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ほととぎす鳴きつる方をながむればただ有明の月ぞ残れる後徳大寺左大臣ほととぎすが鳴いた、そう思って聞こえた方を見上げると、空には有り明けの月が残っているだけです。 百人一首の中でも、調べが良くわかりやすいので好きな歌のひとつです。ほととぎすの鳴き声を本当に聞いたのか、聞きたいと思う心が聞かせた空耳だったのか。余韻が残ります。 後徳大寺左大臣とは藤原実定。祖父の藤原実能が徳大寺左大臣として名が知られていたため、孫の実定は後徳大寺左大臣と呼ばれました。 平安末期から鎌倉時代にかけての起伏の多いときに活躍しました。朝廷と鎌倉幕府との調停に努め、頼朝の信頼も厚かったといいます。
June 30, 2020
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ローソンで買ってきた大人のベリーチョコ。ストロベリーのアーモンドチョコと、クランベリーのビターチョコ。どちらも糖質控えめで、甘さぐんとダウン。特にクランベリーのチョコはとてもビターです。アーモンドストロベリーには食物繊維が、クランベリーチョコにはポリフェノールがたっぷり入っています。優しい甘さのピーチ&ローズヒップのお茶と。
June 30, 2020
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ありあけのつれなく見えし別れよりあかつきばかり憂きものはなし壬生忠岑せっかくあなたに逢ったのに、夜が明ければ帰らなくてはなりません。その時を告げる有明の月を無情と思った別れの時から、暁のようにもの憂いものはなくなってしまいました。 後朝の別れを惜しむ歌です。相手の女性につれなくされて(ふられて)、あかつきがもの憂く思われるようになったという解釈もあります。ですが、逢った後の名残の気持ちととる方が、歌がより生きるような気がします。 忠岑は、身分こそ低い下級官吏でしたが、歌才豊かで『古今和歌集』の撰者のひとりです。子の忠見と共に三十六歌仙に数えられます。
June 29, 2020
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6月28日は、林芙美子の忌日です。舞台化もされた『放浪記』は当時のベストセラーになりました。 山口県の下関で生まれた私は、母と養父と共に木賃宿を転転として生活していました。 独り立ちしてからも私は、女中・事務員・女給・行商と、職を変え、転居を繰り返していました。 同棲した恋人は、別に女性ができたり、DV男だったりしますが、私は真面目な人とは長くやっていけないだろうと思うのです。常に貧乏で淋しく候。くだらなく候。金が欲しく候。という生活の中、いっそ女郎にでもなろうかと思う時さえありますが、文学への志だけは捨てられず前を向いて生きています。 内容は「金がない。お腹いっぱい食べたい。惹かれるのはダメンズだけだし。でも、文学をしたい。」に要約されてしまいます。 諦めと、這い上がろうとする心のせめぎ合いが続くのですが、不思議に明るく、まっすぐな人生です。食べたいときは食べたいと書き、惚れている時は、惚れましたと書く。それでよいではございませんか。 気取りのない素直な貧乏物語は、出版当時、今より貧しかった一般庶民の間で、大いに受け入れられたことでしょう。今読んでも、小気味いいツイッターを読んだ気分になります。 ショールを買う意お金を貯めるより割引の映画を見てしまう「私」では、お金が貯まらないわけです。人にも親切で、なけなしのお金も惜しまず使う人ですし。冒頭の「私は宿命的に放浪者である。」の一文の通り、現実がいよいよ嫌になってくると、「私」は、旅に出てしまいます。 「私」は林芙美子に重なります。芙美子も貧乏の末、人気作家になりました。 終生、家族を養い、貧乏を恐れて過重な仕事を負ったため、心臓を患い47歳で亡くなったとも言われます。同棲と破局も繰り返しました。 ですが、内縁の夫になった手塚緑敏が、実直な人柄で、芙美子の執筆を支えたことに、救われる思いがします。 芙美子がなくなったとき、(富裕層の家に育った人たちが多い)文壇は冷たかったのに、一般のファンの人たちが次から次に駆けつけたそうです。小説とはつまらないものかも知れない。人々は活々として歩き、話し、暮らしている。街を歩いている方が、小説よりも面白い。『放浪記』は、「活々として歩き、話し、暮らす」「私」の記録です。 引用および参照元:林芙美子『新版 放浪記』新潮文庫 候…コウ、そうろう
June 28, 2020
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夏らしいゴティバのチョコ。6個入りを買ってきました。うちは3人家族なので、ひとり2個づつです。冷たい白桃煎茶と。煎茶は口の中がさっぱりします。
June 28, 2020
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駆…ク、か(る)、か(ける) 騎…キ 中国では、馬との付き合いが日本よりずっと長く、従って、馬に関する感じも多岐に渡ります。驪(リ・レイ)=黒い馬、純黒色驎(リン)=ウロコのような斑紋がある馬驒(タ・ダンほか)=白い銭形の模様のある馬驃(ヒョウ)=白い斑のある栗毛の馬驄(ソウ)=青黒い毛と白毛が交じった馬麒(キ)=青黒い毛の馬馼(ブン・モン)=赤いたてがみで、体は白く、目は黄金のような馬錚々たる馬の群です。中国では、馬は今でも「祝福・願い・成功・激励」などの象徴です。馬は、剪紙(切り紙)や木彫りの置物の、縁起のよいモチーフでもあります。
June 27, 2020
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連作短編集『桜さがし』は、猫探偵正太郎シリーズに登場する、作家の浅間寺竜之介と元教え子たちの物語です。 浅間寺は中学校の教師時代、新聞部の顧問をしていました。その時のメンバー4人は、卒業後も定期的に浅間寺を囲んで食事会や飲み会を設けていました。 それぞれの恋愛にミステリーが絡みます。 夏の鬼 農学部で動物を相手にする綾は、吉田神社で姫だるまに入ったお守りを手にしていました。半年前、年下の一ノ瀬に誘われて節分会に来たことをほろ苦く思い出して。 二人は、ふとした出会いから急速に親しくなり、節分会の後、居心地のいい小さなカウンターだけの店で飲み、綾は今も引きずる失恋の想い出を話してしまいました。けれど「やり直せるかもしれない…先輩と一緒なら」と言う一ノ瀬を、綾は突き放してしまいます。後から思えば、一ノ瀬も失恋した後なのだと気づくのですが。 神社で偶然会った店の女将が、一ノ瀬の消息とちょっとしたミステリーを語ってくれました。 節分会の後のみに行った店で、隣席の客が「あの鬼いうのんは、夏はどこにいるんやろな」と話していました。 後半、再び「夏の鬼」が登場してクライマックスへ向かう構成は、さすがだと思わせられます。 柴田よしき氏の物語は決してメルヘンに終わらず、現実社会の厳しさ、苦しさを地糸に織り上げられます。それでも、全て包み込むような温かい視線があり、悲しみの後は前へ進もうという気持ちになれるのです。 参照元:柴田よしき『桜さがし』集英社
June 26, 2020
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化粧品の詰め替えは、今では普通のことですが、オイルショック以前は化粧品のプラスチック容器は使い捨てが当たり前でした。 昭和48年のオイルショック以降、資源の不足、物価の高騰が起こり、ちふれ化粧品が初めて詰め替えチューブを発売しました。 現在は、チューブからパウチタイプになっています。 今では容器の詰め替えは、当たり前になっています。何事も最初の一歩が肝心なのですね。 シャンプー、コンディショナーから洗剤などわが家にも詰め替えがたくさんあります。 洗剤は、ネットで、大容量のパウチをまとめて買っています。置き場所をとるのが悩みの種ですが。 シャンプーやコンディショナーの詰め替えは、結構面倒ですが、今は詰め替え容器の注ぎ口につける「詰め替え君」なるものが売っているんですね。逆さにつるすクリップもついていて、詰め替えパウチをそのまま使える商品です。 詰め替えるとき、容器をしっかり洗わないと水が入って不衛生ですし、これはいいかも。
June 25, 2020
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今年で発売二十四周年になるブルボン・プチクマシリーズは24種類、キャラクターのプチクマも24種類です。ブルボンでは、毎月24日を「ブルボン・プチの日」6月24日を「プチクマの日」としました。 一人で手軽に食べられる…と、つい食べ過ぎ注意のお菓子です。いろいろ取り混ぜて、パイナップルの香りのする、グリーンルイボスティーの「Toy Box」と。
June 24, 2020
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6月23日は、国木田独歩の忌日です。独歩は、詩人、ジャーナリスト、編集者、そして小説家。 銚子に生まれ、東京と中国地方を転々として育ちました。東京専門学校(現・早稲田大学)中退後、教師、家庭教師を務め、記者、編集者の仕事を歴任しました。 自然主義文学の先駆とされますが、当時の文壇は「紅露時代」で、独歩の作品は高く評価されませんでした。やっと認められる頃に結核を患い、38(満36)歳で没しました。 田山花袋は、独歩の人生は「窮」であったと言っています。 窮…キュウ、きわ(まる)、きわ(める) 忘れえぬ人々 多摩川の二子の渡しをわたって少しばかり行くと溝口という宿場がある。溝口の宿、亀屋に泊まった無名の文学者、大津は、売れない画家の秋山と隣の部屋になりました。ふたりは美術論から宗教論まで話が弾みました。 大津はまだ草稿の『忘れえぬ人々』という作品に出てくる、自分にとって忘れられない人々について話します。本来縁もゆかりもない人なのに不思議と心に残った人たちです。 例えば、弟と二人阿蘇山の噴火口を見て、宮地まで降りたとき。振り返って西の空を仰ぐと阿蘇の分派の一峰の右に新月が~澄んで蒼味がかった水のような光を放っている。橋にいた僕たちの脇を、俗謡(うた)を歌いながら通り過ぎる壮漢(わかもの)がありました。その男が忘れえぬ人々のひとりになったのです。 風景の描写がきれいです。この風景を負った、出会いなればこその「忘れえぬ」人なのかと思います。人生上の時々で、大津にはこの人たちの姿が自然に浮かんでくるのでしょう。もはや実在を超えた虚像となって。みなこれこの生を天の一方地の一方に享(う)けて悠々たる行路をたどり、相携えて無窮の天に帰る者ではないか~我も人もない~旅の途中で会った人々。すれ違っただけ、または一方的に観察しただけの人たち。人生という旅の途中でほんの少しだけ関わった人々ですが、同じ地上に生を受け、やがて天へ還るのだと考えると、心ひかれます。溝口 大山街道とふるさと館 最後に、大津が原稿に書き足した忘れえぬ人々が、秋山ではなく、宿の主人というのは意表を突かれました。秋山の実在を確認しすぎたからかもしれません。 引用および参照元:国木田独歩『忘れえぬ人々』岩波文庫
June 23, 2020
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題名からしてクリスティの名作『そして誰もいなくなった』のオマージュだとわかります。いわゆる孤島だとか雪山の山小屋というクローズドサークルものではありません。 名門女子校で『そして誰もいなくなった』の劇を上演中、服毒死する訳の女生徒が実際に服毒死してしまいます。その後も演劇部員たちが次々と劇のストーリーに沿って殺されていきます。部長の江島小雪はついに犯人に思い至り、顧問の向坂典子と共に立ち向かおうとしますが…。 ミスリードがうまいので、ついだまされます。ミステリーは架空のものとして楽しめますが、本質的に怖い話です。人間の心の闇が次々に明かされる、そこが怖いのです。 テーマは“裁かれざる犯罪”。日ごろから殺意を抱いている相手が、溺れているのに見殺しにしたら、犯罪と言えるのか?罪ならどう裁かれるのか?小雪の問いかけに答えるのは難しいことです。 参照元:今邑彩『そして誰もいなくなる』中公文庫
June 22, 2020
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綾辻行人の『十角館の殺人』は、「クローズド・サークル」もので、有名かつ人気の作品です。「クローズド・サークル」といえば、クリスティーの作品が世界的に有名で、先にそれを読んでしまうと、思い切り既視感があります。「衝撃の一文」なるものも、確かに驚きはありますが「なーんだ、クリスティと同じか」になりました。 『十角館の殺人』を先に読むと、新鮮なトリックだと思えるでしょう。サスペンスものとして読んだ方がいいのかもしれません。 翻訳物でない分読みやすく、クリスティほどの重厚さはないので、すらすら読めます。 「十角館」とか「迷路館」「人形館」…という館シリーズに出てくる建築は、もちろん実用的ではないでしょうが、訪れてみたくなります。 参照元:綾辻行人『十角館の殺人』講談社文庫
June 21, 2020
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チョコミントは好き嫌いがはっきり分かれます。「あれは歯磨き粉だ!」と思っている人も多いでしょう。わたしはすっきりして好きなフレーバーですが。LOOKチョコのミントは二種類。クランチの入ったざくざく感のあるミントと、ソフトなミント。これは昨年のバージョン。ダースのチョコミントはホワイトチョコ。見た目から涼しそう。いただきま~す。お茶はルピシアの「ハニーレモネード」です。そのままでもハニーですが、蜂蜜とレモン汁を加えてもいいです。ポッキーチョコミントも発売中でした。花の香りのルイボスティー「コンスタンシア」と。 今日6月20日はペパーミントの日です。ペパーミントの和名はコショウハッカ、セイヨウハッカ。「はっか」の語呂合わせで20日(はつか)に制定されました。
June 20, 2020
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6月19日は、太宰治の誕生日です。同時に、玉川上水で心中した太宰の遺体が見つかった日でもあります。 太宰最後の作品に因んで、この日を「桜桃忌」と呼びます。 「桜桃」は、太宰の実生活での憂情を色濃く写し取った短編。7歳・4歳・1歳の、3人の子育てに振り回される母(妻)と、現実から逃げ出したい父(自分)の苦悩と対立が描かれます。 中の子の長男は、4歳になっても言葉がなく、排泄の自立もできない子(太宰自身の長男もダウン氏症)でした。 生活の苦労、疲労、将来への不安は、母も父(作中でも作家、太宰という名前です)も一緒です。ですが、「この、お乳とお乳のあいだに、涙の谷、…」とつぶやく母に対して、父は「泣いているのは、おれもだ」と言えず、酒を飲みに家を出ていくのでした。 バーで桜桃が出され、子どもに食べさせたらさぞ喜ぶだろうと想像しつつ、大皿に盛られた桜桃を、極めてまずそうに食べては種を吐き、食べては種を吐き、食べては種を吐き、心の中で「子供よりも親が大事」とつぶやく父でした。 自分が大事と割り切って、桜桃を味わうこともできない、しかし、現実とまっすぐ向き合うこともできない父。吐き出せない種がたまって自己破滅へ進むのでしょうか…。 小品なので、『人間失格』と共に読んでおきたい作品です。 引用および参照元:太宰治『人間失格・桜桃』角川文庫 宰…サイ
June 19, 2020
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エドワード・S・モースは、アメリカの動物学者で、標本採集のため来日したところを、請われて東京大学の教授に就任しました。文部省(当時)から採集の許可を得るために乗った汽車の窓から、大森貝塚を発見しました。 貝塚は、古代のゴミ捨て場で、貝以外にも動物の骨、土器、石器などがみつかっています。モースの大森貝塚発掘は、明治10年9~12月に行われ、明治12年には日本初の発掘報告者が出版されました。モース博士像 大森貝塚は「日本考古学発祥の地」と呼ばれ、モースが来日した6月18日は、「考古学出発の日」とされました。
June 18, 2020
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「誰にでも親しめる名探偵もの」を目指したという本書は、山口雅也のほかのミステリーとはひと味違った味わいです。 垂里冴子(すいり さえこ)は33歳にして13回目のお見合いに挑戦しようとしています。今までお見合いをする度に事件が起こり、事件は冴子の推理で解決するのにお見合いの方はさっぱり。今回も、お見合いの相手がいきなりほかの席の男女とトラブったり、行方不明になったりと散々です。 冴子は何が起こっても動じず「それぞれご事情がおありになるだろうから…」と怒ることも慌てることもありません。そして、さらりと謎を解いてしまいます。 四季の章立てになった本格推理短編四部作。夏の章は、チェスタトンのブラウン神父ものを思わせます。人には、目に入っても見ていないものがあります。冴子はそれを見ます。 事件解決後、見合いの相手に冴子はきっぱりと言います。「ナマコは海に返すべきです」(これだけの台詞だと、なんのこっちゃですが) 殺人事件も、気分の悪くなるような話も出てきますが、殺伐とせずさらっと読めるのは、おっとりとして、自然体の冴子のキャラクターに寄るところが大きいのでしょう。頼りなく見える姉を心配する、一番まともな弟と破天荒・ド派手な妹の援護もユニークです。 兄弟ならずとも応援したくなる冴子です。 13回目から16回目までのお見合いがまたまた事件続きで、次こそはと願いましたが、続編でもまだお見合いを続けているようなので…推理もまだ冴えそうです。 参照元:山口雅也『垂里冴子のお見合いと推理』講談社NOVELS
June 17, 2020
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「人というのものは決して吾々のきく通りのことを答えん…。他人は吾々の問う言葉の意味に対して答えるものでな。」『見えざる人』のテーマは、このブラウン神父の言葉に凝縮されます。 アンガス青年はローラに求婚しました。ローラには前から求婚されていた二人の男性がいて、遠回しに断っていました。 その一人スミスが現れライバルに殺されそうだと訴えます。 アンガスはスミスを家まで送り、私立探偵のフランボーを呼びに行きます。戸口にいた門番、栗を売る男、使丁、巡査の4人に見張りを頼んで。 しかし、アンガスたちが戻ってみるとスミスの部屋には血痕が残り、姿が消えていました。4人が4人とも建物には誰も出入りしていないと証言するのですが…。 人間の心理をみごとに捉えています。冒頭の言葉は、言葉として読むとややこしいのですが、本編を読んでみると、なるほど言いたいことはこれかというのが納得できます。 似た趣向は、後に続く日本の推理作家にも取り上げられています。ブラウン神父シリーズは文章がまわりくどいところがありますが、味のある短編が多いと感じます。 引用および参照元:「世界探偵小説全集 第九巻 ブラウン奇譚」平凡社 チェスタトン 直木三十五・訳
June 16, 2020
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わたしは15年ぶりに旧友のヒュー・グラントに会いました。わたしの趣味はドール・ハウスの蒐集で、屋敷は「人形の館の館」と呼ばれています。 ヒューとわたしは、人形や仮面、主流からは外れた幻想的な探偵小説などの趣味が合って仲良くなりましたが、大学卒業直前にけんか別れしていました。 わたしはヒューに館を案内します。そして、人形の館に。 室内の厩舎が狭いのに厨房がやたらに広い屋敷、ソーセージには大きすぎる皿、つまずいてしまった階段、ヒューは館の隠された謎に思い至ります。 伏線がきちんと回収されていく本格推理小説なのですが、最後で…。ぴりっとした味付けの短編です。 参照元:『大密室』新潮文庫から 山口雅也『人形の館の館』
June 15, 2020
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大雨ではなくても、地面に沈み込むような重い雨が降る季節。梅雨入りした関東です。樹も草も静かにて梅雨はじまりぬ 日野草城日野草城は明治から昭和にかけて活躍した俳人。昭和初期には新興俳句運動を唱えましたが、戦後は静謐な句で知られます。梅雨の降る静かな音は壺の中 加藤楸邨 梅雨時の雨に降りこめられていると、外界の音もボアンと聞こえ、自分も壺の中にいるような気がします。でも、壺中の世界はそれはそれで魅力があります。ありとあるものの梅雨降る雨の中 長谷川素逝素逝も明治から昭和にかけて活躍した俳人ですが、39歳で早世しました。 雨は何にでも平等に降ります。高野喜久雄の詩「雨」を思い起こします。雨によって再生するものもあれば朽ちていくものもあるでしょう。できれば、雨に洗われ新鮮な心を持って生きたいものです。 引用および参照元:山本健吉・編著『句歌歳時記 夏』新潮社
June 14, 2020
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蝿こそにくきもののうちに入れるべく、愛敬なきものはあれ。人々しうかたきなどにすべき物の大きさにはあらねど、秋などただよろづの物に居、顔などに濡れ足して居るなどよ。(蝿こそ憎たらしいものの中に数えるべきで、あんなにかわいげのないものはありません。人並みに取り上げて目の敵にするような大きさの物ではないけれど、秋などにあらゆる物の上に止まって、顔などにも濡れた足で止まるのがいやだこと。)枕草子の第四十段です。 蝿は6月(旧暦5月)ごろ活発に活動を初め、「五月蠅い」で「うるさい」と読ませるほどです。 「五月蠅い」は古くは「さばえ」と読み、万葉集に「さばえなすさわぐ舎人(うるさく騒ぐ役人たち)」とあります。 昔は家の中にも大きなギンバエが入ってきましたが、さすがに今は見かけなくなりました。しかし、小バエが飛んでいるのも「五月蠅い」ものです。 参照元:金田一春彦『ことばの歳時記』新潮文庫 引用元:石田穣二 訳・注『新版 枕草子』角川ソフィア文庫
June 13, 2020
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五月雨の降りのこしてや光堂 芭蕉平泉、中尊寺の金色堂。現在は保護のためコンクリート製の覆堂にすっぽり包まれています。 芭蕉が目にした当時も室町時代に建設された木造の覆堂があったはずですが。〈五月雨も、燦然と輝く金色堂には遠慮して避けて降ったのであろうか。大半は損壊してしまった中尊寺の中で、金色堂だけは輝いて見える。〉 金色堂も劣化が進んでいたようで、実景は違っていたと思われます。芭蕉の心の中に映った金色堂の姿でしょう。五月雨を集めて早し最上川 芭蕉芭蕉の代表句の一つです。初めは「五月雨を集めて涼し」だったのを、実際川を下ってみてから改作したそうです。 「五月雨を一身に集めたような」の表現が効いています。 参照元:大岡信『夏のうた うたの歳時記2』学習研究社
June 12, 2020
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長野の大手銀行は「八十二銀行」。この番号は何だろうと思っていたのですが、元の国立銀行のナンバーでした。 6月11日は国立銀行設立の日です。明治6年のこの日に、日本最初の第一国立銀行が設立され、その後5年間で153の国立銀行が設立されました。 第一銀行は、第一勧業銀行を経て、現在のみずほ銀行になりました。第三銀行も富士銀行からみずほへ。 かつての国立銀行の多くは合併して商号が変わっていますが、中には元のナンバーで営業を続けるところもあります。 第四(し)銀行は、創立時の商号そのままで営業する最古の銀行で、新潟県新潟市を中心に本支店を持っています。 第七十七(しちじゅうしち)銀行は、宮城県仙台市が本店。百五(三重県)、百十四(香川県)も現役です。 長野県の八十二銀行は、旧六十三銀行(松代町、現長野市内)と旧十九銀行(現上田市)が合併してできたそうです。19+63=82というネーミングです。 旧国立八十二銀行とは無関係で、こちらは合併してみずほ銀行になっています。
June 11, 2020
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「パンケーキ」といえば、アメリカ風のメープルシロップなどをかけた厚いもの、別名ホットケーキが頭に浮かびます。 ですが、イギリスでは膨張剤を入れないクレープのような薄手の物が「パンケーキ」です。 「パンケーキ」の「パン」は「フライパン」の「パン」で、フライパンなどで手軽に焼けるケーキという意味です。日本では、明治30年に雑誌で紹介されたのが始めだそうです。大正3年にはホットケーキ生地のどら焼きが作られています。 「パンケーキの日」は日本ハムの制定です。パンケーキを食べるためのフォークを「1」に、丸いパンケーキを「0」に見立てて、毎月10日を「パンケーキの日」としたそうです。
June 10, 2020
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「梅雨」は旧暦5月の雨が降り続く時期のこと、「五月雨(さみだれ)」は降る雨そのものを指します。日本語には季節感を持つ言葉が多く、雨に関する言葉が多くあります。しかし、中国では、日本ほど雨を細かく分けて表現することがありませんでした。 「さみだれ」は日本古来からあった和語ですが、中国の漢字には「さみだれ」に当たる字がありませんでした。そこで「雨」の漢字を使って「五月雨」と読むことにしたものです。 「さみだれ」の「さ」は、「さつき(5月)」の「さ」で、「みだれ」は「水垂(みだ)れ」の意味だと言われます。さみだれの月はつれなきみ山よりひとりも出づる郭公(ほととぎす)かな 定家ウツギ(卯の花) 皇居東御苑枕草子第三十八段(「鳥は」)にみえるホトトギスもそうですが、平安時代のホトトギスは、「卯の花、花橘などに宿りをして」いて「五月雨の」ころに、その初音を、何とか「人より先に」聞きたいと待たれる鳥でもありました。 平安時代には、五月雨そのものの具体的な風景を詠んだ歌はほとんど見られず、歌の中で、五月雨はホトトギスや卯の花などの背景としての役割を果たしています。 または、物思いや晴れない心を具現化したものが五月雨です。郭公(ほととぎす)雲居のよそに過ぎぬなり晴れぬ思ひのさみだれのころ 後鳥羽院 ほととぎすに「郭公」の漢字を当てるのは、ほととぎすとかっこうの鳴き声を混同したためだといわれます。 引用および参照元:大岡信『夏のうた うたの歳時記2』学習研究社 金田一春彦『ホンモノの日本語』角川ソフィア文庫 金田一春彦『ことばの歳時記』新潮文庫
June 9, 2020
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乞…こ(う)下鴨神社(現代) 6月8日は鴨長明の忌日です。鴨長明は、下鴨神社の禰宜の二男として生まれましたが、父の没後、後を継いだ禰宜と延暦寺の間にいさかいが起こり、敗北して、神職から遠ざかりました。 歌人としても活躍しましたが、出家の後、閑居生活に入りました。 長明の『方丈記』の冒頭「ゆく川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。」は、教科書にも出ている有名な箇所です。1212年に成立した『方丈記』は、日本古典の三代随筆に数えられます。京都の郊外に結んだ方丈(一丈四方、一丈=約3m)で書かれたため、この名になりました。 長明は、世の中の災厄について述べ、方丈での静かな生活を語り、世の無常を説きます。「…かろうじて命を保つだけの物があればよい。人に会うこともないので、たまに都に出たときに、乞食のような自分を恥ずかしいと思うことはあっても、自分の庵にいると、他人が俗世間の煩わしさに左右されていることをかわいそうに思う。気持ちの持ちようなのだ」が、長明の考えです。魚は水に飽かず、魚にあらざればその心をいかでか知らむ。鳥は林を顧(ねが)ふ、鳥にあらざればその心をしらず。閑居の気味もまたかくの如し。 最終的に、長明は庵での生活にさえ執着心を捨て、往生することを目指しました。
June 8, 2020
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ルピシアのサクランボの紅茶は、ちょっとスパイシー。香りが強いので、好みが分かれるかもしれません。ころんとしたマカデミアナッツのクッキーと。「宗家 源 吉兆庵」の花桜桃は、お土産にもぴったりなかわいい包装で六個入り。 一粒さくらんぼが入ったゼリーです。ルピシアのコンスタンシアと。マスカットとレモンマートルの香りが効いたグリーンルイボスティーなので、とてもさわやかです。
June 7, 2020
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6月7日はベビーチーズの日です。六甲バターK.Kが制定しました。ベビーチーズは、昭和47年に「カルトンチーズの赤ちゃん」として売り出されました。 アーモンドや香辛料が入ったり、鉄分・カルシウムが強化されたものも、発売されています。
June 7, 2020
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級…キュウ 湊かなえの短編集『サファイア』から。 理想の夫は、県会議員選に落選すると人が変わったように、暴力を振るうようになりました。誰にも相談できずわたしは… 中学時代のわたしは、あがり症でまともに話せず、周囲にバカにされていました。わたしを認め、いじめからかばってくれたのが同級生の小百合。小百合の推薦で読書感想文コンクールに出て、わたしは変わりました。わたしは小百合と会わなくなってからも、小百合が分けてくれたムーンストーンのピアスの片割れを、ずっと大切につけています。 二つの物語の「わたし」が最後に結びつき、視界が開けます。友よ、きみのためならこの命をかけて闘おう! ムーンストーンのピアスが二人に分けられたエピソードが、限りなくやさしく、胸を打ちます。ムーンストーンのシラーのような、ほんわりした中にきらっと光るものがある話で、短編集『サファイア』の中で一番好きな一編です。
June 6, 2020
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くちなし(梔子)はアカネ科の常緑低木です。学名は「ジャスミンに似た」の意味だそうです。芳香が似ていることから。 花の香りから、「三大芳香花」の一つになっています。「三大芳香花」は、春の沈丁花、夏のくちなし、秋の金木犀です。 実は漢方薬の原料「山梔子・梔子」になります。また、乾燥させて黄色の着色料として用いられます。栗きんとんの色づけに使った記憶があります。アミノ酸と反応して化学反応を起こすことで青色の着色料にもなります。
June 5, 2020
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6月は食育月間です。そして、6月4日は6(む)4し)の語呂合わせから「蒸し豆の日」です。パックで売っている蒸し豆は、サラダのトッピングに便利なので常備しています。 赤インゲンはレッドキドニービーンズ。チリコンカーンなどの料理になります。 青エンドウはさやごとでなく中の実だけ食べるエンドウ豆。食物繊維、鉄分に富みます。 ひよこ豆はエジプト豆ともいい、古代エジプトでも盛んに栽培されました。古代ローマでもポピュラーな食材でした。 サラダやカレーに入れます。
June 4, 2020
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毎月3日は「くるみパンの日」です。毎月来る三日(くるみっか)の語呂合わせです。「カルフォルニアくるみ協会」の制定。日本におけるアメリカ・カルフォルニア産のくるみの大きな用途がくるみパンであったためです。 日本国内では長野県が一番の生産地です。くるみは、ビタミンEはじめビタミン・ミネラル類を豊富に含みます。
June 3, 2020
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バンビ、すなわち鹿の子が生まれるのは5~7月中頃までです。背中に斑点があり、そこから「鹿(か)の子まだら」と言う言葉ができました。「鹿の子絞り」という染め方の名前もあります。「カノコユリ」は、斑点を持ったピンクの百合です。絶滅危惧種になっています。カノコユリ(小石川植物園)薔薇の「かのこ」(皇居東御苑)
June 2, 2020
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6月1日は世界牛乳の日です。 牛乳への関心を高め、酪農・乳業の仕事を知ってもらうことを目的として制定されました。 日本の法律では、生乳の成分を調整していないものが「牛乳」調整したものが「低脂肪牛乳」などと呼ばれます。無調整の牛乳は、季節によって成分の変動があります。 私は、給食の脱脂粉乳を知っている世代です。変に生ぬるく、甘ったるい脱脂粉乳は到底おいしいとは思えないものでした。 今と違って、給食は絶対残してはいけないものでしたから、鼻を摘まんで一気飲みでした。 牛乳に切り替わったとき、ミルクってこんなおいしいものなんだと思いました。 牛乳は瓶に入って、毎朝配達してもらう物でした。木でできた、郵便受けならぬ牛乳受け箱が玄関先に置いてあったのです。 それから、テトラパックになり、今の直方体の紙パックになりました。 還暦を超えた今、健康のため買うのは、低脂肪乳か、無脂肪乳になりました。味はやはり、牛乳にかないませんが
June 1, 2020
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