シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2006年02月20日
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カテゴリ: 夢日記
 なんだか夢の覚えがよろしくないので、はっきしいって企画倒れに終わりそうです。毎日はやめて、そのうち思い出しものだけのを書きたく思いまする。

 昨日は、かなり前の「知ってるつもり」という関口宏が司会をやっていた、番組の最終回スペシャルの、仏陀とキリストのビデオを、再度みた。何回もみると、改めて気がつかなかったところが気がついたりして、発見があるから面白い。

 勿論、番組自体は、確かにお釈迦さまもキリストも、人間としてこの世に暮らしたことは、神秘学では確かなところなので、異論はないが、あまりに人間化しすぎていて、あまり構成自体は好きではないが、だからこそ、突っ込みどころ満載で、何度もみてしまうのでもある。

 現代的視点というのは、現代的は見方が常に正しいとしているところが、どうにも鼻につくところなのである。とくに科学的といわれると、これは私の悪癖でもあるのだが、はっきりいって、「お前やったことあんのか?」と言いたくもなってしまう。

 というのも、科学を真面目にやればやるほど、精神分裂病の如く神経衰弱に罹ざるをえないと思うからでもある。常に自分が正しいという前提において行っているのである。

 まずは、科学が正しいことを証明してみなければならないだろうと思うのである。正しいと仮定して、結果がその仮定の上で、論理的に導き出せて、その現象を、実験によって証明するのが、科学的実証の推移であるが、これは、それを行っている科学者の立場が忘れられているのである。

 例えば、実験で証明するとして、実験を行ったその張本人は、一体、自然現象のどの部分を構成するのかが問われる。量子力学が、実験により、普遍的に実証できないのは、観測を行う行為そのものが、観測対象に影響を及ぼしてしまうからである。これは、何も量子力学に限らず、観測対象から特定部分を抽出する作業は、実験者の立場、とくに思考によるのである。

 一般的に、統計を用いて平均値を抽出するが、平均値が意味を持つのは、観測系とは全く独立した外部から、時間によらない全く純粋に客観的な立場から行うことが大前提にあるが、このようなことは、少なくとも宇宙空間を、その観測対象と共有している時点で、限りない近似でしかないのである。

 第一、時間を止めることはできないし、エネルギーの流れを、なんらかの静止系の基準から算出することはできない。だから、ある意味、光速度不変の法則を成り立たせているともいえるのである。しかし、この光速度というのが非常に抽象的である。人間は光速度で生活しているわけではないからである。光速度でみれば、人間は全く静止している存在である。だから、代わりに時間が立場により、異なる存在となるのである。これはアインシュタインの特殊相対論をいっているのだが、誰も光速度を、直接的に観測したわけではないのである。光を媒介するものを間接的に測定しただけにすぎない。

 何がいいたいのかというと、魚をみたことがないからといって、魚が存在しないとはいえないということなのである。実際、光速度をじかにみたことがないが、光速度を前提として、間接的に、時間のずれをみているわけだからである。

 つまり、普遍性とは、常に変わり得るものである。日常は無常なのである。そういう意味で、科学的というよりは、仏教的といった方が、私は真実に近いと思う。わからないことは、はっきりとわからないというべきだと思う。知ったかぶりしたって、その知識はいずれ変わりゆくものなのだからね。





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Last updated  2006年02月20日 18時58分09秒
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