売り場に学ぼう by 太田伸之

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Nobuyuki Ota

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2022.09.06
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クールジャパン機構時代、ちょっと風変わりな訪問者がオフィスを訪ねてきました。ベネチア建築ビエンナーレで会場エントランスに柱のないガラス建築をセットすることになっていた大阪在住の建築家 平沼孝啓 さん。ビエンナーレ首脳陣に評価されたものの大型ガラスの移送費用が半端なく、これを捻出する方法はないものかとの相談でした。

クールジャパン機構は官民投資ファンド、いくら素晴らしいクリエーションでも投資した資金が将来回収できない事業には出資できません。これは投資の話ではなく何かの補助金を探す以外にないのではと助言し、サポートしてくれそうな役所を紹介しました。しかし補助金が足りず、結局この面白いプランはベネチアでは実現しませんでした。

平沼さんは新国立競技場のデザインで話題となった世界的建築家ザハ・ハディッド女史が教鞭をとっていたAAスクール(英国建築協会附属建築学校)出身、近隣セントラルセントマーチンズ校のアレキサンダー・マックイーンたちと交流があり、彼らの卒業ファッションショーの舞台美術は平沼さんらAAスクールの学生が担当したことから、ファッションデザインにも関心が高い建築家です。

その平沼さんが面倒を見ているNPO法人AAF(アートアンドアーキテクトフェスタ)が実にユニークな団体なのです。基本的には各種イベントを運営するのは大学生、大手代理店のサポートは一切ありません。若手建築家のコンペ「U-35」や安藤忠雄さんら有名建築家のレクチャーシリーズ、建築を学ぶ大学生や大学院生のコンペ「建築学生ワークショップ」、これらは全てAAFの学生たちが仕切っています。大手代理店でもここまでスムーズにイベントを仕切れるのかと毎回感心しますが、これを平沼さんら建築家や建築関連大学の先生たちが背後から支えています。

「建築学生ワークショップ」では、先生たちが学生の中に入って一緒に作業したり、技術的アドバイスしたり、学生プレゼンには厳しい表現ながら温かい講評をされます。先生たちの熱血指導のほかにも、大手ゼネコンや地元施工会社の皆さんが技術アドバイザーとして学生の作業をサポート、作品づくりを手伝い、まさに実学そのものです。比叡山延暦寺や高野山金剛峯寺など「聖地」との交渉は平沼さんがマメに通い、その情熱の前に聖地の関係者はつい協力を約束するという構図です。

今年も8月末「建築ワークショップ2022宮島」に参加してきました。平沼さんに声をかけられて4年前の伊勢神宮大会から私も参加し、出雲大社、東大寺、明治神宮と続いて今回は広島県宮島の厳島神社でした。

例年全国から参加を申し込んだ建築を学ぶ学生が8グループに分かれ開催地に相応しいフォリーを建てますが、今回は申し込みが多かったのか10グループ、宮島の歴史や生活文化などを調査してフォリーのミニチュアをまず作り、7月の中間講評で審査されて修正を加え、現地合宿してフォリーを制作します。講評者は厳島神社界隈のフォリーを見て回り、次にプレゼン会場で各グループとの質疑応答、その後採点します。

ワークショップ冒頭の講評者紹介で「美しいものにはワケがある」という視点で採点させていただきます、と宣言した私は10グループの中から4つを選び、最後に3グループ(全員3グループにのみ加点がルール)に点数を入れました。最後の最後まで悩んだグループは、建築の世界では珍しい材料と言える蝋燭を溶かしてバームクーヘンのような柱を何本も作ったフォリーでした。発想は面白い、材料は建築資材としてはレア、朱色の厳島神社に真っ白な蝋は目立ちますから「美しいものにはワケがある」に該当します。

しかし、眩しい夏の太陽の熱で果たして自立できるのかどうか疑問を感じ、最終的に小さな建築として役割を果たせないと判断、私は加点対象から外しました。ところが、このグループのフォリーが最優秀賞に選ばれたのです。建築家や構造のプロの方々のお眼鏡に適ったということでしょう。私は建築分野の門外漢ですから、採点の視点が違っていたのかもしれません。


(最優秀賞フォリー)

でも、表彰式の後、挨拶に立った湯崎英彦広島県知事のコメントを聞いて驚きました。我々が各グループのプレゼンを受けている間に県知事は10箇所のフォリーを見て回ったそうですが、蝋燭フォリーは残念ながらすでに倒れていたとか。壊れたフォリーが最優秀賞だったので県知事もびっくりされた様子でした。

ファッションコンテストに例えるなら、グランプリを獲得した服をモデルが着た瞬間生地が破れてしまった、あるいは袖がとれてしまったということでしょうか。デザイン画のコンテストなら最優秀賞でも良いでしょうが、実際に服を作って見せるファッションコンテストであれば、生地がすぐに敗れる、袖がすぐとれるようなら減点対象でしょう。

この蝋燭フォリー、建築や構造の門外漢である私たちが「カッコいいね」と最高点数をつけるのはありかもしれませんが、門外漢の私が最後まで悩んだフォリーを建築専門家の先生たちが高く評価したのです。意外な気がします。東京大学の腰原幹雄さんや佐藤淳さんら毎回熱血指導してきた構造家のプロたちはどのように評価したのか、素朴にご意見を伺ってみたいと思って平沼さんにメールを送りました。構造家の先生たちが「いいんです」とおっしゃるなら、蝋燭フォリーを外した私の採点基準は間違い、来年の京都・仁和寺大会で(講評者に指名されるならば)考え方を変えねばなりません。


(第2位)


(第3位)

学生さんはこれからプロを目指すのですから、現時点で発想や創造力を重視、作品の機能性、耐久性は度外視して採点してもいいのかもしれません。ファッションで言うなら、クリエーションが全てであって、学生のうちは素材、パターンメーキング、機能性はつべこべ言わないという採点もありなのかもしれませんね。

感性、創造性を評価するのはとても難しい、過去5年間建築学生ワークショップに参加して毎回感じることです。そしてまた、平沼さんら建築家や大学の建築学科の教授たちの熱い指導(毎回厳しい講評をなさる構造家の佐藤淳さんは今年暑い中で早朝作業を手伝ってくたくたで発言が控えめでした)、施工会社の皆さんの献身的な協力を目の当たりにして、ファッションの世界でもこのような学校の枠を超えた業界全体がバックアップする実学ワークショップができないものかと思いました。こういう人材育成プログラムが実現できるなら、日本のファッションデザイン界は人材の宝庫になると確信しています。

ちなみに、建築界のノーベル賞とも言われる「プリツカー賞」、日本人建築家の受賞は突出して多いんです。建築学生ワークショップから将来のプリツカー賞受賞者がでるかもしれません。
























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Last updated  2023.08.27 14:08:44
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