シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2006年01月24日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 前回は、善を行うための5つの心の修行の1の自由な思考の訓練を述べた。では、2つ目にいきたい。

 2.自発的な意志の訓練

  約1ヶ月、1の自由な思考の訓練を行ったら、通常の生活では決して行わないような行為を、考え出し、その行為を毎日行うように訓練するのがよいという。毎日、可能な限り長い時間をかけて遂行される行為を選ぶとよいという。

 つまり、無意味な行為を、自分の義務として試みることだという。

 例えば、一日の決まった時間に、買ってきた花に水をやり、しばらくたったら、その行為に、第2の行為、第3の行為と順に付け加え、実行可能なだけ、義務を付け加えていき、この練習を1ヶ月続けるのがよいという。

 この意志の訓練を行いながら、同時に、1の自由な思考の訓練も続けるべきだという。

 このような意志の訓練を通して、自発的な行為を行っていると、内的な活動衝動という感情が、こころのなかで自覚され、この感情が、自分の体にも注がれ、頭から心臓へと流れていくという。

 1の、自由な思考から、安定と確実さが心臓から頭にもたらされ、今度はそれに、自発的な意志が加わり、頭から再び心臓に流れる循環を生み出すという。

 つまり、こころの修行とは、こころにより、身体の循環をコントロールすることにあるようだ!

 心の修行の3つ目は、以下であるという。

 3.内的な安らぎ、平静さの訓練

 3ヶ月目は、楽しみと苦悩、喜びと苦痛に直面して生じる動揺に対して、平静でいるという訓練だという。

 「天に昇るような歓喜と死ぬほどの憂愁」に代わって、冷静な気分を保つべきであるという。

 どんな状況でも、取り乱さないようにする。これは、仏教の奥義にもあるようだ。不動心と呼ばれているものだろう。

 神秘学では、この訓練により、浄化された心魂の特性が現れるという。何よりも、繊細な注意力によって、身体のなかに内的な安らぎを感じるという。

 その安らぎを、心臓から、両手、両足、そして頭に輝かせるようにするのがよいという。毎日、少なくとも一度は、この内的安らぎをこころに呼び出して、その安らぎを心臓から流し出してみるとよいという。

 1で自由な思想から、安定と確実さが心臓から頭にいき、2で、自主的な意志が加わり、頭から心臓にいき、3で、平静さが加わり、心臓から、手足、頭に再び巡らせるようにするということだろう。

 1から3までの修練で、東洋哲学でいう「明鏡止水」のこころの状態ができあがることをいうのだろう。

 「明鏡止水」とは、読んで字の如く、水がまるで止まっているかのように澄んでいて、鏡のように明るさをうつしだしている様のことである。明るい鏡は、まるで止まった水のようでもあるとも読める。

 神秘学では、人体は、神をうつす鏡であるとされる。ここでいう神とは、神からいただいた自我、「わたし」と認識するものであるとされる。つまり、我々は、神様から、「わたし」という概念を戴き、我々人間が、それを元にして、人体を通して行為することにより、そっくりそのまま、鏡として、それをうつし返すのである。

 もっと要約して、簡単に述べると、あまり例えがよくないが、「わたし」という元金を、神様からいただいて、それに何か善なる行為を、付け加え、「わたし」から派生する利子をつけて、神様に、その鏡として、返すということを表している。善なる行為は、金には換算できない。金の輝きのオーラを表す。

 この考えは、古インドのヴィーダ哲学にあるもので、そこでは、アートマを、人間は、神から戴き、人間がアートマを元に、何かをなして、ブラフマンとして、返すという。その際に、アートマとブラフマンがなるべく同じであることが望ましいとされる。つまり、上の例えでいうと、利子がゼロであることが、最も神様の意志に沿うということである。

 だから、多くの宗教では、利子をとってはいけないことになっている。もともと、神様からいただいたものだから、そっくりそのまま返すのが、筋だというわけなのである。

 イスラム教はこれに最も忠実であるし、キリストも、神々の神殿で、商売をしてはならないと、利子のみならず、そもそも金貸し業を禁じたのである。キリストも一文無しだったし、お釈迦さまも、乞食同様に無一文になった。

 我々は、神様からいただいた人体を、そっくりそのまま、浪費せずに、うまれたときそのままの形で返却しなければならない。勿論、肉体のことではない。それは生まれたときは、肉体として与えられるが、その肉体を克服して、魂に、その肉体をそっくりそのままうつしとれということを言っている。

 これは、カルマを成就せよといっているのである。

 汝が克服すべきことは、肉に書かれている。それを、肉からうつしとって、血を克服しろ!

 汝とは何かを知れ!

 ヘビが古い皮を脱ぐように、脱皮しろというのである。

 魂はこのようなカルマの輪廻転生を続けながら、実際、脱皮するのであるという。

 トカゲは、一生のうちに、尻尾を再生するが、人間は、次の転生で克服されるのである。

 蝶の一生のうちの変態は、人間の魂の何年かの輪廻転生を表すという。

 だから、ヘビや蝶は、古代では、輪廻転生の象徴だったという。

 またまた、4と5は次回に譲りたい。





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Last updated  2006年01月24日 23時38分43秒
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