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私が最も好きな相場格言はなにか。それは。相場は相場に聞け。である。しかし相場に何をどう聞くのかよくわからない。よくわからないが、私なりに解釈している。相場は相場に聞けとは、つまり相場に逆らうなということである。当たり前のことであるが、大衆ほど相場に逆らいたがる。というよりも、相場に自分の都合を押し付けたがるのである。相場が大衆ごときの都合を受け入れるはずも無い。相場が大衆ごときの予想どうりに動くはずも無い。したがって大衆は相場に逆らう行動を取ってしまうことになる。相場は相場に聞けとは。素直に相場の動きを見ろ。トレンドに逆らうな。相場の動きを自分の都合の良いように勝手に解釈するな。簡単に書けばこういうことである。
2010年01月28日
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有名な相場格言に、ひとのいく裏に道あり花の山、というものがあり、この格言には更に続く言葉があるという話を前回書いた。その言葉とは。そのことを教えてくれたさる相場師によれば、(いづれをいくも散らぬまにいけ)、という言葉である。続けるなら、(ひとのいく裏に道あり花の山、いづれをいくも散らぬまにいけ)、となる。つまり、表の道をいっても裏の道をいっても花は咲いているのである。ただしどちらをいくにしても、花が散る前にいかなければ意味がないということである。またその相場師はこうも言っている。表の道をいっても裏の道をいっても花は咲いているが、ぜったいに裏の道をいくべきだといっている。では裏の道と表の道とはなにが違うのだろうか。一言で言おう。表の道とは、大衆が通る道のことである。裏の道とは、大衆を卒業した人が通る道のことである。大衆についてはいままでここで指にまめができるほど書いている。今更説明の必要もないだろう。ところで私が最も好きな相場格言はなにかというと。おっーと。またくだらないたわごとを書きすぎてしまった。今日はこの辺で許してやろう。つづく。
2010年01月24日
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相場格言は本当に役に立つのか。個人的には役に立たない。これが私の答えであるが、中には大いに役に立つと思っている投資家もいるだろう。しかしそれはそれでどう考えようと個人のかってである。見解の相違があるのは当然のことである。実は私も相場格言は大好きなのである。役に立たないと思っても好きなのである。ひとのいく裏に道あり花の山、という有名な格言であるが、実はこの格言には更に後ろに続きがあるのだということをある相場師から教わったことがある。はたしてその格言の続きとは。おっと、またくだらないたわごとを書いてしまった。格言の続きはまた次回ということで。また、お会いしましょう。さいなら。さいなら。さいなら。
2010年01月20日
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相場に関する格言は山ほどある。このブログのタイトルでもある三猿金泉秘録も似たようなものである。そもそも相場格言というのは抽象的なものが多く、具体的にどうすればよいのかを示したものがないので、私個人的には役に立たない雑音の1つという位置づけになる。とくに有名な格言に、ひとのいく裏に道あり花の山、という格言があるがこれはいったい何を意味しているのか具体的にはわからない。一般的には人と同じことをやっていては儲けが少ないといった意味だと思われる。では人と違うこととは何か。人と違うことをやれば儲けが大きくなるのか。そんな単純な話ではないことは誰でも分かっていることである。それではこの格言に何の意味があるのか。言葉遊びの自己満足としか思えないのである。
2010年01月17日
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大衆はみな裁量トレード、裁量投資だといって過言ではない。ただし裁量が駄目でシステムが正解などと言っているのではない。裁量でもシステムでも成功している人はいるはずである。ではなにが問題なのか。人はみな同じではない。得意不得意があり個人差がある。したがって、成功者のマネをすれば儲かるという単純なものではない。投資家、トレーダーは誰からも干渉されない個人的な仕事である。これは気楽である反面、限りなく自分に甘くなる欠点がある。裁量であろうとシステムであろうと、非情なまでに自分にたいする厳しさが求められる。いまJAL株がおもちゃにされてマネーゲームの対象になっている。このマネーゲームで、中には大儲けする投資家が出るだろう。しかししょせんは偶然かまぐれでしかない。たとへJAL株で運よく儲けたとしても、たまたま儲かっただけで奇跡は何度も起こらない。そこに参加しているのは典型的な大衆の姿である。結局最後に勝つのはやはり、自分に厳しく規律を守り大衆と一線を隔している人である。ただしマネーゲームに参加するなとは言うつもりはない。それはカラスのかってである。そういう大衆がいてくれるからこそ、相場に厚みがでるのも確かである。しかしどうあがいても、大衆は畑の肥やしでしかない。決して花を咲かせ、実をつけることは出来ない運命にある。
2010年01月14日
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こうも一本調子に日経平均が上がり続けるとは予想していなかった。しかしこれは良い傾向だろう。そして大衆はすぐ上値めどはいくらだとか天井を当てたがる。大衆の都合で相場は動いていないことを分かっていない。だから大衆なのである。どうせ当たるはずがないのだから、天井のことなど考える必要はない。トレンドが続く限りトレンドに乗り続ければ良いだけのはなしである。宇宙の果てまでとことんトレンドに付き合ってやればよい。トレンドからの退出のルールを儲けてあるのだから、いつ下がるかなどビクビクする必要もない。その退出のルールに振れるまで乗り続ければ良いだけだから実に簡単なはなしである。大衆の無能な頭では考えるだけ無駄だから、ただトレンドを見てシンプルに相場をとらえればよいのである。
2010年01月12日
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エコノミストや評論家のたわごとに耳を傾けるのは大衆の常である。それらの理屈に耳を傾けることにより、知らぬ間に心がバイアスという悪魔に支配されている。われわれが本当に耳を傾けなければならないのは、エコノミストや評論家のたわごとではなく相場の動きにである。相場の動きこそがすべてであり、その動きに逆らわないことが唯一大衆から抜け出すことの出来る手段である。しかしこれは決して簡単なことではない。心は常に正解を求めようとする。心は常に相場に対して正しくあろうとする。しかし現実は常に心を裏切る動きを繰り返す。相場に自分の感情を押し付けるのはやめなければならない。相場に自分の思いどうりの動きを望んではならない。相場のすべてを自分が受け入れるのである。自分の考え方が正しいのではない。相場の動きが常に正しいのである。これは自分にとってとても理不尽なことである。しかしこれを受け入れなければならないのである。
2010年01月06日
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明けましておめでとうございます。今年もたわごとを書きますよ。商品トレーダーのリチャード、デニスはマーケットの魔術師の中で、たとえ新聞に自分の手法を公開したとしても、それを実行する人間はほとんどいないだろうと書いています。リチャード、デニスがタートルに伝授した手法は決して難しくありません。むしろあまりにも単純なやり方なので拍子抜けするほどでしょう。しかしその手法は人間の持つ本能とは逆の行動を取らせるもので、理屈は単純だが実行には大変な苦痛を伴うものだからである。誰でも夢を見たいし追いかけたい。努力すれば必ず報われると信じたい。しかし現実は甘くない。敗北感に打ちのめされたりする。精神科医の香山リカ氏の著書にしがみつかない生き方という本がある。その中に勝間和代を目指すなというくだりがある。努力しても出来ないものはいくらでもある。無理はしない。出来ることだけやる。他人と自分を比べるのはナンセンス。すべてに完璧を目指す必要はないのである。そもそも完璧など神様でもあるまいし不可能である。トレードにおいても投資においても同じことが言える。絶対損したくない、ごもっともである。大儲けがしたい、ごもっともである。しかしあまり肩肘を張らないで、楽に考えればよいのである。少しぐらい損したからといってたいした事ではない。損など出しても構わない。相場に対して意地になる必要はないのである。自分の思惑がはずれたと思えば、軽くリセットボタンを押せばよい。その程度はたいしたロスにはならないのだから。
2010年01月01日
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