カート・ヴォネガットが、言っている。
「子育てというのは、人生で最大の冒険である。」

その通り。
冒険に出掛けると言うのに、ピクニックに出掛けるような気分で居るような奴は、親になる資格は無い!
アマゾンの奥地の秘境とも言える場所に、今から出かけていくのに、会社の帰りに、いつもとは、違うコンビニに行く様な積りの奴、或いは、いつもとは、違うスーパーに買い物に行くような積りで居る奴、そういう奴は、親になりたければ、なれば良い。しかし、冒険に出かけたその地で、いきなり、見た事の無いビーストが、そいつに襲い掛かり、そいつの頭蓋骨を砕いてしまったとしても、そいつ、阿呆だから、そのビーストが、そいつ自身の息子、或いは、娘で有ると言う事実に気付かないでしょう。いや、生物学的に気付く事すら、不可能。だって、その時点で、もう、そいつ、自分の子供に殺されて、死んじまってる訳だから。 (2006.06.24 04:27:12)

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リンロン88

リンロン88

2006.06.23
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テーマ: 海外生活(7808)
カテゴリ: 読書
昨日の契約書に関して、相手のエージェントから連絡がない。

不動産屋に電話したが、電話に出たのは、そこのブローカの受付けの人。聞くと、今日・明日は研修で居ない、という。

たぶん、契約書をテナント側に渡し、来週にでも最終化するつもりだろうが・・


最近のアトランタはきちんとした雨が一ヶ月以上も降っておらず、連日の猛暑。

30度を超える日が続き、もちろん芝刈りなんてとんでもない、という暑さだ。

幸いなことに、あまりの暑さに芝そのものも成長が止まっており、もう2週間以上芝刈りをしていなくとも、あまり手入れを必要とするほど伸びても居ない。

その上、雨の少なさから、とうとう散水制限まで出てしまったので、毎日水をまくこともできないので、当分の間、芝の成長は鈍化したままだろう。



そんなわけで、今日も読書の日になってしまった。

今日読んだ本は、今までほとんど読んだことが無い類の本。

一冊目は、飯島愛の「プラトニック・セックス」↓

プラトニック・セックス


大分前の本だけれど、いつ買ったのか忘れてしまったが、今まで読まないまま積んであった本。


そして、もう一冊が、内田春菊の「ファザー・ファッカー」。↓

ファザーファッカー


読んでいて、ある意味憂鬱になってしまった。

左記の「プラトニック・・」は、飯島愛の自伝である。そしてあとの「ファザー・・」も、小説ではあるけれども、内田春菊の自伝的要素が入っているらしい。


これらは、著者のテーマがどこにあるのかは知らないが、すべての子供を持つ親にとって重要な、ひとつの共通のテーマをも含んでいる。

それは「子供から見た親」という視点である。


飯島愛は、御存知のようにAV女優として有名になったけれども、とにかく「不登校」「万引き」
「恐喝」「不純異性交遊」「援助交際」「風俗」「AV」「TVタレント」 といった全ての経験をたんたんとつづっていく。

そこには10代の女の子にとって、「世の中」というもの、「親」というものがどう映るのか、がなまなましく描かれている。

時はバブル絶頂期、20歳にもならない女の子が、身の回りを一つで数百万円もする腕時計や毛皮などの「物」で埋め尽くし、AVに出演することで、3ヶ月で1000万円、次の3ヶ月で2000万円の契約金を手にし、そういったお金を湯水のように使ってゆく・・・

しかし、なによりも考えさせられるのは、先日の「鏡の法則」ではないけれど、この飯島愛とその親との係わり合いである。




朝起こすといつになく「ハーイ、起きてるよ」と返事をする。正直に登校し、下校も順調、塾にも行く。帰って来て家で漢字の練習をしている娘を見て、今日一日とてもうれしかった。ここ一年、こんなに気持ちのいい日は一日とてなかった。娘が中学生らしいとこんなに家の中が明るく楽しいものか、と涙がでるほどだった。




と母親は日記に書く。しかし、その現実の根本的なところを理解はしていない。そして、





「てめえ、どけって言ってるのがわからねえのかよ!ぶっころすぞ!!」と机の上に足を乗せてゆするようにする。殺されることなど何も怖くない私は「殺したかったら殺しなさい」と答える。本当にこの子が自分の育てた子だと思うと、残念。そうとう悪になっていてもう手がとどかない。やはり来るべき時が来た様に思う。




というところまでゆく。この時点で、自分の何が娘(飯島愛)をここまで追い詰めてしまったのか、それがまったく自覚されていない。

それが、




「ごめんなさい。謝るのはお母さんの方よね。ごめんなさい。私が間違っていた・・・」

 これまで「私の育て方は間違っていない」としか言わなかった母がまちがった」---そう言っている。

(中略)

「ごめんね、ごめんね」

 母の消え入りそうな声が、嗚咽の中にまじっている。

私は、母にずっと愛されていた、24年たって、私は初めてそのことに気づいた。




というところまで行く。

この本の最後のページは

「パパ、ママ、こんな娘でごめんね。」

という言葉がポツっと書いてある。


この本にしろ、内田春菊の「ファザー・・・」にしろ、私が感じたのは、

「この世の中に『親の資格』をもっている人はどれだけいるのだろう?」

ということだった。

もちろん、それは自分自身を含めての話だ。


世間では、名ばかりの「少子化対策」が議論される一方で、最近の若者の相次ぐ凶悪事件にいろいろな「分析」とやらがなされている。

「何が彼らをそうさせたのか」


そんなこと聞くまでもないだろう。

親が、世間が、社会が、そういった人間を作り出しているのだ。



そんな気になる本であった。


子供、特に娘さんを持つ親には、一度読んでみることを勧めたくなる本でもある。








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Last updated  2006.06.23 07:03:54
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Re:親の資格(06/23)  
joe-edgecity  さん
下らないです。リンロンさん。
子供時代に虐待を体験し、最低の親を持ちながら、警察の世話になった事は、一度も無い、警察署の建物、と言うかその敷地内に、入ったのは、免許の書き換えの時だけ、と言う、その立場の人間から、コメントさせて貰います。

先ず、その様な親ならば、許さなくても良いので、「殺してしまいなさい!」と言いたい、但し、あくまで、気持ちの上で、言いたいのであって、実際に言うかどうかは、また、別問題。

それで、その親のやっている事が、内田の場合の様に、虐待と呼ばれてはいるが、実際には、強制猥褻であり、強姦ならば、直ぐに、警察沙汰にしなさい。その人間が、親であろうが、何であろうが、血が繋がっていようが、いまいが、犯罪者は、犯罪者で有り、法治国家日本の法律に基づいて、裁く!!
それだけの事です。家族間で法律を振り回してはいけないと言うのならば、その阿呆な親に対しては、こちら側も、超法規的措置で対処すれば良い。一番、分かり易い超法規的対応は、暴力!
それが、嫌ならば、法により、裁く!
詰まり、親サイドが、選べるのは、二つに一つ。そんな、当たり前の事が、理解できない人間は、親になる資格など無い!!!
それだけの事ですよ。


続く。 (2006.06.24 04:22:19)

続き  
joe-edgecity  さん
ついでに、飯島のケースについて、述べるならば、問題は、コミュニケイションです。但し、阿呆な文化人連中が言う様に、親はもっと、子供と、コミュニケーションを取って、心と心が通じるように云々などと言う心算は、濠も有りません。

飯島は、黙っていれば良かった。沈黙していれば、良かった。そして、観察する。親を。親が、どういう人間か、頭の悪い子供なりに、理解し、一つの人間像を描けるようになるまで、延々と、観察し続ける。或いは、40年、或いは50年、或いはそれ以上、掛かるかもしれない。でも、それで良いのです。何故ならば、誰が、理解するのか、と言うと、それは、自分自身だから。それだけですよ。

あと、バブル期の経済状況云々の部分は、問題が、味噌糞一緒になっています。この部分は、特に、問題ではない。
例えば、飯島同様、ぐれた若い娘が、AV女優になったとしましょう。そういう娘が、全員、飯島愛レヴェルになれるほど、この業界は、甘くは無い。芸能界のアイドル・タレント同様、喰えない奴は喰っていけない。年収数千万円クラスがいる一方で、年収100万円クラスのいる、純然たる競争社会。
その時代の、景気の良し悪しに、若干左右される事があっても、その業界の本質は、何ら、変わりません。

続く。 (2006.06.24 04:25:20)

続き2  
joe-edgecity  さん

Re:続き2(06/23)  
リンロン88  さん
joe-edgecityさん
この子供の教育に関しては親の数だけ意見があるんでしょう。

>詰まり、親サイドが、選べるのは、二つに一つ。そんな、当たり前の事が、理解できない人間は、親になる資格など無い!!!

が、「法律」か「暴力」か、という二つの選択肢しかない、というのであれば、私は賛成しかねます。それが「当たり前」とも思いません。

>飯島は、黙っていれば良かった。沈黙していれば、良かった。そして、観察する。親を。親が、どういう人間か、頭の悪い子供なりに、理解し、一つの人間像を描けるようになるまで、延々と、観察し続ける。或いは、40年、或いは50年、或いはそれ以上、掛かるかもしれない。でも、それで良いのです。何故ならば、誰が、理解するのか、と言うと、それは、自分自身だから。それだけですよ。

に関しては、別にこの本を出したからって理解が得られたわけじゃない。言われるように、飯島が理解したんですよ。

まあ、バブルの状況の話は付け足しで、これはこのテーマとは全く関係ない。それば御指摘の通りです。ただ、親として、そういう世界が子供の身近に手を出せば届きそうなところに転がっている、ということを考えていなければいけない。それが現代という時代において子供に対する接し方をより困難にしている、としても。

あと、子供に対する対応は、自分の自分の親に対する気持ちを映します。

Jeo-edgecityさんの書き込みが(今日の、ではなく)それをよく表しています。

だからこそ、「親の資格」が問題だと思うんですよね。
(2006.06.24 05:25:07)

Re[1]:続き2(06/23)  
joe-edgecity  さん
リンロン88さん

先ず、最初に、カミングアウトしてしまいましょう。私自身、親になる資格の無い人間ですので、私には、子供はいません。

そして、恐らく誤解されていると思うのですが、これは、虐待が行われている余所の家庭、或いは子供が非行に走った余所の家庭に対して、別の家の人間が、第三者的立場でコメントしているのではない。と言う事です。
詰まり、それが、虐待であるか、何かは、兎も角として、親である資格の無い人間が、偶々、自分の親だった場合、そいつ、或いは、そいつ等を選んだ訳でも何でも無いのに、心理的には如何であれ、社会的には、嫌でもなんでも、猛烈なストレスに耐えてでも、親と認めて、生きていかなくちゃならん、そう言う子供の立場、詰まり、親の資格の無い、親とは別の、もう一方の当事者の側からの発言です。

続く。 (2006.06.24 05:50:52)

Re[1]:続き2(06/23)の続き  
joe-edgecity  さん
リンロン88さん

>この子供の教育に関しては親の数だけ意見があるんでしょう。

>>詰まり、親サイドが、選べるのは、二つに一つ。そんな、当たり前の事が、理解できない人間は、親になる資格など無い!!!

>が、「法律」か「暴力」か、という二つの選択肢しかない、というのであれば、私は賛成しかねます。それが「当たり前」とも思いません。

そうです。これは、話を判り易くするために、敢えて、極論を二つ提示しました。
そして、「暴力の極」と「法の極」の二つの極の間に、一本の軸(アクシス)が引かれて、その軸上に、様々な、親子関係があり、親の側、子供の側、両方で、様々な、対応が有り得る。と言う事です。

続く。

(2006.06.24 05:57:16)

Re[1]:続き2(06/23)の続き2  
joe-edgecity  さん
リンロン88さん
>>飯島は、黙っていれば良かった。沈黙していれば、良かった。そして、観察する。親を。親が、どういう人間か、頭の悪い子供なりに、理解し、一つの人間像を描けるようになるまで、延々と、観察し続ける。或いは、40年、或いは50年、或いはそれ以上、掛かるかもしれない。でも、それで良いのです。何故ならば、誰が、理解するのか、と言うと、それは、自分自身だから。それだけですよ。

>に関しては、別にこの本を出したからって理解が得られたわけじゃない。言われるように、飯島が理解したんですよ。


うーん。この部分はリンロンさん。貴方のコメントに主語が欠落しているので、一体、「誰が」飯島が本を出す事によって、「誰による」理解を得られたのか、まるで、分かりません。いや、何となく、分かるんですが、私のコメントは、「飯島の親」の様なタイプの親を、偶然ながら、持ってしまった、子供サイドの立場から、述べたものであり、この件を、具体的に述べ始めると、『不運にも、駄目な親を持ってしまった、子供の為の、人生戦略-基礎編』と言う本が、一冊書けてしまうくらい、話が長くなっちゃいますので、此処では、書きません。

続く。

(2006.06.24 06:06:07)

Re[1]:続き2(06/23)の続き3  
joe-edgecity  さん
リンロン88さん
>まあ、バブルの状況の話は付け足しで、これはこのテーマとは全く関係ない。それば御指摘の通りです。ただ、親として、そういう世界が子供の身近に手を出せば届きそうなところに転がっている、ということを考えていなければいけない。それが現代という時代において子供に対する接し方をより困難にしている、としても。

この子供に対する接し方が、時代状況を踏まえた上で...。と言う議論については、私が、もう、個人的な、ライフワークの様になっている、「日本人の精神史に関する、世代論的なアプローチ」で、徹底的に、と言うか、まだ道の途中なので、これからも、恐らく生きている間、ずっと、続けていくのですが、まあ、仕事その他、諸々の事情で忙しくて、じっくりと考える事も出来ない、一般的な日本人よりも、遥かに、深く考え続けていますので、四半世紀以上に亘って。

従って、ここで、そのテーマで総論的な話をしても、多分、世間話的な、フツーの親同士の「同意事項の確認作業」では、終わりません。

個別的な具体論についてなら、私なりのコメントをします。

続く。
(2006.06.24 06:20:02)

Re[2]:続き2(06/23)  
リンロン88  さん
joe-edgecityさん
>リンロン88さん

>先ず、最初に、カミングアウトしてしまいましょう。私自身、親になる資格の無い人間ですので、私には、子供はいません。

>そして、恐らく誤解されていると思うのですが、これは、虐待が行われている余所の家庭、或いは子供が非行に走った余所の家庭に対して、別の家の人間が、第三者的立場でコメントしているのではない。と言う事です。
>詰まり、それが、虐待であるか、何かは、兎も角として、親である資格の無い人間が、偶々、自分の親だった場合、そいつ、或いは、そいつ等を選んだ訳でも何でも無いのに、心理的には如何であれ、社会的には、嫌でもなんでも、猛烈なストレスに耐えてでも、親と認めて、生きていかなくちゃならん、そう言う子供の立場、詰まり、親の資格の無い、親とは別の、もう一方の当事者の側からの発言です。

>続く。
-----
ただ、最初に

>>詰まり、親サイドが、選べるのは・・・

と書いてらっしゃいましたよね。ちょっと結びつきがよくわかりませんが・・

(2006.06.24 06:41:23)

Re[2]:続き2(06/23)の続き(06/23)  
リンロン88  さん
joe-edgecityさん
>リンロン88さん

>>この子供の教育に関しては親の数だけ意見があるんでしょう。
>>
>>>詰まり、親サイドが、選べるのは、二つに一つ。そんな、当たり前の事が、理解できない人間は、親になる資格など無い!!!
>>
>>が、「法律」か「暴力」か、という二つの選択肢しかない、というのであれば、私は賛成しかねます。それが「当たり前」とも思いません。

>そうです。これは、話を判り易くするために、敢えて、極論を二つ提示しました。
>そして、「暴力の極」と「法の極」の二つの極の間に、一本の軸(アクシス)が引かれて、その軸上に、様々な、親子関係があり、親の側、子供の側、両方で、様々な、対応が有り得る。と言う事です。

>続く。
-----
そうです。そこです。

「暴力」と「法」というものを対極において、その間のいろいろな対応、というものしかない、という考えに賛成しかねるのです。 (2006.06.24 06:44:50)

輪廻。或いは、円環は輪を閉じる。  
joe-edgecity  さん
リンロン88さん
>あと、子供に対する対応は、自分の自分の親に対する気持ちを映します。

先にも述べた様に、私には、子供はいません。しかし、奇妙な事に、教育の仕事を通じて分かった事は、自分とは、全く違うタイプの子供を相手にした場合は、何だか知らないが、人間関係は、物凄く、上手く行くと言う事です。まるで、見合い結婚の様に、遺伝子的に無関係な人間同士を結びつけると、その後の夫婦関係が上手く行くのと似ているのかも知れません。恋愛結婚だと、何故か、女性に多いらしいのですが、自分の父親と同じタイプの男を選んでしまって、子供時代の不幸な家庭を、自分の家庭でも再現してしまう、というパターンを回避するための、一つの制度として機能してきた可能性が有るのです、見合い結婚と言うのは。
>Jeo-edgecityさんの書き込みが(今日の、ではなく)それをよく表しています。

>だからこそ、「親の資格」が問題だと思うんですよね。

うーん。この辺りは、リンロンさん、貴方の長所であり、同時に短所かも知れません。そんな事、もう、とっくの昔に、気付いても良さそうなのに。詰まり、一番最初に、カミングアウトしちゃった様に、私は親になる資格は無い。
と言う事は、これで、もう、この件について、特に、何も言う事は無い。と言うか、結論は出てしまっている。詰まり、親になる資格が自分には無いと、判断して、そういう人生を、その人間の自己責任で生きている者が、「親になる資格の無い駄目な親を、偶然、持ってしまった子供」の立場から、その生き方の、戦略論、その方法論の、極めて概略的な部分を述べているという、唯、それだけの事です。

しかし、私サイドの確認を取るまで、「これは、こういう人間に決まっている」と、早合点して、決め付けてしまわなかったと言うのは、リンロンさん、さすがです。その意味で、私は、その点を、貴方の長所と呼んだのです。

(2006.06.24 06:46:37)

Re[2]:続き2(06/23)の続き3(06/23)  
リンロン88  さん
joe-edgecityさん
>リンロン88さん
>>まあ、バブルの状況の話は付け足しで、これはこのテーマとは全く関係ない。それば御指摘の通りです。ただ、親として、そういう世界が子供の身近に手を出せば届きそうなところに転がっている、ということを考えていなければいけない。それが現代という時代において子供に対する接し方をより困難にしている、としても。

>この子供に対する接し方が、時代状況を踏まえた上で...。と言う議論については、私が、もう、個人的な、ライフワークの様になっている、「日本人の精神史に関する、世代論的なアプローチ」で、徹底的に、と言うか、まだ道の途中なので、これからも、恐らく生きている間、ずっと、続けていくのですが、まあ、仕事その他、諸々の事情で忙しくて、じっくりと考える事も出来ない、一般的な日本人よりも、遥かに、深く考え続けていますので、四半世紀以上に亘って。

>従って、ここで、そのテーマで総論的な話をしても、多分、世間話的な、フツーの親同士の「同意事項の確認作業」では、終わりません。

>個別的な具体論についてなら、私なりのコメントをします。

>続く。
-----
そう言えば、予備校の教師を長年やっていらっしゃったのでしたね。その経験から、その子らの親への見方、そういうものがいくらでもあるのだろうと推察します。

でも、だいたい、よくあるのが、教師に限って自分の子供の子育てがうまく行かなかったりするんですよね。これは私のよく知る実例からです。
(2006.06.24 06:50:30)

Re[3]:続き2(06/23)の続き(06/23)  
joe-edgecity  さん
リンロン88さん

>そうです。そこです。

>「暴力」と「法」というものを対極において、その間のいろいろな対応、というものしかない、という考えに賛成しかねるのです。
-----
そうです。二分法の持つ限界というのは、あります。私が取り合えず、二つの極を提示して、一本の軸(アクシス)を引いて見たのと、同様、リンロンさんの方でも、何か、別の軸(アクシス)を、提示して見てください。出来れば、具体的に、述べてもらえれば、有り難いです。 (2006.06.24 06:53:42)

Re:輪廻。或いは、円環は輪を閉じる。(06/23)  
リンロン88  さん
joe-edgecityさん

>うーん。この辺りは、リンロンさん、貴方の長所であり、同時に短所かも知れません。そんな事、もう、とっくの昔に、気付いても良さそうなのに。詰まり、一番最初に、カミングアウトしちゃった様に、私は親になる資格は無い。
>と言う事は、これで、もう、この件について、特に、何も言う事は無い。と言うか、結論は出てしまっている。詰まり、親になる資格が自分には無いと、判断して、そういう人生を、その人間の自己責任で生きている者が、「親になる資格の無い駄目な親を、偶然、持ってしまった子供」の立場から、その生き方の、戦略論、その方法論の、極めて概略的な部分を述べているという、唯、それだけの事です。

>しかし、私サイドの確認を取るまで、「これは、こういう人間に決まっている」と、早合点して、決め付けてしまわなかったと言うのは、リンロンさん、さすがです。その意味で、私は、その点を、貴方の長所と呼んだのです。
-----
とは思いましたが、断定はしなかっただけです。確かにカミングアウトなされなければ、その両方にひっかけて書かなければなりませんでしたけれど。これはなかなか難しい・・

ひとつ言えるのは、私の日記は「親の立場」から書いたもので、貴方の書き込みは「子供の立場」からの見方、と言えるのでしょうか。

それでも「法」と「暴力」を対極においた線上に対応策があるとも思いませんけれど。

(2006.06.24 07:00:49)

Re[3]:続き2(06/23)の続き3(06/23)  
joe-edgecity  さん
リンロン88さん
>-----
>そう言えば、予備校の教師を長年やっていらっしゃったのでしたね。その経験から、その子らの親への見方、そういうものがいくらでもあるのだろうと推察します。


いや、これがですねえ。子供から、親への眼差しではなくて、その逆、詰まり、親が、子供をどう見ているかと言う事の方が、第三者の立場からは、良く見えてしまうのです。何か『金八先生』の様なドラマのせいで、教師と言うのは、子供の目線で、親を見るものだと、思ってる方が多いようですが、先生と言うのは、基本的に大人であり、仕事として、生徒を管理する側の人間なので、学校、塾における、親代わりの様なものです。いや、親のほうも、団塊の世代辺りから、そういう阿呆な親が、顕著に現れてきたのですが、親が自分の子供を叱れないので、学校や塾の先生に、親の代わりに叱って欲しい、金を払ってるんだから、それ位やってくれても良いだろう、と言う様に、親業を、アウトソーシングしちゃう奴等が、急激に増え始めました。
私、及び同業の関係者の体験に基づいてのコメントです。

>でも、だいたい、よくあるのが、教師に限って自分の子供の子育てがうまく行かなかったりするんですよね。これは私のよく知る実例からです。
-----
うん。まあ、これは、一般論として、受け取っておきます。と言うより、私個人には、まるで、関係の無い世間話みたいなものですから。 (2006.06.24 07:11:03)

Re[4]:続き2(06/23)の続き3(06/23)  
リンロン88  さん
joe-edgecityさん
>いや、これがですねえ。子供から、親への眼差しではなくて、その逆、詰まり、親が、子供をどう見ているかと言う事の方が、第三者の立場からは、良く見えてしまうのです。何か『金八先生』の様なドラマのせいで、教師と言うのは、子供の目線で、親を見るものだと、思ってる方が多いようですが、先生と言うのは、基本的に大人であり、仕事として、生徒を管理する側の人間なので、学校、塾における、親代わりの様なものです。いや、親のほうも、団塊の世代辺りから、そういう阿呆な親が、顕著に現れてきたのですが、親が自分の子供を叱れないので、学校や塾の先生に、親の代わりに叱って欲しい、金を払ってるんだから、それ位やってくれても良いだろう、と言う様に、親業を、アウトソーシングしちゃう奴等が、急激に増え始めました。
>私、及び同業の関係者の体験に基づいてのコメントです。


(爆笑)
う~ん、なんかよくわかる気がしますね。

って、笑っちゃいけない。

皆、正面から向き合うことから逃げているんでしょうね。これも「親の資格」かな・・

(2006.06.24 07:25:48)

改めてコメントします。  
joe-edgecity  さん
リンロン88さん
>(爆笑)
>う~ん、なんかよくわかる気がしますね。

>って、笑っちゃいけない。

>皆、正面から向き合うことから逃げているんでしょうね。これも「親の資格」かな・・
-----
リンロンさん。一寸、頭をクールダウンしてから、改めて、読むと、この「逃げないで正面から向き合う」と言う事が、親の資格だとするならば、そこいらにいる、極フツーの親達と、同様、或いは、それ以上に、私と言う人間は、充分、若しくは充分以上に、親になる資格は有ると、思います。

理由は、自分の子供でも、親でも、家族でも、血縁関係者でもない、貴方に対して、此れだけ、正面から、向き合ってきたからです。

或いは、犬を捜しに行ったり、不動産収支を纏めたりする事の方が、人によっては、こういう問題を、論じ続けるよりも、大事かも知れ無いのですが、それは、その人の価値観や、人生観の問題なので、他人が、とやかく言う事ではない。

>子供、特に娘さんを持つ親には、一度読んでみることを勧めたくなる本でもある。

この「娘さん」の部分に、先程、気付いたので、もう一つ、付け加えるならば、男の子供と、女の子供では、自分が偶然、持ってしまった「駄目な親」に対する、対応が、
1.異なる場合

2.同じ場合
がある。と言う事です。

続く。 (2006.06.24 17:15:42)

続き  
joe-edgecity  さん
1.異なる場合。
男の子は、状況が間違っていると、判断した場合は、一般的に、力技で、無理矢理にでも、状況を正そうとする。従って、状況の一部である「駄目な親」も、無理矢理力づくで、「矯正」しようとする。

それに対して、女の子は、一般的に、状況が間違っているのでは、と感じた場合、先ず、自分を「矯正」しようとする。そして、自責の念に駆られて、リストカット、摂食障害、嗜癖依存その他の、自己破壊的欲求に基づく、行動障害を呈する。

勿論、一般論です。男子の引きこもりなどは、他者も自己も、破壊しようとはしない。それどころか、引きこもりの本人にとっては、状況は何も間違ってはおらず、現状が、このまま、数千年に亘って持続してくれたらと、望んでいるかも知れません。

2.同じ場合。
暴力です。結局、同じ行き着く先は、暴力です。
理由は、攻撃性と言う点から、考えると、男と女に分けて考える事は、ナンセンスだからです。
そして、その理由が、多くの人たちにも、よく理解できるか、全く理解できないかは、別にして、息子も娘も、その攻撃性が、或る臨界点に達したら、親を殺してしまう。

要するに、先程の、暴力と法の対立軸に従って、述べるのならば、
「自分の子供に殺されたくなかったら、少なくとも、『掟』は守れ!」
と言う事です。

そして、法を守った良き親であっても、自分の子供に、殺されてしまったケースは、また、別問題。
それについて、また、話しても良いのですが、その前に、リンロンさん、「暴力と法の軸」以外の、他の軸(アクシス)を提示して頂きたいと思います。

では、失礼。 (2006.06.24 17:17:04)

Re:改めてコメントします。(06/23)  
リンロン88  さん
joe-edgecityさん
>リンロンさん。一寸、頭をクールダウンしてから、改めて、読むと、この「逃げないで正面から向き合う」と言う事が、親の資格だとするならば、そこいらにいる、極フツーの親達と、同様、或いは、それ以上に、私と言う人間は、充分、若しくは充分以上に、親になる資格は有ると、思います。

-----
これは言うなれば、単なる必要条件であって、当然のことながら十分条件ではありません。

なにが必要十分条件か、なんて簡単には言えないと思いますが。
(2006.06.24 21:49:25)

Re:続き(06/23)  
リンロン88  さん
joe-edgecityさん

>それについて、また、話しても良いのですが、その前に、リンロンさん、「暴力と法の軸」以外の、他の軸(アクシス)を提示して頂きたいと思います。

-----
そんなものが確固として分かっていたら、子供の教育で悩みはしません。

法と暴力の間で解決する(べき)問題でない、と考えているだけです。

ただ、自分としては、いろいろな場面で解決策を模索する時には当然、自分なりの軸は持っています。ただそれが本当にそうなのか、と言うことは分からないままですが。

この軸については、joe-edgecityさんは一笑に付すでしょうから、書きません。(笑)
(2006.06.24 21:55:40)

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プチプチ大家@ Re:「いただきます」と「ごちそうさま」(03/29) リンロンさん、もう楽天ブログは止められ…
リンロン88 @ Re[3]:存在そのものの「罪」(03/19) なみがしらMさん > 私が,言っているの…
なみがしらM @ Re[2]:存在そのものの「罪」(03/19) リンロン88さん >なみがしらMさん >…

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