シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2006年01月10日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 私が嫌いな蟹ミソという食べ物がある。どうやら蟹の脳ミソらしいが、他人にはじめて、この蟹ミソは一体、蟹のどの器官なのか?と聞いたときの、その答えは、蟹の糞だというものであった。そのときは、蟹の糞なんか食って大丈夫なんだろか?という不安もあったので、蟹ミソはいまでも食べない。

 神秘学では、実は、人間の脳も糞そのものではないが、糞のようなもの、魂の排出物、分泌物であるとされている。脳は、腸が糞を排出するように、魂が排出したものであるというのである。人間は生きているから、分泌物を出しているわけでもある。

 神秘学では、生とは、構築と解体であるという。古代の医学は、この構築と解体の営みを、分泌物をみることで、解釈したという。

 古代書には、頻繁にミイラという言葉が出てくるという。神秘学では、ミイラとは、人体の分泌物から再構築によりイメージされる人体のことをいう。いわば、分泌物データにより再構築される仮想人体のことであろう。現代科学でいう、非線形力学における逆散乱という計算方法の一種といえる。だから、ミイラの本来の意味は、包帯を巻いた死体のミイラではない。

 だから、神秘学では、ミイラを、霊的人間のことをいう。太古では、人間は精神的なものと認識されていたので、ミイラが、人間の最大の関心事だったわけなのである。

 そして、おそらく、魂の分泌物全般をミイラの元といったのだろう。死体も魂の抜け殻なので、死体から構築される人体を、ミイラと呼んだわけなのだろう。だから、死体を解体しないように、再構築できるような保存法のことを、ミイラの重要点においたわけだろう。

 古代の医学では、汗、尿、糞の3つの主要な分泌物をみて、ミイラを判断していた。

 古代人は、現代人のように唯物論が浸透していなかったので、物質的なものから、精神をみることができた。これは、現代人でも、修行法により、みることは可能である。例えば、同じ行為(仕事)を長く続けていたら、その行為(仕事)のなかに呼吸というかリズムを読み取ることができる。長年のカン、俗に、ネンキが入ってきたというのが、その精神の読み解き方の初歩のようである。

 だから一朝一夕、即席、いわゆるインスタントで物事を成すと、精神的に盲目にならざらなくを得なくなっていく。感覚に囚われると、それ故に、精神が育たなくなってくる。それが魂の堕落につながり、精神が未熟のままに留まる要因となるのである。かっての日本人は、物事全てに神性、仏性が宿り、物事の根底を、根気よく見ようとした姿勢が、大和魂という精神を生んだように、何事も、徐々に一歩一歩確実に着実に行った。だから、正直ものの愚者が尊ばれたのである。

 現代はこれとは逆に、欧米のように、進取気質で、才気任せて、急速に進めるが、いずれも、その栄光が、ローマ帝国のように長くに渡ったことはなく、ローマでさえも、何もその精神を後世にとどめなかった。精神性がない故に滅んだともいえる。精神があれば、何度も再構築できるのである。それが永遠の魂、ミイラの意味でもあるだろう。

 神秘学では、人体は4つの体、肉体(からだ)、エーテル体(いのち)、アストラル体(こころ)、自我(わたし)からなるとされていて、肉体以外は、非物質的なもの、いわゆるミイラと考えられるので、汗をみれば、エーテル体がイメージでき、尿をみれば、アストラル体がイメージでき、糞をみれば自我がイメージできたのである。

 神秘学によると、古代の医学は18世紀まで続き、イタリアで唯物論により改革されたという。それ以来、古代医学は蔑視されてきたという。確かに、人間が、もはや、古代人のような精神的感覚器を失った時点で、それは無用の長物と化し、猫に小判になったのも頷けるところであろう。

 しかし、神秘学によると、輪廻転生により、古代人が過去の前世の認識のままに、現代に転生するようになれば、現代人のなかから、しだいに前世を知るような人物が現れ、いわゆる古代人のように、霊視できる人間が増えていけば、古代の医学もまた再編されるであろうとされる。現代は、まさにその境界の転換期ともいえる。では、古代人はミイラをどのようにみたのかを簡単に述べる。  

 汗はエーテル体から分泌されるという。エーテル体は肉体とともに、人体の構築に関わり、構築が強すぎると、無気力になる傾向になるという。エーテル体は、人体を、宇宙のなかの惑星のような円運動に引き込みたいとする傾向にあるという。

 古代人は、汗を再度、薬として、人体に与えることにより、物憂いエーテル体が、規則正しい活動にもたらされたりすることがあることを知っていたという。現代では、スポーツ飲料が、この汗と同じ成分を化学合成することで、これを代替して行っているといえる。しかし、古代人は汗を、ミイラの分泌物、個別的なものとみていたので、そっくりそのまま出した人に、汗を用いたわけである。

 日本の風習、貴人が入ったお風呂の水を飲むという習慣も、このエーテル体の反応を想定しての、古代医学の名残りなのであろうか? 例えば、弘法大師の入ったお風呂の水等が有名であろう。弘法大師は密教の秘儀参入者なので、エーテル体に、霊視感覚器(チャクラ:蓮華)を有していたと思われるので、その水を飲んで、自らのエーテル体の霊視力を開発させようという魂胆なのであろうが…。現世御利益的で、どれほど効果があるか不明だ!

 ちなみに、爪も分泌物とされたので、爪の垢を煎じて飲むという諺も、ここから来ているのだろう? あまりに唯物的で、現世御利益的な愚者には、こういうような言い回しが使われたのであろう。

 このようなものを糞薬局と呼ぶが、エーテル体は、水に反応するので、このようなことができるという(アストラル体は、エーテル体の作用を通して、反応することもある)。例えば、炭酸水なども、エーテル体に作用するという。

 汗とエーテル体の類似作用から、尿や糞を、薬として考えるだろうが、それは無理のようだ。尿や糞を、いくら人体に戻しても、アストラル体、自我を強化することにはならないし、かえって、尿毒症につながり、非衛生的で害であろう。古代人は、尿と糞は、あくまで診断に用いたのである(尿に関しては、霊的な治療法があったとされるが、秘術らしく、定かではない)。

 神秘学では、人体は構築と解体からなっているので、肉体とエーテル体の構築ばかりで、解体がないと、人間は絶えず気絶しているような、植物と同じ、意識が眠った状態になるという。なので、アストラル体と自我の解体が適度になされないと病気になるとされる。

 アストラル体は、人体の主要な精神の営みであり、健康体と病気の役割の中心をなすとされる。神秘学では、睡眠中、自我とアストラル体は、肉体とエーテル体を残して、人体から出て行き、精神界に、旅をするとされている。

 例えば、朝、目覚めるときに、人体のなかに、アストラル体が戻るとき、肉体の血圧が正常な場合は、あらゆる肉体器官に浸透でき、心地よい目覚めとなるが、低血圧だと、アストラル体は、あまり肉体に浸透できずに、小さな失神を感じるという。その結果、虚弱になり、器官が正しく形成されないという。

 逆に、高血圧だと、肉体に深く入りすぎ、器官が老化し、早く退化するという。とくに腎臓が敏感なので、腎臓病におかされるという。つまり、アストラル体の人体への浸透度合いにより、病気か健康体かが作用されるという。アストラル体は、主に精神の反映、心魂なので、昔からよくいわれる、「病は気から」といわれる諺は、このことを表しているようである。

 更に、詳しく言うと、アストラル体の浸透具合により、エーテル体の構築が、調整的に、うまく解体されずに、病気になってしまうという恒常性のことであろう。

 アストラル体が、内臓器官を正しい形態に有するようにするという。アストラル体が、内臓器官の外にあると、解体がなされずに、内臓に脂肪がつくという。アストラル体が、構築するエーテル体を、適度に刺激し、解体することで、器官は正常な健康で、正しい形態をもつとされる。そのために、血圧が正常でないといけない。器官は7年ごとに新たに形成されねばならないとされるという。

 アストラル体の活動は、その分泌物の尿に現れるという。例えば、熱が出るのは、アストラル体の活動過多で、自我が鞭打たれる感覚になることだという。活動過多のアストラル体は、肉体に深く入り込もうとして、もがいて熱をつくりだすという。その結果、熱が出て、血液の循環が速くなるという。血液は、器官を形成する余裕がなくなり、変化せず、心臓から腎臓に行き、尿に出るという。こうして尿の色が濃くなるという。

 逆に、アストラル体の活動が、物憂く、正規ではない場合は、血液がゆっくり活動し、ほとんど脈が感じられず、血液が、身体のなかに全て詰め込まれ、いたるところが痛み出すという。尿は淡黄色、もしくは白となるという。

 血液は、器官から排出されるものを、絶えず補充し、そのために血液は固くなる傾向にあるという。血液があまりに速く流れると、器官に提供することができずに、血液は固くなり、それが尿として腎臓から出ると、尿は薄片状になり、逆に、アストラル体が不活発で、物憂いと、脈が弱く、血液は器官に提供しすぎて、水のような尿になるという。更に尿の濁り具合や澄み具合などから、古代人は、ミイラをみて、多くの人体の病気を推測したという。

 人体のなかの構築が強すぎると、、無気力になり、構築ばかりだと、腫れ物ができるという。例えば、脳に腫れ物ができると、構築ばかりなので、無気力、放心状態になるという。脳のなかで、正常な解体が行われないと、腫れ物ができるという。

 逆に、解体が強すぎると、血液が強く入りすぎ、炎症が発生するという。尿の色が濃いと、炎症の傾向、尿の色が薄いと、腫瘍の傾向があるという。これはほんの一例なので、心魂がその発達により個別的傾向を帯びるように、その分泌物も、個別的であるという。だから、何より、霊的人間、いわゆるミイラをみないといけないわけなのである。

 古代人は、分泌物よりミイラを形成することに長けていたといえる。そういえば、現代人は、これら分泌物を、唯物的に食糧にする傾向があるが、なんらかの動物の脳を食ったことから、ウイルスや寄生病が発生したことが、近年あった記憶がある。狂牛病で有名になった、プリオンのような病原性蛋白質は、神秘学では、古くから指摘されていたことでもある。

 それは草食動物に、肉を食わせることから、発生が危惧されることとされていた。草食動物は、食用の草を解体して、植物性蛋白質から、動物性蛋白質を、構築する力が、基本で、そのためのエネルギーを有しているので、それを、動物性にしてしまうと、消費エネルギーが余ってしまうので、その余ったエネルギーが、余分な分泌物となって、動物体内を巡り、強いては脳を構築するのに向かい、脳が解体されなくなるわけで、脳が無気力になり、放心してしまう。脳は腫れ物ができて、狂牛病のような症状になるものと思われるわけである。

 草食動物にとって、草食とは深い意味を持っているのである。草食動物は、腸で消化し、考えているのである。腸で充分考えないと、腸の分泌は悪くなり、余分な分泌物が脳へと向かうわけだ!

 このことからも、生命の神秘とは奥深い理念であることがわかるだろう。





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Last updated  2006年01月10日 15時36分16秒
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