、境遇も大きく変化した…遠く離れた我が子が風雪の中、生を求めて生きていることを思うと、とても心が痛む…夜半に飛び起き、明け方まで眠れず、死にたくなる…日中はきちんと装束を整え、笑顔で臣下を迎える…日が暮れたことにも気がつかない…夜になるとさまざまな思いが心の中に浮かぶ…人は一年草のごとく春に生まれ冬に死ぬ…人生は短く、また人生は苦しい、風や霜の剣が日夜せまる、快楽は得がたいもの…我が息子よ、無事に戻り、平穏な一生を過ごして欲しい死にたくなるのは朱祁鈺も同じだった。皇后と皇太子を失った祁鈺は放心状態となり、今朝も太監たちに寝台から引きずり出されるようにして朝堂に現れる。玉座に寝転んだ祁鈺の目には、楽しそうに遊ぶ皇后と皇太子の幻が見えていた。太上皇・朱祁鎮がついに北京城へ戻った。すでに装束に着替えた祁鎮は輿から降りると、懐かしい王宮を感慨深げに眺める。すると視線の先には皇帝が待っていた。2人は互いに拝礼、臣下たちは一斉にひざまずく。「皇帝陛下、万歳万歳万万歳!」つづく(;╹⌓╹)皇后ェェエエ工…それにしてもエセン、祁鎮のこと買いかぶり過ぎじゃ?確かに顔はデ…ゲフンゲフン
2020.11.28
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大明风华 Ming Dynasty第57話「禅譲の詔」徐有貞(ジョユウテイ)は再起をかけて于謙(ウケン)を頼った。「先日のご無礼をお許しに…この菓子をお納めください」于謙は無礼など働かれていないと無視して屋敷に入ろうとしたが、その男が再びヒゲをたくわえた徐有貞だと知る。確かにかつて朝堂で占星術を持ち出した徐有貞を殴ったが、于謙はあの時は自分も衝動的になったと謝罪した。しかし徐有貞はしつこくつきまとい、書写係で構わないので翰林(カンリン)院に置いて欲しいという。実は皇帝から南京へ左遷されたものの、徐有貞は抵抗して北京に居座っていた。一方、後宮では皇太妃・胡善祥(コゼンショウ)の皇后への虐待が激しさを増していた。常軌を逸する胡善祥と母親の言いなりの景泰(ケイタイ)帝・朱祁鈺(シュキギョク)、絶望した皇后は息子・朱見済(シュケンサイ)を抱きしめ涙に暮れる。「息子よ…皇族の子に生んで申し訳ないと思っている… あなたの父上とお祖母様は将来、お前を皇上にしようと思っているわ… でも私はその姿を見られないの」その頃、草原は寒波に見舞われていた。天幕に戻った徐浜(ジョヒン)はかまどの前で凍える身体を暖めていたが、チムグが″龍″を知らないかという。徐浜はハッとして再び外へ飛び出すと、雪の中で薄着で倒れている朱祁鎮(シュキチン)を発見した。徐浜はすでに意識がない朱祺鎮を抱え、何とか天幕まで引きずって行った。「チムグ!絨毯を敷け!…酒を持って来い!…羊を入れて温めろ!太上皇!寝てはなりませぬ!」徐浜は懸命に朱祁鎮の身体をさすって口から酒を流し込むと、やがて祁鎮はうっすら意識が戻る。「…私は生きたくない」驚いたチムグは泣き崩れ、徐浜もチムグと子供はどうなるのかと叱咤した。「母上はどうするんです?!…それでも命を捨てる気ですか?!」しかし自ら諦めた祁鎮は次第に意識が遠のいて行く。すると徐浜は荒療治で祁鎮を奮起させることにした。「ならば死ぬ前に教えてやる…なぜ私が都へ来たと?!私が何者か分かるか?! お前の家族を殺すため南京に入ったのだ!私の九族はお前の曽祖父・永楽帝に殺された! このままお前が死ねば嬉しい限りだ!」徐浜はその間も必死に祁鎮の身体をさすっている。「それから母上はお前の父親など愛していなかった!私を愛していたのだ!この私をな! お前の父親が死んで母上と逃げようと思ったが、母上はお前を捨てられなかった! ここで死んでくれるならありがたいね!母上はようやくお前から解放される!」「…お前を…殺す…」母を侮辱された祁鎮は激情に駆られ、ついに起き上がって短剣を抜いた。しかし危うく徐浜を刺し殺すところだった祁鎮をチムグが止める。「徐浜先生は恩人よ!あなたを救ってくれたの!」「…先ほどの話は本当か?」「そっちこそ本当に死ぬ気だったのか?」するとそこへ喜寧(キネイ)が現れ、話は途切れた。喜寧は暖かそうな毛皮をまとい、この暴風雪がやんだら北京へ行って明(ミン)と和睦を結ぶと報告した。そこで徐浜は自分も帯同して帰りたいと訴えたが、喜寧に一蹴されてしまう。朱祁鎮はついに徐浜に見捨てられたと思い、母と一緒にどこへでも行けと言い放った。すると徐浜はこれが好機だと教え、チムグにエセンを説得して自分の同行を認めさせるよう頼む。チムグは自分1人では到底、喜寧に対抗できないと怯え、行かないで欲しいと涙した。しかし徐浜は何かあれば太上皇に親切なバヤン・テムルを頼れという。「必ず守ってみせると太后に約束した、私の命に懸けて北京に連れて帰る」祁鎮は力強い徐浜の言葉に安堵し、まるで父に甘えるように徐浜に寄り添った。皇太后・孫若微(ソンジャクビ)は胡善祥が障害となって息子の帰還が叶わないと知った。そこである夜、皇宮の外れにある静かな丹(タン)房へ胡善祥を呼び出す。若微は率直に太上皇を帰還させて欲しいと懇願し、その時は2人で遠くへ行くと訴えた。「息子を帰還させてくれるなら何でもする、あなたの言うことを何でも聞くわ、お願い」「…本来、私が皇后だから太后になるのは私よ?」「私の意思ではない、宣徳(セントク)帝が封じたの」宣徳帝と聞いた胡善祥の顔色が一変した。胡善祥は宣徳帝の自分と姉への態度が明らかに違ったと嘆き、その傷は未だ癒えていないという。「私に反抗したら祁鎮を父親の元へ送るわよ!…私たちに関わらないで」胡善祥は若微を脅して帰って行った。朱祁鎮とチムグは徐浜の助言に従い、バヤン・テムルを食事に招いて懐柔することにした。歓待されて戸惑うバヤン・テムル、すると祁鎮は頼みがあると切り出し、文を託す。「宣化(センカ)城へ矢文として放って欲しい」そこで徐浜は文の内容を明かせないが、オイラトを不利にさせないと約束した。徐浜と喜寧は使者団を率いて北京へ出発し、宣化城へ立ち寄った。丁重に迎えられた喜寧は早速、命を伝えることになり、明の臣下は一斉にひざまずく。予定では喜寧の咳払いを合図に荷車に隠れた兵と護送兵が一気に城門を制圧、援軍が攻撃を仕掛けるはずだった。しかし将軍・羅通(ラツウ)がいきなり飛び出して喜寧を拘束すると、同時に城門が閉まってしまう。城楼からは待機していた射撃隊が弓を構え、場内に残されたわずかなオイラト兵はあっという間に宣化軍に包囲された。徐浜が矢文で伝えた計画がうまく行った。ようやく騙されたと気づいた喜寧だったが、その場で徐浜に首を斬られてしまう。「今は斬首で許してやるが、北京に着いたら八つ裂きにする!」すると徐浜はオイラト兵に向かって使者として一緒に北京に行って褒美をもらうか、ここで死ぬか、選択を迫った。エセンが朱祁鎮とチムグの天幕にやって来た。「何をした?!なぜ10万の大軍が宣化城の外で待機している?!」すると付いてきたバヤン・テムルがエセンの後ろに立ち、手振りで何やら訴えている。チムグは徐浜の計画が成功したと気づき、うっかり吹き出した。慌てたバヤン・テムルは何がおかしいと怒ってみせたが、その時、祁鎮から和睦なのになぜ大軍なのかと指摘されてしまう。これにはエセンも言い返せず、狡猾な奴めと憤慨して出て行った。北京にオイラトの使者団が到着した。出迎えに出ていた若微は徐浜の姿を見つけると、思わず娘のように走り出してしまう。2人はしばし見つめ合い、互いの無事な姿に安堵した。「ルォウェイ…戻ったぞ」「苦労をかけたわ…」徐浜が朝議に現れ、皇帝に帰還を報告した。朱祁鈺はまさに大明の蘇武(ソブ)だと称賛し、命がけで太上皇を守った徐浜に褒美を与えるという。すると徐浜は身体を壊したことを理由に、太上皇が帰還した暁には隠居したいと申し出た。祁鈺はならば侍医に診療させて最高の薬を与えると決め、今日は休むよう命じる。しかし徐浜は話を続けた。オイラトが宣化を襲撃しようとしたのは喜寧がそそのかしたせいで、太上皇はオイラトで厚遇されているという。それは皇太后が捕虜を解放してくれたおかげで、こたび和睦を結べば皇帝の仁徳が後世まで伝わり、先祖を慰めることができるだろう。「太上皇は故郷を思っておられます、皇上への言づても賜りました」徐浜には皇帝をなだめる切り札があった。「太上皇から託された″禅譲の命″です!」朱祁鎮は立太子を認め、徐浜に禅譲の聖旨を託したという。朱祁鈺はようやく念願が叶い、直ちに礼部に立太子の儀を任せた。内閣首輔の于謙は拝命すると、皇帝の機嫌が良いうちに大殿で打ち殺された大臣たちの葬儀と埋葬の許可をもらう。さらに徐有貞の職の件を上奏した。しかし祁鈺は北京に留まることを認めたものの、罷免して星を鑑賞させておけと行って帰ってしまう。于謙が屋敷に戻ると、門前で徐有貞が待っていた。于謙の話では皇帝に徐有貞が宣徳8年の進士で文章の腕も良く、翰林院で書写の任をと陳情してくれたという。「皇上はそなたを覚えておられた、南京行きを撤回なさった」「皇上に感謝いたします!」「皇上はおっしゃった、北京で星の鑑賞でもさせて罷免しろと…」その夜、宮中では盛大に立太子を祝う宴が開かれた。上機嫌の朱祁鈺だったが…。つづく( ゚ェ゚)うーん、若微と徐浜の再会が…すごく良い場面なのにね〜なぜか2人にそこまでの絆があると思えず、涙も引っ込んじゃう(笑それしても喜寧がここまで容赦なくバッサリやられるとは…( ̄▽ ̄;)
2020.11.27
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大明风华 Ming Dynasty第56話「明かされた事実」太上皇・朱祁鎮(シュキチン)は徐浜(ジョヒン)を先生と呼び、多くを学んでいた。すると徐達(ジョタツ)の話を聞いた朱祁鎮が高皇帝のしたことは残酷に思えるという。「やはり功臣は大事にするべきだ…」「そう思われるなら天下の福です、太后が耳にされたならお喜びになります」しかし祁鎮は今さら気付いても遅いということも分かっていた。一方、オイラトに寝返った宦官・喜寧(キネイ)はエセンに追い返された使者を呼び止めていた。「今は誰が宮中を仕切っている?太后にはまだ実権が?」「それは…宮中の噂では皇上は太后を尊重してると…ですが重要な事柄は太妃がお決めのようです」「そんなことは知っているわ!(イライラ…)私が何を求めているか分からないのか?!」李実(リジツ)はようやく喜寧が欲しいのは情報ではなく、金だと分かった。使者たちが朱祁鎮に挨拶にやって来た。李実の話では交換条件の金額が気に入らずタイシに追い返されたという。祁鎮はどうやら自分には何の価値もないと分かり、それより頼んでいた衣が欲しいと言った。何も持っていなかった李実は困惑したが、2人の錦衣衛に衣を脱がせて置いて行くことにする。景泰(ケイタイ)帝・朱祁鈺(シュキギョク)は母との食事のため、後宮にやって来た。走って出迎えてくれる我が子を抱き上げ、嬉しそうな祁鈺、しかし母との食事は気が重い。「政務がありましたので遅くなりました」「太后の催した大法要に参加したのかと思った…」「母上も行くべきでした、太后は己の金で法要を開き、民心を慰めている…」息子に意見された胡善祥(コゼンショウ)は…。于謙(ウケン)は皇帝に呼び出されたが、皇帝は寝台で布団にくるまってうめき声をあげていた。「皇上?ご病気ですか?」まさか折檻されたとは言えず、于謙は苛立ちながら起き上がった。実は皇太妃から執拗に皇太子を立てろと迫られ、困っているという。于謙は不適切だと一蹴したが、どうやら皇帝はまだ太上皇が戻れば皇太后に帝位を降ろされてしまうと疑っていた。「たとえ太上皇が戻ったところで、太后だけでなく民も皆、知っています すでに正統(セイトウ)帝の世は過ぎ去り、もう戻らぬと… どうか広いお心で母子の再会をお認めください 太上皇が戻ってから立太子を決めてはいかがです?」「私が兄上を受け入れぬと言ったら?どうしても太子を立てたいと言ったら?」思い通りにならない祁鈺は駄々っ子のように布団をかぶって寝てしまう。于謙は仕方なく帰ることにしたが、史実に残ることを考えて自身の名誉を守るべきだと諫言した。喜寧はエセンの歓心を買うため、北京城に人を遣って探らせていた。「立太子を求める皇上に礼部は反対し、太上皇の帰還を望む礼部に陛下は反対 皇上は太上皇など要らぬのでは?使者をよこすのは建前でしょう それにここにいる太上皇は太后の息子、しかし皇上は太妃の息子、お二人は不仲です 以前から老臣は太后の命以外は聞かない…そこでいっそ太上皇をひと思いに殺めるのです 太后と皇上は反目するはず、朝廷内が乱れれば攻撃の絶好の機会です! それに皇上の勢力が以前より増している、勝手に争わせておけば潰れて…」その時、バヤン・テムルが現れ、突然、喜寧をエセンから引き離した。バヤン・テムルは朱祁鎮を送り返すはずだと訴え、自分たちの名声に関わると反対する。しかしエセンはすぐ朱祁鎮を呼んで来いと命じた。徐浜はすっかりオイラトの軍営に馴染んでいた。その夜も暖を取る兵士たちと話し込み、ようやく天幕に薪を運んで来る。しかし朱祁鎮の姿がなかった。料理をしていたチムグはハーンに呼ばれたと教えたが、それを聞いた徐浜が血相を変えて飛び出して行ってしまう。皇太后・孫若微(ソンジャクビ)が法要で息子の無事を祈っている頃、オイラトでは朱祁鎮が今にも殺されそうになっていた。そこへ徐浜が駆けつけ、柱に縛り付けられた朱祁鎮の前に立ちはだかる。↓太上皇…エキストラ?wするとエセンはその忠誠心に免じて徐浜を見逃すことにした。反発していた徐浜だったが急に降参、エセンのもとまで這いつくばって行くと、許しを請う。「分かればよい」エセンが笑い、天幕の緊迫感が一気に緩んだ。その時、徐浜は油断したオイラト兵から帯刀を抜き取り、あっという間にエセンの首に突きつける。本気だと分かったエセンは朱祁鎮を解放するよう命じたが、朱祁鎮は遊牧民の草原で逃げ切ることなどできないと分かっていた。「私は潔く殺されよう、我らは来世で…来世は兄弟になろう」「早く逃げろ!急げ!」徐浜の必死の叫びも虚しく、朱祁鎮は一歩も動かなかった。同じ頃、祈祷していた若微は息子の命の危険を感じたのか、急に気分が悪くなっていた。冷や汗が噴き出し、心臓が口から飛び出しそうなほど激しい動悸に襲われる。一方、逃亡を諦めた朱祁鎮の前にチムグが飛び込んできた。チムグはエセンの前で自分の胸に短刀を突きつけ、2人を殺せば自分も自害すると脅す。「大ハーン!2人を解放して!」バヤン・テムルは誰よりも先に剣を収めた。チムグのおかげで朱祁鎮と徐浜は命拾いした。やがて朝日が登る頃、若微は苦しみを乗り越え、ついに答えを知る。「私は聞いたわ…天は言った ″祁鎮は必ず無事に帰ってくる、降りかかるすべての災難は強風に吹かれて飛んで行く″と…」朱祁鎮と徐浜が錦衣衛の衣に着替えてどれほど経ったのか、祁鎮とチムグは夫婦となり、男の子が生まれた。そんなある日、徐浜は春になれば北京へ帰れそうだと伝える。しかし草原で家族を持った祁鎮は何とも複雑そうな顔になった。エセンは大明が太上皇を取り戻す気がないと見限り、使者を送って交渉すると見せかけ、宣化(センカ)城を落とそうと企んだ。そこで喜寧が正門から入るよう助言する。多くの荷車と馬を連れていれば護送兵が大勢いても怪しまれず、荷車の毛皮と馬を献上するという名目で兵を城内に送り込むのだ。そして喜寧が太上皇の聖旨を読み上げ、城内の兵が全てひざまずいた時が好機だという。「私の咳払いを合図に荷車に隠れた兵と護送兵が一気に城門を制圧、援軍が攻撃を仕掛ける!」しかしバヤン・テムルが異論を唱えた。「荷車に大勢の兵を隠しても、城門は狭く身動きが取れない 援軍をどう入れる?敵が吊り橋を上げたら終わりだ…我々を無駄死にさせる気か?!」すると喜寧は猛毒を塗った短剣を見せてニヤリとした。これを布告文に隠しておき、先に将軍を殺して混乱に乗じるという。バヤン・テムルは卑怯な喜寧を信用できなかったが、エセンはトクトア・ブハと協力してこの一戦に大元の復興を賭けると決めた。↓バヤン・テムルって何か思惑がありそう?若微はオイラトの使者が来ると知り、皇帝を訪ねた。朱祁鈺はちょうど正統帝を風刺した寸劇を見て喜んでいたが、芸人が急に平伏する。「お母上が言うにあなたは毎日、太上皇を心配していると…どうやらその通りのようね?」焦った皇帝に罪をなすりつけられ、危うく切り捨てられそうになった芸人、しかし皇太后が逃がしてくれた。すると若微はオイラトの使者の件は皇帝が応じたのかと尋ねる。祁鈺はもちろん応じたと答え、オイラトの使者は何度やって来ても太上皇を返すと言わないと訴えた。若微が寝宮に戻ると、皇后が侍女たちの制止を振り切り乗り込んできた。「太后、出家のお許しを…嫁いで後悔しています」皇后は限界に来ていた。助けとなる皇帝もたまにしか寝宮に戻らず、皇太妃は立太子が叶わないのは皇后の干支のせいだと言い出したという。「私は時折、楼閣から飛び降りたくなります、一体どうしたら…これではまるで生き地獄です! 太后、お願いです、宮中には道観や寺院もある…」その時、双喜(ソウキ)が外から声をかけた。「太后、皇后はいつ戻るのかと太妃の使いが来ています」皇后は皇太妃に知られたと気づき、慌ててすぐ戻ると伝えるよう頼んだ。若微はかつての自分なら出家を許したが、今の自分には何もできないと正直に話した。国にも規則があり、あまり干渉できないという。「今、息子は草原で罰を受けている…私の涙はとっくに枯れてしまった…」すると皇后が思いがけない真実を明かした。「太后、毎回、詔(ミコトノリ)には交換条件の添付があって、金銀や生地の量が全て書きつけてあります ご存知ですか?」「もちろんよ」「…しかし皇上はオイラトの使者にそれを渡さず、毎回、焼却しているのです」「まさか…あり得ない!」「では太妃なら?皇上は母上の言いなりです」「…息子が戻っても皇位争いはしないわ」「あなたは知らなくても私は知っている!この耳で聞いたのですから! あの人たちは息子を太子にするまで諦めません、あなたの息子はもう戻って来ないっ!」「何ですって?!…もう一度言ってごらんなさい!」「太后、嘘ではありません、私を信じてください!こんな話をしたのは助けが欲しいからです」しかし非情にも皇太后は背を向けた。失望した皇后は寝宮を出ると、若微はふと皇后の身を案じて動揺してしまう。「双喜!上質な衣や宝石を選んで!早くっ!」皇后は宝物などいらないと激怒し、寝宮へ急いだ。双喜は仕方なく皇后について行くと、侍女に化粧箱を渡しておく。すると激怒した胡善祥が現れ、侍女から化粧箱を取り上げ、回廊に投げ捨てた。「太后に伝えなさい!あなたの施しなど受けないわぁーっ!」一方、朝議では先延ばしになっている立太子の件で朱祁鈺が苛立っていた。礼法を重んじる礼部は相変わらず、太上皇が戻って禅譲の儀式を行わなければ正統な皇帝ではなく、当然、立太子もかなわないという。皇太妃からの圧力と礼部との確執、祁鈺はついに我慢の限界に達し、礼部の官吏たちに杖(ジョウ)刑を命じた。100回も打たれた孫(ソン)尚書は持ちこたえられず、そのまま屍は見せしめにされてしまう。礼部を罰して鬱憤を晴らした朱祁鈺は後宮を訪ねた。すると母が狂ったように皇后を折檻している。驚いた祁鈺はきびすを返したが、母に見つかった。「皇上!こちらへ!お前の…この妻は…今日、皇太后の居所に行ったのよ… どう処分すればいいかしらぁぁぁっ?!」皇后はすがるような目で皇帝を見上げている。「母上…皇后の自由に…」祁鈺の恩情で皇后は解放されが、胡善祥は祁鈺を引っ張って奥の間へ連れて行った。于謙は皇帝の暴挙に頭が痛かった。すると屋敷の前で待ち伏せしていた徐有貞(ジョユウテイ)に阻まれてしまう。「先日のご無礼をお許しに…この菓子をお納めください」于謙は無礼など働かれていないと断ったが…。つづく( ꒪ͧ⌓꒪ͧ)・・・え?何これ?何ドラマ?(笑そう言えば急に見済が急に大きくなってるし、祺鎮もパパになってる…※caution皇太后と皇后の会話ですがイマイチ良く分からなかったため、中文意訳が含まれていますご了承ください
2020.11.21
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大明风华 Ming Dynasty第55話「母の祈り」景泰(ケイタイ)帝・朱祁鈺(シュキギョク)は太上皇(タイジョウコウ)・朱祁鎮(シュキチン)の帰還を恐れた。そこで独断でオイラトへの砲撃を命じてしまう。徐浜(ジョヒン)が機転を利かせて事態を収束させたが、祁鈺は誰より皇太后の反応を心配した。するとついに孫若微(ソンジャクビ)が現れる。「朱家の男たちはなぜこうなのかしら?殺し合わないと満足できないの?!」若微は母として息子に生きて帰って来て欲しい、ただそれだけだった。これまでも何度か諭したが、疑心暗鬼に陥る祁鈺に母の願いは伝わらない。若微は内閣と六部(リクブ)を無視しして勅命を下し、敵陣にいる息子の命を脅かした祁鈺を痛烈に批判した。「何度も親征した太宗でさえ、勝手な命令を下せば将軍たちは従わないでしょう! あなた、良き皇帝になる気があるの?まだまだ道は遠いようね(はぁ~)ばーら いずれ時間を見つけて教えようと思っていたけれど…でもあなたには性急過ぎたようね」その時、慌てて戻って来た興安(コウアン)が敵の軍営が撤去したと報告、太上皇の無事を伝えた。若微はようやく冷静さを取り戻し、気が動転して言い過ぎたと釈明した。しかし報復を恐れた祁鈺は思わず兄に復位をと嘆願し、うっかり母からの受け売りだとほのめかす。すると若微は皇太妃・胡善祥(コゼンショウ)には国のために尽くすことなど全く理解できないのだろうと言った。「あの子が帰ったら私のそばに置く、過ちには罰を与え、不満のはけ口には私がなる 先ほど砲撃をしたあなたはあの子が帰って来たらどんな顔をして会うの? 兄を殺そうとしたことを大臣たちはどう思う? あなたの懐がもっと大きければ、あるいは良き皇帝になれたかもね…残念だわ」若微が寝宮に戻ると徐浜が待っていた。「助かったわ」「では太后、褒美に官職を賜りたく存じます」「あれしきの手柄で官職をくれと?」「太上皇を救ったんだぞ?大手柄じゃないか?」侍女・双喜(ソウキ)は2人のやりとりに思わず失笑した。そこで若微は人払いする。すると徐浜は自分を礼部尚書するよう頼み、敵地に赴いて太上皇に仕えると申し出た。息子を案じて苦悩する若微のため、敵地で太上皇と共に暮らし、解放の日まで守るという。若微の心は揺れた。敵地は冬になると大地すら凍り、獣の血を飲むという野蛮な場所、徐浜は自分のためにそこまでするというのか。「…そんなに優しくしないで、恩を返せないわ」エセンは朱祁鎮とチグムも同席させ、特使を招いた。すると徐浜は錦衣衛の副使・趙栄(チョウエイ)と王復(オウフク)と共にまず太上皇に拝跪し、続いてエセンに拝礼する。宦官・喜寧(キネイ)は元(ゲン)国のタイシに無礼だと激怒、徐浜を無理やりひざまずかせようとした。しかし徐浜は喜寧を払い避け、そもそも元という国号は永楽22年に大明を母国とする条件で認められたものだと指摘する。「つまり大明の皇帝は君主だ、太上皇の前では私もエセン・タイシも臣下、跪拝は必要ない …私は太后の意向で太上皇のお世話に来た、解放のための協議については別の使者が来る予定だ」エセンは理路整然とした客人を受け入れ、尚書の派遣は確かに妥当な方法だと認めた。「待った!こいつは偽物だ!礼部尚書は楊栄(ヨウエイ)だ!お前は市舶司(シハクシ)の者では?!」喜寧は手柄を立てるため徐浜たちを殺せと叫んだが、早合点だと知る。「その通り、私は以前、市舶司の監事だった、しかし北京では皇帝が変わり、役人も異動した 閣老たちは退官を望み、今は兵部侍郎の于謙(ウケン)大人が内閣首輔に、 石亨(セキリョウ)大人が九城兵馬都督(トトク)となった 市舶司は礼部の所属、私が礼部尚書で何の不思議があるのか? …祖国を忘れた輩(ヤカラ)め!お前こそ偽物だ!」喜寧は笑い者となり、その場が和んだところでエセンは徐浜に酒を飲むよう勧めた。徐浜は祁鎮の隣に座ると、皇太后は息子を忘れていないと告げる。「私がいます、共に苦難を乗り越えましょう」景泰元年、公元1450年6月、エセンは長城から撤退、若微はついに北京を防衛することに成功した。そして南京に避難していた胡善祥と皇后たちが戻って来る。若微と朱祁鈺は大明門で盛大に迎え、宴を準備していた。しかし胡善祥は疲れたと断り、まるで皇太后から息子を取り返すように祁鈺の腕をつかむと、半ば強引に寝宮へ連れ帰ってしまう。朱祁鈺は寝宮に皇太后を招き、家族だけのささやかな酒席を設けた。そこで皇后は皇太后と皇太妃が話している隙に隣の皇帝に酒を注ぎながら耳打ちする。「西六宮を出るわ…もう虐待は嫌よ」「お前は皇后として義母と同居すべきだ、私も時々、見に来る」すると皇太后がここを皇后の寝宮にして胡善祥には他の寝宮を用意すると言ってくれた。祁鈺と皇后にとっては願ってもない提案だったが、胡善祥は慣れた寝宮から移りたくないと断る。それより宮中の道観で修行したいと希望し、自分で″静慈(セイジ)法師″と法号もつけたと教えた。祁鈺は母が本気で出家するとは思えなかったが、その理由はすぐに判明する。胡善祥は皇后に孫を連れて来るよう命じた。そして見済(ケンサイ)に″太皇太后″に挨拶しろと声をかける。胡善祥は出家して身を引く代わりに、孫の立太子を持ちかけたのだ。驚いた若微は飲み過ぎたようだとしらばくれ、改めて胡善祥の帰京を祝って杯を空けてから帰ってしまう。焦った祁鈺は回廊で皇太后を引き止め、あくまで母の考えだと釈明した。しかし若微は何も言わず、話を変える。「…3人の閣老は辞表を出し、退官を希望している 彼らは太宗の頃から4代にわたり朝廷で仕えて来た重臣たちよ? 皇上、彼らのために宴の用意を、慰留してちょうだい… それから早急にオイラトへ使者を送って欲しい」すると祁鈺は兄の解放のため、領土以外ならオイラトの条件に応じると安心させた。朱祁鈺が寝宮に戻ると、母はのんきに孫に食事をさせていた。「ほらもっと肉をお食べ」呆れた祁鈺はなぜ立太子の話を持ち出したのかと苛立ったが、胡善祥は立太子もできないなら偽物の皇帝だと小馬鹿にして席を立つ。皇后は思わず皇太妃に肉は控えめにするよう頼んだ。すると胡善祥はいきなり皇后を平手打ち、隣の部屋に行ってしまう。双喜は胡善祥から梅20株が届いたと報告した。すると若微は礼を伝えるよう頼み、その際、2人で一緒に道観で修行しようと誘うよう告げる。一方、朱祁鈺は皇太后の助言に従い、早速、三楊を宴に招いた。そこで今後も有事の際は良い策を考えて朝廷を支えてくれと閣老たちの顔を立てたが、しかし三楊の話は耳に逆らうことばかりだった。皇帝と犬猿の仲である于謙(ウケン)を遠回しに殺さぬよう釘を刺し、さらに楊士奇(ヨウシキ)・楊栄・楊溥(ヨウフ)揃ってひざまずくと、太上皇を何としてでも取り戻して欲しいと嘆願する。しまいには皇太后と心をひとつにすれば朝廷も安定するとまで進言された。「″憂患に生き、安楽に死す″と聖人の言葉にもあります、これは道理です!」「閣老たちよ、よくぞ申した(ワナワナ…)朕は憂患に生きたうえに憂患に死すであろう」三楊に見透かされていた祁鈺は苛立ちを隠せず、ついに立太子の話を持ち出した。体調が悪い母が出家を希望しているが、世継ぎが定まらねば安心して出家できないという。これに三楊たちは大反対、太上皇が戻って正式に譲位し、皇帝が統治を盤石にしてこそ国は治まると諭した。祁鈺は居たたまれなくなり、急に飲みすぎたと言って席を立つと、宴をお開きにして帰ってしまう。若微は法要を行って民の心を慰めることにした。そこで7つの道観から道士を招き、また今回の戦で多くの犠牲者を出したことから、誰もが垣根を越えて追悼できるよう、仏寺からも同じように僧を呼ぶことにする。また法要の費用は全て自分が出すと決め、被害が大きかった永定河の近くに会場を設けることにした。法要には多くの民が駆けつけた。すると範(ハン)県令・范凌(ハンリョウ)が皇太后を迎える。北京近郊では4万7775世帯がオイラトに襲撃され、今春は永定河が氾濫したが敵がいたので堤防の修復ができず、2000人が犠牲になったという。農耕に使う牛も敵に食料として奪われ、鉄の農具までも奪われる始末、范凌は他の県令と連名で被害状況を報告していた。上奏を知らなかった若微は報告書の写しを受け取り、自分から対応を促しておくと約束する。そして家族を失った多くの民が参拝する中、若微も息子の無事をひたすら祈り始めた。「息子にご加護を…無事に帰れますように…災いからお守りください… あの子は愚かにも多くの間違いを犯しました、でも愛しい子です 若さゆえの過ちは私が母としてその罪をすべて負います…お願いです! どうかあの子の一生が苦しみから解放され、安らかになりますように…」オイラト陣営に大明から使者がやって来た。しかし太上皇の解放を要求しながら、書状では一言も触れられていない。すると使者は皇帝自ら書状を書いて礼部に指示したと説明、内容も把握していないようだった。「皇帝が書いた?(はっ)分かったぞ!」喜寧はエセンに皇帝が解放を望んでいないと教える。これにはエセンも恥知らずだと呆れ、使者たちをすぐ追い返した。「理解に苦しむわ!」その頃、徐浜は朱祁鎮にかつて徐達(ジョタツ)が退官を望んだ時の話を聞かせていた。「徐達は病を得て背中に大きな瘤(コブ)があった、瘤が破裂すれば命がない 医者は鵞鳥(ガチョウ)を食べるなと言ったが、そんな徐達のもとへ高皇帝は使者を送った 使者は鵞鳥を賜り、その場で徐達に食べさせた その夜、希代の名将は死んだそうです」徐達が鵞鳥を食べて死んだのかはともかく、鵞鳥を賜るのは″死ね″という意味だ。すると朱祁鎮は高皇帝のしたことは残酷に思えるという。つづく|ω・`)胡善祥が戻って来た途端にオカルトになって来たw
2020.11.20
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大明风华 Ming Dynasty第54話「捕虜の解放」景泰(ケイタイ)帝・朱祁鈺(シュキギョク)は母である胡善祥(コゼンショウ)の讒言を信じ、皇太后が母と自分を排除すると信じ込んでいた。孫若微(ソンジャクビ)はあまりの衝撃に愕然となり、大晦日の晩餐から出て行ってしまう。一方、オイラトの軍営では今にも朱祁鎮(シュキチン)がバヤン・テムルに殺されそうになっていた。すると祁鎮は自害するので刀を渡して欲しいと懇願する。「大明(ミン)の皇帝だったのだ、威厳を保ちたい!」バヤン・テムルは情けをかけて短刀を渡すと、祁鎮はむしろ今まで生きてきたことを恥じて短刀を振り上げた。その時、バヤン・テムルの目前をチムグの放った矢がすり抜ける。「二叔!彼を死なせたら許さないから!」バヤン・テムルはチムグが本気だと気づき、降参して帰って行った。若微はやるせない気持ちのまま馬車をあてもなく走らせた。やがて外から何やら号令する声が聞こえ、侍女・双喜(ソウキ)に馬車を止めるよう合図する。そこは偶然にもオイラト人捕虜の収容場所だった。「指揮官を呼んで」右営主将・石亨(セキキョウ)は馬車に乗っている皇太后に謁見した。石亨の話ではオイラトの捕虜は5000人あまり、大明軍では戦死者はいても捕虜はいないという。ただしこのまま捕虜を生かしても兵糧の無駄、オイラトを討伐後に皆殺しにすると話した。バヤン・テムルは朱祁鎮を殺せなかった。エセンは仕方なくバヤン・テムルから剣を取り上げ、自ら朱祁鎮を探しに行く。その頃、朱祁鎮はチムグの天幕にいた。「私も一緒に北京城に連れて行ってくれる?…2人だけで行くのよ?」「分かった」安心したチムグは、朱祁鎮の母はどんな人か聞いた。祁鎮はもし母が男だったら皇帝になっていたと答え、取り乱した姿を見たことないという。「だったらお母様は龍なの?」「そうとも言える…正直なところ時々、帰りたくないと思う…戻ったところで合わせる顔がない」「心配になって来たわ…お母様は怖い人なの?」「分からぬ、以前、私は母上に叱られて激怒し、愛犬を殴り殺してしまった 私が母上のせいだと言うと、私を叩いた時以上に泣きながら犬を埋めていた」「お母様は私のことを気にいると思う?」「もちろんだ、母上に伝える、私の宝だと…君を大切にする」「ありがとう、今後は私があなたの愛犬ね…いつも一緒よ!ワンワンワンワン!」チムグが犬の鳴き真似をして祁鎮を笑わせていると、ちょうどそこへエセンが入って来た。2人の親しげな様子を見たエセンは激怒して朱祁鎮を殺そうとしたが、チムグが剣を抜いて祖父に逆らう。「彼は私のものよ!」」これにはエセンも驚き、諦めて引き返した。一方、若微は風雪の厳しい中、収容所の中に入った。オイラトの捕虜たちは整然と道を開けながら、これから何が起こるのか戦々恐々と見守っている。すると若微は捕虜に話があるため、声が大きい者を連れてくるよう命じた。石亨は早速、捕虜を4名ほど選び、壇上で待つ皇太后の元へ連行する。「太后、漢族の言葉を話せる者たちです、太后のお話を皆に伝えます」そこで若微は壇上の前に集まった捕虜たちに、皆を解放すると宣言した。「領土に戻ったらしかと子孫に伝えよ、中原の者たちと未来永劫、友好を保つようにと! これは中原の我らだけではなく、そなたたちの願いでもあろう! 再び剣を携え中原に乗り込めば、こたびのように生きて帰れると思うな!」捕虜たちは安堵の涙を流して喜び合うと、皇太后にひざまずいて感謝した。「大明の皇太后は天のごとく慈悲深い!」その頃、オイラトの軍営ではエセンが朱祁鎮を取っ捕まえ、自分の天幕で殺すことにした。チムグが慌てて飛び込んできたが、今回は兵士に連れ出されてしまう。しかしその時、外がにわかに騒がしくなった。するとバヤン・テムルが駆けつけ、大明の皇太后が仲間を解放してくれたと報告する。驚いたエセンはさすがに皇太后の息子を殺すことができなくなった。「今度、チムグといたら殺すぞ!」若微は宮殿に戻った。改めて中庭で爆竹を鳴らしながら、ひとりで餃子を頬張る。そばにはもう一人分、出来立ての餃子が置いてあった。楊溥(ヨウフ)は朝議でエセンが立春前には大明を去りそうだと報告した。山東(サントウ)の備倭(ビワ)兵はすでに昌平(ショウヘイ)方面に駐留し、敵の右後方に迫っている。江蘇(コウソ)の兵も郎坊(ロウボウ)と楊村(ヨウソン)一帯で守備に就き、北京城下の兵は徐々に増大していた。やはり皇太后のエセンへの言葉が功を奏したのだろう。「″長城から出ていかねば八つ裂きだ″!太后の言葉は後世まで伝わりましょう~わははは~」正統(セイトウ)帝・朱祁鈺(シュキギョク)は安堵したが、急に于謙(ウケン)が太上皇はどうするのかと水を差した。そこで使者を送って協議するよう上奏し、太上皇の解放と引き換えに褒美を与えて長城を出せばいいという。すると祺玉は使者を送ることに同意したが、一方で都の各幕営に攻撃を続けさせろと命じた。于謙は思わず皇太后と協議した当初から守りに徹する作戦だと言い返してしまう。「攻めねば投降させられぬ!敵が″先帝″を解放するとでも?!」「ぁ…皇上、不適切な表現がございました」楊栄(ヨウエイ)はご丁寧にも奪還するのは″先帝″ではなく″太上皇″だと指摘し、景泰帝の地雷を踏んだ。「陛下が即位されたゆえ、太上皇が戻っても政務に関与しませぬ 陛下が尊敬の念で太后を慰めることこそ、偉大なことではないでしょうか? どうぞご安心ください」「安心だと?何を安心するのだ?…何を企んでおる?!」祁鈺は閣老たちが自分と皇太后の離間を画策していると難癖を付け、激昂して帰ってしまう。楊士奇(ヨウシキ)は于謙を引っ張り出し、朝議で太上皇奪還を持ち出したことを責めた。実は三楊はこの戦のあとに于謙を内閣首輔に据え、従順な配下を与えようと話し合ったという。「皆が恐れるのは太后で皇帝は誰でも良いのだ 太上皇の帰還を口にせねば太后は不機嫌になる、だが度が過ぎる!」楊士奇は于謙が朝臣の長となれば大明はあと30年は栄えると期待した。「今の陛下の本質は悪くない…太后もそなたを信頼しているゆえ、考え直せ」エセンの軍営に大明から使者が到着した。長城を出て太上皇を帰してくれるなら褒美に絹織物と金銀を贈るという。しかし褒美と聞いたエセンはカチンと来たのか、北京城を攻め落として自分で蔵から選ぶと言って追い返した。使者が帰ると、首領たちは大明が朱祁鎮のためにいくらなら払うだろうかと笑った。しかしエセンは払う気などないと一蹴する。山東の備倭兵は自分たちの右翼の後方におり、昌平には20万の精兵がいた。つまり大明は自分たちを馬一頭、長城から出さぬ気だろう。するとエセンは皆を草原に連れて帰るため、ひとまず騎兵が敵をかく乱させている間に主力を撤退させることにした。「500両しか用意しないのは、あの皇帝には価値がない証しだ、準備に戻れ」皇帝の不興を買った于謙は大殿でひざまずいた。衝立の奥で密かに様子をうかがっていた祁鈺だったが、やがてわざわざ遠回りして于謙の後ろから声をかける。「生石灰づくりと太子少保、どちらがよい?」「…皇上のおっしゃりたい意味が分かりません」そこで祁鈺はオイラトが城外に居座るのは良くないだろうと圧力をかけた。すると于謙は通(ツウ)州の食糧が尽きたため、しばらくすれば自ら撤退するはずだと安心させる。「今は攻めてはなりませぬ」「攻める?…攻撃に関して私は指示を出せぬ」「…そうです、皇上は命を出せませぬ(キッパリ) 太上皇は敵陣ゆえ、安易な攻撃は禁物です、太上皇が負傷すれば太后に何と釈明を?」「そうだな、戻れ」祁鈺は突き放したが、于謙は謝罪するどころか、さっさと帰って行ってしまう。于謙は本営に戻った。大砲隊も到着、砲台は沿岸に移し、砲弾も数千発あるという。于謙は喜び、これを山に設置してエセンに見舞おうと言った。そこへ皇帝からの聖旨が届く。「″オイラトが北京城を狙って久しい、城下の兵に余力がある、集結させ敵を潰せ″ …于少保、皇上から言づてが、皇上は宮殿で砲弾の音を待っているそうです 鳴らねば不忠だと…于少保、良き音を待っています」石亨は呆れた皇帝だとぼやいた。太上皇の死を望み、我らを九族皆殺しにする気なのか。于謙はもちろん砲弾を放つ気などなかったが、その時、突然、オイラト軍に砲弾が降り注いだ。「誰が打った?!」驚いた于謙が天幕を出て城楼を眺めると、皇帝が直接、兵士に聖旨を下したのだと気づく。「太上皇を殺す気か…」その頃、うたた寝していた若微は、凄まじい砲撃の音で目を覚ました。敵が攻撃してきたのかと思いきや、大明が攻撃を始めたという。エセンは幕営を後方50里に移動させるよう命じた。驚いたバヤン・テムル は自分に出撃指示を出すよう迫ったが、エセンは朱祁鎮の運を試すという。「私の馬に縛りつけ、どこへも行かせるな」于謙は万事休すとばかりに天幕でへたり込んでいた。そこへ皇太后の令牌を託された徐浜が駆けつけ、三大営を出撃させろと指示する。「太上皇を殺す気ですか?!」「太后の命令だ、出撃せねば砲撃が続く!」于謙は皇太后の目論見に気づき、直ちに三大営を率いて城門を飛び出して行った。すると味方に怪我をさせまいと砲撃がすぐに止む。「柵のあたりまで行ったら戻ってこい」于謙の号令で三大営が一斉に馬を駆けた。興安が嬉しそうに報告にやって来た。「皇上!お祝いいたします!オイラトが撤退を…」「太后はどうなのだっ?!」「タタタッタ太后は…」「…私に直接、尋ねたらどうなの?」(((;꒪ꈊ꒪;)))ヒイィィ!つづく( ๑≧ꇴ≦)ラッパー興安wwwタタタタタッ太后♪
2020.11.14
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大明风华 Ming Dynasty第53話「玉座の重圧」孫若微(ソンジャクビ)は母ではなく、大明(ミン)の皇太后として決断した。そして我が子である正統(セイトウ)帝・朱祁鎮(シュキチン)を廃帝とし、皇太妃・胡善祥(コゼンショウ)の子・朱祁鈺(シュキギョク)を新しい皇帝に立てると布告する。「元号は″景泰(ケイタイ)″とし国を治めてもらう…皇上、お座りください」祁玉は恐る恐る玉座に腰かけると、皇太后と百官からの拝礼に圧倒された。一方、北京城の前で醜態を晒した朱祁鎮は、再びオイラト軍のもとへ連れ戻された。チムグは自分の龍の縄を解きながら、皇帝を廃されたので死ぬ必要はなくなったと安心させる。「…何だって?」「お母様が皇帝を廃したから死ななくていいの」祁鎮はしばし呆然としていたが、すぐ事情をのみ込んだようだった。↓辱めとはこんな感じだったようです( ̄▽ ̄;)副都である南京に避難した胡善祥は郕(セイ)王妃と2人で曰く付きの部屋に落ち着いた。ここは忘れもしない大明の宰相・胡惟庸(コイヨウ)の子孫である尚儀局の女官長・胡尚儀が使っていた部屋だ。胡善祥は幼い頃からここで虐げられてきたという。「でもあの人が死んで分かった、この世でただ1人私を慈しんでくれていたと… なのに私の子供は太后にへつらっている」「功を立てるために戻ったのでは?」すると胡善祥は王妃を引っ叩き、どうして口答えばかりするのかと責めた。実はもう王妃を叩かないと誓っていたが、この部屋が胡善祥をいらつかせるという。「今でもこの部屋に入ると身震いがする…胡尚儀が拍子木を持って(👏パンパン!)こう言うの ″何をしたか分かる?″…ふ、私は心の中であれこれ考えを巡らせたわ 胡尚儀の怒りを発散させることができたら、胡尚儀と私はその日を穏やかに過ごせるの」胡善祥は王妃に困り果て、なぜ自分のように従順になれないのかという。それにしても部屋は殺風景で、雪だというのにわずかな炭しかなかった。恐らく皇太后が祁玉を戦場に送ったからに違いない王妃はあり得ないと否定したが、胡善祥は無能な皇帝にとって、賢く従順な祁玉は目の上のこぶだと教えた。当然、皇太后が祁玉を生きて返すはずがない。しかしその時、中庭から祝辞を述べる声が聞こえてきた。胡善祥は何事かと扉を開けると、侍女と宦官が拝礼する。「太妃!郕王が即位されました!お慶び申し上げます!」太監・興安(コウアン)が北京から景泰帝の贈り物と文を皇太妃に届けた。北京では度重なる血戦の中、三大営はほぼ全滅、しかし山東(サントウ)や江蘇(コウソ)の軍から勇敢な兵を選出し、五軍営・三千営・神機営を再建させたという。こうしてかつて以上の戦力を備えたことにより、オイラトが潰れる日は近いと見通しは明るかった。祁玉は軽率な行動をとったと謝罪し、母が厳しかったのは自分を発奮させるためだと分かったという。…私は死んでも軟弱者の汚名を着せられ、人に笑われたくないのです…皇帝になりたかったのではありません、己を奮い立たせたいのです…″皇后″や息子をよろしくお願いします若微は皇太后として政務に追われる日々だった。気がつけば大晦日、若微は中庭にある″龍″の彫刻をながめながら、人知れず物思いにふける。すると侍女・双喜(ソウキ)がやって来た。「年始の贈り物の内訳です、倉庫に入れるのでご覧ください」双喜は皇太后の気が晴れるよう礼品を見せたが、若微は茶器や織物、景泰帝からの如意まで南京へ送るよう指示した。「こう伝えて、あなたの息子の祁玉が即位した、健康と長寿を願うとね …あ、やはり皇上の名で贈って」しかし若微はふと礼品に猪肉があったことを思い出す。「餃子を包みましょうか」「いいですね!あ、そうだ!爆竹も用意しています」「本当?!では中庭でやりましょう、外には秘密でね」一方、景泰帝は閣老を呼び、江蘇の兵が到着したなら反撃できるか聞いていた。実は年越し前にオイラトを追い返せと詔を下したいという。すると三楊は攻撃すれば敵陣の太上皇に当たる可能性があると難色を示した。何より総指揮権は皇太后が于謙(ウケン)に与えているため、第一線にいない自分たちが口を挟むわけにいかないという。そこで祁玉は兵権を握る于謙を取り込もうと早速、興安を使いに出した。興安は于謙を太子小保(タイシショウホ)に任じる聖旨を渡し、それとなく戦を終わらせるよう頼んだ。かつて朱祁鎮の于謙への仕打ちを持ち出し、新帝からの恩情を忘れるなという。しかし于謙は太后から授かった地位、兵を出せと言うなら太上皇を傷つけた場合、誰が責任を負うのかと一蹴した。祁玉は于謙の籠絡に失敗し、鬱憤ばらしに興安を蹴り飛ばした。しかし興安は蹴られようとも、急いで追撃しなければ手遅れになると警告する。連敗のエセンは早かれ遅かれ太上皇を送り返すはず、そうなれば新帝の価値はあっという間になくなるからだ。朝廷は皇太后が掌握しており、于謙も新帝を皇帝とは見なしておらず、新帝には任命した臣下すらいない。ましてや新帝と皇太后との間に信頼関係があるとも思えなかった。「一度、皇帝になったら、もう郕王に戻れないのですよ?」祁玉は興南の指摘に言葉を失い、思わずへたり込んでしまう。若微は宮女たちと厨房で餃子を作っていた。宮女たちはふざけて粉を掛け合い、若微も久しぶりに声を上げて笑う。しかし急に皆が静かになり、若微は景泰帝が来たと気づいた。「私にも包ませてくれ…」祁玉は器用に餃子を包み、母は自分が何者かに毒殺されるのを恐れて自分に作らせたと話す。その意味を悟った若微は一笑に伏した。「″皇帝″の手料理は食べたことないわ…(ぁ)…母上が南京から戻ったら作ってあげて」餃子が出来るのを待つ間、若微は祁玉から思わぬ申し出を受けた。「私が国を治めるのはこの戦の間だけ、兄上が戻れば存在意義もなくなります 私は兄上が戻ったら皇帝の座を…お返ししようかと」驚いた若微は、兄の方が適任なら敵国に捕らわれていないとため息をついた。「もういい、今後、私の前でその話はしないで」若微は祁玉こそ皇帝であり、親子の情だけで取消せることではないと釘を刺した。その頃、廃帝となった朱祁鎮はオイラトの軍営で大晦日を楽しんでいた。しかしエセンの天幕ではこう着状態に痺れを切らしたハルハ族が抜けると宣言、他の首領たちの怒りの矛先はエセンに向かう。これにバヤン・テムルは激怒し、自分たちには銃も大砲もないからだと反論した。言い争いを黙って聞いていたエセンだったが、ふと帳の隙間からチムグや兵士たちと踊っている朱祁鎮の様子を垣間見る。「大明の皇帝は廃されたが楽しそうなだな…」するとバヤン・テムルは朱祁鎮が毎晩、自分たち敵陣で酒を飲んでいると呆れ、あれこそ傑物だと口を滑らせた。そのせいで首領たちは急に神妙になってしまう。そこでエセンはとにかくタタールのハーンであるトクトア・ブハが宣化(センカ)・大同(ダイドウ)を打ち破れば明が主要部隊を差し向けるため、北京城の戦力が弱まったら攻め込もうとなだめた。「この雪が解ける前にトクトア・ブハ可汗が勝利しなければ、我らは撤退しよう」酒席は散会した。するとエセンはバヤン・テムルが酒の席を台無しにしたと叱る。しかしバヤン・テムルは朱祁鎮と何回か酒を飲んだことがあり、良い青年だと褒めた。何より廃された朱祁鎮では突破口になるどころか、利用するだけ無駄だと笑う。「死ねば役に立つのでは?」エセンは長い時間をかけてようやく部族をまとめたことから、撤退したら2度と連合軍はできないと言った。そこでバヤン・テムルに朱祁鎮の首を斬り、明日、竿にぶら下げろという。そうすれば明軍は必ず報復に出てくるはず、戦さえ始まってしまえば誰も撤退など考えないはずだ。「大哥?俺に行けと?」「他に誰がいる?」一方、北京城では餃子が完成し、大晦日の晩餐が始まった。祁玉は母より皇太后の餃子の方が美味しいとお世話を言ったが、若微はしみじみ自分より胡善祥の方が何でもできると教える。「何でも上よ?今も息子が皇帝になって喜んでいるはずだわ 私の息子は敵陣にいる…あなたの母の勝ちよ」若微は純粋に胡善祥を褒めたつもりだったが、祁玉には違う意味に聞こえた。「…私は兄上に餃子を贈りたい」祁玉の思わぬ言葉に若微は思わず箸が止まり、そのまま床に落としてしまう。侍女は拾いに行こうとしたが若微は制止し、箸を拾いながら大粒の涙をごまかした。「兄上の復位を望む大臣もいます…この戦に勝てばオイラトは兄上を返すでしょう …皇帝を演じることに私はもう疲れたのです!どうかご決断を!皆や私を安心させてください 兄上が帰れば郕王に戻ります、もっ…もしくは普通の民に… お願いします、私と母に生きる道を…」「…私の言葉を本気にしていなかったの? あなたを皇帝にしたのを、まさか本当にお遊びだと思っていたの? 皇帝の衣を着せたのもエセンに演じてみせるためだと?…なんと大胆不敵なっ?!(箸ドン!)」皇太后の怒号が響き渡り、和やかだった晩餐は水を打ったように静まり返った。恐れおののいた祁玉はひざまずき、泣きながら命乞いする。「母が言うには私は本来、太子だった、それをあなたが手管を弄して母を廃したと… 先日、母から文が来て私をバカだと罵った、太后、お願いです!私たち母子を見逃してください …民となって郊外へ行きます…もしくは祖先の墓守でも… 太后、私と母に恩情をお与えくださいぃぃぃ~」つづく( ತ _ತ)もうなんなの?辞めてしまえ!w
2020.11.13
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大明风华 Ming Dynasty第52話「皇太后の決断」明軍とオイラト軍は決戦の火蓋を切った。皇太后・孫若微(ソンジャクビ)は城楼から千里鏡で戦況を見守っていたが、奇しくも敵陣からこちらを千里鏡で伺うエセンと目が合う。するとエセンは人質の正統(セイトウ)帝・朱祁鎮(シュキチン)を引きずり出し、千里鏡で母子を対面させた。祁鎮は唖然として千里鏡を落とすと、再び連行されてしまう。息子の姿を見た若微は愕然となり立ちくらみを起こしたが、侍女・双喜(ソウキ)が身体を支えた。「太后、きっと老天爺が大明をお守りくださいます」「違うわ…大砲が大明を守ってくれる」厳しい戦いが続く徳勝(トクショウ)門、やがて三千営の騎兵が全滅した。総指揮を執る于謙(ウケン)は神機営に準備をさせ、五軍営は馬一頭、動かすなと命じる。一方、若微は宮中でひとり、ただ武運を祈るしかなかった。そしてついに本営に急報が届く。「我が軍はオイラトの騎兵を撃退!主力は西直(セイチョク)門へ!」于謙は喜び、早速、徳勝門を撤収して西直門へ向かうと決めた。激戦の中、エセンの弟が戦死した。軍営に運ばれた遺体を前にしたエセンは配下を鼓舞し、ここで負けるわけにはいかないという。「伝達せよ!全騎兵で同時に総攻撃する!」その頃、喜寧(キネイ)は正気を失った正統帝を相手にあやとりをしていた。しかし朱祁鎮は苛立ちを隠せず、紐を投げ捨ててしまう。そこへチムグが現れ、″龍″にシャガイを披露した。「できる?あ…そっか、馬鹿なのよね?」仕方なくチムグはもう一度だけ見せると、龍にやってみろという。すると驚いたことに龍はチムグより上手にシャガイを投げてみせた。于謙は勝手に安定門が反撃したと聞いて激怒した。「誰が指示をした?!その部隊の主将は誰だ!言えっ!」「突撃したのは私の甥・石彪(セキヒョウ)です!」その声は石亨(セキリョウ)だった。石亨は幕営に入るなり水をがぶ飲みしながら、甥が育てた部隊ならエセンの精鋭にも劣らないと自慢する。驚いた于謙は思わず石亨に迫った。「山東の備倭(ビワ)兵は到着を?軍令は出したのか?!」「…20万の備倭軍は北京から60里も離れておらぬ!」思わぬ知らせに于謙は思わず声を上げて笑った。石亨の報告では備倭軍の一軍は昌平でオイラトの右後方に、一軍は海から天津に入り、楊村から廊坊(ロウホウ)に行き直隷への道を切断、安徽(アンキ)・江蘇(コウソ)の軍路から50万の兵が10日以内に着くという。「兵は宛兵(エンヘイ)に駐屯し、先頭は永定門から北京城に入れます! 大人、約束は守ってくれますな?…私に部隊を率いさせてくれ、要撃された報復をしたい!」「よし、安定門の3000の精兵を率いよ!」どうやら天は大明に味方をした、于謙はそう思っていた。優勢となった大明軍だったが、奮起したオイラトの猛攻により再び激戦となった。その頃、チムグは″龍″と一緒に肉を食べていたが、ふと死戦の虚しさを吐露する。「叔父が一人死んで、他の叔父たちは重傷を負った あなたの母親は大勢を殺したから皆が悪魔と呼んでるわ、大ハーンはあなたを殺すって… ぷっ、でもこんな馬鹿を殺して何になるの? 分かってる…草原にいれば皆も死なずに済んだ、草原を出た罰ね」そこへ突然、兵士たちが乗り込んできた。チムグは食事中だと憤慨したが、兵士は怯える祁鎮を有無を言わさず連れて行ってしまう。郕(セイ)王・朱祁鈺(シュキギョク)は落ち着かない様子で皇太后を訪ねた。若微は帳の向こうでまだ朝の身支度の途中だったが、山東や江蘇の援軍も到着してすこぶる上機嫌だという。すると軍報で郕王の功績も知っていると話し、褒美は何が良いか聞いた。しかし祁鈺は皇太后にどう伝えたら良いのか分からず、いつまでもモジモジしている。「何なの?…ふふ、母親が悩むわけね~」若微は失笑して帳から出たが、祁鈺の顔色で良くない事が起こったと分かった。若微は慌てて城楼へ登った。するとオイラトが北京城の前で正統帝を連れ回して辱めている。若微は息子の惨めな姿に衝撃を受け、危うく城壁から落ちそうになった。正統帝がオイラトに辱められ、明軍の兵たちは急激に士気が下がった。于謙はある兵士から皆が″この戦は意味がない″と言っていると聞き、皇太后に会おうと決める。一方、若微は寝台で冷や汗をかきながら苦しみもがいていた。ちょうど居合わせた徐浜は自分の丹薬を飲ませ、鍼を打ってやる。若微はようやく激痛から解放されたが、その代わり辛い現実と向き合わねばならなくなった。「なぜこんなことに?…いいえ、これは現実ではない、すべて夢よ」すると徐浜は逃避しようとする若微を叱咤する。「今の君は母親ではなく太后だ、北京での戦の最高責任者だ…大明の国運を背負っている! 感情的に考えるな、やるべきことをやり、自分の信念を貫け!行動あるのみだ!」その頃、オイラトの軍営は久しぶりに笑いに包まれていた。チムグだけは実力ではなく卑怯な手を使ったと憤慨していたが、エセンは太監の喜寧でしか思いつかない方法だという。喜寧は保身のためオイラトに寝返っていた。激怒したチムグは弓を手にして喜寧をとっ捕まえ、馬乗りになって首を絞めてしまう。しかし危機一髪のところでエセンが止めた。「戦に死は付き物だが、この方法なら誰も死なぬ」エセンは漢族を攻略するには漢族が必要だと孫娘をなだめた。若微は寝台の帳を下ろしたままで于謙の話を聞いた。城が攻撃を受けて5日、明軍は1万7千人が戦死し、城内で召集した5千人も大半が死傷したという。若微は胸を痛め、思わず自分も殺されていれば苦しまずに済んだと吐露した。「死んだほうが笑い者になるよりマシよ… あの子は私の息子であり皇上なのよ?なぜあんな仕打ちを… あの世の先帝に顔向けできぬ、私を殺して…」「太后!あなたは間違っている!」思えば劉(リュウ)家の漢(カン)朝や李(リ)家の唐(トウ)朝、趙(チョウ)家の宋(ソウ)朝はひとつの家族が天下を得ただけで天子を自称した。しかし本当に天子なのか。結局は天下を失い、国が滅び、民は苦しみ、子孫は落ちぶれて屈辱を受けている。于謙は皇太后の息子が朱姓をもつただ不運な人で、愚かでうぬぼれた子供に過ぎないと辛辣だった。「兵部尚書である私と石灰窯(イシハイガマ)で働く私とは官服をまとっているか否かの差のみ 皇上とここに立つ子供も龍袍(リュウホウ)をまとっているか否かの差のみです」その意味を悟った若微は思わず帳を開けた。「于謙んんん…かつてよりそなたが不忠の臣だと知っているわ 皇上がそなたを殺さぬように私も殺さぬとでも?言いなさい、話の続きを聞かせるのよ!」「分かっております、太后は母親としてお辛いのでしょう? ですが戦で死んだ者たちは?戦に巻き込まれ一家が全滅した者たちは? …この戦をする意味は何ですか?命を落としてまで大明を守る理由は?! ふがいない皇帝のために泣くのは母親として構いませぬ、ですが太后なら間違っております! 不忠の臣だと思うなら今、殺してください、愚者のために戦ってしまった…」それまで黙って聞いていた徐浜だったが、一理あると賛同した。于謙の話では明軍の士気がはなはだしく低下し、皇帝が敵陣にいるため矢も放てず、銃も大砲も使えないという。あと数日もすれば投降する者も出てくるだろう。血迷っていた若微だったが、ようやく我に返った。すると諫言してくれた于謙に拝礼し、宮外で命令を待つよう告げる。そして若微は徐浜を残して人払いし、思わず恨み言を漏らした。「なぜもっと早く助言してくれなかったの?そうすれば息子に親征させなかったかも…」「人というのものは挫折を味わわねば成長はできぬ、このまま潰れるなら皇上は腑抜けだ 我らは目の前で親を殺された、そして今がある…あの頃、我らもまだ子供だった」「その通りね、この私の決断を後世の者は責めるかしら…」「そうかもな、だが違うかも… 于謙は正しい、我ら漢族が己の土地を異民族に明け渡し、文化をも失えば、お前は重罪人になる」徐浜は母親と皇太后の立場を混同しないよう助言した。「今日すぐ行うのだ!」若微は臣下たちを召集、祁鈺を伴って朝堂に現れた。「こたびの親征は軽率であった… 三大営の精鋭を全滅させたのは、正統帝が側近のみを信じ、正道を外れたからである そして今日、城外で辱めを受け、軍の心を乱した 太后として先祖から伝わる家法にのっとり…廃帝とする」つづく(  ̄꒳ ̄)于謙が正論過ぎる…ところでよく見えなかったけど、正統帝に何があったの?!w
2020.11.07
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大明风华 Ming Dynasty第51話「中原の女神」国難を前にして苦しい決断を迫られる皇太后・孫若微(ソンジャクビ)。遷都するなら迷っている時間はない。しかし落城すれば十数万の民と城内の者が全滅すると思うと決心がつかなかった。若微は賢良(ケンリョウ)寺に滞在する徐浜(ジョヒン)を訪ねた。「長生不老丹はどこ?」「飲みたいなら自分で取れ」すると棚に丸薬が山積みになった器がある。何でも御前司が徐浜を宮中に入れる際、疑われないよう道服を着て薬を作らせたとか。「それを飲めば極寒の時期でも薄着で汗が出る、いくつも飲めば明日にでも閻魔様に会えるぞ」しかし徐浜の戯言に若微は珍しく何の反応もしなかった。「(はっ!)何をしている!」徐浜が振り返ると、若微は2つ目の丹薬を口に入れようとしている。驚いた徐浜は若微に丹薬を吐き出させたが、若微は耐えきれず泣き出した。「なぜ私の一生はいつも行き詰まるの?!」一方、エセン率いる敵軍はついに長城を制圧していた。エセンの孫娘・チムグが正統(セイトウ)帝・朱祁鎮(シュキチン)の様子を見に来た。しかし″龍″は虚ろな目をしたまま話しもせず、笑うこともない。すると世話をしている宦官・喜寧(キネイ)は正気を失ったと説明した。チムグは祖父の下手なモノマネで笑わせようとしたが、祁鎮の表情は変わらない。「愚かなふりだ」喜寧が呆れてそう言うと、祁鎮はいきなり手に持っていた瓶の水をぶっかけた。若微はついに決断し、女官たちに指示を出した。「太皇太后、皇太妃から傍系に至るまで六部(リクブ)の官吏とともに明朝、出立させなさい 北京を出て軍隊に警護を任せ、南京へ向かう、いいわね?」女官たちが慌ただしく準備に出て行くと、若微は郕(セイ)王・朱祁鈺(シュキギョク)に大臣たちとは話がついたと伝えた。「私は北京に残り、敵と戦います、朝廷が退けば将兵たちの士気が下がるわ …城が破られたら服毒する覚悟はできている、それからあなたに言っておくことがあるの」すると若微は自分に万一があれば祁鈺に皇帝の座について欲しいと頼み、敵を討つことより国土の回復に尽力するよう助言した。祁鈺は皇太后が自分たちを逃して一人で城を守ると知り、最年長の自分が逃げるわけにはいかないという。「私が太后をお守りいたします!」若微は祁鈺の気持ちに理解を示したが、胡善祥(コゼンショウ)が決して納得しないと分かっていた。そこでしっかり親孝行することも国に尽くすことだと教える。「私が死んだらこの話を後代の皇帝に伝えて…私はこの数年、あなたの母親に辛い思いをさせたわ 多くの過ちも犯した、親征を許したのも過ちの1つよ…ふふふ、自業自得よね? 後世に次ぐ、″皇帝になった暁には我々の中原を必ずや取り戻し、我々の民を救いなさい 尻込みすれば大明は南宋と同様になってしまう、私は絶対にその皇帝を許さない″と…」オイラトの使者が北京城にやって来た。皇太后との謁見を認められた使者は、明の皇帝が遷都の詔を下したため、従うよう伝える。「″城を捨て江南の地へ退けば戦を回避できよう、従わなければ我々が大軍で攻め込み、 民と土地は灰となる、3日の後、返信を望む…大元国タイシ・オイラトのエセン″」「ご苦労様、酒肴(シュコウ)を賜るわ」若微は使者を下げるとすぐ大臣たちと協議を始めることにした。すると楊栄(ヨウエイ)は返信ならすでにできていると奏状を献上する。しかし若微はこんな長文など必要ないと言った。「こう記して…″長城から出ていかねば八つ裂きだ″と」胡善祥は若微が北京に残ると聞いて気が気でなかった。まさか若微は祁鈺を道連れにするつもりでは…。すると息子がようやく寝宮に戻って来た。皇太后は祁鈺も南へ逃してくれるという。「祁鈺…まだ時期じゃないわ、今、最も大切なのは生き延びることよ」オイラトの大軍は居庸(キョヨウ)関を越えたが、なぜか北京城に攻撃してこなかった。困惑する若微と大臣たち、すると兵部に于謙(ウケン)が飛び込んでくる。「攻めて来ません!北京城は城壁が高く、兵糧も足りています! オイラト兵は城を攻めるのに不慣れなのです!」于謙は自分がエセンなら一軍は直隷(チョクレイ)に攻め込み、河北を席巻させ、一軍には山東の援軍を阻止させ、河南・河北を平らげたら西を目指し、終南山へ向かい西北を一掃すると言った。その後、トクトア・ブハと協力し大同を攻めて宣化に入り、二手に分かれた軍が晋陽で落ちあえば、長江を封鎖できる。こうして周囲を包囲された北京城ならたやすく落とせるだろう。そこで若微は9つの城門に軍を配置するよう命じ、敵を迎え撃つことにした。于謙は将軍を9つの城門に振り分け、徳勝(トクショウ)門は自ら守ることにした。徳勝門は北端に位置し、敵軍と最初に相対する。そこで若微は于謙を兵部尚書に任じて総指揮権を付与、于謙の下す軍令は何より優先されると命じた。「勝たねば終わりよ…城内での戦の準備を急いで始めなさい 私も自害など考えない、皆と共に戦って死ぬわ」一方、朱祁鈺は皇族たちを引き連れて北京城をあとにした。しかし堀を渡ったところで急に馬を引き返し、一人で城に戻ってしまう。驚いた胡善祥は馬車から飛び降りて息子を呼び止めたが、無駄だった。無情にも城門が閉まり、掘にかかる橋が上がってしまう。「孫若微!息子を返してちょうだい!祁鈺っ!」朱祁鈺が突然、宮中に戻って来た。「母と離れられるなら戦場で死にます!…太后、私は母のおもちゃではない、朱家の子孫です! 母と太后の確執は水に流してくださいませんか、私は弓も乗馬も得意です! 戦場で死なねば祖先に顔向けできません!」祁鈺は自分が死んでも子が代わりに生きてくれると訴え、皇太后に叩頭して嘆願する。しかし若微は黙ったまま、考えを巡らせているようだった。祁鈺は涙を流しながら皇太后の返事を待っていると、ようやく若微が口を開く。「戦場では剣も槍も容赦ないし、矢も飛んで来るわ… オイラト兵は知らない、あなたが皇族だとね あなたの命を奪わずに国の大事に役立てたい…そうね~どうして戦場で死にたいの?」「新帝を立てるなら襄(ジョウ)王がいます!私は朱姓です!朱家の男には気骨がある! 国に尽くします!太后を渦中に残し逃げられましょうか?! もしこの大明が滅亡するなら、私は殉国します!」すると若微は祁鈺の気骨を認め、于謙のところで弓兵になるよう指示した。兵部に髭のない礼部侍郎・徐有貞(ジョユウテイ)がやって来た。ちょうど奥の部屋でひとり食事をしている楊士奇(ヨウシキ)を見つけた徐有貞は、副都である南京に行けば出世の機会がなくなるため、北京に残して欲しいと頼む。楊士奇は総指揮の于謙に言えとあしらったが、徐有貞は自分を殺すと息巻いていた于謙が重用してくれるはずないと嘆いた。しかし楊士奇は天象の異常を発見されるたび士気が乱れては困ると言って体良く追い返してしまう。徐有貞は仕方なく屋敷に留まることにした。すると驚いたことに妻と息子がまだ荷物をまとめている。「私は行かぬと言っただろう?!城門は閉まったぞ?!とうに出立したかと!」オイラトの使者が再び北京城にやって来た。「″トクトア・ブハが大元の国王となり16年、オイラトのエセン・タイシが書状をしたためる 汝らの兵は5万に満たぬ、兵糧も1年分に足らず、民は皆、逃げ出し、すでに大勢は決している 我が騎兵に敵おうか、汝は軍事に精通しておらず、白粉や紅を友とする身ゆえ、 不当な言葉があれど罪には問わぬ、南遷は交戦を回避できる 天下の万民は太后の仁徳を称えるであろう、大元タイシ・オイラトのエセンより″」「何と無礼な」若微は自分たちの龍がまだ未熟ゆえ捕らわれの身となったが、それで大明に勝ったつもりかと呆れた。「長城を越えた時がお前たちの死期よ… 北京城には数多くの精鋭たちがいて、龍の子孫たちもいる、山東・河北には大軍がいる 中原には秀でた武器が揃っていて、素晴らしい文化と礼法も脈々と受け継がれて来た 私は大明の太后、皇帝の母です、お粗末な武器を手に長城を越えて天子の母を侮辱に来たと? これは我が大明の恥だわ!見せてやるしかなさそうね、我々が怒ればどうなるのかを… エセンに伝えなさい…お前が今生で最大の悪夢を見たいなら北京へ来いと 我々はお前のために500門の大砲と、1万発以上の砲弾を用意しておく、来るなら来なさい!」激情に駆られた若微は生き地獄を見せてやると啖呵を切り、大殿を後にした。若微がいきり立ったまま寝宮へ戻ると徐浜が待っていた。そこで徐浜を市舶司(シハクシ)の監事に任じ、すぐ都から出るよう命じる。徐浜は感謝したが、自分を追い出すことはできないと言った。「私はお前を何としても守りたい、今ここを去れば私には何も残らぬ… どこにも行かない、私がお前に寄り添う」「馬鹿な人…私だったらとっくに逃げている…もし逃げられるのならあなたの船に乗るの…」皇太后から宣戦布告を受け、エセンは大軍を引き連れ北京城を目指した。千里鏡で敵陣を伺うエセン、すると徳勝門が開いて鎧姿の皇太后が姿を現す。若微は意を決して馬を駆けると、大明軍の将兵たちの中心に止まって剣を抜いた。「100年経って奴らはまた戻って来た! 100年経って狼の群れはまたしても長城を越え中原を狙っている! お前たちの子女はここに!お前たちの故郷もここだ!両親や兄弟もここにいる! お前たちの先祖もこの地に眠っている! 我々にはすでに退路はない!将士たちよ、私は皆と共に戦う!皆と共にすべてに勝利する! 奴らの軍旗を折り、奴らの大将を殺せっ! 奴らに知らしめよ!長城から出ていかねば八つ裂きにすると!」そして大地に明軍を称える将兵たちの雄叫びが響き渡った。明軍とオイラト軍は決戦の火蓋を切った。若微は城楼から千里鏡で敵陣の様子をうかがったが、奇しくもエセンが軍営からこちらを千里鏡でうかがっている。皇太后が見ていると気づいたエセンは…。つづく( ๑≧ꇴ≦)ノ<明軍威武!いや〜これからどうなるのか?!ドキドキしませんね〜って、え?!(笑どうも緊迫感がないのは若微の裏声のせいじゃないかと…
2020.11.06
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大明风华 Ming Dynasty第50話「主なき都」明(ミン)の正統(セイトウ)帝・朱祁鎮(シュキチン)はオイラト軍に捕まった。エセンの孫娘・チムグは龍になぞらえる皇帝に興味津々、監視を買って出る。そー(。´・∀・)r)゚ω゚´)え?ヨω・)<咬まないわよね? Σ(°∀°ノ)ノクンクン…( ̄ー(・・。)<やっぱり″龍″の身体も鼻をつく悪臭がするんだ~(・_・ )=C((゚ロ゚ノ)ノ彡<行くよっ!正統14年10月、エセンは明へ進軍、白羊口(ハクヨウコウ)を攻撃し北京を目指した。皇太妃・胡善祥(コゼンショウ)の楽しみは息子の郕(セイ)王・朱祁鈺(シュキギョク)への嫌がらせだった。今日も息子の隙をついて履物を奪い、回廊に投げ捨てて大笑いしている。すると驚いたことに皇太后・孫若微(ソンジャクビ)が現れた。胡善祥は姉を食事に誘った。すると若微はなぜか王妃がいないと気づく。祁鈺は母に王妃を呼びに行けと言われて席を立ったが、どこか様子がおかしかった。「今日はあの子に3回、勝ったわ、だから30回お尻を叩くの」胡善祥は嬉しそうに話し、しかも叩く時は下衣を脱がせてお尻を叩くという。そこへ王妃が息子を抱いて現れた。若微は幼い甥に目を細め、王妃に自分の腕輪を授ける。「今日は急いで宮殿を出たものだから何も持って来なかったの 戦が終わったら宮殿で他にも選んでちょうだい」王妃は郕王に息子を預けて両手で受け取ったが、若微はふと王妃の手首のあざに気づいた。袖をめくってみると腕はあざだらけ、しかし胡善祥はただの夫婦喧嘩だとごまかして2人を下げてしまう。若微は息子を子供扱いする胡善祥に呆れ、例え王妃に非があろうと諭せばいいと咎めた。「もっと郕王の体面を考えるべきだわ」姉に叱られた胡善祥は苛立ちを隠せず、鳥の丸焼きにいきなり箸をグサリグサリと刺し始める。「私は体面など気にしない…姐姐は体面の塊ね…」憤慨した若微は黙って出て行くと、祁鈺が慌てて追いかけて来た。「太后!お待ちください!母はああいう人なのです、あとで言って聞かせますので…」「…母親思いの良い息子ね、明日、重要な朝議があるわ、必ず参列を」翌朝、朝堂に于謙(ウケン)の姿があった。若微はまだ詳しい話を知らない朝臣たちに土木堡(ドボクホ)の状況を報告するよう命じる。すると于謙は土木堡の戦いで大明軍が全滅、52名の将軍が戦死したと伝えた。失った馬は20万頭に及び、軍装や兵器、補給物資などの損失は数え切れず、全軍が壊滅して皇帝が捕らわれの身になったという。若微は絞り出すような于謙の声を聞きながら、グッと目を閉じて悲しみをこらえた。その時、朝臣の誰かが王振(オウシン)の甥・王山(オウサン)がいると叫ぶ。朝臣たちの怒りの矛先は王山に向けられ、暴行を受けた王山はそのまま絶命した。若微は暴走する朝臣たちを叱責、その体たらくに呆れた。皇帝が親政を行っていた時、王振を信用するなと進言した者がいたか。皇帝が親征すると言った時、于謙の他に止めようとした者がいたか。若微は土木堡の敗戦で太宗と先帝が苦労して築いた50万の精鋭を一度に失ってしまったと嘆き、皇帝に諫言しなかった臣下たちの怠慢に憤った。「北京城の9つの大門を開放しなさい」若微は民たちが避難できるよう城門を10日間だけ日夜を問わず開け放つことにした。エセンは朱祁鎮を連れて南下、すでに敵軍は居庸(キョヨウ)関まで来ていた。若微は朝議で戦うのか、守るのか、朝臣たちで決めるよう迫る。すると楊栄(ヨウエイ)が内閣が素案を考えたと上奏した。山東・直隷(チョクレイ)・河南(カナン)の兵を北京に集め、皇太后と太皇太后は南京に移り、安全になったら戻れるという。集められる兵の数は20万、楊士奇(ヨウシキ)は山東の備倭(ビワ)兵なら屈強で死をも恐れないと進言した。于謙の話では兵部の命で羅通(ラツウ)・曹泰(ソウタイ)・韓青(カンセイ)・郭登(カクトウ)4将軍が白羊口を守っており、居庸関の前線を10日は防衛できるという。一方、エセンは首領たちを集め、最後まで戦う意思があるのか確認していた。北京への侵攻は問題ないが、いずれ明軍も集結してくるだろう。今までのように略奪したら草原に戻るのか、これを機に中原(チュウゲン)を取り戻すのか。すると首領たちは戦を始めたエセンに従うと言った。「よし、北京を占領後も戦うぞ、ウリヤンハイは黄河を渡り山東を取れ 私は精鋭を率いて直隷を通り淮(ワイ)河を下る、明を長江以北から駆逐してやろう バヤンは山西へ進軍し、一帯を押さえろ、長江以北を制すれば明も簡単に反撃できまい」エセンと首領たちは誓いの杯を交わし、結束を固めた。10日が過ぎ、皇太后の命により城門は閉鎖された。若微と郕王は朝臣たちを集め、交戦するのか和議を結ぶのか、忌憚なく意見を述べるよう命じる。朝臣たちが難しい決断に口をつぐむ中、ただひとり上奏する官吏が現れた。実は7歳の頃から占星術を学んできたが、最近、火星が南斗(ナント)に現れるという異常を発見したという。若微が前に出て説明するよう認めると、あの髭のない翰林(カンリン)院の侍講(ジコウ)・徐有貞(ジョユウテイ)が進言した。「火星は災いの星です、現れれば戦が起きます かくなる上は速やかに南方に遷都し、災いを避けるべきかと…」これに于謙が激昂、首都は国の基(モトイ)、遷都こそ命運を危うくすると反対した。その時、思いがけず祁鈺が于謙に賛同する。「于大人(ダーレン)の意見には道理があると…首都であればこそ地方の兵も駆けつけます 遷都すれば長江以北は敵の手に落ちる、そうなれば首都を失うだけでは済みません」「そうではありませぬ」徐有貞は北京が占領され、皇族の血筋が途絶えれば国が失われると反論、遷都しなければ大明は滅びると断言した。しかし于謙は南に退けば長江以北の民が敵の奴隷となり、数千万もの民が犠牲になると訴える。そこで徐有貞は皇帝が最も憎んでいた家臣は于謙だと指摘し、皇帝のために血祭りにあげてはどうかと進言した。これには于謙もさすがに腹に据えかね、徐有貞に殴りかかってしまう。「だったら占星術で″義父″の死は分からなかったのか!」呆れた若微は于謙を止めたが、その日は結論が出せないまま散会となった。王振の養子のひとりだった宦官・喜寧(キネイ)は生き長らえていた。喜寧は生きる気力を失った正統帝の世話を任され、懸命に水を飲むよう勧める。「頼むよ~死なないでくれ~あんたが死んだら俺も命がないんだ~」喜寧は何とか正統帝の口に水を飲ませたが、祁鎮は吐き出してしまう。皇太后に続々と遷都の奏状が届く中、三楊と于謙は交戦の道を選んだ。すると于謙に皇太后へ謁見するようお達しが来る。于謙は先に兵を召集する特使を派遣してから皇太后を訪ね、直ちに準備を始めると報告した。しかし早くても到着は25日後になるだろう。「…白羊口は?あと何日もつの?」白羊口では激しい戦闘が続いていた。将軍・韓青は敵に足を捕まれ危ないところだったが、その時、合図の角笛を聞いた敵軍が撤収する。九死に一生を得た韓青、しかし朝廷の援軍が来る様子はなかった。若微は血まみれになって届いた急報を読んだ。…もはや白羊口の兵は400名ほど、このままでは全滅します…援軍が来ないなら兵を逃走させてください若微は援軍を送らないのか聞いたが、于謙は援軍を送ればそれだけ兵力を失い、そこにエセンの部隊が来たら北京は落城すると説明する。とは言え北京を守るのは2万というわずかな兵のみ、若微は思わず失笑した。すると于謙は皇太后に希望を持たせる。「通州の食料を城内に集めれば3年もちます! 北京は城壁も高く、守りは堅牢、半年は防御できましょう! 3省の兵が集結したら必ず難局を打開できます!今はただ苦境に耐え、時機を待つのです」于謙は実のところ兵が来ても戦法はひとつ、決死戦だと吐露した。そこで皇族と内閣の大臣は南京に移るよう提案し、そうすれば兵部も戦闘がしやすくなるという。「皇帝不在で朝廷は機能不全です、太后たちの身に万一あれば南宋のような延命もできなくなります …エセンは皇上を連れて北京へ、バヤンは山西へ進軍、二手に分かれて全軍を送り込むつもりです おそらく彼らは北へ帰る気はない、どうか一刻も早くご決断ください」その夜、若微は宮道に立った。かつてこの宮殿の建設中、若微は先帝と共に視察に来ている。「老天爺、私と勝負を… 目隠しをしたまま宮殿を出られたら、どうか私の息子を元気な姿でお返しください」若微は宮道をつなぐ門で何度も敷居につまずきそうになった。その度に侍女・双喜(ソウキ)は冷や冷やしたが、やがて若微は自然とまたげるようになる。こうして門を通り抜けながら右や左に曲がり、若微はついに宮殿から出た。勝負に勝った若微は太皇太后の寝宮を訪ねた。張妍(チョウケン)はばつが悪そうに皇帝の消息が分かったか尋ねると、若微はエセンが60万の精鋭で皇帝を護送すると嫌味を言う。「大臣は遷都を提言しています、あなたはまず養生を…私たちも長江を越えなければなりません」「私は嫌よ、行かないわ!オイラトが来たらここで死ぬわ!」「あなたがこの状況を作ったのですよ?!」若微は思わず声を荒げ、北京にいる兵はわずか2万、オイラト軍が来れば落城すると教えた。若微は皇帝が出征する前夜、先帝が寝台のそばに立っている夢を見たと話した。何か言いたげだったが、全てを知っていて辛かったのかもしれない。恐らくこの国難を知っていて止めに来たのだ。若微はその意味に気づかなかったと後悔したが、その時、張妍が急に泣きわめき始める。「私が愚かだったのよ!あなたは正しいけれど、言い方ってものがあるでしょう?! …どうか許して、私が間違ってた!私を許してちょうだい!」すると若微は優しく太皇太后の涙をぬぐった。「私がただ1人、許せないのは…あなたよ」若微は呆然となった張妍を残し、帰って行った。兵部に将軍・石亨(セキリョウ)が到着、于謙に謁見した。于謙は山東への救援を頼みたいと話し、可能かどうか尋ねる。「実はすでに2度、送ったが全滅した、救援にはどれくらいの兵が必要だ?」「この軍営には私の義兄弟たちがいます、いずれも精鋭です、私と彼ら13人で行きます! 夜に行軍すれば3日で着くでしょう」すると于謙は石亨に奥の部屋へ行くよう指示した。「13人の名前を書いてくれ、叙勲をする、生きて帰ったら主将に昇進できるぞ」一方、若微は三楊を呼び、遷都の件を相談していた。「もう決めないと間に合わない、どうする?…率直に言って」すると楊士奇はやはり皇族の命を危険にさらすことはできないと進言する。若微は頭を抱えた。三楊がいくら北京を守ると誓っても、もし落城すれば十数万の民と場内の者が全滅してしまう。つづく( ゚д゚)胡善祥がこんな事になっていたとは…それにしても緊迫感がイマイチ伝わって来ないのはなぜなのか?w話の流れもちょっと…???
2020.10.31
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大明风华 Ming Dynasty第49話「土木の変」老将の樊忠(ハンチュウ)は激しい雨が続く中、将兵たちと嘆願を続けていた。しかし正統(セイトウ)帝・朱祁鎮(シュキチン)が寵愛する太監・王振(オウシン)は自分を侮辱した樊忠の謁見を決して認めない。一方、北京では皇太后・孫若微(ソンジャクビ)が楊士奇(ヨウシキ)と会っていた。何でも于謙(ウケン)から奏状が届き、聞く価値があるという。「于謙は早急にウリヤンハイ三衛に知らせるべきだと… オイラトとの恩讐は複雑ゆえ抑止の駒にするのです、敵の心を攻めれば流血を避けられましょう」若微はすぐ専任の者を送り、事に当たらせるよう命じたが、なぜ今になって報告したのか訝しむ。実は担当者が于謙の奏状を保留、幸い于謙は兵部にも副本を届けていた。「辺境の件が気がかりで抜け目なく立ち回ったのです、太后の命で秘密裏に使者を出しては? 開戦を望む声が高い中、内閣が他の部族と通じていると朝廷に知れたら、 ″朝廷を軽んじた″と糾弾されます、于謙の提案は秘密裏に進めましょう」「開戦を望む声ですって?…太平の世に飽きただけよ」若微はとにかく人を送れと命じ、太皇太后の見舞いに出かけた。樊忠の老体は限界に来ていた。そこで涙をのんで宦官に賄賂を渡し、皇帝に会わせて欲しいと丁重に頼み込む。「この樊忠が太監に金を贈るとは…太宗皇帝が知れば激怒して墓から飛び出されるであろうな…」若微は朱祁陳が行程を勝手に変更し、土木堡(ドボクホ)で足止めされていると知って焦った。たった1日とは言え遠回りすれば50万もの兵馬へ補給が届くかも分からず、皇帝を守る術がなくなってしまう。楊栄(ヨウエイ)は軍報によると10日ほど大雨が降り、オイラトも短期間の移動は無理だと安心させた。「大同の陳文栄(チンブンエイ)に沿路の警備を命じました」「…陳文栄ですって?」若微は朝議で放屁(ホウヒ)をした将軍を覚えていた。すると若微は楊栄に祁鎮に急報を届けるよう命じる。「宣大(センダイ)近くの道を選び、兵部が決めた行程を進めと… 陳文栄にも送って、皇上を無事に保護すれば最高の褒美を与えるとね」楊栄は直ちに起草に向かうと、宦官がある人物の到着を知らせた。驚いた若微は雷雨も忘れて飛び出し、娘のように回廊を走る。その時、ちょうど門から入って来た徐浜(ジョヒン)の姿を見つけた。徐浜は面白おかしく旅の話を聞かせて若微を笑わせた。しかし風邪をこじらせた若微はその間にもくしゃみをしている。すると徐浜は波斯(ハシ)国で最も有名な暗殺団の首領である″山の老人″が住んでいる海峡を通ったと話した。「こんな逸話がある… 老人は暗殺者に仕立てたい者を薬で眠らせ、用意しておいた山の屋敷へ運ぶんだ その者が目覚めると大勢の美女がいる、屋敷は豪華で心地よく、酒が流れる川まである すると山の老人は皆にこう言った ″皆は一度、死んだ身で、今みているのは天国だ、私に従えば今のような暮らしができるぞ″ 皆は山の老人のために働き、死をも恐れなかった そして数十年後、山の老人は西域に威を振るった…山の老人の名は″霍山(カクザン)″だ …水は流れ、風の如く去る、どこからやって来て、どこへ去るのか」「″来如流水兮逝如風 不知何处来兮何所終″ 言い得て妙ね…あなたが賢くても愚かでも、貧しくても豊かでも、人は必ず死を迎える 生きることは苦役に過ぎない…死ぬことは休息よ」「太后、どうぞご静養ください、私は賢良(ケンリョウ)寺に…いつでもお召しに」「行かないで!(はっ)」「そう言えば気になっていることがあるの、なぜそんな衣を?」「先ほどの言葉通り、生きることは苦役に過ぎません、人が生きることは迫真の芝居なのです 太后は太后を、私は道人を演じています」徐浜はそう答えて下がった。樊忠はようやく謁見が認められた。そこで皇帝に小雨になった今のうちに出立するよう進言する。「この付近は大きな城もないため、オイラトに攻められたら守れませぬ、すぐ移動を!」しかし祁鎮は事の重大さに全く気づかず、樊忠が渡した皇太后からの急報にも目を通さなかった。「皇上、20里先に懐来(カイライ)城があり、掃除をさせておきました、今夜はそこへ 大同の陳文栄も すぐに到着するそうです」「そうか、分かった…もう下がれ」驚いた樊忠は火急の急報を読んで欲しいと食い下がった。祁鎮は仕方なく面倒くさそうに文を広げたが、都に戻れという母の命令に逆上する。「行程を変えただけで大騒ぎするな!母上に告げ口して私を非難し楽しいか?!」樊忠は必死にオイラトの恐ろしさを訴えたが、祁鎮は動かないと拒否、樊忠たちを追い返してしまう。一方、喜寧(キネイ)たちはまだ王振の財宝を運んでいる途中だった。王振の通達であぜ道しか通れず、永遠と続く長い明軍の列、その時、突然、弓矢が飛んでくる。「うっうわあ~!オイラトの兵だ!」オイラトの騎兵は田畑を踏み荒らし、一斉に明軍に襲いかかった。祁鎮は城壁も何もない廃寺でオイラトの奇襲を知った。ようやく陳文栄が駆けつけたが、歩兵は歩みが遅く、到着したのは騎兵2000だけだという。「朕の50万の軍はどうした?!」「皇上、隊列が長過ぎて役に立ちません!」喜寧は命からがら逃げ出し、わずかな仲間たちと何とか廃寺にたどり着いた。しかし王振は自分の財宝をオイラトに奪われたと知り激怒、喜寧を折檻しようとする。その時、明軍50万を撃破したオイラト軍の雄叫びが聞こえて来た。一方、エセン奇襲の急報を受けた兵部は騒然としていた。胸騒ぎがして駆けつけた若微だったが、そこで皇帝が包囲されたと知り卒倒してしまう。祁鎮はなす術なく、廟の中で右往左往しているだけだった。そこへ身体中に矢を受けた樊忠が運ばれてくる。驚いた王振は追い出せと命じたが、祁鎮は老将の前に屈みこんで耳を傾けた。「皇上…50万もの兵が…あり得ませぬ…私は無能です!」その間にも王振は早く将軍を運び出せと焦っている。「どのみち死ぬのだ…」樊忠はそう呟いたかと思うと、いきなり武器を手にして敗戦の元凶となった王振を打ち殺した。「皇上…私が死んだら…大明も終わります…」すると樊忠はばったり倒れて絶命する。これまで王振を義父と崇めて来た取り巻きたち、しかし誰ひとり王振を助ける者はいなかった。祁鎮はようやく事の重大さに気づき、自ら応戦すると言い出した。宦官たちが必死になだめる中、陳文栄がやって来る。「皇上!50万の兵を失ったのですよ! …以前、非礼を働いた私を太后がお救いくださいました 私が死んで皇上が帰還された時には、ご恩に報いたとお伝えください!」露営を包囲していたオイラト軍がついに攻撃を開始した。陳文栄は最後まで尽力したが猛攻するオイラトを防ぎきれず、最後は大槍に突き刺されて絶命する。そして残ったのはわずかな護衛のみとなった。若微はひとり兵部に残り、息子の無事をひたすら祈っていた。そこへ知らせを聞いた徐浜がやって来る。「まずいな…退路はない」土木堡は山を越えた平原、しかも奇襲となればエセンの騎兵を阻める者などいない。徐浜はもはや手詰まりだと言った。エセンの本営に次々と明軍撃破の報告が届いた。するとついに大同の主将・陳文栄が落命したと知らせが来る。エセンは思わず手を叩き、首領たちを引き連れて馬で出発した。オイラト軍は最後まで抵抗していた護衛を片付けると、廟から宦官が飛び出して来た。やけになった宦官は思わずオイラト兵に飛びかかって噛み付いたが、あっけなく殺されてしまう。その頃、徳勝(トクショウ)門に早馬が到着した。まだ兵部に残っていた楊士奇は急報を受け取ったが、その内容に手が震え、呆然となる。「門を開けよ!火急の軍報だ!」翌朝、突然、廟の扉が開いた。急に差し込んだ眩しい光に思わず目を閉じる祁鎮、するとエセンの孫娘・チムグが入って来る。チムグは配下に宦官を連行させると、怯える皇帝に近づいて匂いを嗅いだ。「くんくんくん…″龍″の身体も鼻をつく悪臭がする」…正統14年、土木堡の変…正統帝・朱祁陳がオイラトの捕虜となった石灰窯(イシハイガマ)に錦衣衛が駆けつけた。于謙(ウケン)は真っ黒な顔で自分を殺しに来たのかと聞いたが、錦衣衛は迎えに来たと拝礼する。一方、祁陳はエセンの天幕へ連行されていた。エセンはふと祖父が宣徳帝に敗れ、自分を逃した時のことを思い出す。…13人いる、13領の甲冑と13本の刀があれば、捲土重来(ケンドチョウライ)は可能だ…あの時、草原でそう誓った言葉が現実となった。すると首領たちは正統帝を金と交換しようと盛り上がる。しかしエセンはまだ戦を続けると伝え、すでにトクトア・ブハに共に南下するよう報告したと言った。驚いた首領は今回の皇帝はバカだったが、もし次に賢い者が皇帝の座に就けば反撃されるかもしれないと訴える。エセンは皇帝が生存しているうちは新帝を立てないと断言、三営の主力50万を殲滅した今こそ江北を手に入れる好機だと言った。「みんな金持ちになりたくないか?」「はお!」首領たちは早速、兵を整えるため帰って行った。すると正統帝を捕らえたチムグが入って来る。「大ハーン!私は功を立てたわ」チムグは褒美にあの″龍″が欲しいと懇願した。「いいだろう、お前があの者を監視しろ、決して逃すなよ?」「心配いらないわ!」つづく( ๑≧ꇴ≦)樊忠が不憫すぎる〜!でも邪魔者は消えたし皇帝も捕まったし、これで後半に向けて盛り返すかな?
2020.10.30
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大明风华 Ming Dynasty第48話「オイラトへの親征」太皇太后から息子の本心を聞かされ、激しい衝撃を受けた皇太后・孫若微(ソンジャクビ)。そこで講義中だった正統(セイトウ)帝・朱祁鎮(シュキチン)を訪ね、話をすることにした。祁鎮は母が全て聞いたとも知らず、何食わぬ顔で祖母が病気なのかと聞いた。すると若微は昨夜、太皇太后が雨の中、祖廟で泣き喚き、部屋には白綾がぶら下がっていたと話す。「ほお?なぜ私は聞いていないのでしょう?」「…で、お前はどう思うの?」祁鎮はその場しのぎにオイラトへの親征の件は先送りにすると心にもないことを言ったが、母をごまかすことはできなかった。「私と太皇太后との関係は確かに悪いわ、だけどそれは政務には影響を与えない…でもお前は? 双方を挑発するなんて、どういうことなの?!」「そんな…ぁ…なぜそれを?」「太皇太后が戦を望むのは弟の敵を取りたいからよ、それに私たちの仲を裂きたいのだわ この一族は…争ってばかりで楽しいのかしら?」若微は息子に自分には何でも正直に言って欲しいと訴えた。祁鎮は皇帝である自分が挑発などしないと否定し、父や曽祖父のように軍を率いたいと訴えた。すると若微は曽祖父なら残虐とは言え判断力があったと話し、祖父は菩薩の心を持ち、父は道楽者ではあったが、勇敢で慈悲の心もあったと教える。「でもお前は?私たち双方に良い顔をして、母とは心が離れている お前以外に皇帝はいないとでも? 父上から任された国土をお前に渡して私が安心できるとでも?!」母の辛辣な言葉に祁鎮は思わずその場でへたり込んだ。「紫禁城の頑丈さが永遠に続くと誤解しているようね?突然の強い風でたちまち崩れ落ちるのよ? 皇帝が何なの? 仮にお前が戦に負ける日が来たとしたら、自分が木の葉のような存在だと気づくはず 風に飛ばされるわ~その時、お前はその聡明さを誰に向けるの? 私が死んだら自分が本物の皇帝になれるとでも?でも私が死ねばお前も終わりなのよ? 親征するかは自分で決めなさい、ただし他の皇族たちは皆、その座を狙っているわ」若微はうなだれている息子の手を取り、自分のやること全てが祁鎮のためだと言い聞かせた。自分の望みは一日も早く祁鎮が大人になること、息子を傷つけるはずがない。若微はどうして自分のこの熱意を分かってくれないのかと嘆いたが、祁鎮にはそれが重荷だった。「母上の愛は濡れた綿入れです…着れば重く、脱げば寒い」祁鎮は初めて本音を打ち明け、母の手を離して帰って行った。息子の言葉に打ちひしがれた若微は雨の中を歩いて寝宮に戻り、そのまま病に伏せった。ふと目を覚ますと、帳の向こうから朱瞻基(シュセンキ)がこちらを心配そうに見ている。「あの子を諭して…私の言うことを聞かないの…何か言ってください 長い間、頑張ってきたのです、私の胸は張り裂けそうだわ!あなたは何て無責任なの!」若微は無我夢中で帳にしがみつき、寝台からはい出したが、そこにいるのは侍女の双喜(ソウキ)や侍医たちだけだった。「皇上?…皇上?!」「太后?″皇上″なら何度かお見えになりましたが…」すると侍医は孝行者の皇帝が己の血肉を裂いて煎じてくれると報告した。楊士奇(ヨウシキ)は于謙を郊外の石灰窯(イシハイガマ)まで送り届けた。実は皇太后が于謙を生かすよう希望したという。于謙は思わず、三楊が今やただの子供に何も言えなくなってしまったと嫌味を言った。すると楊士奇は于謙も入閣すれば分かると笑い飛ばし、皆が国のために耐えてると教える。「国のために犠牲になるのも直言するのも容易だが、国のために尽力しつつ己を守ることは難しい …生き延びよ、大いに期待している、いつかそなたが重用されることをな」若微は急ぎ三楊を呼び、祁鎮の親征を受け入れると伝えた。確かに止めてばかりでは皇太后が権力を握っているとまた悪い噂が流れるだろう。思えば祁鎮が戦に行って大功を立てたいと言うのも悪いことではなかった。幼少から女子の手で育てられた祁鎮、若微は息子に広い世の中を見せたいと願ったが、実際に戦になる必要はないという。そこで三楊に祁鎮の親征のため、周到な計画を練って欲しいと頼んだ。楊栄(ヨウエイ)と楊溥(ヨウフ)が下がると、楊士奇は皇太后に于謙を送って来たと報告した。ただ仕事は割り当てていないため、働こうと休もうと自由だという。楊士奇も于謙を評価していたが、ただ痛い目に遭わねば重責を担わないだろうと進言した。すると若微は于謙を生かすのは国のために命を捧げる者だからだと告げる。「皇上のためにね…」一方、祁鎮は母のために肉を削ぐ決心を固めていた。しかし太監・王振(オウシン)が反対し、ならば自分を削いでくれという。「お前の汚い肉など煎じられるか!」祁鎮はこのままでは母に廃されると焦り、仕方なく自分で切ることにした。そこへ宦官が駆けつける。「太后のお達しです、″親征に行っても構わない、大臣たちと万全の策を協議しなさい″と…」出征の日、若微は自ら祁鎮の馬を引き、門まで送ることにした。「母上、立派な皇帝になって戻ります!」「皇帝は心が広くなければいけないの、私がお前を愛するように民を愛しなさい 天下の民はお前の子女なのよ?謙虚さや哀れみを忘れず、民に恩寵を与えるの 殺戮などご法度よ?そうすれば天下は平穏を保てるわ」祁鎮に母の思いが伝わったのかは分からなかったが、若微は手綱を離してその場で拝跪した。「大明天子をお見送りいたします、正統皇帝の親征に天地と先祖のご加護がありますよう 山河つつがなく民が安心できますよう…」 こうして明の英宗・朱祁鎮は北征へ、明正統14年、公元1449年のことだった。兵部は皇帝がオイラト軍と遭遇する確率が低い行程を組んだ。兵をまとめるのは長らく太宗に仕えていた老将たち、そして三営の精鋭たちを随行させる。オイラトのエセンも50万もの大軍を見れば逃げ出すはず、そう考えていた。しかしそんな兵部の努力も知らず、祁鎮は王振の故郷へ向かうと決め、勝手に予定を変更してしまう。若微は徐浜(ジョヒン)の行方を探させていた。すると市(シ)舶司から報告が届き、9月13日に一行が大港(タイコウ)に停泊、19日に天津衛(テンシンエイ)に着いたという。「太后がお探しの徐浜大人も上陸したと…」「都にはいつ?!」「賢良(ケンリョウ)寺にいますが、謁見の申請はまだです!」「すぐ来るよう伝えて!」一方、将軍・樊忠(ハンチュウ)は参謀を呼び、先鋒隊はなぜ遅いのか聞いていた。実は付近に農家が多いため、将兵が苗を踏んでは皇帝の名声に関わると、王振からあぜ道を通れと命じられているという。樊忠は後で賠償するので構わないと言ったが、王振の言葉は皇帝の言葉、参謀は将軍が言っても無駄だと諌めた。しかし皇帝を懐来(カイライ)城まで連れて行かねば敵の奇襲に遭ってしまう。樊忠は仕方なく皇帝に会いに行くことにした。激しい雨の中、祁鎮たちは途中の廃寺に滞在することになった。そこへ樊忠が駆けつけたが、王振に止められ言い争いとなる。「急いでここを離れるのだ」「それは無理です!」「黙っていろ!この男女(オトコオンナ)め!軍令の変更は死罪に値する!」「ならば詔に背くのは?」樊忠は援軍がすぐ駆けつけられないと指摘し、もしエセンが来れば大変なことになると訴えた。しかし王振はそのために50万の兵がいると反発、話したいなら勝手に入れと突き放す。樊忠は興奮して言い過ぎたと気づき、皇帝を懐来城へ連れて行こうと説得した。ここからなら20里、あぜ道しか進軍させてくれないが、被害なら後で賠償すればいいという。「賠償?今までに賠償したことが?」すると王振は皇帝が自分の故郷に行くと教え、その地は決して踏み荒らさせないと言った。「私に汚名を着せる気か?私など眼中にないのか?つまり皇帝すら眼中にないと?」樊忠は引き下がるしかなかった。樊忠が出て行くと、入れ替わるように宦官・喜寧(キネイ)が現れた。王振は養子の宦官たちに自分のお宝を運ばせていたが、激しい雨で車がなかなか進まず、喜寧は一足先に報告に駆けつけたという。しかし王振は激怒、お宝を少しでもなくせば肉を裂くと脅した。草原ではエセンが兵を出さないと言い出したウリヤンハイの首領に激怒していた。バヤン・テムルは間に入ってエセンをなだめると、首領は長老たちが50万の明軍を恐れて反対していると説明する。しかしエセンは今の皇帝は朱棣(シュテイ)でも朱瞻基でもなく、ただの子供だと言った。「長老たちに伝えよ、許しを請うても明には通用せぬ、一族を滅ぼされたくなければ力を貸せと」その時、早馬が急報を持って来た。「なぜこの道を通る?…土木堡(ドボクホ)か?」「雨のため明軍は足止めを…火器は後方にあります」エセンは高笑いした。これでは大砲と銃は何の役にも立たず、後方からの援軍も間に合わない。どうやら100年に一度の好機が来たようだ。その夜、若微が突然、飛び起きた。駆けつけた双喜は皇太后の冷たい手に驚き、熱いお茶を献じる。若微は胸騒ぎがして居ても立ってもいられず、寝台を出て目についた椅子に座った。「悪夢を見たの、先帝に罵られて…こう言われたわ、″子供を放り出すな″と 私も言い返した、こう罵った…あなたが薄命でなければ、こんなに苦しむことはないとね するとあの人は去ったわ…殉葬されていれば悩み事などなかったのに…あははは…」「太后、今はあなた様が国の支えです…自暴自棄はおやめください」兵部からの軍報はなぜかまだ届いていなかった。息子は今頃、どこでどうしているのか…。若微は降りしきる雨を眺めながらため息をついた。祁鎮は危機が迫っているとも知らず、王振を相手にあやとりに興じていた。そこへ宦官が駆けつけ、樊忠が外で十数人の大将とひざまずいていると報告する。つづくzzz…(¦3[___]
2020.10.26
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大明风华 Ming Dynasty第47話「深まる溝」国舅(コッキュウ)・張克倹(チョウコクケン)が殺され、太皇太后・張妍(チョウケン)は絶望の淵にいた。朝議では正統(セイトウ)帝・朱祁鎮(シュキチン)が取り巻きの臣下たちに乗せられ、オイラトを倒さねば玉座に就けないとまで発言、静かに様子を見ていた皇太后・孫若微(ソンジャクビ)は頭が痛い。するとその時、旧臣の1人・于謙(ウケン)が大殿に現れた。「オイラトと戦をせずに解決できます」実は兵部には張克倹が遊牧民の命や財産を奪っていると訴えるオイラトからの文がいくつも届いていたが、太皇太后に関わる問題のため兵部は皇帝への報告を避けていた。しかもこの3年、宣化(センカ)や大同(ダイドウ)の将軍からも同様の奏状が無数、届いているという。何も知らなかった祁鎮は一瞬たじろいだが、それでもオイラトが凶暴で狡猾であることに変わりはないと譲らなかった。于謙は大明が先に襲撃したと指摘し、張克倹の死を口実に出兵してはならないと諌める。しかし祁鎮は理由などいらないと開き直った。「大明の軍こそ正義だ!」「正義?賊のための出兵がですか?!」于謙の暴言に朝堂は騒然、祁鎮は激怒して杖刑(ジョウケイ)40回を命じた。さすがに見過ごせなくなった若微は思わず怒号を響かせる。「やめなさいっ!!!」若微は致し方なく姿を現し、于謙を救うため強引に朝議を散会させて出て行った。若微は寝宮に祁鎮を訪ねた。そこで于謙と2人で話し合うよう勧め、太宗も先帝も大臣を軽視したことなどなかったと諭す。すると祁鎮は太皇太后ならどう思うかと引き合いに出した。「今日の朝議は常軌を逸していたわ… 皇帝があれくらいで腹を立てては誰も真実を話さなくなる」「…お節介です」祁鎮は親政と言っても母に干渉されて思い通りにできず、苛立ちを隠せなかった。一方、太監・王振(オウシン)は目の上のたんこぶである皇太后に対抗するため、養子の朝臣たちを集めた。そこでそれぞれ親族たちに″親征を支持する″という奏状を出すよう指示する。朝臣たちは大金をもらい上機嫌、必ず明日、奏上すると約束した。祁鎮は母と一緒に渋々、老臣の三楊と于謙に会った。しかし予想外に母が老臣たちに激怒する。若微はいきなり于謙に噛みつき、なぜ奏状で伝えずに朝議で反対の声を上げたのかと咎め、あえて皇帝に冷や水を浴びさせ、追い詰めたと非難した。「あなたは杖刑で死ねば名声を得られるけれど、皇上は?後世の者はどう思う?! 史官は皇上をどう記すの?残酷で冷酷だと記すわ!向こう見ず過ぎる …思わぬ誤算だったわね?私の存在を忘れたの?!皇上を陥れるなら来世にしなさい!」驚いた于謙はその場にひざまずいた。さらに若微は三楊たちが事実を隠して一介の兵部主事に言わせたと責め、自分たち母子をいじめる気なのかと難癖をつける。「はは~ん、大明が建国され100年にも満たぬのに、″曹操(ソウソウ)″が現れたわ!」楊士奇(ヨウシキ)・楊栄(ヨウエイ)・楊溥(ヨウフ)は慌ててひざまずくと、そのような不義の心は全くないと平伏した。母の剣幕にいささか戸惑う祁鎮、すると若微は臣下を厳しく追及してから、この戦をすべきでないことは分かっていると切り出した。国庫の状況もよく知っている。かつて永楽と宣徳の両朝は遠征や″永楽大典″の編纂(ヘンサン)、運河を通すなど湯水のごとく銀子を使って来た。戦には潤沢な物資が不可欠だが、大勢の者を煩わせたくはないという。于謙は思わず英明だと皇太后を支持した。「皇上が親征したとして勝算はどれくらい?三営の兵力や装備は素晴らしいと思うわ でも太平の世が続き、戦の感覚を忘れている、とは言え幸い両朝の老将がまだいるわ」若微はそれとなく老臣たちを誘導して戦に反対させるつもりだったが、思わぬところで失敗する。短気な于謙は皇太后の言葉尻を捕らえ、皇帝を寵愛するがために国を挙げて戦をすれば国に大きな不幸が訪れると反対、さらに興奮して余計な例えを口にした。「周の幽王は寵妃の歓心を得るため、のろしを上げさせた…その方法と変わりありませぬ! 史書にどう記されると?!」「無礼者っ!」祁鎮は思わず席を立ち、于謙を殺さねば玉座にお前が座ることになると激怒して出て行ってしまう。 若微が慈寧宮を訪ねると、太皇太后の部屋は荒れ放題だった。するとちょうど支度を整えた張妍(チョウケン)が、これから祖廟に挨拶して首を吊ると告げる。若微は先々帝が崩御しても死ぬと言わなかった太皇太后が弟のために死ぬのかと茶化し、梁から下がっている白綾を外すよう頼んだ。「笑い者になりますよ?」「これは国の恥よ!」張妍は弟のことなど意に介さない若微に八つ当たりしたが、若微は確かに張克倹に辺境の管理を任せることに反対しなかった自分の過ちだと認める。しかし都で張克倹が集団で横暴に振舞っていた時も、太皇太后を恐れてやはり誰も訴えなかった。「忠告しましたよね?その毛皮は燃やせと…怨恨を持つ魂がついています、私は持ちたくないわ」「意地が悪過ぎるわよ?」若微はいがみ合うことに疲れて帰ることにしたが、ふと太皇太后に聞いた。「この戦はするべきですか?どうしても戦をする必要が?」若微は張克倹の家族に封号を与え、田や屋敷など望む物を与えてはどうかと和解案を出す。戦をすればさらに費用がかさみ、戸部でも戦をすれば国庫は足りなくなると言っていたと教えた。「この国は息子のものです、私が守らなくては…将来、何か起こった際に必ず恨まれます まだ子供なのです」「もう違うわよ?親征すると自ら宣言していたもの」張妍は祁鎮が他にも興味深いことを言っていたとほのめかす。それは母である若微には話せないことだった。「あの子は今もこう思っている、あなたが皇帝だと…今の明朝は女帝が仕切っているとね 三楊も内閣もあなたに従う、大臣たちも重要な奏状は副本を太后に渡しているわ 祁鎮が言ってたわ、自分が本当に皇帝なりたいなら…母親が死なねば無理だとね」若微は息子の本心を知り、さすがに愕然となる。「…あの子は朱姓よ?あなたは?」張妍の言葉は若微の心に深く突き刺さった。 その夜、張妍は祖廟の前に作った祭壇の前にひざまずき、拝礼した。すると雷鳴がとどろき、雲行きが怪しくなる。張妍は文を広げ、高皇帝、太宗皇帝、仁宗皇帝ら先祖たちに無念の思いを訴えた。「私、張妍は14歳で入内し、規則を守り身を修め、六宮をまとめ質素な暮らしをし、 太宗、仁宗に尽くし宣宗を育てましたが、宣宗が夭折し、孤独の身になりました 結果、太后が政権を狙う事態となり、国が危機に陥ったことを祖廟の前で報告します!」張妍は若微に罰を与えるよう嘆願して文を燃やすと、空に閃光が走り、雨が降り始めた。その頃、祁鎮は寝所で寝転びながら王振の故郷の話を聞いていた。外からは太皇太后の叫び声が聞こえて来たが、祁鎮は放っておけという。「機会があれば私の故郷にお連れしてごちそうします」「だが太后が許さぬだろうな~」「皇上はあなた様ですよ?」「分かってるさ…よし、故郷を訪ねるぞ!必ずな!三楊も無視し、私が天下の大元帥となる! そして戦に赴き、戻って親政を!」王振はそれが実現したらすごい事だと目を輝かせ、軍功を立ててこそ初めて本当の皇帝と言えるのだと煽った。若微は太皇太后の様子を見に来た。すると激しい雨の中、張妍は急に笑い出し、先祖たちが降臨したと叫んでいる。若微は侍女たちを迎えに行かせると、石段を降りて来た張妍は若微に捨て台詞を吐いて帰って行った。「ご先祖様たちは激怒しているわ」若微は念のため張妍に付き添い、慈寧宮で朝を迎えた。すると張妍が目を見開いたまま天井を凝視している。驚いた若微だったが、張妍はまだ生きていると口を開いた。「意地が悪いですよ?(ったく)他の政務と違い、私は戦には明るくありません 長年、太皇太后と私で支えたから国が栄えたのです…私たちの苦労が水の泡になっても良いと?」若微は茶を飲んで一息つくと、オイラトは60万の兵士で大明の出方を待っていると脅かした。すると張妍は最愛の祁鎮が若微を許さないだろうと言い返す。「瞻基(センキ)は祁鎮の年頃には2度、遠征していたわ 祁鎮が大切なのは分かる、だけど経験させねば大人になれないわよ? 女帝になる気でしょう?本当にそのつもりなら…私は死んでも許さないわ」若微は憤慨したが、張妍は誰もがそう噂していると教え、排除したくても多すぎて殺せまいという。「本当のことを言うわ、祖廟の前で泣いたのは…祁鎮の提案なの 私がこの世の中で知っている者たちは皆、私の敵だわ…弟は死んだ…克倹は死んでしまった… この世にいた私の親族たちは皆、死んだわ…私1人を残して…他人の生死など知ったことか! …教えてあげる、あなたに才があろうと、誰かに邪魔だと思われたら必ず排除される! 皇上は″龍″なの、龍というものは成長したら家を壊し、母親を食うのよ!」張妍は泣き喚いたかと思うと、梁から下がっている白綾を指差した。「あの布はね、祁鎮が私に結ばせたの、祁鎮は遅かれ早かれあなたにも贈るわよ」若微は自分たち母子を離間させる気かと疑ったが、張妍は自分が手を回すまでもないと呆れた。どうやら弟の死も無駄ではなかったらしい。すでに若微と祁鎮を離間させたのだから…。張妍はこれから若微たち母子の争いが始まると勝ち誇ったように笑顔を見せた。若微は張妍の不吉な予言のせいで上の空だった。「止めて…なぜここに?」侍女・双喜(ソウキ)はすぐに輿を止めると、皇太后の魂が抜けたような姿に困惑する。「皇上は?今どこに?」「講義中です」楊栄は皇帝に太宗が惨敗を喫した親征の話を聞かせた。しかし祁鎮は太宗なら若い頃から多くの戦を経験していたが、未経験の自分は出兵できないのかと食ってかかる。そこへ皇太后がやって来た。祁鎮は咄嗟に拍手して素晴らしい講義だと感心し、楊栄も皇帝は聡明だと褒めてその場を取り繕った。つづく_(:3 ⌒゙)_ ポリポリ
2020.10.24
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大明风华 Ming Dynasty第46話「新たな戦いの始まり」太皇太后の寝宮・慈寧宮。張妍(チョウケン)は皇太后・孫若微(ソンジャクビ)に豪華な毛皮の外套(ガイトウ)を渡し、弟・張克倹(チョウコクケン)からの贈り物だと言った。しかし若微の態度は思いのほか素っ気ない。そこで張妍は恩着せがましく、雪狐のつがいを仕留めるのがどれほど大変か話して聞かせた。「この外套は雪狐のつがいで作った物よ、弟の誠意が分かるでしょう?」若微は愛想笑いでごまかすと、いよいよ本題に入る。「…2年も仕官なさいました、そろそろ呼び戻されては?」若微は奏状を見て欲しいと頼んだが、太皇太后は率直に言ったらどうかと敵意むき出しにした。この数年、辺境で騒動が起きていた。奏状によるとその原因は国舅(コッキュウ)だという。張克倹は武装して遊牧民を襲い、馬を奪っては都で高値で売っていた。しかも徴税官に乱暴を働き、納税していないという。すると張妍は刑部が罪状を確認したのか聞いた。「今や国舅の横暴を知らぬ者はおりません しかし何ぶん太皇太后の弟、刑部に訴えられるわけがありません」「そうなのね、それなら天下は私の弟を受け入れるということよ そんな話を私にするなんて…本当に傷ついたわ」仕方なく若微はエセンから送られた文を手に取った。「″張克倹の略奪が続くなら明(ミン)と戦う″と言っています、また″遊牧民の損害を賠償しろ″とも…」しかし張妍は高(コウ)皇帝や太宗が賠償したかと揚げ足をとる。若微は天下のために戦った先の皇帝たちと張克倹の行いは違うと反論し、殺人や略奪は盗賊のすることだと非難した。言い訳できない張妍は思わず戦が怖いのかと論点をずらす。若微はその時機ではないと言ったが、張妍は敵がそこまで迫っていると脅した。「…祁鎮(キチン)の親政を乱す者は私が抹殺します!」売り言葉に買い言葉で思わず口を滑らせた若微、張妍は勝ち誇ったように見つめている。若微はばつが悪くなり帰ることにしたが、最後に釘を刺しておいた。「とにかくすぐに張克倹を呼び戻してください、命だけは保証します …手遅れになれば神でも彼を助けられませんよ!」こうして辺境に暗雲が立ち込める中、正統(セイトウ)帝・朱祁鎮の親政の大典が執り行われた。祁鎮の親政により側近である太監・王振(オウシン)は専横に振る舞った。皇帝の寵愛を笠に朝廷にまで権勢を広げ、″養子″たちからの賂で蓄財に邁進する。中には礼部侍郎・徐有貞(ジョユウテイ)のように金目の物がないため、髭を落として忠誠心を見せる者もいた。辺境では張克倹の略奪が原因でエセン率いるオイラト軍が迫っていた。城門を出た守備軍の将軍・陳文栄(チンブンエイ)は皇太后が賠償に同意したと返答、兵を引くよう伝える。エセンは物分かりの良い皇太后に感心したが、張克倹への恨みは深かった。「あいつに伝えておけ、奴が再び私に会った時が運の尽きだ…今回は首を取らないでおこう この城も今は残しておいてやる」するとエセンは大同城を落とせば黄河を渡って直隷(チョクレイ)を攻めることになると脅して引き上げて行った。正統帝は老臣の三楊から意見を聞いた。楊栄(ヨウエイ)は辺境でオイラトの略奪について調査した結果、さらわれた職人が1万7千余人、女と子供が9千人余人、銑鉄(センテツ)が60万斤余りだと報告する。「これには売買された分も含まれます」「銑鉄が売られているのか?」「大明の銑鉄は禁制品ですが、オイラトは密かに辺境の将兵から購入しているようです 宣化(センカ)城は武器が損耗したとの報告が多く、恐らく密売に関わっているかと…」楊溥(ヨウフ)の話ではさらわれたのは鍛冶や木工の職人で、エセンは挑発を繰り返し、女真(ジョシン)やウリヤンハイを征服したという。すると祁鎮は大明が賠償をすればエセンがますます勢いづくと懸念し、これでは大明が臆病者だと思われると焦った。しかし楊士奇(ヨウシキ)が皇太后は賠償することで皇帝の御代(ミヨ)を平和にしたいと考えていると理解を示す。その時、突然、王振の養子の1人・喜寧(キネイ)が現れ、御前にひざまずいた。「中華を侵略する物に天誅をっ!」喜寧は御膳房の宦官ながら大明が侵略される話を耳にし、思わず叫んでしまったと訴える。「ふっ、気骨があるな、褒美を」「ありがとうございます、皇上!」「…何の騒ぎ?聞こえなかったわ」その声は玉座の後ろで爪の手入れをしていた皇太后だった。若微が裏から姿を見せた。「先ほどの言葉をもう一度、言いなさい」喜寧は恐ろしさから言葉が出なかったが、皇太后に催促されて覚悟を決める。「中華を侵略する者に天誅を!」「誰が教えたの?」「市中で皆が言っています!″謝罪も賠償もするべきではない!すれば大明の威風を傷つける″と」「威風?我が大明は周辺国を懐柔し、″孝″で天下を治めている、天理に則り四海を平定する 正しいことは正しく、誤りは誤りでしかない…とんだ戯れ言だわ…笑わせるっ💢」若微は宦官を罰しはしなかったが、憤慨して帰って行った。母を怒らせてしまった祁鎮は寝宮の前でひざまずき許しを請う。するとしばらくして母の侍女・双喜(ソウキ)が出て来た。「太后がお会いになります、皇上どうぞ」一方、張克倹はこの期に及んでも略奪を繰り返していた。そんなある日、草原で再びオイラトの商人の馬車が張克倹の一行に襲われる。馬車の中には豪華な毛皮とうたた寝している美しい娘がいた。張克倹は娘を引きずり出して楽しむことにしたが、いきなり娘に投げ飛ばされてしまう。すると娘は馬車から飛び出し、鮮やかな武功で反撃、それを合図に仲間たちも一斉に襲いかかった。こうして張克倹の配下は次々と殺され、驚いた張克倹は隙をついて馬にまたがり逃げ出す。しかし娘が矢を放って張克倹の背中に命中させた。若微は自ら息子に茶を渡し、先ほど口出ししたことを謝った。もし息子が天下を乱せばあの世にいる先帝に申し訳が立たず、親政後も屏風の後ろで聞いているが、確かに息子にとっては気分良くないだろう。祁鎮は母をなだめるため、自分が心配なのは分かっていると言ったが、本題はその後だった。「兵法の基本は″非好戦″よ お前の爹(ディエ)も太爺爺(イエイエ)も何度も辺境へ親征したけれど、戦を望んではいなかった 敵が国境を侵し、民を苦しめるから平和のために出兵したのよ? そのような場合でも出兵前は不眠不休で敵情を分析した そして戦場に着いてからも慎重に将兵を率いたの 安易な出兵は国にとって決して幸いをもたらさない お前の父が蒙古との交易を始めた…この仁政には戦争を抑制する力もあったの そのことをよく覚えておいて …臣下の中にはお前を喜ばせる者もいる、でも喜んでは駄目よ たとえ嬉しくても表情に出さないこと 臣下に盾つかれたら、むしろ喜びなさい、軽視されたら嬉しがるのよ? この3つができたら、お前は玉座に座っていられるわ」祁鎮は母の教えに従うと答えたが、若微はいつも口だけだと分かっていた。「皇帝の好む物が周囲に知れると、皆がそれを利用して誘惑しようとする 皇帝が盾つかれた時、怒るようだと、朝廷で誰も真実を言わなくなるわ 皇帝が軽視された時、理性を失うようだと敵の思うつぼになる 自分の頭で何度でも考えなさい、それから決定を下すのよ? 古くから言う″三思後行(サンシコウコウ)″とはこういうことなの」若美は確かに息子に厳しすぎると分かっていた。しかし息子が立派な皇帝になってくれるなら、母として慕われなくても満足だという。祁鎮は我慢して母の話を聞いていたが、すぐに飽きてもぞもぞ動き出した。張克倹がエセンの孫娘・チムグに捕まり、陳文永は頭を抱えた。大同城の兵力では防衛はできてもオイラトと戦うなど自殺行為、しかし太皇太后の弟に何かあれば大事になる。そこで陳文永は使者を送り、大同城の全財産と引き換えに国舅の解放を求めた。エセンは危険を顧みずやって来た使者を丁重に扱ったが、交易ならその条件で応じられても、張克倹を帰すには代価が少な過ぎると突っぱねる。驚いた使者は大明に攻められてもいいのかと脅したが、エセンは怯まなかった。オイラトが張克倹を捕まえたと知り、一族を殺された可汗(ハン)たちが集まって来た。このままでは怒りがおさまらず、張克倹を引き渡して欲しいという。そこでエセンは自分が張克倹に手を下し、その結果、明が攻めて来たら全力で自分を支持するよう迫った。「もちろんだ!」「その言葉を忘れるな、張を処刑するとなれば今日から戦の準備をしろ、明の報復に備えよ」「はお!」張克倹の処刑が決まった。しかし張克倹は悪びれる様子もなく、たかが遊牧民を殺しただけだとのたまう。「大金だ、いくらでもやるぞ?…私は大明の太皇太后の弟だぞ?」エセンは呆れ果て、地獄へ遅れと叫んだ。オイラトが大同城の前に馬車をおいて帰って行った。陳文永は配下を連れて荷車を確認、すると無残にも殺されたオイラト人の遺体が乗っている。荷車から流れ落ちる鮮血、その片隅に箱が置いてあった。夜も更けた頃、北京城の徳勝(トクショウ)門から早馬が駆け込んだ。双喜はすでに熟睡していた皇太后を起こし、緊急の軍報が来ていると伝える。仕方なく若微はここへ持ってくるよう命じ、眠気まなこで待っていた。すると受け取りに出た双喜の悲鳴が聞こえる。「きゃあぁぁぁーっ!」北京に届いたのは張克倹の首だった。若微の警告を無視した結果、張克倹は凄惨な最期を迎えた。祁鎮は朝議で太宗皇帝や先帝の親征を持ち出し、自分たちは何もせずに臣民を殺されてしまったと激怒する。「これは大明の恥だ!」そうだ!>ʕ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʔ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʔ<大明に対する侮辱だ!「オイラトは明の出兵を待っている!奴らに王者の軍隊を送り、怒りを見せてやろう!」王振の息のかかった朝臣たちにあおられるまま興奮して行く正統帝、しかしそんな皇帝の姿に三楊だけは困惑していた。息子の演説を聞いていた若微は…。つづく( ๑≧ꇴ≦)エセンがおじいちゃん!このイライラ展開に唯一の希望か?!チムグがカッコいい!どうせなら息子も朱亜文で良かったのでは…(ボソッ
2020.10.18
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大明风华 Ming Dynasty第45話「子だくさんの宦官」朝堂で放屁という無礼を働いてしまった将軍・陳文栄(チンブンエイ)。しかし皇太后・孫若微(ソンジャクビ)は寒い中、馬を駆けて来た将軍を労い、暖かい食事を下賜した。これに太皇太后・張妍(チョウケン)は憤慨、将軍を咎めない若微に苛立って帰ってしまう。張妍が慈寧宮に戻ると、ちょうど弟・張克倹(チョウコクケン)が訪ねて来た。早耳の克倹は皇太后が宣徳8年に廃止となったオイラトとの交易を再開すると知り、姉に宣大(センダイ)一帯の市場が再開したら自分を派遣して欲しいと懇願する。張妍は協力したい気持ちがあるものの、いつも失敗ばかりの克倹を信じられず、何より凶暴なオイラト人がいると心配した。しかし克倹は草原の覇者となったエセンが馬を買う手伝いをしたことがあるため、知り合いだと安心させる。「孫だけを頼みにするのは得策ではありません、太后を抑えるには周りを買収せねば 費用は私が出します、私に協力すれば姉上自身も助かるのですよ?」その時、皇太后が来たと先触れが聞こえ、克倹は咄嗟に物陰に隠れた。陳文栄は皇太后の命により暖かい食事にありつけた。そこへ皇太后の侍女・双喜(ソウキ)がやって来る。「太后が魚と豆腐の汁物を下賜されました、どうぞこれで胃腸を温めてください お口に合わなければ作り直させますのでご遠慮なく」双喜は自ら器に汁物をよそると、将軍に差し出した。皇太后の恩情に触れた陳文栄はこらえきれず、思わず背を向けて涙してしまう。若微は太皇太后にオイラトとの交易再開について説明に来た。交易で食料や塩などが手に入ればオイラト人も長城の内側まで攻めてこないはず、少々、割りを食うことになっても戦の費用に比べたら安いという。しかし張妍は気難しい顔をしたまま黙っていた。若微は太皇太后がまだ将軍の件で怒っていると誤解し、陳文栄の無礼を責めないで欲しいと懇願する。「辺境を守る者は厳しい暮らしを… 彼らの忠心を得れば辺境は平穏になります、どうか恩寵をお与えください」すると張妍は交易を管理する者は決まったかと聞いた。若微は閣老たちに決めさせると答えたが、張妍が思いがけない人物を推挙する。「弟はどうかしら?人柄は真面目で能力もあるわ…この件は弟に手助けしてもらっては?」驚いた若微は張克倹には仕官した経験がなく、辺境にも詳しくないと遠回しに断ったが、張妍はあからさまに不機嫌になった。「皇上も内閣も六部(リクブ)も全てがあなたの手の内にあるけど、私の弟も手の内なのね?」「とんでもないことです」「ふん、そうしているじゃないの」一方、正統(セイトウ)帝・朱祁鎮(シュキチン)は自ら蜂の巣を撤去しようと庭園にいた。するとうっかり蜂の巣を木から落としてしまい、蜂に襲われる。取り巻きの小宦官たちは逃げ切ったが、祁鎮は足を取られて転んでしまい絶体絶命、その時、側仕えの王振(オウシン)だけが身を挺して皇帝を守った。若微は祁鎮の講義に付き合った。太傅である楊士奇(ヨウシキ)は唐(トウ)の太宗と師・魏徴(ギチョウ)の逸話を例えに帝王学を説く。しかし落ち着きのない祁鎮はうっかり大声を出した。楊士奇は皇帝らしからぬ振る舞いとして10回打つよう命じたが、実際に叩かれるのはお付きの王振である。これにはさすがに祁鎮も心を痛めた。講義が終わると祁鎮は王振を連れて飛び出して行った。いつまで経っても落ち着きのない息子に頭が痛い若微、すると楊士奇は太皇太后が交易の管理者に弟を推薦して来たと報告する。何と張妍は内閣に直接、人を遣わせて触れを出したというのだ。本来なら吏部(リブ)が人を選んで内閣が起草し、皇太后と太皇太后が協議することになっている。しかし閣老と言えども太皇太后に反論することはできなかった。若微は掟を破って仕官の経験がない者を選べないと呆れたが、楊士奇は宮中で最も重要なのは皇太后と太皇太后が仲睦まじくあることだと進言する。「張克倹は金目当てに違いありません、ですから問題が起こらぬよう細心の注意を払いましょう こたびは太皇太后の面目を保っては?もうしばらく我慢して仲の良いふりをお続けください」楊士奇は言官たちなら自分がたしなめると言った。祁鎮は自分の身代わりとなって蜂に刺され、罰を受けた王振を重用した。王振はまだ12歳だったが、父から宮仕えを命じられたという。「皇上にお仕えすれば暮らしに困らないし、両親にも恩返しができますから…」正統14年、公元1449年、朱祁鎮は立派な青年に成長した。そんなある日の朝、祁鎮がまだ寝台で寝転んでいるところへ怒り心頭の母が乗り込んで来る。その原因は正統帝付き宦官・王振だった。「高(コウ)皇帝が宮門に鉄碑を建てられた、そこには何と?」拘束された王振は口ごもると、若微は宦官に打てと命じる。いきなり引っ叩かれた王振は耐えかね、″宦官が政務に関与した場合は斬首″と答えた。「知っていたのね?」王振には6人の養子がいた。実は王振は皇帝が官吏の登用を承認するのに合わせ、その官吏に賄賂を要求していたという。何でも官吏たちが昇格する時、この6人の養子が立ち回るのだとか。「この者がいかに聡明か知っている?」若微は王振が地安(チアン)門の外にある骨董店で官吏と取引きをしていると暴露した。「骨董店には花瓶が1つ、王振はこの花瓶を30万両で売っている 花瓶を官吏の屋敷に運び込み、次の日の朝にその者の奏状を一番上に置く 皇上の目に入るようにね …花瓶は封も開けず、そのまま送り返すの、なかなか上手い手を考えたわね~ お前は頭が切れる、宮中に置いておくのはもったいないわ…誰か、首を斬りなさい」宦官たちは王振を両脇から抱えて引きずり出そうとしたが、咄嗟に祁鎮が止めた。若微は息子と2人で話し合うことにした。「あの者が何をしたか分かってるの?!天下の笑い者になるわ!」「笑う者は私が殺してやる!」「はっ!全員を殺せるとでも?!」「もちろん!全員を殺す!」祁鎮は子供のように駄々をこね、親政を執りたいと言い出した。「なぜこんな愚かな息子が…」呆れた若微は思わず口走り、これに祁鎮は猛抗議する。「そっちこそ!自分を棚に上げるのですか?あやつが養子を取って何が悪いのです? 朝臣たちは皆、母上の味方だ!だから自分の方正しいと? 王振をここへ!今後は関与しないでください」若微は息子の反撃に呆然となり、それ以上、何も言えなくなった。朝議を終えた祁鎮は祖母のご機嫌伺いに向かうことにした。しかし王振は皇太后と会うかもしれないからと遠慮する。祁鎮は母が怖いという王振を訝しみ、養子や金の件を改めて追及した。すると王振は金を稼いでいるのも全て皇帝のためだと訴える。「皇上は婚儀を挙げたら親政を執ります、もし将来、何かあった時、皆に反対されたら? …反対する者がいれば買収を、買えぬものはありません 忠心を手にできれば天下を治めやすくなるはず」「アイヤ~、お前は本当に口のうまいやつだな?その口実を信じてしまいそうだ」結局、祁鎮は一緒に来なくて良いと許し、出かけて行った。そこで王振は6人の養子たちを連れて宮門へ向かい、高皇帝が建てた鉄碑を勝手に撤去してしまう。一方、張克倹は異例の抜擢で宣大一帯の交易の管理者に任命された。しかし若微が心配していた通り問題が起こる。ある日、陳文栄は克倹にオイラト人が抗議に来ていると報告した。すると国舅(コッキョウ)部屋にはオイラト人から強奪した毛皮が山積みに…。「あ~これか?これらの毛皮は後ほど早馬で都に送るのだ…欲しいならやるぞ?」「国舅爺、真っ当にやれと太后に言われているのに、再び戦が起きたら?」陳文栄はオイラトを挑発しないよう訴え、軍報用の早馬でオイラト人たちを追い回している克倹を非難した。しかし克倹は聞く耳を持たず、陳文栄は呆れて出て行ってしまう。陳文栄は仕方なく抗議に来たオイラト人に今後は厳しく取り締まると約束した。しかしオイラト人の怒りは治らない。「陳将軍は知っているだろう?国舅は殺しを繰り返しているのでは?」「その通りだ」そこへ張克倹が現れた。「だがそれの何が問題か?」すると張克倹はいきなり隠し持っていた短剣でオイラト人の首を斬ってしまう。祖母のご機嫌伺いに来た祁鎮は豪華な毛皮付きの外套(ガイトウ)を試着していた。何でも国舅がくれた毛皮の中から皇帝のために一番、質の良い物を選んでくれたという。すると祁鎮は母と違って祖母は優しいと喜んだ。張妍は早く祁鎮が親政を執り、若微の実権を奪いたいとぼやく。「分かっています、母上は少々、口うるさいですからね~ 祈祷師を呼んだのに追い出されたし、流行りの一座を招くのも同意しなかった 私には王振しか…」しかしそこに若微がやって来た。「…寒いのかしら?なぜ毛皮を?」「娘(ニャン)、見て、とても柔らかくて、まるで炉の中にいるようです」「親政の大典の式次第を礼部が起草したから見ておいて 何か不備な点があれば、あとで教えてちょうだい、いい?」「分かりました」祁鎮はそこで帰って行った。つづく( ゚д゚)えええ〜っ?何このとんでもメンバーは…w
2020.10.16
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大明风华 Ming Dynasty第44話「9歳の皇帝」朱瞻基(シュセンキ)の死後、帝位後継者を決める六部九卿(リクブキュウケイ)の協議が始まった。しかし大臣たちは皇太子・朱祁鎮(シュキチン)が未だ口も利けず、ただ大殿の床を這いつくばっている様子を見て頭を抱えてしまう。皇太后・孫若微(ソンジャクビ)は苛立ちを隠せず、息子は正統な後継者だと訴えた。「最後の瞬間までこの子の継承者の地位は奪わせないわ!」ただの馬鹿を?>( ´ д)ヒソ(´ д`)ヒソ(д` )<そうですな…「何ですって?」若微は朝臣たちの心無い言葉に激怒、すると楊士奇(ヨウシキ)が今は冷静になり、何かあれば後日、話し合おうとなだめた。しかし若微は話し合いなど必要ないという。「この子が本当に馬鹿であったら先帝に申し訳が立たない、そうなれば私を殉葬してもらう… もし私が前世で罪を犯したせいでお前が嘲笑されるのなら、喜んで死ぬわ」若微は悔しさのあまり床に寝転んでいる祁鎮へ涙ながらに懇願した。「立ちなさい!立つのよ!…自分の脚で立って!お願いだから…」大殿に若微の悲痛な叫び声が響いた。しかし朱祁鎮はただ床を這うばかり、失望した若微は思わず床に顔を埋めて泣き出してしまう。その時だった。母の泣き声を聞いた祁鎮が立ち上がり、ゆっくりと歩き始める。胡善祥(コゼンショウ)は驚いて身を乗り出し、朝臣たちは自然と道を開けた。すると祁鎮は大殿を出て小さな足で長い石段を1つずつ降りて行く。その後ろを若微と朝臣たちが続いた。やがて広場に出た祁鎮は嬉しそうに走り周り、驚いたことに皇帝だけが通れる″龍陛(リュウヘイ)″を登り始めると、中段にある龍の背にまたがって大きく叫ぶ。「しゃーっ(殺)!」こうして祁陳は自ら皇位継承者であると示し、朝臣たちは一斉に拝跪した。正統(セイトウ)帝・朱祁鎮の世となった。若微は朱瞻基(シュセンキ)との約束通り幼い息子を補佐し、政務に追われる忙しい日々を送ることになる。そんなある夜、皇太后の寝支度を手伝っていた側仕えの太監・金英(キンエイ)は自分の姪・双喜(ソウキ)を紹介した。双喜は宮仕えして2年、尚儀(ショウギ)局で儀仗(ギジョウ)と礼儀を学び、ひと月ほどまえに御前に上がったという。「2年ねえ~ふん」若微は金英を意味ありげに一瞥し、何も言わず寝所へ行ってしまう。そこで双喜は慌てて寝台の上を片付けようとしたが、皇太后から触るなと叱られた。「これらは今日中に目を通す奏状よ」双喜は皇太后の側で大人しく控えていた。やがて皇太后が奏状を読みながら目をしばしばさせるのをみると、思わず自分が代筆すると声をかけてしまう。双喜は差し出がましいこと言ったと気づいて慌ててひざまずいたが、若微は代筆を頼むと言った。若微は双喜と交代し、別の椅子に腰掛けた。「表題を読んで」「″山東(サントウ)の災害救済金涜職(トクショク)の件″…涜職?(あ…)」「汚職のことよ…はあ~…記して」若微は淀みなく裁定し、双喜は付いて行くのに必死だった。「次の奏上を」「″太后の垂簾(スイレン)に対する尊号の件″…」「バン!」 ヒイィィィ!!(゚ロ゚ノ)ノ双喜はなぜ皇太后が憤慨して卓を叩いたのか分からなかったが、慌てて筆を走らせた。「″君主が若いゆえ国は不穏である、先帝の遺命に従い、私が社稷(シャショク)を監理し、政を行うが、 皇上の婚儀の日に政権を返還する、天地の神に誓って… もし邪心ある者が私に尊号を与えれば事実上、女帝となってしまう そうなれば私は先帝に合わせる顔がない、自分自身にも申し訳が立たぬ 今後、再び尊号を与えようと進言する者は反逆者と見なす″」双喜が脇目も振らず記していると、急に皇太后が奏状を取り上げた。「いい字を書くわ、書の名手の字をしっかり学んだのね?」「(^ꇴ^)恐れ入ります、太后」「私の返信は?」「完璧です!」若微は満足げに椅子に戻ろうとしたが、双喜が聞きたいことがあると言った。本来、御前で問うことは禁忌だが、若微は特別に許すという。「ありがとうございます、太后…″尊号の進言″とはどういうことですか?」「…名前の頭に肩書きを加えよということ、つまり女帝になれということよ 私には息子がいるのにっ、ふざけてる!」すると若微は急に何かを蹴る振りをした。「今、私は何をしたと?」「太后にお答えします、太后は上奏した者のお尻を蹴ったのでは?」「あははは~ええ、その通り」若微は椅子に座ると、残りの奏状を片付けることにした。しかしさすがに双喜も疲れたのか、やがて筆を走らせているうち、うっかり居眠りしてしまう。そこで若微は双喜の手から筆を取り上げ、顔にいたずら書きをしてから起こした。「お化けが出た~っ!」「キャアーーーッ!」母が奮闘する一方、肝心の朱祁鎮と言えば、わがまま放題で横暴な皇帝となっていた。ある時、若微は花園で大騒ぎしている祁鎮を見つけ、激怒する。祁鎮は小宦官たちを従え、太監に水をかけて笑い者にしていた。「なぜ水をかけたの?」「遊びです」「これが″遊び″だと?…立派な″いじめ″よ?太監もお前と同じ人間なの 懸命に宮仕えをして銭を稼いでためて、故郷の両親や家族を養っている…でもお前は違う」すると若微は太監たちを解散させ、罰として祁鎮に面壁(メンペキ)を命じた。双喜は皇帝がまだ子供だとかばったが、若微は礼儀をわきまえさせるという。面白くない祁鎮は寝殿に戻る母の後ろ姿を見ながら、思わず何様だと減らず口を叩いた。しかし朱祁鎮には慈寧宮という逃げ場がある。母に叱られた時は決まって祖母を訪ね、ひとしきり母の愚痴をこぼした。ある日、宮中の林で妃や子供たちが一堂に会し、茶会が開かれた。(←知らんけどw若微は錦衣衛を相手に弓術を競って楽しんでいたが、その時、騒ぎが起こる。自慢の凧を持って走り回っていた朱祁鎮、やがて疲れて芝生に倒れ込んだ。一緒に走っていた朱祁鈺(シュキギョク)や小宦官たちもそこで小休止したが、その時、祁鈺がうっかり凧の上に座ってしまう。わざとではなかったが祁鎮は激怒、祁鈺に手を出そうとするも、自分より小さい祁鈺にあっさり逆襲されてしまう。そこで腹いせに小宦官たちに祁鈺を殴れと命じた。すばしこい祁鈺はさっさと逃げ出したが、やがて疲れて転倒、その上に次々と小宦官たちが飛び乗る。祁鎮は大喜びで一番上に乗ると、祁鈺は耐え切れず泣き出した。若微が祁鈺の泣き叫ぶ声に気づいた。すると祁鎮が大笑いで宦官たちをあおり、祁玉をいじめている。驚いた若微は駆けつけるなり祁鎮の首根っ子をつかむと、いきなり張り手を食らわせた。「太妃は?!」胡善祥(コゼンショウ)は悠々と歩いて現れたが、若微に反発するかのように祁鈺の顔を引っ叩いてしまう。若微は胡善祥の寝宮を訪ねた。「不愉快なら私を罵るか叩いてちょうだい…ただの喧嘩よ?なぜ祁鈺を叩いたの?」「息子へのしつけです、今は喧嘩で済まされても、大人になり皇上への礼を欠けば首が飛びます しつけなかったことをその時、後悔しても遅いのです」胡善祥の態度はよそよそしかった。「はお、私も兄弟は大切にしろと祁鎮に言い聞かせる 2人は皇帝と大将軍として共に国を守り、妻を娶り、天下を治めるのだとね、これでいい?」「皇上のことも太后のことも祁鈺は決して恨みません」すると胡善祥の大きな瞳から涙がこぼれ落ちた。「それは私への当てつけの言葉なの?」「我が子のことです…」「祁鈺は何も知らないわ、口実にしないで!…手土産を持って来た 長白山の蜂蜜と遼寧の燕の巣よ、他にもいくつか品がある、皇上からよ」若微は妹と心を通わせることができないまま、仕方なく帰ることにした。「祁鈺に伝えて、″皇帝は龍ではない、過ちを犯せば仕置きを受ける″と…」胡善祥は姉が帰ると、外で遊んでいた祁鈺を叱った。「お前は悔しくないの?!」「えへへ~♪」朱祁鎮は反省するどころか、祖母の元で甘やかされていた。おやつを食べて子犬と遊び、すっかり機嫌が直った祁鎮、しかしそこへ母がやって来る。若微は祁鎮に手を洗って来るよう命じて追い出すと、太皇太后に挨拶した。「皇上は今夜、ここで寝るわ…叩かれて心を痛めてる」「事情があるのです、甘やかさぬよう」若微は先帝の代わりにしつけていると訴え、夜は皇帝の寝殿で休ませると言った。すると張妍(チョウケン)は皮肉で返し、出て行ってしまう。「先帝は私が育てた、問題があった?」若微は慈寧宮からの帰り道、息子の手を引いて宮道を歩いた。「あまりお祖母様の宮殿に行かないで、いい子にしていてね 自分がされて嫌なことはしないで、相手の身になって考えなさい 政権を得たら両親や兄弟に対する愛をもって天下に接するのよ?そうすれば民の支持を得られる 皇帝は自分勝手に振る舞っては駄目、弟だけでなく相手が一介の民でも絶対に駄目よ?」すると若微は祁鎮の顔を心配そうに確認した。「痛かった?」2人は顔を見合わせると一緒に吹き出し、すぐに仲直りした。英宗朱祁鎮は9歳で即位した。朝議では太皇太后と皇太后が補佐したが、相変わらず朱祁鎮は落ち着きがなく、お気に入りの小宦官・王振(オウシン)をからかってばかりで身が入らない。若微は皇帝らしくするよう何度も叱ったが、張妍はまだ子供だとなだめた。すると楊士奇(ヨウシキ)から靖辺(セイヘン)に関する奏状に目を通してくれたかと上奏がある。実は先帝の崩御後、アルクタイの残党が不穏な動きを見せていた。急を要するため大同の守備軍の将軍・陳文栄(チンブンエイ)が謁見、ここ数十年の戦でアルクタイは大敗、ウリヤンハイ三衛も再起不能となったが、オイラトではマハムードの孫が英雄視されているという。「マハムードの死後、息子も戦死し、孫のエセンが台頭しています アルクタイとウリヤンハイの将兵を取り込み、別の部族とも通じて勢力が増大しています」若微は太皇太后にオイラトのエセンが先帝の崩御から略奪を繰り返しており、大明は駆逐したいが命令がないのできないと説明した。張妍はなぜ命令を出せないのか聞き返すと、若微は太宗皇帝が交易について″戦をしてはならない″という規則を作ったと教える。その時、大殿にぷう~っと音が鳴り響いた。「屁をこいた!」すっかり朝議に飽きていた祁鎮だったが腹を抱えて大笑い、張妍は憤慨して放屁した陳文栄に奏状を投げつける。しかし若微だけは寒い中、馬を駆けて来た将軍をねぎらい、暖かい食事を用意するよう命じた。すると張妍は将軍の無礼を咎めない若微に反発し、呆れて帰ってしまう。(⌒-⌒; )<太皇太后は体調がすぐれないの…陳将軍、続けなさいつづく( ゚д゚)おおお?!何だか杞憂に終わったか?面白かった!w
2020.10.12
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大明风华 Ming Dynasty第43話「新たな皇后」胡善祥(コゼンショウ)は漢(カン)王・朱高煦(シュコウク)と通じていたことが発覚、皇后を廃され、まだ赤子の息子・朱祁鈺(シュキギョク)を連れて三清(サンセイ)観に出家した。道観では北斗経を1日100遍、沖虚感応篇を50遍、唱えるよう命じられ、食事の前には皇帝と皇后の幸福を願うよう釘を刺される。その頃、皇宮では新たな皇后として孫若微(ソンジャクビ)が冊立された。宣徳(セントク)帝・朱瞻基(シュセンキ)は新皇后冊封の儀を衝立の後ろで揺り椅子に腰掛けながら聞いていた。その夜、若微は皇后として皇帝に謁見、すると朱瞻基は朱祁鎮(シュキチン)を皇太子にすると伝え、ある聖旨を渡す。「読んでみよ」それは先々帝が北伐の前に記した遺詔で、今まで皇太后がずっと手元に保管していた。…皇太孫妃・孫若微は頭も賢く、軍事、政治にも長けている…常に用心深く、忍耐力もあり、人柄もおおらかである…万一、悪事を成せば災禍となろう…すなわち、わが朱家の仇敵だ…子をなし、朱瞻基が早世すれば急ぎ誅殺し、帝位簒奪(サンダツ)を阻止せよ…朕はこの遺詔を皇太子妃に預ける、後代は必ずやそれを行うように…背いたものは宗廟には入れぬと覚悟せよ、ちんつーすると朱瞻基は若薇に聞いた。「朕が死んだら殉葬を望むか?」生涯禁足の身となった趙(チョウ)王・朱高燧(シュコウスイ)は四方を高い塀で囲まれた小さな屋敷で老いていた。皇帝から命じられた通り誰と言葉を交わすこともなく、壁に小さな穴を掘っては自分が知っている秘密を打ち明け、布切れを詰めて蓋をする。すでに壁には無数の朱高燧の秘密が埋まっていた。…私が6歳の時、ある和尚に言われた…私は″袋″の生まれ変わりだと…一度、秘密を入れると出すのは難しい…私は決して死なないのだ…刃物で斬られても、水や火で責められても、死ぬことはない…私は″袋″の生まれ変わりだからそしてついに宣徳8年、朱高燧は二兄の元へ旅立った。朱瞻基は自らの死期を悟り、ある夜、母を呼んだ。のん気にこおろぎ遊びをしている息子を見た張妍(チョウケン)は、涙ながらに自分より先に逝くなど耐えられないと訴える。「こんな事になると事前に分かっていたら、絶対あなたを送り出さなかった!うわ~ん」「予測などできません、もしできたとしても私はあの戦に行きました あの戦なくして百官を臣服させ、辺境の安寧を守れたでしょうか? あの戦なくして軍内のいざこざを収められたでしょうか…生かされたことにむしろ感謝せねば」朱瞻基は母を呼んだのは念を押したかったからだと言った。皇后がこの数日、殉葬について思い悩んでいるため、折を見て助言してやって欲しいという。しかし張妍(チョウケン)は皇后の悩みは祁鎮のことだと教えた。実は朱祁鎮は2歳になっても歩けず床を這うばかり、口も利けなかった。国中の総督や巡撫(ジュンブ)、藩王たちまで名医を探してくれたが、無駄だったという。朱瞻基は頭を抱えると、張妍は祁鈺を皇太子に立てるつもりはないのか確認した。ただし自分たちを傷つけた胡善祥には生涯、会いたくないという。「祁鎮が治らなければ祁鈺を立ててもいい…ですが 祁鈺の人となりを見てふさわしくないと思えば、藩王の息子の中から善良な者を養子とし、 後継者にしましょう」するとそこへ楊士奇(ヨウシキ)たちが山のような奏状を抱えてやって来た。そこで朱瞻基は最後に母の耳元でこう告げる。「摂政の立場を差し上げます、国の大事に関与してください これは私事ではありません、君主が若いと危険なのです」朱瞻基は母に苦労をかけることになり、誠に親不孝だと嘆いた。朱瞻基は密かに三清観を訪ねた。ちょうど房間で食事を取ろうとしていた胡善祥はひょっこり顔を出した皇帝に度肝を抜かれる。しかし皇帝は自分に見向きもせず、息子を探した。「鈺児?おいで」母から呼ばれた祁鈺は物陰から姿を見せると、皇帝を見るなり父だと分かる。「ディエ」「なぜ私が父親だと?」「母上が父上には髭があると…」朱瞻基は賢い子だと褒め、胡善祥に似ていると言った。そこで自分と一緒に来れば美味しい物が食べられると懐柔したが、祁鈺は母の背中の後ろに隠れてしまう。祁鈺を迎えに来た朱贍基だったが無理に母親と引き離すこともできず、黙って帰って行った。「あの時、私が引き取っておけばよかった…」朱祁鎮は相変わらず歩くことも話すこともできなかった。侍医たちは皇子が眠っている間に灸で経穴を刺激していたが、若微は怒って侍医たちを追い返してしまう。「やめなさい!水疱(スイホウ)ができるだけだわ!」追い詰められる若微、すると急に皇帝からのお達しが届いた。「雪が降っているので外で皇后と少し歩きたいと…」朱瞻基は若微を連れて雪の舞う中、広場を歩いた。「私の身体からはぬくもりが消えかかっている、数日も持たぬだろう… 近頃、頻繁に黒衣姿の師父が夢に出てくる…私は38歳までしか生きられぬと占った 今年で朕は38歳だ…あの者の言う通りだ」「国師・姚広孝(ヨウコウコウ)は世の全てを知っていると豪語していましたが、 座禅による修行を嫌い、向こう見ずだった…天下一の怪人でしたね、最期も実に奇妙でした 占いを信じてはなりません、皇帝はまだお若いのですから…」「…知っているぞ、君が殺したのだ」2人は広場を抜けて門に入った。「皇帝、何を聞きたいのです?」「君は自分の一生を後悔しているか?あの者と共に行けば良かったと?」「…後悔したことなど一度もありません、殉葬されたとしても満足です 両親に会えたらこう言います、今の私の両手は空虚ではない 皇帝は家庭をくれた、愛すべき息子を授けてくれたのです… 皇帝、あなたは?後悔していますか?」しかし朱瞻基は何も言わなかった。その夜、楊士奇、楊栄(ヨウエイ)、楊溥(ヨウフ)、于謙(ウケン)が皇帝に謁見した。国中の死刑査定を朝廷内で行いたいという皇帝の希望は宣徳3年から議論を始めたものの、やはり困難だという。しかし朱瞻基は朝廷が無実の者を罰することがないという鉄則を残したいと訴え、冤罪を防ぐために下官に処罰はさせず、刑部の審査を通したいと望んだ。次に于謙がなぜ交趾(コウシ)の兵を今になって撤収するのかと上奏する。すると楊溥が交趾の件なら後回しで良いと口を挟み、国王を冊封したため謀反の徒を鎮圧できそうだと説明した。「交趾の国王が朕の冊封を受け入れることは悪いことではなかろう… 隣国として大明の度量を見せつけてやるのだ」すると息が切れてきた朱瞻基は大臣たちを下げた。楊士奇たちは一旦、下がろうとしたが、やはり思い直して引き返した。「皇上、言うべきかどうか分かりませんが…」大臣たちの懸念はやはり皇太子の問題だった。朱瞻基はあっさり祁鎮の治療が不可能なら別の者を選び直すと告げ、4人の大臣が信頼に値する者を選んで補佐して欲しいという。「ただし″太后″の意見を良く聞くように…」すると楊栄が大殿は冷えるので身体に障ると諫言した。しかし皇帝はむしろ冷えるので気持ちがいいという。「天も私を十二分に苦しめておき、死を恐れぬようにしているのかと… 目覚めぬ日が来たら私は幸せだと言える …于謙、お前は今まで朱家3代に尽くしてくれたが重用しなかった、私を恨んでいるか?」「俗に″赤い官服は民の血に染まっている″と言われています、私は青い官服で満足です」「お前という奴は…傲慢な上、考えすぎだぞ、お前が思っているのは朱家ではなく天下だ ″もし高い地位を与えたら、ろくな死に方はしないだろう″ この爺爺の言葉を私が今、伝えてやる」「言い得て妙です、太宗こそが私を知る者でした…」楊溥はこらえきれず、思わず泣き出した。そこで朱瞻基はもう休みたいと伝え、楊士奇たちは拝礼して大殿を後にする。その時、急に皇帝の大きな声が聞こえ、4人は足を止めた。「日月と山河は永遠なり!嘆かずに…ゆっくり行こう」大臣たちが帰ると、大殿に正装した皇后が現れた。若微は死んで殉葬されるのが本分だが、祁鎮がまだ幼すぎるため数年、待って欲しいと嘆願する。すると朱瞻基は殉葬が怖いのかと聞いた。若微は両親と子が別れる辛さを身をもって体験したことから、将来、我が子に恨まれたくないという。「爺爺の罪を責めるのか?…この過ちは私の代で終わらせるつもりだ、後人には背負わせない」朱瞻基は玉座を立つと、ゆっくり歩き出した。「朕は繰り返し殉葬者の名簿を検討した…君の名を7回も書いては消したのだ …君の命を君に返すことにしよう!だが誓ってくれ、私を安心させよ」「私のこの命は皇帝から賜ったものです、子が即位したら私が死ぬまで補佐をします 子が夭折したら、それも運命です、皇帝のあとを追い、殉葬されることを誓います」朱瞻基は叩頭した若微の手を握りしめて立つよう告げた。その時、ふと幼少の頃、絵師になりたかったことを思い出し、今では後悔しているとうっすら笑みを浮かべる。「我らの子が帝位につきたいと望むのなら就かせろ、嫌なら良い 己の生きざまを己で決めてこそ、最高の人生だと言えるのだ…この話を息子に伝えよ」若微は朱瞻基を寝殿まで送ると言った。しかし朱瞻基は首を横に振り、玉座へ戻ることにする…すると二叔父が嬉しそうに玉座に座っていた『あっはははは~夢の中でも皇帝の衣をまといたいのか?実現したな あなたを恐れはしない、私はもうあなたを恐れていた己と和解した』…若微、10年の月日を君と共に過ごした、今後も共に過ごしたい…君のいない世など私には耐えられぬ、あの世にも君と共に行きたい…だが君と子を離したら恨まれる…ゆえにこの手を離し、君の命を君に返そう…慈悲心を起こした私を天も見捨てぬだろう、地獄へは落とさぬはずだ…私は君を忘れない…来世でまた会おう朱瞻基は若微のひざまくらで眠りについた。「私はあなたと共にいます、初めて会ったあの頃と同じように…あなたを待ってる 馬車に乗せて連れ帰ってちょうだい」公元1435年1月31日、宣徳10年、朱瞻基が崩御、37歳であった。宣徳の10年間は国が栄え、まさに大明の黄金期となる…。宣徳帝の死後、胡善祥と朱祁鈺は宮中に呼び戻された。すると寝宮に太監が現れ、皇太后の命で宣徳帝の遺詔が伝えられる。「″朕はそなたに太妃の位を与え、朱祁鈺を郕(セイ)王に封じ、以前の罪は問わぬ 死後は皇后と共に朕の陵墓に入るがよい″」胡善祥は拝礼して立ち上がると、太監は早速、皇太子が口も利けず、歩けないと吹き込んでおいた。「将来、皇帝になった暁には私の功労をお忘れなく」「分かったわ…」胡善祥はその意味を悟り、我が子に釘を刺した。「この日を覚えていなさい、生きていれば勝てるのよ」明日は六部九卿(リクブキュウケイ)の協議により帝位継承者が決まる日だった。若微は慈寧宮を訪ね、寝所にこもっている皇太后に出席して欲しいと訴える。しかし張妍は朱祁鎮の様子が相変わらずだと知り、行かないと声を荒げた。「大臣たちは冗談交じりに血族を殺した報いだと…あくどい顔で言うのよ!」「侍医が言うには祁鎮は…ゥッ…先天的な病ではないゆえ治せると… あの子の名は宣徳帝が付けたもの、宣徳帝も祁鎮を愛していた、どうか太子はこのままで…」「このままで?どこの誰があの女を連れ戻したの?」「私が情けを求めました、でも宣徳帝も承諾して…」「宣徳帝はあなたちを許して1人ですべてを背負い、若くして逝ってしまった! 死ぬべきだったのはあなたたちの方よ!」すると取り乱していた若微が急に冷静になった。「太宗の遺詔によると、私が道を間違えば路頭で死を迎え、亡骸は埋められるはず 覚悟はできています」「…忘れていたわ、太后はあなたなのね」いよいよ後継者が決定する大事な日、大殿には皇太后孫氏と皇太妃胡氏が揃った。朝臣たちの協議が困難を極める中、祁鎮は相変わらず口も利かず、大殿の床を這いつくばっている。苛立ちを隠せない若微は思わず怒号を響かせた。「もうたくさん!この子は宣徳帝の血族なのよ?この私から生まれたの! 確かに話すのは少し遅い、でも嫡出で長男よ! 最後の瞬間までこの子の継承者の地位は奪わせないわ!」胡善祥はそんな姉の姿を冷ややかに見ていたが…。つづく( ゚д゚)ぽかーん(つд⊂)ゴシゴシ…(;゚д゚)え?(つд⊂)ゴシゴシ…何だか色々とあれ?な展開です
2020.10.10
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大明风华 Ming Dynasty第42話「叔父たちの復讐」宣徳(セントク)帝・朱瞻基(シュセンキ)は趙(チョウ)王・朱高燧(シュコウスイ)から文字にも起こせないという極秘情報を得た。あまりの衝撃から祖廟に逃げ込んだ朱瞻基は、悶々とした思いを祖父に打ち明ける。これまで二叔父の勝手を見逃し、二叔父が過ちを自覚することを期待して自ら戦場に赴いたが、まさかオイラトと通じていたとは…。実はマフムードの陣営に二叔父からの密書があった。朱瞻基はオイラトをたきつけ、大明軍を包囲させたのが漢(カン)王・朱高煦(シュコウク)だと知る。「禁足中の身でも朝臣を離間させ、皇帝を疑うよう仕向けていたとはな… 三営の将領も謀反の秘密連盟を組んでいた、私の二叔に対する甘い処罰を皆で嘲笑していたのだな つまり皆が望んでいる皇帝とは爺爺のような、その声や影だけで皆を震え上がらせる天子なのだ」朱祁鈺(シュキギョク)の満一月を祝う夜、皇后・胡善祥(コゼンショウ)は皇帝の来訪を心待ちにしていた。身支度を整え、息子の様子を見に行く胡善祥、すると驚いたことに朱瞻基が息子を眺めている。「いつの間にいらしたのですか?」一方、皇妃・孫若微(ソンジャクビ)もちょうど身支度を済ませたところだった。しかし宣徳帝から祝宴を欠席せよとの命が届く。「ん?どういう意味?病だと偽って来るなですって?」若微は朱瞻基の意図が分からず、慈寧宮に皇太后を訪ねた。すると皇太后も今夜の宴には呼ばれていないと知る。「使者にそう聞いたわ、今夜は3人でお祝いをして、後日、皆で祝うとね」若微は皇太后に悟られないよう、実は昼寝をし過ぎて祝宴に行けそうにないとごまかした。朱瞻基は祁鈺の顔を見つめながら、今夜は2人だけで満一月を祝うと話した。皇帝の異様な雰囲気に何やら嫌な予感がする胡善祥は皇子を寝台へ連れて行こうとしたが、朱瞻基から触るなと一喝されてしまう。「君にいくつか尋ねたいことがある…君は二叔が秀女に推挙した者だ あの時、爺爺は二叔の体面を守ろうとしたゆえ、私も受け入れた だからと言って君を苦しめたことがあったか?」「めいよー」「二叔はなぜ君を推挙した?なぜ君はその理由を話さぬ? 朕はずっと苦しんできた、誠意を持って接すれば話すかと… だがまさか…朕を欺き続ける恩知らずの毒婦だったとはな!」胡善祥は皇帝が全てを知ったと気づき、力なくその場にひざまずいた。「今夜、錦衣衛が城内の捜索を… 明日の朝までには朕を辱め続けて来たすべての自柄が灰と化し消滅する …皇帝の公印を盗み、二叔を逃しただろう?君が加担する理由が分からなかった 二叔を北京へ連れ戻すのにどれほど苦労したと?! 君のせいで私は山東(サントウ)で死ぬところだった…」若微は慈寧宮からの帰り道、錦衣衛が宮女や太監を連行している姿を見た。理由を聞いても皇帝の命との一点張り、若微は不審に思い、朱瞻基に直接、尋ねると決める。「皇妃!お待ちを!皇后に仕える宮女や太監、漢王と結託した内官を捕らえよとの命なのです どうかお戻りを…」その頃、朱瞻基は祁鈺を抱き上げ、高く掲げながら皇后に真実が知りたいと迫っていた。すると突然、若微が飛び込んで来る。「皇上!おやめください!どうか落ち着いて!」若微は朱瞻基の尋常でない様子に思わず声を荒げた。朱瞻基は若微も漢王と皇后の関係を知っていたと思い込み、2人に欺かれていたと憤慨する。何の話か分からない若微はうろたえるばかり、たまりかねた胡善祥は仕方なく嘘をついた。「漢王は私を秀女に推挙し、選ばれた際、お祝いも下さった…ウッ… 謝礼に公印を盗めと言われ、断れなかったのです!それ以外は何もしていません! 皇上っ!信じてください!」その時、祁鈺が激しく泣き始めた。朱瞻基はふと我に返って息子を抱きしめると、錦衣衛を呼んで妃たちを見張るよう命じる。「外に出すな、自害もさせるな」そして祁鈺を寝かせると、出て行った。朱瞻基は釈然としないまま錦衣衛を引き連れて漢王府に乗り込んだ。すでに朱高煦は屋敷の者を全て自分の手で始末し、ちょうど絶命した漢王妃に別れを告げている。「遅かったですな、待ちくたびれました…話は中で」朱高煦は剣を捨てて寝殿に入ると、朱瞻基は錦衣衛に軽率に動かぬよう釘を刺して後に続いた。朱高煦は今回の親征で朱瞻基を戦死させる予定だった。そこでマフムードに大明軍の情報を流し、その後、自分が事態を収束させるつもりだったという。実は先々帝の最後の親征の時も敵と通じ、大明を敗戦に導いていた。朱高煦はすでに弱っていた父の生気を奪って殺そうとしたが、朱瞻基が機先を制してしまったという。「大侄子(甥)、皇帝になれて私に感謝するべきでは? …多くを知るお前なら、父親の死因も分るだろう」先帝付きの太監・侯泰(コウタイ)はもともと侍医院にいたため、医術に少し通じていた。当時、朱高熾(シュコウシ)の体調がすぐれない時は侯泰が滋養薬を調合していたが、その薬を煎じていたのは漢王府だったという。「最高級のナマコや蛙を用いてな、ただそれらはそれぞれ分量をほんの少しづつ増やすと毒になる 本来は戦から戻り、老大の葬儀を終えてから父上を死に至らしめようと…天下泰平のためにな」全てを知った朱瞻基は怒りのあまり全身の震えが止まらなくなった。しかし何とか寝殿を出ると、回廊で控えていた錦衣衛が皇帝を支える。「漢王を抹殺しろ…跡形もなく消すのだ」朱瞻基は寝宮に戻ると、侯泰を呼べと叫んだ。しかし頭が真っ白になったまま自分が何をしていたか忘れ、皇后の寝宮になぜ行ったのかも思い出せない。すると侯泰が去年、病死したと報告が届いた。朱瞻基は信じられなかったが、宮中で死亡し、確かに太監たちが埋めたという。その時、ふいにこのままでは二叔父が死んでしまうと気づいた。朱瞻基は取り乱した様子で再び漢王府に乗り込んだが、すでに錦衣衛が寝殿を片付け、閉鎖している。そこへ朱高燧がやって来た。「三叔!…二叔は?」「皇上の聖旨ですよ」朱瞻基は自分が全てを終わらせたのだと思い出した。漢王の密謀に加わった者たちも宮中にいる間者たちも一掃された。しかし朱瞻基はなぜ二叔父が死を求め、三叔父が自分を欺くのか分からないとこぼす。朱高燧は追い込まれた自分たちには望みがないからだと教えた。「お前は戦に勝ち、この上ない威信を得た 老二にこう言った、20年30年かけても私たちは大侄子に復讐できぬかもしれぬとな すると老二が、ならば50年や100年かけたら?200年ではどうだ?と… 今はお前が勝ったが、我々は長い時をかけ勝利を得る、史書を読んで後世の者たちは知るのだ 宣徳年間の皇帝は実の叔父たちを殺したとな…あっはははは~老二は誠に賢いだろう?」朱高燧は朱瞻基の負けだと嘲笑し、自分を朱高煦のもとへ送ってくれと頼んだ。「勝者は死ねぬ…生きるのだ 小さな屋敷を与え、三食と衣も調達して生涯、養ってやる…ただ誰とも言葉を交わすな 知り得た全ての秘密と共に朽ち果てていくがよい…」皇帝は宗廟に閉じこもり出てこなくなった。一方、皇后は高熱を出し、歩くこともままならないという。張妍(チョウケン)は皇帝の付き人たちに皇帝と皇后との間に何があったのか追及したが、さっぱり要領を得なかった。すると慈寧宮に楊士奇(ヨウシキ)・楊栄(ヨウエイ)・楊溥(ヨウフ)・于謙(ウケン)が訪ねて来る。張妍はようやく皇帝が漢王を抹殺し、趙王を禁足に、また三営の大将6人を斬首、漢王と結託した33人の言官も捕らえ、一夜のうちに北京を恐怖に陥れたと知った。そこで早速、説得に向かったが、暴れている息子に恐れおののき、大臣たちが外でひざまずいているとだけ伝えて帰ってしまう。「冥府の十三王が何だ…世の裁きが何だ…後世の者に罵られても私は構わぬ 一世の命は万世の命、期待して待つがよい、だが迎えるのは宣徳の治の盛世だ! その日まで決して死なぬ…ふっ」朱瞻基はまるで人が変わったようだった。若微は皇帝に会うため宗廟へやって来た。しかし警固中の錦衣衛に止められ、中に入ることはできない。仕方なく若微は引き返すと、その夜も皇后の寝宮で妹を介抱した。するとようやく胡善祥が目を覚ます。侍医によると胡善祥は焦燥による気の乱れで全身の血が滞っていた。危険な状態だったが、峠は越えたらしい。「あなたが目覚めねば、私は孤独になるところだった…」「安心して、私の命は長くないわ、皇上が生かしてはおかないでしょう」若微は皇帝が宗廟にとじこもり、独り言をつぶやいては寝ていると教えた。「漢王は殺されたの?」「ええ」胡善祥は次は自分の番だと分かった。若微は妹を連れて逃げたいと願ったが、胡善祥は″靖難(セイナン)の役″で自分を見捨てたと責める。何年も経ってから突然、現れた姉が、今さら自分と一緒に逃げるなど笑い話にもならない。確かに若微はあの時、幼い妹の手をつかみ損ねたことを悔やみ続け、ずっと後ろめたかったと認めた。もし妹が道を誤ったのなら全て自分のせいだという。しかし胡善祥は自分たちはもう肉親ではないと断言した。「私の最大の過ちは何か分る?生まれたことよ、悪いと思ってる… 人生でどんな選択をしても私は悪人なの、進む道は自分で選ぶわ」一方、于謙はしびれを切らし、皇帝を引きずり出すしかないと息巻いていた。しかし楊子奇は皇太后さえ追い返されたと冷笑する。すると楊溥がどちらにしても宗廟には親族しか入れないと言った。その時、于謙は皇妃がかつて先帝が皇太子の頃、政務を助けていたと思い出す。そこで奏状をしたため、皇妃に説得してもらおうと決めた。皇帝が宗廟にこもって11日目、若微は夜も更けた頃、ひとりで宗廟に入った。すると帳の向こうから朱瞻基の声がする。「太后?…入って来るとは大した度胸ですね?死にたいのですか?」若微は皇太后の命で説得に来たと訴え、于謙の言葉を伝えた。「名声を守るためにこもっておられるなら剃髪して修行の道に入り、政務を執れる皇帝をお立てに」「…そんな大逆無道なことは奴にしか言えぬな」そこで若微は侍医が祁鈺の血を調べたと切り出し、間違いなく皇帝の子だと報告した。「靖難が起こったあの日、皇上は皇后に駆け寄ったそうですね? 当時の太子爺が衣にかくまったゆえ、殺戮を免れたとか…皇上が忘れても皇后は忘れていません 皇后はいつでも自害し、人生を皇上にお返しすると… 皇上?皆が私の元から1人ずつ…ウッ…去って行きます、皇上まで去らないで… 生きるということは苦しいものです、ですが皇上には太后も最愛の我が子も私もいます、皇上…」胡善祥は皇后を廃された。「皇后胡氏は薄幸で福に恵まれぬゆえ、皇后の責を負えぬ 今日より三清(サンセイ)観で修行の道に入り、心を静め、生涯、福を祈願せよ 金宝と金冊を回収し、皇后の座を廃する、ちんつー」祁鈺は嫡子と認められたが、朱瞻基は母親と共に宮中から出すことにした。こうして望みが潰えた胡善祥は幼子を抱え、宮中をあとにする…。つづく( ๑≧ꇴ≦)三叔に見事にやられたわ〜でちょっと時間経過が良く分からない…帰還した日に秘密を聞いたと思ったけど、どうやら違う?その日の夜にもう満一月の祝いなはずないものね…( ̄▽ ̄;)おほほ〜
2020.10.03
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大明风华 Ming Dynasty第41話「最後の決戦」宣徳(セントク)帝・朱瞻基(シュセンキ)は親征を決意、皇妃・孫若微(ソンジャクビ)に出立の報告にやって来た。すると若微は生まれて来る子供のために一言、残して欲しいという。「私が戻らぬと思っているのか?…いい度胸だ こう言ってやれ、″お前の父親は国事を泰(タイ)山ほど重く見ていた″とな」一方、禁足が解かれた漢(カン)王・朱高煦(シュコウク)の元にはかつての臣下たちが駆けつけていた。しかし朱高煦はこれから来る者を一切、入れるなと釘を刺す。漢王妃は漢王が何を恐れているのか分からず困惑した。禁足は解除され、贈り物まで賜り、誰もが″漢王は高徳だから皇帝も頭が上がらない″と言っているのに…。「…瞻基は運がいい、戦に乗じて場を収めた」朱高煦はともかく今後、訪ねて来た臣下を覚え、後で自分に知らせるよう命じた。オイラトの侵攻を受け、宣徳帝は直ちに北伐に出発した。大明軍は早速、敵の先鋒隊を包囲すると、朱瞻基は徹底的に攻撃して敵軍の主力を引きずり出せと命じる。しかしマハムードは先鋒隊を連れ戻すと、50里ほど撤退して姿を隠した。戦況が停滞し、朝廷では宣徳帝の都への帰還を望む奏状が増えた。于謙(ウケン)は確かに持久戦になれば国力を消耗するのは必至だと進言し、朝廷が乱れるかもしれないと懸念する。すると朱瞻基はアルクタイ・タタール・ウリヤンハイに書簡を出すよう指示した。この戦は大明と蒙古の交易の維持が目的であり、侵犯と略奪をやめれば大明軍は帰還すると…。しかしマフムードだけは除外した。オイラトは戦いに雲梯(ウンテイ)を導入し、その上、大金で大明の火器職人を買収、銑鉄(センテツ)を買っているとの報告がある。朱瞻基はマフムードが銃や大砲を作るつもりだと確信し、マフムードがいる限り大明の国境は不穏なままだと言った。やがて大明軍は左右をアルクタイ・タタール・ウリヤンハイに挟まれた。こうして長城への道を断たれ補給ができなくなると、ついにマフムードが姿を現す。すると本営にオイラトの使者が現れ、マハムードが皇帝に決戦を申し込むと伝えた。「明軍の三千営は騎兵戦に長けていると聞く、マハムード可汗(ハーン)は主力を率いて三千営と戦う 負けたら皇帝の処罰を受けよう、だが勝ったら、皇帝は死ぬまで長城から出ないでくれ」「…マハムードはこの戦で決着をつけると言うのだな?…はお」朱瞻基はマハムードの主力8000人の精鋭に合わせて三千営から8000人の兵を選び、自ら指揮を執って決戦に臨むと同意した。皇帝の返事に将軍・樊忠(ハンチュウ)は目を丸くし、于謙は思わずその必要はないと口を挟む。しかし朱瞻基は于謙を制止、マフムードに言付けを頼んだ。「戦場で会おう」↓何かと巻き込まれ率が高いイケメン樊チュー朱瞻基は于謙と草原に出た。「皇上が戦う必要はありません 大明には神機営も大砲隊もある、その利を捨てて皇帝自らの命を賭けるとは… 皇上、若気の至りでは済まされませんぞ?」「…確かに火器で敵を撃退することはできる、だが死者が多いほど敵は降伏せぬだろう 爺爺(イエイエ)が5度も親征したのはそれが原因だ、その上、交易することもできなくなる マフムードの騎兵は無敵と言われている、それなら朕が出馬して奴の野望を打ち砕いてやろう そうすれば他の部族は戦わずして降伏する」朱瞻基はそう言うと、ひざまずいて天を仰いだ。「爺爺、爹(ディエ)、見ていてください…明日はあなた方のために戦います 絶対に負けません…お二人を超えます、どうか天から中原(チュウゲン)をお守りください」宣徳帝が祖先に叩頭している頃、マフムードも孫・エセンと2人で天上神に祈りを捧げていた。「明を滅ぼす我らにどうかご加護を…」草原にマフムード率いる主力軍8000人の姿が見えた。朱瞻基は厳しい戦いを前に将兵たちを鼓舞する。「今日、我々は大明の軍旗の下に集まり、この輝ける大地で敵の主力と命を懸けた戦いに臨む! 今、我々のいる地は太宗皇帝が5度の親征を行った場所、3代の将兵が血を流した場所だ! 彼らは今、天から我々の戦いを見守っているぞ! 正面の敵兵は弯刀(ワントウ)を持っている!我々の骸を牧草地に埋めて肥やしにするつもりだろう! 我々の土地を踏み荒らす気なのだ!100年前にしたことを繰り返そうとしている! たとえ恐ろしくとも選択の余地はない!撤退すればあの世で我々の先祖が泣くだろう! 臆病者の子孫が先祖の地を失ったことを嘆くだろう! 撤退すればお前たちの妻子や老親は奴隷に身を落とす!一生、苦しみを味わうのだ! 今日、太陽が沈むまでに多くのものが死ぬだろう…朕の最後の命令である! もし朕が落馬する姿を見ても、決して嘆くな!攻撃を続けろ! 軍旗を掲げ、槍を握り、剣を振り上げて死ぬまで戦え!」そして朱瞻基は剣を空に掲げた。「日月と山河は永遠なり!大明の天下は永遠なり!」草原に大明の戦鼓とオイラトの角笛の音が鳴り響いた。朱瞻基率いる大明軍とマフムード率いるオイラト軍は互いにゆっくりと馬を走らせながら、徐々に速度を上げ、ついに決戦の火ぶたが切って落とされる。その頃、宮中では皇妃・孫若微(ソンジャクビ)が無事に皇子を出産していた。決戦は壮絶を極め、老体のマフムードにも疲れが見えた。そんな中、朱瞻基は馬の足が止まったマフムードの姿を捉える。「奴の旗を奪えっ!」宣徳帝の号令で樊忠たちは一斉にマフムードに狙いを定めた。慌てたマフムードは思わず背を向けて逃げ出し、朱瞻基が咄嗟に投げた長槍が背中に直撃する。マフムードはそのまま落馬、絶命すると、オイラトの旗も倒れた。愕然となったエセンは祖父の元へ行こうとしたが、側近が慌てて馬を引いて逃げ出してしまう。こうして朱瞻基は多くの犠牲を出しながらも、宿願だったマハムードを排除し、オイラトに勝利した。朱瞻基たちが本営に戻ると、すでにタタールとウリヤンハイ、アルクタイのハーンたちがひざまずいていた。「我々は降伏を申し入れます!」「降伏を受け入れよう!今後は長城の内も外も家族同然だ!もう戦うことはな~い!」「皇帝陛下、万歳(ワンスイ)!万歳、万歳、万万歳!」于謙は命令通りマフムードの首を取って皇帝の幕舎へ駆けつけた。その時、ちょうど侍医たちが宣徳帝の手当てをするべく、衣をはだけていたが、実は皇帝が右胸に深手を負っていたと知る。于謙は激しく動揺し、言葉を失った。「朕の傷については他言無用だ…他には樊忠しか知らぬ」すると朱瞻基は息も絶え絶えに次の指示を出した。楊子奇(ヨウシキ)に遊牧民たちに褒賞として与える薬草と天幕、牛や羊を用意するよう伝え、于謙が直接、届けて欲しいという。「大明と交易する意義をお前から説明しろ、さもないとこの戦が無駄になってしまう…」侍医は皇帝にもう話さぬよう諌めた。「肺に損傷があるやも…」そこで于謙はひざまずき、宣徳帝の膝を強く握りしめた。「皇上、拝命いたしました」「ゥグッ…あとの対応はすべて任せたぞ…」翌朝、朱瞻基は重傷を隠したまま、本営に準備された祭壇で亡き将兵たちを弔った。于謙は祭礼官として皇帝の祭文を代読する。…大明、宣徳5年の秋、9月3日、大明の宣徳帝・朱瞻基が祭儀にて謹んで述べる…この言葉を戦で命を落とした大明の将兵たちの霊に捧げる…こたびの漠北における遠征は敵が毒ある蠍(サソリ)のごとく、…あるいは飢えた狼のごとく、兵を起こしたためである…天命を授かりし朕は討伐を決意し、激しい攻撃の末に敵を討ち滅ぼした…なぜなら雲のように集いし我が将兵が勇猛果敢に戦い、敵が総崩れしたからである…大明の将兵はまさに豪傑であり、いずれもが四海の英雄と言える…しかし流れ矢に当たり落命した者もいた、刀剣で傷を負い黄泉に旅立つ者もいた…生きては勇を成し、死しては名を成す、今、我らは凱旋しようとしている…汝ら英霊たちよ、この祈りを聞け、汝らも我が軍旗に従い、ともに帰国し故郷へ帰るが良い…肉親による弔いを受けて安らかに眠るが良い…この異郷の地にとどまるなかれ、野をさまよう亡霊となるなかれ…朕は汝らの功績をその祖廟に告げよう…報奨として汝らの家族に年ごとの衣食と月ごとの俸禄を与えよう…これをもって英霊を慰めん、生者は天子の威光を受け、死者は王化の恵みを受ける…ここに誠意を表し、汝らを祭る朱瞻基は死者の遺骨を全て持ち帰り、家族に渡して慰霊をするよう命じた。「共に来た以上、共に帰らねばな…家に帰るぞーっ!」その頃、命からがら逃げ出したエセンは配下たちに西へ向かうと伝えていた。「…13人いる、13領の甲冑と13本の刀があれば、捲土重来(ケンドチョウライ)は可能だ!」おおおーっ!>ʕ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʔ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʔ<おおおーっ!一方、宮中では皇后・胡善祥(コゼンショウ)も無事に皇子を出産した。帰還した朱瞻基はまず祖廟に向かい、祖父と父に凱旋を報告した。最近は2人の夢を見ることがなくなったが、それは恐らく2人がいつも心の中にいるからだろう。「息子が生まれました、大きくなったらここで叩頭させます 私を守ったように息子もお守りください…どうかご加護を」朱瞻基は着替えを済ませ、まず慈寧宮に皇太后を訪ねた。しかし張妍(チョウケン)は顔を真っ赤にして自ら出陣した朱瞻基を責めて立てる。「爺爺も親征では自ら剣を執って…」「イエイエはイエイエ、あなたはあなた!あの方には母親がいなかったでしょう?!」すると朱瞻基はその場でひざまずき、2度と戦闘には関わらないと約束した。「今後、数十年、天下は平和です、母上のそばで孝行します」張妍は息子を立たせると、もしまた出陣した時は自分が戦場から連れ戻すと釘を刺す。「赤子を見た?早く行きなさい、それでは父親失格よ! 満一月の祝いもしていない、今日からしばらく政務は脇に置くのね! 吉日を選び、家族そろってお祝いしましょう?」母に畳み掛けられた朱瞻基は留守中に何かあったのだと気づいた。聞いてみれば二叔父の以前の臣下たちが母のところへやって来て自分を批難したという。朱瞻基は自分が祖父の葬儀での話を認めたせいだと分かったが、実はこの件で悪い噂が広まっていた。胡善祥は閑散とした寝宮で息子と水入らず、そこへ急に朱瞻基がやって来た。朱瞻基は眠っている我が子の顔を眺めながら、目元が自分に似ているという。「若微の子を見たか?」「…太后の所で見ましたが、この子より大きく丈夫そうです」朱瞻基が寝宮に戻ると、若微が皇子を連れて現れた。喜んだ朱瞻基は早速、我が子を胸に抱き、玉座の前にある卓の上に座らせてみる。「おぉぉ~まるで皇帝のような風格じゃないか♪」「皇上、ご冗談を…」「息子よ、皇后の機嫌が悪い時、怖くはないか?…おや?眠いのか?」「皇后はつつましい方です」「若微こそつつましいぞ?」若微は朱瞻基の言葉に困惑し、話題を変えた。「皇子2人の満一月のお祝いを皇上と相談して行えと太后が仰せに…どうしますか?」「私に考えがある、日取りが決まったら家族水いらずで祝おう」するとそこへ趙(チョウ)王・朱高燧(シュコウスイ)がやって来た。息子との楽しい時間を邪魔されたくない朱瞻基だったが、三叔父は拝礼したまま動こうとしない。仕方なく若微は皇子を抱き、下がることにした。朱瞻基は秘密の奏状かと聞いた。しかし朱高燧は文字に残せない話だと答え、皇后に関するある情報を耳打ちする。その時、若微はちょうど回廊で皇子を女官に渡している所だった。若微は何気なしに朱瞻基を見たが、朱瞻基は目を剥いて衝撃を受けている。驚いた若微は気まずそうに慌てて帰って行くと、朱瞻基はいきなり朱高燧を突き飛ばした。「本当に皇后と漢王が?!…漢王をこの世から消す方法はないのか?!」朱瞻基は急いで祖廟へ向かった。「爺爺…どうしたら良いのです?」二叔父の親族たちが悪い噂を立てても我慢し、二叔父のかつての臣下たちから暗君だと非難されても我慢した。二叔父が不満を唱えれば禁足を解き、二叔父が過ちを自覚することを期待して自ら戦場に赴いたが…。つづく( ๑≧ꇴ≦)えええーっ!ここでそのネタ使うのか…それにしても若微、ようやくお似合いの衣装が来たわ〜良かった良かった(←何が?w
2020.10.02
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大明风华 Ming Dynasty第40話「2つの生命」漢(カン)王・朱高煦(シュコウク)が絶食して5日目、宣徳(セントク)帝・朱瞻基(シュセンキ)は自ら王府に足を運んだ。すると報告で聞いた通り、寝殿から漢王がかつての自分の功績を語る声が聞こえて来る。朱瞻基は寝殿の前に立って耳を傾けたが、その時、急に戸が開き、朱高煦は皇帝だけ連れ込んで戸を閉めた。朱高煦はすっかり憔悴し、もはや立ち上がることもできなかった。危険がないと判断した朱瞻基は錦衣衛に入らないよう命じ、視察から帰った昨日になって絶食の件を聞いたと告げる。「二叔は英雄、靖難(セイナン)の役や北伐で功績を立てた、史書にもそう記されている 私の心にもしかと刻んでいるぞ? こたびの謀反は史書には載せぬし、二叔を守るために加担した者の名も伏せる 私の苦心がなぜ分からぬのだ?」二叔父がこうして一日中、騒ぎ立て、皆を騒然とさせていれば、誇張した噂を流す者も現れるだろう。朱瞻基は自分たち家族の醜聞だと嘆き、このような私事はもう幕引きしようと言った。すると朱高煦は這いつくばって朱瞻基の足首にすがりつき、自分を処刑するよう懇願する。どうやら二叔父が罪を認めるのは難しいらしい。それでも朱瞻基は二叔父を殺すことはできないと告げた。「食事をすれば新しい地に屋敷を用意して禁足を解いてやる、南京はどうだ? ここより大きな屋敷で晩年を過ごせるぞ?」朱瞻基は屈み込んで二叔父を諭したが、朱高煦はいきなり朱瞻基の腕をつかんだ。それほど罪を認めさせたいなら、葬儀の席で自分が言ったことが真実だったか教えて欲しいという。「大侄子(甥)、真相が知りたいのだ…それを知ることができたら死んでも悔いはない…」朱高煦は気が弱かった先帝である長兄を子供の頃からずっと守って来たと懐かしんだ。もし靖難の一件がなければ自分たちは良い兄弟だったはずだという。まさか自分がこうして屋敷に軟禁され、長兄がこんなにも早く逝ってしまうとは…。朱高煦は朱瞻基の情に訴えかけ、あの話は趙(チョウ)王・朱高燧(シュコウスイ)から聞いたと言った。「私の父は何と言っていた?」「ゥッ…爺爺は幾晩も悩まれた、私に譲位しても二叔には勝てぬ そこであなたに譲ろうとした…二叔だけが大局を安定させられるからだ… 二叔に誓わせるつもりだった、太子一家の命を守り南京に逃がすとな…」朱瞻基はついに真実を明かした。すると朱高煦は床に転がっていた太宗の肖像画を広げ、やはり父は自分の力を認めてくれていたと歓喜する。これまで明に暗に盾となって父を守って来たことは無駄ではなかったのだ。「父上が私を害するわけも見捨てるわけもないっ!」朱瞻基は二叔父の気が済んだと安堵し、約束通り祖父の前で罪を認めるよう頼んだ。しかし朱高煦はかつて朱瞻基がそうだったように南京行きを拒否する。「ふっ…私もお前と同じだ、たとえ殺されても、引き裂かれ灰になっても…決して罪は認めぬ」激昂した朱瞻基は約束を破るのかと食ってかかったが、逆に朱高煦から押さえつけられた。「騙されたな!私を信じたのか?!お前の爺爺をよく見ろ!罪があるのはお前の方だ! 帝位を簒奪(サンダツ)し、親族を禁足にした!ぬぐい去れぬ恥をさらして生きるがいい!」「ぐぐぐ…誰かっ!」皇帝の号令で錦衣衛が一斉に殿内に踏み込んだ。朱瞻基は激情に駆られ、錦衣衛の帯剣を抜いて二叔父に突きつけた。すると朱高煦はひざまずき、先帝の腹黒さにはどんな鋭利な剣もひれ伏すしかないと嫌味を言う。「お前の父に負けたことは認める、父上すらだましたのだ、私など簡単だろう?」その時、朱高煦は思わず失禁し、父の肖像画を濡らしてしまう。朱瞻基は異様な姿の叔父に何とも言えない恐怖を感じ、逃げるように王府から飛び出して行った。翌朝、皇妃・孫若微(ソンジャクビ)は皇太后のご機嫌伺いで慈寧宮にいた。しかし皇后・胡善祥(コゼンショウ)は体調が悪く、誰にも会いたがらないという。また宣徳帝も気分が優れず、今朝は挨拶に来れないと女官が報告して下がった。すると皇太后はなぜか太監がうつむいたまま帰らずに控えていると気づく。そこで自ら席を立って話を聞きに行ったところ、顔色が一変した。若微は様子がおかしい皇太后を心配し、何ごとかと歩み寄る。「皇上が…これまでの成り行きを認めたわ…漢王はこのままでは済まさぬはず」|ω・`).oO(その他大勢はもしや側室の皆さん? その夜、頭を抱える朱瞻基のもとに朱高燧が現れた。三叔父に漢王の調査を頼んでからすでに幾月も経ったが何をしていたのか。朱瞻基は三叔父がうまくお茶を濁しつつ、何者かと結託して自分を陥れるつもりかと疑った。すると朱高燧は微妙な立場ながら命がけで実の兄を探っていると訴え、信用できないなら他の者へと辞退する。しかし朱瞻基は最後までやり遂げろと迫った。「北鎮撫司(チンブシ)が嫌なら朝廷内に別の役職を用意してやろう、それも嫌なら地方を治めるか? どこでもいいぞ?約束は守る」「…心得ました」「私に猶予はない…二叔は私のことを追い込む気だ」「いかにも、老二は死をも恐れぬ男、ですが皇上も焦り過ぎでは?面倒な状況なのです 漢王府の件は知れ渡っている…」「(ジロリ…)」「(ハッ)私の失態です」朱高燧は慌てて拝礼すると、朱瞻基はきちんと始末をつけろと凄んだ。朱高煦がひとりで酒を飲んでいると、朱高燧が現れた。朱高燧は手土産に持って来た酒を開け、朱高煦と酌み交わす。「時機が来たな…」「奴を追い詰めました…老二、このまま命を懸けても?」「危険を承知で臨むしかない、今、命を懸けないでいつ懸ける?」翌朝、侍医たちは皇后の懐妊を確信し、胡善祥に伝えた。すでに皇太后と皇帝にも報告したという。こうして久しぶりに慈寧宮で家族4人水入らず、張妍(チョウケン)は今度こそ子を失わないよう息子に釘を刺した。そこで朱瞻基は皇后の子には先帝からもらった名前・祁鈺(キギョク)をつけるが、皇妃の子には自分がつけたいと懇願する。「太后、どうかお許しください、さもなくば癇癪を起こすかも…ふふ この数日、書を見ては縁起の良い字を選んでいます」「重鎮の″鎮(チン)″にしようかと…重石の意味があり、貫禄も感じられる、天下の根幹です」胡善祥は黙って聞いていたが、内心おだやかではなかった。そこへ宦官が現れ、宣徳帝に耳打ちする。朱瞻基は急に席を立つと、辺境で何かあったらしいと断り、政務に戻った。若微は胡善祥を心配し、寝殿まで送り届けた。「皇后、私はこれで…」しかし急に胡善祥が若微の手を止める。「皇妃も懐妊中ゆえ、免礼」どこか不満そうな様子の胡善祥、すると合図して付き人たちを下げた。「私に言うことはない?」「会おうとしなかったのはあなたの方よ?」「あなたが真相をいつ皇上に話すかと気が気でないだけ…」「皇上の子をまた懐妊したのでしょう?大切にしてくれるわ…」「あなたの子に″祁鎮″と名付けた、皇上は言ったわ、天下の根幹だと… 私のことなど眼中にないの、ひと目でも私を見た? ともかくこの子に感謝すべきだわ、そうでなければ私は廃后になっていたかも…」「蔓茵(マンイン)!何を考えているの?両親が天から見ているわ! 私は実の姉なのよ?あなたのことが心配なの!」「姐姐、そう言ってくれるなら安心だわ~私も姐姐が好きよ?でもそのお腹の子は嫌い…」驚いた若微は思わず後ずさりすると、そのまま帰って行った。「ハア~姑姑が言ってたわ、川の両岸の者は考え方も同じではないと…」朱瞻基が寝宮に戻ると三叔父が待っていた。すると朱高燧は証人も物証もすべて揃っていると報告し、万が一にも虚偽なら自分の首を差し出すという。朱瞻基は早速、証拠を確認すると、それは楡木川(ユボクセン)で盗まれた軍報だった。「都の市場で別々のオイラト人から買い付けた物です 当時、皇上に上奏された軍報と同じ物がマフムードの手にも渡っており、大明は大敗を喫しました 奴らは密約を交わし、父上を死に至らしめた、真相を調査していて驚きました 老二は兵権を握っていましたが、まさか内外で結託していたとは… マフムードが都にいたのも老二の手引き、タタール、アルクタイ、ウリヤンハイとも結託していた 国内では靖難の遺児にも手を出しています 遺児の中から人材を選び、武夷(ブイ)山から都に刺客を送った 裏で金を出し、指揮を執っていたのは奴です 建文(ケンブン)帝を正統と見なす者は多い、その切り札を使った 爺爺も老二を恐れていました 爺爺の遺詔の存在で奴が築き上げた勢力は瓦解(ガカイ)しましたが、腹立たしかったはず… 都の中にも宮廷の中にも奴の間者は多く、探れぬものはない」「なら三叔の間者はどれくらいいるのだ?」「知らぬほうが身のためです、皇上、この件が解決しても油断なさらぬよう…」その頃、朱高煦は王妃と2人、最後の晩餐を決め込んだ。皇帝は夜半にやって来るだろう。「使用人は解雇したか?…子供たちは寝たか?」「コクリ…王爺(ワンイエ)、本当に恩情を求めないと?王爺…シクシク…」すると朱高煦は自分が勝利していたら、決して太子たちを見逃さなかったと言った。朱瞻基はついに朱高煦の大罪の証拠を手に入れ、早速、漢王府へ向かうことにした。しかし寝宮を出ると、ちょうど楊士奇(ヨウシキ)たちが慌ててやって来る。「皇上、火急の軍報です!」朱瞻基は後で聞くと言って歩き出したが、于謙が顔を真っ赤にして怒鳴った。「皇上!どこへ行くのです!」実はオイラトが侵攻し、しかも太宗さえ苦戦したあのマハムードだという。朱高燧は翼をもいで心の蔵をえぐれと皇帝を鼓舞、すると朱瞻基は皆を連れて兵部に向かった。朱瞻基は親征を決意した。驚いた楊子奇は朝廷が内憂外患の今、大局を預かる者がいなくてはならないと反対する。しかし朱瞻基はあっさり楊子奇で良いと決めた。「長い間、爺爺は長城の内と外との和平を願っていた だがあの者は長城内に攻め込もうとしている…はお、迎え撃とうではないか 爺爺の遺志を継ぎ、私が徹底的に征服してやる!」「ご も っ と も で す !」于謙はひざまずき、皇帝の決定に賛同した。結局、漢王府に皇帝は現れなかった。すると翌朝になって皇帝の聖旨が届く。朱高煦は寝殿でうとうとしながら聞き流していたが、皇帝が親征すると知って目が冴えた。「″朱高煦は長年、軍中におり、優秀な将軍である この国難に際し禁足を解くこととし、太宗の鎧を下賜する 玉の指輪、多数の真珠、香料も下賜するゆえ、世に太平をもたらすことを己の務めとせよ″」首の皮一枚つながった漢王妃は涙ながらに拝受すると、突然、朱高煦が中庭に現れた。そこには確かに父の鎧がある。玉扳指を嬉しそうに手に取った朱高煦はうっかり落としたが、慌てて拾って寝殿に戻った。一方、朱瞻基は皇后に出征を伝え、最後に若微を連れ出した。「もし私が男だったらついて行きます、ですが残念ながら見送るしかないわ…」「母上に会いに行ったが不機嫌だった、危うく説教されそうだったよ」朱瞻基は心配する母にまだ見ぬ子供たちのためにも戦へ行くのだと伝えていた。「私からのお願いです、皇帝として子供のため、何か一言、残してください」「私が戻らぬと思っているのか?」つづく(´゚艸゚)さてさて、煮ても焼いても食えない老三…どちらに転んでも退路は残していそうw
2020.09.26
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大明风华 Ming Dynasty第39話「同志との別れ」皇妃・孫若微(ソンジャクビ)は宣徳(セントク)帝・朱瞻基(シュセンキ)を訪ね、皇后・胡善祥(コゼンショウ)の禁足を解くよう嘆願した。しかし朱瞻基は調書を読んでも胡尚儀が自害した理由が分からず、何より皇后が子が流れたことを隠していたことに腹を立てているという。若微は皇后に代わり叩頭して謝罪したが、2人が実の姉妹と知らない朱瞻基は若微がなぜそこまで皇后をかばうのか困惑した。「いっそ君を皇后に立ててもいいのだぞ?」「ふふ、滅相もない、皇上たち皇族の体面をお守りください」若微はあらぬ噂が出れば皇帝の徳が傷つくと懸念、皇太后や後宮の者たちも落ち着かないと説得した。仕方なく朱瞻基は少し考えさせ欲しいと頼み、若微はそこで帰ることにする。「…近いうちに徐浜(ジョヒン)と会え」若微は思いもよらぬ皇帝の言葉に足が止まった。「約束したのだ… 靖難(セイナン)の遺児の件が決着するよう北京城を離れ、私が死ぬまでは決して戻らぬとな ちょうど鄭和(テイワ)が再び航海に出る、そこに同行したいと申すので許可した、別れを告げよ」その夜、朱瞻基は寝所に皇后を召した。質素な出で立ちで現れた胡善祥は子を守れなかったと涙し、死んでも償いきれないという。朱瞻基はひざまずいた胡善祥の外套を自ら脱がすと、いきなり胸ぐらをつかんだ。「誠に後悔を?」「禁足の間ずっと自害の機会を探っていました… 周りの者の監視がなければ、こうして皇上にもお目にかかれていません…」すると朱瞻基は胡善祥を乱暴に突き飛ばし、床に倒れ込んだ胡善祥を寵愛した。翌朝、葉秋(ヨウシュウ)は主の身支度を整えながら、思わず不満を漏らした。「皇后は昨夜、皇上の寝殿にとどまり、格別に寵愛されたとか… 禁足も解かれて、調度品も下賜され、皆、不満に思っています …皇妃が皇上に頼んだおかげなのに、感謝の言葉もないなんて」「葉秋…あなたにとって皇后はどんな人?」「聞くところによると、計算高く、受けた報いは必ず返すお方だと… 皆、黙っていますが、仕えていた安歌(アンカ)が姿を消し、いぶかしがっています」若微は14才から6年も宮仕えした葉秋を支度金を持たせて故郷へ帰すと言い出した。驚いた葉秋はその場にひざまずいたが、その時、ちょうど徐浜の来訪を知らせる声が聞こえる。結局、若微は話を中断、そのまま中庭に出て行った。「皇妃…シクシク」徐浜が皇帝の命令で別れの挨拶にやってきた。出立は数日後だという。「皇上が崩御するまで戻らぬと約束した、運良く戻って来られたら、必ずまた会いに来る」若微はその時に自分の墓さえ見つからないかもしれないと言ったが、徐浜は例え死んだとしても黄泉の国で必ず再会できると微笑んだ。「お身体を大切に、いつかまたお会いしましょう」「…待って、航海に出る時は連れて行ってくれる約束よ?私を残していくの?決意は固いの?」「皇上はお前を想っている、私がいては不安だろうし、私の心も落ち着かぬのだ お前が他の男と食事を共にし、他の男のかたわらで眠ると思うと…ゥッ… 心がえぐられるように激しく痛む…私の柄ではないな しかし今が気持ちを伝える最後の機会やも」「徐浜哥哥、長年の苦労がやっと報われたわね…忘れないで 海上で風が吹いたらその風は私よ、雨が降ればその雨も私 月が昇ったら、どうか空を見上げてちょうだい、私も同じ空を見ているから あなたがこの広い空のどこかで生きてさえいれば、それでいいわ 死んだとしても、それはしばしの別れに過ぎない… ″生當復來歸 死當長相思″ (生きては当にまた来たり帰るべし、死しては当に長く相思うべし)」若微は餞(ハナムケ)に蘇武(ソブ)の句を贈った。※生きていればまた会える、死に別れても思い続ければいい…1430年、宣徳5年、鄭和 第7回出航…アフリカ南端に到着…大明は盛世を迎え、後に″仁宣の治″と称される胡善祥は身分を隠し、人知れず道観を訪ねた。そこで道士に水陸会(スイリクエ)で故人の供養をしたいと頼み、″胡尚儀″とだけ書いた紙片を渡す。道士は故人の年齢や生年月日、逝去した日時、遺骨が少し必要だと言ったが、胡善祥は何も知らないと話した。「故人の年齢は知りませんし、生年月日を知る者もおりません 尚儀は故人の官職の名であり、姓が胡であること以外、何も分からぬのです 故人の遺骨は…私が焼き場に到着した時には跡形も残っていませんでした 骸は行き倒れた年老いた宦官たちと共にまとめて焼かれ、肥料として売られたのです …まるでこの世に存在していなかったように…私以外は誰も覚えていないかのようにね…」胡善祥は胡尚儀の哀れな最期を思い出して涙があふれた。すると道士がここ黄梁観(コウリョウカン)に伝わる言い伝えを話して聞かせる。それは唐の開元7年、盧生(ロセイ)という書生が科挙に落ちて邯鄲(カンタン)を訪れた時、呂祖(リョソ)と呂洞賓(リョドウヒン)と出会ったという。呂祖は磁器の枕を授け、盧生はその枕で眠ったところ、子孫に恵まれ、栄華も手に入れ、80歳まで生きたが、最後は私利私欲を図り、処刑されてしまう。驚いた盧生が目を開けると、眠る前に火にかけていた黄梁(オウリョウ)の粥がまだ煮えていなかったとか。しかし胡善祥は自分の心にある憂いや苛立ちは夢ではなく現実だと訴え、全てを忘れたいと嘆いた。「人生は夢の如くはかなきもの、この言葉を贈りましょう」郊外の視察から戻った朱瞻基は、挨拶に向かった慈寧宮で母から若微の懐妊を知った。喜び勇んで皇妃の寝殿へ駆けつけた朱瞻基、すると若微は微熱が出て横になっている。朱瞻基は若微の額に手を当てて熱を測ってみると、若微がふいに目を覚ました。そこで朱瞻基は若微の子には自分が名前をつけたいという。「皇帝になれば全て思い通りにできるのかと…だが違った 実際に山の頂に立ってみると、そこはごつごつしたただの岩に過ぎず、あるのは雑草と害虫、 猛獣だけだ、だが登ったら降りられず、逃げる場所もない…」「お疲れならここでお休みに」「君の寝顔が見たい」その夜、于謙(ウケン)は急に楊士奇(ヨウシキ)、楊栄(ヨウエイ)、楊溥(ヨウフ)たちに呼び出された。眠たそうに現れた于謙、しかし3人の表情を見て何かあったと気づく。「実は漢王が絶食して4日となり、騒動になっている…」郊外へ視察に出ていた皇帝を煩わせないよう黙っていたが、騒動が大きくなって隠し通せなくなったという。「皇上は漢王を殺さぬと宣言されている!餓死を試みていると知らせぬとは… 何を考えているんです!」事態はそれだけではなかった。漢王は絶食しているだけでなく、かつての自分の功績をぶつくさ言い続けながら冤罪で禁足されたと訴えており、このままでは先々帝が暗殺されたと吹聴しかねないという。頭が切れる漢王のこと、恐らく皇帝を矢面に立たせようとしているのだ。禁足という詰めの甘い処罰は、かえって皇帝に後ろ暗いところがあると疑われる隙を与えていた。実は漢王の以前の配下たちが明日、行動を起こすという。楊子奇たち内閣の辞職を求め、朝廷で陛下に漢王の件の説明を求めるというのだ。結局、解決策が見つからないまま、于謙はふと気づいた。「皇上の即位の件に関わるのは我々4人のみ… 真実を隠すため皇帝が死を求めたら応えますか?拒みますか?」翌日の朝議、漢王派の朝臣たちは宣徳帝の漢王への処遇を批判した。「なぜ罪なき親族に非礼な処遇をするのですか?! 漢王が造反した証拠はありませぬ、漢王は領土の要求を? 新たな国を建てようとしましたか?違います 配下の兵も皆、投降して戦をしていません」漢王派は漢王の禁足を解くよう嘆願、激怒した宣徳帝は処罰するので1人ずつ名前を書けと命じ、尚書房へ引っ込んでしまう。すると楊士奇たちは自分たち内閣の不手際だと痛感し、罰を受けに行くことにした。楊士奇、楊栄、楊溥は皇帝に謁見し、漢王の件をこれ以上、先延ばしにできないと上奏した。朱瞻基は5日も絶食の件を黙っていた楊士奇たちを責め、そのせいで朝廷で恥をかいたと怒号を響かせる。驚いた3人はひざまずき、漢王の言動に頭を悩ませていたと釈明した。実は漢王は絶食に加え、寝ている間以外は何やら話し続けており、侍医すらも屋敷に入れないという。使用人たちも辞めていき、大逆無道な話も民たちに漏れていた。大部分が皇帝への誹謗中傷と自画自賛の言葉で、到底、皇帝には聞かせられないという。「私たちには手に負えませぬゆえ、皇上にお任せいたします」しかし肝心の漢王が罪を認めず、朱瞻基は罰を与えることも、殺すこともできずにいた。「先々帝の遺詔について皆が納得するよう新しい説明を考えねばなりませぬ」謀反の件をあやふやにして闇に葬りさろうと思っていた朱瞻基、しかし漢王はそこを突いて遺詔の件を蒸し返している。この数年、漢王の配下が朝廷に入り込んでいると知っていたが、その者たちが奮起したのだろう。「口先だけの文官どもめ…朕に命を奪われたいようだな」「皇上、人を殺めるにも掟があります 高(コウ)皇帝は遺詔で言官は殺すなと記し、鉄碑も建てられました 皇上もご存知のように歴史は鉄も同然、言官を殺せば後世に語られます」楊子奇は漢王に絶食をやめさせ、先々帝の葬儀で虚言を発した理由を述べさせるべきだと訴えた。また、今でも多くの将軍が漢王を信頼しており、このまま皇帝があいまいな態度なら漢王と共鳴する危険がある。軍が乱れれば、それこそ大ごとになるだろう。朱瞻基は漢王府を訪ねた。漢王妃たちは丁重に皇帝を出迎えたが、やがて寝殿から漢王の不気味な武勇伝が聞こえて来る。王妃たちは一斉に向かいの部屋へ逃げると、朱瞻基は寝殿に向かった。つづく(^ꇴ^)漢王…本当にあきらめないよね〜(笑ところで朱瞻基は徐浜への嫉妬もあって皇后を寵愛したのかしら?
2020.09.25
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大明风华 Ming Dynasty第38話「身代わり」自ら皇帝の密偵になりたいと申し出た趙(チョウ)王・朱高燧(シュコウスイ)。宣徳(セントク)帝・朱瞻基(シュセンキ)は半信半疑だったが、朱高燧の情報により自分の暗殺を企てていた3人を捕らえることに成功した。そこで叔父にさらに宮中の状況を教えて欲しいと頼む。すると朱高燧が興味深い話をした。「西華門に隠し扉が…過去に大雨が降った際、太監が炭を運ぶのに便利だと増築された極秘の門です そこでは太監たちが盗品を売りさばいたり、妃嬪が家族と密会しています 北鎮撫司(チンブシ)は見ぬふりを… 妃嬪や太監の機嫌を損ねたくないのと、己の懐に賂(マイナイ)が入るからです 宮中は厳しく見えて抜け穴がある、誰もが口に出さない公然の秘密です 先ほど知らせが届きました、ある者が皇后の寝宮に入っていったと… 探りを入れてください、どのような獲物がかかるか楽しみです」皇后の寝宮に大きな箱が運び込まれた。しかし胡善祥(コゼンショウ)が箱を開ける前に突然、錦衣衛が乗り込んでくる。「皇后…刺客からお守りせよとの命です」「馬鹿な!…っつーか、どうしてここに刺客がいるの?」←″っつーか″と聞こえるwその時、箱の中から男の呻き声が漏れて来た。錦衣衛は箱に近づいたが、その時、皇妃・孫若微(ソンジャクビ)が現れる。「なぜ錦衣衛がいるの?!…その上、帯剣まで!どういうつもり?!」若微は皇后のお腹の子に何かあったらどうするつもりだと叱責、すぐ出て行けと怒号を響かせた。若微が錦衣衛を追い出し、胡善祥は寝宮にひとり呆然と立ちすくんでいた。そこへ報告を受けた朱瞻基が駆けつけ、大きな箱を発見する。「これは…これは一体、誰のものなのだ?」「私で〜す!」その声は中庭でひざまずいている胡尚儀だった。胡尚儀は明らかに酔っ払っており、その箱は自分のものだと嘘をつく。「皇后とは姑姑として近しいため、これ幸いと…うふふっ」朱瞻基は皇后に本当に胡尚儀のものかと確認したが、胡善祥は何も言えなかった。憤慨した朱瞻基は思わず錦衣衛の帯剣を抜き、胡善祥の腹に突きつけて再び確認する。「信じていいのだな?違うなら容赦せぬぞ?…君が患っている病とは?」「診療録が寝台の上に…」錦衣衛は急いで寝台ヘ向かうと、皇帝に診療録を持って来た。そこには皇后が心労で子が流れたと書いてある。愕然となった朱瞻基は皇后に禁足を言い渡し、錦衣衛に胡尚儀を捕らえろと命じて帰って行った。一方、于謙(ウケン)は今夜も講義のため漢王府にいた。しかし朱高煦(シュコウク)は南京を落とした年に父から下賜されたと言う極上の酒を飲み、于謙の話など聞き流している。憤慨した于謙は講義を諦めて帰ろうとしたが、朱高煦が引き止めた。「まあ待て…お前は多くの書を読んでいるのに、最も基本的なことすら知らぬようだ」「私が何も知らぬと?!史学の知識は誰にも劣りません!」「では質問だ、″永楽大典″をすべて読んだのなら何が記してあったか一言で申してみよ」「一言では…」「わははは~へぼ学者め、内容は多彩だが4文字で表せるぞ、″帝位争い″だ…罰杯を」于謙は思わず失笑し、杯を空けた。その頃、朱瞻基はまだ趙(チョウ)王・朱高燧(シュコウスイ)から情報を聞き出そうとしていた。しかし朱高燧はすべて話せば身の危険にさらされると苦笑いする。「真意を確かめたら次を話そう、いずれにしろ″皇帝″とは火あぶりの刑に処されるようなもの 陰謀に耐えられなければ真の″皇帝″ではないぞ?」「…私の欲しい情報は分かるはず、教えてくれればどんな条件でものもう」朱瞻基は三叔父がわざと二叔父の情報を避けていることに気づいていた。すると朱高燧は永久に禁足にした二兄なら″死んだ虎″も同然だとかばったが、朱瞻基は二叔父がまだ罪を認めていないと声を荒げる。「信頼を得たいなら手土産くらい用意して誠意を示せ…もう夜も更けた、帰って休め」于謙は罰杯をきっかけにすっかり酒にのまれ、漢王を″朱兄″と呼んだ。すると朱高煦は自分を友と見なすなら見返りを考えるという。ただ自分がいずれ皇帝に殺された時、漢王府に通っていた于謙が自分の一味だったと噂されることを心配した。于謙は朱兄が心を入れ替えれば皇帝は自身の血族を殺めないと教えたが、朱高煦は皇帝を知らな過ぎると飽きれる。実は朱瞻基は残忍さから言えば先々帝といい勝負で、ずる賢く偽善的なのは先帝以上だ。「謀(ハカリゴト)にも長けており、すばらしく運気もいいが、きっと天罰が下るはず… 長生きはできぬな」「…そんな批判は聞きたくありません!ムニャムニャ…」 「別れの記念としてあるものを贈ろう」于謙は高価なものなど自分には必要ないと辞退し、どうせならこの酒を少々、欲しいと申し出た。残念ながらその酒はもうなかったが、朱高煦はいっそ″妻″を贈ろうという。「ある娘を王府で養っている、私の血縁者だということは誰も知らぬ 母親が早くに死んで私が引き取った、心残りはその娘のことだ 私が死罪に処されれば、私の一族は皆殺しにされるだろう…代わりに養え 妻でも構わぬし、妾でもいい、何なら奴婢でも…夭折するよりはましだ」于謙は酔った勢いで了承したが、朱高煦は立ち上がって拝礼した。若微は禁足となった胡善祥に代わり、物置部屋に拘束された胡尚儀と面会した。「伝言があれば私に…」しかし胡尚儀は皇后の弱みにならないよう拒む。若微は外にいる女官なら腹心なので口が堅いと安心させ、必ず胡善祥に伝えると約束した。すると胡尚儀は自分が罪をかぶれば皇后は免罪されると話し、毒薬を持っていると教える。「夜明け前に逝きます…私にとって円満な最期です」胡尚儀は覚悟を伝え、ようやく本音を漏らした。「あの子が去ってからずっと困惑していました、なぜ私は生きねばならないのかと… 私は誤解していました、あの子は私がいないと何もできないと…事細かに教育しましたから… でもあの子が去って(ゥッ)気づいた…ゥフフフフ…ゥグッ…支えられていたのは私だった! 私は宮中で毎日、亡霊のようにさまよっていた…ただ知りたかったの… あの子がどこで何をしているのか…そんな日々は…本当に…地獄だった… ようやく終わりにできる」若微は妹をここまで守り、育ててくれた胡尚儀に深く感謝し、せめてもの恩返しに叩頭した。「皇后にお伝えください、私はこれ以上、何もしてあげられないと…」伝言を聞いた若微はそこで帰ることにした。「あなたがあの子の実の姐姐なのね?」「…コクリ」「ふふふ…うふふふ~良かった、あの子に寄り添ってくれる人がいた…」そして夜が空けた頃、様子を見に来た宦官が息絶えた胡尚儀を発見した。朱高燧は結局、再び皇帝の寝所を訪ねた。朱瞻基は予測していたのか、突然、姿を現し、三叔父の条件を聞くという。しかし朱高燧は二兄の企みならまだ分からない点が多く、再度、精査しなければならないと説明した。そこで朱瞻基は皇后の部屋で男が入った箱を見つけたと教える。実は皇后は子が流れており、その証拠となる診療録を渡した。「よく調べて報告せよ」「お任せください」翌朝、若微は皇后の寝宮を訪ねた。胡善祥は青白い顔で寝台に座ったまま、食事も薬湯も拒否している。「あなたを説得するよう皇上が私を寄越したの 胡尚儀があなたの代わりに罪をかぶって亡くなったわ… 自分を粗末にすると胡尚儀は無駄死によ?」「今朝、夜明け前に目が覚めたわ… 突然、胸が締め付けられて苦痛を感じたの…それで分かった…胡尚儀が死んだと…」胡善祥は誰に聞いたわけでもなく、姑姑の死を悟っていた。共に頼れる家族がいない者同士、寄り添い合って生きてきた2人、胡善祥は胡尚儀が死んで自分の心の一部も死んでしまったという。そこで若微は胡尚儀の遺言を伝え、自分が実の姉だと名乗り出たことを報告した。「とても喜んでいたわ…あなたに寄り添ってくれる人がいたと…」そんな中、中南半島の諸国が不穏な動きを見せていた。鄭和(テイワ)は何度、上奏しても皇帝の元に上がらず、ついに朝議で交趾(コウシ)にレロイを頭目とした逆賊が出たと報告する。宣徳帝はなぜ兵部が上奏しなかったのか訝しむと、楊子奇(ヨウシキ)は鄭和が上奏したのが先帝だったと釈明した。実は先帝は財政面を考え黄福(コウフク)将軍を召還し、逆賊をなだめていたという。「それで?交阯から布政使(フセイシ)が帰ってくることをなぜ朕に黙っていた?」鄭和はその結果、逆賊に息つく暇を与えたと憤り、焦りを禁じ得ないという。すると宣徳帝は先人が鮮血と引き換えに得た地は決して失えないと言った。鄭和も交阯を失えば大明が南洋からの退却を余儀なくされ、南洋諸国との関係にも悪影響を及ぼすと危惧する。「太宗が苦心して作り上げた陸路と海路を放棄することになるのです!」しかし依然として大明の国家財政は危機を脱しておらず、戸部も太宗と先帝の陵墓の修繕で新たな出費がかさむため、頭を悩ませ眠れぬ日々を過ごしていた。そこで宣徳帝は今年の国家予算に自分の陵墓の建造があったと思い出し、数年後で良いという。驚いた楊子奇は風水で建造の時期も選んでいると上奏、規定通りに行うべきだと諫言した。「吉と出るか凶と出るかは…天に任せるわっ!」宣徳帝は怒号を響かせ、亡き祖父の言葉に倣った。「″我が大明の国境線は目に見えるものだけではない…諸外国との友好関係も含まれる″とな! 子孫として新境地を開拓せぬのはともかく、先祖の偉業を捨てるのか?!」宣徳帝は鄭和に経費なら何とかするので再び航海へ出ろと命じた。皇帝の英断に鄭和は感嘆、その場にひざまずいて拝命する。「再び海に出られるなら国家のために死ぬまで尽力します! …私は海に出ないと眠れぬし、食事も喉を通らぬのです 航海が順調ならば中南半島へ行って諸国を慰撫します ホルムズとも国交を結び、その後、モザンビーク海峡へ、大明の貿易や国防を盤石にします!」「はお、帰りを待っているぞ」その夜、すでに眠っていた于謙は何者かにいきなり口をふさがれた。「うううう…」「大人(ダーレン)!漢王の小姐(シャオジエ)を連れて来ました 面倒を見てくれればこの恩は死んでも忘れないと…」男が消えると、しばし呆然としていた于謙は起き上がった。確かに客間には面紗(メンシャ)をかぶった花嫁の姿が…。「于大人にご挨拶を、夜半に押しかけて申し訳ありません…」于謙はひとまず燭台を持ち、娘の元へ行った。娘は面紗をあげると、父から于謙に名前を付けてもらえと言われたという。すると于謙は寝台に戻って布団を丸め、それを客間に広げた。「小姐、そなたは寝台で休みなさい…私は床に寝る…私は良心には背かぬ…」面倒を見ると約束した以上、守らねばならないが、ともかく話は明日だ。そにしてもあの時の話は酔った上での戯言だと思っていたのに、まさか事実だったとは…。若微が皇帝の寝宮を尋ねると、朱瞻基がちょうど床に航海図を広げて何やら計画を練っていた。「皇上…」朱瞻基は拝礼する若微の姿に気づき、一緒に座って地図を見るよう勧める。初めて航海図を見た若微はまさに″井の中の蛙大海を知らず″だと驚嘆、すると朱瞻基は確かに大明だけを″天下″と思うのは浅い考えだと共感した。そのため鄭和を再び航海に出し、多くの国家と国交を結ばせて自分の宿願を叶えたいという。そこで若微は朱瞻基が上機嫌なこの好機に皇后の禁足を解いて欲しいと嘆願した。「姑姑には養育の恩があるので拒絶できなかったのです こたびの禁足で皇后は罪を悟りました…なぜかたくなに解かないのです?皇后は泣き濡れています もし身体を壊してでもしたら内外にその噂が広まり、皇上の徳に傷がつくのでは?」つづく(꒦ິ⌑꒦ີ)最期に胡尚儀の本音が分かって良かった〜最近はパッとしなかった二叔だけど、于謙をうまくやり込めたね( ̄▽ ̄)そして…フラグ立った?!
2020.09.21
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大明风华 Ming Dynasty第37話「灯台下暗し」漢(カン)王・朱高煦(シュコウク)は謀反に失敗、死を覚悟していた。しかし宣徳(セントク)帝・朱瞻基(シュセンキ)はそんな叔父に帰京して宗廟で懺悔するよう命じる。「爺爺(イエイエ)すら私を勝利に導けなかった、しかし爹(ディエ)は違いました ディエは耐え続け、二叔は暴挙を続けた…藩王たちは二叔が横暴ゆえ敬遠を… そこでディエは私を南京へ送り、江南7省を押さえた さらに楊士奇(ヨウシキ)を二叔のところへ送り、同時に二叔の将軍へ文を記した …たった8ヶ月で二叔の基盤を崩したのです、こたびの私の勝利もディエのおかげだ」朱瞻基は自分も長い時間をかけて先帝の行いを思い出し、ようやく父が仁義ある明君だと分かったという。すると朱高煦は確かに自分も朱瞻基も先帝には敵わないと認め、趙(チョウ)王・朱高燧(シュコウスイ)の安否を尋ねた。実は朱高燧ならとうに投降しており、都に戻ってから会わせてもらえるという。朱高煦は思わず高笑いし、朱高燧と再会したら謀反について相談すると挑発した。「草原で殺せばよかった…心底、後悔している、お前は私と同じ過ちを犯すな ただ生きるだけの暮らしを私にさせる気なら、いっそ殺せ」「爺爺とディエに殺すなと言われているのです…自害すると言うなら家系図から抹消します」朱瞻基はしかと生きろと釘を刺し、これは勅命だと言って笑った。一方、皇后・胡善祥(コゼンショウ)は階段から落下し、お腹の子を失った。その翌朝、侍医が診察にやって来る。胡善祥は付き添っていた姉の皇妃・孫若微(ソンジャクビ)に追い返すよう頼むと、安歌(アンカ)がどうなったのか聞いた。「死んだわ…昨夜、私の目の前で飛び降りて命を絶った、密かに土に埋めさせたわ 両親の死後、宮中に入ったそうよ、ある復讐のために…」「私は安歌の従姉を殺した…その罪を子の命で償ったのね…」胡善祥は安歌と出会った時、なぜか気の毒に思えて警戒心を少し緩めてしまったという。人生で初めて″いい人″になった結果、こんなことになるとは…。胡善祥は自業自得だと嘆き、後悔していると涙した。すると若微が侍医の到着が遅れていたら胡善祥の命はなかったと教える。「何があってもあなたを助けよと、命懸けで止血させたのよ?」姉の言葉を聞いた胡善祥は、子ではなく自分を助けた若微に八つ当たりした。「あの子を消したかったのでしょう?太子となる子だものね?…勝手に殺さないでよっ!」若微は妹の暴言に憤って寝台を離れたが、取り乱す妹の元へすぐ戻った。「ハァ〜お腹の中の子は階段から落ちた時、すでに命を失っていたわ…」「姐姐(ジェジェ)…これから私はどうすればいいの…」若微は絶望する妹を抱きしめながら、ただその悲しみに寄り添うことしかできなかった。于謙(ウケン)は皇帝の聖旨を携え、朱高煦を連れて漢王府にやって来た。すると朱高煦は憮然としながら屋敷に入り、勅命も聞かずに行こうとする。「王爺(ワンイエ)!」漢王妃は慌てて漢王を引き留めたが、朱高煦は立ち止まったまま戻ろうともしない。仕方なく漢王妃は屋敷の者たちと平伏、害が及ばないよう皇帝の言葉を聞いた。「″…朕は史書を好んで読む、かつて皇族は漢の時代、八王の乱を起こし、唐では玄武門の変を、 宋では千載不決の議を起こし、身内での争いを続けた 同じ轍を踏まぬよう朕は日々、徳の修練を、だがこたび漢王は反乱を起こした これは漢王が遠征に忙しく史書を学べずにいたゆえだ よって朕が遣わす大臣と書を読み、古(イニシエ)の過ちを鑑(カガミ)とし、そこから学びを得よ ちんつー″」実は漢王に遣わされた大臣とは于謙のことだった。 胡善祥は昨夜の一件を隠し通そうと決めた。そこで安歌の骸を処理した若微の女官・葉秋(ヨウシュウ)を故郷へ帰すよう頼み、侍医には誰にも口外しないよう誓いを立てさせるという。命懸けでここまで上り詰めた胡善祥、皇帝がこの件を知れば自分は一巻の終わりだ。「策を考えるわ…」「策なんてないわ、神が子を戻してくれるとでも?…くだらないことを」呆れた若微は外で待たせている侍医を呼びに行くと言ったが、胡善祥が腕をつかんで引き止めた。「祁鈺(キギョク)は生きてる!先帝が名前を付けてくださったのよ? 姐姐も誓ってちょうだい、誰にも言わないと…」「…誓うわ」しかし胡善祥は若微の腕を強く握ったまま、なかなか離そうとしなかった。朱高煦が寝殿に入ると朱高燧が待っていた。朱高燧は自分も永遠に禁足になったと話し、二兄が自ら罪を認めるよう説得せよと皇帝から命じられたという。朱高煦が霊堂での言葉は偽りだと藩王に説明すれば、北京から出して隠居させてくれるというのだ。朱高燧は譲歩するよう勧めたが、朱高煦は激怒した。「なぜ自害せぬ!」「瞻基が言うのです、自害すれば家系図から名を消すと…」「なぜ瞻基が抹消を?!私は正真正銘、朱家の者だ!」「ハァ~二哥?もう瞻基には対抗できぬのですよ?よくお考えを…」しかし朱高煦はまだ挽回できると訴え、手を組もうと持ちかけた。皇太后・張妍(チョウケン)はうっかり寝過ごし、慌てて朱瞻基が待つ庭園にやって来た。「昼寝をしていたけど誰も起こさないから…祝賀大典に遅れるわ」「祝賀大典は中止です」朱瞻基は身内の闘争に勝って祝賀するのは不体裁だと言った。誰もが2人の叔父は処刑されると思っているが、殺せば黄泉の国で祖父と父に釈明できないという。そこで朱瞻基は2人の叔父の爵位は奪わず生涯禁足と決め、自分が罪の半分をかぶって謀反に加担した者が罪に問われず、史書にも残らぬようにすると説明した。「これで今回の件は煙に負けます」「うむ…ただ心配なのよ、木の意に反して風が吹くことがね… 爺爺の葬儀の時、2人が発した言葉がなぜか今になって街で噂になり、たちが悪くなっている」しかしこの噂話の一件を母に吹き込んだのが舅舅(オジ)の張克倹(チョウコクケン)だと知り、朱瞻基は頭を抱えた。すると張妍は弟が先帝の葬儀で慌ただしい間、眠らずに付き添ってくれたと話し、弟を朝暘(チョウヨウ)門の税官にして欲しいという。これには朱瞻基も失笑し、舅舅には別の役職を与えると言った。朝暘門と言えば国の大事な関所、到底、舅舅に任せられるはずがない。張妍は弟に伝えると笑ったが、内心では怒っていると朱瞻基は分かっていた。朱瞻基が若微の寝殿にやって来た。若微は皇帝が皇太后の慈寧宮を訪ねたと聞いており、てっきり母子水入らずで食事をすると思っていたという。「早々に追い返された」すると朱瞻基は皇后も呼んで食事をしようと言った。若微は咄嗟に皇后が風邪を引いて静養が必要だと嘘をつき、日を改めて見舞いに行くよう勧める。「″時には馬鹿なふりも必要だ″…爺爺はよくこう言っていた 今はその言葉の意味がよく理解できる〜ふっ」朱瞻基は若微の嫉妬と勘違いしたのか、黙って食卓についた。そこで母が張克倹を朝暘門の税関にしたいらしいと教える。「狐を鶏小屋に入れるも同然だ」若微は失笑したが、皇太后にとってはただ1人の弟であり、この数ヶ月、心が晴れずに不安な日々を過ごしていた皇太后に付き添うのは良いことだとなだめた。確かに道理は分かるが戦は終わったばかり、朱瞻基は事が複雑なため徐々に整理したいという。その頃、胡善祥は侍医を買収し、診療録を偽造させていた。「″皇后は皇帝が戦に行かれ、心労がたたり子が流れた″と記しています」胡善祥は皇帝が調査すればこれでは隠し通せないと指摘、別の策を考えろと迫った。しかし侍医は後宮での秘め事のため、一介の侍医では限界があると困惑する。そこで胡善祥はこの件をうまく処理したら一生、贅沢させてやると懐柔した。「他の策を考えて、そうでなければ私もあなたも罪に問われるわ…」夜が更けると、若微は人目につかないよう胡善祥の寝宮に入った。「皇上があなたに会いたいと…風邪を引いたことにしたわ、皇上にどう説明するか考えた?」「策があるから、あと数日、隠し通して」胡善祥は若微を引き寄せると、耳元で他の男と子をもうけると囁いた。度胆を抜かれた若微は誰の策かと動揺したが、胡善祥は他に方法がないと訴える。「かつて人を殺めた報復として階段から落とされたと伝えろと?! 姐姐、こうするしか策がないの!」翌朝、漢王府に于謙がやって来た。しかし于謙が拝礼しても朱高煦は寝台で寝転んだまま無視している。于謙は仕方なく漢王の足を寝台から強引に下ろし、朝廷に反抗するのかとその態度をとがめた。「こちらへ、私の後に続いて読んでください ″学びて時に之(コレ)を習う、亦(マタ)悦(ヨロコ)しからずや…″」「・・・・・」「″朋(トモ)遠方より来るあり、亦、楽しからずや、人知らずして怒らず、また君子ならずや…″」すると朱高煦は急に高笑いし、再び寝台に横になってしまう。「皇上は何と言っていた?かつて私が勉学を教えたのだ、君子の書を読めば謀反は起こさぬと? ふふふふ~くだらぬ」朱高煦は于謙が持っている書は出世のための道具だと蔑み、それを古訓のように仰ぐのかと呆れて出て行ってしまう。一方、早々と投降した朱高燧は謀反の首謀者としての罪を免れ、早速、宣徳帝に目通りを願い出た。すると朱瞻基は謁見を認め、用があるなら率直に言えという。「三叔からお願いがございます…皇上の代わりに情報を集めさせてください」そこで朱高燧は自分なら鼻が利くので危険な香りを嗅ぎ分けることができると訴えた。「宮中には灯台下暗しであることが多々あります 先々帝は出征前、遺詔を記していましたが、先帝はお渡しに?」「遺詔?…不可能、誰から聞いた?」「ぁ~私と二叔がどうやって北京城を出たと? 皇帝の寝殿にあった兵部の印章が紛失していましたよね? 誰の仕業だと?宮中は常に兵が巡回し、宮殿は夜、施錠を… ですが金さえ渡せばある通路から出入りすることができるのです、私はその通路を知っています ヌルガン都司の靖難(セイナン)の遺児を赦免されましたが、先々帝と共に靖難に加わった老将は 不服に思い、密かに集会を開いて三営に反乱を説いています、それはご存知でしょう?」「知らぬ…だが三叔の考えは分かる 三叔、真面目に勉学に励み、悪事は考えるな、朕は民の暮らしを乱すことは許さぬ 三叔の挑発には決して乗らぬぞ?」朱瞻基はそこで叔父を下げたが…。その夜、宣徳帝が急に趙王府に現れた。昼間の話をよく考えたが真偽が分からず、話を聞きたいという。そこで朱高燧は遺児の赦免に不服な者は帝位簒奪(サンダツ)に加わった老臣で、首謀は慶成(ケイセイ)郡主だと教えた。郡主は建文(ケンブン)の叔母で、建文に代わり和議を伝えに行ったが寝返ったという。おそらく郡主は赦免された遺児たちが戻り、罪を追及されることを恐れ、赦免反対を扇動しているのだろう。後もう1人は袁容(エンヨウ)だった。袁容と言えば先々帝の娘婿、つまり趙王の妹の夫で、朱瞻基も面識がある。袁容は広平(コウヘイ)侯に封じられてから、なぜか遺児の赦免に反対していた。さらに富陽(フヨウ)侯に封じられた李譲(リジョウ)という者もいる。「朕を欺けば末路は分かるな?」「物を買う際は品を見極めます…(ニヤリ」早速、錦衣衛は密談中の3人を取り押さえ、宣徳帝に証拠を届けた。朱瞻基は他に仲間がいないか尋問するよう命じたが、拷問を禁じ、冷遇しないよう指示する。「署名だけさせ、それ以上は追及無用だ」朱高燧の情報は事実だった。すると朱高燧は実は先々帝からの任務だったと暴露する。靖難の遺児の監視を解いてから3人が動き出すと、近しい親戚ゆえ先々帝は大々的にせず、朱高燧に監視させていた。「まさか皇上の暗殺を企んでいたとは…意外でした」そこで朱瞻基は宮中の状況を教えて欲しいと頼む。つづく( ๑≧ꇴ≦)三叔父!転んでもただは起きない
2020.09.20
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大明风华 Ming Dynasty第36話「謀反の結末」漢(カン)王・朱高煦(シュコウク)は宣徳(セントク)帝の本営に奇襲をかけ、逃げ出した朱瞻基(シュセンキ)を追い詰めた。ついに朱瞻基に剣を突きつけた朱高煦、そこで先帝が死を前にして何と言ったのか追及する。「″二叔を殺すな″と…」「笑わせるな!」朱高煦は激怒して朱瞻基の胸に飛び蹴りし、先帝への不満をぶちまけた。「ひどい父親だった、子供の頃は犬同然に殴られたものだ 私が軍に入ると謀反に加担させ、″死にたくない″と言うと″皇帝になれぬぞ″と脅したのだ! 今、その私に何がある?!」朱高煦は鬱憤を晴らすように朱瞻基を何度も蹴り上げると、朱瞻基は激しく血を吐いた。「″二叔が謀反を起こしさえしなければ、私たちは家族だ″と先帝は仰せに…」「そうか?…瞻基よ、私はお前より強い、」朱高煦はばったり倒れている朱瞻基の頭を足で踏みつけると、いよいよとどめを刺そうと剣を構えた。しかしその時、樊忠(ハンチュウ)率いる騎馬隊が駆けつけ、一斉に漢王に矢を放つ。「皇上から離れろ!」すると朱高煦は馬にまたがり、勝負は持ち越しだと叫んでゆっくり帰って行った。樊忠は捕らえろと命じたが、なぜか配下たちは朱高煦に手を出せず、そのまま見逃してしまう。皇宮では胡尚儀が早朝から東宮へ呼び出されていた。皇太子妃・胡善祥(コゼンショウ)は女官・安歌(アンカ)から朝なら酒を飲まないと聞いたという。そこで胡尚儀を隣に座らせ、自分のお腹を触るよう促したが、胡尚儀は拒んだ。胡善祥は無理強いせず、胡尚儀の肩に両手を回し、姑姑(ココ)が引き取ってくれたおかげでこの子供がいると感謝する。「もう怒らないで…」「私は老いた、怒ったりしないわ…それに昔のことなど覚えていない」「構わないわ、私は覚えている 例えば一緒に眠ったこと、風呂に入ったことも…これからは私が面倒を見るわ この子に免じて私を許して欲しい、今後はお酒を控えて、そばにいて欲しいの 2人で仲良く暮らして行きましょう?」すると胡善祥は胡尚儀の手を取ると、今度は胡尚儀も素直に胡善祥の腹に触れた。九死に一生を得た朱瞻基、しかし本営では安堵よりも動揺が広がっていた。「皇上は重症なのか?」「ご心痛なのだろう、敵と通じた者が軍営の門を開け、皇上を討とうとしたのだ 許せない裏切り行為だ」「困ったことになった…内通者の追及が始まれば皆、無事では済むまい そもそも敵の軍隊に肉親がいる将兵は多い、連座させていたら切りがないぞ?」その時、樊忠が将校たちに皇帝の天幕へ入るよう声をかけた。宣徳帝はかなり憔悴した様子だった。すると朱瞻基は漢王と通じている者がいるせいで本営に踏み込まれたと指摘する。幕舎に動揺が広がる中、将校たちの目の前で樊忠が皇帝に証拠を渡した。「我が軍と敵軍の兵がやり取りしていた文です…済南(サイナン)で摘発しました」敵軍には三千営と五軍営の兵が多く、神機営に肉親が大勢いるという。「封を開けておりませぬ、どうぞご覧ください」朱瞻基はその文を受け取ったが、しみじみこの戦に勝っても何もならないと気づいた。このままでは後世で″大明の将兵は肉親同士で殺しあった″と言われるだろう。しかもその原因が自分たち朱家の帝位を巡る争いだったと…。「ウッ…朕たちのせいで…お前たちが肉親と殺しあうなど…慚愧に堪えぬ…ウウウ…」朱瞻基は思わず火鉢に文を捨て、読まないことにした。「今まで漢王と通じた者がいたとしても、お前たちの罪は問うまい 国のためにも、民のためにも、この戦はするべきでなかろう…ハァ~ 文を交わしてもよい、今後は摘発しない、だが文に書いてくれないか? お前たち肉親に伝えて欲しい、″投降した者には報奨を与える″と… 勝手な行動は重罪だが、それ以外は罪に問わない …20里、退却しろ、下がれ」朱瞻基は将校たちが幕舎を出ると、慌てて火鉢に入れた文を取り出した。しかし幕舎に引き返した樊忠が偶然にもその様子を見てしまう。「(ぁ…)皇上?」「(ァチチチッ!)読んだのか?」「皇上、誓って一字も読んでおりません!」すると朱瞻基は樊忠に焼け残った文を読むよう命じ、奥の寝所へ戻った。「また裏切り行為があれば、お前を罰する」朱高煦の陣営に于謙(ウケン)が現れた。そこで朱高煦は戦利品の皇帝の兜(カブト)を見せ、于謙の頭にかぶせる。「この状況で私がお前の話を聞く理由があるのか?」「王爺が得たのは兜のみ、口は依然として皇上の顔についています 皇上を守ろうとする十数万の兵も残っていますぞ?」朱高煦はひよっこの皇帝に命がけで尽くすのはよせと懐柔したが、于謙は兜を脱いで宣徳帝の文を代読した。…二叔、三叔、久しくお会いしていませんね…父上の崩御にも私の即位にも来なかった…謀反を起こすと言いながら、軍は動きませんね…戦わないのなら帰京してください、王の位と称号は残してあげます…これ以上、勝手をすれば、もう情けをかけませんよ…追伸、ついでに楊士奇(ヨウシキ)を于謙に伴わせて帰京させてください于謙は困惑し、続きの文があるはずだと探した。しかし何度、筒の中を見ても文はない。朱高煦は高笑いし、3日以内に于謙も楊士奇も皇帝に会わせてやるという。「拘束しろ」于謙は今さらながら朱瞻基に″投降しろ″と言われた意味が分かった。趙(チョウ)王・朱高燧(シュコウスイ)が部屋で暴れていると、ようやく楚王が現れた。「なぜ何日も私に会おうとしなかった?裏切る気か?」楚王は謀反に加担する度胸がなかったと釈明し、ここ数日、軍の準備をしていたという。そこで朱高燧は楚王の軍が徐州(ジョシュウ)を出たら漢王が瞻基を倒す計画だと確認し、軍への命令書を出せと迫った。「まさか投降する気か?私たちが負ければ、敵が長江を超えて攻めてくるんだぞ?」「へへ~三哥、皇上が予想したとおりの言葉だ」「皇上が予想した?いつのことだ?」「南京で楚王に会った時です」その声は徐浜(ジョヒン)だった。朱高燧は弟が寝返ったと気づいたが後の祭り、楚王軍に取り囲まれてしまう。実は楚王はその気になればすぐにでも趙王を捕らえることができた。しかし兄弟なればこそ、自ら投降する道を残したという。徐浜は自分なら自滅の道を選ばないと諌め、先帝がなぜ皇太子を南京に送ったかを話して聞かせた。「太子を南京に送ったのは南方の楚王たちに接近させるためでした 先帝は北京をあなたたちに譲ったが、あなたたちは帝位の簒奪(サンダツ)しか頭になかった そのような皇帝を藩王たちが望むわけがない そこで先帝が崩御すると、彼らは太子の即位を上奏したのです 藩王たちは先帝の遺志を酌み、戦いを拒否している…これでも勝てるとお思いで?」徐浜は10日以内に宣徳帝が勝利しなければ、自分の首を進呈すると言った。今まで人を陥れていた立場だった朱高燧、まさか自分が陥れられる日が来ようとは…。宣徳帝の親征は叔父たちに投降の機会を与えるためだったが、徐浜は何を言っても無駄だろうと言い捨て、楚王に任せて出て行った。「お前たち、三哥は休息なさる、手厚くもてなせ、ただし外出は禁止だ」いよいよこの日、宣徳帝率いる神機営は漢王率いる敵軍と対峙した。朱高煦は千里鏡で敵軍の様子を観察、やはり朱瞻気はうつむき加減で元気がない。そこでまずは槍部隊に前進するよう命じた。朱高煦は余裕綽々、再び千里鏡で戦況を見守る。しかし槍部隊は敵軍に到着したものの、神機営にいる身内との再会を喜び、歓声を上げた。「あいつら、何をしている?!」すると今度は将兵たちが宣徳帝の前にひざまずき投降、死罪を乞うている。そこで朱瞻基が樊忠に目配せすると、樊忠が皇帝は罪を免じると伝えた。皇上が罪を免じられた!>ʕ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʔ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʔ<罪を免じられた!「…あいつら、寝返ったのか?!」千里鏡をのぞいていた朱高煦は呆然となった。朱瞻基は龍の旗を自ら掲げ、馬を駆けた。すると宣徳帝の後に将軍たちが続き、敵軍へ向かう。朱高煦はすぐさま弓弩(キュウド)営に号令をかけたが、なぜか配下に止められた。仕方なく自ら弓を構え、朱瞻基を狙う朱高煦、しかし配下に制止された上、馬から落ちてしまう。その時、朱瞻基が正面突破、樊忠が投降を呼びかける声が響いた。「我らは皆、大明の臣民だ!武器を置くがよい!これ以上の戦いは無益である!」朱瞻基は敵軍のちょうど中心あたりで馬を止めた。怒り心頭の朱高煦は剣を抜いて朱瞻基の元へ向かおうとしたが、配下たちが次々、止めに入り、最後は押し倒されてしまう。「100万の精鋭のいる私がなぜ負けるのだ!負けるはずがない!」虚しく響く朱高煦の嘆き、しかし兵士たちは皆、宣徳帝の言葉に耳を傾けていた。「三千営と五軍営の兄弟たち!かつて朕は皆と共に関外で血を流した! あれは我々の子孫のための戦いだった!だが今、朕の旗はどこを向いている?! …これでは同士討ちだ!5度の親征で出した死者でまだ足りぬか!これ以上の死者を?! 朕は皆に約束しよう!今すぐ武器を捨てて家族の元へ帰るがよい!罪に問うことはない!」 胡善祥の元に宣徳帝からお達しが届いた。…戦が終わり、万事順調に進んでいる…朕は皇后と未来の皇太子のことをいつも思っている…斉王から献上された人参酒を届けさせた、滋養があるので毎日、飲むがよい現在、皇帝が山東軍の再編中で寝る暇もない中、早馬で人参酒を届けてくれたと知り、胡善祥は鼻が高い。しかしそれ以上に皇帝が自分の子を″皇太子″と決めていると分かったことが幸せだった。胡善祥はお腹の子が皇太子と呼ばれ、すっかり有頂天になった。そこで孫若微(ソンジャクビ)を呼び、2人で祝杯をあげることにする。すでに酔っ払っていた胡善祥は控えている安歌(アンカ)をよそに、いずれ皇帝を説得し、父と母を皇后の両親に封じてもらうという。「皇室の宗廟に2人を入れてもらうわ」すると胡善祥はふらふら立ち上がり、若微に近づいた。「私の言葉を覚えてる?朱一族が手にした天下の半分を私たちが得る…やり遂げたわ おほほほ~あははは~ついにやったのよ~」若微は身重の胡善祥を心配して酒を止めようとした。「もうそれで終わりに…」「うるさいわね~私は皇后なのよ!」胡善祥は姉の手を引いて席から離れ、高楼から月を見上げた。「これは皇上がくださった人参酒よ、この酒を父上と母上に捧げます」そして亡き両親に献杯したが、その時だった。安歌が急に走り出して胡善祥に突進し、突き飛ばしてしまう。胡善祥は階段から落下、腹を打って裳裾から血が流れ出した。驚いた若微は慌てて胡善祥の元へ駆けつけたが、安歌は上階から冷静に見下ろしている。「何をするの?!」「その女は心眉(シンビ)姉さんを殺した、姉さんは両親の葬式を出してくれたの 命など惜しくないわ!」すると安歌は自ら身を投げ、命を絶った。胡善祥は寝殿で目を覚ました。するとちょうど宣徳帝の戦勝の知らせが届き、宮殿が歓喜に沸いている。しかし胡善祥はまだ恐怖と悲しみの中、震えが止まらなかった。一方、夫たちの敗戦を知った漢王妃と趙王妃は皇太后を訪ね、命乞いすることにした。「太后~うわあぁぁぁ~ん」2人はいきなり平伏したが、張妍(チョウケン)は2人の魂胆などお見通し、皇帝の戦勝の知らせを聞いてわざわざ泣きに来るのは不満だからかと厳しい。「太后~私たちは夫の勝手な行動の犠牲者です~彼らの頭には戦しかなく、家では何も話しません 出兵する時も置いていかれました~ホロホロホロ~」「ここへ来た理由は分かったわ 漢王たちが今後、おとなしく服従するなら、陛下が一族の者を殺すことはない しかるべき処分があるはず、私は公務に関与しないわ」張妍は体調が悪いと断って寝所へ戻ろうとしたが、漢王妃と趙王妃がすがりついて止めた。「もし…漢王たちが皇上に服従したら、小さくてもいいので領地をもらえますか?」「そうです~家族ですもの、過去はなかったことに…」趙王妃のその一言が張妍の逆鱗に触れた。「漢王家と趙王家が私たちを追い詰めた結果がこれよ!先帝は心労で苦しみ、崩御された! ″なかったことに″?いいわ!私の夫と息子を返して! ″家族″ですって?帝位を巡って殺し合いをしたくせに!今さら何を言うの?!」張妍はこれまでの鬱憤を一気に吐き出し、思わず呼吸を整えた。「…もう遅い」その頃、捕らわれた朱高煦は朱瞻基の天幕に連行された。朱高煦は殺されると覚悟し、自分の部下を追い詰めないで欲しいと嘆願する。しかし朱瞻基は帰京したら宗廟で懺悔するよう命じ、自分も過ちを認める詔(ミコトノリ)を出すと言った。朱高煦は朱瞻基が長兄にそっくりだと高笑いし、まさに仁義道徳にかなう言葉だという。「朱家に新たな聖人が生まれたのか?」「父上が崩御してやっと分かったのです、父上に帝位を争う野心はなかった」つづく( ๑≧ꇴ≦)面白かった!でも太后の怒号で泣いた〜(꒦ິ⌑꒦ີ)
2020.09.15
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大明风华 Ming Dynasty第35話「君主の道」皇太子妃・胡善祥(コゼンショウ)が懐妊した。報告を受けた洪熙(コウキ)帝・朱高熾(シュコウシ)は″祁鈺(キギョク)″と命名、久しぶりに明るい話題で皇帝一家に笑顔があふれる。そこで皇太子嬪(ヒン)・孫若微(ソンジャクビ)はこの機会に皇帝と皇太子・朱瞻基(シュセンキ)の中を取り持とうと考えた。「皇上、太子はまだ懐妊を知りません、ここに呼んで一緒にお祝いしましょう 太子の話では皇上に奏状を拒まれ、お目通りもできないとか、太子は罪悪感に苛まれています」洪熙帝はどうせ息子は戦のことで頭がいっぱいだと嘆いた。「根性を叩き直さねば誰の手にも負えなくなる」その時、懐妊の知らせを聞いた朱瞻基が突然、飛び込んできた。気まずそうな洪熙帝だったが、拝礼する息子を無下にもできない。そこで皇后・張妍(チョウケン)は皇帝の顔を立て、2度と父を怒らせないよう諭した。しかし母から釘を刺されたそばから朱瞻基はまた武力行使を訴えてしまう。「2人の叔父はマフムードと結託し、直隷(チョクレイ)を攻めようとしています 生まれて来る子のためにも傍観できません」呆れた洪熙帝は激しく咳き込みながら、寝所へ戻ってしまう。その夜、洪熙帝は朱瞻基を寝所に呼んだ。「お前の奏上は全て読んだ…ここまでにしろ、他に言いたいことは?」「ふっ…ふはは…爺爺が国が分裂したことを知ったら棺から飛び出してきますよ? 爺爺は父上のことを永遠に許しません」「お前も私を許さないのでは?」「そんな権限はありません、でもこの戦いは負けられないんだぁぁぁ!」朱瞻基が声を荒げると、洪熙帝は侯泰(コウタイ)に聖旨を読むよう命じた。「…精査を重ねたところ、皇太子・朱瞻基は親族を顧みず争いを好み、野蛮かつ軽率で身勝手である よって直ちに都を出立し、南京にて勉学に励み、修養せよ 命令に背けば朝廷から追放し、処罰する…ちんつー」朱瞻基は父の仕打ちにしばし呆然としていたが、結局、聖旨は受け取らず、拝命するとだけ答えて出て行った。漢(カン)王・朱高煦(シュコウク)のもとに楊士奇(ヨウシキ)がやって来た。洪熙帝は于謙(ウケン)を投獄し、皇太子を南京へ左遷、そして災いの元凶である自分の身柄をこうして漢王に差し出したのだという。そこで朱高煦は本物の遺詔があるはずだと迫り、真実を話せば楽に死なせると言った。楊士奇は漢王たちの誤解を招かぬよう策を講じたと認め、どうしても腹の虫が治らないなら処罰してくれという。すると朱高煦は席を立って楊士奇に歩み寄り、手を取った。「そなたは誠に有能だ、私ならそなたのような者を手放さず寵愛する だが大哥は私に差し出した、悲しくないか?命がけで尽くしたのに罪を着せられたのだぞ? 楊閣老は主を見誤っている…違うか?」朱高煦は懐柔しようとしたが、楊士奇が急に失笑した。「王爺(ワンイエ)、私は自ら望んで来たのです、あなた方の兵は横暴で天下を揺るがしている 皇上は誠心誠意、和睦を求めています、私1人のために天下を戦乱に巻き込む必要はない 王爺、これでもまだご不満ですか?」「…監禁しろ、よく考えて沙汰を出す」楊士奇が連行されると、趙(チョウ)王・朱高燧(シュコウスイ)が現れた。朱高煦は長兄が楊士奇を見捨てたと呆れたが、朱高燧の表情は厳しい。なぜなら自分たちは奸臣の粛清という大義名分を掲げていた。しかし自分たちが粛清する前に首を献上され、このまま戦えば帝位の簒奪(サンダツ)になってしまう。戦わずして北京に戻れば、ともに決起した兵士たちが黙っていないだろう。朱高煦は朱高燧に指摘され、ようやく長兄に先手を打たれたのだと気づいた。朱瞻基は2人の妃を引き連れ、懐かしい南京の東宮に戻った。すると朱瞻基は永楽元年から22年までの間に兵部で扱った軍報を全て集めた書房に案内される。租税に関することや軍馬、徴兵、戦略など細かく分類されていたが、朱瞻基だけでなくほとんどの人間がこの部屋を知らなかった。何でも当時、皇太子だった洪熙帝だけが時折、ここに来ては調べ物をしていたという。朱瞻基は父からここにある全ての軍報を読むよう命じられ、早速、ほこりをかぶった折子を引っ張り出した。朱瞻基が南京に飛ばされ、怒り心頭の張妍は病床の朱高熾の元へ押しかけた。しかし朱高熾は張妍の小言に耳を貸さず、弟たちが欲しいのは都であり、譲渡しても構わないという。「私にはもう時間がない…頼む…文を書いてくれ…息子に尋ねよ… …勉学に励んでいるか奏状を出せと」その頃、朱瞻基は胡善祥と孫若微を連れて寂れた南京城を散策していた。今や城楼の枯葉を掃く者もいない。朱瞻基は気が滅入るばかりだとこぼしたが、若微は皇帝が都を明け渡すのは便宜上の措置だろうと励ました。「私たちの敗北は決まった!間違いなく帝位も譲渡されよう それだけで王爺たちが満足すると思うか?次は私の首をよこせと言い出すだろう…ふっ 問題は皇上がいつ差し出すか?」すると朱瞻基は2人の妃の手を取った。「君たちは配下も軍隊も持たず、私と共に監禁された こうして敵が増長して行くのをただ眺めるだけ…今の朝廷に戦う力はないと皇上は悟ったのだ 実はな…″交趾(コウシ)に逃げろ″とある者から忠告された もしくは素性を隠し、建文(ケンブン)のように僧侶になれと…なれるものか~ 僧侶になれば君たちを手放すことになるからな~♪」若微は朱瞻基の戯言に失笑し、身重の皇太子妃を不安にさせるなと諌めた。しかし朱瞻基は自分には落ちぶれた国を子供に残すことしかできないと弱音を吐き、書房へ戻ってしまう。すっかりやさぐれてしまった朱瞻基、そこで若微は徐浜(ジョヒン)を呼んだ。徐浜は若微から朱瞻基を慰めるよう頼まれたが、実は興味深い情報を調べるのに手間取り、少し遅くなったという。「江蘇(コウソ)で最も精鋭の部隊が輸送兵となり、分散して徐州に異動を… 河套(カトウ)で交代する予定の関寧(カンネイ)騎兵は休暇を終えても戻りません 皇上が太子爺を南京に送ったのは訳がありそうです、皇上から戦を起こすことはあり得ないし、 たとえ漢王と趙王が攻めてきても皇上は平定する気がありません どういうことか…太子爺ならお分かりかと」すると徐浜は自分が書き写した兵部の異動に関する奏状を渡した。しかし表紙を見た朱瞻基は自分が提出した諫言だと気づき、机に放り投げてしまう。そこで徐浜はならば誰が兵を統率すれば漢王の大軍に勝てると思うか尋ねた。朱瞻基は適任者がいないことなど分かっているはずだと苛立ったが、徐浜は皇太子がいるという。「(ヤレヤレ~)将来、帝位を継承したら、この状況で戦いますか?」「惰性で生きるなら戦って死にたいね」朱瞻基は書房を出ようとしたが、徐浜が戸を押さえた。「バン!国を担う太子とあろう者が縁起でもないっ!祖先に顔向けできますか?! 若微や私に申し訳が立つと?!」朱瞻基は仕方なく徐浜の助言を聞くことにした。「わが国は今、漢王に気押されています 反乱軍が増長し、各省の藩王は戦々恐々とするも、暴君を仰ぎたい者など1人もいません 太子爺が文を書いてください、斉王・楚王・秦王・粤(エツ)王を説得するのです 礼儀正しく、丁寧な文体で、誠意が伝われば皆、従います」「…″心を攻むるを上となす″か、なるほど妙策だ、すぐ書こう」そこで朱瞻基はどんな褒美が欲しいか聞いた。徐浜は辞退したが、その代わり朱瞻基の即位後には都に戻らないと話し、若微を大切にすると約束して欲しいという。「いいや、褒美は与える、私が崩御したら都に戻ってよい、ただし墓は西の地に」「…ふっ、感謝します」そんなある夜、東宮に突然、楊溥(ヨウフ)が勅旨を届けにやって来た。朱瞻基はいよいよ皇太子を廃されると覚悟したが、楊溥はいきなりひざまずき、洪熙帝がいつ亡くなってもおかしくない状態だと報告する。驚いた朱瞻基はすぐ北京へ帰ろうとしたが、楊溥が手をつかんで止めた。「太子爺!皇上からの言づてです、皇上の生死にかかわらず、戻ってはなりません! 太子爺がいれば情勢が混乱しようと収拾はつきます!江南7省の藩王も軽挙は慎むでしょう 皇上が仰せに…太子とは父子の間柄だ、言いたいことがあれば大急ぎで文に書けと!」洪熙帝はすでに虫の息となっていた。すでに皇后や朝臣たちが集まっていたが、そこへようやく朱瞻基の奏状が届く。張妍はすでに朦朧としている朱高熾に息子からの文を読んで聞かせた。…思い返せば爺爺が亡くなられた頃、私は策略を企て、正道から外れました…是非を問わず、利害だけを問うて行動し、君主の道など何1つ知らぬ者に国は担えません…今さらながら己の過ちを悟り、冷や汗が流れ、いたたまれぬ思いです…2人の叔父たちが反発した時も私は浅はかでした…この戦は国にとって吉祥の兆しとなり得ません…血気にはやらず、時間をかけ解決すべきです…仁義を天下に示し、形勢を見て敵意を解いて行く…備えれど戦わず、城を攻めず心を攻め、天下に恩を施す、これぞ必勝法です…かつての私は傲慢で身勝手でした…あまり父上にお仕えできず、忸怩(ジクジ)たる思いです…南京に保管されている記録はよく読んでおり、深い感銘を受けています…22年に渡り爺爺は偉業を成し遂げました…世に仁政を施す方法とは争いを鎮め、民を安じること…覇業は時機や状況に応じて成すべきで、強引に求めるものではないこと…山海関の内も外も同じ、天下の民は皆、兄弟です…私が君主になれたら必ずや父上に倣います…民の心をもって己の心とし、民の考えをもって己の考えとする…後世の者は私たち父子の功績を知るでしょうが、私たちの人となりは知る由もない…紙幅が尽きました、父上のおそばに行けず、涙が流れ、胸が張り裂ける思いです朱高熾はいまわの際で朱瞻基の改心を知って安堵したのだろうか。張妍が奏状を読み終えて顔をあげた時には、すでに旅立っていた。公元1425年、洪熙元年5月、朱高熾が崩御同年、朱瞻基が回京して即位、″宣徳(セントク)″と改元し、同年8月、朱瞻基は反乱を平定するため親征へ宣徳帝・朱瞻基は本営で叔父宛の文を書いていた。そこで自分の文を届けて欲しいと頼んだが、于謙はこの期に及んでまだ説得するつもりかと呆れる。「まだ一戦も交えていない、我々は侮られています!」しかし朱瞻基は叔父たちが楊士奇を捕らえているため、連れ戻して欲しいと言った。駆けつけた樊忠(ハンチュウ)も敵の威嚇に神機営を出すべきだと進言したが、于謙に無駄だと教えられる。「使いは私が引き受けます」「お前を死なせたくない、楊士奇を失うだけで打撃だ… 叔父たちが応じなければ投降しろ、これは勅命だ(ニヤリ」朱高煦が軍営に戻ると、幕舎で朱高燧が酒を飲んでいた。「お前は気楽だな~」「敵が応戦せぬ、どうしろと?」朱高燧は自分の言う通りにしていれば、今頃は徐州だったと不満を漏らした。それが今やここ楽安(ラクアン)で身動きが取れなくなっている。しかし朱高煦は長兄の急死が想定外だったと釈明し、朱高燧をなだめた。「恐れるな、楚王と斉王は味方だ、江蘇の軍隊を動員しろ、瞻基を黄河に沈める、機嫌を直せ」腹の虫がおさまらない朱高燧、ともかく楚王に会ってくると決める。「それにしても瞻基が自ら戦場へ来るとは…大した度胸だ、瞻基を侮れば一生、後悔しますよ?」「楚王にこう言え、天下を取ったら江南と江西を与えるが、拒めば開戦と共に殺すとな」その時、軍報が届いた。朱高煦は得意げに朱高燧に渡し、早速、部下に指示を出す。実は軍報の差出人は朱高煦の護衛兵を10年ほど務めていた者だった。漢王に昇進させてもらえず皇太子に寝返ったが、朱高煦は許したという。そして10年前に差出人の息子が戦死、それ以来、朱高煦は見舞金を送り続けていた。その恩返しに朱瞻基の首を取るらせてくれるのだろう。しかし朱高燧は二兄ほど楽観的になれず、ともかく楚王に会って長江より南は押さえておくと言った。朱瞻基が幕舎で眠っていると、急に父に起こされた。『目を覚ませ!敵が来たぞ?!』現実では父の姿はなかったが、確かに外が騒々しい。朱瞻基は咄嗟に剣を抜くと、ちょうどその時、樊忠が帳(トバリ)を開けた。「皇上!夜襲です!お逃げを!」「なぜ本営に?!」朱瞻基は剣を手に馬にまたがり、無我夢中で駆けた。しかし朱高煦に追われ、やがてあたりが明るくなる頃、追いつかれてしまう。朱高煦が放った矢は朱瞻基の背中に命中、そのまま落馬し、絶体絶命となった。「私を殺してあの世で祖父に顔向けできるのか?!」「父上とて大勢を殺した、己のことで忙し過ぎて、私に構っている暇などない 瞻基、泣いてもいいぞ?うわぁぁぁ~ん」激昂した朱瞻基は剣を拾い、戦いを挑んだ。しかし朱高煦は悪あがきする朱瞻基の喉元についに剣を突きつける。つづく|ω・`)ねえ〜ちょっと〜パパ凄くない?地味に凄くない?
2020.09.11
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大明风华 Ming Dynasty第34話「翻された反旗」漢(カン)王・朱高煦(シュコウク)は皇太子妃・胡善祥(コゼンショウ)を脅し、都を脱出する手はずを整えた。そこで奸臣の粛清という大義名分のもと挙兵できるよう、新帝を追求することにする。朱高煦は洪熙(コウキ)帝・朱高熾(シュコウシ)が先帝の遺詔を読み上げる格好の機会を利用、いきなり遺詔が偽物だと難癖を付けた。そもそも先帝は出征中に幕営で崩御したが、たった数十里の所にいたにも関わらず自分たちは亡骸を見ていない。一体、先帝の死因は何なのか。なぜ自分たちに訃報を届けなかったのか。趙(チョウ)王・朱高燧(シュコウスイ)も二兄に追従し、皇太子・朱瞻基(シュセンキ)を怪しんだ。先帝を訪ねて本営に行ったところ、朱瞻基が不意打ちのように自分たちを備倭(ビワ)兵に捕らえさせ、都に護送させたという。しかもなぜか先帝の棺を早々に都に送っていたのだ。すると朱高煦が遺詔は偽物だという理由を語り始めた。「先ほどの遺詔には2つのことが記されている! まずひとつ目、大哥を新帝に立てるとのこと!2つ目は靖難(セイナン)の遺児の赦免だ! ここには先帝と出征した者も、先帝の理解者もいる! 先帝は言動に責を負い、面汚しを嫌うお人だろう?! ゆえに遺詔は偽物だっ!太子爺こそが証拠である!太子の側室は靖難の遺児だからだ! 建文(ケンブン)の旧臣と結託し、国の簒奪(サンダツ)を企んでおる! お前のような者は罰せねばならぬ!」朱瞻基はひるむことなく、遺詔は先帝が内閣首晡・楊士奇(ヨウシキ)を病床に招いて欽定(キンテイ)したと証言、うっかり全て楊士奇が証明できると口を滑らせた。驚いた朱高熾は咄嗟に黙れと叱責したが、朱高燧はやはり楊士奇の名前を出したとニヤリ…。「忘れたのか?私と二叔は情報に通じておる…」朱高熾はともかく国葬が終わってから話し合おうとなだめたが、朱高煦は必要ないと拒否、屋敷で沙汰を待つと言い放ち、遺詔を破いて朱瞻基に投げつけ帰って行った。朱瞻基はその夜、漢王府と趙王府に乗り込んだが、すでに2人の叔父は都を出た後だった。報告によれば叔父たちは皇帝の公印を持っており、城門を開けざるを得なかったという。「公印だと?…なぜ持っている?!」すでに追跡はしていたものの、2人が北京を出たのは昼間だったため、到底、追いつけるとは思えなかった。胡善祥はここ数年、胡尚儀の世話をしていた新入り女官・安歌(アンカ)を呼んだ。恐らく先輩女官たちが尚儀を疎み、まだ年若い安歌に押し付けたのだろう。「胡大人(ダーレン)はそれほど偏屈ではありません お酒に溺れてはいますが、体罰は過失をした時だけです」「あなたにも?どんな?」「鞭打ちです…茶器を頭にひざまずかせることも…」胡善祥は昔を思い出し、思わず失笑した。「誰のツテで宮中に入ったの?」「いとこです、いとこも宮女でしたが、お酒に溺れて死に、その穴埋めに呼ばれました」すると胡善祥は安歌に自分の世話係を任せた。年越しの日、北京は激しい雪になった。皇帝一家は家族団欒で夕食を取ることにしたが、洪熙帝は弟たちと交渉がうまくいかず、苛立ちを隠せない。朱瞻基と言えば叔父たちが提示した条件に全く応じず、意地でも戦をするかのようだ。しかし朱瞻基は戦を望んでいるのは叔父たちだと反発、父や大臣たちから今回の騒動の元凶のように扱われ面白くない。そんな中、ようやく食卓についた洪熙帝はやけ酒を飲み、朱瞻基を呆れさせた。そこで洪熙帝は戻りが遅かった理由を皇后・張妍(チョウケン)と皇太子の2人の妃にも教えることにする。「山東にいる老二、老三の所に侯泰(コウタイ)を談判に行かせていた 侯泰は風雪の中、出かけ、この年の瀬にやっと戻ったのだ…」洪熙帝は今回の件を国事ではなく兄弟間の揉め事として扱い、あえて侯泰を使いに出していた。侯泰は皇帝からの詫びを伝え、連れ戻すよう命じられたと話した。もし漢王と趙王が都に戻りたくなければ、好きな地方を治めて構わないという。朱高煦と朱高燧は鼻で笑い、なら北京城を明け渡せと言った。「今の大明があるのは、我々が靖難の血戦に加わったからだ …侯泰、私が今、話した一言一句を違えることなく大哥に伝えよ」朱高煦は戦など恐れていないと牽制、さらに長兄を惑わせた奸臣の首を送ってくれば談判に応じるという。すると朱高燧がわざとらしく長兄を惑わせたのは奸臣ではなく、放蕩息子だと言った。「悪の根源は瞻基なのです」「そうか、今の話も伝えよ」朱瞻基は例え自分を殺したところで、叔父たちは決してあきらめないと分かっていた。どちらにしても北京城に攻め入ってくるだろう。しかし洪熙帝は今、戦っても自分たちに勝ち目はないという。「なぜ負けると決めつけるのです?!」息子の言葉に驚いた洪熙帝は思わず酒器を床に落として割った。ガッシャーーーン!胡善祥と孫若微(ソンジャクビ)が慌ててひざまずくと、朱瞻基も仕方なくひざまずく。席を立った張妍は口が過ぎると息子を叱り、洪熙帝の背中をさすりながらなだめた。「家族なのだから怒らずに話し合って…年越しなのよ?食事がまずくなるわ」皇后から目配せされた若微も皆で楽しく食卓を囲もうと賛同したが、洪熙帝は息子を諭した。「2人の叔父に反意があることは知っていた…陰謀を企ててばかりでは大成せぬ! 皇帝になったら天下の民を重んじよ! たとえ勝算があろうと、何度も話し合いを重ねて、譲歩もして、それでも駄目なら戦をするのだ! …権力は武器だ、公器というものは一個人や家族のものではない 誰が見ても分かるように真心を持って問題を解決するのだ、それが正道だ 国が正道から外れれば皆、お前を見捨て、民への慈悲を怠れば見下される 威張り散らし、血気にはやるのは簡単だ 侮辱を受け入れ、許すことを覚え、耐えることこそ最も難しいのだ! 今の言葉に納得したなら良いが、聞き入れずとも良い、私の考えは伝えたぞ」洪熙帝は息子にも志や抱負があると重々、分かっていたが、ならば自分や祖父より立派に国を治めればそれで良いと言った。「今日は私が間違っていました…」朱瞻基はいきなり酒器の酒を飲み干して罰杯としたが、酔ったようだと断って早々に帰ってしまう。一方、山東では皇甫雲和(コウホウンワ)が檄文(ゲキブン)の草案を披露していた。…余は幼少より高皇帝と太宗に従い、敵を駆逐し、国難を靖んじ…西は巴蜀、東は大海、南は閩越(ビンエツ)を抑えてきた…だが太宗が崩御した際、奸臣が遺詔を偽造し、国を簒奪したのだ…長兄を皇帝に推挙し、罪なき我が将軍を殺戮し、国は乱れた…余は天命を受け、国の平和のために挙兵する…奸臣を静粛し、国難を靖んじ、民を塗炭(トタン)から救い…高皇帝、太宗の意志を継ぐ…軍を厳しく律し、民の暮らしを乱さぬ…帰順する者は平穏に暮らせるが、背く者は自ら塞外に移れ朱高煦は感想を聞いた。すると朱高燧が″長兄を推挙した″と書いては帝位を奪う戦だと思われると懸念する。朱高煦は自分たちも聖旨を偽造すればいいと話し、皇太子を廃する聖旨を書くと答えた。また朱高燧は奸臣とは具体的に誰なのか、人物と罪名を決めて欲しいと頼む。そこで朱高煦は朱瞻基が自分たちの命を狙ったとし、また楊士奇、楊栄(ヨウエイ)、楊溥(ヨウフ)には兵を交代させた罪があると指摘した。「これも追加を…″于謙(ウケン)はマフムードと結託し、太宗を殺した大奸臣である″と そうそう、靖難の遺児を赦免したことも追記して罪名を決めよ」朱高燧は皇甫雲和に追記を命じて下げた。「懸念すべきは楊士奇たちです、父上に長く仕え、才能もあり、軍にも影響力がある 老大が戦を決断すれば我々は不利になります、年明けすぐに出兵しましょう …老大を追い詰めながら江南7省を掌握するのです そうなれば上将軍1人でも黄河を越え、北京へ行き、老大たちを投降させられます オイラトに再度、金を渡して可套(カトウ)から直隷(チョクレイ)を攻めさせ、老大を追い詰めましょう」しかし朱高煦は直接、北京を攻めると強気だった。朱高燧は二兄なら確かに戦に精通していると顔を立てながら、腕試しに済南(サイナン)を攻めて圧力をかけてはどうかと説得する。仕方なく朱高煦は明日の朝、半分の兵で済南を攻めるよう命じた。「華麗なまでの勝利を収めて老三を安心させろ!」こうして洪熙元年、漢王・朱高煦が反旗を翻した。そんなある夜、床についた矢先に呼び出された朱瞻基が不満そうに姿を見せた。しかし楊士奇から済南が落とされたと急報を渡され、朱瞻基の眠気も吹っ飛ぶ。楊士奇は漢王たちの進路がまだ分からず無茶できないと訴えたが、朱瞻基は黄河を越えて直接、北京へ来るはずだと断言した。兵が迫ってもなお洪熙帝が談判を望むなら死を待つのみだ。楊士奇は遼東(リョウトウ)一帯に駐留する関寧(カンネイ)騎兵なら十分に勝ち目はあると自信を見せたが、問題は漢王たちが徐州(ジョシュウ)を落とし、長江上流を渡って安徽(アンキ)へ入ることだという。「そうなれば江南7省を奪われる、高皇帝と同じ進路です 漢王は高皇帝を崇拝し、兵の運用も真似ています、本当にそうなら我々は苦戦します これ以上、引き伸ばせば我々は不利に…藩王も朝廷の出方を見ています 出兵せねば保身に走るでしょう」その時、平服姿で現れた于謙が守衛ともめている声が聞こえて来た。楊士奇は守衛に于謙を入れるよう許可した。実は漢王たちの檄文が発端となり、于謙は朝臣たちからマハムードに情報を売ったとあらぬ疑いをかけられたという。これに激怒した于謙は辞職を願い出たが、洪熙帝はひとまず休暇を与えた。しかし于謙は戦を勧める自分が疎ましいだけだと反発、自分を見捨てた楊士奇を卑怯だと罵る。すると朱瞻基は于謙も自分と同様、″戦を″としつこいせいだと諭し、むしろ停職で済んだのは幸運だと言った。「今日から太子府で軍務を手伝えばいい」皇太子府に戻った朱瞻基は若微を起こさないよう、そっと寝台に横になった。すぐ目を覚ました若微は朱瞻基に布団をかけてやったが、朱瞻基がぼそっと済南が破れたとこぼす。若微はそれより皇帝に会って欲しいと頼んだ。しかし朱瞻基は年越しの夜から自分に会おうとしないと話し、于謙も罷免されたと教える。「算了…何のためにもならぬ話だな、君を悩ますだけだ…」「そんなことないわ、話を聞くのが好きなの…眠って、今夜はもう軍報は来ないから」その夜、外は激しい雷雨となった。于謙は燭台を片手に暴風で開いた戸を締めに行ったが、部屋に戻ってみるといつの間にかマフムードがいる。「友を忘れたのか?」「…ハシジュス?」マフムードは于謙がいくら国に忠義を尽くしても無駄だと助言し、自分と一緒に発とうと誘った。間も無く錦衣衛が于謙を内通者として捕らえに来るという。「漢王たちは私に金を渡し、″北京を攻めたら山海関の外の地を渡す″と… オイラトと漢王の軍に攻められたら、朝廷はお前のことなど気にもかけぬ、忠義は無意味だ」その時、ついに錦衣衛が戸を叩き始めた。しかし于謙は1人で行けとマフムードを見逃し、寝台に戻って書を読み始めてしまう。錦衣衛は戸を破って乗り込み、于謙を連行したが、すでにマフムードの姿はなかった。朱瞻基は投獄された于謙を迎えに行った。しかし于謙は戦ができないなら任務もないため、このまま牢にいたいという。朱瞻基は仕方なく配下を下げ、牢に入って座った。「私以外にも詔獄(ショウゴク)にいることを好む者がいるとはな…ふっ」「昨夜、マフムードが来ました…漢王たちとマフムードで南北から北京を攻めるらしい」思わぬ密告に朱瞻基の顔色は一変する。「関寧鉄騎の力を抑える気か?」「それだけではない、あの者たちは可套から直隷に攻め込むつもりらしい …マフムードは馬鹿ではない、今すぐ皇上に上奏するのです これは″靖難″ではなく帝位の簒奪だと…出兵せねば先帝に顔向けできません!」朱瞻基は慌てて牢を出たが、きびすを返して戻った。「何か必要なものは?!」「はっ!琉璃廠(ルリショウ)で書を買いましたが、近頃、取立てがひどくて… 代わりに支払ってください」そんな中、皇太子妃・胡善祥が懐妊した。洪熙帝は朱家の家系図で″瞻″の次に用いる″祁(キ)″に、雅で君子の風格がある玉を合わせて″祁鈺(キギョク)″と名づける。久しぶりの明るい話題で皇帝一家に笑顔があふれたが…。つづく( ๑≧ꇴ≦)皇甫先生!もうすっかり忘れてたけどお元気そうで何より~え?wひとり能天気を装っている胡善祥がいい具合にイラっときます(笑
2020.09.06
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大明风华 Ming Dynasty第33話「遺詔と公印」朱高熾(シュコウシ)が新帝に即位、時代は″洪熙(コウキ)″となった。漢(カン)王・朱高煦(シュコウク)と趙(チョウ)王・朱高燧(シュコウスイ)は父・永楽帝の葬儀に参列するため都へ戻ったが、新帝に拝謁しても不満を隠そうともしない。「これからは私たち3人で力を合わせていこう、何かあれば3人でよく話し合うのだ 父上に心配をかけてはならぬ…」「老大…」朱高煦が″長兄″と呼んだことから、朱高燧は思わず咳払いして諌めた。「ぁ…皇上、私たちは前線にいた、回りくどい話は無用だ、ひとつだけ聞く 先帝はなぜ崩御を?三千営はすぐ近くにいた、なぜ崩御したことを私の陣営に知らせなかった? …こっそり遺体を都に運んだのでは?私たちと本営の兵を争わせ、一体、何がしたい?」しかし父のそばに控えていた皇太子・朱瞻基(シュセンキ)はうつむいたまま黙っている。「2人とも、まあ~落ち着け…父上の葬儀が終わり、各国の使節や各省の藩王が帰途に就いたら、 家族だけで卓を囲み、じっくり話し合おう」洪熙帝は先帝と誓いを立てた通り、兄弟反目せずに助け合おうとお茶を濁した。朱高煦と朱高燧はひとまずおとなしく引き下がってくれたが…。漢王妃は通夜へ向かう夫の着替えを手伝った。王妃は皇后から衣と装飾品を賜ったと報告したが、避けられているのか会ってはくれないという。しかし漢王は黙ったまま何も言わなかった。「戦から戻って以来、別人のようね、一日中、無言で鏡に向かっている…不気味だわ」「…考えていた、お前より不運な妻はいないと」朱高煦と朱高燧の部隊は山東(サントウ)へ飛ばされた。朱高燧の息のかかった北鎮撫司(チンブシ)は全員が入れ替わり、都はすでに朱瞻基の手先ばかり、漢王と趙王を監視している。朱高煦は通夜が終われば朱瞻基が動き出すと踏み、逃げ出す方法を考えていた。もはやまな板の上の鯉か、帰京を止めた朱高燧は朱瞻基に殺されたら二兄のせいだと不満を漏らす。しかし朱高煦には帰京する理由があった。「老三、今が一番の好機だ、道義的に足場を固めたい、公衆の面前で老大を問い詰めよう 朝廷に疑惑が渦巻けば、奸臣の粛清を掲げて挙兵できる」一方、朱瞻基は楊士奇(ヨウシキ)、于謙(ウケン)と密談していた。漢王と趙王をすぐにでも排除したい朱瞻基、それに対し于謙(ウケン)は猛反発する。「人を殺せば裁きが下る、全国から藩王が来ています 霊前で凶行に及べば、三ヶ月以内に各地で反乱が起きますよっ!」「では今、反乱を起こされたらどうする?奴らと互角に戦える者が朝廷にいるか?! 勝てると思うか?!苦労して積み上げた大明の業績が消えるんだぞ!」朱瞻基は項羽(コウウ)が劉邦(リュウホウ)に情けをかけたせいで天下を失い、自害するはめになったと声を荒げた。「いいか、叔父たちは決して自分には屈さぬ」そこで于謙は黙っている楊士奇に意見を求めた。「殺しても殺さなくても、それぞれに利点がある 今の漢王と趙王はもちろん最大の脅威です、始末して憂いを除くのはたやすい 問題は皇上が望まれるかどうか、天下の民心や軍心が動揺するやも…どうか慎重に」朱瞻基は自分に味方しなかった楊士奇に憤慨し、帰ってしまう。于謙は皇太子を諌められない楊士奇を非難した。「あなたのような臣下が国を滅ぼす!」「そなたこそ!朝廷というものを分かっておらぬ!″人はまず身の程を知ること″だ!」「私はあなたのような朝臣になりたくない 是非を問わず、利害だけを考え、迎合するだけ…それは″妾婦(ショウフ)の道″だ」于謙は楊士奇を蔑み、出て行った。皇太子妃・胡善祥(コゼンショウ)は多忙な皇后から後宮を一任されていた。しかし頼りになるはずの胡尚儀が相変わらず酒に溺れて使い物にならない。様子を見に来た胡善祥だったが、胡尚儀は引退したいと申し出た。胡善祥は仕方なく国葬が終わったら自分が面倒を見ると決めたが、胡尚儀は皇宮を出たいという。「ここを出てどこへ行くの?6歳から宮廷で育ち、一度も出たことがないくせに!」「宮仕えを引退した老人たちがお金を集めて都の郊外に土地を購入し、合葬墓を建てました 私のような跡継ぎのいない太監や女官のためです、道教の寺院まで建てて供養させています 誰かが死ねば埋葬する者がおり、助け合っている…宮廷を出て彼らと一緒に住みたい」胡善祥は思わず姑姑につかみかかり、もう時代は変わったと言い聞かせた。自分はいずれ皇后になり、姑姑を養って行ける。「何が気に入らないの?!あなたに耳障りなことを言ったこともないのにっ!」「毎朝、目覚めるたび不思議に思うの…なぜ生きねばならないのかと…」「私を…恨んでいるの?」すると胡尚儀の目から大粒の涙がこぼれた。「申し訳なく思うわ…あなたを手放してしまった…守るべきだったのに… あなたが去り、私はすべてを失った…」「私が死なない限り、どこへも行かせない!」胡善祥は居たたまれなくなり寝殿を飛び出した。新入りの女官は慌てて平伏し、胡尚儀の無礼な発言は自分たちの責任だと謝罪する。「気が利くのね…名前は?」「安歌(アンカ)です…″短い人生、安処はいずこ、九原の歌声、黄泉に託す″」胡善祥は安歌を気に入り、これからは自分に仕えるよう命じた。一方、皇太子嬪・孫若微(ソンジャクビ)は洪熙帝の代わりに祭文を代筆していた。確認した朱高熾はもはや本物と区別がつかないと感心し、若微に玉璽を押印するよう命じる。すると今日の最後の頼みを聞いて欲しいと切り出した。「あれは先帝の遺詔だ…明日、霊前で私が読み上げる いろいろと考えたが、やはり靖難(セイナン)の遺児のことは書き加えたい …そなたの来歴のことは知っておる、遺児の赦免は先帝の意志であり、私の最大の願いだ 新政において最も優先すべき事柄だが、私は威厳が足らぬ 遺詔の内容に組み込めば多くの論争を避けられよう」朱高熾は今から供養の席に戻ると話し、今夜中に先帝の筆跡を真似て書いておくよう指示した。思わぬ申し出にしばし呆然としていた若微、しかし洪熙帝が書斎を出て行こうとした時、慌てて叩頭する。「…お慈悲に感謝を!」「朕は父上にも息子にも頭が上がらない…ふっ…慈悲心だけが取り柄でな…」若微は悲願を叶えてくれた洪熙帝を見送りながら、その恩情にむせび泣いた。朱高熾はあえて兄弟たちと並んで祭壇の前に座った。それを見た朱瞻基は思わず父に全員が皇帝より後ろに座るべきだと諫言する。しかし朱高熾は今日は家人の礼で良いと釘を刺し、叔父たちの面目を守った。「永楽22年、甲辰の年 啓天弘道高明肇運聖武神功(ケイテンコウドウコウメイチョウウンセイブシンコウ) 純仁至孝(ジュンジンシコウ)太宗文皇帝の霊前にて祭文を読み上げる」…巍々たる聖明は天下をあまねく照らし、大功でもって万邦に寄与した…5度にわたる北征で誠を尽くすも、楡木川にて天地が揺らぎ、国に殉じて春秋に遺産を残した…その歩みは輝かしくも波乱万丈である…南に運河を開き、北に5度の遠征、ここに儀式を行い、万民の弔辞を捧げる…戦と聞けば自ら戦地に赴き、屈強な身体に甲冑を身に着けた…大将が去り、三軍は喪に服す…帝が去り、万民が喪に服す日も暮れる頃、通夜で疲労困憊した参列者たちは宦官たちに背負われ、運ばれて行った。胡善祥はまだしっかり座って先帝を弔っていたが、その時、漢王妃が呼びに来る。「太子妃?太子妃?…お話が」しかし皇后・張妍(チョウケン)がその様子を見逃さなかった。漢王妃は胡善祥を人気のない宮道に案内し、引き返した。すると物陰から朱高煦が現れる。「瞻基は私を殺すつもりだ、殺さねば安心できぬだろう 私と老三は常に見張られ、袋の鼠だ」「私にどうしろと?」「瞻基は先帝の犬に過ぎず、軍隊を掌握できぬ 私の部隊が山東へ移らされ、三営は動揺している、正義のために戦うつもりだ」胡善祥は思わず息をのみ、慌てて帰ろうとした。しかし朱高煦は胡善祥を死なせたくないと迫り、一緒に逃げようという。「埋め合わせをしたい、皇帝の寝殿に都の公印がある、兵部の印章の箱の中だ 皆が通夜に出ている間に忍び込め」「そんなこと無理です…」「忘れたのか?そなたと私は一蓮托生だ 私が生きて戻れば、そなたを大明の皇后にしよう、受けた恩は決して忘れぬ」 胡善祥が逃げるように帰って行った。すると朱高燧が姿を現し、思わず失笑する。「遊び駒を今頃、使うとは…多くの悪党を見てきたが、二哥ほどの極悪人はいませんな」「黙れ、お前の目は節穴だな」朱瞻基は通夜に配下を紛れ込ませていた。しかし父が2人の叔父から離れず、手が出せない。朱高熾はそんな息子の思惑に気づき、休憩した折に朱瞻基を呼びつけた。「今は軽率に動くでないぞ、二叔と三叔は武装しておらぬ」朱瞻基は叔父たちが納得するはずないと反発したが、父の真意は他にあった。「私たちが先に手を出すわけには行かぬ!はあ~… さもなくば新政における最初の仕事で太子を廃することになる」「儿臣(アーチェン)、よく分かりました」その夜、若微が密かに先帝の遺詔を書いていると、突然、誰かが入って来た。若微は咄嗟に隠れたが、胡善祥だと気づいて姿を見せる。「どうしたの?!なぜここに?!」「はっ!うぉ(我)…その~」すると胡善祥は若微が床に落とした遺詔に気づいて拾った。「…これは遺詔では?正気なの?詔の改ざんは一族皆殺しよ!」「一族なんていないもの…それより何の用?」「聞かないで」胡善祥はふと思い出し、兵部の印章の箱をあさって都の公印を見つけた。驚いた若微は胡善祥を引き止めたが、胡善祥はお互い様だと訴える。「あなたの秘密は話さなくていい、だから私のことも聞かないで! 今夜は会わなかったことに…」翌日、いよいよ洪熙帝が先帝の遺詔を読み上げた。…朕は皇位を受け継ぎ、22年間、大明を統治してきた…長く在位したゆえ、国に殉じても悔いはない…ただ辺境の戦では功を焦りすぎ、5度にわたる北への遠征で天下を疲弊させた…埋め合わせができず、その悔いは募る…太子・朱高熾は仁愛の心を持ち、祖訓を守り、民情に寄り添っておる…よって皇位を継がせる…朕の葬儀は伝統に従って行うこと、27日後に喪明けとするがよい…この間の婚礼や祝い事は禁ずる…葬儀において親王、郡王、藩王たちはくれぐれも働き過ぎぬよう…天下の民を煩わせることなく、簡素に行え…また前朝における靖難の役にて、流刑や死罪に処された者、全員に大赦を下す…生存者は雇用し、死者の子孫には補償を…獄につながれた者は釈放し、辺地に流された者は故郷に戻す…過ちを繰り返さず、朝臣は朕の胸中を理解した上で天下に布告し、知らしめよ…ちんつー「吾皇万歳万歳万万歳!」「待った!」漢王が急に叫んだ。朱高煦は突然、前に出ると、朱高熾から遺詔を奪った。「皆の者、今日は先帝の霊前にて私から話がある… ″家人の礼でよい″と皇上が仰せゆえ、遠慮はしない この遺詔は…偽物だ!」ざわざわ…>ʕ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʔ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʔ<マジか…つづく
2020.09.04
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大明风华 Ming Dynasty第32話「新帝の誕生」朱瞻基(シュセンキ)が目を覚ますと孫若微(ソンジャクビ)が付き添っていた。「血が出るほど叩頭するから太子妃も私も驚いたわ ←( ̄▽ ̄;)管理人もw 誰かに頼むわけにもいかないから、私がここまで何とか運んだの」朱瞻基は若微の寝殿で2刻ほど熟睡していたという。若微が傷口を洗って衣を替えても、朱瞻基は全く起きなかったとか。そこへ女官の葉秋(ヨウシュウ)がお粥を届け、すぐに下がった。飲まず食わずで戻って来た朱瞻基は慌てて粥を飲み込み、父の様子を尋ねた。すると若微は皇太子が倒れてからというもの、細心の注意を払って世話をして来たと話す。「太子爺が眠る時は鶏も犬も鳴かないようにしている そうして何とか命を保って来たのに、昨夜の騒ぎでたらい半分の吐血を…」若微は皇太子妃に叱られても反論しないよう釘を刺し、″即位″のことしか頭にないのかとぼやいた。思わぬ指摘に若微をジロリと見る朱瞻基、実は若微はこの1年ほど奏状への返信を代筆していたと明かし、戦況のことを全て知った上で予測はついたという。驚いた朱瞻基はいきなり若微を寝台に押し倒すと、耳元で囁いた。「…どんな結果でも、君は後悔しないか?」「夫婦は一蓮托生よ、斬首だろうと流刑だろうと、お供するわ」薄氷を履む思いで生きてきた朱瞻基、しかし今は若微がいる…。朱瞻基は剣を片手に東宮へやって来た。すると寝所から父の呼ぶ声がする。皇太子・朱高熾(シュコウシ)は張妍(チョウケン)に扉を閉めるよう頼み、息子を隣に座らせた。「一家全員の命に関わることゆえ、あいまいにできぬ…私の問いに正直に答えろ 皇帝は誠に崩御されたのか?」「4日前に…」「お前の仲間は誰だ?」「楊士奇、樊忠(ハンチュウ)、于謙(ウケン)と170名の死士たちです」そこで朱瞻基は父に玉璽を渡した。朱高熾は永楽帝がかつて建文(ケンブン)から託された伝国璽(デンコクジ)をその手でつかみ、覚悟を決める。とは言え、聖旨1つで皆を納得させることは不可能だろう。遠方にいる数十人の新王たち、何より朱高煦(シュコウク)と朱高燧(シュコウスイ)が黙っているはずがない。親族での血戦は必至、いずれ朱瞻基が即位しようと奪われるはずだ。「父上の即位の準備を終えたらすぐ草原に戻り、10万の備倭(ビワ)軍を配して本営を守ります そして新帝からの聖旨として皇上の崩御を叔父たちに伝え、私が2人を北京へ送ります」「三営の兵で高煦側の者は多くない、三営は国の軍だ、我らに従いさえすれば良い 報酬を与え、責は追求するな、この件は慎重に行うのだ 軍を御すためには獣を服従させるごとく、飴と鞭を使い分けろ、決して追い詰めてはならぬ」張妍は恐る恐る朱瞻基に賛同するのか確認した。朱高熾はこうなっては行動を起こそうと、守りを貫こうと、衝突は避けられないと言い聞かせる。「この災難から我が家族は逃れられぬのだ…早く準備を整えろ」↓ありがとう、パパ〜みたいな一方、オイラトの可汗(ハーン)・マフムードは今回の戦で勝利し、上機嫌だった。しかしタタールとウリヤンハイのハーンたちは兵士たちを引き上げると言い出す。草原の春は短く、兵士たちを帰還させて放牧などを手伝わせなければ飢え死にしてしまうからだ。驚いたエセンはオイラトだけに戦わせるつもりかと声を荒げたが、マフムードは自分たちの羊や馬を分けてやることにする。その代わり撤退するなら明軍が長城を越えてからだと説得し、密偵によれば明が山海関(サンカイカン)で兵力の補充をしており、その実力は三営にも劣らぬ備倭兵だと話した。実はマフムードの野望は草原での戦にとどまらず、明軍が辺境に集結しているうちに手薄になった都を攻める絶好の機会だという。すると他のハーンたちは一笑に伏し、これでまた草原に平和が戻ると喜んで帰って行った。胡善祥(コゼンショウ)は皇太子妃の様子から朱瞻基が戻ったと気づき、若微を訪ねた。「今、大臣たちと会議中よ」「例の件?それで?」「皇帝になるつもりよ、決意は固いわ」「失敗したら?」若微はその時は胡善祥を外に逃すと言ったが、胡善祥は皇太孫以外に自分には何もないと訴える。「私は太孫妃よ、逃げるなら姐姐が…」その頃、朱瞻基は楊栄(ヨウエイ)・楊溥(ヨウフ)を太子府に呼び、皇太子の即位について話し合っていた。問題は皇太子の病状で、即位してもどれほど命がもつの分からない。そこで朱瞻基は皇太子の即位をこの3日間のうちに決め、天下に宣言すると言った。戦場では楊士奇たちが朱瞻基が戻るまで時間稼ぎしていた。しかしさすがに朱高煦と朱高燧も最近の本営の様子がおかしいと気づき始める。楊士奇は永楽帝のお達しとして三千営と五軍営に追撃を命じていたが、敵ももはや戦意はなく、明軍が長城を越えるのを待っているだけだった。何より本営に2万の備倭兵を補充した上、戦機もないのに10万も増兵するのもおかしい。2人に詰め寄られた楊士奇は開き直り、ならば永楽帝に上奏してくれと言い返した。朱高煦と朱高燧は皇太子派の楊士奇たちの動きを牽制し、今後の戦い方を明日、相談させて欲しいと頼む。楊士奇は永楽帝に聞いてくると強気に出たが…。朱高燧は父の様子を探らせた。しかし報告では永楽帝の幕舎の前で魚を干しているため、その激臭でとても近づくことができないという。「事情があるのやも…つまり父上は…考えすぎだと良いですが、近頃、妙ではないですか? 以前は我らが戻る前に幕営に呼びつけて戦術の相談をしていた だが今は我々ではなく、楊士奇や備倭兵を呼び寄せています」すると弟の話を聞いた朱高煦は軍を移動させて様子を探ると決める。そこで朱高燧は50里ほど撤退して本営に近づくと伝え、これで攻撃も退却も可能だと言った。その夜、楊士奇が永楽帝の幕舎へ駆けつけたが、まだ朱瞻基は戻っていなかった。「漢王、趙王が明日、皇上に会いに…」于謙は三千営が50里ほど撤退し、2人が合流したと教える。もし三千営が奸臣の粛清を掲げて永楽帝に言葉を求めれば、この芝居は続けられない。楊士奇はその時は自分たちも逃げ場を失い、殺されると警告した。その頃、若微は戦場へ戻る朱瞻基を見送りに出た。朱瞻基は若微が聶興(ジョウキョウ)について何も聞いて来ないことをいぶかしみ、道すがら自ら切り出す。「奴は私をかばい死んだ… 文には記さなかったが、自ら顔を変え、我が軍に忍び込んでいた、戦が始まった時に気付いたのだ …まさかオイラトの槍に刺されるとはな、奴は自分自身の手で私を殺したかったのだろう」朱瞻基は聶興に一生、申し訳なく思うと漏らした。すると若微は徐浜(ジョヒン)が″聶興はろくな死に方をしない″と言っていたことを思い出す。「聶興は強烈な気概を持ち、まるで侠客みたいな人よ 昔の人は″仁を求めて仁を得る″と…聶興の運命そのものね… でも聶興のための涙はこれで最後よ」若微は朱瞻基に笑顔を見せた。「私が帰還しなかったら、泣いてくれるか?」朱瞻基の問いに若微は何も答えなかったが、朱瞻基は黙って若微を抱きしめた。若微もそっと朱瞻基の背中に手を回したが、その時、朱瞻基は去りがたい気持ちを振り切るように若微を突き放す。そして兵士たちが待つ戦場へ再び戻って行った。翌日、樊忠は本営の各所に計画通り兵を配置した。やがて朱高煦と朱高燧が本営に到着、于謙は2人を出迎え、皇帝が2人と軍機を話し合うと伝える。実はその頃、朝廷ではすでに朱高熾の即位の儀が始まっていた。何も知らずに永楽帝の幕舎へと向かう朱高煦と朱高燧、すると確かに報告通り天幕の前には干物が並んでいる。2人は悪臭に顔をしかめながら、天幕の前で拝礼した。「儿臣(アーチェン)朱高煦、朱高燧が皇上にご挨拶申し上げます!」奇しくも同じ頃、大殿では朝臣たちが新帝に叩頭していた。「吾皇万歳万歳万万歳!」朱高煦と朱高燧は幕舎に入ったが、永楽帝の姿はなかった。2人は表に出ると、並んで立っている于謙と樊忠に皇帝はどこかと聞く。「皇上は昨夜、亡くなりました、ご遺体は太孫爺が北京にお運びに… 皇上は遺詔で楊士奇・楊栄・楊溥を監国とし、太子を即位させると命じられ、 新帝はすでにお立ちに、元号も変わりました! 2人の王爺には北京にお戻りになり、葬儀にご参列ください」一方、大殿では朱高熾が玉座に付き、新たな年号が公表された。「…朝廷は現在の情勢を鑑み、国事を第一に考え、独断で処罰せず恩赦を行う 恩赦を行うことで民への愛を示す、新たな元号は″洪熙(コウキ)″とする これを国内外に広く知らしめる」漢王と趙王の配下は剣に手をかけた。樊忠は手を上げて合図、本営は門を閉鎖し、隠れていた兵士たちが一斉に現れる。「2人の王爺には武器を置かれますよう、私が北京までお守りいたします」その時、朱高燧が目配せし、配下が合図を打ち上げた。「妙だと思っていたのだ、今の鏑(カブラ)矢で三千営がすぐここへ踏み込んでくる 逆賊たちを殺すのだ!」朱高煦の号令でついに内乱が勃発、しかし三千営は現れなかった。実は楊士奇はすでに聖旨を持って漢王と趙王の軍営に駆けつけていた。新帝は詔で先帝が昨夜、崩御したと知らせ、三千営・五軍営・神機営が国のために戦って功績を立てたと労い、休戦して都に帰還するよう命じる。兵士たちたちは家に帰れると聞いて歓声をあげ、もはや鏑矢など気にも留めていなかった。朱高煦と朱高燧は三千営の応援が来ないことを訝しんだ。そこでひとまず外へ出ようと決め、ついに閉じられた門を破壊する。すると目に前に騎馬隊を引き連れた朱瞻基がいた。「三千営をお待ちですか?…私は聖旨に従いお迎えに、ご同行ください」「皇帝は崩御された!誰の聖旨だ!」「お聞きでは?太子爺が即位されました、年号は″洪熙″です!我々の争いもここまでにしましょう」その時、樊忠が叫んだ。「大明の兵士たちよ!新帝が立った!都で報酬を受けよ!無駄な殺戮は行うな!武器を捨てよ!」樊忠が剣を捨てると、兵士たちも倣って一斉に武器を捨ててひざまずいた。「洪熙皇帝、万歳っ!」「洪熙皇帝、万歳っ!」気がつけば剣を持っているのは朱高煦、朱高燧とわずかな側近だけとなる。朱高煦は朱瞻基にしてやられたと気づき、苦虫をかみつぶしたような顔で剣を捨てるしかなかった。つづく(  ̄꒳ ̄)1回戦は太孫の勝ちと言ったところか?このまま2人の叔父が大人しく引き下がるとは思えませんな〜また来週!
2020.08.29
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大明风华 Ming Dynasty第31話「巨星、墜つ」永楽22年、朱棣(シュテイ)は第5次北伐の終結を宣布、楡木川(ユボクセン)の本営で病の床にふせた。そこで内閣首輔・楊士奇(ヨウシキ)を呼び、漢(カン)王・朱高煦(シュコウク)に即位させたいと伝え、起草を頼む。その夜、楊士奇は朱瞻基(シュセンキ)だけに奏状を見せた。目を通した朱瞻基は激怒し、剣を抜いてしまう。しかし二叔父の即位は祖父の判断だった。「皇上の神機営、漢王の三千営、趙(チョウ)王の五軍営、樊忠(ハンチュウ)の精鋭隊を配下に置けますか? …初めは皇上の考えが不可解でした、だが考えてみれば皇上の判断は正しい 漢王が即位すれば天下は乱れずに済む、皇上に翻意を促すのは至難の業です」朱瞻基は楊士奇の話を聞いて剣を捨て、その場にひざまずいて無礼を謝罪した。「楊閣老…失礼を」楊士奇は永楽帝が奏状を見てからでは手遅れになると考えた。しかし朱瞻基が永楽帝の真意を理解できず、剣を抜いたことにいささか失望する。永楽帝が自分を呼んだのは皇太子に近く、慎重に行動するからだろう。自分を呼ぶことで皇太孫に活路を残したのだ。そもそも永楽帝が漢王の即位を望むなら、そう発表すれば済むことだ。そこで楊士奇は朱瞻基に決断を迫る。「皇上は太孫と太子を南京に蟄居(チッキョ)させ、あなた方の命を保証すると漢王に誓わせると…」「…この若さで一生、蟄居など考えられない、たとえ1日でも断る 男なら服従の下ではなく、国のために死んでこそ本望だ 爺爺(イエイエ)に伝えてください、騒乱の心配はありません ″奏状に玉璽が押されたら、私は国のために自害し、黄泉へお供します″と…」すると楊士奇は愚かだと激怒した。父母が存命でありながら自害を口にするなど不忠であり不孝、そんな男を英雄とは呼べないという。「はあ~…恐らく皇上は太孫のためにどうすべきか徹底的に考えられた だが全く勝算がない、そこで私がこうして来たのです」(๑✪ω✪人<楊閣老♡@太孫夜が明けようとしていた。永楽帝に呼ばれた楊士奇は朱瞻基を連れて幕舎で謁見、奏状を掲げて自ら死罪を乞う。「皇上、天下の民たちは平和な世を望んでおります、ですが漢王は…″平和の君主″ではありません 無事に即位したとしても、功名を求め、戦を好む皇帝が統治していれば、民心は離れ、 国は転覆するでしょう…それだけはなりませぬ」すると永楽帝はか細い声で朱瞻基には勝てないと釘を刺した。しかし朱瞻基も覚悟はできている。「…負けたら爺爺にお供します、爺爺、私の望む生き方をさせてください」東宮で静養中の朱高熾(シュコウシ)は、ふと気配を感じて目を覚ました。すると枕元に鎧姿の永楽帝が立っている。「爹(ディエ)!いつ戻られたのです?」「先ほど戻ってすぐお前の様子を見に来たのだ」永楽帝は軍営で見つけた匈奴(キョウド)の帯留めを土産に渡すと、朱高熾は青銅の鳳凰(ホウオウ)だと喜んだ。朱高熾がまだ幼い頃、永楽帝はいつもこうして戦地から土産を持ち帰ったものだと懐かしむ。「今回は匈奴の遺跡に軍営を築いたから古物がたくさんあったぞ?だが負けてしまった…」「運が悪かっただけです、大明の国力をもってすれば敵を懐柔することもできます まだ終わりではありません、そうでしょう? 私は病のため起きることもできず、国に貢献できませんでした…」しかし永楽帝は自分が酷使したせいで朱高熾が病になり、頑固ゆえこの苦境を朱高熾に任せてしまったと後悔した。「私とお前はいつも口論していたな…それもお前だからできたのだ 私とお前だけに分かる、他のものには分からぬ…苦労をかけたな、息子よ」朱高熾は父の言葉に涙ぐみ、父が帰り家族が揃いさえすれば全てうまく行くと笑顔になった。永楽帝は少し歩こうと朱高熾を誘った。これまで起き上がることもままらならなかった朱高熾、しかし父に手を引かれて歩き始めると、なぜかすっかり体調が良くなっている。「ディエ?あの…どこへ行くおつもりですか?」「大殿だ、すぐに即位しろ、これで大明はあと100年は安泰だ」驚いた朱高熾は寝巻きのままでは具合が悪いと慌て、着替えて来ることにした。しかし寝所へ引き返そうとした時、うっかり花瓶を落として割ってしまう。ガシャーーーン!!!朱高熾がはたと気がつくと、永楽帝の姿は消えていた。そこへ物音に気づいた皇太子妃・張妍(チョウケン)が皇太孫妃・胡善祥(コゼンショウ)と皇太孫嬪・孫若微(ソンジャクビ)を連れて駆けつける。「ディエ?!皇上!…皇上?!どこです?まだ話したいことが?」張妍たちは困惑して皇太子を不思議そうに見ていた。すると朱高熾が早く朝服を持って来るよう頼み、永楽帝から即位しろと言われたと訴える。「皇上が来ただろう?」「来てないわ…」「嘘だ!さっき私と話したぞ?」朱高熾は寝台の布団をひっくり返してみると、確かに匈奴の帯留があった。「ディエは確かに来たのだ…」永楽帝は戦場でこの世を去った。樊忠(ハンチュウ)は本営から100里ほどの場所に駐留する第2皇子・朱高煦(シュコウク)と第3皇子・朱高燧(シュコウスイ)にすでに使者を送っていたが、朱瞻基は皇帝の崩御を知らせる使者なら連れ戻したと教える。「樊忠、聖旨を書け、漢王と趙王に″全力で敵を攻めよ″と命じるのだ 皇上は生きていると信じさせろ…よいな?」朱瞻基の手には玉璽があった。驚いた樊忠は謀反だと非難したが、朱瞻基は父が皇太子で祖父が皇帝なら謀反ではないと否定する。樊忠は激昂、剣を抜いて朱瞻基に差し向けると、背後から楊士奇が樊忠の首に短剣を突きつけた。「樊将軍、剣を収めてください」遺詔には確かに皇太子を即位させると書いてあった。朱瞻基は国難の時、漢王たちが永楽帝の崩御に気づいて挙兵すれば天下が大いに乱れると訴える。すると楊士奇が先に短剣を下ろし、皇太子と皇太孫こそ正当な後継者であり、国が乱れて皇族が殺し合えば、それこそ永楽帝の名声に傷が付き、国の恥になると説得した。「非常の時には平時と違う手段を…樊将軍、よくお考えください」樊忠は剣を下ろすと、朱瞻基に背を向けて崩れ落ちるように座り込んだ。「私は孤児でした、母が死んだ時、皇上が敵を討ってくださったのです… そんな皇上の命令ゆえ、あなたに命を捧げる覚悟で従ってきました、私はどうすれば…」そこで共に永楽帝に恩がある身として楊士奇はひざまずき、天の永楽帝に報告した。これも軍の統率を保つため、永楽帝の業績を盤石にするためであり、道理にこだわり過ぎれば国に害をなすことになってしまうと…。樊忠はついに覚悟を決め、永楽帝のために皇太子即位に協力することにした。軍内には叔父たちの間諜(カンチョウ)がいた。朱瞻基は叔父たちが祖父の病状を知っていると考え、まず祖父が今も健勝で生きていると思い込ませなくてはならない。すると翌朝、漢王と趙王の駐留先に早速、聖旨が届いた。三千営は北へ移動するアルクタイを追いかけ攻撃を、五軍営もオイラトとタタールを攻撃しろという。朱高煦と朱高燧は拝命したものの、この状況で攻撃命令が出たことに違和感を感じた。病状が回復したのか、それとも自分たちと合流したくない者がいるのか…。朱高煦と朱高燧は勝手に本営に戻った。すると門で于謙(ウケン)に止められ、永楽帝に知らせるので待てという。2人は無視して退けと言ったが、于謙はいきなり訪ねて″なぜ持ち場を離れた″と責められてもいいのかと脅した。朱高煦と朱高燧はようやく永楽帝の幕営にやって来た。樊忠は2人の剣を預かり、朱瞻基が楊士奇と話し中なので先触れすると言ったが、2人は我関せず入ってしまう。その時、ちょうど奥の寝所から楊士奇が戻って来た。何でも永楽帝は機嫌が悪く、攻撃しろの一点張りだという。すると永楽帝が癇癪を起こしているのか、寝所から大きな物音が聞こえて来た。これで2人も出直すかと思ったが、期待に反して朱高煦と朱高燧は寝所へ行ってしまう。樊忠はもしもの時のため、没収した剣をそっと朱瞻基に渡した。朱高煦と朱高燧は帳から寝所をのぞこうとした。その時、急に足元に物が飛んできたため、父に怒られると焦った2人は結局、帰ることにする。寝所では永楽帝が存命だと細工していた于謙が冷や汗をかいていた。朱瞻基たちも安堵のため息を漏らし、樊忠は急いで反対側の廊下の帳を開ける。そこにはあらかじめ待機していた兵士たちが隠れていた。一方、胡善祥も人知れず、決断を下していた。そこで豆子(トウシ)に誰にも知られず漢王妃に文を届けるよう命じる。「それからもうひとつ、ある物を担いで行って欲しいの…」漢王府に豆子がやって来た。汗だくの豆子は門の敷居にしがみついて倒れており、背中に臼(ウス)を担いでいる。「太孫妃に…ゼエゼエ…命じられて来ました…」文を読んだ漢王妃は豆子が自分の手下だと胡善祥に見破られたと知り、用済みとばかりに豆子を市中へ放り出してしまう。するとちょうど漢王の元へ向かう配下が挨拶に来たことから、漢王妃は胡善祥からの文を託し、伝言を頼む。「女狐が裏切ったと伝えて」その文には″各々、その主のために″と書かれていた。孫若微はすでに休んでいた。しかし戸を叩く音に気づき、仕方なく床を離れて様子を見に行く。すると突然、朱瞻基が入って来た。「なぜここに?!」「密かに両親に会いたい…君が手引きしてくれ」若微は外套をすっぽりかぶった朱瞻基を連れて皇太子府を訪ねた。「急用なの、太子妃に面会を…」すると若微は先触れした太監を下げ、朱瞻基を中に入れる。「夜中に何の用?」張妍は面倒臭そうに寝所から客間に出たが、驚いたことに朱瞻基が立っていた。「…息子よ、どうしてここに?」朱瞻基は母との再会を喜ぶ間もなく、父の寝所に入った。「ディエ…イエイエが崩御を…」朱瞻基は全てを話した。永楽帝が崩御の前に楊士奇を呼び、二叔父を即位させ、自分たちを南京に移すように指示したと…。朱高熾はため息をつき、父が周到に考えたのだと分かった。「それしかない…」もし父が生きていて自分が健康なら、息子も帝位に就けただろう。しかし今となっては父の判断が正しい。朱高熾は戦いたいなら自分がこの世を去り、母親も死んでからにしろと言い聞かせた。「手を引くのだ」「嫌ですっ!」朱瞻基は思わず声を荒げ、病の父に迫ってしまう。「明日、ディエの即位を準備し、詔を発します!ディエ!」すると張妍はもう話さなくて構わないと皇太子を止め、息子には自分が言って聞かせると伝えた。「息子よ、こんな大事なこと、すぐに決められない 父は急病なの、急かしては駄目よ…顔を洗って何か食べなさい」朱瞻基は怒って出て行った。朱高熾は小さく首を横に振るのが精一杯だったが、張妍は眠るように声をかけて寝所をあとにする。すると朱瞻基が客間で母を待っていた。「娘(ニャン)…私は反逆など…」その時、張妍が息子の頰を思い切り引っ叩く。「父上の病気があんなに重くなっているのに…お前は自分のことばかりね! 父上のことも考えたらどうなの!…ゥッ…息も絶え絶えのよ…」母の涙を見た朱瞻基は慌ててその場で叩頭したが、額を強く打ちすぎて気を失ってしまう。つづくさようなら、イエイエ〜(꒦ິ⌑꒦ີ)視聴意欲が失せたな…と思ったけど、胡善祥の臼で立ち直ったw
2020.08.28
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大明风华 Ming Dynasty第30話「覚悟の選択」永楽帝は伏兵などいないと判断し、朱瞻基(シュセンキ)や于謙(ウケン)の反対を押し切って大砲隊の移動を敢行した。しかし運悪く撤退しようとしていたエセンの部隊が大砲隊の移動を聞きつけ、守りが緩くなった明軍の本営を攻めようと引き返してしまう。やがてオイラト奇襲の知らせが本営に届いた。樊忠(ハンチュウ)将軍は皇太孫に皇帝と逃げるよう伝え、自分の部隊を連れて応戦に向かう。敵は目前、それでも永楽帝は敵前逃亡などできないと梃子でも動こうとしなかった。朱瞻基は止むを得ず配下と2人で祖父の両腕をつかむと、なかば強引に本営から連れ出してしまう。朱瞻基は祖父を山の洞窟へ避難させた。大砲隊は敵軍に撃破され全滅、統率していたのは永楽帝が最も恐れていたエセンだったという。そこで永楽帝は于謙を呼び、マフムードの次の一手は何か聞いた。「山の入り口を死守します、エセンの追撃も続くでしょう 大砲隊は失われ、左右両軍と中央軍は分散してしまった…我が軍は引くに引けない状況です」「中央軍と左右軍をひとつに…」「皇上!深みにはまるだけです!敵に包囲されれば補給を失う!一巻の終わりです」于謙は苛立ちを隠せず、つい声を荒げて諌めた。( ˘ω˘ )分かる分かるわ〜于謙の怒りが〜(←誰?w樊忠が無事に合流した。戦況が気になる永楽帝は急いで表に出たが、中央軍の生存者は1万程度しかいないと知る。漢(カン)王や趙(チョウ)王が率いる三千営は三峡を攻め落とせず、タタールと争ううちに大砲隊が全滅、陣営は50里、後退していた。樊忠は本営に三千営の配備をと進言したが、永楽帝は包囲される危険性があり、左右両軍を呼び戻す時間もないと反対する。「兵を集め、態勢を立て直せ、まだ勝つ機会はある、本営は退かぬ 三千営に告げよ、一歩も引かず全力で戦えと…」誰もが撤退を確信する中、皇帝の無謀な命令を聞いた樊忠は唖然となった。|ω・`)樊将軍が不憫だわ…ハンサムなのに(←関係ないw永楽帝たちは本営に戻った。皇帝の幕舎からは奏状が数冊、地図や模型、兵士の名簿などが盗まれていたが、金目のものは残っている。さすがエセン、戦略に役立つ物だけを奪って行くとは…。永楽帝が幕舎に落ち着くと、朱瞻基は于謙に見解を聞いに行った。今日の敵前逃亡で誰もが落胆する中、少し挽回できれば撤退を提言しやすいという。しかし于謙は鼻で笑った。「今日はまだ良い方です、エセンの攻め方は未熟でした マフムードなら今頃、私たちは捕虜になっていた 皇上が退避する時、大明軍の態勢は乱れ、軍旗も持ち去れなかった 一方、エセンは余裕でした、我らを捕まえようと本営に乱入、軍旗を奪い、三千営まで攻撃した 我が軍は打ちのめされ、収拾がつきません」何より于謙が恐れたのは次に来るマフムードの襲撃だった。「奴は仕損じません、今の状況で大明軍の撤退は難しい マフムードの攻撃を受ければ山海関(サンカイカン)へ逃げ延びることも困難… 大砲隊を台なしにされ、本営と左右軍は切り離されたのです 私がマフムードなら数日中に全面攻撃に出る 勝算を考える時ではありません…勝機はとうに逸した…命を守ることが最優先です! 今すぐ皇上を帰途に、残った軍隊で応戦させれば軍の基盤は保てる さもなくば…60万の大軍は消えます、皇上が戦死でもすれば取り返しがつきません」一方、宮中では床に伏せった皇太子に代わり、皇太孫嬪・孫若微(ソンジャクビ)が政務を取り仕切ることになった。皇太子の側近である楊士奇(ヨウシキ)・楊栄(ヨウエイ)・楊溥(ヨウフ)は困惑し、寝たきりの皇太子がどうやって奏状の返事をするのか訝しむ。若微は自分が奏状を見て要約を口頭で伝え、皇太子は身振り手振りで意思表示をしていると説明した。「署名は私が模倣を…」「それは将来、問題になるやも…」3人の重臣は規則に反すると難色を示したが、若微はこの国難の時に模倣が駄目なら3人が六部の官吏を連れて皇帝のいる草原へ行くしかないという。まだ若い皇太孫嬪にやり込められた3人はおとなしく席に着くと、早速、若微は奏状の裁定を伝えた。「太子爺は兵站(ヘイタン)を楡木川(ユボクセン)に置きたいと…蒙古語でウジムチン 輜重(シチョウ)営から最も近く、見晴らしのいい高地で往来時に敵を監視できます 騎兵も動きやすく、攻防に有利です…」するとそこで若微は折子を閉じ、話を続けた。「戸部に通知し、直ちに設営を 北方の備倭(ビワ)兵から精鋭を2万ほど選び、楡木川で皇上を向かえるようにと…」この件は楊栄が引き受けた。「太子爺が江浙(コウセツ)で購入した湿布と柴胡(サイコ)散、風寒(フウカン)散が斉化(セイカ)門に到着しました …優先して戦地に運ばせてください、特に風寒散は冬に不可欠です」これは楊士奇が引き受けた。若微は永楽帝に皇太子の病状を伝えたか確認した。楊士奇は皇太子妃の要望で密書を送り、控えもあるので見せるという。しかし若微は密書なら見ないと断り、それにしても皇帝から返事がないのは妙だと言った。すると3人は顔を見合わせ、複雑な表情で黙ってしまう。若微は最後に皇太子と相談して自分の名前で皇太孫に文を書いたと説明し、早馬で届けて欲しいと頼んだ。「慰めは必要ありません、太子爺も太孫を帰さないのは戦が劣勢だからだと… 戦況の報告をいつまで隠すおつもりですか?」楊士奇は仕方なく事実を伝えた。すでに大砲隊が潰され、左右両軍と敵軍はこう着状態、皇太子の身体に障るかと黙っていたという。若微も皇太子にはひとまず茶を濁しておくと伝え、軍報は自分が預かって皇太子の体調が良い時に読んで聞かせると決めた。「私では心もとないでしょうが、どうかご容赦ください」しかし3人は、若微のような賢妻が皇太孫を支えてくれるなら幸いだと喜んだ。そんな中、戦地では幕舎の永楽帝が昏睡していた。朱瞻基は自分が風邪を引いたことにして軍医を呼び、樊忠だけに皇帝の様子がおかしいと教える。「許可なく誰も通すな…」軍医は永楽帝に鍼治療を施した。朱瞻基は早急に軍医の幕舎を近くに移すと決め、祖父の病状を口止めしておく。「爺爺(イエイエ)はどれくらい悪いのだ?率直に申せ」「瀕死の状態です」一方、第2皇子・朱高煦(シュコウク)と第3皇子・朱高燧(シュコウスイ)は雪山で身動きが取れずにいた。そこでひとまず2人は本営に戻り、父の指示を仰ぐことにしたが…。永楽帝はようやく目を覚まし、朱瞻基は安堵した。「医官によると血の巡りが悪く、静養が必要だそうです」しかし動くと激しく胸が痛んで起き上がれず、永楽帝は自らの死期が近いことを悟る。そこで朱瞻基に寝台の下にある書簡を読ませ、実は皇太子が重病だとようやく知らせた。「書簡はずい分前に届いたが…お前を手放せなかった…」朱瞻基はこらえきれず、嗚咽を漏らす。 。゚(∩ω∩`)゚。イエイエ…「イエイエ…もう帰還を…あとは私が引き受けます、北京でしっかり療養してください」すると永楽帝は皇太子が兵を交代させ、山海関を抜ければ朱瞻基に忠実な部隊がいると話した。「太子爺…フッ…頭角を現してきたな、抜け目がない」「爺爺、父上は爺爺に二心など持っておりません、今すぐ帰りましょう 爺爺と父上がいる限り天下は安泰です」「そうとも限らぬ…お前の二叔と三叔はどうするか…私の懐に奏状がある、取り出せ」その奏状は以前、和尚の姚広孝(ヨウコウコウ)が記した大明の国運に関する予言だった。…占星術によれば100年に3度、大変が起きます…辛丑(シンチュウ)の年に一変…飛龍、天に在る時、皇太子が急死し、天下は覆るでしょうこれはまさに″靖難(セイナン)の役″を示唆していた。…庚寅(コウイン)の年に一変…群雄が角逐(カクチク)し、天地は血に染まる、兄弟も宮廷にて血みどろに争います…甲午(コウゴ)の年に一変…白竜魚服(ハクリョウギョフク)して9年…昇り詰めた龍は地に落ち、返り血を浴び、報復の殺戮が繰り広げられます永楽帝はこの予言書を朱瞻基に託し、かつての誓いを忘れないよう釘を刺した。「お前の手を身内の血で染めてはならぬ…」しかしそれ以外のことは運に任せるしかないと話し、その奏状を子孫に引き継ぐよう頼む。そこへ朱高煦と朱高燧がやって来た。朱瞻基は慌てて涙を拭いたが、背を向けたまま拝礼することもできない。父が横になっている姿を見た朱高煦と朱高燧は困惑し、外で待った方が良いか聞いた。すると永楽帝は何事もなかったかのように身体を起こし、あと10日でオイラトを攻略できなければ楡木川まで撤退するという。「太子爺がこれ以上、金は出せぬと申しておる…おとなしく帰ろう」永楽帝は立ち上がって息子の元まで歩き、2人の肩に手を回した。「…良い天気だ、共に馬で駆けよう」驚いた朱瞻基だったが、叔父たちの手前、何も言わずに拝命した。永楽帝は無理を承知で雪山を馬で駆けた。息子と孫と高台に並び、眼下には美しい雲海が広がる。すると朱高煦はあれが狼居胥(ロウキョショ)山だと教えた。「現地ではハイルハンと呼ばれ、霍去病(カクキョヘイ)ゆかりの山です!」「ならばそれ以外の山は?」「遠すぎて行ったことがありません…」永楽帝は思わず、短い人生ではかくも広大な地を見る暇もないと漏らした。こうして永楽22年、朱棣(シュテイ)は第5次北伐の終結を宣布し、楡木川にて病に倒れてしまう。楊士奇は楡木川へ駆けつけた。永楽帝の目が覚めるのを待つ間、朱瞻基は父の病状が落ち着いていると聞いて安堵する。ほぼ寝たきりの状態だが、安静にしていれば2年は生き長らえるとか。楊士奇はともかく皇帝を早く北京で養生させる必要があると訴えた。しかし永楽帝が頑に拒んでいる。すると楊士奇は自分と一緒に来た備倭兵の大将が皇太子府の者だと話し、どんな命でも従うと言ってくれていると伝えた。楊士奇は永楽帝の幕舎で謁見した。永楽帝はもう65歳になったと話し、それでも目を覚ます度に20代の若造のように感じるとおどけて見せる。共に年を取り、声を出して笑い合う2人、すると楊士奇は皇帝の労苦を子供たちに分け与えるべきだと進言した。しかし永楽帝は都には戻れないという。実は戻りたくても戻れないと分かっていたのだ。すでに激しいめまいで歩くのもままならず、心臓は刺すように痛み、もはや自分の命は風前の灯火だという。永楽帝は死期を悟り、楊士奇に大事を託すべく呼んだのだった。楊士奇は皇太子がまだ2年は生きられると報告した。今も皇太子は皇太孫嬪を通じて意思を示し、賢明な判断ができるという。しかし政(マツリゴト)に関与した女子は死罪に処される運命、永楽帝はなぜ皇太子が若微を巻き込んだのか分からなかった。「帰ったら太子に伝えよ、″宮正司を処刑しろ″と」楊士奇は便宜上の措置だと訴えたが、永楽帝は退けた。そもそも皇太子がそんな状態で即位すれば、必ずや惨劇を招くだろう。永楽帝は国事を誤ることはできないと話し、朱高煦を即位させたいと言った。そして皇太子一家に良き逃げ道を作るよう頼む。「汚名を残したくない、″永楽帝は帝位を簒奪、子孫もその真似をして身内で殺しあった″と」楊士奇は永楽帝の思いを酌み、朝廷が形だけ残っている南京に皇太子一家を移すよう進言した。「聖旨をお書きください、それを百官に知らしめ、祖廟に祭り、漢王と趙王に誓わせるのです ″朱家の者同士で殺し合えば吊るし上げられ、死後も祖廟に入れぬ″と…」「最も適切なやり方だ、奏状を書いてまいれ」楊士奇は幕舎から下がることにしたが、どうしても諦めきれず、突然、平伏した。永楽帝は楊士奇の願いが分かっていたが、もし孫に帝位を継がせれば2人の叔父に殺されてしまうという。「私とて繰り返し考えたのだ…孫に勝算はない」永楽帝は将来、朱瞻基に恨まれることになっても構わないと言った。仕方なく楊士奇は拝命し、幕舎を後にしたが…。つづく※白竜魚服:″説苑正諫″より″白竜が天から下って魚になり泳いでいたところ、漁夫に目を射られた″という故事を引き、伍子胥が呉王の忍び歩きを諌めた→高貴な人が忍び歩きをして卑しい者のために災難に遭うことの例え
2020.08.22
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大明风华 Ming Dynasty第29話「雪中での戦い」朱瞻基(シュセンキ)は無謀だと知っていながら先鋒として三峡に攻め込んだ。壮絶な戦いが繰り広げられる中、落馬した朱瞻基は錘子(ハンマー)で顔を殴打され、崩れ落ちるように膝をつく。そんな朱瞻基に狙いを定めたのは、明の兵士に紛れ込んでいた聶興(ジョウキョウ)だった。聶興はこの機を逃すまいと雄叫びをあげて走り出したが、ちょうど朱瞻基めがけて敵兵の馬が突進して来る。自分の手で朱瞻基を仕留めたい聶興はその馬に体当たりして邪魔者を倒し、ついに剣を振り上げて襲いかかった。その時、明軍の鎧をつけていた聶興は背後からいきなり蒙古兵に刺されてしまう。援軍は危ないところで皇太孫を助け出した。朱瞻基は奇しくも自分をかばう形となって倒れた聶興から手を離さず、一緒に馬に乗せて軍営へ連れ帰る。しかし聶興はもはや手遅れだった。「来世ではお前に私を殺させてやる」そこへ永楽帝がやって来た。永楽帝は朱瞻基の怪我が右腕の刺し傷だけだと分かって安堵し、本営に戻すことにする。その時、天幕の外から雪だと叫ぶ声が聞こえた。永楽帝は帳を開けて表の様子を見たが、その時、立ちくらみを起こしてしまう。驚いた朱瞻基は咄嗟に祖父を支えると、永楽帝は誰にもいうなと口止めした。とぼとぼ歩き出した永楽帝、その背中を朱瞻基は心配そうに見守る。すると急に祖父が振り返った。「撤退は口にするな、私は決して負けぬ」|ω・`)、イエイエ…明軍が苦戦を強いられている頃、東宮には漢(カン)王妃と趙(チョウ)王妃が偵察に来ていた。2人は皇太子妃・張妍(チョウケン)と札遊びに興じながら、それとなく皇太子の病状を探ろうとする。「太子爺は兵部を太子府に移し、会議も屋敷で行なっているとか?朝廷も同然ですよね? …私たちに情報のひとつもくれないとはあんまりです」「太子爺に公務の内容をお尋ねすることはできません」皇太孫妃・胡善祥(コゼンショウ)は咄嗟に助け舟を出したが、漢王妃の目は冷たい。「太子妃は太子がご無事だから尋ねない、でもあなたは違う、太孫は戦場よ? 夫の命に関わるのに気にならないのは一体なぜ?」そこで張妍は漢王と趙王の安否なら2人とも無事だと教え、ただし軍の機密事項や部隊の配置、後方支援のことは知らないと言った。「太子を連れてくるから直接、聞いてみたら?でも口外は厳禁よ? もし情報が漏れて皇上が罪に問うても守ってあげられないから」すると漢王妃は国の大事について聞くなど恐れ多いとごまかし、趙王妃と帰ることにした。張妍は胡善祥に2人を見送るよう頼んだ。すると門を出た漢王妃は胡善祥に今夜、屋敷に来いと命じる。「漢王に言われているわよね?私たちからの頼みは断るなと…」朱高熾(シュコウシ)の病状は悪化していた。皇太孫嬪・孫若微(ソンジャクビ)はそんな皇太子を補佐し、その日も山のように届く奏状を読み聞かせ、裁定を代筆する。「″アルクタイ残党、討伐の件″…」「ふっ、まだ″討伐″などと言っておるのか…山海関(サンカイカン)の部隊は動けぬ ″皇上が撤退をお考えながら、撤退兵を迎えに行く 大同に晋陽、宣化や山海関、その一帯からの敵の侵入を防がねばならぬ″…そう記せ」若微は筆を走らせると、次の奏状を手にした。するとその折子だけ紐で封じてある。若微が不思議そうに紐を解いてみると、朱瞻基からの私信が入っていた。朱高熾は一年も音沙汰がなかった息子の手紙に思わず顔がほころび、早速、読んでくれと急かす。しかしそれは私信と呼べるものではなく、撤退を許さない祖父を説得し欲しいと嘆願する奏状だった。…我が軍は窮地に追い込まれています…氷と雪に囲まれ道は滑りやすく、敵にも死傷者は多いが、攻撃の手を緩めません…皇上は撤退を許さず、決戦の機を狙っていますが、めまいも日増しに悪化し、心配でなりません…父亲大人には国の大義により撤退を勧めてください…将軍たちには打つ手がなく、ため息ばかりです、どうかお願いです朱瞻基の手紙はもう一通あった。朱高熾は今度こそ息子からの私信だと期待したが、若微がいきなり泣き出してしまう。…ルォウェイ、私信を送る機会に便乗し、君へ文を送る…聶興が死んだ、私の身代わりにな、幕営に連れ帰ったが、薬もなく、傷もかなり深かった朱瞻基は聶興の骸をヘルレン川のほとりの山に埋葬していた。その場所は失命した大明の将兵が埋葬されているため、今頃、黄泉の国で大勢の勇士たちと宴を催しているだろう。…私を恨まないで欲しい…こたびの戦局は極めて危険な状況だ、もし私が帰還できぬなら、それは良き事なのかも…来世では君と何のしがらみもない普通の民として会いたい…まだ言い足りぬが、どうか元気でいてくれ若微はこらえ切れず、号泣した。黙って聞いていた朱高熾だったが、息子が帰還できないと書いて来たことに衝撃を受け、激しく喀血してしまう。胡善祥は口実をつけて漢王妃の呼び出しを断った。これに憤慨した漢王妃は胡善祥を強引に王府まで引っ張り出し、皇太子の病状を教えるよう迫る。胡善祥は皇太子の身体が優れないのは周知の事実、激務で疲れているのも当然だとごまかした。「信じられない…あなたは誰のものか分かっている?太子爺の体調を漢王が知りたがっているの」朱高燧(シュコウスイ)が幕舎に戻ると、二兄が入って来た。朱高煦(シュコウク)は黙って密書を差し出し、皇太子が自分たちが勝てないと分かって山海関の兵を交代させたと教える。しかし朱高燧は密書を燃やし、山海関にとどまらず、宣化・大同・晋陽も兵が交代していると教えた。今や皇太子の書簡を持たぬ者は通れなくなっている。朱高煦は皇太子の謀反の証拠だと慌てたが、朱高燧はやはり二兄では皇太子の足元にも遠く及ばないと呆れた。「二哥への牽制ですよ、私兵を率いて入って来ないようにね 監国は皇上に代わり国を守るもの、兵の交代も大問題にはならない、過信なされませぬよう…」すると朱高燧は皇太子の情報なら錦衣衛や自分の方が詳しいと言った。一方、漢王妃に脅された胡善祥は憤慨して帰ることにした。「漢王が…」「あなたが私を怒らせたと漢王にお伝えを…」一筋縄ではいかない胡善祥、すると漢王妃は思わず口走った。「皇上の余命は短い…退路を探すのね」朱高燧は二兄が何を企んでいるのか探った。父は帰還できても皇太子を替える精力は残っていない。そんな永楽帝が孫の朱瞻基をそばに置くのは皇太孫を擁立すると明言しているようなものだ。「もう1つ教えましょう、太子の身体は長くはもちません」朱高燧は二兄の情報源が妃だと見抜き、妃を使ったところで情報は得られないと諌める。「二哥への真心があるのは私ですよ~」朱高煦は思わず弟に拝礼し、自分に進むべきを示して欲しいと頼んだ。自分が気に入らないなら朱高燧が即位しても構わないという。「二哥を支持するのは保身のためです、約束してください、決して我々は命を奪い合わないと…」皇太子はいよいよ床に伏せった。侍医の脈診によれば皇太子の身体ではもはや公務は無理だという。そこで張妍は胡善祥と孫若微に朱瞻基を呼び戻すべきかどうか相談した。皇太子に呼び戻したいと相談したところ、息子の面目を守るため反対されたという。すると若微は皇太子が重病だと知る者がごく一部のため、まず皇帝と朱瞻基に軍報で知らせるべきではないかと提案した。実は朱瞻基も私信で皇帝を撤退させる方法を考えて欲しいと頼んできたという。「良き口実になります」「良い案ね…でも太子が反対したらどうするの?」「代筆を務めて日は浅いですが、太子爺の性格は理解しています 何より国事を優先されるゆえ、公務が執れないのなら真っ先に皇上にお伝えしたいはず…」その時、急に胡善祥が口を挟んだ。「万が一…もしもの話です、皇上のお身体も悪かった場合は?」胡善祥の思わぬ言葉に張妍と若微は目を丸くした。「太孫はすぐに戻るべきです、皇上が崩御されたら…太孫は北京で早々に即位できます」その時、張妍が顔を真っ赤にして立ち上がった。「出過ぎた真似よ…後宮の者が内政に干渉することは罪なの、高(コウ)皇帝も鉄碑に刻まれている! 太子爺は慎重に生きて来た、あの人の耳に入れば命はないわ!」確かに国中の精鋭部隊が都を離れている今、朱瞻基が即位すれば靖難(セイナン)の再来になるだろう。「2度と口にしないで、太子爺が築いて来た物を、太孫妃の妄言で壊されたらたまらない! 話が漏れたら…皆殺しにされるのよ!」驚いた胡善祥はひざまずき、慌てて謝罪した。若微も一緒にひざまずいたが、あえて皇太子妃に進言する。「太孫は心配しておりました、皇上に不測の事態が起これば靖難が再来することを… 太子爺は慎重ですが、漢王や趙王は野心をあらわにするはず その時に備えるためにも太孫を呼び戻してください」若微たちが帰ると、張妍は皇太子のそばへ戻った。皇太子にはすぐ良くなると気休めを言ったが、朱高熾は自分の余命がわずかだと分かっている。「急いで瞻基に文を書いてくれ…」張妍は無理に笑顔を作っていたが、ついにこらえられなくなり、嗚咽が漏れぬよう力一杯、手で口をふさいだ。若微が寝殿に戻ると、すぐ胡善祥が訪ねて来た。実は永楽帝が本当に重病で、帰還できないという。軍は漢王が掌握しているため朱瞻基も敵わない、自分たちはここで死を待つしかなくなると…。しかし若微は逃げないと断言した。すると胡善祥は急に帰ってしまう。その夜、戦場は激しい風雪となった。永楽帝はマフムードが明の戦法を把握しているため、おそらく軍を二手に分けてオイラトが中央で指揮をしていると推察する。すると朱高燧が大砲を使えば隠れているオイラトを引きずり出せると提案した。朱瞻基は祖父の耳元で大砲を動かしてはならないと進言、陣形が変われば攻撃を受けやすくなると警告したが、永楽帝はふとある策を思いつく。「大砲隊を千歩、前進させろ、三千営はオイラトの監視を…」さすがに朱高煦も大砲は決して軽くないと訴え、一夜では無理だと反対した。しかし永楽帝は総動員でかかれと命じ、人手が足りないなら自分が行くという。「決して物音を立ててはならぬ、夜が明ける前に陣形を作れ、敵の守備を崩す」翌朝、エセンは祖父・マフムードに自軍の幕営に戻るよう説得していた。「タタールの者は臆病すぎます」その時、タタールのハーンが現れ、最愛の孫を殺されたと剣を向ける。「お前たちのせいで我らの命が危うい!食料も尽きかけている!」エセンは咄嗟に剣を抜いて祖父を守ったが、マフムードは剣を収めるよう諭した。すると突然、幕営に砲弾が撃ち込まれる。明軍が前進するなど予想外だったマフムードは、決して応戦しないよう通達しろと命じた。オイラトが後退し始めた。永楽帝は三千営に出撃を命じ、五軍営は補助を、神機営と弓弩営は中央で守れと命じる。「敵の守備を崩せ」しかしオイラトは後退したと見せかけて山肌に隠れていた。明の右軍は三峡の入り口でタタール軍と交戦、五軍営はウリヤンハイと交戦となった。報告を聞いた永楽帝は漢王の軍にタタールを攻撃させ、大砲隊をさらに前進させると決める。「ダメです!昼間の移動は禁物です!」于謙(ウケン)は大砲隊が明軍の壁のため、動かせば伏兵に攻め込まれると反対した。しかし永楽帝はこの期に及んで伏兵などいないと退け、結局、千歩、前進させるよう命じてしまう。「敵の幕営を撃て」「皇上!マフムードは明の戦法を…」「自滅させるのだ!」永楽帝は于謙の意見に耳を貸そうともせず、手を上げて許可の合図を送った。その頃、マフムードはエセンに仲間を連れて逃げるよう命じていた。激しい砲弾になす術なく、兵の士気が削がれては負けるのも時間の問題だろう。「エセン、逃げるのだ!オイラトの血筋を守れ!」エセンは祖父の命令に従い、一族を連れて撤退したが、その時、明の大砲隊が移動していると報告がきた。今なら明の本営の守りが緩いと気づいたエセンは仲間たちと突撃すると決める。大砲隊は引き返して来たエセンの一向に襲われ全滅、大砲だけが虚しく雪原に残された。永楽帝の本営にオイラトが攻めて来たと急報が届いた。「本営に迫っています!」つづく(  ̄꒳ ̄)こうなってみると老二のとんがり帽子が滑稽に見えて来る(笑それにしても何だかもう色々と…嫌だw
2020.08.21
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大明风华 Ming Dynasty第28話「隠された記録」皇太子・朱高熾(シュコウシ)が喀血して倒れた。そこで皇太子派の楊士奇(ヨウシキ)・楊栄(ヨウエイ)・楊溥(ヨウフ)は3人だけで墨(ボク)侍医と面会する。墨侍医は診察録を渡すと、皇太子には糖尿の持病がある上、昨今の忙しさが災いし、もはや神でも治療できないと匙を投げた。「命の火は消えかけています 養生すれば少しは延ばせますが、このままお身体を酷使なされば、悲惨な結果を招きます」楊士奇は仕方なく診療録を預かることにした。しかし皇族の診療記録は一番に皇帝へ届けなければならず、墨侍医は必要なら写すよう頼む。そこで楊士奇は急ぐなら軍報と一緒に届けるとなかば強引に取り上げ、口止めして墨侍医を帰した。楊士奇は楊栄と楊溥を酒楼の個室に呼び出した。そこでこれから不正を犯すと断り、関わりたくなければ自分1人でやるという。「この診療録は皇上に届けないでおく」今は戦の真っただ中、永楽帝に余計な心配をかけたくなかったが、他にもう1つ理由があった。今回は漢(カン)王・朱高煦(シュコウク)と趙(チョウ)王・朱高燧(シュコウスイ)が参謀、2人は皇帝に届く書簡すべてに目を通すことができる。皇太子の病状を知った2人が野望を抱き、もし帝位争いのために都に戻ったら、皇帝は孤立無援に…。「つまりこの一枚の紙が災いの元となる、端緒を開くのは私たち3人だ」しかし楊栄は楊士奇の勝手な憶測に過ぎないと反論、皇帝が漢王に帝位を継がせる可能性も排除できないと訴えた。楊溥は確かに漢王なら勇敢で頼もしい皇帝になると言ったが、漢王の子で皇太孫より勇敢な者がいるかは疑問だという。「太孫が優秀であることは皇上も認めている、普通に考えれば帝位は太子から太孫へ継がれるべきだ」楊溥は楊士奇に賛同し、杯を空けた。すると楊士奇は楊栄に酒を注ぎながら、自分たちは紛れもなく皇太子派だと告げる。「漢王と趙王、どちらが皇帝になっても、待ち受けるのは流刑と家財の没収だ…」楊士奇に脅された楊栄は苦渋の選択を迫られたが、結局、杯を空けた。「漢王・趙王と親しい都の兵は山東の備倭(ビワ)兵と交代させる 備倭軍の将軍は太子爺が抜擢した者、今こそ使うべきだ 九門と山海関は封鎖する、晋陽(シンヨウ)と大同と宣化(センカ)も同様だ 聖旨を持たざる者は1人も通さぬ」皇太子は屋敷で静養することになったが、政務のことが頭から離れなかった。何より戦地にいる息子を守るため、自分が支援してやらねばならない。皇太子妃・張妍(チョウケン)は夫の身体と息子の命を天秤にかけることなどできず、病を押して書斎へ向かう皇太子を止めることができなかった。一方、戦地は再び雨が降り出した。軍営に戻った朱瞻基(シュセンキ)は大雨になると警告し、神機営に大砲や火薬を片付けるよう命じる。その姿を兵に紛れた聶興(ジョウキョウ)が物陰から見ていたが…。東宮の書斎に楊士奇・楊栄・楊溥が駆けつけた。皇太子は歩くのも辛そうだったが、早速、協議を始める。草原は8月が過ぎれば冷え込んで来るため、皇太子は父の身体を心配していた。「だがすでに兵を分けた、どうやら戦を続けるつもりだろう」「最善の策は兵力を分散させた後、皇上の主力軍を後退させることです 漢王と趙王の三千営は救援が早く、戦闘力も高い、タタールに隙を与えません もし前進すれば、予測もつかぬ事が起きましょう」楊士奇の話は正論だったが、皇太子は父の気性を誰より良く知っていた。とにかく粘り強く、勝ち気、今さら後退させるのは難しいだろう。そこへ山のような軍報が届いた。皇太子は3人の話を聞きながら、一冊ずつ軍報に目を通していた。すると都の兵が交代になったと知り、楊士奇たちの仕業だと勘づいてしまう。4カ所で同時に兵を交代させたとなれば、謀反の準備かと勘ぐられるのは必至、皇太子は思わず3人に首を洗って待つよう命じた。「家族にも別れを告げておくのだ」憤慨した皇太子は居所に戻ることにしたが、楊士奇たちはその場にひざまずいて引き留める。「太子爺、朝廷を乱してはなりません!殿下はお身体が悪く、戦局は不明、 漢王と趙王が野心を持てば大乱が起きましょう 皇上が無事に帰還なされば、私たち3人で自害して償います!」3人は叩頭すると、楊士奇が奏状を差し出した。「そなたが首謀か?」「…はい」皇太子は楊士奇の大胆な行動に驚きながらも、前線の状況がそこまで悪化しているのかと落胆する。そこで楊士奇は必死に皇太子を説得した。永楽帝に後退する気がない上、天候は荒れるばかり、これでは目が見えぬ者が夜半に沼へ近づくも同然だという。もし戦に敗れ、漢王と趙王が挙兵すれば、靖難(セイナン)の悲劇が繰り返されるだろう。その時に収拾しようとしても、どうにもならないのだ。「…4カ所で兵を交代させたことを皇上に隠し通せるのか? 皇上が耳にすれば原因究明のため、戻られるはず…」すると楊栄は前線への軍報が自分の管轄のため、絶対に漏らさないと約束した。確かに2人の弟たちが悠長に構えているとは思えない…。皇太子は何やら考え事をしながら、結局、奏状は受け取らずに門に向かって歩き出した。太子爺!>ʕ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʔ<太子爺!<太子爺!「帰りなさい、他に良い方法がないか考えてみよう」その頃、明の軍営では朱瞻基が二叔の主張する三峡行きに猛反対していた。「三峡を過ぎれば道は狭い!砲車や荷車が立ち往生すれば両脇の山から攻撃される! この道は通れません!」「何という口の利き方だ!」さすがに永楽帝も朱瞻機の言い草を見逃してくれなかった。「今、何と?」「いえ…まぁ~言い過ぎました!」すると永楽帝は三峡を過ぎればタタールの本営にたどり着くことから、両脇の山を抑えるよう命じた。来月になって雪が降り出せば行軍は難しくなる。そこで朱高煦は10万の兵を有する自分と老三が敵の主力をおびき出し、大砲と銃でおさえ込むと言った。朱高燧も多少、道が狭くても自分と二兄の左右両軍が山に登って見張れば良いという。しかし朱瞻基は死地を目指す人に何を言っても無駄だと呆れ果て、これまでの不満が爆発した。「″戦は6月に終わる″と以前、誰もが言っていた もう8月ですが計画は半分も進んでいない…一体、誰が妄言を?」「…私が言った」永楽帝がぼそっと言った。うっかり口を滑らせた朱瞻基は黙り込んだが、ここぞとばかりに2人の叔父から続けろとまくし立てられてしまう。すると朱瞻基は進軍が遅いと嘆き、雨で大砲や銃が使えないなら兵を使って戦い方を変えれば良いと二叔に噛み付いた。「単に愚かなだけです! ウラーン・ホシューンでも私の左右軍は割りを食い、タタールの陣営跡を占拠しただけ しかも4月12日と19日は敵に迫るもオノン川で2度の連敗、こう着状態が4ヶ月も続きました 後方補給はアルクタイに台なしにされ、多くの兵が犠牲に…」「お前は皇帝か!」さすがにしゃくに触った永楽帝が一喝、身の程知らずだと憤慨した。 蒙古の部族が手を組んだが、かえって西や東に移動する手間が省けたというもの、目下の問題は天候で、戦略が失敗したことではないという。「ところでなぜお前は″撤退する″と触れ回った?」「爺爺?!」「″皇上″だ、ここは戦場である…先鋒として三峡を攻めよ、負けて戻れば斬る」「御意!」一方、アルクタイは先月、明軍の補給を断つと約束していたが、未だ果たせていなかった。使者は明軍の攻撃を受けていると説明し、このまま仲間が死に続ければアルクタイの軍は全滅だと訴える。しかしマフムードは孫のエセンに命じて使者を殺した。トクトア・ブハは戦の指揮を任せたが殺しは認めていないと憤慨し、このままでは戦が終わる前に草原が遊牧民の屍だらけになると反発する。他の部族たちもトクトア・ブハに追従したが、マフムードから″ならば投降しろ″と突き放され、ぐうの音も出ない。「三峡での戦いが最難関だ、明軍は全力でかかって来る、三峡を死守すればこの戦は必ず勝てよう」マフムードは部族たちの反感をかわすため、今回の先鋒にはオイラト兵を立たせると言った。「お前たちは道を阻み、主力を明軍の左右に潜ませろ、敵の士気を削げば一気に撃滅できる!」マフムードは次の戦いで勝敗が決まると伝え、散会した。マフムードは三峡の戦いに孫のエセンを参加させないことにした。そして1万の精鋭を一緒に残し、自分が負けた時はオノン川を渡って西へ逃げるよう命じる。「雪が降れば明軍は追ってこない、オイラトの血筋を守るのだ」「…爺爺、私たちは負けると?」「勝ちたいが恐らく無理だろう…エセン、戦場には来るな」その夜、朱瞻基は三峡に向けて発つことになった。于謙(ウケン)は慌てて駆け寄り、皇太孫の意見に賛同すると訴える。「出陣すれば無駄死にです!皇上の説得を!三峡は大明軍に不利な場所だ、武力には頼れません 戦は退くべき時もある、皇上はあなたに八つ当たりしてる!」「今は聞く耳を持たぬ、私が三峡で死んだ時、初めて後悔するのだろう」朱瞻基は于謙が止めるのも聞かず、先発隊を率いて馬を駆けて行った。「いけません!お戻りを!マフムードに大明軍の手法は筒抜けだ!三峡は突破できませんよ!」宮中では皇太孫嬪・孫若微(ソンジャクビ)がこの1ヶ月、皇太子の政務を手伝っていた。そのお陰で自然と戦局が不利だと気付いたが、皇太子は書斎を出たら奏状のことは全て忘れるよう厳命する。すると張妍が漢王妃と趙王妃から質問責めにされたと文句を言いながら帰って来た。「胡善祥(コゼンショウ)がいればはぐらかせるけど、孫小姐ならきっと黙っているだけね!」その時、奥の部屋から若微が現れた。「私は失礼した方がよろしいでしょうか」ばつが悪い張妍だったが、皇太子が家族なので気にするなと取り持った。張妍は王妃たちが前線の状況を知りたがっていると話した。兵部と内閣が太子府に入り浸りで朝廷と化していると嫌みを言われたという。皇太子はどうせ自分に尋ねに来る度胸はないのだと高を括ったが、若微が思わず口をはさんだ。「一度、来れば度胸がつきます…」若微は王妃たちが本当に知りたいのは皇太子の容体だと指摘する。恐らく侍医院から話が漏れたのだろう。すると若微は棚から奏状を持って来た。「食料を輸送する輜重(シチョウ)隊の将校が書いた奏状と吏部が提出した将校の昇進の記録です 職務の履歴も記されています、私が照合したところ、輜重隊の主管数名が漢王の元配下でした よって前線の状況は王妃たちもご存知のはず…」若微は王妃たちがしつこく尋ねるのは皇太子の病状を探るためだと言った。ふと皇太子は楊士奇も自分が倒れれば弟たちが野心をあらわにすると恐れていたことを思い出す。「前線は今が肝心だ、お前たちが一言でも漏らせば大乱が起こる、肝に命じておけ」若微はうなずき、薬湯ができたか見て来ると言って出て行った。張妍は急に不安になって来た。夫に何かあれば大乱にかかわらず、自分と息子が破滅する。「妻子を守るためにも侍医に従って!」「妻子を守るためでなければここまで精を出さない 息子は前線に立ち、私は後方から支える、強い垣根を作れば野犬は入れない 少しでも隙があれば総崩れだ」皇太子は国の機密まで張妍が知る必要はないと話を切り上げ、自分に任せておけばいいとなだめた。すると張妍はなぜ官吏でなく若微に代筆させるのか訝しむ。「…漢王の手下が誰か分かるか?太孫嬪は口が硬く、私の署名も上手に真似る、しかも家族なのだ」いよいよ三峡での戦いが始まった。明軍が大砲を山の斜面に打ち込むのを合図に、朱瞻基たち先鋒隊が一斉になだれ込む。その様子を後方から永楽帝が見守っていた。しかしやがて樊忠(ハンチュウ)は先鋒隊を撤退させるよう嘆願、このままでは全滅すると訴える。「太孫がいます!」「朱家の者は逃げ戻ったりせぬ、五軍営を出せ」朱瞻基は落馬し、激戦の真っただ中に放り出された。その時、明の兵士を装った聶興が向かって来るのが見える。朱瞻基は剣を構えたが、いきなり突進してきた敵の馬と激突、吹っ飛んだ。さらに起き上がろうとした矢先、敵の錘子(ハンマー)で顔を殴打されてしまう。朱瞻基は血を吐きながらふらふらになって立ち上がったが、その場で崩れ落ちるように倒れた。つづく( ๑≧ꇴ≦)最高のパパだった皇太子!そしてここでまさかの聶興?!すっかり忘れていたのにw
2020.08.15
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大明风华 Ming Dynasty第27話「友の正体」その夜、皇太孫嬪・孫若微(ソンジャクビ)はいつものように兵部に詰めている皇太子・朱高熾(シュコウシ)に薬湯を差し入れた。すると皇太子が激しく咳き込んで薬を吐き出してしまい、驚いた若微は侍医を呼ぼうとする。しかし皇太子は侍医を呼べば憶測を招くと止めた。「都の不穏は前線に影響する…」皇太子はそのまま机に向かって皇帝への書簡を書くことにしたが、あまりの苦しさに持っていた筆を放り投げてしまう。若微は咄嗟に床に落ちた筆を拾い、改めて墨に浸してから筆置きに戻した。手慣れた様子を見た皇太子は若微も字が書けると気づき、代筆を頼む。「はあ?ですが…」「いいからここへ…私の言葉をそこに記せ」…皇帝は兵を率いて不毛の地に入られたとか…タタールは一旦、退却したものの、大明(ミン)軍の両翼で反撃の時を狙い、…アルクタイは補給路に潜んでいると聞きました…かような敵軍の戦略は予断を許しませぬ…私は憂慮しています…各敵軍の統率者の中にいる兵法に精通した者が、大明軍を不利な地に追い込むのではないかと皇太子は若微の代筆を確認して満足した。若微が父から習ったという字は女子があまり用いらない字体で、角張っていて力強い。皇太子は若微の父は変わり者だと笑ったが、ふと戦場にいる永楽帝に思いを馳せた。「神のご加護を…お守りください、父上とこの大明を」その頃、寝殿に戻った皇太孫妃・胡善祥(コゼンショウ)は、尚儀局の女官から胡尚儀の異変について報告を受けていた。何でも胡尚儀は不本意な移住のため皇太子妃に暇乞いをしたが、却下されたという。「尚儀大人(ダーレン)は移住後、よく日中に眠り、体罰も行い、横暴になりました 皆が耐えられず、太子妃娘娘(ニャンニャン)に訴えることに…」女官の言い分では胡尚儀の話が小声で聞き取れず、判断力も落ちており、いつも大酒を飲んでいるという。しかし胡善祥は先に皇太子妃に密告したことに憤慨、年老いた姑姑(ココ)を尚儀の座から引きずり降ろそうとする陰謀だと胡尚儀の肩を持った。一方、軍営の于謙(ウケン)は夜番を免れ、よく眠っていた。しかし激しい剣戟(ケンゲキ)の音でふと目を覚まし、寝ぼけ眼で外へ出てみる。すると明の兵士たちが敵軍に襲われていた。天幕の前にはなぜか椅子に腰かけるハシジュスの姿が…。于謙は慌てて駆けつけ、ハシジュスの腕をつかんで逃げようと声をかけた。そこへ明の兵士が現れ、于謙をハシジュスから引き離す。于謙は何が起きたのか分からず、自分をかばってハシジュスに斬り殺される兵士を呆然と見ていた。その時、立ち上がったハシジュスに気づいた敵軍が一斉に拝跪する。「大ハーン!」実はハシジュスはオイラトの可汗・マフムードだった。マフムードは一緒にオイラトへ行こうと誘い、于謙と友になりたいと丁重に頭を下げた。于謙は間髪入れず断ると、明の兵士が于謙を守るためマフムードに挑み、あっさり斬られてしまう。その場に倒れた兵士たちは、息も絶え絶えに于謙に逃げるよう訴え続けていた。「この野営が設けられた理由を知っているか?于謙、お前を守るためだ …この者を殺し、私と行くぞ!消息を絶てる!」するとマフムードは無理矢やり于謙の手に剣を握らせ、その剣で倒れている兵士にとどめを刺してしまう。「何てことを!惨すぎる!信じられん!私を殺せぇぇぇ!」泣き叫ぶ于謙を見たマフムードは連れ帰るのをあきらめ、どちらにせよ書生を殺せば天下の笑い物になると見逃した。「生きて確かめろ、我々のどちらが勝者かを…」胡善祥は密かに胡尚儀の寝殿を訪ねた。すると姑姑は酒瓶を手にしたまま、長椅子で酔いつぶれている。胡善祥は酒瓶を片付け、姑姑の寝相を直そうとしたが、その時、胡尚儀がふと目を覚ました。こらえ切れなくなった胡尚儀は胡善祥から顔を背けて涙し、思わず本音が漏れる。「ゥッ…お前が恋しい…」胡善祥は姑姑の背中に顔を埋め、しばしそのまま一緒にいた。皇太孫・朱瞻基(シュセンキ)が于謙の野営に駆けつけた。兵士は全滅、しかし戦火の中でただひとり生き残った于謙を発見する。「マフムードが…大明の戦法″拐子馬(カイシバ)″を…習得して帰った…」一方、明の軍営にはタタールのハーンであるトクトア・ブハが、兄弟や将軍を率いて永楽帝に謁見していた。トクトア・ブハは自分の仲間が勝手に明の民を傷つけたと謝罪し、牛羊でも金銀でも何でも渡すので軍を撤退させて和睦して欲しいと嘆願する。しかし永楽帝はトクトア・ブハ自身もかつて明の民を害したと指摘した。「永楽5年に遼東(リョウトウ)を略奪しただろう?永楽9年には大同(ダイドウ)城の民を略奪した 1万人以上の男を連れ去り、女や子供を殺めた 永楽11年や永楽12年、さらに永楽15年、自ら兵を率い、辺境の地を奪い取った そして今になって撤兵させろだと?…手遅れだ~」そこで永楽帝は物は相談、償うというなら十数万人を返してくれと迫る。トクトア・ブハは自分の部族が滅亡してしまうと訴えたが、永楽帝はならば自分たちが出向くしかないと言った。こうして交渉は決裂、トクトア・ブハは戦場で会おうと啖呵を切って帰って行く。すると入れ違いで朱瞻基が現れ、祖父に何やら耳打ちした。朱瞻基は于謙が待つ天幕に祖父を案内、外で2人の話を聞いていた。憔悴した于謙は軍馬営が襲われたと報告し、70数名が死んだと落胆する。「マフムードが皆は私を守るために死んだと…」「太孫が兵を率いて助けに行ったとか…そなたが生きていて良かった その高慢な性格を変えて朝臣となれば、価値のある犠牲と言える」「この于謙、ご教示に感謝を…」于謙は叩頭すると、永楽帝は早速、マフムードについて聞くことにした。于謙が出会った時、マフムードは馬夫頭だった。明で20年ほど暮らし、その間に神機営へ行って大砲・銃・火薬を作り、五軍営では城壁を造り、武器を鋳造し、三千営では馬の飼育をしたと聞いたという。「私と兵法を語るのが日課でした この1年は地図を描くことを好み、洪武(コウブ)年以来の大明の辺境での戦法を討論しました 遊牧民で部族が皆殺しになり、飼育係になった、そう思っていたのに… なぜ気づかなかったんだ@俺!」永楽帝はマフムードがあの時、天幕で于謙と一緒に隠れて酒を飲んだ男だと知った。意思も強く、漢族の言葉もうまい、聞くまでもなく肝が据わっているらしい。しかし永楽帝はマフムードが自分の敵となれるのか楽しみにしておこうと笑った。「お前は私の幕営で参謀となれ」「兵法は分かりませぬ」「マフムードに習っただろう?奴は大明の内情を理解した…逆も然りであろう」明軍はいよいよオノン川までやって来た。永楽帝はオノン川を望みながら、遊牧民たちの祖先がここを起点に天下統一したと話す。「この地まで到着できたのは500年来、私だけだ、わははは~ ウリヤンハイにオイラト、タタールは皆、大明の旧友たちだ そして皆が揃い、時は満ちた…今日は全力を尽くすぞ」そして永楽帝は我らの子孫を戦で苦しめぬためにも、敵を破るまで決して戻らないと全軍を鼓舞した。永楽帝の幕営に次々と戦況が届いた。「タタール騎兵隊、出陣!」「神機営、作戦開始!弓弩(キュウド)営は指示待ち!」「三千営、両翼!騎兵は全員、出撃!」「我が軍は敵の攻撃を防ぎ、優勢です!」すると永楽帝が今からタタールを攻撃しろと命じた。こうして明軍とタタールが激突、しかし急に激しい風が吹き荒れ、兵士たちは砂嵐の中で身動きが取れなくなってしまう。誰もが一時、撤退を進言する中、永楽帝は決して認めず、攻めろと発破をかけた。しかしたまり兼ねた両翼の主将が左翼騎兵と右翼騎兵に守備を固めるよう命じてしまう。両翼が守備に転じたと知った朱瞻基は槍部隊が危険だと気づき、引かせて欲しいと嘆願した。これに永楽帝は憤慨、引けば主将を処刑せよと厳命する。拝命した朱瞻基と樊忠(ハンチュウ)は直ちに幕営を飛び出し、前線へ馬を駆けて行った。砂嵐の中、朱瞻基は兵士たちに攻めろと号令をかけた。やがて草原は激しい雷雨に見舞われ、結果、大明軍の死傷者は2万人となる。その夜、軍営に戻った朱瞻基は負傷した兵士を見舞った後、永楽帝の幕舎へ戻った。朱瞻基は両翼の将軍を許して欲しいと嘆願したが、永楽帝は死罪を免じたものの、罰は与えるという。「今季の雨季は早い、雨が降り続ければ神機営は機能せぬ」すると永楽帝は皇太子から届いた書簡を朱瞻基に渡し、よく読めと言った。「お前の父親の言う通りだ、敵にも大明にも策があり、一筋縄ではいかない まだ見ぬこの草原の覇者は、ただ者ではない」一方、マフムード率いる部族のハーンたちは祝宴をあげていた。雨が降れば神機営が動けず、兵力を消耗させる好機になるだろう。上機嫌で酒をあおるマフムード、しかし自分のオイラトの戦力は温存し、タタールとウリヤンハイに戦わせていることから、トクトア・ブハは不満を募らせていた。マフムードは朱棣(シュテイ)が草原を侵略するならオイラトも惜しみなく命を差し出すと訴え、酔った勢いで笑ってごまかしたが…。皇太子が恐れていた事態が現実となった。辺境の部族が手を組んで明軍は決戦の機を逃し、雨が1ヶ月近く降り続いて撤退も叶わず、明軍は死傷者を多く出しているという。補給路をアルクタイに襲われ、物資も送れず、兵部では撤退を検討していた。軍報を読んだ皇太子は動揺し、突然、激しく喀血してしまう。皇太子派の楊士奇(ヨウシキ)・楊栄(ヨウエイ)・楊溥(ヨウフ)は3人だけで墨(ボク)侍医から皇太子の容体を聞くことにしたが…。つづく工エエェェ!!(゚ロ゚ノ)ノ 間者だろうと疑ってはいたけど、まさかのハーン!そして予想外にボロボロだった胡尚儀…( ̄▽ ̄;)
2020.08.15
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大明风华 Ming Dynasty第26話「草原の覇者」永楽19年、明(ミン)は北京に遷都、順天府を首都とし、南京を副都とした。そして新しい宮殿でついに朱瞻基(シュセンキ)の皇太孫冊封の儀と婚儀が行われる。祖父から皇太孫の証しとなる金の冠をつけてもらう朱瞻基、そんな息子の晴れ姿を見ながら、皇太子・朱高熾(シュコウシ)はひどく咳き込んでいた。朱瞻基は婚礼衣装をまとい、2人の妃を迎えた。婚儀では胡善祥(コゼンショウ)が皇太孫妃に、孫若微(ソンジャクビ)が皇太孫嬪にそれぞれ冊立される。嬉しそうに若微を見つめる朱瞻基、しかしそのかたわらで漢(カン)王・朱高煦(シュコウク)が感慨深げに胡善祥を眺めていることなど知る由もなかった。↓何だか若微だけ_ゲフンゲフン若微は朱瞻基の朝の身支度を手伝っていた。朱瞻基は2月になったら祖父と共に出征するため、留守の間は父のところへ通うよう勧める。実は皇太子妃が若微の作る薬を気に入っていた。「ちゃんとお仕えするわ、太子爺(イエ)も私をねぎらってくださる」すると朱瞻基は私的な会話の時くらい父と呼んでくれという。しかし若微は何も答えず、朱瞻基は仕方なく帰ることにした。「私は自分を不吉だと感じるの、太子爺に対して他意はない」ちょうど寝所を出た朱瞻基はふと足を止めた。「不吉だと?」結局、朱瞻基はそれ以上、何も言わず、寝殿をあとにした。軍営の于謙(ウケン)はハシジュスとヘルレン川のほとりに出ていた。2人はまたお互いの戦術で論争していたが、言い負かされたハシジュスは文人らしい机上の空論に過ぎないという。「実際の戦ではそうはいかん! …当時のオイラト兵は士気が低かったのだ、だが今度ここで戦えば違うだろう 草原は我々の故郷だ、ここを離れて住む所はない、オイラト兵の士気を見るがいい」ハシジュスは于謙から酒を奪い取ってあおると、憤慨した于謙は思わずハシジュスを蹴り飛ばし、川に落とした。その時、急報を知らせる騎馬兵が現れる。「軍営を撤去する!全軍に告ぐ!警戒態勢に入れ!」永楽帝と共に出征した朱瞻基は人馬と医療体制の確認のため于謙の軍営にやって来た。今回は炎天下の行軍、そこで朱瞻基は医官に必要な薬を包装して兵站で渡せるよう指示し、特に重要な止血剤と金創薬は調合後に自分に見せるよう命じる。しかし医官は人手不足を訴え、粉にして包装するには2ヶ月かかると訴えた。朱瞻基は命懸けでやれと厳しかったが、医官がとりあえず風寒散を配布してはどうかと提案、それで手を打つ。また馬政(バセイ)には先鋒隊を出して適当な場所に馬屋を設けるよう命じ、軍馬には夜に塩を加えた飼料を与えるよう指示した。すると馬政も労役馬の世話だけでも人手不足だと訴える。朱瞻基は人を増やすよう指示し、問題があれば軍法で裁くと容赦なかった。「ここへ来る途中、ある部隊が騒いでいた、″馬車に載せている箱はどれも将校の荷物だ″と… 戦場に荷物は必要ない、それとも棺おけ用の箱か?!」于謙は思わず失笑し、朱瞻基に睨まれてしまう。朱瞻基は誤りがあれば軍令官を罰すると発破をかけて解散した。そこでちょうど天幕を出ようとした于謙を捕まえる。「飼育官ごときがなぜ笑った?」「太孫爺が部下を威圧して嫌われたようなので…失礼を」「ふう~皇上の命令なのだ、気遣いなどできぬ」すると于謙は軍に入って色々なものを見たと言った。この軍営の将校たちは靖難(セイナン)をきっかけに財を得た者ばかり、馬政の部下は多いが実際に働いている者は半分もいないという。「こうした状況を皇上もご存知なのでは?軍の改革をしようにも戦はもう目前です」「…皇上に真実を言う者はおらぬ、嫌われても負け戦よりましだ それより今度、私を冷笑したら鞭をくれてやるぞ」そんなある日、北方へ進行する明の軍営にオイラトから親書が届いた。首領の孫・エセンが使者として来訪すると書かれていたが、その意図は分からない。ただ永楽帝は″草原の名将″と呼ばれるエセンに興味があった。ちょうどそこへ朱瞻基が戻って来る。「″敵を知り己を知れ″… こんな年寄りでは軽く見られるかもな、もっと勇ましい姿がいい…お前が会え!」「はいっ!…ってえっ?」朱瞻基は反射的に了承してしまい、将軍たちの失笑を買った。「しかし…何を話せばいいのですか?」「何でも構わん、威圧すればよいのだ」オイラトのエセンが明の軍営に到着、永楽帝に謁見した。オイラトは明との友好を希望し、永楽帝に力添えしたいという。皇帝役の朱瞻基は今回の敵が国境を脅かしているタタールだと言いつつ、侵略にはオイラトも加担しているといきなり怒号を響かせた。エセンは一部の勝手な行動であり、首領は命じていないと釈明、自分たちが先鋒を務めると申し出る。「先鋒と言うが、何人の兵がいる?」「有能な兵士が4000余人です」4千とか…どっ!>ʕ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʔ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʔ<わははは~「明軍は100万だぞ?4000では話にならぬ、気持ちだけもらっておこう タタールに紛れたオイラト人に退避するよう告げよ」「はい、爺爺からの贈り物を持って来ました、軍馬500頭と羊2000匹です」「爺爺はなぜ来ない?」「爺爺は病床に…落馬して1ヶ月も床に伏せております」「…治療の助けが必要なら何なりと申せ」エセンが幕舎を後にすると、永楽帝が姿を現した。そこで樊忠(ハンチュウ)将軍を呼び、エセンに褒賞を与えて丁重にもてなすよう命じる。「エセンに尋ねよ、″大明の皇帝にどのような印象を持ったか″とな」大役を果たした朱瞻基はようやく緊張が解けて上機嫌だったが…。樊忠が幕舎に戻って来た。エセンは褒賞に驚いた様子で、飲み食いしながら″皇帝万歳″と叫んでいたという。ただ例の質問には妙な答えが返って来たと報告した。「″やはり大明の皇帝は勇ましそうな方だった、だがそばにいた老兵こそ真の英雄だ″と…」その答えに永楽帝の顔は急に強張った。「エセンは?」「帰りました」「帰っただと?…奴を帰してはならぬ、追え、連れ戻せ!オイラトと敵対しても構わぬ!」若くして武勇の気風があったエセン、永楽帝はエセンの観察眼に驚きを隠せず、大事を成す男だと恐れた。「天は大明に味方せぬと言うのか…」(ヾノ・∀・`)イヤイヤイヤ…普通、永楽帝がおじいちゃんだって知ってるっつーのw朱瞻基は祖父の憂いを消すため、樊忠たちと共に軍営を飛び出した。迫り来る蹄の音に気づいたエセンは危険を察知、配下に散開して帰還するよう命じる。そこで朱瞻基も樊忠たちに別れて追うよう声をかけ、ひとりエセンを追った。エセンは林の中に身を隠し、後からやって来た朱瞻基を矢で狙った。しかし朱瞻基は危機一髪のところで矢を避けることに成功、物陰から逃げ出したエセンを再び追う。こうして2人は並走しながら騎射での戦いになった。なかなか決着がつかない中、ついにエセンは矢を使い果たし、朱瞻基が残りの一本をつがえる。エセンは必死に逃げ出したが、朱瞻基は馬を止めて狙いを定め、エセンの背中に命中させた。朱瞻基は落馬したエセンを探すため、馬を歩かせた。ちょうど低地に落下したエセンは咄嗟に自分の背中に刺さった矢を抜くと、それをつがえて朱瞻基を狙う。対峙する朱瞻基とエセン…。しかしエセンは矢を放たず、馬に飛び乗って去って行った。一方、東宮では若微と胡善祥が義母となった皇太子妃と札遊びに興じていた。初めての若微は戸惑うことばかりだが、胡善祥がうまくとりなしてくれる。「そういえば大明軍はウラーン・ホシューンの戦いで敵を撃破したとか…」胡善祥は頃合いを見て皇太子妃の茶を新しい茶と取り替えながら、密かに次の札を入れ替えた。「太子爺は兵部に通われていますが、太子府で公務をなさっては? 太子爺のお身体に何かあっては大変です」すると胡善祥はわざと皇太子妃が欲しがっている札を捨て、皇太子はその札を取る。そして新しい札をめくると、金の孔雀が出た。「太子妃~またいい札を当てられましたね~私たちは負け続けで札を配るばかりです~」若微は胡善祥の手腕に呆気にとられていたが、そろそろ皇太子の薬を煎じる時間だと気づいた。皇太子妃は若微に薬を任せて送り出した。そこで胡善祥に胡尚儀のことで相談があると切り出す。実は遷都の直後で仕事が多いというのに、胡尚儀は床に伏せてばかりだという。「皇族の親戚だからなの?」「…すぐに対応を」「あなたは皇太子妃になる身、長男の嫁には家を仕切る役割がある 助けとなる者が必要になるわ、1人では大変よ?」監国を任された皇太子は兵部に詰め、戦況の報告を受けては重臣たちと協議した。「皇上は戦勝を受けて兵を分けるつもりらしい…私には得策に思えぬがな …もし兵を分けるとしたらどのような方法がよかろう?」すると楊士奇(ヨウシキ)は左右に分けて漢王と趙(チョウ)王が指揮し、永楽帝がオノン川を渡ると提案する。そこで皇太子は早速、模型に移動して確認することにしたが、オノン川の対岸の地形図がなかった。と言うのも誰もそこまで行ったことがなく、永楽帝が対岸まで行くなど予想外だという。そんな中、楊溥(ヨウフ)だけは分散に賛成し、左右の軍が連携して挟み撃ちにできると進言した。しかし楊栄(ヨウエイ)が問題は敵軍だけでなく、雨季になれば行軍できないと反論する。もちろんその前に大明軍が勝利すれば話は別だが…。楊士奇は熟慮が必要だと進言し、アルクタイからの書簡を取り寄せた。実は昨年、オイラトに君主を殺されたアルクタイから援軍を要請されたという。そのアルクタイが永楽帝の出征後に500里、移動していた。説明を聞いた皇太子は、アルクタイが明軍の退路を断つつもりだと気づく。楊士奇は模型に軍法による最新の敵の位置を示した。「斜め前にオイラト、正面にタタール、右にウリヤンハイ、補給路にアルクタイがいる 大明軍は袋小路に入ります」「…では決まりだな」(* ゚ェ゚)よく分からないけど…次に行くよw皇太子は永楽帝へ書簡を代筆させた。「ウラーン・ホシューンでの勝利は慶次であり難事です タタールは退却したものの、ウリヤンハイとオイラトが明軍の左右に駐留 アルクタイは補給路の近くにおり、予断を許しません、雨季が来れば補給は困難です 敵が連合すれば火器の展開も難しくなり、劣勢は必至…どうかご熟慮を」すると楊士奇がその後に付け加える。「兵を分けるならオイラトとウリヤンハイを攻撃すべきです 大勝は難しいですが、今、退却すれば、五丈原(ゴジョウゲン)の諸葛亮(ショカツリョウ)になりましょう 軍営を築き、兵力を蓄え、勝機をうかがうのです」オイラトの兵力は未だ不明だった。敵の自称では4000人、明の軍報では3万人だという。永楽帝が指揮する中央軍には精鋭が60万人だった。楊士奇はもし分けるとしたら左右それぞれに10万人だと仮定する。「敵が来るなら返り討ちにしてやる!雨さえなければ大明の大砲と銃にかなう者はありませぬ」しかし黙って聞いていた皇太子が苦言を呈した。「だが忘れるな、草原に覇者が生まれると敵の部族は統一して動く、覇者が全体を動かすのだ それこそが最も恐ろしいことだろう」于謙は夜中にハシジュスに起こされ、軍馬の世話を手伝わされた。機嫌が悪い于謙は投げやりに餌を配りながら、敵が何万いようと明軍の大砲や銃で圧倒できると断言する。しかしハシジュスは軍馬に塩を与えながら、それは想像に過ぎないと言った。「もうすぐ雨が降るぞ?…ここはオイラト人の故郷だ」するとハシジュスは于謙を休ませ、夜番を買って出た。その夜、若微は兵部の皇太子に薬を届けた。そこで皇太孫妃の提案だが、皇太子府で公務をしてはどうかと進言する。皇太子は相変わらず咳き込みながら、自分の屋敷で兵部の会議を行えば謀反を疑われても仕方がないと教えた。若微は規則より人命の方が大切だと諌めたが、その時、皇太子が激しく咳き込んで薬を吐き出してしまう。驚いた若微は侍医を呼ぶことにした。しかし皇太子に戻ってこいと叱られてしまう。「こんな夜中に侍医を呼べば、朝までに宮廷中に知れ渡るぞ…」つづく( ゚д゚)ええーっ?!ハシジュス…でも何でオイラト人が明軍で働いているの?
2020.08.08
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大明风华 Ming Dynasty第25話「旅立ち」観兵式が無事に終わり、永楽帝・朱棣(シュテイ)は幕舎に戻った。そこで皇太子・朱高熾(シュコウシ)が持って来たという杜甫(トホ)の″兵車行(ヘイシャコウ)″の掛け軸を皆で見ようという。まさか卓の下に于謙(ウケン)とハシジュスが隠れているとは知らずに…。朱瞻基(シュセンキ)が詩を詠み終わると、永楽帝はまだ若い頃に徐達(ジョタツ)大将軍の北伐に従軍したことを思い出した。淮東(ワイトウ)と淮西(ワイセイ)、洪沢(コウタク)湖一帯は本来、耕作が盛んだったが人煙は見えず、雑草が家の中のかまどまで覆い尽くしていたという。敵軍はその土地で馬場を作り、屍を埋めて肥料としていた。「今でも忘れぬ、盛夏の7月だったが、あの辺りは薄ら寒かった 辺りに漂う魂の嘆きに、十数万の兵がむせび泣いた… 徐達大将軍は私に″十数年後、我々の子孫は唐詩や宋詞を知らぬだろう″と言った」すると永楽帝は席を立って机の前に出た。皇太子の奏上によれば兵部には金がなく、毎年の戦で財政が逼迫(ヒッパク)しているという。それでも敵の侵犯を許すわけにはいかなかった。永楽帝は自分1人でも戦うと訴え、長城を越えさせてなるものかと奮起する。「私は行く」「爺爺(イエイエ)、お供します、私が異民族を平らげてみせましょう」朱瞻基がひざまずくと、漢(カン)王・朱高煦(シュコウク)、趙(チョウ)王 ・朱高燧(シュコウスイ)らも追従し、共に戦い抜くと誓った。 すると永楽帝がいきなり剣を抜き、卓を突き刺す。于謙とハシジュスは肝を冷やしたが、剣は運良く2人をすり抜けていた。「賊軍を倒さずして帰還ならず… 太子爺に伝えよ、軍心の向かう方向は曲げられん、戸部に再検討させよ」↓朱瞻基の衣が迷彩風(^ꇴ^)永楽帝は食後の後に神機営に行くと決め、卓を換えるよう命じて幕舎を出ることにした。兵士は早速、卓を持ち上げたが、その時、いち早く朱高燧が于謙とハシジュスを見つける。「何者だ!」趙王の怒号で振り返った永楽帝は、すぐ曲者の1人が于謙だと気づいた。「その格好は?」「お答えします、私は皇上に小司馬に任じられました」于謙は正直に酒を盗み飲みしていたと白状し、罰としてハシジュスと一緒に高所から吊り下げられてしまう。朱瞻基は帰り際、楊士奇(ヨウシキ)になぜ父が観兵式の日に祖父を怒らせたのか尋ねた。楊士奇の話では金欠は事実で、今までは何とかやりくりできたが、今年は遷都に婚儀、出征まで重なり、父も帳尻合わせに苦労していると知る。「太孫爺は口を挟まぬよう…明日、私から上奏します、これ以上、皇上を怒らせてはなりません 太孫の地位が盤石なら太子も安泰、肝に命じていてください」しかし祖父の話を聞く限り、戦を中止させるなど不可能だろう。すると楊士奇が兵部は戦の先行きを案じていると言った。「こたびの敵は一体、誰なのでしょう?タタール?オイラト?ウリヤンハイ? …それさえも分からず、大軍を動かすのは危険です」楊士奇の見解を聞いた朱瞻基は不安をかかえながら、門衛に于謙たちを下ろすよう命じて馬を駆けて行った。永楽帝が朱瞻基を連れて寝宮へ戻ると、すでに朱高熾が待っていた。「演習場でお咎めを受けたと報告を受けました 兵部と戸部と合同でつぶさに検討を重ね、出征を中止すべき理由を奏状に14個したためました」すると永楽帝は孫の婚儀の費用がつつまし過ぎて不憫だと同情し、もう少し上乗せしてやれという。また戦が終わった後、皇位継承の準備をすると持ちかけた。しかし皇太子は退かず、豪華な褒美をもらおうと意見は同じだという。「…老大、堅いことを言うな~知っておろう?私は老い先が短い」「父上は全国の精鋭を掌握しておられます、父上に万一が起き、国が転覆すれば、それこそ災いです …この賭けの危うさはお分かりのはず」「半年で良い?どうだ?」「ダメです!」「では3ヶ月は?」皇太子は兵を動員して3ヶ月で戻れるのかと失笑し、まるで子供騙しだと呆れた。何より高齢の父にとって塞外(サイガイ)の酷寒は身体に障るという。その一言が永楽帝の癇に障った。「文武百官の中でお前だけが異を唱えておる!敗戦するとでも?!」「強行なさるなら私は止めません、ただ1つだけお聞きください 父上は人が1代で成すことを、たくさん成し遂げました、天下を少し休ませてください」そこで永楽帝は控えていた朱瞻基を呼び、意見を聞いた。「よく考えよ!あ?軽率に決めるな?大明の未来はお前に懸かっておるぞ…」永楽帝は朱瞻基に圧力をかけたが、孫は期待に反し、平伏している父の隣でひざまずいた。「どうか先入観はお捨てになり、戸部と兵部の大臣たちを協議を… 個人の好みで国事を決めてはなりません、爺爺の名声が汚れれば害しかないのです」朱瞻基はもちろん出征するなら自分が先陣を切ると言ったが、まずは再考して欲しいという。すると永楽帝は2人を追い払い、ひとり寂しくしゃがみ込んだ。朱瞻基は儲秀(チョシュウ)宮に孫若微(ソンジャクビ)を訪ねた。実は祖父から若微と一緒に順天(ジュンテン)を視察して来いとの勅命だという。自分たちの婚儀は遷都のあとで行うらしい。また鶏鳴(ケイメイ)寺の和尚・姚広孝(ヨウコウコウ)も同行することになっていた。祖父の命で順天の寺院を選ぶという。「そうだ、胡善祥(コゼンショウ)とは気が合うようだな?いいことだ」朱瞻基はその足で胡善祥を訪ねた。「君とはゆっくり話したことがないな… 遷都を控えており、しばらく会えなくなるが身体に気をつけよ …母は君が好きだ、暇な時は母の住まいを訪れてやって欲しい」「太孫こそご自愛を、私は宮中で育ったので作法をわきまえています 太子妃への挨拶は欠かしません」「はお」姚広孝の出立を前に永楽帝は鶏鳴寺を訪ねた。すると永楽帝は卓に置いてあった籤(クジ)を手に取り、急にジャラジャラ振り出始める。驚いた姚広孝は籤を取り上げて投げ捨てると、数十万の人命と国の未来を籤で決めるつもりかと声を荒げた。「今さら運に頼ると?神や仏が本当に見ておられるなら、なぜ天災や飢饉が多発するのです?! …籤などデタラメだっ!」←まさかの全否定( ̄▽ ̄;)その頃、軍営では北へ向かえとの勅命が伝えられていた。姚広孝は朱瞻基が永楽帝に意見したと知って安堵した。率直に言って朱瞻基が永楽帝に媚びないことは喜ぶべきことだという。しかしこうして永楽帝が迷いを捨てきれないのは、戦地で死んで笑われるのが怖いからだろう。すると永楽帝は君主なら国の犠牲となってしかるべきだと否定した。「それより国事を誤れば一大事だ、大明は繁栄しておる、万理を羽ばたく少年のごとくな 私の失敗で影響が及んでは困る」姚広孝は永楽帝の演説に拍手を送って茶化し、言葉だけで異民族は鎮まらないと迫った。「戦場で命を落としても子孫が敵を討ってくれます!」そこへちょうど朱瞻基が現れ、2人の話は中断してしまう。朱瞻基は準備が整ったと知らせにやって来た。永楽帝は順天の視察を朱瞻基に任せ、昌平と房山一帯の寺を修復させるよう頼んで送り出す。すると姚広孝がふと立ち止まり、手を合わせて深々と頭を下げた。「皇上、行って参ります…お達者で」「和尚!極楽と地獄、どちらへ行く?」「ふふふ…私はもちろん地獄です、地獄で皇上を救えるのは私だけですから」姚広孝は高笑いしながら出かけて行った。「なるほど~そうか、それを聞いて安心した」永楽帝はどちらにしても和尚とまたすぐ会えるとつぶやいた。順天への道すがら、馬車の中で若微はなぜ綱渡りをするのか和尚に聞いた。すると騎乗の朱瞻基がその話は長い上に信用ならないと文句を言って偵察に行ってしまう。「私は天竺より伝わる外道をずっと学んできた、外道も″道″の1つだ 煩悩の静め方が極端なだけである 1代目の門主は修行にうってつけの洞穴を房山の断崖に見つけた 経典を携え、縄を渡って洞穴に入り、そこで涅槃(ネハン)の境地に至ったのだ あれは唐の神龍年間、則天武后が即位した年だ 60年後、2代目の門主も同じことをやり、代々継承された しばらくの間、綱渡りの技は途絶えたが、私の代となった 私が訓練するのは、あの洞窟にある経典を見たいからだ、今生の夢である」 洞穴には綱渡りでしか行けなかった。集中力が試され、精神を鍛えられない者が経典を手に入れても、悟りは開けないだろう。しかし朱瞻基はこの話を信じていなかった。「私もです」「ふっ、この話は私たちの秘密に」その夜、若微たちは宿に泊まることになった。朱瞻基は酒を持って若微の部屋を訪ねたが、その時、窓を蹴り破って刺客が現れる。刺客は聶興(ジョウキョウ)だった。朱瞻基と刺客は激しい攻防を繰り広げたが、やがて錦衣衛が駆けつけ、聶興は逃走してしまう。しかし朱瞻基は旧友が挨拶に来たに過ぎないと告げ、捜索を止めた。若微は灯りを手に宿の近くを探していた。すると橋の下で腕を怪我した聶興を見つける。若微はひとりで上手く止血できない聶興に代わり、腕に紐を巻きつけてやった。「彼は気晴らしに私の部屋でお酒を飲むけど、1瓶あけたら自分の部屋に戻って寝るわ 明日の宿は河北の高陽県よ、殺したいなら私を殺して」「夫婦の絆は強いな、奴の身代わりに?彼を殺してはダメなのか?」「そうよ、殺せない」若微はすでに遺児の第一団が都に戻って来たと教え、自分が身代わりになれば遺児から感謝されるが、皇太孫を殺せば新たな犠牲者が出るだけだという。「すべて終わったことよ」しかし聶興はいつまでも過去の恨みにとらわれ、身動きが取れずにいた。未だ靖難(セイナン)の犠牲者のために己を奮い立たせ、見えない敵とひとり格闘している。すると聶興は自ら短剣で頰を斬り、血を流した。「奴に伝えろ、朱家父子の悪夢は始まったばかりだと…」若微は聶興を説得できず、無力感から橋のたもとにへたり込んだ。そこへ朱瞻基が現れ、若微に外套をかけてやる。「部屋に戻ったら飲み直そう」しかし若微はその場をなかなか動けなかった。朱瞻基一行は無事に順天に到着、早速、朝から新しい皇宮の建築状況を視察した。すると若微が午後から寺を選ぶため和尚と房山へ登ると伝える。何も知らなかった朱瞻基は一緒に行くと言ったが、和尚から若微だけ来いと言われたとか。朱瞻基は寺選びに何を隠すことがあるのかと笑い、2人で行って来いと言った。若微は老和尚が房山で綱渡りの練習をすると思っていた。しかし姚広孝はこれが本番であると教え、今日こそ洞穴にたどり着いてみせるという。「…なぜ太孫ではなく私を?」「あいつを呼んでもぶざまな姿を見せるだけ、そなたは大らかだ」姚広孝は戦で死んで行く者たちがやり残したことを悔やむように後悔したくないという。すると若微はふと不安になって足を止めた。「…皇上は?皇上はご存知ですか?あなたの″旅立ち″を…」「皇上とて戦で死ぬ覚悟はできている、ふっふっふ」山頂にある岩には本当に縄が張られており、遥か向こうは霞がかかって見えなかった。姚広孝は護衛の錦衣衛たちにふもとで待つよう命じてから、若微に短剣を渡す。「私が目的地に着いたら縄を切って欲しい、途中で足を滑らせた時も切るのだ ここで起きたことは誰にも言うな、ふっ…姚広孝はこの世から消える」若微は思わず失笑し、自分が渡り終える前に切るかもしれないと言った。しかし姚広孝は″靖難の役″という罪から逃れられないと吐露し、もし若微が途中で縄を切ったとしても、それで償ったことになるという。「縄が切れなければ、私はそなたに許されたということ、すべてが満ちる」「…ずるい人ね」すると姚広孝は縄に飛び乗った。「老和尚!縄の上を歩いて何を悟りましたかーっ?!」「時折、世の中の万事万物を理解したように感じるが、一方で何も知らないと感じることもある」その頃、昼寝をしていた永楽帝はふと目を覚まし、なぜか急いで寝宮を出た。総監・鼻涕(ビテイ)は何事かと慌て、とりあえずお付きの者たちを引き連れて後に続く。すると永楽帝は空を仰ぎ、しばらく雲ひとつない青空をじっと見つめていた。姚広孝は順調に綱を渡っていた。やがて若微の肉眼では姿が見えなくなる。「老和尚!到着しましたか?!」しかし姚広孝から返事はなく、若微は縄を切り落とした。つづく( ̄▽ ̄;)若微…綱切るの早くない?編集上の問題かしら?w
2020.08.07
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大明风华 Ming Dynasty第24話「苦しい決断」永楽帝・朱棣(シュテイ)は孫若微(ソンジャクビ)が″靖難(セイナン)の遺児″だと知っていた。愛を選ぶか権力を選ぶか迫られた朱瞻基(シュセンキ)は、思い悩むあまり高熱を出してしまう。相談を受けた徐浜(ジョヒン)は本人の意見を聞くべきだと助言、若微を呼んだ。すると2人の話を聞いた若微は永楽帝に会わせ欲しいという。「3日以内に会ってくれなければ自害し、後顧の憂いを断つ…皇上と2人のね」若微が出て行くと、朱瞻基は若微を会わせる前に先に自分が話をすると決めた。翌朝、朱瞻基は祖父に謁見を願い出たが、門前払いだった。仕方なく回廊でひたすら待ち続ける朱瞻基、何度も追い返されるがあきらめる様子はない。やがて総監・鼻涕(ビテイ)は丸一日ひざまずいている皇太孫を心配し、出直すよう説得した。しかし朱瞻基は高熱でぼんやりしながらも首を横に振り、拒む。すると食糧の輸送計画を詰めていた楊士奇(ヨウシキ)・楊栄(ヨウエイ)・楊溥(ヨウフ)たちも帰って行った。鼻涕は仕方なく永楽帝が静まったら呼ぶと声をかけたが、朱瞻基は最後にもう一度だけ頼んで欲しいと訴える。「今から言うことを伝えれば、必ずお会いになる…」鼻涕は皇太孫がいとま願いに来たと報告した。するとようやく永楽帝は朱瞻基の謁見を認めてくれる。朱瞻基はふらふらになりながら殿内へ進み、祖父に心に秘めた思いをすべて伝えたいと言った。「爺爺(イェイェ)は間違っています…靖難の虐殺は大間違いでしたぁぁぁーっ! 建文(ケンブン)の忠臣も忠臣です!私たちはこの借りを必ず返すべきです…ゥッ…」「…つまり私は許されぬ罪を犯した重罪人だと?」「いいえ…」「″建文の忠臣も忠臣″か…ならば私は?天下一の逆賊か?…大した度胸だ」朱瞻基は思わず顔を両手で覆って泣き崩れたが、開き直ったのか急に失笑した。「あはは…はぁ~…私に問いました いつか孫小姐(シャオジェ)の身分を問われたら、どう説明するのかと? 本当にその日が来たら、天下におお~声で告げます!″私の妻は靖難の遺児だ″と! 私と孫小姐はすでに過去と向き合い、仇敵との和解をお互い望んでいます 私は祠堂を建て、知らしめるのです…方孝孺(ホウコウジュ)は忠実で模範的な学者だと… これこそ帝王の気概と度量なのでは?違いますか? 爺爺は領土と人材がお好きです、領土は戦により得ることができます では人材は?何年もかけ、やっと大明の士気や文化が回復するのでは?! 爺爺はご自分の行いに″後悔はない″と…本当ですか? だとしたらなぜ苦労して建文を探し、会ったのです? 私は孫小姐を裏切れません、私の命と替えてでも…爺爺には過去と向き合って欲しい…」「…孫小姐にも話したのか?」「はい、爺爺に会いたいと…3日以内に会ってくれぬなら自害するそうです 後顧の憂いを断つために… 爺爺は靖難の遺児と知りながら婚姻をお許しになった…爺爺のお考えは分かっています」全て言い尽くした朱瞻基はそこで帰ることにした。しかしその時、急に永楽帝が口を開く。「…今までお前は何の話を?分からぬ…まったく理解ができぬ、何を言っている?」「( ゚д゚)へ?」朱瞻基は孫に正論をぶつけられ、思わず高笑いした。「若者に対抗してはならぬな」永楽帝はへたり込んでいる朱瞻基の前にやって来た。「お前にはかなわぬ…」すると朱瞻基は安堵したのか、顔をぐちゃぐちゃにして泣き出してしまう。「方孝孺のために祠堂を建てても構わん、だが私を極悪人にするなよ?こう言うのだ… ″永楽帝は人生で大罪を犯し、また大功も立てた 何十年もの間、心が休まる日はなかったのだ ある者は国賊だと罵っていた またある者は永楽は戦を好み、軍事に金をつぎ込み、国と民を顧みなかったと″…」しかしそこまで言った永楽帝は急に苛立ちを隠せなくなった。「…私が質素に暮らし、戦場では苦労したと後世の者は知らぬっ!」思わず声を荒げてしまった永楽帝、ばつが悪そうに髭を撫で回していると、朱瞻基が祖父の袂を引っ張って止める。「爺爺はお独りではありません、私が後世に伝えます…(*゚▽゚)*。_。)*゚▽゚)*。_。)ウンウン」「…もう寝る」そこで朱瞻基は丁重に拝礼し、下がった。ひとりになった永楽帝はすっかり疲れて寝台に腰掛ける。するとまた大きな手で眉毛を撫でながら、酒が飲みたいとこぼした。軍に配置された于謙(ウケン)は馬小屋にある藁におから漢(カン)王・朱高煦(シュコウク)が指揮する騎兵隊の演習を眺めていた。ハシジュスは何事かとはしごを登ってみたが、何が面白いのか分からない。「兵書に記されている戦法です、書で得た知識だけでは浅い、実際、見てこそ分かる 今の皇上はこの騎兵戦術でアルクタイを破り、全勝しています」しかしハシジュスはアルクタイが負けたのは間抜けだったからだと反論、意見が分かれた。若微は永楽帝に謁見し、嫁ぐと決めた以上、命は惜しくないと言い放った。ただなぜ自分が遺児だと知りながら永楽帝が生かしているのか分からないという。すると永楽帝は説明するのが難しいとため息をついた。「…つまり、私や建文の代の過ちだ」若微は永楽帝の口から″過ち″という言葉が飛び出し、いささか面食らう。「若者にツケを回してしまった、史官に厳しく評価されても受け入れる、面倒を後世に残せぬ 初めて会ったのは園遊会だったな…その時に思ったのだ そなたの目に映る私はそれほどまでの悪人ではないのかもと… お互いに重荷を下ろし、家族になれるかもとな 私の孫はそなたを深く想っている、そなたを救うため命を差し出すと…そなたは? この家との間にある確執を諦めることができるか?」「…もちろんです」若微は叩頭してそう答えた。その夜、ハシジュスは于謙に自分の戦術を説明した。しかし于謙にあっさり論破され、腹いせに不意をついて于謙の首を絞めてしまう。↓ハシジュスと于謙て似てない?wそんなある日、皇太子・朱高熾(シュコウシ)は冤罪で収監された解縉(カイシン)の様子を見に行った。すると解縉は椅子に貼り付けにされ、拷問を受けたと知る。実は解縉は夜番が眠れないほど泣き叫んでうるさく、拷問でようやくおとなしくなったという。皇太子は哀れな解縉に同情し、皇帝の親征が終わるまでの我慢だと言い聞かせ、帰ることにした。しかし解縉は皇帝が軍の幸運を祈って近々、大赦を行うと聞きつけ、すでに刑部に自分の名も載せるよう頼んだという。「皇上に却下されたら口添えしてください」どうやら解縉は自分がいかに浅はかなことをしたのか、気づいていないようだった。「お前は賢いのかバカなのか分からぬっ!」永楽帝は特赦の名簿を見るや否や、趙(チョウ)王・朱高燧(シュコウスイ)を呼びつけた。「なぜ解縉の名がある?!釈放する気か?…いくらもらったあぁぁ!」父の怒号を聞いた朱高燧は困惑し、刑部の名簿なので見ていないと訴える。そこへちょうど皇太子がやって来た。永楽帝は解縉の件だと思ったが、朱高熾は習っていた書が進歩したので持って来たと伝え、兵部と戸部が精査した出征費用の内訳もあるという。「刑部が特赦の名簿を持って来たが、見たか?」「いいえ、皇上への奏状は太子府ではなく、尚書房に直接、届けられますので…」すると永楽帝は皇太子にも名簿を見せた。朱高熾は解縉の名前を見つけると空々しく驚き、解縉の件は冤罪であり、一介の学者にとって牢獄暮らしは耐えられなかったのだろうとかばう。そこで永楽大典の編纂に免じて放免して欲しいと嘆願、平民として故郷に帰してやって欲しいと上奏した。「うむ、確かに解縉は死罪に値しない、あの者は身体が弱いゆえ、牢は耐え難いのだな? ではこうしよう、老三、お前が牢へ行き、生存を確かめよ、その後、処置を決める」「拝命しました」朱高熾は戸惑ったが、永楽帝にとって刑部の者が解縉に買収された事実を見逃すわけにいかなかった。朱高燧は拘束されていた解縉を解放し、酒と料理を振る舞った。喜んだ解縉だったが、やがて急に意識を失ってしまう。「誰か、解縉を雪の上に置くのだ…」朱高燧の命令で解縉は凍りつくような寒さの中、外へ放り出された。「よく見ておけ、身体が硬直したら牢に戻すのだぞ、明日、報告を…」今日は観兵式、永楽帝が演習場に現れ、各兵営の訓練の成果を見た。まずは三千営の主将である漢(カン)王・朱高煦(シュコウク)が実践さながらの見事な騎兵戦法を披露する。ちょうどその頃、馬小屋では于謙とハシジュスが馬の準備に追われていた。するとハシジュスが酒を飲みに行こうと誘い、強引に于謙を引っ張って行ってしまう。ハシジュスは酒を大量に積んだ荷車を発見、于謙と一緒にそれとなく兵士たちに紛れ、天幕に酒樽を運び入れた。するとハシジュスは兵士たちが引き上げたと見ると、勝手に酒樽を開けて飲み始めてしまう。驚いた于謙は死にたいのかとハシジュスを蹴飛ばしたが、つい誘惑に負けて一緒に飲み始めた。すっかり良い気分になった2人はもう酒を飲む手が止まらない。しかしその時、運悪く永楽帝一行が戻って来た。于謙とハシジュスは逃げ惑うが出口がなく、仕方なく幕で覆われた皇帝の机の下に潜り込んだ。席に着いた永楽帝は2人に気づく様子もなく、皇太子が持って来た杜甫(トホ)の″兵車行(ヘイシャコウ)″の掛け軸を見ようという。そこで朱瞻基は巻物を開き、音読した。…君聞かずや 漢家 山東の二百州…千村 万落 荆杞(ケイキ)を生ずるを…健婦の鋤犂(ジョリ)を把(ト)るも…禾(クワ)は隴畝(ロウホ)に生じ 東西なし…また秦兵 苦戦に耐えうるを…駆られること 犬 鶏に異ならず…長者 問えど 役夫 恨みを申(ノ)べず …かつこの冬の如きは 未だ関西(カンセイ)の卒を休めず…県官 租を急くも 出でん…男を生むは悪しく 女を生むは好き…女を生まば比鄰(ヒリン)に嫁す 男を生まば百草に随(シタガ)う…君見ずや 青海の頭(ホトリ)…古来 白骨 人の収むるなく…新鬼は煩冤(ハンエン) 旧鬼は泣く…曇り 雨湿る時 声 啾啾(シュウシュウ)たるこの詩を机の下で聞いていた于謙は…。つづく(꒦ິ⌑꒦ີ)イエイエ…メンドクセー(笑最後の杜甫の″兵車行″は戦を嘆いている詩ですどうやら皇太子は今回の戦に反対しているようですね詳しい解釈が知りたい方は検索してみてください
2020.08.01
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大明风华 Ming Dynasty第23話「暴かれた出自」永楽帝は科挙に合格した于謙(ウケン)を奇才と認めながら、軍に配属した。于謙は馬の世話を任されたが、そこでハンジュスと知り合い、酒をご馳走になる。ハシジュスは一風変わった書生を気に入り、自分の家に住まわせることにした。「ハシジュス大哥、よき酒ですが、もうなくなった…」「少し待て、明日また探しに行く」胡善祥(コゼンショウ)は念願叶って朱瞻基(シュセンキ)から如意を受け取った。すると翌朝、女官の豆子(トウシ)が駆けつけ、心眉(シンビ)たちが悪い噂話をしていたと報告する。昨夜、胡善祥の親友である心眉は、皇太孫妃の決定に沸き立つ女官たちを集めて祝宴を開いていた。ちょうどそこに心眉が現れる。驚いた豆子は気まずそうに出て行ったが、心眉はどうせ豆子も皇太孫妃と一緒に宮殿に移りたいのだと言った。今回の秀女選びの儀で決まったのは皇太孫妃と皇太孫嬪、まだ答応(トウオウ)と美人(ビジン)の座が6人ずつ空いている。「あわよくば見初められようとしているの…」しかし胡善祥は女官たちを姉妹同然だと言って事実上、黙認し、連れて行く女官の人選は心眉に任せると言った。心眉はすっかり気を良くし、すでに従妹の安歌(アンカ)たち4人を宮殿に連れて行くつもりだという。「安歌は美人で品行方正だから、太孫爺に口添えしてちょうだいね?」心眉は恐れ多くも如意を手に取り、羨ましそうに眺めながら言った。「…もちろんよ、本当に太孫が気に入れば安歌の地位も上がるはずよ?ニッコリ!」喜んだ心眉は明日の引越しの準備なら万全だと言った。永楽帝の寝宮では重臣たちが集まり、軍事会議が行われていた。すると兵部畑の楊士奇(ヨウシキ)は、漢(カン)王・朱高煦(シュコウク)と趙(チョウ)王・朱高燧(シュコウスイ)が考えた計画をことごとく批判する。「ここは2つの河に挟まれ、道も狭く、大軍を置くには不相応です!」朱高煦と朱高燧は兵部がいつも反対すると憤慨、戦の経験もなく、後方支援もできないと反発した。しかし楊士奇は2万理を超えて物資を運ぶとなれば輸送隊の護衛や食糧も必要となり、敵からの攻撃も受けやすい上、冬は道も滑りやすく運搬も遅れると皇帝に訴える。永楽帝はそれまで静観していたが、やはりこの戦は避けられないと反対意見を退けた。「趙が匈奴(キョウド)を追撃した時、秦は城門を開け、共に何万理も追撃したとか… 今より物資の供給は困難だ…古(イニシエ)の者が成せたなら我々も可能だ」心眉は昨夜の祝宴で、胡善祥が汚されて漢王府から戻ったと仲間内に口を滑らせていた。その夜、胡善祥は2人で食事をしたいと心眉を呼び出し、なぜそんな噂話をしたのか問い詰める。「本当に汚れていたら、あなたにも責任が及ぶのよ? 太孫妃の経歴は偽りとなり、私の世話をするあなたも罰せられる 私が死を賜ったら、あなたは?共に首を吊るか、毒酒を飲むのよ?それなのにあなたは… 私が漢王府からどう戻って来たのか、まるで見ていたかのように話したの? 皇子を誹謗すれば、罪になると承知よね?…あなたの家に問題はなくとも九族皆殺しになる」驚いた心眉は慌ててひざまずき、酔った勢いで出任せを言ったと言い訳した。そこで仲間たちには自分の作り話だと釈明して来ると涙ながらに訴える。しかし胡善祥は急に笑い出した。「あははは~そんなに怯えないで、からかっただけよ」「これからはもう何も言わないと約束する!あなただけに従うわ!私を見捨てないで!」「見捨てたりしないわ、私のたった1人の親友だもの、バカね…もういいの、泣かないで さあ立って、お酒を注ぐから…飲んでちょうだい」心眉は椅子に腰掛けると、慌てて酒を飲み干した。すると胡善祥は席を立ち、戸を開ける。「ふと思ったの…特に持って行く物はないと 女官の衣は着られないし、安っぽい首飾りも笑われるだけだから 荷造りした物はどれも必要ないわ…」「確かにそうね…でも私の衣や従妹の装飾品が…ゥッ!」その時、心眉は急に苦しみだし、倒れてしまう。「ハァ~…人は変わるものよ、私に不利な噂を流した代償は払ってもらう」その頃、朱瞻基はいつものように祖父の寝支度を手伝っていた。すると永楽帝が皇孫妃に選ばれなかった孫若微(ソンジャクビ)の様子を聞いて来る。朱瞻基は祖父に感謝していたと教え、若微は如意をもらえなくても気にしていないと言った。「父君を亡くし、落ち込んでいます」「うむ…もどかしいのだろう、敵を討てない、お前と私、どちらも殺せぬ 靖難(セイナン)の遺児は誠に才がある、奇跡だな」それまで笑顔だった朱瞻基だったが、祖父の言葉を聞いてみるみるうちに顔色が変わった。永楽帝は若微が靖難の遺児だと知っていた。腰を抜かすほど驚いた朱瞻基は祖父の前に這いつくばったが、あまりの恐ろしさに身体の震えが止まらない。永楽帝は朱瞻基から身分を明かすのをずっと待っていたと話し、結局、こうして自分が尋ねるまで明かさなかったと落胆した。「お前にとって私とあの女子ではどちらが大切なのだ?」「…爺爺に従います!」「孫小姐(シャオジエ)は?」「その…ゥッ…彼女を見ると心が痛むのです…分かりません」「なぜ如意を渡さず、別の者を選んだ?」「・・・・」「瞻基、お前にとって権力と愛、どちらが大切なのだ?正直に言えば叶えてやる 婚儀の時や冊封の時も、太子となる時もだ、さらにこの寝台で眠る時にも、問われるのだぞ? 彼女の出自を…どう答える気だ?説明できるか?爺爺にもできぬのに! ハア~女のために進む道が見えなくなったのか?!いつか自滅するぞ!」「爺爺、騙したことは間違っていました…お願いです、どんな罰も受けます 太孫の座につけずとも、彼女の命はお助けください」「孫小姐の命乞いか?」「″己の言動には責任を取れ″と父上が…約束は必ず守ります 爺爺の命を守り、建文(ケンブン)にも会わせた人です 私の命と引き換えに彼女をお守りください」「愛と権力を共に手には入れられぬ、孫小姐を愛しているなら生きる場所を与えてやる 建文と同じように朱姓を捨てろ、平民となれば自由となれる 爺爺が皇帝でいる限り、支援してやれる、権力が欲しいなら覚悟を決めよ、孤高となることを」永楽帝は号泣する朱瞻基に屋敷へ戻り、良く考えるよう命じた。翌朝、胡善祥が身支度を整えていると、突然、胡尚儀が現れた。胡善祥は姑姑の顔を見られず、背を向けていたが、胡尚儀がいきなりひざまずき、祝辞を述べる。「御前女官である六局一司、すべての者がお祝いいたします、末長く長寿でありますように」一方、朱瞻基は東宮の前の宮道でうずくまったまま朝を迎えていた。ようやくふらふら屋敷に入ると、ちょうど中庭で父・朱高熾(シュコウシ)が剣舞を稽古している。「おいおい、尚服局の者が礼服を作るから採寸したいと…」「…来世にします」意気消沈している息子に驚いた朱高熾は慌てて張妍(チョウケン)を呼んだが、2人が見ている前で朱瞻基は倒れてしまう。胡善祥は儲秀(チョシュウ)宮で姉と過ごした。まさか生き別れた姉妹が偶然、再会を果たし、同じ男に嫁ぐことになるとは…。胡善祥はこんな芝居のような話はないと笑い、姉と皇太孫との馴れ初めを尋ねた。すると若微は正直に好きな人がいると告白する。「でも結ばれない…神様には勝てないわ、だから神様に従うしかないの 数十年だけの我慢よ、眠ったり死んだりして、目を閉じれば誰の姿も見えない…」胡善祥には良く分からなかった。宮中から出たことがない胡善祥にとって好きになる価値がある男と言えば皇太孫しかいない。「人を好きになるってどんな感じなの? 犬も猫も飼ったことがないし、分からない…でも姐姐のことは好きよ!」「私も好きよ…ふふふ」「男の人を好きになる感覚ってどんな感じなの?」「例えばあなたの心に胡桃のような硬い殻がある… ある日のある出来事やある言葉が金槌となり、その殻に穴を開ける その人は穴から入り、心に留まるの…」「姐姐?…意味が分からないわ」分からないんか~い!ε=≡( 「ε:)ノ朱瞻基は高熱を出し、寝込んだ。心配した朱高熾は張妍が侍医の見送りに出ている隙に、永楽帝と何があったのか聞き出すことにする。「これで懲りたであろう、なぜ爺爺と建文の仲介に入った?…面倒事を引き受けおって お前は賢いとでも二叔や三叔とすら渡り合えぬ」朱瞻基は自分で解決すると強がったが、父からどちらにしても朱瞻基の罪は家族にも及ぶと言われてしまう。するとようやく朱瞻基は重い口を開いた。「孫…小姐は…靖難の遺児なのです…それが爺爺の耳にも…」「それアカンやつや…」←とは言ってませんw朱高熾は想像以上の大ごとに呆然となった。父は逃げ道を与えない、朱瞻基が自分で何とか逃げ道を作るしかないが、そんな余地はあるだろうか。「爺爺は皆に難題を与えるのが好きだが、心の中は誰も読めない…爺爺の心を見抜くのだな」その夜、女官が若微を迎えに儲秀宮へやって来た。何でも皇太孫が重病で若微に会いたいと言っているとか。若微は早速、出かけたが、皇太孫の部屋で思いがけず徐浜(ジョヒン)と再会した。奥には寝台でぐったりしている朱瞻基がいる。「大事件だ…君の身分を爺爺が知った…なぜ隠していたのかと…決断を迫られている…」まずは徐浜に相談したが、若微の意見を聞けと言われて呼び出したという。すると若微は2人にとって手駒だった自分の意思など関係なく、勝手に決めればいいと捨て鉢な態度だった。そこで徐浜は、永楽帝が遺児の監視をやめて都に戻し、子にも科挙を受けさせていると教える。そのせいで朝廷では老臣や将軍の不満が極限に達しており、婚儀の時に若微が靖難の遺児だと明かされれば騒然となるだろう。永楽帝は当然、非を認めず、その時は若微を罰する、だから密告者は今を狙ったのだ。「最後の方法は…私が太孫の身分を剥奪され、両親は乱党として流刑にされることだ 建文の末路より悲惨だな…爺爺は出征を控えている、都の不穏など許さぬ」一方、胡善祥は漢王から物置部屋に呼び出されていた。すると朱高煦は自分のお陰で朱瞻基が胡善祥に如意を渡したと教える。「そなたのために私は最も重要な情報を売ったのだ…太孫嬪は靖難の遺児だ そなたのためにこの牌(ハイ)を出すのは惜しかった …そなたには知っていて欲しいのだ、私がいなければ虫けら同然の人生を歩んでいたと だがあの日を境に変わった、私とそなたは一蓮托生となった、私はそなたの味方だ」漢王はすでに胡善祥の身辺の者を買収し、使者にしていた。重要なことは使者を通じてやり取りできるという。「話はそれだけだ」しかし胡善祥が出て行こうとした時、朱高煦が言った。「私がひざまずき、挨拶する日が来るかも…″皇后″と呼んでな」胡善祥は思わず振り返ると、意味ありげに微笑む朱高煦を恨めしそうな目で見て帰って行った。徐浜はこの件を漏らしたのが漢王だと見抜いていた。つまり漢王を従えられれば解決することができるが、朱瞻基は二叔父が誰の命も聞かないと分かっている。「爺爺以外には従わぬのだ…」徐浜は自分が話すと言ったが、朱瞻基は同じ遺児として永楽帝に重用されている徐浜では自ら命を差し出すようなものだと止めた。「やはり私が話をする」「それは漢王の思うつぼだ、太孫が遺児を娶ったと自ら認めたことになる」すると若微が口を開いた。「…私を皇上に会わせて」つづく(  ̄꒳ ̄)永楽帝が朱瞻基を叱責する場面何が言いたいのかよく分からず、そのまま興しときました…(汗
2020.08.01
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大明风华 Ming Dynasty第22話「如意の行方」今年の科挙に合格した于謙(ウケン)は泥酔状態で皇帝に謁見、その上、朝廷批判と取れる詩を詠んでしまう。しかし永楽帝・朱棣(シュテイ)は断罪せず、翌朝、正気に戻った于謙に論文を書かせて真価を見極めることにした。論文を見た永楽帝は于謙が紛れもなく奇才だと見抜いたが、そんなことはおくびにも出さない。すると示し合わせた朱瞻基(シュセンキ)がひざまずき、于謙を親征に同行させるべく軍に配属するよう嘆願、教育係を買って出た。「皇上に感謝せぬか?首があって幸いだ」于謙はてっきり不興を買ったと思い、叩頭してふてくされながら退席した。永楽帝は于謙を朱瞻基に預けると決めた。しかし天下の逸材は暴れ馬も同様、簡単には手なずけられない。「矯正も強化もして良いが殺してはならぬ あの男はお前を助ける薬となり、護身府となろう」永楽帝は于謙が朱瞻基の臣下になるのは天の恵みだと言った。于謙には真実を求める才があり、直言する勇気もある。すると永楽帝は于謙の書いた論文を朱瞻基に渡した。「ここには王道と覇道が書いてある、よく学ぶが良い」朱瞻基は回廊で待っていた于謙と合流、軍に連れて行くことにした。「学識はあるのになぜ礼儀知らずなのだ?皇上に口答えするなど誰に教わった?」「子供の頃、手相を見てもらい、″逆紋(ギャクモン)″があると言われました 不興を買い、30歳前に殺される定めです」「今、何歳だ?」「もうすぐ30です」「はあ~なるほど、お前を守る者がいなければとっくに死んでいたぞ? 偶然だな、私も逆紋がある…ふっ、私に殺されるなよ?」すると2人は顔を見合わせ、思わず失笑した。胡善祥(コゼンショウ)は最後の望みをかけ、漢(カン)王府を訪ねた。修練場へ案内された胡善祥は漢王の前でひざまずくと、贈り物の箱を差し出して平伏する。「高価すぎて頂けません、″分不相応な幸いは災いとなる″… 贈り物は気に入りましたが、安心して受け取れません、お許しを」すると朱高煦(シュコウク)は″分不相応な幸い″とは胡善祥のような女官が秀女になるということだと声を荒げた。しかし胡善祥は平民でも志願できると言い返し、漢王の推薦をもらえるなら必ず恩に報いると誓う。「なぜ私が力になると思うのだ?」「まだ誰も推薦なさっていません… 漢王爺ほどの高位であれば、その推薦が通らぬことはありません」「…良い度胸だ、気に入った」一方、儲秀(チョシュウ)宮の孫若微(ソンジャクビ)はちょうど夕餉の時間だった。そこへ朱瞻基が現れ、向かいに座る。すると波斯(ハシ)国から朝貢されたという巨大な真珠を机に置き、これを若微の冠にはめるよう勧めた。しかし若微は穴を開けるのが惜しいからと朱瞻基の手元に置くよう頼む。「2人のどちらが持とうと同じでしょう?でも感謝します」朱瞻基は相変わらずよそよそしい若微に困惑し、誰かと口論でもしたかと聞いた。若微はすぐ徐浜(ジョヒン)のことだと気づき、陛下に言われて会いに来てくれたが、もうそんな必要はないので追い返したという。「…私たち2人でちゃんと話さないか?」「どんなお話でしょう?」「君が楽しくなることを…」朱瞻基は孫愚(ソング)が安心して旅立つために自分に約束させたと教え、その約束を守るつもりだと伝えた。自分たちの関係は若微が思うほど陰謀に満ちていない。朱瞻基は若微と分かり会いたいと訴えたが、若微は愛想程度にうなずくだけだった。「元日の朝廷では大臣たちが″与民更始(ヨミンコウシ)″と言って祝う ″すべてを新たに始める″という意味だ ″我を棄てるは昨日の日 留むべからず 我が心を乱す者は今日の日にして煩憂(ハンユウ)多し″」朱瞻基は席を立ち、若微のそばにやって来た。「今日、話してくれなければ明日まで待つ、今年が駄目なら来年まで待とう…」仕方なく朱瞻基は帰ることにしたが、ふと若微が声をかけた。「父上と何の約束を?」「君の幸せだ…」朱瞻基は振り返らずに答えて出て行った。↓姉妹の運命はいかに?!夜が更けても胡善祥は屋敷に戻って来なかった。心眉(シンビ)から報告を聞いた胡尚儀がすぐ漢王府を訪ねたところ、修練場に案内される。修練場の前では漢王妃が呆然と立ちすくんでいた。しかし胡尚儀の挨拶を聞くや否や、振り向きざまに思い切り胡尚儀を引っ叩き、憤慨して出て行ってしまう。胡尚儀はおおよその見当が付き、修練場の戸を開けた。そこにはあられもない姿で横たわっている胡善祥の姿が…。胡善祥は激しく抵抗したのか、顔まで赤く腫れていた。胡尚儀はともかく胡善祥に自分の外套を着せ、背中に隠しながら何とか尚儀局までたどり着く。そしてぼろぼろになった胡善祥を介抱しながら、胡尚儀はこれまで感じたことのない憎悪に襲われた。翌日、若微は東宮を訪ね、初めて皇太子妃・張妍(チョウケン)に謁見した。回廊で待つ朱瞻基は気が気でないが、そこへ父の朱高熾(シュコウシ)がやって来る。「何を話しているのだ?お前の母親と話が弾む人間は珍しい」「中に入って様子を見て来てください、″昼食は?″と言えばいい」「もっと良い口実はないのか?」実は若微は張妍に馴れ初めを聞かれていた。そこで出会いは朱瞻基が骨董店の捜査をした時で、その埋め合わせに詔獄(ショウゴク)へ連れて行ってもらい、天牢に数日、泊まったと話す。また皇太孫だと知ったのは矢で朱瞻基を射ようとした時で、本人から聞いたと説明した。張妍は目を丸くしていたが、普通の感覚では2人を理解し難いと言いながら笑う。「婚儀後はすぐにでも世継ぎを、これは朝廷の定めよ …女たちが取り合っているのは男の愛ではなくて自分の命なの、覚えておいて」「肝に命じます」「以前、あの子はあなたのことを″罪人だ″と言っていたわ」「私は罪人です、刺客の一味でした…ふふっ、入内しなければ罪を問うと言われました」「クスッ、それは驚いたわ、来て…」朱瞻基が無理やり父を部屋に押し込もうとしていると、母が若微を連れて出て来た。そこで朱高熾は、楽しそうに何を話していたのか聞いてみる。しかし張妍は教える必要ないと答え、ここで立ち聞きをしていたのかと怪しんだ。「いいや、何も聞こえなかったぞ?」「昼食を取るか聞こうかと思いまして…」「そうそう、ってそれは私の台詞だろ?」張妍は失笑し、若微を連れて食事に向かった。一方、胡善祥はまだ赤い腫れが消えず、病気だと言って面会を断るよう心眉に頼んでいた。あの夜のことは誰も知らないが、心眉は一体、何があったのか気になって仕方がない。すると胡善祥は出世したら目をかける代わりに一切、口外しないよう迫った。「その口を管理できなければ私が困るわ…」「漢王と何があったの?話をそらさないで答えてよ」「…親友でも命の保証はできない、二度と馬鹿な質問をしないと誓うのね」朱高煦は心を入れ替えたように見えた。早速、三千営の演習計画を作って父を喜ばせ、やはり監国は自分に向かず、親征が終わったら自分と朱高燧(シュコウスイ)は任地へ行って都には残らないと上奏する。すると永楽帝はしみじみ言った。「いつも思うのだ… もし建文(ケンブン)が我々を追い詰めていなければ、我々は燕山で狩でもしていただろう その方が良かった…」そこへ急に皇太子妃がやって来た。実は漢王から秀女の推薦が届き、その報告だという。朱高煦は義姉にも腰が低く、誰も推薦しないと失礼になると思い、王妃が精一杯考えたと伝えた。「高煦は正気に戻ったな」永楽帝は兄弟が協力していると喜び、よい兆候だと言った。張妍が太子府に戻ると、すでに胡善祥が平伏して待っていた。「漢王を説得したのね?どんな手を?…答えて?」「″太子妃娘娘(ニャンニャン)は功を譲る″と申し上げました」←どういうこと?( ゚ェ゚)朱瞻基が祖父に奏状を読み聞かせていると、永楽帝は急に如意を誰に渡すのか聞いた。秀女選びの儀式では正室に如意を、側室に香袋を授ける。「胡という女子と面識が?」「宮廷の女官ですから顔は知っています、真面目そうだという印象でした」「どちらに如意を授けるかが問題だ…孫小姐に渡せば二叔の機嫌を損ねる 胡という女子に渡せば孫小姐に申し訳がたたん、お前の意向は?」「爺爺にお任せします」すると永楽帝は胡尚儀が育てた胡善祥なら規律正しく、朝廷を乱すことはないと助言したが、結局、朱瞻基の考えに任せると言った。一方、張妍も息子がどちらに如意を渡すのか気になっていた。そこですでに寝ていた皇太子を起こし、息子に聞いて来いという。「胡善祥が正室になった場合はあなたにも利益があるわ、2皇子の推薦なのよ? 皇上も兄弟の和を重んじたと思ってくださるわ」張妍は朝廷では戯曲のような恋愛はできないと息子に言ってくれと頼んだ。好きな女子がいるなら側室にすればいいだけ、人ではなく、しきたりを考えて選ぶものだという。朱高熾は息子の部屋を訪ね、如意の行方について皇帝の意向を聞き出そうとした。しかし永楽帝は朱瞻基に任せると言ったという。「孫小姐です、彼女の義父と約束しました」「うむ、誠実なのは良いことだ だがお前の母親は胡善祥を正室に望んでいる…」朱高熾は親征を前に妃選びで失敗は許されないと言った。親征には2皇子と3皇子が同行、つまり兵権は2人の手中にある。「私の半生は綱渡りだった…ここでつまずきたくない、私の言葉を覚えておけ」秀女選びの儀式が始まった。すると如意を手にした朱瞻基に永楽帝が声をかける。「良く考えろ、誰に授けるべきか分かっているはずだ…冊封はまだだぞ?」朱瞻基はゆっくり若微の前に進んだ。しかし如意を差し出すことはできず、涙をのんで胡善祥の前に立つ。こうして胡善祥はついに念願叶い、皇太孫の妃が手にする如意を受け取った。「感謝いたします、この命にかけてご恩に報います」朱瞻基は胡善祥の感謝の言葉も聞かずに歩き出し、若微の前に移動した。そして若微が差し出した手を取って香袋を渡し、しばし握り締める。朱瞻基は苦渋の表情を浮かべていたが、振り返った時には何もなかったような顔で祖父と両親に拝礼した。一方、于謙は書生にも関わらず軍に配属された。軍営で馬の世話をしろと指示されたが、なんでも皇帝から″小司馬″しろという命だとか。「ちょっと!″小司馬″というのは何のことです?」その夜、于謙が馬のために草を切っていると、突然、その草は濡れているので馬は食べないと声が聞こえた。「俺の名はハシジュスだ!こっちへ来い!」ハシジュスはひとり、鍋で羊肉を煮ながら酒を飲んでいる。するとハシジュスはマメだらけになった于謙の手に酒をかけてやった。「これで痛みが消える…でお前が皇上にたてついた状元だって?それで軍隊送りに? お世辞でも言ってれば済む話じゃないか?」「酒を飲ませてくれませんか?」「モンゴルの酒だぞ?飲めるか?」しかし于謙はごくごく飲んで、良い酒だという。「私は于謙です、馬の世話の仕方を教えてください、弟子入りの礼をします」于謙の礼を見たハンジュスは大笑い、実は自分の村が戦で全滅したため、仕方なく仕官したと教えた。「俺のようになってもいいのか?」「男が身を立てるには場所ではなく志が肝心です」ハンジュスはすっかり于謙が気に入り、自分の家に住むよう勧めた。つづく(O_O)えええーっ!老二…先週まで面白かったのに…何てこった!これって単なる嫌がらせ?それとも自分の子供を即位させる布石とか?でも…普通は身体検査があるよね?
2020.07.25
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大明风华 Ming Dynasty第21話「才人の登場」聖旨により棺に見立てた箱の中に閉じ込められた漢(カン)王・朱高煦(シュコウク)。しかし暇を持て余して考えを巡らせるうち、次第に頭が冴えてきた。そこで弟の趙(チョウ)王・朱高燧(シュコウスイ)を呼び出し、腹を割って本音で話そうと持ちかける。「老三、兵を交代させることをお前が陛下に密告を?」「…ええ」朱高燧はあっさり認めた。すると朱高煦はどちらにしてもあの時はその時期ではなかったと告げる。もし父に挑んでいたら負けていたはず、むしろ朱高燧のおかげで助かったのだ。その頃、宮中では科挙の首席合格・状元(ジョウゲン)の発表を前に、盛大な宴が開かれていた。そしていよいよ発表の刻限となり、今回の合格者である于謙(ウケン)・曹斌(ソウヒン)・楊倫(ヨウリン)が皇帝に謁見する。永楽帝・朱棣(シュテイ)は3人の顔を良く見たいと上段からわざわざ降りてきたが、于謙がまともに跪拝できないほど泥酔していると気づいた。「ふふ、どれだけ飲んだのだ?」「…昨日、文を受け取り、母の死を知りました…2升の酒をあおり、酔いが覚めないのです」于謙は女手一つで育ててくれた母への恩をもう返す術もないと絶望、酒をあおって死のうとしたが、親不孝だと気づいたという。永楽帝は事情を知って見逃してやると、3人に故郷を題材として歌を詠むよう命じた。一方、漢王府では朱高煦がついに蓋を壊して出てきた。朱高燧は驚いて箱から遠ざかったが、朱高煦は供え物のバナナを頬張りながら、ただ裏切った理由を知りたいだけだという。しかし朱高燧が何も答えずにいると、痺れを切らしてバナナの皮を思い切り投げ捨てた。←でも皮w「なぜ黙っている!」「勘弁してください、どうせ後継者は父上が決めるのです 二哥を出し抜く気はありません、今までも支えてきた」「太子が皇帝になればお前もおしまいだ 恐らく父上は私とお前を仲たがいさせ、太子の地位を盤石にする気だ 父上は兵部の統括を皇太子派の楊士奇(ヨウシキ)に任せたのだ!」思えば父は鶏鳴(ケイメイ)寺にこもる前に楊士奇たち皇太子の配下を拘禁したが、自分から守るためだったのだ。その上、皇太孫まで冊封されれば取り返しがつかなくなる。朱高燧はそこまでの野心などないと及び腰になったが、朱高煦は仲間割れしている場合ではないと迫った。「目を覚ませ!…お前は私の味方だよな?」「…もちろんです(汗」泥酔状態で祝賀会に現れた于謙だったが、早々に詩を作った。于謙の様子に不安を隠せない皇太子・朱高熾(シュコウシ)、やはり嫌な予感は的中する。「村落 荒れること甚だしく 年々 旱蝗(カンコウ)に苦しむ 老翁(ロウオウ)は雇われ 債を納め 稚子(チシ)は売られ 糧となる 壁破れ 風は屋(オク)に生じ 梁は頽(クズ)れ 月は床に墮(オ)つ 何ぞ知らん 民を牧(ボク)する者は 災傷(サイショウ)を報ぜず」于謙の朝廷批判とも取れる詩に宴席は水を打ったように静かになった。朱高熾は慌てて于謙をつまみ出すよう命じたが、永楽帝は説明を聞きたいという。「″何ぞ知らん 民を牧する者は 災傷を報ぜず″だと? 災害を報告せず、ごまかした官吏がいるというのか? ″稚子は売られ″と言ったが、大明(ミン)の税はそこまで高くない、少し大袈裟すぎるのでは?」「陛下、遠征が行われると地方では税が増やされ、民はすべてを奪われます 陛下!もう戦はおやめください!お心を変え、どうか民に恵みを!」「ふふ…お前の故郷は食糧があるだけよい、辺境の民はどうだ?…愚か者め」永楽帝は于謙を軍に入れて親征に同行させ、国の真の姿をその目で確かめさせると言った。永楽帝が寝宮に戻ると、孫の朱瞻基(シュセンキ)と孫若微(ソンジャクビ)が待っていた。そこで2人を連れて奥の間に入ったが、その時、皇太子が泥酔状態の于謙を抱えてやって来る。朱高熾は于謙に跪拝して待つよう命じるが、于謙はそのまま酔いつぶれてしまう。永楽帝は病み上がりの若微だけ椅子に座らせ、良い薬があるので煎じさせると言った。さらに東宮の隣の屋敷を若微に与え、回復したら若微と弓術の腕比べをしたいという。(*゚▽゚)*。_。)ウン( ・ノェ・).oO(立って朱瞻基の合図に気づいた若微はひざまずいた。( ・ノェ・)<″配下より感謝を″と言うんだ(* ゚ェ゚)?<…でも配下じゃないし( ๑≧ꇴ≦)<この国の民は皆、皇帝の配下なのだ、″奴婢″でも構わない(* ゚ェ゚)?<奴婢でもないわ(; ̄▽ ̄)<…爺爺(イェイェ)、私が代わりに感謝を~(* ゚ェ゚)b<頼んでないからすると若微は叩頭し、礼儀をわきまえぬ粗忽者だが許して欲しいと上奏した。しかし永楽帝は咎めることもなく、若微に屋敷では思うまま過ごし、何でも要求しろという。若微は一足先に鼻涕(ビテイ)の案内で屋敷へ帰って行った。朱瞻基は祖父の若微への厚遇にいささか困惑したが、永楽帝は人を制するには有無を言わせぬ好条件を与えることだと教える。「脅すばかりが能ではない」祖父の戯言に朱瞻基は思わず失笑した。しかし若微の父の死の原因が作り話だと指摘され、緊張が走る。「嘘を通すのは構わないが、私が承知であることは本人に知らせよ、分かったか?」「みんばい」朱高熾は于謙と一緒に父を待っていたが、現れたのは朱瞻基だった。朱瞻基は椅子を持って来たものの、于謙は父の膝枕ですでに爆睡している。「爺爺は?」「もう寝るからここで待てと…一体、何者ですか?」「こう見えて状元の候補だった男だ、酔った勢いで詩を詠み、陛下を怒らせた」朱瞻基はここで寝ていては祖父の邪魔だと言ったが、朱高熾は布団をかけてやってくれと頼んだ。↓皇太子は只者じゃないけど、お腹の半分は優しさが詰まってるのです( *´꒳`* )一方、若微は美しい庭園がある儲秀(チョシュウ)宮へ到着、すると寝殿の前に尚儀局の女官がいた。「ご用がある時は私をお呼びください」「名前は?」「葉秋(ヨウシュウ)です、木の葉に季節の秋です」「葉秋…」「″一夜の雨 涼しき夢…″」「″蓮の葉に秋が訪れる″ね」すると葉秋が中で胡大人(ダーレン)が待っていると伝えた。若微は胡善祥(コゼンショウ)と再会を果たした。すると胡善祥が先に宮中の組織を説明してくれる。「女官は″六局一司″に属するわ、六局とは尚宮・尚儀・尚服・尚食・尚寝・尚功の6つ ″一司″とは処罰を管理する宮正司のことで、全体を管理するのが私の姑姑 で私は尚服と尚食を管理する、女官は75人、女史は18人、私は″胡ダーレン″と呼ばれてる」若微はちんぷんかんだったが、胡善祥は姉が組織を覚える必要はないと笑った。「それより陛下は何と?姐姐は正室?それとも側室?」「知らないわ」胡善祥は姉が全くぴんと来ていないと気づき、改めて皇帝を救った恩人なのだと強調する。実はこの寝宮も本来なら皇帝の姉妹が住む特別な屋敷だった。しかし若微は自分がどんな身分になるかより、こうしていつでも蔓茵(マンイン)に会えると喜ぶ。その時、尚儀が呼んでいると声がかかり、胡善祥は明日、また来ると言って帰ることにした。「そうだ、姉妹であることは秘密にしてね、私も経歴を作るから…」朱高熾は結局、于謙に付き合って夜を明かした。ようやく目を覚ました于謙は事情が飲み込めなかったが、皇太子から昨夜、皇帝を侮辱するような詩を詠んだと聞かされる。そこへ朱瞻基が現れ、机を運ばせた。「皇上の命令だ、辺境の問題について論文を書け、よい論文なら罪は許す だがお粗末な内容なら尚食局へ行き、酒がめの中で溺死せよと…」すると于謙は早速、机の前に座り、茶が欲しいと頼むと、黙々と筆を走らせ始めた。まさかこんなところで平然と茶を飲む者がいようとは…。朱瞻基は失笑すると、朱高熾は于謙を任せてしびれた足を引きずりながら帰って行った。その頃、若微の屋敷に訪問者が現れた。「孫小姐(シャオジェ)にご挨拶を…」聞き覚えのある声に驚いて振り返った若微は、官服姿の徐浜(ジョヒン)と再会する。すると徐浜は皇帝の計らいで挨拶に来たと教えた。結局、仕官して兵部主事になった徐浜、しかし将来、若微が皇后になれば自分が邪魔になると考え、自ら遠地を希望したという。若微は徐浜と離れたくないと訴えたが、徐浜は拝礼して出て行った。↓貴重なイケメン枠ががが…朱高熾が東宮へ戻ると、辺境へ飛ばされたはずの解縉(カイシン)が待っていた。驚いた朱高熾は罰せられる前に行けと急かしたが、解縉は出発なら明日だという。しかしそこに錦衣衛が現れた。皇帝の命により解縉は詔獄(ショウゴク)に収監されるという。「皇上と漢王を離間させた罪です!」朱高煦と朱高燧は解縉に濡れ衣を着せ、父との和解に成功した。永楽帝は早速、2人にタタール・オイラト・ウリヤンハイを探るよう命じて下げたが、控えていた朱瞻基は面白くない。「あんな嘘を信じるのですか?」「信じなければ和解できぬ、しかし解縉を罰する気はない 辺境は好まぬようだから都に置いただけだ、どうした?不服か?」「私に実力があれば軍を束ねることもできるし、勝手な二叔と三叔を抑えられるのに…」「ふっ…励め」胡善祥は女官たちを集め、婚儀の準備について説明していた。今回の礼服は半分は宮中で、残りは外注で作ることになったが、まだ費用の問題も解決しておらず、詳細も決められない。尚服局の女官たちは先立つ物がなければ外の職人に発注することもできないと反発したが、胡善祥が解決案を提示した。「では店をいくつか選び、まずは礼服の見本を作らせる その上で出来がよかった店に礼服の注文を出すことに… これなら皆が競って作るし、手付金を支払う必要もないわ」すると尚食局の女官が孫若微の食事はどうすればいいか聞いた。「秀女と妃のどちらの扱いか判断に迷います、前例がないもので…」「東宮の客人だった方よ、太孫と同じ食事を…」胡善祥は調理から配膳、毒味に至るまで気を配り、決して粗相のないよう指示した。「孫小姐は皇上の命の恩人でもある方よ?心して仕えなさい …厳しくてごめんなさいね、私は体罰を受けながら姑姑に育てられた でも姑姑も陰で辛い目に遭っている、だから私も耐えたわ みんなもしっかり仕事をしてね~」永楽帝は朱瞻基から于謙の論文を受け取り、早速、目を通した。すると信じられないと言ったような顔で立ち上がり、もう一度、論文を眺める。「何ということだ…この年になって逸材に出会うとは…瞻基よ、よかったな」祖父の言葉を聞いた朱瞻基は思わずにやりとした。胡善祥は女官たちが下がると、心眉(シンビ)に例の贈り物を出してくれと頼んだ。心眉は漢王から賜った箱を渡したが、胡善祥がどうするつもりなのか気になって仕方がない。すると歩き出したはずの胡善祥が急に振り返り、心眉は慌てて目をそらした。「そんなに私が気になるの?」「その~最近のあなたは少し怖いわ、何を考えているのか分からなくて」胡善祥は微笑を浮かべ、そのまま出かけて行った。永楽帝は于謙を呼んだ。そこでわざと論文をけなしてみる。「才があると思ったが、交易などというつまらぬ策を考えるとは…実に残念だ~」すると于謙は辺境問題において兵士の命を犠牲にした防衛は無意味、それより民の心を長城とし、国を守るべきだと訴えた。「朝廷が異民族との交易を取り仕切れば略奪が減るでしょう、遊牧民も戦は嫌いです 公平な交易を維持し、商人に規則を守らせれば、たとえオイラト・タタール・ウリヤンハイの 可汗(ハン)たちが結束して造反しようとも、追従する兵はいなくなるでしょう 申し上げます、100万の大軍より交易の充実です!」永楽帝と朱瞻基は于謙の才が本物だと確信した。つづく(  ̄꒳ ̄)うむ…若微が棒なので最近は胡善祥の方が好きかもw心眉が…どうも怪しい(←最近、疑り深い管理人w
2020.07.24
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大明风华 Ming Dynasty第20話「棺の中の皇子」永楽帝は孫・朱瞻基(シュセンキ)の婚儀後に遷都すると決めた。そこで胡(コ)尚儀は先遣隊を順天(ジュンテン)に送って準備させるよう女官に指示する。「江南と違い寒い所よ、順天に行きたくない者は残っていいわ ここは大明(ミン)の副都になる、各局で移住希望の有無を早々に確認しなさい」するとそこへ胡善祥(コゼンショウ)が現れた。胡善祥は女官たちが下がると、胡尚儀の前でひざまずいた。「私1人の責任で自分の経歴を作り、誰にも迷惑をかけません …私は姑姑のように頭打ちの人生はご免です」胡尚儀は自分がどれだけ説得しても胡善祥があきらめないと分かっていた。皇太子妃が胡善祥は野望をあきらめない性だと言っていたが、確かにそうらしい。「本当に思ってるの?豪華な衣をその身にまとい、鳳凰を施した冠をかぶれば幸せになれると…」「私のことを思うなら邪魔をしないでください、皇太子妃にも気に入られました」「耳が早いのね…この件には関与しない、帰りなさい」すると胡善祥は立ち上がり、胡尚儀を南三所(ナンサンジョ)送りにはさせないと言った。「将来は私が姑姑の面倒を見ます」一方、尚書房では永楽帝と漢(カン)王・朱高煦(シュコウク)が大げんかになっていた。事の発端は永楽帝が″永楽大典(エイラクタイテン)″の資金が滞っていることに気づき、朱高煦を叱責したことから始まる。しかも監国を任されていた当時、朱高煦は各地の干ばつの奏状に対し、戸部(コブ)に銀子を工面させると記したが、結局、工面できていなかった。すでに山東では黄河の両岸の民が飢餓にあるという。すると疑り深い永楽帝は朱高煦が混乱を複雑にしようとしていると言いがかりをつけ、何を企んでいるのかと迫った。追い詰められた朱高煦は正直に資金繰りが困難だと訴える。「国の年間の収入は7千500万両です! ″永楽大典″の編纂(ヘンサン)に1千500万両、順天の設備と運河の建設も…もう予算はありません! さらに戦にも費用がかかります」「やはり監国失格だな!大典の編纂をやめれば祖先に顔向けできぬ!兵しか育てられなかったとな お前は治国できると妄言を放っただろう?上等だ!だが監国を任せた結果は? なぜ河南、山東に雨が降らぬ?監国のお前のせいだ!」←(^ꇴ^)ちょっとwさすがに父の一方的な言い分に納得できず、朱高煦は思わず膝を崩してふてくされてしまう。その態度に永楽帝は憤怒、皇太子・朱高熾(シュコウシ)と比較して朱高煦を激しく非難した。「大哥は監国を務めた20年間、朝廷に金を求めず、街で家具を売り1万両を工面したぞ!←嘘w だがお前は金をばらまいている! …金の出所は?大哥と違い貧相で険悪な顔をしおって」 ←もはやただの悪口wしかも皇太子の配下には人材が揃っているが朱高煦には武将だけ、主の能力がないと罵った。朱高煦は父の叱責を黙って聞いていた。すると永楽帝は孫の婚儀を延期しているのは朱高煦が改心するのを待っていたからだと告げる。兵の交代の件では責を追求せず、陰で遺児と手を組んでいると知っても耐えて来たが、その結果、自分はこの世で最初の無能で軟弱な皇帝だと卑下した。「大明はお前の手で壊される!あはは!私たちは死後、廟にも入れぬ いっそこと、建文(ケンブン)の子孫の中から誰かを選び、皇位を返すことにしよう 我らは政(マツリゴト)から手を引く…」しかし建文を持ち出された朱高煦はついに堪忍袋の緒が切れ、突然、立ち上がったかと思うと、朝服を脱ぎ捨てた。「その話はうんざりです!皇位を返す?ではなぜ謀反を?! ←確かにw ご自分が忠臣だと?大典の編纂を中止にすれば先祖に面目がない? 謀 反 の 一 族 で す か ら っ ! もともと顔向けできませんよ! ″永楽大典″を奇書として編纂しても、父上が順当な即位とは記されませんんんんん! …皇上は金のことを丸投げしますが、全てまかなうなどとても無理です!」開き直った朱高煦は屋敷で毒酒でも縊死(イシ)でも待つと言い放ち、出て行ってしまう。( ๑≧ꇴ≦)老二www東宮に皇帝が錯乱したと知らせが来た。朱高熾は嘘だと信用しなかったが、そこへ趙(チョウ)王・朱高燧(シュコウスイ)が現れる。「大哥!大哥!二哥が錯乱しました!」「…今日は何の日だ?なぜ2人とも錯乱した?」漢王府では葬儀が行われていた。宦官たちは紙銭をまき、楽坊が弔いの音楽を奏で、王妃や子供たちまで麻の喪服を来て悲しんでいる。朱高熾と朱高燧は呆気にとられながら殿内に入ってみると、朱高煦が棺に見立てた箱の横で鶏の丸焼きにかぶりついていた。そこで2人はひとまず人払いし、静かになったところで朱高煦の元へ行ってみる。しかし朱高煦は供え物をやけ食いしながら、説得しても無駄だと言った。「私は命がけで仕えたが、私の言動を否定し、激しく罵倒したのだ 私を叱責することで自分の威厳を誇示している…もう限界だ」すると朱高煦は自ら箱に入って横になり、聖旨に従い埋めてくれと頼む。朱高熾と朱高燧は出てくるよう説得していたが、その時、総監の鼻涕(ビテイ)が本当に聖旨を伝えにやって来た。鼻涕は箱に寝ている漢王に出てこないつもりか確認した。朱高煦は意地を張って出ないと答えると、仕方なく鼻涕が聖旨を伝える。「″規則に従い、漢王に経を記した布をかけ、葬儀を執り行い、蓋を閉じ、7日後に埋葬せよ″」すると宦官たちが現れ、聖旨通り布をかけて本当に蓋を乗せた。驚いた朱高煦は暴れ出したが時すでに遅く、釘を打たれて閉じ込められてしまう。朱瞻基(シュセンキ)が墓守りの孫若微(ソンジャクビ)を迎えにやって来た。若微は孫愚(ソング)の墓前で叩頭し、別れの挨拶とする。こうして若微はかつて軟禁されていた朱瞻基の部屋に入った。永楽帝から別の屋敷を用意するよう言われたが、朱瞻基は若微が慣れないと思い、ここに連れて来たという。「数日、太子府で我慢してくれるか?」「ずい分、遠慮がちな口ぶりね…藁の小屋よりずっと立派だわ 親切にしてもらって、感謝するのは私の方よ 流浪の民だから宮中の規則を知らない、無礼があったらお許しください」若微は急によそよそしくなり、朱瞻基は孫愚のことで自分に怒っているのだと分かった。そこで全てぶちまけるよう勧め、その代わり皇帝の前では恨みつらみを決して出すなという。「私の命がなくなるからな~ふっ」すると若微は過去なら全て義父と共に土に埋めて来たと言った。渡された経歴も覚え、筋道を立ててきちんと説明できるという。朱瞻基は逆賊だった頃の若微は貴妃や皇太后の風格があったが、いざ宮中に来たらすっかり気弱になったと揶揄した。しかし若微はうっすら笑みを浮かべたまま、心を閉ざしている。「…では太孫との出会いは?」「店の捜索です、一目惚れし、秦淮(シンワイ)河で舟遊びを… 皇上に代わり矢を受け、療養中に心を決めました」若微の答えは確かに完璧だったが、朱瞻基は言葉に真心が感じられないと言った。「皆、私をだましている、君もだまし続ける気か?」「真心?持っていないの」すると朱瞻基が急に若微を抱き寄せる。若微は一瞬、びくっとしたが、その目に怒りを湛えていた。「私の真心は鶏鳴寺であなたと徐浜に殺されたわ! ふっ、あなたの望むものを私は持っていないの…」朱瞻基はかっとして若微に口づけしようとしたが、その冷ややかな視線に耐え切れず、部屋を出て行った。( ๑≧ꇴ≦)チベスナ再び!漢王府では皇帝の聖旨に従い、王妃や宦官たちが棺の前で供養していた。その時、突然、大きな音がする。うとうとしていた王妃たちは驚いて目を覚ますと、朱高煦が箱の横の一部を壊していた。王妃は太監に蓋を開けて欲しいと懇願したが、皇帝の聖旨には逆らえないという。すると朱高煦が王妃を呼び、聖旨に逆らって箱から出たら父の思う壺だと諭した。そこで宦官たちに金を渡して懐柔するよう指示、王妃は直ちに銀子を配り、酒宴の準備もできていると勧める。太監たちはありがたく賂をもらうと、休憩に出て行った。朱高煦は王妃に朱高燧を呼ぶよう命じた。王妃は早速、出かけることにしたが、その時、突然、爆発音が聞こえて来る。「はっ!誰だ!私を呪う気か?!」朱高煦は焦ったが、王妃は笑って花火だと教えた。「落ち着いて、今夜は科挙の首席合格・状元(ジョウゲン)を発表する日よ、じゃあ行くわ」「あーっ、ちょっと来い!」「何かしら?」すると朱高煦は顔を突き出して口づけを要求した。( ๑≧ꇴ≦)老二ったら江浙(コウセツ)会館では科挙の合否を待つ書生たちが集まっていた。そこへついに使者が現れ、浙江(セッコウ)の于謙(ウケン)が合格したと知らせる。しかしなかなか本人が現れず、やがて2人に抱えられて于謙が現れた。于謙は泥酔しているのかふらふらで、合格の聖旨さえ受け取ることができない。「…私は誰だ?」果たしてこんな状態でこれから参内し、皇帝に謁見できるのだろうか。一方、宮中では祝宴が開かれていた。永楽帝は今回の科挙が盛大だったと満足し、監督官たちを労う。「今年は去年よりよい解答が多かった、民心が向上した証しだ 宰相や大学士、国境の策に優れる者まで輩出されるやもしれぬ、これは太子爺の功績である」すると御前に出た朱高熾は、朝廷のための科挙の取り仕切りは皇帝がくれた福だと感謝した。「刻限が来ました、状元を1名、お選びください」永楽帝は筆を手にし、名前を書き始めたが…。朱高燧が漢王府にやって来た。警備で忙しい朱高燧は、何か起これば厳罰が下されると面倒臭そうに言う。朱高煦は自分を助ける気が微塵もないのかとぼやいたが、実は箱の中で考えを巡らせているうち、突然、理解できたと言った。「老三、今日は腹を割って話そうではないか…兵を交代させることを密告したのはお前か?」つづく( ๑≧ꇴ≦)あははは~老二が面白い!
2020.07.18
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大明风华 Ming Dynasty第19話「義父の愛」孫愚(ソング)は朱瞻基(シュセンキ)に孫若微(ソンジャクビ)を託すと決意した。そこで朱瞻基が整えた経歴を若微に渡しに来たが、自分の意思を無視して物事が動いて行くことに若微は反発する。「そもそも太孫は私たちの敵だった人よ?そこに嫁げと言うの?」「私たちは日陰の道を歩いて来た、お前の将来を考えた時、誰に託せば安心できるのかが分からない 徐浜(ジョヒン)はいい奴だ、だがあいつと一緒ではこのままずっと日陰のままだ」すると孫愚は経歴を頭に叩き込むよう言い聞かせた。「身辺をきれいにして皇族に嫁げば…私も安心だ」「…分かったわ、結局、私が邪魔なのね?…私のことは忘れて、どこへでも行けばいいのよ!」「両親が生きていれば同じことを望む、これだけは言っておく 心から想ってくれる人は得がたいものだ、そして大事を成すために力を尽くすが良い これもお前の縁なのだ、太孫殿下はお前に対して愛情を持っている、それが私の救いだ これには3万の遺児たちの希望が懸かっている、分かっているな?」孫愚は部屋に戻ることにした。しかし若微は徐浜だけでなく孫愚にも見捨てられと思い込み、顔を背けたまま無視してしまう。孫愚は扉を閉めるその時まで若微を見つめていたが、結局、若微は顔を見せてくれなかった。孫愚が部屋に戻ると徐浜が待っていた。すると孫愚は机に毒薬の小瓶を置き、これで恩を返し終え、思い残すことはないという。「私が生きていては若微の経歴に齟齬(ソゴ)が生じかねない」孫愚は自分が死ぬことで若微を守ろうと決心し、後のことは全て徐浜に託すことにした。「若微を見守ってくれ、最後まで頼むぞ」徐浜は涙ながらに約束し、孫愚に敬服して拝礼する。一方、若微は孫愚からもらった経歴書を読んでいた。…永城(エイジョウ)県の主簿(シュホ)・孫忠(ソンチュウ)の娘…永楽6年、母・羅(ラ)氏が逝去、その後、叔父・孫愚と共に都で生活するしかし最後におかしな記述がある。…永楽12年、叔父・孫愚が心臓の発作で逝去「心臓の発作で逝去?」孫愚は徐浜を外へ出すと、ついに毒を飲んだ。そして最期の時が来るまで揺り椅子に座り、酒をあおる。その時、若微が物陰からひょっこり顔を出した。『ディエ!』まだ無垢で無邪気だった頃の幼い若微、すると急に若微が駆け寄り、孫愚の手を握りしめる。孫愚は戸惑いながらも若微に手を引かれて歩き出し、そのまま旅立った。経歴を見た若微は慌てて部屋を飛び出した。すると中庭で徐浜が呆然とたちすくんでいる。若微は嫌な予感がして父の部屋へ急いだが、徐浜が邪魔した。「静かに逝かせてやれ!」しかし若微は徐浜の腕を振り解き、部屋の扉を開けてしまう。そこにはうっすら笑みを浮かべたまま息絶えている孫愚の姿があった。若微と徐浜は鶏鳴(ケイメイ)寺で孫愚を埋葬し、弔った。そこへ突然、聶興(ジョウキョウ)が駆けつける。聶興はこのまま若微が騙されて宮中へ送られるのを見過ごすことができず、助けに来たのだ。しかし徐浜が阻止、孫愚は大いなる目的のために命を絶ったが、そんな事も理解できない聶興に話はないという。若微はまたしても自分の意思をよそに口論を始めた2人に呆れ果てた。「父は私を連れて10年も放浪してきた…ここへ来てやっと私を託す相手を見つけ、死ねると思ったの あなたたちは私をそこまで思ってる?」「遺児たちを救うためなら私は死ねる、できることなら1人で重責を負うお前の代わりになりたい ルォウェイ、お前が愛おしい…だが私には愛する資格がない! かつて我々は遺児たちを救うため力を尽くすと誓った 今ここで一緒に逃げれば、それが果たせない…」「うまい言い訳だ、ルォウェイ!俺と行こう!徐浜に騙されるな、敵に嫁いでいいのか?」すると若微は父のそばにいながら助けなかった徐浜を責めた。目的のためなら人の命を犠牲にしても良いのか。「習わしでは親の死後、麻の服を着て3年間は墓を守る… 3年は無理だけど3ヶ月なら私にも許される 3ヶ月経ったら過去の恨みを捨てて入内(ジュダイ)する…すべてを忘れ去り、喜んで嫁ぐわ!」そして聶興にも復讐の人生は選ばないと訴え、死んでも断ると言い放った。「私は誰の考えにも染まらない!自分の道を自分の足で歩くの!」↓( ゚д゚)ポカーン…その夜、若微は墓の近くに建てられた藁の小屋でひとり横になった。「父上、母上、ひとりなってしまった…とうとう…」実は鶏鳴寺の山は無数の錦衣衛が警護していた。一方、宮中では皇太孫の婚儀の準備が進められていた。胡(コ)尚儀は東宮を訪ね、皇太子妃・張妍(チョウケン)に必要な品目を伝えていたが、そんな2人をよそに皇太子・朱高熾(シュコウシ)は義弟・張克倹(チョウコクケン)を追いかけ回している。張妍は胡尚儀の前で弟が叱られ、恥ずかしくなって自分の寝所に移動した。朱高熾は駆け回ったせいで息が上がり、中庭で座り込んだ。すると張克倹が茶を差し出し、庶民の自分を相手に怒るのはみっともないという。「私の金はどうした?きちんと説明してくれ!でないと姉さんに言い付けるぞ?」「姉は義兄を助けるつもりで私に商売をさせたのです 金があれば配下に褒美も出せるし、将来、皇帝になった時、困らずに済みます」「克倹っ!つまり私のためを思ってやったと?! 数年分の俸禄が消えたのだ!きれい事を言われてもだまされないぞ?」張克倹の話では皇帝が戦をするので馬の需要があると踏み、友人と金を出し合ってオイラト人から150頭の馬を買ったが、金だけ取られて馬は持ち逃げされてしまったという。「おい!陛下が戦をするなどと誰が言った?!」「木炭や火薬を扱う商人が増えています、戦が近いのは明白ですよ~」「…いいから金を返せ!分かっているのか?長年かけて地道に貯めた金なのに…!ったくもう!」そこで張克倹は損失を埋め合わせするため、売買が禁止されている銅を仕入れると言い出した。皇太子が″軍需品である″と一筆書いてくれれば誰に咎められることもなく、しかも銅山を管理するのが皇太子府の属官だと知っている。呆れた朱高熾は銅山や硬貨の鋳型(イガタ)を与えるから自分で金を造れと言った。「それはすごい!硬貨の造り放題だ!もはや私たちに勝てる者はいないでしょう」「他にもできるぞ?自分で元号を定めるもよし、兵や馬を集めるもよし… 金、兵、馬があればもはや朝廷も同然だ~」「何だか申し訳ないな~」「皇帝になったつもりかっ!」朱高熾は嫌味を真に受ける張克倹に激怒し、追い返した。胡尚儀は婚儀にかかる衣装から料理まで全て説明し、最後に目録を皇太子妃に渡した。しかし張妍は先立つ物がなく頭が痛い。費用は275万7000両、他にも太監や宮女への心づけが別途かかり、さらに尚儀局・尚食局・尚服局へ出す恩賞もある。そして内々の宴席の開催、妃たちへ贈る装身具も必要だ。また朱瞻基が東宮を出ることになるため、新しい屋敷まで準備しなくてはならない。胡尚儀はここまで切り詰めるのに時間をかけたと伝え、庶民でさえ何とか工面するものだと諭した。「これはまだほんの始まりであり、太孫の正式な冊封も控えております」「それは朝廷の負担よね?…太子が婚儀の費用を出せると思う? 出したら出したで2皇子と3皇子から嫌みを言われるわ ″軍費は出し渋ったのに婚儀は贅沢三昧だ″とね、かと言って地味な婚儀では恥をかく」「…ここは思い切って決断され、お進めください」張妍は恨めしい目で胡尚儀を見たが、胡尚儀は話を変えた。「ところでお気に召した秀女はおりますか?」張妍はなかなか見つからないと嘆き、ふいに胡善祥(コゼンショウ)はどうかと聞いた。息子の嫁は自分との相性が大事、自分を支え、良き話し相手でいるべきだという。驚愕した胡尚儀はみるみ顔色が変わり、急にその場にひざまずいた。「後宮と言えば皇帝の花園、故郷を離れた妙齢の女子たちが閉じ込められる場所… 皇上の寵愛を受けようと皆が競い合い、苦しみに明け暮れる あの子はまだ何も分からぬ子供です…ウッ…どうかお許しを」張妍は尚儀らしからぬ不敬発言に呆れ、胡善祥が今の言葉を知れば恨まれるはずだと言った。すると胡尚儀は涙ながらに訴える。「私はもう十分に苦労し、借金も返した、しかし今、あの子が弱みになった… あの子を守れるなら、いかに恨まれようと本望です」「…長年のよしみに免じて今の言葉は忘れるわ、胡善祥の運命は天が決めるでしょう あの子が誠実かどうかだけ答えて」「…とても誠実です」「賢い?」「賢い子です…」胡善祥は心眉(シンビ)から婚儀に関する装飾品の目録を受け取った。しかし秀女の選定も終わっていないうちから、冠を作り始めると知る。心眉の話では金糸を編んで象眼を施すのに半年以上かかるため、後ろの結び目を残し、あとで大きさを調整するという。「でもある程度、寸法を決めないと…」「実はあなたの寸法で作製を…」心眉は胡善祥を喜ばせるつもりだったが、胡善祥は皇太子妃に知られたら誤解を招くと叱った。驚いた心眉は恐縮すると、胡善祥はすぐ態度を軟化させる。「今でもあなたは私の友人よ?そんなに怖がらないで…他には?」「…実は太子妃に尚儀大人(ダーレン)があなたを秀女にしないよう頼んだそうよ?」すると胡善祥はその情報を報告した女官に褒美として衣と装飾品を渡すことにした。「今後も情報を頼むわ…他には?」「妙な祝いの品が届いてるの」その豪華な装飾品の贈り主は漢(カン)王だった。張妍が婚儀の目録を持って書斎にやって来た。すると朱高熾は義弟への不満をぶちまける。「私を陥れる気か?!″皇上が戦を始める″と弟が言ってたぞ? しかも外で言いふらしている!これがどれだけ危険なことか?! 老二に知られたら、私が朝廷の機密を漏らしたと言われかねない! 雲南の銅山にいるのがうちの属官だということも知っていた、お前が教えたのだろう? 銅は禁制品ゆえ売買は許されない…ったく、お前の弟は疫病神だ!」張妍は言い返す気力もなく拝礼して謝罪すると、驚いた朱高熾はそこまでされると何も言えないと笑った。そこで張妍は頭痛の種である婚儀の目録を渡し、承認してくれるなら弟を木に吊るしてお仕置きしてやるという。しかし″275万7000両″と見た朱高熾は言葉を失った。張妍は自分と胡尚儀がつぶさに検討して削れるものは削ったと説明し、他に削れる部分を見つけたら師匠と呼ぶという。「いくら何でもこれは痛い…」「痛いのはあなたより私の方よ!弟の商売に嫁入り道具までつぎ込んだ!装飾品をすっかり失ったわ! あなたのためにお金を作るつもりが、とんだ大損よ!私だって辛いの!」張妍からまくし立てられた朱高熾は工面する方法を考えるとなだめたが、くれぐれも弟に銅の取り引きなどさせるなと釘を刺しておいた。つづく(´-ω-`)うむ…
2020.07.17
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大明风华 Ming Dynasty第18話「妹の決意」10年の時を経て再会を果たした姉妹、若微(ジャクビ)と蔓茵(マンイン)。当時まだ4歳だった蔓茵は胡善祥(コゼンショウ)と名を変え、宮中で生きて来た。一方、孫愚(ソング)に引き取られた若微は仲間たちと暮らし、大切にされて来たという。すると胡善祥はここへ来る時、女官から若微の採寸を頼まれたと教えた。「皇太孫妃になる際の礼服用よ」「…嫁がないわよ」「じゃあ、誰に嫁ぐの?」胡善祥は想い人がいるのかと姉を茶化したが、実は本気で秀女になりたいと打ち明けた。しかし若微は朱家の人間を知れば知るほど危険だと感じると警告し、反対する。「事を成したらあなたを解放させる、私と去るの」胡善祥は思わず失笑し、助けはいらないと言った。そこで姉だけに秀女になりたい本当の理由を明かす。「姐姐(ジェジェ)、復讐を考えたことがある? 私は太孫に嫁ぎ、息子を産むの、そして息子が即位したら私の両親の事と死にざまを伝える 朱一族など私たちの手の上で転がせるわ、姐姐、父上たちも喜ぶわ 姐姐、姐姐も皇太孫に嫁いで!天下の半分を得ましょう!」「蔓茵…」若微は妹の驚くべき計画に言葉を失った。すると胡善祥は2人だけの時は姉妹だが、人前では″孫姑娘(グーニャン)″と呼ぶという。「2人だけの秘密よ…」↓蔓茵…そう来たか!そしてドン引きするじぇじぇは…永楽帝が靖難(セイナン)の遺児を赦免すると知り、盛庸(セイヨウ)将軍と平安(ヘイアン)将軍が皇帝に直談判にやって来た。遺児を赦免しては靖難の意味がなくなる上、恨みを募らせた遺児たちが自分たち老臣を斬りつける可能性もあるという。耳が痛い永楽帝は、遺児の件ならいずれきちんと説明すると言って一方的に切り上げた。それを合図に朱瞻基(シュセンキ)はなかば強引に2人を追い返したが、軍功を立てた者は扱いにくいとぼやく。しかし永楽帝は老将たちが怒るのも当然だと理解を示し、焦らずとも考えがあると言った。すると急に祖父から若微の生年月日や徐浜(ジョヒン)の希望の官職を聞かれてしまう。慌てた朱瞻基は遺児の件が落着してからと言葉を濁した。「傷が癒えたら宮中へ…昨夜のことを知る者は皆、都に留める」永楽帝はそう言って孫の肩を叩くと、尚書房を出て行った。朱瞻基は若微と徐浜を誘い、野遊びに連れ出した。そこで郊外の眺めの良い場所で馬を降りたが、若微は2人がまた手合わせしたと気づく。朱瞻基は若微の鋭い勘に驚きながら再戦を希望したが、徐浜は遺児の救済と引き換えならこの首も喜んで差し出すと断った。「手合わせの件はここまでに」「二言はないな?孫姑娘を差し出せと言ったら?応じるか?」「またその話?!いい加減にして!」若微は呆れ顔になると、徐浜も本人の前で尋ねるなと反発した。「皇上が戻られた、生年月日と出自を教えろと…どう騙せば良い?」「火事場泥棒だ!」「人聞きが悪いぞ!後には引けない」「功を立てるため善人を演じ、私たちを利用した!」「何様のつもりだ!私は命の恩人だぞ!」「そうとも限らん!」「私にも私欲が!…お前たちも私を責められぬ!」「皇位を簒奪(サンダツ)する一族だ、女の命など眼中になかろう!」若微は自分を巡る2人の言い争いに嫌気が差し、帰ると言い出した。しかし朱瞻基が都から出られないと教える。皇帝と建文(ケンブン)との面会は重大な案件、口封じに殺されないだけでも幸運だった。そこで朱瞻基は皇帝から徐浜がどんな官職が望みか聞いて来いと命じられたと教え、よく考えてくれと頼む。解放されると思っていた若微は話が違うと批難したが、朱瞻基から物事は単純ではないと諭された。遺児たちの赦免となれば永楽帝と戦った者たちは遺児たちにとって反逆者、皆が復讐されると恐れているという。「赦免は焦って進めてはならない、約束しただろう?赦免のために命を懸けると… ならば今、その約束を果たせ!」「思った通りだわ!私は何なの?太孫殿下の手駒?」「好きに考えろ、私は来年、爺爺の親衛に随行する、戦死するかもしれない そうなれば自由になれるぞ?運次第だ」すると朱瞻基は先に帰って行った。( ˘ω˘ )結局、聶興の方が正しかったってことでおK?一方、朱瞻基にしてやられた趙(チョウ)王・朱高燧(シュコウスイ)は漢(カン)王・朱高煦(シュコウク)をあおっていた。朱瞻基は皇帝の心のわだかまりを解き、さらに朱瞻基に嫁ぐのがあの皇帝の命を救った娘だと言われている。これで皇太子家の地位は磐石になった。「高燧よ、お前も裏で小細工を…」「二哥こそ、遺児と裏でつながっていた!風は太子に吹いている、どうするのです?!」すると朱高煦は朱瞻基の婚姻こそ好機だと気づいた。「皇上はあの娘の出自を知らぬ、婚儀のあと伝えよう 皇上を襲った刺客をはべらせるとは二心の証拠だ…ふっ、皇上の反応を想像すると笑えてくる」「どうするのです?」朱高燧は探りを入れたが、朱高煦は自分を疑うのかと迫った。「お前と私に隠し事は禁物だ」「二哥!私がこざかしい真似をするとでも?!兄上には心を砕いている!」←(´゚艸゚)嘘つけw「そうか?…天下のことは父上ひとりに決めさせてはならぬ、お前は私に従え」朱高煦は帰ることにしたが、急に引き返して釘を刺しておいた。「言っておくが、古(イニシエ)より大事を成そうとする者は優柔不断でいてはならぬ、覚えておけよ」若微は徐浜に自分を連れて行って欲しいと頼んだ。「この件が決着したら私たちは二度と離れない」徐浜の言葉を聞いた若微は安堵し、そっと徐浜の肩にもたれかかる。「だが今は…」「言わないで、連れて行って、置いていかないで… この大きな監獄で独り寂しく待つくらいなら、靖難の時に死ねばよかった」「都を離れても過去は何も変わらない、以前のように笑っては暮らせぬ」「なぜ駄目なの?!」「誓ったのだ、この件に命を懸けると…」「なぜ黙っていたの?!」若微は立ち上がると、皇太孫が怖いのかと聞いた。すると徐浜は違うと否定する。「悔いている、太孫を殺せばよかったと…太孫がお前を見ると私の心は…痛むのだ 死ぬのは簡単なことだが、お前が宮中に入ればもう会えぬ 考えただけで血の気が引く…すべて私の責任だ」「…流刑地に行く道でなぜ私を救ったの?! あなたが私にこんな苦役を味わわせたのよ…ウッ…私の命なんてどうでもいいと思っていたのね! これまでずっと!」若微は徐浜が自分をあきらめると知って深く傷つき、泣きながら帰ってしまう。その頃、朱瞻基は孫愚を訪ね、若微の出自をどうするか考えあぐねていた。孫愚は若微を兄・孫忠(ソンチュウ)と羅(ラ)氏の娘とし、父が早逝、母も若微が9歳の時に亡くなり、それから自分が引き取ったという筋書きにする。しかし朱瞻基は駄目だと言った。そもそも孫愚は″靖難の役″で燕王の軍の兵として加わり、その後、失踪している。副将ともなればその理由を聞かれるはずだ。脱走してどこに身を隠していたのか、誰と暮らし、いつ都で骨董店を始めたのか。礼部も妃の選出に手抜かりがあってはならず、そう甘くはなかった。朱瞻基はこんな経歴では嘘が見抜かれると苛立ち、もし祖父が疑念を抱けば自分も終わるという。「…若微は宮中に入ることに同意を?」「徐浜に尋ねてくれ~」「ウム…徐浜はあの仲間の中では年長だから娘を最も気にかけていた、2人には男女の情がある だがこの状況では…娘をあきらめてくれ」「聖意には背けないのだ」「…若微に一点の曇りもない普通の女子でも、若微を選んでいたのか?」「ぁ…無論だ」孫愚はもし若微が妃となったら大切にするか、平穏で快適な暮らしを与えられるのかと迫る。そこで朱瞻基は娶れたら必ずや幸せにするが、本人がそう思うかは分からないと言った。「だが1つだけ約束を…何があっても守る」「誓ってくれ、さもなくば安心できん!」孫愚の眼差しには鬼気迫るものがあった。「私が若微に苦労をかけ、冷遇したり辱めたら、私は天罰を受け、雷に打たれて早逝すると誓う!」すると孫愚は覚悟を決め、その場にひざまずいた。「私は老齢ゆえ、若微のもとを先に去る、若微を守ると父親に誓ったが、親は先に逝くもの… 若微も心から望み、太孫も誓ったなら、私、孫愚は…安心できる」そこで孫愚は朱瞻基の意に沿う経歴を作れると自信を見せ、後日、伝えると約束した。 (Ŏ艸Ŏ) 嫌な予感しかしない…胡善祥は胡尚儀が倒れたと聞いて様子を見に来た。何でも昨夜、熱が上がって休んでいるとか。そこで胡善祥は看病を変わり、枕元に座って汗を拭いた。すると胡尚儀がふと目を覚まし、泣いている胡善祥を引っ叩く。「まだ死んでないわ!」「別のことで涙を…お静まりください」胡善祥はもし母が生きていて熱を出した時に汗を拭けたら幸せだと思って泣いたと取り繕った。「仕事はどう?」「順調です、最近、お金持ちになりました」胡善祥は賄賂をもらったと教え、尚儀ともなれば金持ちのはずなのになぜ質素なのか聞いた。「お金を受け取ったら身を買われたも同然、何かあった時にお前は命で返すの」「では返します」「返したらお前を偽善者で信用できないと見なし、些事でも揚げ足を取り、陥れようとするわよ? 尚食も尚服も責任が重い、陛下の衣食に問題があれば命はないわよ?」胡善祥はどうしたら良いか教えて欲しかったが、胡尚儀は目を閉じてしまう。仕方なくまた来ると言って胡善祥は下がることにしたが、帰り際に胡尚儀が言った。「太孫が冊封され、妃を娶る日は近い、私だけを頼らないで! 太子妃を訪ね、尚服、尚食は何の準備が必要か尋ねなさい」胡善祥は早速、太子府を訪ねた。すると皇太子妃・張妍(チョウケン)は昇進して旨味が分かったかと尋ね、宮中の者は皆、儲け方を知っているという。あれは皇帝が親征から戻った時のこと、皇帝の長衣に穴が開いていた。尚服局は着慣れた衣なので捨てずに繕うよう言われたからと、銀子3両も要求してきたという。何でも修繕の過程が複雑で、穴の大きさを測ってから同じ素材の布を染め、さらに皇帝の長衣とまったく同じ物を調達し、生地をうまく当てがって縫い跡が分からないようするのだとか。しかも宮女2人で7日間、さらにそれは練習で、成功したら実物を縫うという。また食糧の管理をしている尚食局にも儲け方があった。出入りの商人に魚が新鮮じゃないとか何とかケチをつけて多額の賂(マイナイ)を出させるよう仕向け、今度はその商人の品を褒めてやる。すると褒められた商人たちは店の看板に″宮廷御用達廟″と書き出すのだ。「なのに私と太子をケチ呼ばわりよ~」そこで胡善祥は祝宴で受け取った賄賂を皇太子妃に差し出した。「太子府は太孫の冊封と婚儀で入り用が増えます 私は力になれないので少額ですがどうかお収めください 将来の天下の母であり、高貴な太子妃娘娘を私たち僕(シモベ)が悩ませたお詫びです 太子妃娘娘のためなら何でも尽力いたします」皇太子妃は気が利く胡善祥を気に入り、銀票を受け取った。すると今度は暮らしぶりのよい漢王が皇帝から信頼され、甘やかされていると不満を漏らす。「皇上も甘やかし過ぎだわ~秀女の推薦も頼まれているのに、まだ嫌がってる」胡善祥が突然、漢王府に現れた。そこで胡善祥は以前、漢王から用があれば直接、訪ねるよう言われたことを持ち出し、秀女に推挙して欲しいと懇願する。「朝廷で皇上の次に威信があるのは漢王爺です、私を推挙してくだされば希望が増します」「ふっ、知っての通り、私は太子府を目の敵にしているのだぞ?」「致し方ないことかと…」「致し方ないだと?申せ、正しければ推挙してやる」「以前、尚儀のもとにいた時、浣衣(カンイ)局・尚食局・尚服局の総監が毎日、言い争いを… 尚儀は止めるどころか楽しんで見ておられた、尚儀局副署となり分かったのです 本当は仲が良くても、外部の者の前では争うふりをするのだと… そうしないと″3人で対抗してくる″と、尚儀が警戒すると思っているのです 女官ごときでもこんな状況ですので、天下を見据えておられる方ならさら争いは激しいかと…」「…無礼だぞ!」朱高煦は威厳を見せるため怒号を響かせ、皇族を冒涜したと憤慨して胡善祥を追い返した。その夜、なかなか寝付けなかった若微のもとに孫愚がやって来た。すると孫愚は朱瞻基が整えた経歴を若微に渡し、うまく作り上げられているので覚えるよう告げる。「皇上に会った時に決して間違えるでないぞ?」「父上、太孫を信じている?」「無論だ」「みんな身勝手よ!太孫に見初められたら嫁がないといけないの?」つづく( ๑≧ꇴ≦)え?!若微と徐浜って男女の情だったの?!うっそ~ん(笑皇太子妃の話は重要ではなさそうですが、面白かったので長文覚悟で書いてしまいましたw
2020.07.11
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大明风华 Ming Dynasty第17話「姉妹の再会」朱瞻基(シュセンキ)と徐浜(ジョヒン)は孫若微(ソンジャクビ)を賭けて手合わせすることになった。一方、無事に建文(ケンブン)との再会を終えた永楽帝・朱棣(シュテイ)と若微は下山していたが、その途中、何者かに襲撃されてしまう。神機(シンキ)営は皇帝の輿を急がせる一方、林の中に潜んでいる刺客を追った。若微も咄嗟に敵の矢に倒れた神機営の弓矢を手にし、山奥へ入る。そこでちょうど神機営と一騎打ちになった刺客を発見、刺客が神機営を倒したその瞬間、狙いを定めていた若微が矢を放った。若微の矢は刺客の右胸に命中、深手を負った刺客は草むらに身を潜めた。追跡した若微は刺客を発見したが、それが聶興(ジョウキョウ)だと知って驚愕する。しかし聶興は戻って来たら殺すと言ったはずだと迫り、若微に連弩を突きつけた。「人を殺すのは簡単だけど救うのは難しい…だって私のすることをあなたは理解しない」「朱棣たちが約束を守ると思うかっ?!」その時、神機営が刺客をあぶり出そうと松明を持ってやって来るのが見えた。すると聶興はどうせ騙されて終わりだと言い放ち、どちらが正しいかはいずれ分かると言い残して逃げようとする。若微は捕まれば殺されると引き留め、一緒に逃げようと腕をつかんだ。焦った聶興は若微を突き飛ばして山奥へ消えたが、坂を転げ落ちた若微は古傷が開いてしまう。その頃、激しい攻防が続いた朱瞻基と徐浜だったが、いよいよ決着がついた。朱瞻基は崖っ縁まで追い込まれながら徐浜の腕を振り払い、剣を吹き飛ばすことに成功する。しかし徐浜は瞬時に袂から隠し持っていた短剣を出し、朱瞻基の首に突きつけた。「…暗器を使うとは、それでも英雄か?」「私は英雄ではない、ただの刺客だ…これで満足か?」「めいよーっ!」すると徐浜は急に手を引くと言って剣を捨て、見張りの4人に皇太孫が自分を殺そうとしても止めるなと命じた。単なる強がりだと思った朱瞻基は斬ると見せかけたが、徐浜は目をつぶって逃げる様子はない。「お前を殺せば彼女に恨まれる、愚行は犯さぬ」結局、朱瞻基も崖から剣を投げ捨てた。「なぜそこまでする?若微が私といるのは自然なこと、私ごときに絡む必要が?」「孫若微と私は離れられない運命だと私は思っている」「だが殿下といれば彼女は死ぬ…大事を成す際は十分に注意されよ、失礼する」尚儀局副署に抜擢された胡善祥(コゼンショウ)は第3話で訪ねた金栄(キンエイ)の寝殿にやって来た。すると金栄の世話係りの宦官2人が慌てて殿内から飛び出して来る。かつて胡善祥を罵倒し、引っ叩いてしまった宦官たちは借りを返すため、2人で顔を叩き合った。しかし胡善祥は許すも何も、これはただの表敬訪問だという。「金栄大人は皇上をお守りし、立派な功績があったお方、今も厚遇されている そんなお方を私が忘れたりするものですか…十分なお世話をしたいと思い来たのよ~」(((ʘ ʘ;)))ヒイッ!過去に胡善祥の相手として金栄を勧めた張本人の心眉(シンビ)は、猫撫で声で許しを請うた。もし胡善祥が皇太孫妃になれば自分はその総管、胡善祥が皇太子妃になれば自分がその総管になると都合よく持ち上げ、2人きりの時は親友だという。胡善祥は勝手に夢を見るなと呆れたが、心眉から思わぬ糸口を見つけた。「秀女になるには推薦人が肝心なのよ?太子妃の他に立派な推薦人がいれば心強い 高官に心付けを贈りお願いして、家族3代の記録を出せば成功は間違いなし!」「高官ってどれくらい高位の人?」「最も高位の人は…皇上よ、太子でもいいわ、超(チョウ)王とか漢(カン)王とか…」別々に下山した朱瞻基と徐浜、しかし皇帝が刺客に襲われ、若微が重症を負ったと知った。2人は孫愚(ソング)と一緒に回廊で診察が終わるのを待っていたが、ようやく侍医が出て来る。侍医の話では出血が酷かったが、若いため何とか一命を取り留めたという。激怒した朱瞻基は聶興を殺すと息巻いたが、殿内から朱瞻基を呼ぶ声が聞こえた。若微は聶興の追跡をやめさせたのが朱瞻基だと気づき、感謝した。しかし自分の人生は10年前に終わったと話し、来世で必ずこの恩に報いると誓う。朱瞻基は若微がやはり出て行くつもりなのだと察し、本気で恩に報いるつもりなら、恨みを捨ててしっかり生きるよう助言した。「…どう答えるべきか分からないわ」「では教えてやろう、爺爺(イエイエ)の使いが来る、身づくろいをしろ 昨夜は私の命も危ないところだった 君が爺爺に正しい判断をさせたおかげで、こうして再会できた」すると朱瞻基はどこへでも好きな所へ行ける若微が羨ましいと言った。自分はここにいるだけ、そして祖父をだます手を考えるだけだ。そして昨夜の刺客と若微の負傷や徐浜たちのことも説明しなくてはならない。「事を成すのは難しい、君はここを出たいだろう、だが言わせてくれ 10年前に人生が終わったなら、今の君は抜け殻も同然、私と芝居を続けないか?」一方、宮中では漢(カン)王・朱高煦(シュコウク)が趙(チョウ)王・朱高燧(シュコウスイ)から驚くべき報告を受けていた。実は今朝、父が鶏鳴(ケイメイ)寺を出たが、しばらく行方不明だったという。「昨夜、侍衛が死にました、彼が死ぬ前、銀千両を与えてこの秘密を得たのです ″建文(ケンブン)″という二文字を…」父が密かに建文と会ったのなら、何らかの布石を打って戻ったに違いない。「父が裏で策を弄するなら好きにさせよう、こちらにも考えがある」憤慨する朱高煦、そんな2人の様子を総管・鼻涕(ビテイ)が見ていた。その頃、永楽帝は詔獄(ショウゴク)に収監された楊士奇(ヨウシキ)と会っていた。おぞましい悲鳴が響く牢獄、永楽帝は思わず平気なのかと問う。楊士奇は初日こそ耐え難く、あまりに哀れで涙が出たと話した。「しかし初日だけでした、私が泣いても誰も哀れまない 有情(ウジョウ)の衆生は欲海を漂泊するのみ、泣いても無益です …最近はもう叫び声は耳に入りませぬ」「さすが修養の達人だな、いっそここに住むがいい」「はい、感謝したいします」永楽帝の脅しも楊士奇には効果がなかった。そこで永楽帝はもうひとつ質問することにする。「私が満足しない答えだと、ここでいつまでも修養を重ねることになるぞ? …ふっ、私の後継者は?」「太子です…よき太孫があり、大明(ミン)は3代に渡り栄えるでしょう」すると永楽帝は思わず笑った。東宮に朱高煦がやって来た。すると朝服(チョウフク)姿の皇太子・朱高熾(シュコウシ)を見て動揺を隠せない。「太子爺?休養はできましたか?!父上が私たちを利用していると知っていたと?」「百も承知さ~父上は戦の予算を出させるため、監国をお前に交代させた 私は休養できたし、お前は監国を体験できた」「馬鹿にしてる!」「分かっておらぬな~私たちは父上の手のひらの上にいるだけ そうわきまえて機嫌よく過ごした方が良いぞ~?」「断るっ!」父に翻弄された朱高煦は激怒し、出て行ってしまう。↓白毛閣大学士にも縁談が…U•x•U永楽帝が宮廷に戻り、朝議が始まった。すると永楽帝はオイラトを討つと決め、皇太子を監国に復帰させ、親征には第2皇子と第3皇子を連れて行くという。不満げな朱高煦をよそに皇帝の聖旨を淡々と読み上げる鼻涕、しかし一足先に退朝した永楽帝が途中で一度、呼吸を整えていることは誰も気づかなかった。…皇太子に監国として六部の総括権を与え、九錫(キュウシャク)を賜るまた楊士奇は文華閣大学士とし、兵部の統括を命ずる楊栄(ヨウエイ)と楊溥(ヨウフ)については懐仁閣大学士に任命し…朝議が終わり、官吏たちが楊氏3人の昇進に沸く中、解縉(カイシン)はひとり悶々としていた。しかしついに鼻涕に呼ばれ、聖旨を賜る。「″お前は博識ゆえ、あらゆる本を読むと豪語した 朕に仕える太監に度々、賂(マイナイ)を贈っては図書目録を盗ませていたな? 朕は長い間、我慢したぞ?″永楽大典″編纂(ヘンサン)の功績やお前の才能を考えたのだ だがお前は増長するばかりだった 高官になるため裏で太子に近づき、楊士奇を誣告(ブコク)したな?まるで楊修(ヨウシュウ)だ 朕は曹操(ソウソウ)とは違うぞ?荷物をまとめ、辺境で小役人になるがよい お前には辺境がふさわしい、出て行け″…ちんつー」鼻涕は思わず失笑し、皇帝が口語で詔を下すのは初めてだと言った。朝議後に父を訪ねた3兄弟、すると永楽帝は尚書房に置いてあった剣や槍を回廊に放り投げていた。朱高煦はおろおろしながら殿内の様子を確認していたが、朱高熾と朱高燧は笑いをこらえて傍観している。そこへ鼻涕が現れ、3人を案内した。「老二は活躍したな、刀を振り回しながら役人に接見したとか」「父上、私は身体を動かさないと気持ちが悪いのです( ̄▽ ̄;)」「では戦場で存分に振り回せ、で老三?ヌルガン都司にいる靖難(セイナン)の遺児は何人だ?」「約3万7000人です、労役に服していますが待遇は良いそうです」すると永楽帝は段階的に拘束を緩和し、老いた病人には治療のための移動を許すという。移動には子女の同行も認め、また科挙の受験も許可、遺児の出自を調べるよう命じた。また無罪の者や連座した者が何人いるか、ヌルガンの官吏に調べさせて報告するよう指示する。皇太子は思わず英明な判断だと拝礼した。「英明?ふっ、これで自分の悪口が減るならありがたい 朝廷の懸案を片付けるぞ、瞻基の婚儀を無事に済ませ、遷都の日取りを決めよう それで安心して発てる…」帰りの道すがら皇太子は弟たちの手を取り、こうして兄弟が揃って安心したと言った。朱高煦と朱高燧は手を振り払い、芝居はもうたくさんだという。「父上は千里眼なのか?我々は手も足も出ない!」「大哥もひどいですよ!聖旨のことを私たちに黙っていた!」弟たちに責められる朱高熾だったが、実は父は本当に千里眼だと教えた。「オランダ人が献上した長い筒があってな…」3人は思わず振り返ると、万が一に備え、朱高煦と朱高燧は長兄の肩に手を回して歩いた。解縉が東宮に乗り込んできた。解縉はこれまでひたすら献身し、やましいことは一切ないと訴え、誤解だと皇帝に取りなして欲しいという。しかし朱高熾は命じられた以上、辺境へ行くしかないと説得した。「陰謀の罪に問われたのだぞ? ″永楽大典″の功績がなければ、その首はとっくにはねられていただろうよ ここにいることが皇上に知られたら大変だ!…天牢に入るよりましだ」解縉はどこか釈然としなかったが、皇太子にうまく丸め込まれて出て行った。養生している若微の元へ胡善祥が薬湯を届けに来た。すると胡善祥は若微が読んでいる書物を取り上げ、身体を起こしてやる。「これは…説明が難しいけれど血を補う薬よ、皇上の命令だと尚儀から仰せつかったの」「ありがとう…姓は何?」「…胡、下の名は善祥よ」「孫姑娘(グーニャン)、あなたこそ名前は何?」「若微よ…泰然自若の″若″に微小の″微″…」その時、胡善祥の目から大粒の涙がこぼれた。「実を言うと10年前は違う姓だったわ…実の両親がいたの」そこで若微は寝台から飛び出し、部屋中を見回すと、棚にある如意を見つけた。「これでごっこ遊びしたことは?」それは若微と蔓茵(マンイン)だけが知っている姉妹だけの遊び道具だった。2人はついに姉妹であると確信、しばし抱き合って涙に暮れる。「じぇじぇ~」「そうよ、私があなたの姐姐よ!」「天が私たちを哀れんで再会させてくれたんだわ~」「蔓茵…」朱高煦は自ら監国の引き継ぎのため東宮へやって来た。再び東宮の書房に戻って来た六部の文書箱の数々、皇太子は不満そうな二弟にあと数日やってみるかと聞いたが、朱高煦は皇太子の仕事は奪えないという。「それにしてもこんな仕事を何年もよくできたものだ」「老二よ、私はこれを一日中しているのだぞ?しかも不満や小言を言われながらな 本当のことを言うと、火山の上に座っている気分だよ」しかし皇太子の愚痴も今の朱高煦にはただの自慢にしか聞こえない。「ふっ、楊士奇や解縉をうまく使いましたな? 太子爺、今回あなたは兵部の実権を手に入れた、得をしましたな…」すると朱高煦は帰って行った。つづく( ๑≧ꇴ≦)たいずいえ~ちょっとw
2020.07.10
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大明风华 Ming Dynasty第16話「2人の皇帝」永楽帝・朱棣(シュテイ)と建文帝・朱允炆(シュインブン)の再会に尽力する徐浜(ジョヒン)。しかしいざとなると孫愚(ソング)はやはり反対だと言い出した。若微(ジャクビ)は自分を守るためだと分かっていたが、靖難(セイナン)の遺児たちを解放するため、命を賭してやり遂げる覚悟だと訴える。徐浜は若微の志に感銘し、必ずやり遂げようと奮起した。「あの人に別れを告げてくる…」若微が部屋を出て行くと、孫愚はその背中を見送った。「若微は変わった…そう思わないか?」「死の淵に立てば人は変わる、かわいそうに… ″読み書きを覚え、人は苦悩を学ぶ″、だが若微はその前に幼くして苦悩を強いられた」若微は朱瞻基(シュセンキ)に別れを告げに向かったが、偶然、回廊にいるところを見つけた。なぜか急に引き返そうとする若微、しかし朱瞻基に別れを言いに来たのかと見破られてしまう。「すべてが終われば、もうあなたと会うことはない」「会うことはない?君たちは赦免されるのだ、義父と都にとどまれ」朱瞻基はどこへも行くなと若微を引き止めた。無事に終われば自分たちはもはや敵ではないという。「今後のことをゆっくり決めよう 遺児たちがいつ赦免されるのか、どんな大義名分で京都へ戻るのか、何も決まっていない 君はそれを見届けもしないで去って行くつもりか?」「…分かった、無事を祈るわ」すると朱瞻基は徐浜が自分を斬らんと剣を磨いているのではと揶揄する。若微は徐浜から朱瞻基と剣を交えたと聞いたことを思い出し、天下無敵の剣術士がなぜ逆賊と力を競うのかと嫌味で返した。「君のためだとしたら?」「…バカみたいっ」若微は思わず都には残らず、すぐ去ると言い出した。以前、海の向こうには素晴らしい世界があると聞いたことがあり、徐浜と一緒に船に乗って気ままに各地を巡るのも良いという。「私では駄目か?」「…しょせん私は逆賊、あなたは皇帝の孫、歩む道が違う」「去って行くならその前に君のことを忘れさせてくれ…そうでなければ行かせない」しかし若微は何とも答えようがなかった。その夜、宮中では皇太子妃の後ろ盾を得た胡善祥(コゼンショウ)が昇進の祝宴を開いていた。すると各部署ごとに侍女たちが一献を捧げにやって来る。胡善祥はその度に杯を空けては小遣いを渡した。「昇進したとは言え官服の威を借りているだけ~ 私に対する悪口は陰で言うだけにして~表ではしっかり支えてね~どうぞよろしく~♪」ひと段落すると、控えていた心眉(シンビ)がこっそり1000両の銀票を渡した。胡善祥はずい分と金持ちだと驚いたが、心眉は自分ではなく尚服(ショウフク)局の主管からだと教える。「これからは私たちも稼げるはず、姑姑ほどじゃないけど、あなたは副署なのよ? 今後も私をそばに置いてね」さらに尚食局の女官は胡善祥に5000両の銀子をつかませた。酔いも回って笑いが止まらない胡善祥、そこに突然、安(アン)貴妃が現れる。「安貴妃娘娘にご挨拶を…」胡善祥を始め祝宴にいた侍女たちは一斉に拝跪した。「立ってちょうだい…」朴妃の件で胡善祥を目の敵にしている安貴妃は胡善祥の耳をつまんで顔を引っ張り上げた。「聞かせて?誰に出世させてもらったの?」「イタタタ…太子妃です!」安貴妃はようやく胡善祥の耳から手を離すと、恥知らずと呼び、主を利用してのし上がったと蔑んだ。しかしそこへちょうど皇太子妃がやって来る。「宮中に生きる者はこの世を去る時、必ず宮女たちの世話になる どんな扱いを受けるかは宮女次第よ?肝に命じたほうがいい」張妍(チョウケン)は安貴妃を戒めて追い返すと、胡善祥にも助言してから帰った。「あなたもこれから学んで行くのよ?地位のある者の苦しみをね…」いよいよ2人の皇帝を引き合わせる日がやって来た。若微は日没までに永楽帝と共に霊山(レイサン)寺の仏塔へ到着し、すでに建文帝が侍衛2人と9階に登ったと知る。その様子を少し離れた場所から徐浜が千里鏡で確認していた。すると永楽帝が若微を連れて仏塔へ入って行くのが見える。人質の朱瞻基はのん気に手酌酒、誰か付き合わないかと戯れ言をいう。徐浜は見張り役は飲まないと教え、4人の正体を明かした。「1人は藍玉(ランギョク)大将軍の息子・藍田(ランデン)だ、一族は皆殺しに… もう1人は駙馬都尉(フバトイ)の息子、向こうの2人は鉄鉉(テツゲン)将軍の息子だ 建文帝の世であれば、おそらく一品上将軍になっていた」しかし朱瞻基はそんな話は無意味だという。「建文の世であれば、こちらが皆殺しにされ私はいない」徐浜は朱瞻基の横に座り、確かに考えても無意味だと同意した。「夜が明ければ我々は袖を分かつのだからな…」(  ̄꒳ ̄)b<映像は朝みたいですが、面会時間は日没~夜明け前です永楽帝は仏塔の1階に留まり、若微に伝言を託した。大役を任された若微は9階まで登り、ついに建文帝に謁見する。「御史大夫(ギョシタイフ)・景清(ケイセイ)の子です」「景清の子か…」若微は平伏したが、朱允炆は拝跪の必要はないと許して笠を取った。「私はもう皇帝ではない、ただの僧侶だ」「…陛下?なぜ僧侶の格好を?」「ふふ、僧侶の格好をしてはいけないか?昔は皇帝の格好をしていた」建文帝は穏やかな顔をしていた。若微は再び1階まで降りると、永楽帝に建文である証しを渡した。それは伝国璽(デンコクジ)の押印で、趙(チョウ)を滅ぼした始皇帝が″和(カ)氏の璧(ヘキ)″を得て、それを玉璽としたものだという。「角が欠けているだろう?うまく繋いである… かつて王莽(オウモウ)が漢(カン)に対して玉璽を渡すよう迫った時、投げつけられ欠けたのだ ぁ~見つからぬわけだ、甥の元にあったか」すると永楽帝は若微に実物を確認するよう命じたが、やはりそれは最後で良いと思い直した。永楽帝は建文の今の居所を聞くよう命じ、また太上皇(タイジョウコウ)の称号を授けたいと伝言した。太上皇の座に就いてもらえば世間の非難を静めることができると考えたのだ。甥には先祖の墓参りをして欲しいだけだという。しかし建文は二度と戻らないと話し、出家した身に帰る家はなく、拝む先祖もないと拒んだ。…太上皇の称号は必要ない、殿舎をもらう気もない、俗世における名も捨てた…住むなら山も宮廷も同じ、朱家の姓は何の意味も持たない、衆生はすべて等しい…どうか死後の心配などせず、民の幸せのために力を尽くしてください…私にしたことなど悔いるに値しない若微は永楽帝に建文帝の言葉を伝え、託された伝国璽を差し出した。まさか建文が要求される前に自ら差し出すとは…。永楽帝はいささか困惑したが、ついに念願だった伝国璽を手にした。…私はもう俗世を離れた…こたびは遺児たちを救うためにここへ来ただけ…皇上は安心して天下のために尽くし、恐れを忘れてくださいしかし永楽帝はまだ安心できないと漏らした。その頃、神機(シンキ)営は仏塔付近の山を巡回していた。すると草むらで何かがうごめいているのを見つける。神機営は山道を外れて捜索してみたが、獣だったのか、結局、何も見つからなかった。しかし木の上に隠れていたひとりの刺客に襲撃され、4人は殺されてしまう。その刺客とは鶏鳴(ケイメイ)寺を飛び出した聶興(ジョウキョウ)だった。疑り深い永楽帝は建文を試そうとした。そこで若微に夢の中で父から謀反人と罵られ、首を斬られそうになると話す。目が覚めると涙で顔が濡れており、まだ夢の中ではないかと不安になるというのだ。「だから太上皇の称号を受け取ってもらえたら、私の心も落ち着くことだろう この玉璽は一旦、返したい…行ってこい」しかし若微はすでに建文の答えを聞いていた。…この小さな印章は人の生死さえ左右する…しかしこれを使う者は己の運命さえ決められない、おかしなことだ…私が太上皇になっても何も変わらぬ…それより挽回しようとする努力が悪夢を消し去るはずだ…もし玉璽を受け取らぬというなら、いっそ海に捨て、この世から葬り去るべきだ驚いた永楽帝は思わず玉璽をつかんだ。若微は再び9階に上がったが、何度も往復してさすがにへとへとだった。そこで思わず建文帝に自分の疑問をぶつける。「私の質問です…ゼエゼエ… 私は幼くして両親を亡くし、復讐を旨として来ました そしてもし生きながらえたなら、この命を懸けて靖難の遺児たちを救おうと決めていました それが叶えば恨みも消えるかと…でも…そのあとはどうすればよいのです? 生きる支えがありません…ゼエゼエ…」「そなたを大切にしてくれる人は?」「おります…その人たちに報いたい…でもできない 恩に報いる方法が分からず、錐(キリ)で突かれるように心が痛むのです」「そなたは復讐を糧とし、叔父上は恐れを糧とした…苦しみは同じだ 信じなさい、心からの願いは決して朽ち果てぬ、この先、必ず良きことが待っている」「先が見えません…」「叔父上は何と?」「皇上はこう仰せでした、仏道に通じているなら私の来世がどうなるか教えて欲しいと」「叔父上にもそなたにも返す答えは同じだ 私がなぜ叔父上に玉璽を返したか、それは私に不要な物だからだ 物があっても恐れは消えぬ、私はもう満ち足りている どんな状況でも幸せに生きて行ける 皇帝として生きることも、僧侶として生きることも、私にとって違いはない…それを今生で学んだ 来世については…どう語れと?今生で失敗をしたから来世を知りたいと? その実、今生もまだ分からぬのに、来世を語る意味はない 一世の命はすなわち万世の命である、皇帝になるのも、僧侶になるのも難しい 反省し、変わることで心の平安は訪れる、どこに至ろうとも苦悩はある…己と和解することだ」若微は建文の言葉に感銘を受け、思わず涙した。「教えを胸に刻みます…感謝します」しかしその時、永楽帝が約束を違えて9階に現れた。永楽帝は今の話を聞いていた。「ひとつだけ問う、答えをごまかせばここで斬る」「構いません」「私が死んだ後、お前が反乱を起こしたりすれば、私は今日の和解を後悔するだろう、分かるか?」すると建文は護衛を下げた。「私の命を保証するため、太孫が自らの首を懸けているとか…」「そうだ、まだ若く、結婚もしておらぬ、だが孫は他にも…」「分かりました、この侍衛2人を太孫に引き渡し、私の命は叔父上にお預けします」「心にもないことを…」「その姑娘(グーニャン)は自らの命を懸け、数万の命を救おうとしている…」若微は男装していたが、建文は女子だと見抜いていた。「…仏門に入らずとも菩薩の道を歩んでいます、私は出家した身、何を恐れましょう? 達観しているからこそ、ここに来たのです」建文は自分を殺すことで安心を得られるならと両手を広げた。しかし若微が手を下すなら先に自分を殺すよう頼む。「皇帝!そうやって己の心の闇に負けたら、太孫の積み上げた苦労を踏みにじることに!皇帝!」緊迫する殿内、すると永楽帝が急ににやりとした。「建文は死んだ…記憶によれば、私が都へ攻め入った日に自害を…僧侶は殺せぬ」永楽帝は拱手し、僧侶の教示に感謝した。「またいつかご縁があれば…」永楽帝が戻ると、若微は急に安堵して体の力が抜けるのを感じた。すると建文がいきなり若微に向かってひざまずく。「やめてください!」「いつか遺児たちに会うことがあったら、私に代わってお詫びを…」若微は慌てて建文帝に叩頭し、拝命した。徐浜は仏塔から永楽帝と若微が出てくる姿を確認した。そして2人が帰ってしばらくすると建文が護衛と共に去って行くのが見える。徐浜は朱瞻基に2人の皇帝が無事に帰ったと報告した。すると酔って立ち上がれないふりをした朱瞻基は、手を貸してくれた護衛の帯剣を抜き、徐浜の首に当てる。「安心しろ、遺児たちは必ず私が救う、この命を懸けて誓おう お前は早く都から出て行け、遠くへ行き、二度と戻って来るな」朱瞻基は徐浜が若微のそばにいることを許さないと迫り、勝負を挑む。つづく( ๑≧ꇴ≦)建文!仏かっ!w永楽帝は闇深過ぎて怖いわ〜ここに来て皇太子と建文の好感度up!今週はいろいろ凄かったです
2020.07.04
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大明风华 Ming Dynasty第15話「上り始めた階段」永楽帝の妃・朴(ボク)妃が失踪し、夜を徹して捜索が続く後宮。そんな中、胡(コ)尚儀は自分の代わりに責任を取るとでしゃばった胡善祥(コゼンショウ)に激怒していた。しかし胡善祥は覚悟ならあると反発、部屋にあった白綾を手にする。驚いた胡尚儀は白綾を奪い取り、皇太子妃にとって胡善祥など犬や猫にも及ばぬ存在であり、進言さえ覚えていないと声を荒げた。「また怒るのですか?厳しくし過ぎたと後悔しますよ? 今、頼んだら私を秀女に推挙してくれますか?」「…この期に及んでまだその話を?…お前には生きて欲しい」すると皇太子妃の使いが″事は済んだか″と確認にやってくる。胡尚儀は思わず自分が死んだと伝えろと叫び、夜明けまでに進展があれば真っ先に自分に報告するよう命じた。胡尚儀は力なく椅子に腰掛けた。たとえ本当に胡善祥が朱(シュ)家に嫁げたとしても、平穏に暮らすことなどできないだろう。しかし胡善祥は刹那でも栄光を味わえるなら、何でもすると訴えた。「姑姑、今宵に賭けます、もし負けても後悔しません 鶏鳴(ケイメイ)寺に行って確かめてくださいませんか、身を挺して皇上を守った女子が私の姉かどうか 姉に似ている気がするのです、最期の望みです」胡善祥は姑姑の目からあふれる涙を拭った。その頃、安(アン)貴妃は朗報を願いながらうとうとしていたが、ふと物音がして目を覚ました。そこで部屋の中を確認してみたが、箪笥の中でガタッと音がする。安貴妃はまさかと思いながら扉を開けると、何と朴妃が眠っていた。「妹妹(メイメイ)?!起きて?!」朴妃はゆっくり目を開けると、母が娘の不運を嘆いて泣いている夢を見たという。「なぜ隠れているの?心配したのよ?」「姐姐(ジェジェ)…あの晩、皇上は私に触れていないのです…こんなこと誰にも相談できなくて… 子を授かってなどいないのです…ウッ…」ようやく真実を告白した朴妃は号泣し、希望を失った安貴妃も涙した。( ๑≧ꇴ≦)エエエーッ!夜が明けた頃、皇太子妃の使いが尚儀局に駆けつけた。「太子妃がお呼びです」胡尚儀は胡善祥に逃げるよう勧め、自分が責任を取って罰を受けると覚悟する。「私の心残りはお前だけよ…私の腕の中で育ったのだもの…」すると胡善祥は胡尚儀の足にしがみついて止めた。その時、再び使いがやって来る。「朴妃がお戻りになりました、太子妃が娘と一緒に来るようにと…」胡尚儀は急に態度が一変、胡善祥を突き飛ばすと、さっさと出かけて行った。一方、皇太子・朱高熾(シュコウシ)は中庭で愛犬に餌をあげていた。そこへ張妍(チョウケン)が不機嫌そうに戻って来る。実は昨日、皇帝の寵愛を受けた朴妃が失踪し、今朝方ようやく戻って来たという。おかげで白髪になりそうだと金切り声を上げる張妍、しかし朱高熾は大げさだと笑った。「懐妊したかなど皇上は気にしておらぬ~」実は朱瞻基(シュセンキ)が献上した薬は皇太子が飲んでいた咳止めだった。もし本当に身体に害を及ぼす媚薬など皇帝に渡したら、かえって罪に問われてしまう。すると朱高熾は張妍を労って早く休むよう勧め、自分はここで息子の帰りを待つと話した。「危険なことに首を突っ込むゆえ、きちんと諭さねばならん」( ๑≧ꇴ≦)エエエーッ!胡善祥は賭けに勝った。皇太子妃は胡善祥を引き抜くと言ってきたという。胡尚儀は胡善祥の顔を見るなり思わず手を振り上げたが、叩くことはできなかった。確かに胡善祥に罪はない。ただ出世欲に駆られて皇太子妃に忠誠心を見せつけ、うまいこと取り入ったことが我慢ならなかった。「そんなに私の上に立ちたいなら行きなさい、2度と戻ってこないで…」「姑姑…行きません、おそばにいます、離れません」しかしその時、皇太子妃の使いがやって来た。「太子妃からお達しです… ″胡善祥を尚儀局副署に封じるゆえ、浣衣・食事の管理を、屋敷も与える″と…」胡尚儀は使いにひとまず外で待つよう命じた。「もし太孫妃に選ばれたら出自をどう説明する気?私も血縁にないと露呈し、殺されるのよ?! お達しの答えは?!くだらない口実を聞く気はないわっ!」すると胡善祥の目から大粒の涙がこぼれた。「尚儀大人(ダーレン)、拝命いたします」Σ( ̄。 ̄ノ)ノ 行くんかいっ朱高熾が愛犬と戯れていると、ようやく朱瞻基が戻って来た。最近、何をしているのか聞かれた朱瞻基は、訳知り顔で永楽帝の機密の任務だと教える。すると朱高熾は重用と冷遇が表裏一体だと釘を刺し、調子づいている息子を心配した。「お前は爺爺(イェイェ)を信頼しきっている、だが爺爺の方も同じだと思うか? この犬は可愛いが門番は任せられぬ、信頼できるとは限らぬからな」↓白毛閣大学士wそこで朱瞻基は父にこっそり任務を教えた。驚いた朱高熾は鶏鳴(ケイメイ)寺に行くと決め、朱瞻基が止めるのも聞かず出かけてしまう。朱瞻基は鶏鳴寺に到着しても父を説得していた。「建文(ケンブン)のことを尋ねる気ですか?2人は会うべきでは?爺爺も建文の命は守ると…」「そんな言葉を信じてはならん、信じるお前は愚か者だ」「正直に話します、私が人質になるので殺すはずありません」朱瞻基は永楽帝を怒らせないよう頼み込んだが、父から甘いと叱られてしまう。「建文を前にして殺さぬと思うのか?お前も殺される可能性があるのだぞ?」確かに祖父には皇太子の代わりも、朱瞻基の他にも孫がいる。すると朱高熾は父が何より恐れているのは突然、死が訪れ、皇帝の座を奪われることだと言った。建文はまだ若く、現在の朝廷にも建文の旧臣たちが大勢いる。もし建文の呼びかけに国中が応じれば、再び内乱が起こるだろう。「爺爺は建文から皇帝の座を守るためなら、お前の命など気に留めぬ」( ๑≧ꇴ≦)エエエーッ!胡善祥は真っ赤な官服をまとって太子府に参上し、皇太子妃にお茶を献じて就任の挨拶とした。張妍は胡善祥が胡尚儀と何度か訪ねて来たことがあったと思い出したが、胡善祥は端で控えているだけだったと告げる。「わきまえているわね、私が嫁いだ時、太子はまだ燕(エン)王の世継ぎで、好きに振る舞えなかった 宮中の規則を会得するのに2年かかったわ、あなたはやり手ね」「太子妃娘娘(ニャンニャン)は高貴ゆえ、私とは異なります」「高貴?そうかしら?」張妍は宮中での自分にまつわる噂を知っていた。父親はただの書生で、弟はしがない商人、そのせいで皇太子からは貧乏臭さが漂っているとか。「太子妃はこのうえないケチだとね」しかし胡善祥は2人を理解していない者たちの噂など聞かないようにしているという。「黄河の水害に見舞われた年、太子爺は地方官吏と救援の方法を毎夜、話し合われました 当時、私は子供でしたが夜食を届けに… 太子爺は夜が明けてから食し、冷めてもお咎めにならなかった 皇帝にふさわしい器の持ち主です、太子妃娘娘も公私を分けていらっしゃる… ゆえに仕える私たちは褒美が少なく、冬の衣を新調できずとも満足です」「増やせというの?」「それでも難しいかと… 昇進を祝う宴席を設けるよう皆にねだられますが、私の褒美ではとても足りません」張妍は思わず失笑し、宴席の代金は太子府が持つと許した。胡善祥は平伏して決して恩を忘れないと誓ったが、その時、張妍から思わぬ指摘を受ける。「あることを思い出した、太子が言っていたの…ある女官が秀女になりたいらしいと 実はあの時、同じ部屋にいたから覚えているわ、あなたよね?」「…はい、命がけでお仕えいたします!」「そんな忠誠心はいらない、あなたは己の出自を隠しなさい 皇太子は愚かよ、罪臣の子を救うとはね、私の目にも留まるなんて実に面倒だわ あなたもなぜ昔のことを?」「…もう2度と口にしません」「忘れないで、″罪臣の子″のお前はあの時に死んだのよ…不祥事は起こさないで」↓太子妃、お前もか…w朱高熾が鐘撞堂でひざまずいて待っていると、永楽帝が朱瞻基と一緒に現れた。すると永楽帝は朱瞻基に父を起こして座らせてやれという。「どうした?太子の位に飽きて、皇帝の座を譲れと?」朱瞻基はそんなわけないと笑ったが、永楽帝は孫に父親の本当の姿を教えてやることにした。「この何年もの間、各地で官吏となった者は皆、高熾の門下たちだ 太子府の属官か科挙の合格者から高熾が抜擢した者である 叔父たちは威張っているが、大明で最も実力がある者はこの太子だ」「…父上、官吏の抜擢に私情は挟んでおりません」「そうなのか?太子府の楊士奇(ヨウシキ)たちを入閣させたのはなぜだ?私心があるからでは?」「私はこの国の太子です、有能な官吏を抜擢するのは国のため それを私心というなら私心でしょう、朱家以外の誰が私心を持ちますか?」「よく言った!ここがすごいのだ、口を開けば仁義や道徳を説く!」永楽帝は謀反の一族である朱家からなぜこんな聖人が現れたのかと揶揄した。つまり皇太子が聖人なら自分は悪人ということか…。実は永楽帝のもとに皇太子の罷免を解けと山ほど上奏が来ていた。「訴えてきた者は皆、詔獄(ショウゴク)に入れる!お前が私にそうさせるのだぞ? 己の高潔を示すために家具を売っていたのか?よかろう、ならば必要な金を与え、私は出家する お前たち兄弟の争いにも関わらぬ、私の命を縮めるなっ!」永楽帝の怒号を聞いた朱瞻基は慌ててひざまずき、父を誤解していると訴えた。しかし祖父の怒りは収まらない。すると朱高熾は立ち上がって拝礼し、自分の胸の内をさらけ出した。「私は造反せぬゆえ太子にしたのでしょう 私に謀(ハカリゴト)はなく、弟のように戦の能力もありません 反乱が起こらぬよう民の暮らしのことを考えています 父上は老二を監国にしました、私のことを憐れみ、休ませるためのお気遣いです …私は太子でなくても父上の子でいられれば満足です 私を信じなくても構いませんが、この子のことはご信頼を… 父上の姿を見ながら育ち、父上のことをよく理解しております この子が死ねば朱家に希望はなくなります、建文に会うためにこの子を人質にするとか? なりませぬ、父上は気まぐれです、もし変わらないのなら…」朱高熾は父の前でひざまずいた。「もし変わらないのなら私は謀反を起こすでしょう」↓どっちが父だ?w永楽帝は平伏する朱高熾の前に屈み込んだ。「…親子の間にこれほどの不信感が?家族とは何なのだ?」「家族ですか?ふっ、私たちを家族だと覚えておられるなら、満足です」すると永楽帝は叩頭している息子と孫をよそに、黙って殿内に戻ってしまう。朱瞻基は生きた心地がしなかった。しかし朱高熾は長らく弱肉強食の中で生きていた父は人を信用できないのだと教える。「だが私は人として真っ当に生きたい…好きにさせよう」こうして朱高熾も東宮へ帰って行った。その頃、孫若微(ソンジャクビ)たちは永楽帝と建文帝を引き合わせる最終調整に入っていた。建文帝はすでに身を移し、徐浜(ジョヒン)が迎えに行くという。「5日後、霊山(レイサン)寺の仏塔で集合を、れぞれ侍衛を2名つけて来ます 皇帝同士は顔を合わせられぬゆえ、お前が伝言役を…」「徐浜大哥は?」「太孫を人質に外で待つ、子の刻が過ぎ、建文帝が戻らねば首を斬る」「ダメだ!」孫愚(ソング)はこの件には裏がある気がすると不安を隠せない。長年、身を隠していた建文帝が本当に危険を冒して皇帝に会うだろうか。もし建文帝が替え玉なら、自分たちが君主を欺いた罪に問われてしまう。しかし徐浜は受け取った文が間違いなく建文帝の筆跡だったと安心させた。すると孫愚は朱棣(シュテイ)が建文帝を殺そうとするかもしれないと危惧する。徐浜はいざとなったら太孫を殺して自害すると言ったが、孫愚は思わず卓を叩き、絶対に駄目だと反対した。「父上、太孫だけで足りねば、皇帝の首も…」若微の大胆な発言にさすがの徐浜と孫愚も肝をつぶしたが、若微の決心は揺らがなかった。「徐浜大哥が死ねば私も生きられない…」その言葉に思わず徐浜は若微の手を握りしめる。若微は面会にも立ち会うことから、命がけで徐浜と孫愚を守ると誓った。「命を賭してやり遂げる覚悟よ…父上、私の宿願を叶えさせて」つづく( ๑≧ꇴ≦)うわあぁぁぁぁ!←言葉にならないw
2020.07.03
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大明风华 Ming Dynasty第14話「消えた妃」永楽帝の命で徐浜(ジョヒン)・聶興(ジョウキョウ)・孫愚(ソング)を鶏鳴(ケイメイ)寺まで護送した趙(チョウ)王・朱高燧(シュコウスイ)。しかし門には皇帝のお達しを告げるべく甥の朱瞻基(シュセンキ)が待っていた。「″高燧に告ぐ、連れて来た罪人の徐浜・聶興・孫愚を御前に…高燧は外で待て″」「私が捕縛したのだぞ!なぜ会えぬ!」「三叔、お達しの途中ですよ〜? ″高燧と同じ愚か者と朕を欺く方法をよく話し合ってから会いに来い!″と…」こうして朱瞻基は3人の奪還に成功、朱高燧は狐につままれたような顔で今度は自分が石段に腰をかけた。そこへ漢(カン)王・朱高煦(シュコウク)が到着する。「何をしている?」「皇上のお達しです、二哥と話し合ってから来いと…」2人は互いに相手が何かしでかしたと疑って口論となったが、そこへ太監がやって来た。「皇上は碁を打つので用がなければお帰りください」「待て!3人の処分について皇上にお伺いを…」「…?3人とは?」何も知らない太監はさっさと引き上げ、門を閉めてしまう。宮中では朴(ボク)妃の世話を任された胡善祥(コゼンショウ)が今日も朴妃の食事を見張っていた。苛立った朴妃は食事を止めて席を立ち、胡善祥の帳面を取り上げる。実は皇帝の寵愛を受けた妃は1ヶ月の間、飲食から排泄、睡眠に至るまで日常を克明に記し、懐妊していた場合は侍医が参考にすることになっていた。めでたく子を産めば東宮のそばに殿舎を設け、皇太子妃と尚儀が面倒を見ることになる。また称号も変わり貴妃に封じられ、身の回りの物はもちろん、俸禄も変わるはずだ。「安貴妃と同じになるの?」「お子のいない安貴妃とは当然、違います」「私は籠の鳥になってしまうの…?」すると朴妃は最近、妙な噂を聞いたという。「こう言ってたわ、″朴妃が子を授からなければ皇上まで笑い物になるだろう″と… 太子、漢王、趙王、皆がそれを望んでいる」胡善祥は咄嗟に平伏し、噂をした者は罰すると約束した。しかし朴妃は誰が言ったのか教えないという。「所詮あなたも同類よ、誠実そうな顔をして陰で何をしているか分からない」朴妃は帳面を持って出て行こうとしが、胡善祥はすかさず記録の返却を求めた。これに朴妃の怒りが爆発、思わず帳面で胡善祥を叩いてしまう。「何よ!蓮根だの、豆腐だの…余計なお世話よ!下がりなさい!ちっ!」胡善祥はすぐ侍女たちを自分の部屋に集めた。「誰かが朴妃の前でこんなことを言ったそうです、″ご懐妊されなければ皇上の恥″だと…」驚いた侍女たちは一斉にひざまずいて否定したが、胡善祥は火のないところに煙は立たないはずだと疑う。「正直に言いなさいっ! 皆さんは宮中に来て長いはず、何を語ればどうなるか十分に知っているはずです! でも追求はやめるわ、全員に累が及びかねないっ!」胡尚儀はきつく注意をして侍女たちを恐縮させると、今度は下手に出た。「さあ皆さん、お立ちになって~ 姑姑の命令なので厳しく言わないと私が怒られてしまうのです ひどい言い方をして失礼しました」胡善祥は拝礼し、噂の出どころが太監かもしれないと矛先を変えて侍女たちを安心させた。すると侍女たちにも笑顔が戻る。「皆さん、もっとこちらへ…朴妃のことはもう少しの辛抱です あと数日もすれば脈診が行われます、ご懐妊の兆候がなければ元の場所へ帰される でも万一ご懐妊ということになれば、それは皆さんのお手柄になります 私のこともお引き立てを(ニッコリ)」胡善祥は皆で力を合わせて乗り切ろうと訴え、漢王妃や趙王妃以外にも訪ねて来る人がいるか聞いた。侍女の話では漢王や趙王の太監が何度も探りに来ているという。「やっぱり噂は太監たちの仕業ね!それより皆さんの見立てを聞かせて?懐妊の兆候は?」しかし侍女たちは一様に首を横に振った。「だとするとこれは大変よ~私たちはいいとしても、本当に皇上が恥をかくことになる」ちょうどその話を朴妃が立ち聞きしていた。「王府の太監たちが噂していたように、漢王と趙王は大いに喜ぶでしょうね~」すると侍女たちは失笑した。「この話は内密にね、外に漏れたら大変だわ~」どっ!>ʕ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʔ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʔ<あははは~!朱瞻基は徐浜、聶興、孫愚を鶏鳴寺でかくまった。そこで徐浜は朱瞻基を回廊に連れ出し、若微から″3万の遺児を解放してくれるなら私怨を水に流し、命令に従う″と聞いたと確認する。すると朱瞻基はまず永楽帝と建文(ケンブン)を引き合わせることが条件だと迫った。徐浜は朱棣(シュテイ)の目的を聞いてみたが、朱瞻基はあくまで叔父と甥の再会に過ぎないという。果たして本当に朱瞻基を信じていいのか…。徐浜はまだどこか納得できない様子だった。しかし朱瞻基は皇帝が己の名を汚すような真似はしないと断言する。「私は本気でやり遂げる、そして責任も全て負う」骨董店での襲撃で足を怪我した聶興は高熱を出していたせいで一体、何があったのか分からずにいた。孫若微(ソンジャクビ)は言わなくていいと止めたが、孫愚は自分たちが趙王に捕まり、その後、朱瞻基に助けられ、取引を持ちかけられたと話してしまう。驚いた聶興は罠に決まっていると猛反発した。しかし若微は信じるという。復讐を誓って都に来たが、結局、駒として操られ、兄弟たちの多くは市中で命を落とし、負傷した者たちも結局は助からなかった。若微は遺児たちを助けられるなら両親の叱責も受け入れると覚悟し、無駄死にするより生きている人の役に立ちたいという。その夜、若微は出て行くと暴れる聶興を縄で縛って拘束した。「どこへ行くつもりよ?」「分からない、どこかで療養したら…多分また皇帝を殺しに戻る! 俺がここを出たら、お前とは永遠に敵同士ということだ」「じゃあ、戻ってきた時は…私も殺すの?」「…ああ」翌朝、安貴妃はまた侍医を連れて朴妃を訪ねた。「妹妹(メイメイ)は?」「食後の休憩を…」安貴妃は朴妃の様子を確認すると言って寝殿に入ったが、朴妃の姿はなかった。安貴妃は一族の希望となる朴妃が消えたと大騒ぎした。知らせを受けた胡尚儀は東宮へ駆けつけ、動揺する安貴妃をなだめる。しかし安貴妃は誰かが皇帝の寵愛を受けた朴妃を陥れたに違いないと訴えた。「もし皇上に皇子が生まれたら(ふっ)太子・漢王・趙王は都合が悪いものね?」皇太子妃・張妍(チョウケン)はあらぬ疑いをかけられ激怒、皇子3人は誰も皇帝の意向に反対などしていないと言い返した。「鶏鳴寺へ行って皇上に確かめたら?」「望むところよ!」いきり立つ2人はすぐ出かけると言いだしたが、胡尚儀が皇太子妃を止めた。「規則によると寵愛を受けた妃は1ヶ月の間ひとりで暮らし、侍医が脈診をして懐妊を確かめる その間どなたの面会もお断りします 安貴妃だけは日頃のよしみを考慮して度々の訪問も目をつぶっておりました そのようにお騒ぎになると、掟破りを見逃したことが明るみに出て太子妃にも累が及びます 安貴妃、皇上に問い詰められたら何と申し開きを?」すると安貴妃は仕方なく皇帝への嘆願を諦め、胡尚儀に任せることにした。後宮の長として張妍は胡尚儀と共に朴妃の捜索を見守ることにした。そこへ胡善祥が駆けつけ、胡尚儀の耳元で何か言おうとする。すると胡尚儀はいきなり胡善祥をひっぱたいた。「太子妃の前で内緒話とは無礼なっっっ!!!…話して」「…衛兵の話によれば、外へ出た者はいないそうです」朴妃は一体、どこへ消えたのか。一方、鶏鳴寺では徐浜がついに永楽帝に謁見していた。永楽帝はこの件が叶えば徐浜に官位を与えると決め、徐浜を立たせる。「先に段取りを聞こう」「無錫(ムシャク)の霊山寺にてお会いいただきます、山頂に塔がありますので、そこが良いかと… 建文帝は先に9階へ上がりますので、皇上は1階へ、顔を合わせることはできません」「なぜだ?」「建文帝は再会を望んでおりません、しかし本人である証しは示すとのこと、それが精一杯です」建文は出家していた。この件に応じたのは3万人の遺児のためだという。永楽帝は確かに自分も顔を合わせるのは辛いと話し、ただ本人であることは確かめると言った。2人が会う刻限は15日後の日没、永楽帝には夜明けまでに帰ってもらう。永楽帝はできれば建文に殿舎を建ててやりたいと言ったが、徐浜は仏門に入った身の建文帝は殿舎など望んでいないだろうと諌めた。永楽帝は徐浜を下げ、朱瞻基に自信があるか確認した。すると朱瞻基は自分の首を懸けていると答える。「建文の身に何かあれば大変です…どうかお願いします」「あははは~馬鹿者、お前を犠牲にするものか」永楽帝は良くやったと褒め、実は褒美を決めてあると言った。しかし朱瞻基はひざまずいて辞退し、その代わり願いがあるという。「3万人の遺児たちを赦免し、都へお戻しください…」「遺児たちを苦役から解放し、必要な物を与え、医者を派遣し、親の弔いをさせ、都に戻すのだな? …爺爺はやらぬ、己の行いに悔いはない、信念を変える皇帝にはならぬ 生涯かけて異民族を平定し、遷都を果たし、運河を開き、″永楽大典″を編纂し、天下の名君となる 建文に会う目的は皇帝としての謝罪ではなく、叔父としての謝罪だ、分かるか? 遺児を救うことはお前たちに任せる、私がやるべきは遷都と異民族の平定だ それで思い残すことはない」永楽帝は遺児の解放を次の世代に託した。「君主の重責を肝に銘じ、私も励みます」若微は聶興の様子を見に行ったが、すでに聶興は出て行った後だった。孫愚は一晩かけて説得したが、死んでも出て行くと言い張ったという。「止めてよ!」「死ぬまで縛っておけと言うのか?」聶興は血の気が多く、思い込んだら意地でも突き進む。孫愚はそんな聶興を止めることなどできないと言った。「お前は目覚めたが、聶興はまだ夢の中だ…」一方、宮中では朴妃の大捜索が続いていた。ついには井戸や堀まで調べたが、手がかりすらない。「尚儀…終わったわ…」妃が消えたなど前代未聞、張妍は2皇子や3皇子につけ込まれると分かっていた。しかし胡尚儀は朴妃の生活を担当していたのは尚儀局だと話し、すべての責任は自分にあるとひざまずく。「法に従い、私が刑に服すだけです、たとえ骸の状態でも朴妃を探し出します」「だけど、その骸さえなかったら?」すると控えていた胡善祥が入ってきた。「簡単です、骸は用意できます」張妍は胡善祥と一緒に尚儀局を出た。すると途中で人払いし、胡善祥の忠誠心を褒める。胡善祥はその場にひざまずき、皇太子に命を救われた恩があると言った。「なので太子妃と姑姑にも恩返しを…」実は胡善祥は朴妃の身代わりの骸として自分の身を捧げるという。「この命をもってお役に立てるなら本望です、夜明け前に毒を飲みます」しかし張妍は生きてこそ、その忠誠心が役に立つと言って止めた。胡善祥は報告のため安貴妃の寝殿を訪ねた。しかし新しい情報は何もなく、徹夜で捜索を続けていると告げる。安貴妃は自分も寝ずに待つと圧力をかけ、見つからねば皇帝に話すと脅した。すると胡善祥は思わず朴妃が子を宿さねば元の生活に戻るだけだが、もし子を宿していながら勝手に出歩いたとなれば罪は大きいと言い返してしまう。「よくもっ!」「娘娘(ニャンニャン)、お静まりを…太子妃は″生死はともかく必ず見つける″と…」胡善祥はさすがに疲れきって尚儀局に戻った。すると胡尚儀は胡善祥をたれ布で覆った部屋に案内する。そこには椅子が1つしかなかった。「縊死(イシ)、服毒、それとも私に任せる?」「姑姑、いきなり何です?」すると胡尚儀は胡善祥を椅子に座らせ、胸ぐらをつかむ。「誰が責任を取れと?!」「姑姑のためです!」「責任を取るのは私よ?」つづく(^ꇴ^)さすが尚儀が育てただけあって、胡善祥もなかなかですなwそれにしても朴妃の話って…早送りしたいです( ̄▽ ̄;)
2020.06.27
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大明风华 Ming Dynasty第13話「交換条件」趙(チョウ)王府に漢(カン)王・朱高煦(シュコウク)が現れた。朱高燧(シュコウスイ)は話をそらすため、実は二兄が喜ぶ話があるという。実は朱瞻基(シュセンキ)が金令牌(キンレイハイ)を没収されたというのだ。しかし到底、そんな話で朱高煦が納得するはずもない。「老三…あの靖難(セイナン)の遺児たちを瞻基に渡したのか?」「二哥の行動に皇上は疑念を抱いています、だから瞻基は挑発しに来たのです、断れませぬ」「老三!私を陥れる魂胆か!」朱高煦はしびれを切らし、3人をすぐ引き渡せと迫った。すると朱高燧はあの3人が自分の護身符も同然だと牽制する。「感心しませんな、密かに遺児を手駒にし、こたび騒動を引き起こした、どう釈明するので?」朱高煦は保身に走った弟に愛想を尽かし、帰って行った。鶏鳴(ケイメイ)寺では永楽帝・朱棣(シュテイ)が老和尚・姚広孝(ヨウコウコウ)に江南(コウナン)の文句を言っていた。実は江南の蔵書家たちが寄贈した宋代の書に偽物が混ざっているとか、″永楽大典(エイラクタイテン)″の編纂(ヘンサン)に際しても、骨董商たちを集めて古書を偽造させたという噂がある。永楽帝は以前から江南が気に入らなかったが、靖難の役で援護してくれた恩があった。その時、外から朱瞻基と侍衛がもめている声が聞こえて来る。永楽帝は仕方なく朱瞻基を通せと許した。姚広孝は半ば強引に皇帝に謁見した朱瞻基を無礼だと叱った。朱瞻基は確かに自分の行いは幼稚だと開き直ったが、建文(ケンブン)を躍起になって探す爺爺(イェイェ)も子供じみているとやり返す。しかし父から″靖難で使った武器は燕(エン)王府の地下で作った″と聞いてひらめいたのだ。「表立った行動を取っても勝てるとは限らぬ、隠密な行動こそ成果を得られる…」そこで永楽帝は黙って金令牌を投げ渡した。朱瞻基は目の前にある金令牌を拾ったが、黙って卓の上に戻し、自力で得ると辞退する。「…ようやく気がついたか、父からよく学ぶのだ」「え?父上から?」すると永楽帝は銀票を差し出し、賭けで勝ったとでも言って皇太子・朱高熾(シュコウシ)に渡すよう指示した。「ふっ、悪知恵が働くな、まあよい、二叔に渡しておだてておけ」「おだてるのはお断りします」朱瞻基は資金不足を兄弟3人で負担すると決め、父を追い詰めた二叔を恨んでいた。「どこまでも幼稚だな~皇族が金を出すのに官吏が傍観できるか?」永楽帝は官吏たちに長年、懐に入れてきた賂(マイナイ)を献上させるための二叔父の妙策だと教え、これからは急用でない限り入って来るなと命じた。「規則を破ればお前を守ってやれぬ」回復した孫若微(ソンジャクビ)が庭を散策していると、朱瞻基が駆けつけた。しかし珍しく朱瞻基はどこか上の空、若微は何かあったと気づく。「あなたもそんな表情をするのね?」「…爺爺に賜った金令牌を没収された」今や若微は皇帝の命の恩人、片や自分は役に立たない無能な孫だという。若微は義父たちがどこにいるのか尋ねたが、実は何者かに連れ去られていた。しかし朱瞻基は必ず探し出すと約束する。「功を立てようと焦った報いだ、父上は太子だが気弱で頼りない 爺爺は年老いているし本心も明かさぬ、父上が失脚すれば私も命の保証はない 意外かもしれないが、実は綱渡りの状態だったのだ…君を連行して悪かった」「今さら遅いわ…」「朱家の状況が変わったゆえ早く帰す、恨まれたくないからな それに君がそばにいると…胸がざわつくっ!」( ゚ェ゚)ハイ?←ピントこないルォウェイ鶏鳴寺に朱高煦がやって来た。朱高煦は父にそろそろ宮中へ戻って欲しいと訴え、自分では何も決められないという。「任務に疲れたのか?」「まさか、父上も弱音を吐きません」「お前とは事情が違う、私は得意なことのみ行い、官吏との交渉などはやっておらぬ 高熾が適任だ、だが高熾より有能なのだろう?お前がやれ」「父上!いつ私がそんな事を…私がそんな事は言わないとご存知のはずです」「強気なのは悪いことではない… 20年かけて異民族を一掃するつもりだ、そのうち内政について教えてやる」朱高煦は心外だった。野心家と思われぬよう父に言われた通り兄を尊重しているつもりだ。「私には戦ができても、他は何もできません」朱瞻基は孫若微を連れて梅(バイ)山まで遠出した。実は孫愚(ソング)たちを捜し出すと約束したものの、頼みの金令牌を没収され、監国は二叔父となり、調査が難航しているという。それでも朱瞻基は″靖難(セイナン)の役″の間違いを正してやると明言した。「だから君も生きると約束してくれ、大明や3万人の仲間と己のためにな 生きてさえいれば希望はあるのだ」「…建文帝に会いたいなら父上を探して」一方、朱高煦は父に皇太子が1万両を届けに来たと報告していた。しかし家具も売れていない皇太子がどう工面したのか心配だという。まさか父が援助したとは知らない朱高煦は、官吏から巻き上げた金ではないかと疑った。「解縉(カイシン)がよく大哥と面会を…皇上の寵臣で太子派だと豪語しているゆえ、何も言えませぬ」朱高煦は皇太子が規則に背いて官吏と親交を深めていると告げ口し、父から忠告して欲しいと訴えた。「ウム…で高燧は?」「老三?最も理解できませぬ!刺客の黒幕も捕縛できず、毎日こそこそと怪しい行動を!」すると永楽帝は何事も中途半端な高燧を鍛えるよう指示し、自分は歳を取ったので身体が利かないと弱音を吐いた。その頃、朱瞻基のもとに急報が届く。やはり3人は趙王のもとにいた。宮中では王妃たちが永楽帝の寵愛を受けた朴(ボク)妃が懐妊しているか否かを探っていた。中でも同郷の安(アン)貴妃は必死、自ら侍医を連れて寝殿に乗り込み調べようとする。しかし朴妃はうんざりし、疲れていると断って侍医を追い返した。若微は鶏鳴寺に戻ると、ちょうど裏山で綱渡りをしている老和尚を見つけた。何でもこうして鳥のように高い場所で歩いていると悟りが開けるのだとか。姚広孝は先代の門主である師匠から学んだと教えていると、そこへ永楽帝がやって来た。「瞻基と散歩に出掛けたのではないのか?」「用があると…皇上の心の病を治すとのことです」すると永楽帝は若微を連れて殿内へ戻った。若微は皇太孫が皇帝の悩みを除くと伝え、ひざまずいた。「何でも与えてやるとおっしゃいました…遺児である3万人に代わりお願いがあります かつての恩讐を解き、血を洗い流して太平の世を築いてください」そこで永楽帝は交換条件を出した。「私は誰の願いも聞かぬ、だが建文を連れて来られたら過去のことは水に流してやる その3万人を無事に都へ戻そう」永楽帝は天地の神が証人だと言った。「今のお言葉は太孫に直接、お伝えください」「呼んで来い」すると若微は痺れた足を崩し、金令牌がないので会えないそうだと伝える。永楽帝は思わず失笑し、冗談を真に受けたのかと呆れた。馬車で移動中の皇甫雲和(コウホウンワ)はいきなり何者かに拘束された。すると朱瞻基が現れ、若微と面会させる。若微はすでに漢王が″皇爺″だと知っていた。自分たちが何者かの手駒として都に入ったと気づいていたが、まさか尊敬していた皇甫だったとは…。そこで朱瞻基は皇甫に自分と手を組まないかと誘った。皇甫は到底、朱瞻基を信用できず、若微のように敵討ちを忘れることもできないと揶揄する。そこで若微は鶏鳴寺で療養中に立ち聞きした興味深い話を教えた。…あの夜、若微は偶然、永楽帝が趙王が連行した罪人を尋問している様子を見かけた。『大明には何人で来た?』『5人、2人は商人に扮装を…あの弓矢は明の都の職人が作り、他の武器は自国から持ち込んだ』『宮中に内通者は?』刺客は否定したが、永楽帝は信じられないという。そこで白状すれば助けてやると言ったが、刺客は首を横に振るだけだった。永楽帝は仕方なく園遊会の暗殺未遂事件を趙王に任せると決め、そこで罪人を下げる。『で、あやつだと思うか?』『二哥は確かに野心家ですが、アデン国と結託はしていないかと…』『高煦と靖難の遺児とはどんな関係だ?』『ひた隠しにしており、詳細は不明です』『己の息子に裏切られていたとはな…』『漢王府に皇甫という官吏がおり、二哥は信頼を… 調べたところ、名も経歴も詐称しています、その者が遺児との橋渡しを… 最近、失態を犯したようです、捕らえて尋問しますか?』…すでに永楽帝は漢王と皇甫雲和の関係を知っていた。皇甫はそんな話で自分を脅せると思うかと強気に出たが、朱瞻基は失笑する。「思い上がっている者は実に滑稽だ~ 率直に言おう、私に協力すれば命は助けてやる、答えを焦るな、まずは話を聞け」朴妃の世話を任されている胡尚儀は、今日も寝殿に食事を届けに向かった。すると宮道で漢王妃と趙王妃と出くわす。2人の目的は当然、朴妃が懐妊しているかどうかを知ることだった。漢王妃は見舞いと称して一緒に行きたいと訴えたが、胡尚儀は大事な時期のため訪問は控えて欲しいと告げる。「断ることも私の責務なのです、懐妊の知らせを受けましたらすぐお二人にお伝えします」胡尚儀はやんわり断ったが、趙王妃が探りを入れた。「…であなたは懐妊していると思う?」すると胡尚儀は突然、控えていた胡善祥(コゼンショウ)を叱りつける。「何をしているの!料理が冷めるわ!朴妃が体調を崩したらどうするの?!」胡善祥は両手に大きな岡持ちを下げて歩き出すと、背中に姑姑の罵声を浴びながらほくそ笑む。「皇上がご不在とは言え、規則を破れば私が罰を与えるわよっ!」漢王妃はそれが自分たちへの戒めだと気づき、仕方なく引き下がった。皇甫雲和は尚書房の漢王を訪ね、例の3人を見つけたと報告した。「ですが問題が…今ここでお伝えしても?」その頃、朱高燧は自ら刺客に尋問していた。「名を申せ…申すのだ…」しかし拷問でぼろぼろになった刺客は意識がない。「寝るな、起きろ!よく考えよ、漢王なのか?答えるのだ…」すると誰かの咳払いが聞こえた。「誰だっ!!!誰も入れるなと言ったはずだぞっ!!!」激昂した朱高燧だったが、振り返った途端に表情が一変する。「(はっ!)二哥?どうしてこんな場所に?汚れますよ~外へ行きましょう」朱高燧は慌てて二兄を連れ出そうとしたが、もはや朱高煦を内通者に仕立て上げようとしていたことは明らかだった。憤慨した朱高煦は思い切り朱高燧の腹に一発、食らわせると、父の歓心を買おうなど考えが甘いと釘を刺す。「二哥…私が二哥派なのは誰でも知っています…ゥッ…濡れ衣ですよ」「例の者たちをすぐ私に引き渡せ、お前に機会は与えたぞ」朱高燧は仕方なく3人の牢へやって来た。聶興(ジョウキョウ)は抵抗した際に怪我を負ったが、どうやらまだ生きている。そこで朱高燧は建文の旧臣だった徐浜(ジョヒン)に声をかけた。「建文はどこにいる?拷問にかけられ命を落とせば、吐く機会はなくなるぞ」「ふっ、いずれは天罰を受ける身だ」「二哥より倍の報酬を与える…官吏になりたいか?私が推挙してやる」「王爺(ワンイェ)、初めて会った時のことを覚えているか?」「もちろんだ、皇上に仕える者だと言ったな?私が騙されたと思ったか?」「真実かもしれぬぞ?…ふっ」2人の駆け引きは徐浜が勝った。朱高燧が牢を出た時、ちょうど皇帝からの勅命が通告される。「″趙王は罪人を御前に連れて来い″」すると苛立った朱高燧は廊下に置いてあった刑具を思い切り蹴り飛ばした。朱高燧が3人を連れて鶏鳴寺に到着すると、門の石段で朱瞻基がうなだれて座っていた。てっきり皇帝に会えずしょげていると思ったが、三叔に気づいた朱瞻基は眠そうに目をこすり、祖父からお達しだと告げる。驚いた朱高燧はその場にひざまずいた。「″高燧に告ぐ、連れて来た罪人の徐浜・聶興・孫愚を御前に…高燧は外で待て″」工エエェェ(;╹⌓╹)ェェエエ工つづく(^ꇴ^)朱瞻基の衣装の裾が広がって素敵♡安貴妃、美人なのに必死すぎて怖いw
2020.06.26
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