シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2006年01月26日
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カテゴリ: 夢日記
 今日の夢は、また忘れてしまった! で、例の如く、昨日の寝る前のことについて述べたいと思うのだが、昨日寝る前に、オーラの泉をみた。スピリチャルカウンセラーの江原啓之さんの存在は、1年前から、著書等で知った。

 私は神秘学を独学している身で、霊能者ではないので、江原さんがおっしゃっていることを、霊視で確認することはできないが、学んでいる神秘学でいわれているところとは、考えがほぼ一致しているように思える。

 神秘学でいう、江原さんの霊能は、月領域のものと推察される感じがする。江原さんもおっしゃっているように、霊界の上に神界があり、それには、月領域を超えて、金星、水星、太陽まで進む必要があると、神秘学ではいわれている。

 そこまでいかなくとも、江原さんの月領域の霊能で、人類は充分、学びを受けることができるだろうし、現に精神的学びを、カウンセルによりうけている人がいるわけだろう。

 番組もさながら、いま、「江原啓之への質問状」という本も買って読んでいる。それを読むと、江原さんの忍耐強さに感心させられる。質問者の下らない質問によく応えているように思えた。ああいう下らない質問に、マトモに応えていると、自分も下らなくなるような感じがして、普通なら嫌になるものだろう。

 とにかく、現代の物質主義的価値観には、ほとほと、呆れてしまうばかりである。これは19世紀のイタリアの唯物論からはじまっていて、知識先行知性至上主義に発展し、現代の物質主義、外的価値観に至っている。

 もう、毎日、気の利かない、しゃべるだけストレスのたまる、思ったことそのままのエゴイスト的発言で、世の中が満ちているのがその証拠だろう。世の中、評論家ばかりである。そんなに評論したいのなら、実際、自分でやってみれば一目瞭然だろう。

 評論する輩にいいたい。なぜ、その人がその経緯に至ったのかという視点を加味せよと!

 岡目八目、打つ手がわかる

 他人をあれこれ批判することなど幼稚園児でもできることだ!

 あなただって、その立場に立たされたら、そうしていたのではないか?と、立場にも立たずして、分かったことをいうな!と。

 批評家先生にはいいたい。

 勝海舟はだから、学者は使えないと、平然といってのけた!

 モノの道理の奥には呼吸というものがあると言っているからである。これは何より体験してみなけりゃ、わからないことである。だから机上の空論ばかし、学者は述べ、社会は混乱する。

 そこには、外見と中身は全く違うという視点すら欠けている。

 現経済大臣は学者だが、経済混迷しているだろう。米国も学者ばかりで、もはや世界の嫌われ者ナンバーワンである。米国の場合は、まだ学者同士で牽制のし合いがあり、理性がある程度ブレーキをかけていたが、ブッシュが出てきて、一気に弾けた感がある。

 人間、その立場に立たされてみなければわからないことが多々あるだろう。それを加味せずに大上段から他を否定する。

 つまり、世の中、思いやりのない言葉に溢れている。

 今日、職場で、風邪引いて帰ってきたら、いきなし、妹に、「うつすな」といわれた。「おいおい、俺だって、うつりたくてうつったわけじゃないんだよ」といったが、うつったお前が悪いという。

 確かに、風邪にうつるのには、油断があったかもしれないが、それを今更、非難してもはじまらないだろうと思ったが、そんなことはいえるはずもない。

 日本人には、気遣いというか、相手の気持ちを推し量る精神性を、失った感じがした。これも偏差値教育の弊害のように思えてならない。

 だから、私は、この際、人間性の再教育を、提言したい。そして、昨日、書店で買った、私の尊敬する東洋哲学者の安岡正篤先生の「王陽明」という本の一読、多読を、お勧めしたい。

 そこにはこう書かれている。

 「モノが栄えて、こころが滅ぶ」と、

 だから、私はいいたい。

 「多言多くは、有行無し」と、

 まず、行為してみろ!と、その人の立場と合一してみろ!!

 それをもせずして、人間を知るなんて、人間は、モノではないんだぞ!

 私には、魂の悲鳴が聞こえてならない。

 キリストは、姦淫を行った女性が、前に出され、石をぶつけるべきかと、問われたとき、「これまで罪を犯したことのないものだけが、石を投げよ」といった。これまで同じ人間として生きてきて、なんの罪も行わなかったもののみが、はじめて、他者を裁くことができるのだ。

 つまり、他を裁くなかれ、他の罪により自らの法の精神を問え!

 法の精神こそが、法に優先するものなのだ!

 他の罪は、自らの赦しのなかにある。そこに罪への理解があるといえるのではないだろうか?

 思いやりのない学者よりも、思いやりのある賢者になるべきであろう。

 知恵でとどまるのではなく、愛へと発展させるべきなのではないか?

 人間が人間であるのは、神々の知恵を、愛へと発展させることができるからではないだろうか? そのために生きる舞台が用意されているのではないのか?





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Last updated  2006年01月26日 19時14分51秒
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