シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2006年02月08日
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カテゴリ: 夢日記
 今日の夢は、昔の実家に泥棒が入った出来事のものだった。詳しくは忘れてしまったが、親が泥棒と格闘しているところで、目が覚めた。うぅ、なんか嫌な予感…。親が以前、家を建て替えたときに、泥棒に入られ、数百万盗られたことがあった。その泥棒は警察に捕まったらしいが、勿論、びた一文もお金は返ってこなかった。

 それ以来、厳重な戸締りをしているので、大丈夫だと思うが、不安な夢であるし、正夢にならないことを願う次第である。なにしろ、昨今は治安がかなり悪化しているので、なんとかモラルを回復させてほしいもんである。なにしろ、政治家自体があのような嘘吐き恥さらし何でもアリの今の世だから、当然と言えば当然なんだろう。

 あのような政治家たちを選んだ国民の責任で、治安が悪くなるのだろうしね。孔子もいったように、悪政は、虎よりも怖いというのは、現代を見れば明らかだろうさ。なにしろ、人間が虎化、獣化しているわけだから。獣ならば、外見でわかるが、人間だから始末に負えないだろう。

 とにかく、昨今の政治家は、国民を馬鹿にし過ぎている。国民は馬鹿だ!とはっきりと言ったホリエモンは、検察は馬鹿にできないだろう。しかし、私は、そのような政治家に以下のようにいいたい。

 百歩譲って、国民を馬鹿にするのはいいけれど、神様や天を馬鹿にすることはできないよ!

 国民を馬鹿にしたツケは、神様や天が赦しては置かないぞ!

 いずれ、蒔いた種は刈り取らされる運命にあるのだよ!

 と、それこそが、救いなのである。他人を愚弄する者でも、宇宙からは阻害されることはない。そこにはただ改心あるのみなのである。改心させるには、宇宙から救いの大きな鉄槌が振り下ろされるだろう。

 国民を愚弄する政治家にいい気になって、おべんちゃらや掛け声をかけるような野次馬マスコミも、その報いを受けるだろう。

 ホリエモンの一件をみても、それが氷山の一角であることは明らかだろうし、それを反省をもしないこの国の政治家たち。一体そこに、社会的進歩が見られるのだろうか? 社会進歩はモラルの形成にあるのであろう。

 それにもかかわらず、現代の似非策士たちは以下のように論評するという。

「ほとんどの企業は、真面目にルールを遵守してビジネスをやっている。このようなことに過剰反応して、改革を止めてはならない。」

「法律を破ったという一点で、彼は責められるべきであり、道学者的な倫理観で裁くのは危険である。」

「社会主義に戻ってはならない。」

 これでは、なんのための改革なのか、本末転倒だろう?

 国民を馬鹿にしすぎて、自分の頭がおかしくなってしまったようだ!

 これは要するにイケイケドンドンの単調な特攻精神そのものである。特攻精神には、まだ、守るべき生命があったが、これでは単なる犬死以下であろう。

 それよりなにより、社会主義の意味がわかっていない。社会主義を護送船団方式と捉え、官僚の汚職とといている単純単調な論理進行というより信仰である。

 馬鹿をいうなといいたい。米国のニューディール政策が社会主義政策の典型であり、米国の社会モラル性、健全性は、全て社会主義政策にあるのだということを、少し勉強すればわかることである。けっして米国はこれを社会主義とはいわないだろうが、概念、理念を分類すれば、社会主義政策である。なにより、それに関わった連中たちが社会主義だといっている。

 なにより米国人は、社会主義と共産主義の差異さえも認知できない知性なのである。だから、左でなければ右だという感覚で、自由主義を唱えるが、真の自由主義であるなら、他国に干渉するのは全くの矛盾したものであろう。これを帝国主義といわなくしてなんというのだろうか?

 自由帝国主義とでもいうのだろうか?

 中身がなければなんとでもいえるだろう。要するに、エゴイストであり、自分御都合主義なのである。米国は米国御都合主義なのであり、国内では依然として、社会権力至上主義であることにかわりはない。

 米国が自由を唱えるとき、必ずその犠牲者が現れる。

 真に自由であるためには、他者の自由を奪わない程度に、自由に理性を求め、社会的義務を果たし、社会的理念や通念を、モラルで彩らないといけないのである。

 つまり、モラルなくして、自由はありえないのである。

 人類の太古の歴史をみれば、モラルが女性から生まれ、女性は自然のなかに潜むイメージから、思慮深い生活を形成し、記憶をなして、道徳を生み出したのである。女性はその自然のなかに潜む道徳を身につけ、そこから善悪を判断した。そして共同生活を営み、社会をつくったのである。

 いまでも女性が社交的なのはその名残りであろう。

 だから、女性がモラルでよく教育されている社会は、安定的な社会なのである。日本では江戸期であり、まさしく太平の世だった。

 江戸期などは、まさしく社会主義とでもいうべき、社会体系だっただろう。だから、社会主義というのは、本来、母性に近いものなのであり、自然の営みに近いものであるはずなのである。

 男性は自由を好み、自然を支配しようとする傾向にあったが、このような太古の野蛮的な男性的性格は、女性により教育されていったという。

 かって大和の国にも卑弥呼という女性がいた。日本の歴史はそれを物語っている。

 いい加減、無知蒙昧で、無駄で敵対的闘争的な議論はやめてもらいたいように思える。なにしろ、神様が全て見ておられるのであるのだから。恥ずかしいことこの上ない。

 昨今の皇室継承問題などの喧々諤々は、ついにここまで空論が達したかという感じで、いかに辛抱強い天照大神でも、愛想が尽きてしまうだろうよ。

 一体、何の為の天皇なのだ? 権力闘争の道具なのか? わが身の可愛さに天皇まで持ち出す始末、エゴイストここに極まれり。いい加減にして、目を覚ましてほしい。人口減の国にこのような論争。真事にお粗末としかいいようがない。 





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Last updated  2006年02月08日 19時19分34秒
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