シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2006年09月21日
XML
カテゴリ: 神秘体験空間

 神秘学によると、宇宙の創造の法則は、三位一体だという。父と子と聖霊の三位一体のことをいう。このイメージは光の球を考えることで解き明かすことができる。

 光の球の中心、つまり光源が父であり、球の表面が子であり、中心から表面の領域が、聖霊である。光は、中心の光源から無限遠に向かって消え去るのではなく、有限なある限界にまで達すると、再び、中心の光源に跳ね返ってくるような、メビウスの輪や、クラインの壷のようないわば4次元時空構造をとるという。アインシュタインはこれを光円錐により特殊相対論として記述することに成功した。

 これらは量的にも質的にも三位一体の構造をもち、光源において、ある特性を有したとしたら、光源から離れるに従い減ってはいくが、無限に減るのではなく、光の球の表面では、その性質と反対になって、光源へと返っていく性質を有するという。例えば、光源で電荷がプラスの状態であるなら、光の表面ではねかえって、マイナスの電荷になって光源にかえってくるようなものだという。

 この性質は、超弦理論のTデュアリティというべきものを表しているのである。この性質はまた、QCDで略して表記される量子色力学の、原子核の漸近的自由性をも意味しているようにみえる。クォークは、この漸近的自由性により、原子核に閉じ込められた状態で、安定性を有すると考えられているのである。

 この原則を人体に当てはめてみると、光球が、エーテル体と呼ばれるものであることがわかるだろう。魂はエーテル体を媒介して肉体と結合しているので、魂も光球とイメージできる。だから、肉体の場合は、父と子の関係が、魂の鏡のように、逆になったものと考えることができる。物質的肉体を主にして考えると、人間が外界と接する境界面、つまり皮膚的な部分が、父となり、人体の中心である、心臓が、子であり、人体内が聖霊であると捉えることができる。

 前回は、心臓を中心とした、人体の下部と上部のエーテル体の相互作用について、簡単な具体例を出して、現代では精神病として知られる、精神衰弱とヒステリーについて述べた。それらが、人体の機能的な面からみた不調和にあることを大まかに述べ、例として結核を挙げた。そこから続ける。  

 上部の、下部プロセス制御が、困難な場合に、咳や、喉の痛み、四肢の痛みが生じる。つまり、それは、外的な侵入を、受け入れがたい状態に、人体があることを告知し、咳等の生体防御を行っている徴候なのである。つまり、呼吸により、消化プロセスを制御できないときは、人体は、外的侵入を受け易い状況にあり、その防御のために、咳等が生じる。

 咳等以外には、痩せるということが、生体防御のその徴候であることも考えられる。例えば、盗汗は、本来、目覚めた状態で行われるべき活動が行われないために、睡眠中に代替して行われた一種の生体防御でもあるという。魂、霊的な活動は、本来、無意識的な基盤をなすものだが、その意識的な組織的活動といえるものは、分泌プロセス、分解プロセスとして現れるという。

 病気の諸症状の間にも、相互作用があり、その諸症状間に、適切な条件を加え、反応を助けたり、起こしてやると、病気の全体の進行具合を調整でき、治癒に導くことができる。古代の医師は、このことを単に、病気を取り除くだけでなく、病気を引き起こすこともできなければならないと説いたという。

 例えば、上部で咳、または喉の痛みが、起きたりしたら、下部の消化プロセスは便秘状態にあるので、一つの防御プロセスとして、下痢の一種に移行する必要が生じるという。

 神秘学的な医学とは次のように簡潔づけることができる。

 最初に心臓の活動を把握し、人間の上部と下部の対応を理解し、神経衰弱やヒステリーのような機能的、エーテル的なもののなかに、病気の発生をみて、それが、器官的、物質的なものに現れているかどうかを吟味する。こうして、相関しあっている病気の諸所の症状の外観を探索することを通して、病気の発症と経過、場合によっては病状を強めたり、弱めたりして、ある方向に導き、時期が到来すれば、プロセス全体を再び健全化することができる。

 このような処置法にとっての最大の障壁は、現在の唯物論的な社会情勢や事情にあり、最も強力な障壁を築いているのは、唯物論的な知識教育をうけた患者自身であるといえる。患者は、何はさておき、苦痛を取り除いてほしいと要求するからである。しかし、直接、それを取り除いてしまうと、なんらかの生体防御的働きで、小康状態になっている病気自体を、悪化させてしまう場合も容易にありうるのであり、勿論のこと、病気の悪化も考慮しなければならないが、再び健康を取り戻すことができる状態まで、人体内の調整作用を待つ必要がある。けれども、患者の大多数は、辛抱強く待つことに耐えられないだろう。

 治療というもの全体に正しい価値を与えようとするなら、医師は予後をも完全に掌握すべきものであり、この予後こそ、健康な人間と病気の人間の正しい観察の結果を左右するものである。こういう認識こそ、公然と目指すべきものだが、病気を、真にその支流の末端まで追求することを適切であるとみなさず、単に何かを取り除いたことで多かれ少なかれ満足しているのは、いつも患者や社会状況であるのみならず、医師であることが、よくあるという。

 ともかくも、古代の医学は、簡潔に次のようにまとめることができる。

 人間の生体組織のなかで、心臓の位置づけを正しく追求し、人体の上部と下部のプロセスを類似のものとみなしたときの、この上下間の僅かな差異性に着目すると、このエーテル体の二元性に辿り着くことができる。この二元性を配慮して、人体の下部活動、つまり消化の際に、もたらされる物質の効力を、ホメオパシー(同種療法)を行うことによって、調節することができる。つまり、下部に摂取される物質の集合性、関連性を、ホメオパシー的な極少量の希釈により、制御し、二元性の法則のもとに、下部プロセスから、上部プロセスに作用を与えることができる。これが可能なのは、エーテル体を構築している、いわば光の性質が、唯物論で想定されるような、無限遠で、消え去るものではなく、有限なある限界まで達すると光源にはね返ってくる、波動的性質に負っているからであって、自然のなかには、ただリズミカルな経過があるのみであり、無限の彼方に通じる経過がないことを表明するものであるからである。

 宇宙の全てがつながっているように、我々の存在は、一種のリズムとして、宇宙全体にコダマするのである。我々は宇宙全体の光の球のなかの光の球なのである。






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2006年09月21日 21時31分30秒
コメント(0) | コメントを書く
[神秘体験空間] カテゴリの最新記事


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: