2018年05月01日
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カテゴリ: 音楽 [邦楽]
​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​ Keihan600-keion2
京阪600系 痛電車 (画像参照:wikipedia)

邦楽特集 第6回

春の陽気に
見たこと無い音楽 をどうぞ・・・




日本中が熱気で盛り上がる最中にも身も凍る様な寒さが続いた
今年の寒冬に対し

布団には電気アンカを、椅子には電気マットを、
居間には電気こたつにファンヒーターの
暖房機器の重装備で備えて残りの寒さを乗り越えようとした途端

20度を超える陽気と突然の春一番の嵐に吹き飛ばされる様に
文明の利器の恩恵にあやかろうとした浅知恵は
見事に出鼻を挫かれる突然の春の陽気となり
まるで真夏日の様な例年通りのGWをお見舞いされる

今日この頃を、いかがお過ごしでしょうか


さて

70年~90年代を中心に、子供の頃、若かりし頃、耳にして来た音楽をご紹介する
邦楽特集『~どうぞ』シリーズ  今回は第6回


今回は水道管も固まる程の寒冬を吹き飛ばした春一番の陽気の様な
アーティストの固まったイメージを吹き飛ばす楽曲をお送りします。



■ もくじ ■

- 音楽解説編 -
M1 (1980) 『Rock and Roll Widow』​
M2 (1983) 『Sweet Memories​』​
M3 (1985) 『Finding Each Other』​
M4 (1980) 『Sweetest Music』​
M5 (2017) 『You'd Be so Nice to Come Home to』​
M6 (1997) 『The Other Side of Love』
M7 (2009) 『My love is like a stapler』


- 音楽コラム編 -
『歌謡曲からJ-POPへの流れに見る邦楽の多様性』
■ライブイベントの盛況による音楽単体販売の不振■
■時代の流れを受け入れる欧米の潔さ■
■J-POPとCD販売激減の関係性■
​​​■「J-POPが後にJ-POPを殺した」 という 仮説 ■​​​


​- 音楽解説編 -​


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Porsche924S
Porsche 924S (画像参照:wikimedia.org)
​山口百恵 - ロックンロール・ウィドウ ​(1980)​​
Momoe Yamaguchi - Rock and Roll Widow
収録アルバム『メビウス・ゲーム』

​​​​​こんな 百恵ちゃん 見たこと無い​


歌謡界のレジェンドとして今もなお語り継がれる不世出の歌姫
山口百恵

引退間近にリリースされ、作曲家 宇崎竜童 の本来の持ち味である
「ロック」 を全面に押し出した
山口百恵の持ち歌の中でも最もロック色の強い
異色のヒットナンバーです。


本曲は引退コンサートの最後に唄われたオリコン週間売り上げランキング
第4位となった 『さよならの向う側』 を凌ぐ
第3位という代表的なヒット曲ながらも

これまで山口百恵がある種の闇を秘めて清楚さを兼ね備えた
「青い性」 路線で人気を獲得し
大人びたアイドルというイメージで活躍してきた事に対して

引退間近のタイミングでこれまでの路線とは又違った性質の
開き直った山口百恵の姿を押し出したセンセーショナルな楽曲となり

ジェニファー・ロペス『Ain't Your MAMA』 ​などにも見られ
現代のメインストリームとなる洋楽シーンに於いてもしばしば使われる

R&Rの定番フレーズ 「アナタのママじゃない」 というフェミニズム的手法を
女性の地位向上が日本でも叫ばれ始めたタイミングで導入し

異色作でありながらリアルタイムな山口百恵の姿をさらけ出した

山口百恵のキャリア中最後にして最初のターニング・ポイントとなった
非常に興味深い作品となりました


山口百恵を語る時、数年置きの様に良く話にのぼるのが
「引退の真実」なのですが

幾度となく復帰説を立てるマスコミや
「結婚の為」という理由に満足しない熱烈なファンたちによる

現在よりも不透明で魍魎とした当時の芸能界に於いての
ドル箱スターを容易く引退させるのには何か理由がある などの疑惑から
憶測が憶測を呼んで、果ては陰謀説が生まれた後
結局一周して やはり結婚の為となり

まるで堂々巡りの様な結論に達するという

未だ数年置きに起こる
「山口百恵ブーム」ひとつ取ってみても

その周期となる節目からも「時代と寝た女」と称される
まさに時代を築いたレジェンドとしての
圧倒的存在感を感じるものがあります


同時代に活躍した多くのアイドル達が居る中で
取り分け山口百恵が芸能界のレジェンドとして語られるのは
引退後一度として表舞台に立たなかった事が
最も大きな理由だと思われますが

引退時の年齢が21歳と若く
14歳のデビューから数えても 僅か8年の芸能活動で
当時のアイドル歌手の活動期間が10代の間というのが定番だった事を
考えてみても

類まれな歌唱力の持ち主だった同期の 森昌子 の様に
アイドル活動後も本格女性歌手として転身する例とは異なり

歌唱力では無く表現力で勝負していた人物として
むしろ二十歳を越えても人気が衰えず
第一線で活動を続ける事が出来た異例のアイドルだった事が

人々の記憶に強く印象に残り
世紀世代を越えてレジェンドとして語られる
理由となっていったのかもしれません


その様な世間一般の、一部神格化された様な評価は差し置き、
思うに山口百恵という人物は、

十代から二十歳までの間を「青春時代」と捉え
結婚し家庭を持ってからは家庭人としての人生が始まると感じる

多くの一般人と同じ普通の感覚を持った大人の女性だったのであり

「独立に失敗した為に結婚引退したのでは」 などの
様々な憶測が飛び交ってきた「引退の真相」も

山口百恵本人著による
芸能界に入る事は真の「夢」では無く未練は無い
という印象を受ける一連の記述を鵜呑みにするなら

本格女性歌手に転身するのは現実的では無いという大人の判断をした
勇退が理由だったと言う事になり

結婚引退後一度は復帰した南沙織などが居る中、
なぜ復帰しないのかという理由も、

複雑な生い立ちを乗り越えて家庭人としての今があるという
彼女の本当の「夢」が叶った事が

大きな理由となったのかもしれません



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​松田聖子 - スウィート・メモリーズ ​​(1983)​​​
​Seiko Matsuda - SWEET MEMORIES
収録アルバム『ペンギンズメモリー幸福物語』ほか

​​​​​​​こんな​ 神田沙也加 お母さん ​見たこと無い​​​​​​​


80年代を代表するアイドルで
J-POPが誕生する以前の日本の歌謡界の音楽スタイルを継承しつつ
2012年にはジャズの巨匠 ボブ・ジェームス との共演を果たすなどの
ジャンルを超えた活動など

現在も第一線で活躍する永遠のアイドル 松田聖子

アイドル歌手としての域を軽く越えた
歌手松田聖子を決定付けた 代表曲的ナンバーです


本曲は、
今でこそ松田聖子のマストソングの一曲として語られるナンバーですが

83年当時
ノスタルジックなペンギンのアニメをキャラクターにした
バーの女性シンガーが唄う曲を聴いていた客が涙するという内容の
サントリービールのCM曲として使用された企画曲で

当初 英詩の部分だけのノンクレジットでの覆面放送だった事から

あのCMの曲はどのJAZZシンガーが唄う何という曲なのかという
問い合わせが殺到し 大きな話題となった楽曲でもあり

後に松田聖子と分かった時には更なる驚きと共に
その高い歌唱力に女性アイドルに対しての再評価の機運が高まり

松田聖子にとってもターニングポイントとなった
ヒット曲でもあります。



松田聖子は山口百恵の引退と入れ替わる様に
「裸足の季節」 でデビューし

「ぶりっ子」「聖子ちゃんカット」 などの流行語が生まれる程
アイドルらしい可愛い仕草と容姿が話題を呼び
透明感ある伸びやかな唄声の高い歌唱力で人気を博し

数多くの名曲ヒット曲をリリースして
タレントとしてもお茶の間の人気者となり

昭和のアイドル最盛期となる80年代を代表する
アイドル歌手タレントとして活躍しました


アイドル時代の松田聖子は
「日本のアイドルの源泉」 から派生した71年デビューの新三人娘
小柳ルミ子・南沙織・天地真理 達が源流と言われる
「日本のアイドルの流れ」 から始まり

やがてそれらの流れとは異なる、素人路線シーンから派生した
「おニャン子クラブ」 などに代表される
「バラエティー・アイドル」 が人気を博す様になるまでの
日本の伝統的 「アイドルの源泉」 が事実上断ち切られる80年代前半に

昭和から続いてきた
「アイドルの源泉」の流れの中にあった正統派アイドルの1人で

更にその流れを進化させた最終型となる
当時日本のアイドルのひとつの完成形まで到達した

唯一無二の人物であり

トップアイドルとして活躍し八十年代アイドルの黄金時代を築き
「AKB48」 を始めとする現在のアイドルにも多大な影響を与えた

日本の歌謡史にとっても特別な存在だったと言えます



84年の秋の映画 『カリブ・愛のシンフォニー』 では、共演をきっかけに
85年6月24日俳優 神田正輝 とのスピード結婚で世間を驚かせますが

当時の夫神田正輝の理解もあり引き続き芸能活動を行う事となります

同年8月には
マンハッタン・ジャズ・クインテット のキーボーディスト
デビッド・マシューズ
米国音楽界の大物プロデューサー フィル・ラモーン を招いて
本格女性シンガーへと転身を果たすべく
全編英詩のアルバムに挑戦しており

86年6月1日 『アナと雪の女王』 の吹き替えで再ブレイクした娘、
神田沙也加 の出産を経た後 歌手業を本格的に再開

芸能界復帰後は 元祖 「ママドル」 と呼ばれる存在となり
「永遠のアイドル」 のイメージを決定付けます

88年には目黒の自由が丘で営業するブティック 「フローレスセイコ」 の出店で
実業家としての実績を積み始め

同年4月には米国の音楽プロデューサー デヴィッド・フォスター を招き
話題曲 『抱いて』 ​を収録したアルバム 『Citron』 のリリース

89年には芸術家ゴヤの生涯を歌でつづるミュージカル・コンセプト・アルバム
『ゴヤ・・・歌で綴る生涯』 に参加し
クラシックオペラ界の巨匠 プラシド・ドミンゴ とのデュエットを果たすなど

世界に焦点を定めた一連の活動の橋頭堡を築きますが

90年のアルバムでゲストに米国アーティストを多数招いて制作された意欲作
『SEIKO』
日本での成功は果たしても米国での評価は辛辣なものとなり

「世界の壁」 を痛感する日本人歌手の一人として
数えられる事となります

この直後、
バブル経済に触発されたハイエンド志向が高まった時流の到来により
CD文化が後押ししたJ-POP誕生と洋楽志向が強まった音楽リスナーの要求から

これまで培われてきた海外へ向けの取り組みを内需拡大路線へと舵を切り替え
国内に向けて存在をアピールして風向きを変えていく事になります


ちなみに、
『抱いて』収録アルバム『Citron』
世界のドミンゴとの共演となった話題曲 『愛を知るまでは』
プロデュースをした デヴィッド・フォスター

1979年の アース・ウィンド・アンド・ファイアー の大ヒット曲
『アフター・ザ・ラヴ・ハズ・ゴーン』 ​他
実に15回ものグラミー賞を受賞した超大物プロデューサーで

映画 (92)『ボディガード』 の挿入歌で
2012年に急死した大スター ホイットニー・ヒューストン
『I Have Nothing』 の作曲や

88年 カルガリーオリンピックの公式テーマ曲
『Winter Games』 ​の作曲でも知られる
米国を代表する作曲家兼アレンジャーでもあります

特に、
世界のドミンゴとの共演となった『愛を知るまでは』では
ドミンゴの専門となる「オペラ」としての共演では無く

デヴィッド・フォスターが得意とする
AORミュージックのアーバン・ポップの括りとなる定番の
ジャズやR&Bをベースとしたコンテンポラリー・アーバンポップスな
ラブ・バラード・デュエット曲で

デヴィッド・フォスターのもう一つの顔となる
ピアニストとしてのキャリアを支えて来た

西洋音楽のアカデミックな流れの中にあるメロディーラインで作られた
楽曲だったという所が

音楽界の事件とも言える、クラシック界と日本の歌謡界の共演を可能にした
大きな要因になったと思われ

特にこれらの曲が
当時この様なAORな作風が音楽関係者から注目を浴び
耳の肥えた洋楽ファンに人気があった作風による
共に話題性の高い楽曲だった事は

本格歌手に転身した松田聖子のイメージを強固なものにする為に立てられた
企画作という性質の作品でもあるような印象を受けるものがありました。



松田聖子 のイメージを語る時、良い意味でも逆の意味でも
「カワイコぶりっ子」「計算高い人物」 として
良く語られてきましたが

先輩歌手にして男性顔負けな姉御肌でも知られる芸能界の大物タレント
和田アキ子
舞台で泣くのはプロでは無いという厳しい一面を見せながら

強固で男勝りなタレント「和田アキ子」を演じ続ける反動の様に
私生活では号泣する等身大な人物としても語られる事に対し

過去公の舞台で泣いた松田聖子は
舞台でも私生活でも「松田聖子」を演じ続ける人物というよりは

女性シンガーに転身して元祖「ママドル」と言われる様になった時も
起業して実業家になった時も
これまでのキャリアとは待ったく違うジャンルとなる
「ジャズ」に挑戦した時も

無理をして自分以外の何かになるのでは無く
娘 神田沙也加が出演した『アナ雪』のテーマさながらの

「ありのままで居られる」 術を肌で感じ取る事が出来た人物だと思われ

その時代時代に呼応した自分自身で居られる人物であった所に
自然に「松田聖子」を維持しながら
今もなおトップであり続ける理由がある様に

感じるものがありました


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​河合奈保子 - Finding Each Other ​(1985)​​
Noako Kawai- Finding Each Other
収録アルバム『9 1/2 NINE HALF』

​​ ​​こんな ​​ HIDEKI ​​ の​ ​​ 見たこと無い​​​​


日本に洋楽の波が訪れる直前の芸能界にデビューし
日本の歌謡界が ニュー・ミュージック などのムーブメントを経て
J-POP へと流れていく その最中の

70年代アイドル歌謡が終焉しニューミュージックや洋楽を意識した
「ネオ・アイドル」 とも言うべき楽曲が登場し始めた歌謡界で
中心的な存在としてアイドル活動を続けた後は

積極的に洋楽を楽曲に取り入れたアルバム作りを行う様になり
アイドルからアーティストへと本格的に転身を遂げた、

80年代歌謡界最後の正統派アイドル歌手 河合奈保子

アーバンポップの雄、 TOTO のギタリストにしてボーカリストの
スティーブ・ルカサー と共演したデュエット・ナンバーです


本曲は、
同時期、松田聖子のプロデュースも担当した
AORの旗手 デヴィッド・フォスター をプロデューサーに迎えた
脱アイドルを目指した80年中期に制作された話題作で

カシオペア、T-SQUARE などの
フュージョン・ミュージックが人気の時期に

共演に当時全米トップ・アーティストだった
シカゴ ピーター・セテラ とのデュエット他
ドラムに TOTO ジェフ・ポーカロ にベースが マイク・ポーカロ
ギターが マイケル・ランドウ という
LAのトップミュージシャンを結集し

フュージョンミュージックを意識し
完成度の高い作品作りを目指したアルバムでの

まるでシカゴの大ヒット曲の再現と見紛うばかりの本曲では

ドラマティックな展開もそのままの、邦楽のスケールを軽く凌駕し
来たるべく日本のバブル経済の勢いを予見させる

アーティスト河合奈保子を決定付けた意欲作となりました


河合奈保子がデビュー5年目にして本格ボーカリストに転身し
歌謡史にも残る程の本格AORサウンド作品をリリースしたのは

一つは、河合奈保子が高い歌唱力の持ち主だった事と
もう一つはこの時期音楽リスナーの関心が洋楽に向いていた事などの
好条件が重なり実現した企画という背景の他に、

何よりも河合奈保子自身が
どの様な仕事にも意欲的に取り組む人物であった事が大きな理由と思われ

この時代のアイドル歌手がグラビアの仕事を兼任し
誰もが水着になる事に難色を示す中でも積極的に取り組み
「健康美アイドル」 をトレードマークとして獲得するなど

その後の 「グラビアアイドル」 と呼ばれるジャンルの道筋を作ったり

81年 『レッツゴーヤング』 NHKホールでのリハーサル中に
誤って4m下の奈落に転落し2ヶ月の重症を負った事故の時も
自分の身体よりも仕事に穴を開けた事を気に病む
仕事重視の姿勢など

どの様な仕事が来ても嫌がらずにこなす、
仕事に真摯に向き合う姿勢と

音楽畑の人物が良く持つ特徴の、
明るくて真面目で体育会系な基質があった所に

日本のアイドル史にとって人跡未踏となる本格洋楽サウンドの作品に挑んだ、
ひとつの理由があった様に思われます。


その一方で、
松田聖子の様に、常に世の中の風潮を読み取り、
その都度自分らしく自然で居られる形を取りながら
息の長い芸能活動を続けるタイプとは異なり

「アイドル活動は十代までで、その後は本格歌手へ転身するのが通例」などの
世の中が求める要求を真摯に受け止め
時には自分を殺してまでも使命感を持ってその通りに実行する

頑なで真面目過ぎる基質のあった河合奈保子は

バラエティーでもグラビアでも
80年代アイドルを代表する存在にはなりましたが

その後は松田聖子の様に
タレントとしても歌手としても「永遠のアイドル」として長く語られる様な
「カリスマ・タレント」として突き抜ける様な存在には至らなかった所に

時代に翻弄され、時には迷走しながら、
ひとつの時代を鮮やかに駆け抜けた後は

通例通り静かに芸能界を去るという
数多くのアイドル達と同じ道を選んだ

理由になった印象を受けるものがありました。


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Pastel Peppermint Candy Buttons by Andie's Specialty Sweets IMG 3169
​竹内まりや - Sweetest Music ​(1980)​​
Mariya Takeuchi - Sweetest Music
収録アルバム『Miss M』

​​​​こんな 山下達郎 奥さん 見たこと無い​​​​


日本人離れした卓越した英語で英語の楽曲を歌い上げ
学生時代には 杉真理、鈴木慶一 などと共に密度の高い音楽的環境での活動を経て
「アイドル冬の時代」と言われた70年代後半に歌手としてデビューし

加藤和彦 浜田省吾、伊藤銀次、細野晴臣 の他
後の人生のパートナーとなる 山下達郎 など

日本を代表する錚々たるアーティスト達による楽曲と演奏で占められる
本格的なポップス系女性ボーカリストの先駆けとして活躍し

その後のJ-Popの流れを作る存在の一人としても
私生活では結婚して専業主婦となる 多くの女性の一人としても

常に等身大な女性の目線に立って作品作りを続け

現在も寡作ながら自身の作詞作曲作を発表し続ける
カリスマアーティスト 竹内まりや

英語楽曲ならではのキレとグルーブが光る
邦楽のスケールを越えるダンサブルなヒットナンバーです


本曲は、
様々な日本のアーティストをプロデュースして来た
AORの巨匠 デヴィッド・フォスター プロデュースながら

それまでの日本の歌謡界の様に
洋楽の力を借りてアーティストイメージをアップするのでは無く

完全に洋楽の楽曲で占められた作品を唄いこなす
本格女性ボーカリストのアルバムとして制作された

日本の歌謡史の中でも重要な位置を占めるアルバムの
オープニングを飾る、衝撃的ダンス・チューンで

ドラム ジェフ・ポーカロ 、ギター スティーブ・ルカサー などの
超一流LAミュージシャンの極上のプレイにも全く物怖じせず

ネイティブで英語を話せる 竹内まりや ならではの
次々と連なる英語の歌詞を余裕でリズムに乗せて
キレのあるパワフルなボーカルで歌い上げる

邦楽のスケールでは測れない、海外で勝負が出来る
他の追随を許さないアーティスト竹内まりやを決定付けた
強力なボーカルナンバーに仕上がっております



竹内まりやは本作発表後、
後に大ヒット作となる 『不思議なピーチパイ』 ​で
J-POPの前身とも言える 歌謡ポップス路線へと進んで行った後

現在の夫の山下達郎との結婚、休業、出産を経た後に、
復帰作となったアルバム 『VARIETY』
シンガー・ソングライター として再ブレイクし
現在も第一線で活動する日本を代表するアーティストとへと
成長を遂げますが

個人的にも交流のある、先程の 河合奈保子 の様に
脱アイドルを見据えて本格ボーカリストを目指し転身を遂げながら
芸能活動を中心に音楽活動を続ける事 とは異なり

むしろ 松田聖子 に近い、
その時代時代の空気を自然のままで受け止めて
結婚した一女性の等身大な目線で感じ取った様々な景色や印象を
その都度作品に投影しながら
息の長い音楽活動を続けているアーティストであり

音楽活動は主婦業同様に竹内まりやの人生の一部ではあっても、
全てでは無かった 所に

結婚して主婦となった多くの女性達の代弁者の様な立場としても
自然体で音楽活動を続けられる、

大きな理由となった様に思うのでした。


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​八代亜紀 - 帰ってくれたら嬉しいわ ​(2017)​​
Aki Yashiro - You'd Be so Nice to Come Home to
収録アルバム『夜のつづき』

​こんな 舟歌の人 見たこと無い​


十代で上京しクラブ歌手を経て71年に歌手デビューして以来
「演歌の女王」 として日本の歌謡界を牽引してきた日本を代表する演歌歌手
八代亜紀

2012年に自らのルーツとなる ジャズ・シンガー としてのアルバムを制作し

13年にはニューヨークのジャズクラブの名門 「バードランド」 でのライブを行い
自身が敬愛し 「ニューヨークの溜息」 の異名を持つジャズシンガー
ヘレン・メリル との共演を果たし
同年には 「第12回東京ジャズ」 でジャズシンガーとして出演

近年は JUN SKY WAKER(S) 寺岡呼人 をプロデューサーに迎え
ブルースアルバム に挑戦するなど

半世紀もの長いキャリアを持つ大物歌手ながら未だ進化を続け、

「演歌ミーツJAZZ」 なエポックメイキングな作品ながら
自身の原点回帰作となる話題作となった

ピチカート・ファイヴ 小西康陽 をプロデューサーに迎え制作され
大ヒットした2012年のジャズ・アルバム 「夜のアルバム」 の続編となる

ジャズレコード誕生から100周年の節目となった2017年に制作された
「夜のつづき 」から

自身が敬愛するヘレン・メリルの代表曲で
ジャズのスタンダードとして日本でも馴染みの深い
サラ・ボーン エラ・フィッツジェラルド、アニタ・オデイ
などのナンバーとしても知られる

ジャズ・ファンにはおなじみの コール・ポーター のヒットナンバーです



71年のデビューから始まった長いキャリアの中
演歌歌手として常に第一線で活躍してきた八代亜紀が
演歌の女王というイメージを一新するようなジャズアルバムを制作し
世のジャズファンを驚かせ唸らせたのは記憶に新しいですが

それは唄を始めるきっかけとなり
クラブ歌手時代のレパートリーとしても唄っていた
ジャズミュージックに立ち返るという

実に半世紀をかけての邂逅となった

演歌の女王八代亜紀の原点回帰となる会心の作品となる
日本の歌謡史に於ける音楽的事件とも言える
リリースでもあるのでした



本曲は
日本未公開の1942年のミュージカル映画映画
「サムシング・トゥ・シャウト・アバウト」 の主題歌で

日本ではジャズボーカルの大家ヘレン・メリルが唄う
ジャズのスタンダード曲として知られる

「アナタが待っている家に帰れたら嬉しいのに」 という
戦場で愛する女性を想う兵士の心情を唄った歌で

昭和の大物タレント 大橋巨泉 が訳したと言われる
『帰ってくれたら嬉しいわ』 のタイトルでも知られる曲でもあるのですが

稀代のマルチタレントが付けたタイトルに難色を示したのか
「サッサと帰ってくれるとセイセイする」 という
真逆の意味にも取れる所に混乱を招いたからなのか

ジャズ・ファンの間では原題の方で広く知られる曲となっております


本曲での八代亜紀の歌唱は歌詞の内容に合わせて情感を込めるというよりは
本家のヘレン・メリル同様に満面の笑みで語りかける様に歌い上げているのが
印象的で、

これは、
唄に魂を込める分、身を切る様な思いで自分をさらけ出す という
唄に全てを捧げるタイプのアーティストや

お客様は神様と讃えて自分の芸を精魂込めて披露し宴席でおひねりを得るという
日本のタレント歌手に良く見みられる営業スタンスとは 異なり


父親譲りの、社会的に弱い立場に置かれている人達への眼差しに、
まるで少女がそのまま大人になった様な飾らない明るい人柄と、

十代で上京して世間の荒波に晒されても
生意気な位に自分を持ち続ける事を忘れない持ち前の逞しさと

クラブ時代に人々とのふれあいを通して学んで行った
優しさと暖かさを感じる人との接し方 など

歌詞にある様な境遇の人達を癒やして元気を出して貰いたいという
常に代弁者で居たいという願いから自然と出てくる

歌手八代亜紀の真骨頂とも言える歌唱スタイルである様に思われます


震えている人がいたら背中をさすり
だからといって感極まる位に感情移入は禁物という
人としてと表現者としてとのバランスをしっかりと持ち

ポップスやロック、ブルースや絵画に至るまで様々なジャンルに挑戦しながら
どんなときでも自然体で決しておごらない

唄う事の楽しさ、人生の素晴らしさを忘れずに
演歌を唄っても、ジャズを唄ってもありのままの自分で居られるという

そんな自然体な明るい人柄があったからこそ、
長年演歌の女王として支持され続けた様に思われ


松田聖子 が芸能活動を続ける上で
ありのままで居られる為の環境作りに余念が無かったスタンスを通して
見透かされた様に 「ぶりっ子」 と世間に称された
磨かれて生まれる 「自然体な造り」 とは異なり

八代亜紀には、唄にもタレント活動にも
雨風を受けても健気に咲き続ける 野に咲く花の様な強さ に裏付けられた
「自然な姿」 の素晴らしさを感じさせるものがあり

その様な自然体なままの姿に人々がいつまでも惹きつけられ
魅了される理由がある様に

思うのでした。


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​中谷美紀 - 砂の果実 ​(1997)​​
Miki Nakatani - The Other Side of Love
収録アルバム『cure』

​こんな エルメス 見たことない​


93年のデビュー以来数多くのドラマ映画に出演し
99年には 『ケイゾク』 で初主演を果たし、以降
『壬生義士伝』『電車男』『JIN-仁』 など 様々な話題作に出演し
2006年の 『嫌われ松子の一生』 では日本アカデミー最優秀女優賞を受賞するなど
日本を代表する女優の一人として活躍する中谷美紀の

女優デビュー以前に行っていた音楽活動を
坂本龍一をプロデューサーに迎えて再開した時期に制作された楽曲からの
話題となったヒットナンバーです


元々邦画、ドラマ界では主演俳優が歌を唄うのは慣例であり
珍しい事では無く

織田裕二、反町隆史、江口洋介、広末涼子、松たか子 をはじめ
古くは 高倉健、鶴田浩二、吉永小百合 などの大スター俳優は勿論の事

ジャニーズ系、EXILE系、AKB系 などのタレント俳優や
加山雄三、小林旭、中村雅俊、薬師丸ひろ子 の様に
歌手としても知られる俳優に加え

吉岡秀隆、玉木宏、菅野美穂 の様に歌手を演じた延長線として
アーティスト活動を行なう俳優や

『KISSして』KOH+ こと 柴咲コウ
『恋しさと せつなさと 心強さと』篠原涼子 の例の様に
オリコンチャートを賑わせるアーティスト活動をしていた俳優も居るなど

昔より数多くの俳優が音楽活動を行って来ました

又その逆に
吉川晃司、福山雅治、GACKT、今井美樹、中島美嘉、星野源 の様な
歌手が俳優を演るケースも多く

現在大物と呼ばれる俳優の中にも
浅野ゆう子、片平なぎさ、浅田美代子、風吹ジュン
陣内孝則、ピエール瀧、白竜、石橋凌、高橋克典 などの
歌手から転身した人物や

世良公則、大友康平、小泉今日子 など
トップテンスターだった人物が俳優としてブレイクするなど

共にエンターテインメントの世界で活躍するスター達が、
別の舞台でもマルチな才能を発揮して来た事は

昔も今も変わらず同じと言えます


中谷美紀は
『ひとつ屋根の下』 で女優デビュー
98年に大ヒット作 『リング』 の出演で話題となり

99年の 『ケイゾク』 の主演でスターの仲間入りを果たした後は
現在まで数々の話題作ヒット作に出演をし

邦画、ドラマ界に多大なる貢献をしてきた
日本を代表する女優の一人として知られる人物ですが

元々は 菅野美穂 も在籍していた
「桜っ子クラブさくら組」 のメンバーの一人として
アイドル歌手としてデビューしてキャリアをスタートした人物でもあり

96年に 坂本龍一 プロデュースで音楽活動を再開し
「中谷美紀 with 坂本龍一」 名義でリリースし
初のオリコントップテンにチャートインした本曲の他

99年の 『ケイゾク』 でも主題歌を担当し
音楽活動も行う俳優の一人としても知られる人物でもあります


本曲は元々97年 『ストーカー逃げ切れぬ愛』 の主題歌で
坂本龍一の実の娘 坂本美雨 が唄う
『The Other Side of Love』 に日本語の歌詞を付け
中谷美紀が音楽活動を再開した直後の97年にリリースした大ヒット曲で

歌謡曲には異色となるワードを多用した
カフカ コクトー に代表される欧州的な ある種のデカダンス性を感じる
自虐的世界観で描かれた内容の歌詞を

坂本龍一らしい欧州ロマンを感じさせる内省的な音世界で纏められた
ドラマティックなポップナンバーです


本曲の非常にインパクトを感じる特徴的な作風は
多くは作詞家 売野雅勇
坂本の指示から閃きを感じて書いたと言われる
秀逸な歌詞によるものが大きいですが

脱歌謡を目指したJ-POPが定着した97年当時に

TV出演時には、
不思議な色で染めたショートヘアに黒装束というマニッシュな出で立ちで
まるでミュージカルの演目を演じる女優が
歌詞を台詞の様に歌い上げる様なパフォーマンスで
楽曲の持つ独特の世界を再現し話題となり

歌唱力のある歌手の持つものとは違った表現を目指した様な
純文学から派生した歌詞をピアノメインのシンプルなアレンジで奏でて、
J-POPの括りとは異なる 「ネオ歌謡曲」 とも言うべきサウンドの
仕上がりを目指した所に

本曲のひとつの狙いがあった様な印象があり

これは、
ミュージカル俳優の様な卓越した歌唱力とは違った
演劇の世界で培われた、女優らしい印象に残る素直で真っ直ぐな声を持ち
歌手の持つものとは違った表現力を持っていた中谷美紀が

映画音楽家としての成功で既に世界的名声を獲得し
次のステージを模索していた当時の坂本龍一の目にとまり

表現者でもある中谷の提案を坂本が受け入れて
作品作りにも大きく反映させた所に

本曲が日本の純文学ベースの邦楽でありながら欧州浪漫を感じ
J-POPとも歌謡曲とも違う独特の雰囲気を持った楽曲となった様に

感じるのでした。


▲目次へ▲
△▼ △▼ △▼

​放課後ティータイム - 私の恋はホッチキス ​(2009)​​​
Tea time after school - My love is like a stapler
収録アルバム『放課後ティータイム』

​こんな オリコン1位 見たことない​


『涼宮ハルヒの憂鬱』『CLANNAD』 で知られる 京都アニメーション 制作の

女子高校の軽音部を舞台に部員達の学園生活を
ほのぼのとしたタッチで描いた大ヒットアニメ 『けいおん!』 から

劇中のバンド名 「放課後ティータイム」 名義で
劇中で使用される歌曲を収録してリリースされ
オリコンチャート1位という快挙を成し遂げた大ヒットアルバムからの

ジャパニメーションならではの軽快な劇中ナンバーです



本曲は主人公達4人からなる軽音部で組まれたバンド
「放課後ティータイム」名義で
劇中の登場人物を演じる声優ユニットによって唄われるアルバムからの
劇中歌で

登場人物たちが演奏し唄うという設定でリリースされた
企画曲でもあります


本曲の実際の演奏はプロのミュージシャンによるもので
実際の高校生が軽音部で演奏されるレベルを遥かに超える
非常にクオリティーの高いテイクにはなっていますが

これは、
高校生レベルのリアルな演奏に現れる拙さに気を取られて
本編の唄に集中出来なくなる事を避ける、劇伴制作上の措置ではあっても

ドラムのフィルインがロックレジェンドの
コージー・パウエル キース・ムーン を思わせる点や

ギターが ヴァン・ヘイレン ジミ・ヘンドリックス を思わせる
ラウドでロック色の強い演奏をしていたり

全体の演奏がいわゆる 「横揺れ」 を感じさせるルーズなグルーブ感など

ドラマ内で言及される各キャラクターの音楽性や性格を意識した
音楽制作者のこだわりが感じられる演奏になっており

ある種のコンセプトアルバムを制作する作りの楽曲になった所に
一つの特徴のある

通常制作される劇中歌のサウンドトラック盤とは性質の異なる
作品集になっている所に

バンドを経験した事のある耳の肥えた音楽リスナーも
納得するアニソンと呼ばれる理由となった様に思われ

この辺りに本アルバムがオリコンチャートインする程の話題作となった
一つの理由がある様に思われました


その一方で、
名立たる音楽番組でもアニメの楽曲が紹介される様になり
番組内でチャートインが告げられる様になっても

次々と人気のアーティストのランクインに湧いていたスタジオ観覧者が
聞いた事の無い漫画のCDのタイトルに
興味のないスパムまがいのメルマガでも眺める様な目をしながら
あからさまなまでに無反応を示して来た歌番組での一幕を幾度となく目撃し

CD不況と同時に求心力を無くしつつあるJ-POPが
歌謡曲とは異なるムーブメントで誕生し

邦楽の中でも独自のマーケットを展開してきた事で
歌謡曲の復活の兆しが見える現在の邦楽界の風潮に合わず

歌謡曲とは個別化してきた事が仇となっているのと同様に

今や数兆円規模となった現在のアニソン界が
独自の客層を持ち独自のビジネスを展開しながらも

一般ユーザーの目から見れば異質の世界という印象は拭えず

他の音楽ジャンル、ムーブメントと共有できない程に個別化し
そもそもの発生元となる歌謡曲の名のもとに統合出来ずにいる
ガラパゴス的発展を遂げる邦楽の実態を見る様で

興味深いものがあります。


△▼ △▼ △▼
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- 音楽コラム編 -


​『歌謡曲からJ-POPへの流れに見る邦楽の多様性』​


TOWER RECORDS Shibuya
タワーレコード 渋谷店 ​(画像参照: wikimedia)​


■ライブイベントの盛況による音楽単体販売の不振■

これまで音楽市場の中心となっていたCD音楽アルバム販売は
近年売上を最盛期の半分以下へと激減させ

その一方で有料ダウンロードによるデータ販売市場は順調に売上を伸ばして
今や音楽市場の主流へと取って代わるまでになりました


これは、世の中が音楽を物品として所有せず、
音楽データのみの所有を求める傾向 へと変化し

近年 音楽の愉しみ方も「音楽」そのものでは無く
実際にアーティストが眼の前で演奏する
「ライブステージ」に求める傾向 へと変わり

業界にとってもリスナーにとっても世界の音楽市場は大きく様変わりした事を
意味する現れと思われるものがありますが

当初日本の音楽業界は
世の中が世界的にもその様な流れにある事を察知しようとしなかったのか

音楽アルバムの販売の落ち込みを
ネットに於ける違法ダウンロードによる弊害であると断定し

これまで通りの利回りの高いCDパッケージ販売にこだわり続けた事で

結果として欧米に比べてデータ販売への環境整備を遅らせる事となり
一時日本の音楽市場を混乱させた事がありました


これは単に販売形態がCDメディアからデータ販売へと移行する中での
日本の音楽事情ならではの混沌という理由だけでは語れない

山下達郎 程のトップミュージシャンにして
「音楽の持つ力が弱くなった」 と言わしめる程の

レコード時代から音楽に関わって来た者と新世紀のネット世代との

音楽環境の激変による業界と消費者との間に生じた
価値観の偏差が顕著となった事に対しての

自然な流れの中での感覚のズレ の最たる現れでもあった様に
感じられるものがありました


一方、
80年代に世界が平和の元に音楽によって一つになる事を訴え
ブームタウン・ラッツ ボブ・ゲルドフ と共に巨大チャリティーイベント
「LIVE AIDE」 を実現させた
ウルトラボックス ミッジ・ユーロ は かつて

音楽が人の心や考えを左右させ、変えて、従わせてしまう様な
「音楽そのものに があってはならない」と発言し

音楽とは人の心の支えや、人の心の依り何処となったり
人に希望や元気を与え、人の行動を支える

あくまで 人の力 になるものであるべきと提唱した事があり
その事から捉えてみますと


現代の世の中に於いて音楽に力が無くなったと言わしめるものは
音楽そのものに力が無くなった事を指すと言うよりも

多くの人が
音楽を聴く力が無くなっている 事を指している様な印象があります


これは、
全てのジャンルに於いて新たな人物が現れる度
新たな音楽が生まれてきた旧世紀の音楽界に対し

全てに於いて先人達による「手本」となるべき音が既にある様な
モノが溢れ過ぎた中で新規開拓する意義を音楽に見出す事が困難という中で

話題になるネタを音楽の要素にした様なほぼ一発芸に近い
一発屋の様な音楽が乱立されてきた実態がある一方で

音楽リスナーの新しさを求める傾向が、
エンタテイメント性のある音楽への興味へと移行する流れを生み

巨大ライブ・フェスの様なイベント環境の中で音楽を愉しむ事が
主流になって行く風潮を呼び

その様な愉しみ方をする人々の中で音楽というものが、
ライブやイベントなどの事象の中の
構成の一要素 に過ぎないという認識に変わっている様な印象が強く


良く言われる様に「現代の消費者は付随する何かがないと
購買意欲が沸かなくなっている」といった

「CDに付く特典」を目当てにしている様な類の事とは違い


万年不況と言われる現代の世の中に於いて
質素な暮らしを望む傾向 が強くなり

写真に電話にネットに動画に音楽といった嗜好のものにも
それぞれ単体で所有する「手間」と「散財」を嫌い

スマホの様に全てが兼ね備えられて
手軽でお得に 一つになったアイテム という様な

「多彩」で「シンプル」なものにしか消費の主旨が向かない風潮の中で
音楽を取り巻く状況も激変し

リスナーが音楽に多様性を求める傾向が強くなった事により
音楽が単体で成り立たなくなった事が

音楽に求心力を失わせた大きな理由の様な印象があり

それによって多くの若者が音楽そのものへの興味を持たなくなり
音楽の聴き方が分からなくなくなっている 事が
大きな理由なのではないかと思えるものがありました


加えて近年、
映画ドラマ、アニメーションにおいての音楽の扱いが
映像ソフトの特典扱いになる程、

著しく低くなった事から考えて見ても

過去、唄の無い演奏主体の音楽が売れなかった時代、
その様な音楽は殆ど映画、ドラマを中心に使用されレコード化もされず、
その様な劇中使用音楽「BGM」は「劇伴」と呼ばれて、
制作作業が一番最後の後回しにされていたという

昭和の時代の映画ドラマテレビ漫画制作現場の状況へ
逆行 したと言っても過言ではない様に思える程

音楽の持つ価値観が大きく変化したと
言わざる負えない状況になっているという印象があります

△▼ △▼ △▼
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​■時流の流れを受け入れる欧米の潔さ■​
Krispy kreme assort
アメリカ・ワシントンD.C.にある店内のショーケースに陳列されたドーナツ
(画像参照: wikimedia)​


欧米の音楽業界は早い段階でCDアルバム販売に見切りを付け
ダウンロード販売に移行した事はよく知られていますが

これはCDの様な石油製品を排出しない
ECOの見地からの取り組みからの様に良く言われて来ました

実態は、日本の様にCDや本の販売に
「再販売価格維持」の取り組みを行っていない欧米で

CD販売がディスカウントショップの台頭によって大きな価格割れを起こして
大手CDショップが閉店に追い込まれるなどの
過去音楽業界が大打撃を受けて来た事に対しての対抗処置として

音楽の流通販売を止め、データー販売で固定価格化する事による
価格割れ防止処置としての移行だった事が大きな理由と思われるものがあり

その後も、いち早くライブイベント興行を業界の主流に持って行けたのも
常に物事に拘りの無い現実的視点で捉える欧米ならではの
フットワークの軽さを感じる取り組みだったと思えるものがあります


近年ハリウッドでもこれらの多様性を求める世の流れに呼応した様に
当たらないという定説からこれまで敬遠されてきた 「ミュージカル映画」
大規模に制作される様になり

『ラ・ラ・ランド』『グレイテスト・ショーマン』
などの話題作が大ヒットしてますが

これはハリウッドエンタテイメント映画が
『アナと雪の女王』 の様な大ヒットディズニー作品の作りを倣って
『美女と野獣』『イントゥ・ザ・ウッズ』 などの
実写ミュージカル映画を制作する流れの一環で

ミュージカル映画というよりはどちらかと言うと
エンタテイメント映画に唄と踊りの要素を加えるという創りの、

日本でも大ヒットした 『ムトゥ 踊るマハラジャ』 の様な
あたかもハリウッドが インド映画 を目指した様な

ある意味潔い程の形振り構わぬ形で時流の変化を受け入れるという、

常に一歩も二歩も遅れを取り続け
いよいよ駄目になりかけてから重い腰を上げる様な
慣れ親しんだ環境から抜け出せない日本の取り組みとは違った

常に生き残りをかけた真剣勝負の取り組みが行われてきた
現実主義の現れという印象がある様にも

思われるものがあります。


△▼ △▼ △▼
▲目次へ▲

■J-POPとCD販売激減との関係性■
J-WAVE Keyakizaka Studio 2
J-WAVEけやき坂スタジオ ​(画像参照: wikimedia)​


さて、
歌謡曲やニューミュージックなどのジャンルとは異なるムーブメントして
80年代の終りに登場し90年代中期に定着した
日本のポップスを目指す 「J-POP」 が登場し
早四半世紀以上が経とうとしています

この、日本の伝統音楽の一つと言えるまでになった「J-POP」が
近年の 「歌謡曲復活」 の兆しの前に
陰りを見せ始めた様な印象を受けるものがありました。


元々日本の多くの音楽は欧米の模倣から入ったという経緯から

小田和正 が在籍した 「オフコース」 の場合は 「日本のカーペンターズ」
財津和夫 が在籍した 「チューリップ」 の場合 「日本のビートルズ」
森山良子 の場合は 「日本のジョーン・バエズ」 といった

本場の音楽を手本に本場と遜色なく聴こえる音楽を目指す上で
常に 「日本の〇〇」 という言葉で括られて来たという歴史があり

ともすれば 欧米の音楽をマネる だけで成り立つ様な時代が
長い間続きました

80年代に入ると ゴダイゴ、矢沢永吉 の様に
世界展開を念頭に置いて活動をするアーティストや
後に世界展開を目指したオフコースなど

当時様々なミュージシャンが世界を目指した時期がありましたが

これは先程の 「ライブ・エイド」 開催のきっかけとなる
世界的なチャリティー・ブームが呼び水となり
人種を越えて世界が平和の元に音楽で一つに繋がる事を目指す風潮が
世界的に拡がった事で
日本人ミュージシャンが 世界へ出ていく機運 が高まった事が、ひとつと

当時の日本経済が
プラザ合意以前の世界展開で大躍進した事を受けて

音楽業界でも世界展開に向けて躍進する様を
国内向けにアピール する一環となった事などが
理由となった様な印象があります

又、
ヤマハ音楽振興会が日本の歌謡曲の世界的な地位向上と
発展を目指した音楽コンテスト
「世界歌謡祭」 を主催するなど

80年代の終わりまで日本の音楽界は音楽界全体の発展の為
様々な取り組みを行ってきましたが

当時の日本の音楽の知名度が欧米では殆ど無かった事や
海外のミュージシャンを起用したり世界へ挑戦する事自体を世界展開と捉えて
事の成否よりもそれらをひとつのステイタスとして
重視していた風潮の方が大きかった事などから

日本の歌謡曲が世界に進出しても、その殆どが海外で通用する事は無く
日本の音楽界が改めて 世界の壁の高さ を思い知らされる時代でもありました

この様な経緯もあって、
88年に開設されたFMラジオ局 「J-WAVE」 が提案し
歌謡曲、やフォーク、演歌、その後派生したニューミュージックなどの
コレまでの日本の音楽のスタイルを廃した

全く新しい日本の音楽カテゴリーとして
日本のポップス を目指し誕生したとされる 「J-POP」

日本のミュージシャン、音楽関係者、リスナーの間で
ムーブメントとして拡がって行く事となる
土壌が出来上がっていった様に思われるものがありました。


このJ-POPがその後90年代初頭の僅か2~3年の期間で
これまでの歌謡曲に取って代わり
日本の音楽のメインストリームとして定着する様になるのですが

日本経済が大躍進し空前のバブル経済へと導き
世界に出ること無く国際規模の需要と供給を実現させた
「内需拡大路線」を当時の日本の音楽界が倣って、

国内でポップスを制作する 「音楽の内需拡大路線」 を目指した所に
当時の風潮が合致した所に大きな背景があったように思われます


つまり『J-POP』とは当時の日本の音楽界を指す
メインストリームそのものの総称 であり
「歌謡曲」「フォーク」の様なジャンルの呼称では無い事が分かります

『J-POP』はWikipediaの解説によりますと・・・

「歌謡曲」や「フォーク」「ニューミュージック」などのジャンルを殺し、
「J-POP歌謡」「J-POPフォーク」の様に成り代わったもので
日本の音楽の新たなカテゴリーの総称となるもの
​​(Wikipedia J-POPより抜粋と意訳)​​

・・・との事ですが

J-POPが定着した後に
「演歌」の事を「歌謡曲」として捉える風潮があったのは

「歌謡曲」の特徴が「歌番組の出演」を一つのステイタスとする
テレビ時代の音楽を意味する所に理由があった様に思われ

TUBE、ZARD、相川七瀬、DEEN、B.B.クイーンズ などの
「織田哲郎ファミリー (※ビーイングブームとも言う)

hitomi、trf、華原朋美、安室奈美恵、globe、 などの
「小室ファミリー」 などと呼ばれる自社系アーティストのみを使って

ドラマ、番組、映画、などの様々な系列の音楽を担当し
独占する戦略を立てて

テレビの露出に関係なくCDセールスに繋げていた J-POPとの大きな違いであり

それは「歌謡曲」と呼ばれた昭和の時代から続いてきた
テレビ番組の出演がチャートインに繋がるという

テレビ時代を背景としたビジネスケースとしての日本の音楽の一つの形態が
J-POPの台頭によって消滅した事を意味するものでもある様に

思われるものがありました




所で、
このJ-POPというカテゴリーがCD不況になる事を堺に下火となり
それに伴ってかつての 歌謡曲 を思わせる曲調の楽曲が 再評価 されたり

J-POPのカテゴリーである筈の新人アーティストが
井上陽水 吉田拓郎 そのままの切り口の様な
70年代フォークを思わせる造りの楽曲をヒットさせ

又、J-POPの枠組から外れた楽曲を制作する多くのアーティストの登場により
J-ROCK、J-RAP、J-SOUL などの派生語が登場し 錯綜するなど

90年代に発祥されたJ-POPの定義が近年 大きくゆらいでいる 印象があります。


これは先程解説した歌謡曲、ニューミュージックのレコードセールスが
TVの普及に呼応したものであった様に

J-POPの誕生が、

誰もがセレブに憧れた90年代のバブル経済を投影し
ハイエンド志向の現れでもあった
ノイズレス高音質サウンドが瞬く間にアナログレコードと取って代わり
高音質サウンドに相応しい洋楽志向のJ-POPの楽曲へのニーズに応えた

CDの普及に呼応 したものであり、

バブルでセレブな大人の恋を提唱するアダルト・コンテンポラリーや
自分探しの自己啓発を促す、世の価値観を問うアジテイト・ソングなど

大量消費時代を象徴させる楽曲で占められたカテゴリーとして
90代邦楽のメインストリームとなった経緯から、

現在のシンプルで質素な暮らし を望む若者のライフスタイルとは
かけ離れたものとなり、近年支持を得られなくなったと思われ

J-POPの牙城を切り崩してでも現代の若者の支持を得る為の
J-POPを糧としたカテゴリーの分散化を始めた現れと捉える事が出来ます


しかし元々J-POPが
日本国内販売を念頭に置いた「洋楽志向」「本物志向」と呼ばれる
ある意味 「洋楽の亜流」 とも言える性質のもので占められていた事と、

ライブで演奏する事は一切考慮せずに新しい音を模索する
スタジオ内で構築される事をデフォルトとした
「サウンド志向」と呼ばれる 別名「一発屋」の様な性質のものであった事により

2000年辺りから派生した、楽器を使わずにデジタル音源を使って
コンピューターで打ち込みPC内のみで帰結する
DTM 系音楽をもって限界点を極めた後は

バブルが弾ける様に
ライブ感の無い 造り物の音楽は求心力を失い

加えてCD物品販売からデジタル音源ダウンロード販売へと移行する
世の中の動きと同時に
ライブイベントが音楽リスナーにとっての主流となった現在の音楽界に於いて
J-POPがメインストリームの枠組みから外れ通用しなくなった事で

既に過去のものとなった事が

錯綜し求心力を失う事となった原因ではないか
という印象があります


△▼ △▼ △▼
▲目次へ▲

​​ 「J-POPがJ-POP自身を殺した」
という 仮説■​​

Utada Hikaru
Utada Hikaru ​(画像参照:wikimedia)​

・・・ ここからの解説は

ブログ主の若干妄想の入った辛口な偏った見解が多分に加わるので
日本の音楽界全体の性質を詳細なリサーチの元に看破した類のものとは
全く性質が異なる仮説となる事を

まずはご理解いただきたく ・・・と言うわけで


先程のWikipediaの解説にあった様な
「J-POPが歌謡曲を殺したと」 いう90年代音楽ジャーナリストの見解は
90年代の状況とは大きく変わった現在に於いては

既に 過去の見立て のものとなり

J-POPが単に
バブル時代に歌謡曲の代わりに主流になった音楽というよりは

日本経済が大躍進を遂げた様に感じさせたバブル経済の様に
日本の音楽リスナーを 洋楽通に感じさせる バブル音楽というのが
J-POPの実態 だった という印象があった事から

近年音楽の顧客として新たに加わった
「ミレニアム生まれの若者達」がいち早くその事に気付いた後

遅れて世間がその事にようやく気付き始めて
J-POPが下火になり始めたという印象があります


つまり、
J-POPの側から捉えた90年代音楽ジャーナリストの言葉にある様に
「従来のジャンルを取り込みハイエンド志向に再構築した」という

J-POPの音楽が「J-POP系歌謡曲」の様に呼ばれるほどには
「歌謡曲」を含んだカテゴリーなどではなく

日本の歌謡曲が世界を目指した時期を通して
欧米の音楽の様な本物を目差した
「本物志向」のカテゴリーとして生まれた経緯がある事から

逆に言えば 「本物ではないもの」
「J-POP」の ベース に常にあった事になり

常識的に考えれば
純粋に日本の流行歌から派生した 「本物」 の日本の音楽の 「歌謡曲」
洋楽の 亜流 に取り込まれるのは考えにくく

実は「歌謡曲」の方が 「J-POP」を内包 していたのではないかという
真の事実 が見えて来ます

更には、
世界を目指しながらも 「本物になれ無なかった」
過去の邦楽のシンガーソングライター達が辛酸を舐め続けてきた黒歴史を
バブリーな逆転の発想で 「本物志向」 という言葉で総括して

「洋楽志向」
という風潮へと 転換 して
世界へ向かうイメージを国内へ向かわせる事で帰結させ
内需拡大路線を音楽に適応させた

当時の音楽業界の智謀に乗った形で派生した経緯から

「本物」では無くあくまで「本物志向」を柱とする
日本国内のみでしか通用しない 「亜流」 なものという
J-POPの真の 正体 が浮かび上がって来るのが分かります

これは、
昭和の激動の時代を象徴させながら全ての日本人の琴線に触れる様な
音楽的に幅も深みもあった 「歌謡曲」 というジャンルが

平成の日本の大躍進でバブル経済を引き起こし
誰もが頂点に立ち世界を制した様な気分に酔いしれた錯覚の中で
J-WAVEが提唱しバブルの象徴とも言うべき「J-POP」誕生の為に

ある種高揚感で麻痺した感覚で細かく バラバラに解体 され
使えるものと使えないものに細かく仕分けされた後
洋楽志向なハイエンドサウンドに再構築された様な

言わば砂上の楼閣の様な造りとなったJ-POPに
歌謡曲が取って代わられたと捉えると

過去良く言われた様に
「J-POPに歌謡曲が(バラバラにされ)殺された」という
あくまでJ-POP側から見た見解では無く

音楽界全体から捉えてみれば単にリスナーが
「J-POPによって 歌謡曲が見えなくなった 」だけなのであり

近年、歌謡曲復活の兆しありとの意見が聞かれるのも

一方の消滅によって 隠れていたものが見えて来た だけの事
と捉えるのが正しい様な印象があります


■■
近年、
音楽が求心力を失い 音楽の力が無くなって来た と言われている状況とは
あくまで 音楽業界視点 で語られるCD物品販売不振と
先程のJ-POP人気の陰りに起因した音楽単体販売の落ち込みを意味するものであり

ライブイベントなどを含む音楽ビジネス全般の話を指している訳では無く、
この辺りはあの山下達郎をして常に音楽中心業界ベースで語られてしまう

情報の齟齬 を感じるものとして最たるものがある様に
思うものがあります。


例えば 「ロック」 というジャンル一つ取ってみても

近年CD不況と共に日本のロック系のアルバムが
売れ行きを落としたと聞きますが

ロックが元々特定のリスナーが聴く マニアック なジャンルだった事や
むしろ現代の若者が聴く音楽ジャンルですら無くなっているという
「ジャズ」「ブルース」 の様な括りという意見もある事からも

これは、
ロックがロックファン以外に売れなかった平成以前の状態に戻っただけで
極めて当たり前な事なのではないかと

思えるものも あります


つまり近年の 音楽の不振 とは
ネットの普及に伴ってCD不況なるものが起こって
違法ダウンロードによってそれに拍車が掛かった為の状況

などでは無く、

これまで邦楽の中心となって作られてきた
セレブでバブルなハイエンド志向の反映という経緯で誕生した J-POP

新世紀に入り多様性が求められる時代に入ったと同時に 求心力を失い
実直で質素な暮らしを好む現在の若者達の琴線に届かなくなった為

それを考慮せずあくまで利回りの高いCD物品販売のロジックに固執した
時代に合わないJ-POPベースで創られた数多くの邦楽のCDが
販売数を激減させた結果なのではないか と言う理由と

もう一つは・・・

造詣の深い音楽ファンであればともかくとして

山下達郎レベルの高い アーティスト目線 で創られて
非常にクオリティーの高い楽曲の中に込められた
普通の耳で聴いただけではその良さが分からない程の
「音楽の力」「音楽の良さ」なるものを
音楽を知らない一般人ユーザー に理解しろと言われても


それは無理な話であり


つまりそれ位
バブル時代の J-POP世代の一般ユーザー が音楽に精通し
いわゆる 「耳が良かった」 のであって

そうでは無くなった 現代のユーザー の場合は
平成以前の 「普通の状態」 に戻っただけの事であり

単に業界全体が

現在欧米諸国のエンターテインメント映画、音楽作品が
なぜに「稚拙」さを感じる程に分かりやすい出来になっているのかを
考慮もせず

バブル時代の一般人ユーザーがハイエンド志向で
音楽にも精通し耳が良かった事を 今だに

忘れない でいて

現代のユーザーも同じだと思い込み、
ハイエンド志向満載なクオリティーの高い楽曲を輩出し続け
余りにも現代人の音楽嗜好を 過大評価 している事を

忘れている

為なのでは と
思うものがあるのでした。




・・・ちなみに、これらとは異なった市場で
現在も物品販売を伸ばし今や数兆円規模にまで成長した
「アニソン市場」 があるのですが

コチラの話は、又の機会にでも・・・


思うに、
「買いたくないものは欲しくないものはタダでも要らない」 という
消費者のごく単純な心情を汲めず

テレビ局大手フジテレビは
J-POPが流行っていた時代そのままのバブルな番組を輩出し続け
視聴率低迷にあえぎ

電気メーカー大手東芝は
バブルの発想で必要な事業と切り捨てる事業を見誤り
経営危機に陥り

旧体質な角界は相次ぐ不祥事に揺れ
旧体質から逃れられない野球界はジャイアンツが遂にBクラスに落ち入り と

どの世界でも同じタイミングで不振不祥事が起こるのも

新世紀に入り多様性が求められる時代になっても
未だ旧世紀な旧体質を続け 現代人の感覚や志向を見誤った 事への

同時多発的に現れた結果なのであって

音楽業界に至っては
行政を動かし無許可なアップロードを違法化する
見当違いなフットワークの良さを見せながら
物品販売に固執し時代の潮流を見誤るのは

J-POPというカテゴリーの衰退 そのものの姿を見る思いがし

故に、 J-POPがよりJ-POP であればあるほど
己を殺して行く 事になり

延いてはそれが、
日本の音楽が歌謡曲へ帰結する動きの一環を示唆するものなのかも

しれません。


とかくこの世は「目」が曇りがちになるものであり
こと「耳」に至っては、言うまでもないという

お話なのでしょう☆



という所で今回は終了です
それでは本日も 素敵な一日をお過ごし下さい。




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最終更新日  2024年11月21日 07時10分58秒
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Voyager6434 @ Re[1]:2024年 新年あけましておめでとうございます(01/01) かめばーちゃんさんへ 今更ですがw今年…
かめばーちゃん @ Re:2024年 新年あけましておめでとうございます(01/01) あけましておめでとうございます。 『芸…
細魚*hoso-uo* @ Re:『Wikiの写真で一言』第10回「努力義務って義務?」(04/30) こんばんは 田舎の中学生は古よりヘルメ…
Voyager6434 @ Re[1]:ヘタレ絵日記40『下○タ談義』(03/12) 細魚*hoso-uo*さんへ いらっしゃいませ~☆…
細魚*hoso-uo* @ Re:ヘタレ絵日記40『下○タ談義』(03/12) こんばんは あの当時もPTAが アニメで…
Voyager6434 @ Re:謹賀新年です!(01/01) かめばーちゃんさんへ おひさしぶりですw…
かめばーちゃん @ 謹賀新年です! 年末にコメントありがとうございます。 …
人間辛抱 @ Re:『竜とそばかすの姫』すずが竜を救おうとする理由とは(09/01) どうもお久しぶりです。 新型コロナウイル…
背番号のないエースG @ エースをねらえ! あだち充「ラフ」に、上記の内容について…

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