シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2006年09月29日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!

 日ハムリーグ制覇やディープインパクト凱旋門挑戦の陰で、周囲では全く噂にもならなかった総理大臣選びに際し、総理大臣という職が、もはや芸能ネタの価値にすらならない、あまりに阿呆らしいお粗末感を催した昨今なので、「歴代総理の通信簿」という書と、ついでに、目に止まった「世界の日本人ジョーク集」という書を購入し、読んでみた。

 はじめのその書によると、なんでも、総理大臣という職業は、伊藤博文のために出来たものだという。西欧列強の植民地政策のなかで、国際社会へのアピール、曲がりなりにも外見的体裁的にも対抗するために、近代国家としての呈をなすために、旧来の太政大臣という内政の長のポストに据えるには、下級武士出身の伊藤では、名目が立たないというのがその理由でもあり、日本という国家が、いわゆる、庶民に開かれた、いまでいう民主化した表札代えというべきものだというわけである。

 いわゆる関白太政大臣が総理大臣にかわったというわけである。関白太政大臣は、日本史では代々平氏あるいは末裔の藤原氏の役職だったわけだが、血統的に、名目上、由らなかったのは、足利義満、豊臣秀吉、徳川家斉の3氏というわけのようだ。総理大臣という名目にかわってから、戸籍上、日本人であればなれるわけだから、いわば一種の民主化といってよいだろう。

 太政大臣と似た、日本史のいわゆる将軍職の征夷大将軍は、代々源氏の役職だったわけだが、その将軍職を大政奉還により、廃されることになったわけで、武士といういわば事実上独立した階級が、名目上廃される王政復古となるわけでもある。

 極東の島国で、とりあえず、中世を廃した新政体が生まれたのは驚嘆といえる。中世の政治からの脱却は、憲法からはじまるといえるだろう。憲法とは、君主の制限事項にあるが、日本の天皇制を考えて、英国流ではなく、プロシア型の憲法を模範としたという。大統領制というのも、王的統治権限を、民主的に創出したもので、血によらない王政復古といえなくもない。 

 人間の精神の基本の文武両道が、唯物化により、あまりに権力闘争的になり、精神的な不調和に陥り、文官統治の代表の王と、武官統治の代表の軍に分かれたものと考えることができるからである。

 私は、文とは血の集積であり、武とは血の解体だと思うのだが、この両輪がバランスよく機能して意味をもつものと思われる。

 当時の列強の植民地主義が何処からきたのかといえば、神秘学によれば、唯物論にあるといえる。土地を物質的に所有することで、産業を興し、国家を唯物化し、その勢力を権力化し集中させて、統治を行うわけである。これは神秘学では、カリユガ(暗黒の時代)として預言されていたことであるが、人類の進化の上では仕方がない教育事項ともいえる。

 人間は国家というものを物質化して、その下に、物質を失うという悲痛な経験、そして最後には命を失う大きな痛手に遭ってみなければわからないということでもあるだろう。19~20世紀というのは、そのような暗黒の時代そのものといえるだろう。

 日本人というのは、これを忠実に体現してきた民族ともいえる。

 さて、「歴代総理の通信簿」を読むと、明治時代に外務省お雇い外人だったヘンリーデニソンがいった言葉の「日本人はミリタリー(軍人)としての勇気はあるが、シヴィル(文官)としての勇気がない」が、実感されてくる。

 それは「世界の日本人のジョーク集」を読むことによって、いわば確信されてくる。

 その多くは、日本人の馬鹿正直な特質と、異質性や豹変ぶりを、笑うようなものである。日本人を外からみると、機械的で、個性のない、感情のない存在と捉えられているようである。恐らく、これは、自己表現の下手さに起因するものだと思われる。

 確かに、日本文化は、特殊だといえるが、多かれ少なかれ、どの国家、民族にも、そのような面がある。日本人がとくに、誤解されやすいのは、どこか相手が勝手に理解してくれるものと思い、その努力に欠けているところがあるといえる。

 それは以下のジョークに端的に現れているところだと思う。

 ○日本人を怒らせる方法

 各国の政治家が集まって「どうしたら日本を怒らせることができるか」について話し合った。

 中国の政治家が言った。「わが国は潜水艦で日本の領海を侵犯した。それでも日本は潜水艦を攻撃してこなかった」

 韓国の政治家が言った。「わが国は竹島を占領した。それでも日本は攻撃してこない」

 ロシアの政治家が言った。「わが国はもう長きにわたって北方の島々を占拠している。それでも日本は攻撃してこない」

 それらの話を黙って聞いていた北朝鮮の政治家が、笑いながら言った。「そんなこと簡単ですよ。我々が核兵器を日本に使いましょう。そうすれば、さすがの日本も怒るでしょう」

 すると、アメリカの政治家が首を横に振りながらこう言った。「無駄だね。それ、もうやったもの」

 という、日本人の不可解さを笑ったものだが、これと同時に、日本人のユーモアのなさが、いかにも、文民としての勇気のなさに直結しているように感じられる。「総理の通信簿」では、吉田茂が、高採点になっていたが、吉田茂は、よく気の利いたジョークを言ったらしい。ジョークというのは、相手の気持ちがわからなければ、侮辱とも受けとられ、あるいは場を白けさせる要因ともなり、勇気がいるものだと思われるからで、なにより、心にゆとりがなければ、相手を笑わせることはできないだろう。

 ジョークは、相手に、自分の意向をそれとなく伝える最も洗練された手法だと思われるからでもある。勿論、ジョークばかり飛ばして、何の実力もなければ、ただのお笑い道化師である。だから、絶妙なときに、タイミングというのが最も肝要であるし、日頃の人柄も反映するだろう。

 日本人に関するジョークをみると、日本人が、他から真似て、洗練化し、伝達する加工的手法に優れている面が浮かぶ。それは日本人の良い面でもあるが、融通の利かない視野の狭い面でもある。だから、日本人は、ユーモアとジョークに欠けるというと、日本人はせっせと、真面目にジョークとユーモアを研究するような、またまた可笑しな存在と受け取られそうでもある。

 アメリカンジョークの典型なブッシュから、日本はユーモアを学び、今度は輸出する番かもしれない。小泉が、唯一誇る功績があったとしたら、ブッシュからユーモアを輸入したことかもしれない。「ブッシュ大統領、あなたのユーモアを輸入したので、貿易黒字は解消されてます」とでもいったらいいだろうね?

 「これ以上、日本国民をも含めて、世界中を笑い殺しさせないでください。」と更につけ加えれば、効果的かもしれない。






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Last updated  2006年09月30日 03時05分49秒
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