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“メロンの気持ち” by 森山加代子 1960 森山加代子さんが今月6日、亡くなりました。享年78。 いつまでも若いなあって思っていましたが、もう78歳だったんですね。そうは言っても、今時の78歳はまだまだ現役の人も多いですからね。 僕らの小学校高学年の頃、ちょうどテレビがうちにやってきた時期と重なるんですが、坂本九、森山加代子、伊東ゆかり、飯田久彦なんかが、どんどん歌番組に登場してきて、とても華やかな時代でした。中でも森山加代子は華やかさという点では、ダントツだった。 デビュー当時、いわゆるカヴァーポップスを得意として、その見事な歌唱力で僕らを虜にしたわけだけれど、オリジナルの『じんじろげ』は随分イメージに合わない歌だった。それでも、まだ子供だった僕らには十分楽しい歌で、その意味不明な歌詞を夢中になって覚えてフルコーラス唄えるようになるのに何日も要らなかった。ただ、大人になってからは『じんじろげ』は聴かなくなった。 調べてみると、1960年6月に『月影のナポリ』でデビューしてから、1961年の初頭に登場した『じんじろげ』に至るまでの数ヶ月の勢力的なレコーディングは、まさに破竹の勢いだった。うちにある2枚組の「加代ちゃんのヒット・キット・パレード」というCDの、実に1~15曲目までが、それに相当する。実際にはクリスマスソングを除いて、シングル盤は3枚 (6曲) だったようだけれど、10インチアルバムの曲も入っているからこうなっているのだと思うが、その内容の充実ぶりは、すごい。 この勢いは61年もそのままで、62年の途中からいきなり勢いが止まってしまう。その後マナセプロをやめた頃から姿を見なくなった。色々あったんでしょうが、『白い蝶のサンバ』で蘇った時には、もうどうでもよくなってしまった。僕の中での森山加代子は、全くの別人のようになってしまったからだ。 『月影のナポリ』の「♪ ティンタレ~ラディルーナッ」とか、『メロンの気持ち』の「♪ コラソン デメロン デメロン デメロン メロンメロンメロン コラソン」などは、オリジナルに忠実に歌っていた訳だけど、僕らはまだ子供だったから、意味もわからず、聞こえたまま呪文のように覚えてしまった。 でも、このよくわからない呪文のような歌い出しとその繰り返しが、結構大人にも受けたのかもしれませんね。だから『じんじろげ』なんかもその延長線上で出してみたら当たったっていうところかもしれません。その後も「♪ ズビズビズ~ ズビズビズ~ズビズビズーズビズーズビズいつもアイラブユー」とか、いまでも歌えちゃいます。 もう一度、あの頃に戻って森山加代子の歌聴きたいなあ。 ご冥福をお祈りします。 “メロンの気持ち” by 森山加代子 1960 ********** 3月9日の穴沢ジョージの “Good Old Music” のオンエア曲です。1. Two Sides to Every Story (Etta James) 2. ハートブレーク・ホテル (小坂一也とグランドマスターズ) 3. ダイアナ (山下敬二郎) 4. Rambling on (プロコル・ハルム) 5. Personality (ロイド・プライス) 6. 月影のナポリ 7. メロンの気持ち 8. ブルー・ムームー 9. 悲しきインディアン (以上、森山加代子) 10. Just Because (ジョン・レノン) 11. Today (ニュー・クリスティー・ミンストレルズ) 1.は、先週かけそこねた Two がタイトルに入った曲。“It Takes Two” は、今回もかけられませんでしたので、次こそ、ね。2.&3は、60年ぶりに幼馴染からメールをいただき、大変懐かしく、当時流行っていた歌をかけさせていただきました。4.は、プロコルハルムのギター、ロビン・トロワーがこの日誕生日(1945.3.9生,74歳)だったので。5.&10.は、ロイド・プライスの86歳の誕生日(1933.3.9生)で。6.~9.は、森山加代子の追悼で。11.は、3.11には必ず聴く曲。あれから8年が経ちました。 以上、今回もお聴きいただきありがとうございました。次回もよろしく。
2019.03.14
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“crash”by the Primitives 1988 バレンタイン・デーから、80年代の後半にちょっと話題になったマイ・ブラディー・バレンタインを連想する人は多いでしょう。このちょっとノイジーなかっこいいバンドを知ったのは、ひょんなことからだった。新宿の輸入盤屋で CD を見かけて、まずバンド名にビックリ、さらに大好きだったプリミティブズと同じレーベルだとわかって、その場で買ってしまったんです。 ところでそのレーベルというのは "lazy recordings" といういわゆるインディー・レーベルで、プリミティブズはここからレコードを出していたんです。 ここでちょっとロンドンにいた頃の話をさせてください。 もう今から15年も前のことなんですが、1年4ヶ月ばかり住んでいたんです。滞在中は、テレビよりはラジオの世話になりました。音楽聴くのには手っ取り早い方法ですからね。当時のイギリスのヒット曲は毎日聴くラジオから流れてきました。学校にも少し通ってみたりして、まるで中学生か高校生のような暮らしですよね。もう中年の域に達してからだいぶ経っていたんだけれど。 ある時そのラジオから聞こえてきたのが、このプリミティブズの『クラッシュ』だった。実にポップで、一度聴けば覚えられる単純なメロディーと、魅力的な女性ボーカル。その場で気に入ってしまいました。イギリスではかなり流行りましたね。 その頃のイギリスのラジオ番組を何本かテープに録音して持ち帰っているので、今でも聴くことはできるのだけど、最近あまり聴いていないなあ。その中にこの曲も入っているのです。BBC のジョン・ピールの番組なんかもあるよ。 帰国後しばらくして CD プレーヤーを買ったんだけど、とりあえず少しずつ買い始めた CD の記念すべき第2枚目が、この『クラッシュ』の入っているプリミティブズの1st アルバム "lovely" の英国盤だった。 因みに僕が初めて買った CD は、去年の10/26の日記(タイトルは『サイレンス・イズ・ゴールデン』)に「たまたま手に入れた寄せ集め盤(CD)の中に、何とトゥレメローズのアカペラ・バージョンがあるんですが、これもまたすごい......」と書いたその英国盤の「寄せ集め盤」でした。レコード屋ではなくて、新宿の東口のディスカウント・ストアの道端のワゴン・セールで 480 円だった。記念すべき1st CD が廉価盤だったとは、...。 でも、今思い出したんだけど、これを買ったのは CD プレーヤーを手に入れるよりも少し前のことで、そういえばしばらく聴けずにお預け食らっていたっけ。 プリミティブズのボーカルのトレイシー・トレイシーという女性は、結構当時のイギリスでは人気者になり、いろいろ話題にもなった人だけど、その後どうしているんでしょう。 2nd の "pure" とシングル盤をあつめた "lazy 86-88" は持っているけど、例によって90年代以降のことについてはわかりません。ご存じの方、教えてください。 ***** 追記 ***** 2月26日、夜。 さっき、途中からだったんだけど、スカパーの CSN1 で『ジム・キャリーは Mr ダマー』という映画を見た。なんと!その中で、この曲プリミティブズの『クラッシュ』が使われていたぞ~。ガソリンスタンドで一騒動あって、また車に乗って走り出す場面のところと、エンド・ロールのバックでね。 これは94年のアメリカ映画だから、ヒットから6年もたっているわけだ。2/28 の 7:00 pm からまたやるので、見てください。この手のコメディーは好きだなあ。
2003.02.22
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“It’s My Party” by Lesley Gore 1963 11月3日無事誕生日を迎え、いわゆる後期高齢者の仲間入りをいたしました。 その同じ日、時差はありますが、米国ではクインシー・ジョーンズ氏が亡くなったとの報。享年91の大往生ということですが、音楽界においてはあまりにも大きな存在でしたから、メディアの取り上げ方も大きいものでしたね。 中でもこれら↓はとてもよく書けていると思いました・ [Vogue Japan]クインシー・ジョーンズが死去。享年91歳 [BBC] “Quincy Jones, giant of US music, dies aged 91” [BBC] ’He changed my life’, Stars remember Quincy Jones ご冥福をお祈りします。 なお、9日のラジオではプチ特集も予定しています。 この曲↓をかけますね。 “It’s My Party (涙のバースデイ・パーティー)” by Lesley Gore 1963 ********* アメリカ大統領選でトランプ氏が選ばれてしまいましたね。 また4年間もあの顔をテレビで見なくてはならないのが嫌だなあ。 ネタニヤフは散々好き勝手やったので、たぶんガザでの戦闘を一旦停止するか、停戦交渉に入るでしょう。トランプが説得するという形をとってね。ネタニヤフとトランプって、ご存知のように刎頚の友ですからね。 なにしろ、大統領選の最中はユダヤ系の支持者の多い民主党のバイデン&ハリスはあまり強くイスラエルに圧をかけられないことをネタニヤフは利用して、4万以上の死者を出すという殺戮をしたのですから、初期の目的は果たして、あとはトランプの登場を待つばかりっていうところなんではないかしら。 で、トランプは「俺はネタニヤフを説得して戦争をやめさせた」って、踏ん反り返るという寸法さ。 ただね、そんなふうになったとしても、散々痛めつけられたパレスチナ人が安心して帰ることのできる場所はないんですよ。住んでいた家や土地は、徹底的に焼き尽くされてしまったんですから。 エルサレムに大使館を置いてしまったトランプのことだから、今度は何をやらかすか心配でならない。 それより、自分が撃たれて死にそうになったのだから、銃規制を真剣に考えてもいいだろうに。絶対そうはならないんだろうな。あーあ、憂鬱だわさ。 ********** ↓誕生日だから日付が大きく表示されたのか!・・・と思ったら、単なるいつもの時刻表示でした。1分後には 11:04 になっていましたので。 ********** 11月2日放送の「穴沢ジョージの “Good Old Music”」のオンエア曲です。1. Stranger on the Shore (Acker Bilk) 2. Tennessee Waltz (Eva Cassidy) 3. I’m Leaving It All up to You (Paul and Paula) 4. River of No Return (Marilyn Monroe) 5. Harvest for the World (The Isley Brothers) 6. Surf City (Jan and Dean) 7. This Diamond Ring (Gary Lewis & The Playboys) 8. My Guy (Mary Wells) 9. Wichita Lineman (Glen Campbell) 10. I Know a Place (Petula Clark) 11. Stop in the Name of Love (The Supremes) リクエスト曲は、4.酋長Kobaさん。5.尻焼原人さん。以上、ありがとうございました。 上記以外は穴沢選曲です。1.はこの日がクラリネット奏者、アッカー・ビルクの命日(2014.11.2没,享年85)で。2.はこの日がエヴァ・キャシディの命日(1996.11.2没,享年33)で。3.は「今月の歌」邦題は『さよならデイト』。6.~11.前回に引き続き信州そばさん持ち込み企画による「エレクトリック・ベーシスト、キャロル・ケイ特集(その2)」。今回は比較的軽めのポップなヒット曲を集めてみました。 以上。次回もよろしく。
2024.11.08
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“Route 66” by Nat King Cole 1946 まずは、2008.9.10の日記『ルート66』を読んでいただくところからお願いしたい。 それで、さらに続けて 2008.9.14の日記「ハイウェイ・シリーズ」もよろしく。 特に上記の「ハイウェイ・シリーズ」の後半で、チャック・ベリーとローリング・ストーンズの歌う『ルート66』について書いていますが、読んでいるうちにまた聴きたくなってしまいました。 ナット・キング・コールもジョージ・マハリスもチャック・ベリーもローリング・ストーンズも、そしてベーシスト恵茂さんも、それぞれに味わい深いですね。 “Route 66” by Nat King Cole 1946 3月15日 (土) の「寓話」ですが、残念ながらこの日はおりえ姐さんがお休みで、ボーカル無しで始まりましたが、後半お客さんがたくさん来たので、ラスト3曲を恵茂さん(Bass) がベースを弾きながら歌い、大いに受けました。 メンバーは、ベースの恵茂さんのほか、いつもの川畑さん(Trumpet)、屋良朝秋氏(Piano)、& 穴沢(Drums)でした。なお、前半にテナーの若者が飛び入り参加してくれたんですが、彼はなかなかのテクニシャンでした。 3月22日は川畑さんたちのビッグ・バンドの日で、僕らはお休み。とりあえず次回は3月29日の予定です。 ところで、この日恵茂さんが歌った3曲とはなんだったでしょうか。答えは写真の下に。 ↑ “Besame Mucho (ベサメ・ムーチョ)” “Too Young (トゥー・ヤング)” “Route 66 (ルート66)” を歌うベーシスト恵茂さん。 ********** 3月15日放送の「穴沢ジョージの “Good Old Music”」のオンエア曲です。1. Surfin’ 2. Surfin’ USA (以上, The Beach Boys) 3. この胸のときめきを (ダスティ・スプリングフィールド) 4. 別れの時まで (エルビス・プレスリー) 5. So Long Sacchio (かまやつひろし) 6. Days (Kirsty MacColl) 7. Fun Fun Fun (The Beach Boys) 8. What Have They Done to the Rain (The Seekers) 9. Today (The New Christy Minstrels) リクエスト曲は、3.酋長Kobaさん。4.カルロス・イノウエさん。5.疑惑さん。ありがとうございました。 上記以外は穴沢選曲です。1.2.&7.はこの日がマイク・ラブの誕生日(1941.3.15生,84歳)で。6.はこの日がプロデューサーのスティーブ・リリーホワイトの誕生日(1955.3.15生,70歳)で。8.「今月の歌」シーカーズで。9.は毎年 3.11に近い日に必ずかけることにしているニュー・クリスティ・ミンストレルズの『トゥデイ』を今年もこの日の最後に聴いていただきました。 以上。次回もよろしくお願いします
2025.03.21
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“I've Been Loving You Too Long” by the Otis Redding [Live]1967そろそろ梅雨入りかと思っていたところに、台風6号が駆け足で通り抜けて行きました。今回はこちらは特に被害はなかったんですが、皆さんのところはどうでしたか。今年は観測史上最速のペースで7号まで発生しているようで、ちょっと先が思いやられます。で、梅雨はどうなったんでしょう。もう梅雨入りしたんでしょうかねえ。先週の土曜日、5月9日の “穴沢ジョージの Good Old Music” では、そろそろ雨の季節ということで、リクエストいただいた雨の曲もかけたんですが、まだ「雨特集」をやるタイミングではない感じです。そのかわり、2日が清志郎くんの命日だったのに取り上げられなかったので、一週遅れでちょっと特集しました。お送りした曲は以下のとおりです。 1. Yes It Is (ビートルズ) 2. I've Been Loving You Too Long 3. Satisfaction 4. Try a Little Tenderness (以上、Otis Redding) 5. ラブミー・テンダー (RCサクセション) 6. I Think It's Going to Rain Today 7. Can't Help Falling in Love (以上、UB40) 8. The Sound of Silence (Simon and Garfunkel) 9. 花のささやき (ウィルマ・ゴイク)1. は、前回間違えて頭を出してしまったお詫びに、通してかけました。2. ~5. が、忌野清志郎特集で、2~4. は、清志郎が大いに参考にしたと思われるオーティス・レディングの、モントレー・ポップフェスのライブから。5. は、清志郎の見事な訳詞でね。6. ~ 9. が今週のリクエスト曲。期せずして UB40 を2曲頂きました。6. は、糸満ろまんさん、7. が、杏さん。8. は、アルバムバージョンで、旧友の tougei さん。9. は、サンレモ66年入賞曲で、ミスターコーラさんからでした。以上、通算30回目を迎えた “穴沢ジョージの Good Old Music” でした。 ********** オーティス・レディングは、1967年のモントレー・ポップフェスティバルで圧巻のステージを見せました。この時の映像を僕が初めて見たのは、70年代に入ってからで、テレビで一度放映されたんですが、ウッドストックの映画の方が先でした。 このフェスティバルの模様を納めたレコードは持っていましたが、このレコード、A面がジミヘンでB面がオーティスという大変贅沢な組み合わせで、すり減るほど聴いたものです。 で、オーティスの “I've Been Loving You Too Long” に入るときのMCが印象的でね。 “・・・This is the love crowd. Right? We all love each other, don't we? Am I right? Let me hear you say yeah!・・・” っていう感じかな。正確に聞き取れているとは限らないので、ご了承を。 時は1967年。場所は、約束の地サンフランシスコにほど近いカリフォルニア州モントレー。この歴史的なポップフェスが "Summer of Love" と呼ばれたあの夏の序章となったのです。そこで歌ったオーティスのこの MC の場面に、清志郎くんも大いに感動したに違いない。「愛し合ってるかい!」はこれを訳したんだなと、後に思ったものです。 “I've Been Loving You Too Long (Monterey '67)” by Otis Redding 忌野清志郎くんがブッカー T. & MG's とレコーディングした『オーティスが教えてくれた』っていう歌がありますね。この歌が出来た時の様子を NHK で放送したのを一部見た記憶があるんですけど、きちんと見ていませんでした。 で、この歌の歌詞を見てみると、最後が「♪ 愛し合うこと 戦争をやめること」で締めくくられてます。これこそがあの奇跡的なモンタレー・ポップフェスでのオーティスの言葉と、「愛と平和 (Love & Peace)」を合い言葉にそこに集まった若者の大群衆 (love crowd) を念頭に置いた、清志郎くんの遺言のようにも聞こえてくるんですよね。 『オーティスが教えてくれた』 忌野清志郎
2015.05.13
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“悲しき天使” by 森山良子 1969 (Original:“Those Were the Days” by Mary Hopkin)「懐かしのカヴァーポップス、リクエスト大会 (ダイアナから悲しき天使まで)」などと銘打っておきながら、先週の “穴沢ジョージの Good Old Music” では、『ダイアナ』も『悲しき天使』もかけずにすみませんでした。第2回目の今回は、おかげさまで、1曲目に『ダイアナ』を、最後に『悲しき天使』をかけて、無事終了することができました。今回は一応だいたいの年代順に並べて、次の12曲をお送りしました。 1. ダイアナ (山下敬二郎) 2. コーヒーデイト (飯田久彦) 3. 恋の一番列車 (清原タケシ) 4. ボーイハント (伊東ゆかり) 5. モスコーの夜は更けて (ザ・ピーナッツ) 6. さいはての慕情 (伊藤アイコ) 7. ジョニーエンジェル (森山加代子) 8. レモンのキッス (ベニシスターズ) 9. ボビース・ガール (梅木マリ) 10. シェリー (ダニー飯田とパラダイスキング) 11. 好きさ好きさ好きさ (カーナビーツ) 12. 悲しき天使 (森山良子) リクエスト曲は以下のとおりです。4. ミスターコーラさん、5. しすいどうさん、11. 糸満ろまんさん、12. とっちさん&秀 さん。みなさん、ありがとう。1. は1958年で、11. が67年、12. が69年ですが、残りの2.~10.までは、すべて61~63年に集中しています。これは全然意図したものでなく、これらカヴァーポップスの全盛期と一致しているだけのことです。とにかく大好きな歌ばかりで、満足満足。 来週は、いつもどおりの “穴沢ジョージの Good Old Music” に戻ります。また聴いてくださいね。 ********** 『悲しき・・・』の全盛は60年代の初期。『悲しき16才』が最初だとして、1960年から63年にかけて随分多くの『悲しき・・・』がポップスの邦題として付けられ、かなりの確率で流行る。 たが、それもビートルズの出現を機にぴたりと止まる。つまり、64年になるとすっかり影を潜めてしまったわけで、『悲しき・・・』の流行は、ちょうどカヴァーポップスの全盛期と重なるわけだ。 だから、65年にアニマルズが『悲しき願い』を出した時には、随分昔風の邦題付けたなあと、感じましたね。更に68年の終わりに、いきなり『悲しき天使』が出た時は、もっと驚きましたね。 『悲しき天使』が日本でカヴァーされたのは、メリー・ホプキン (イギリス人だからメアリーの方がいいんだけどなあ) が1968年の暮れに発表してまもなくのことで、69年になってからでした。 だから、おそらくこの邦題はカヴァーを出す前提とは関係なく、歌手の見た目とその歌声、それと曲調から、歌詞の内容は無視して付けられたのではないだろうか。などと思うのは僕だけでしょうか。 この曲のオリジナルについては、Wikipedia などに詳しいので、ここでいろいろ書かなくても良いでしょうが、ロシア (あるいはウクライナ) の歌曲にアメリカ人のシンガーソングライター、ジーン・ラスキンが1962年に英語の詞を付けて発表し、翌年フォークのライムライターズがレコードを出しているそうだ。 ということは、待てよ。もしかしてこの時に邦題が付いたか。 1963年だったら、『悲しき・・・』がタイトルになっても何もおかしいことはない。 けど、63年に『悲しき・・・』が付いたとしたら、日本語訳のカヴァーが出るのが前提だったろうし、少なくともタイトルと日本語の歌詞は連動していたわけで、これはどうもおかしい。しかもこの時はヒットせず、日本で発表されたかどうかも怪しい。 『悲しき・・・』という邦題をなぜこの時期に思い付いたのかは定かではないけれど、それに、なぜこれほどまでに内容を無視した付け方をしたのかもわからないけれど、メロディーだけを聴くと、この邦題は結構合っているように感じてしまうんだなあ。 “悲しき天使” by Mary Hopkin
2015.06.24
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“A Summer Song (そよ風のキッス)” by Chad & Jeremy 1964 「てえへんだぁ!てえへんだぁ!」などと騒ぐようなことではござんせんが、「チャドとジェレミー」は「チャド・アンド・ジェレミー」って呼ぶことになってるみたいなんですよ、奥さん。 いや、待ってくださいよ。なんですと!表記は「チャド&ジェレミー」って・・・。前から薄々気づいていて何となく気にはなっていたんだけど、いったい誰がいつこんなことを決めたんでしょうか。 もしかすると、ジャンとディーンとか、サイモンとガーファンクルとか、ピーターとゴードンとか、みんな「アンド」や「&」にされちまったんだろうか。 ・・・で、調べてみました。 嫌な予感が的中しちまった。皆「&」になっちまいやした。一体いつの間にこんな。 けどね、どうしたって言い易いのは「と」の方だと思うのですよ。 もし英語で “Chad & Jeremy” って書いてあったら、これは間違いなくそのまま読みますから問題はないですよ。しかし問題は日本語「と」で済むところを、何でわざわざ「アンド」にしないと気が済まないのか。 あ、わかったぞ。そうか「アンド」は「安堵」に通ずる・・・。 「チャド・安堵・ジェレミー」「ピーター・安堵・ゴードン」ん?ホッとした? 冗談はさておき、一つだけ安堵するやつがありました。ポールとポーラです。なぜかポール&ポーラの表記は少ない。ホッとします。 『そよ風のキッス』は原題が “A Summer Song” ですね。なかなか爽やかなサマー・ソングですが、これは日本ではあまりヒットした記憶がありません。チャドとジェレミーを初めて知ったのは、確か『朝の雨』です。 この機会に色々聴いてみましたが、チャドとジェレミー結構良い曲ありますので、また機会があったらラジオでかけましょうね。 “A Summer Song (そよ風のキッス)” by Chad & Jeremy 1964 「&」で思い出しましたが、リバプール・サウンドのジェリーとペースメーカーズやビリー・J・クレーマーとザ・ダコタスも、「アンド」や「&」になっちゃったっけと思ったら、ジェリー&ザ・ペースメーカーズは思った通り。そういえばビリー・J・クレーマーの方は、いつからか「with ザ・ダコタス」になってましたっけ。 ジェリーとペースメーカーズって、日本デビュー当時は「ゲリーとペースメーカーズ」って呼んでましたよね。こういう間違いは今でこそ無くなったけど、あの頃は普通にあったっていう話。けど「ゲリー」はさすがにね。 ↓当時のミュージックライフでもこういう感じでした。 ********** 9月5日の穴沢ジョージの “Good Old Music” のオンエア曲です。1. 二人だけのデート (ベイ・シティ・ローラーズ) 2. 二人だけのデート (ダスティ・スプリングフィールド) 3. #87 タバコ・ロード (ナッシュビル・ティーンズ) 4. #63 A Summer Song (チャドとジェレミー) 5. レモンのキッス (ナンシー・シナトラ) 6. 太陽は燃えている (コニー・フランシス) 7. #43 Someday We’re Gonna Love Again (サーチャーズ) 8. #10 恋のテクニック (ジェリーとペースメーカーズ) 9. #72 From a Window (Billy J. Kramer with the Dakotas) 10. #55 Tell Me (ローリング・ストーンズ) 11. #77 Do Wah Diddy Diddy (マンフレッド・マン) 12. #7 ビコーズ (デーブクラーク・ファイブ) リクエスト曲は、5.酋長kobaさん。6.なんくるタイムの洋子さん。ありがとうございました。上記以外は、穴沢選曲です。 曲目の前の #数字は、1964.9.5.付の Cash Box Top 100 の順位です(British Invasion の曲を集めました)。 1.&2.は 本日の聴き比べ。ベイ・シティ・ローラーズに在籍していたイアン・ミッチェルが9月2日亡くなったので (享年62)、追悼でかけました。 それでは、また。
2020.09.09
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“Where Did Our Love Go (愛はどこへ行ったの)” by The Supremes 1964 3月26日、ダイアナロスが78歳の誕生日を迎えました。Happy Birthday! シュープリームスを初めて耳にしたのは、やはり『恋のキラキラ星』ですかね。 それから何と言っても『愛はどこへ行ったの』は、実に当時中学生の僕の琴線に触れた。 あのイントロの手拍子足拍子プラス打楽器音による四分音符の刻みと、それに続く「♪ ベイビィ ベイビィ・・・」で始まるダイアナの歌声。そして全然邪魔にならないバックコーラス。 色々挙げたらキリが無いけど、ちょっと聴いたことの無いタイプのグループだなぁ。これはなかなかだなぁと思って、好きになったのだ。 ところで、日本語表記では近頃「スプリームス」が一般的らしい。どうやらアメリカ英語に近づけたいらしいようだが、それならいっそ「サプリームズ」とすべきでは。 僕は「シュープリームス」は英国発音に近いだけで特に間違いでは無いので、変にいじる必要はなかったのにと感じていますが。みなさんはどう感じますか。 シュープリームスはその後、ダイアナロスとシュープリームスとなり、ダイアナが独立してシュープリームスに戻ったけれど、なかなかヒット曲が出ず、のちに解散。 独立後のダイアナ・ロスは様々なヒット曲とともにモータウンの重鎮としての地位も確立するが、同時に僕は彼女の曲は聴かなくなってしまったのだ。 “Where Did Our Love Go (愛はどこへ行ったの)” by The Supremes 1964↓アマリリスの蕾が膨らんだ と思ったら次の日には咲いた↓ ********** 3月26日放送の「穴沢ジョージの “Good Old Music”」のオンエア曲です。今回もリクエスト大会風の回になりました。1. 恋のキラキラ星2. Run Run Run 3. 愛はどこへ行ったの (The Supremes) 4. What a Wonderful World (フランキー・ヴァリ) 5. そよ風に乗って (マージョリー・ノエル) 6. Love ME Tender (Elvis Presley) 7. 大人になりたい (コニー・フランシス) 8. カレンダー・ガール (ニール・セダカ) 9. Hungry Heart (Bruce Springsteen) 10. Rescue Me (Fontella Bass) 11. De Ma Vie (シルヴィー・ヴァルタン) 12. 子供じゃないの (ヘレン・シャピロ) リクエスト曲は、6.酋長Kobaさん。7.うしろ姿ハタチのおばあタカちゃんさん。8.なんくるタイムの洋ちゃんさん。9.パンの耳大好きさん。10.ウィンカー・ダッソーネさん。以上、ありがとうございました。 上記以外は穴沢選曲。1.~3.はこの日がダイアナ・ロスの誕生日(1944.3.26生,78歳)で。5.は今月の歌。10.&11.は今週の聴き比べ。3/5にかけたレスリー・ダンカンの “Rescue Me” とは同名異曲。10.がオリジナルで11.はフランス語のカヴァー。12.は7.を聴くと必ず同時に頭に浮かぶ懐かしい曲です。 では、次回もよろしくお願いします。
2022.04.01
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"Cuando Calienta el Sol" Original by Los Hermanos Rigual in 1957『太陽は燃えている』高橋元太郎『燃える太陽』園まり1963(本当は「懐かしのイタリアン&フレンチポップス?」のテーマはふさわしくありませんが、そのわけは、読んでいただければ判明いたします) 『太陽は燃えている』といえば、誰の歌を連想するでしょうか。 思わず、高橋元太郎!...と答えてしまった人、年がバレますよ。僕も当然高橋元太郎ですけど。......待てよ。そもそも高橋元太郎を歌手として認識している人はどれくらいいるのでしょう。 まあいずれにしても、我が国では1963年、すでに日本語版が一度流行ったのです。歌っていたのは、スリー・ファンキーズを抜けてソロになったばかりの高橋元太郎。そして、スパーク3人娘の一人、園まり。ただし、園まりの方は『太陽は燃えている』ではなくて、『燃える太陽』というタイトルでした。もちろん全く同じ歌で、歌詞も同じだったと記憶しています。「♪ 愛の渚に 燃える太陽~......」ってね。 しかし、『太陽は燃えている』ときけば、おそらく多くのみなさんが70年代初めに流行ったエンゲルベルト・フンパーディンクの英語版 "Love Me with All of Your Heart" を思い浮かべるでしょう。 僕は、高橋元太郎・園まりの歌を知っていたので、この邦題には全く違和感を感じませんでしたが、英語版で初めてこの歌を知った人は、内容と邦題があまりにかけ離れていて、変だと思ったことでしょう。 実は今回この曲を採り上げたのには、だいぶ遅れてしまいましたが、できるだけ早くお詫びと訂正がしたいという個人的な事情があるです。 もうだいぶ前のことになりますが、楽天の大先輩の秀0430さんが、「エンゲルベルト・フンパーディンクの『太陽は燃えている』という歌のタイトルは、あまりにも内容に合っていないのではないか」という意味のことを日記に書いていたのです。で、その日記の感想に僕が「この曲は元々イタリアの曲だ」ということを書いたのですが、これが大いなる誤解だったんです。 そのとき僕が書いた感想の一部を転載いたします。 「『太陽は燃えている』は実は原曲はイタリアです。つまりカンツォーネね。で、歌っていたのが誰だったか、ちょっと思い出せなくてすみません。原題も『何とか del Sol(?) 』で(これもあとで調べようかと思っていますが)、イタリア語で太陽は sol だから、日本語訳は実は正しいんです...」 ...と、これを書いてから、色々調べてみたんですが、オリジナルのタイトルも歌い手もわからず、困ってしまいました。 で、その後、原曲はスペイン語で歌われていたことに気づいたのでした。 気づいた理由は、園まりの『燃える太陽』を久しぶりに聴いたからです。高橋元太郎の『太陽は燃えている』には、なかなか遭遇しませんが、たまたま CS のラジオでかかった園まりの『燃える太陽』聴いていて、ふと思ったんです。もしかしたらイタリア語の歌じゃないかもしれない。......でなけりゃ何語だ。......そうか、スペイン語かもしれないぞ!...ってね。 当時流行ったスペイン語版も当然何度か耳にしているとは思うのですが、中学生だった僕に、スペイン語とイタリア語の区別が付くわけもありませんでした。 それでこのたび、きちんと調べてみようと思い、インターネットを最大限に利用して、この歌のルーツと歴史を探る旅をして参りました。 今日は、その旅のレポートを交えて、この曲のことを書こうと思います。 **********************1. 「言い訳」 そもそもなぜ、この曲をイタリアの歌だと思いこんでいたかというところから、始めなければいけませんね。 ちょうどこの時代(1960年代初頭)は、イタリアンポップスの全盛時代で、ちょっと記憶しているだけでも、ドメニコ・モデューノ、ジャンニ・モランディ、アドリアーノ・チェレンターノ、トニー・ダララ、カトリーヌ・スパーク、ミーナなどが次々にヒットを飛ばした時期でした。ボビー・ソロやジリオラ・チンクエッティのような大型新人も、この少し後に登場しましたね。 そんな折、日本でこの歌が流行ったわけですが、曲調がそれまで結構親しんだイタリアンポップス風だったのと、高橋元太郎、園まりの二人の歌いっぷりが、いかにもカンツォーネ風の朗々としたものだったのです。 日本語版の途中と最後に出てくる原語の部分は、僕が中学生当時耳にした音のまま、何年もずっと頭に残っていたものを表記すると、「♪ クワンドカリエンタルサーン」という実にいい加減なものでした。 特に最後の「サーン」は、もちろん自信を持って "sun" のつもりでいたのですから、無知というのは恐ろしいものです。(......何で英語が混ざってるんだよう!) 以前もどこかで書きましたが、後にほんのちょこっとイタリア語を勉強したことがあります。"sun" は "sol" の間違いだったのかと気づいたところまではよかったんですが、「クワンド」は "quando" だなと勝手に思い込んだのでした。「ほーらね、イタリア語の歌だからね」なんて、ますます思い込みは深まってゆくのでした。 それから、兄が持っている2枚組のコニー・フランシスの CD を10年ほど前に借りてダビングしたものが手元にあります。この中にはイタリア語版の『太陽は燃えている』が入っているのです。 コニーはスペイン語でもこの曲を歌っていますが、このイタリア語版は、彼女らしく朗々と歌い上げ、とても印象が強かったです。 資料が無くて何とも言えませんが、録音もたぶん1963~64年頃のものではないでしょうか。これを当時聴いた可能性はとても大きいです。 かくして僕の中では、この歌がイタリア語の歌として確固として定着したのでした。2. 「原題は "Cuando Calienta el Sol" だった」 が、しかし、園まりを久しぶりに聴いて、これはスペイン語だと見当をつけたところから、ルーツを探るにも、まずタイトルの正しい音とスペルを発見しなくてはと、思ったのです。 しかし Google(正確にはスペインYahooですが) はすごい。"quando" と "sol" と "Lyrics" をキーワードに検索を試みると、ズラッと結果が出る。ところが、肝心の『太陽は燃えている』らしきものに当たらないのです。どうもおかしいと思って、スペイン語の「クワンド」のスペルを奥さんに訊いたら、"cuando" だというではありませんか。 あらためて Google ......。ありましたありました。ついに発見です。タイトルは、"Cuando Calienta el Sol" 「♪ クワンドカリエンタエルソール」でしたね。でも「♪ クワンドカリエンタルサーン」もまんざら大ハズレではなかったでしょ。 そして、今回の最大の収穫は、『太陽は燃えている』=『燃える太陽』の原曲 "Cuando Calienta el Sol (クワンド・カリエンタ・エル・ソル)" のオリジナルについて知ることが出来たことでした。 一般にはメキシコの楽曲として1962~63年にヨーロッパ/アメリカ/日本に旅立って行ったこの曲は、実は1957 年にキューバの Los Hermanos Rigual(ロス・エルマノス・リグアル) によって作られ歌われた曲だったんです。 正直言って、これほど奥の深いものだとは想像していなかったので、このページ→"Cuando callienta el sol"にたどり着いたときには、ホントにビックリしました。 ここの 'Play the music" をクリックして、ぜひオリジナルを聴いてみてください。また、ここにはスペイン語のオリジナルの歌詞もあり、さらにはご丁寧に英語の対訳が載っているので、とても参考になります。 僕の持っているポップスの楽譜集「永遠のポップス.1」によると、作詞・作曲が "M. Vaughn & C. Rigual" で、"1961 by EDITORIAL MEXICANA de MUSICA INTERNACIONAL S.A." となっています。M. Vaughn は英語の詞を書いた人だと思います。 C. Rigual の方は、これを歌っている Los Hermanos Rigual ("Rigual兄弟"の意) のメンバーの一人で、作曲者でしょう。3.「イタリア語・日本語・英語・スペイン語」 この歌が最初メキシコから海を渡り、スペイン語の歌として 1962~63年にかけてヨーロッパで流行ったときには、各国いろんなバンドや歌手が歌いましたが、オリジナルの Los Hermanos Rigual と同じラテン・コーラスグループ・スタイルが主流のようで、Los Marcellos Ferial などが歌っていました。が、また、ラファエル (Rafael Martos Sanchez) のようなソロ・シンガーが歌った記録も残っています。 ヨーロッパで流行ったこの歌は、そのまま日本に来て、日本では当時普通に行われていたように、日本語の訳詞をつけて高橋元太郎と園まりの持ち歌になったのです。 コニー・フランシスがイタリア語で歌っていることは上にも書いたのですが、彼女はスペイン語でも歌っていて、その後半は英語になっています。歌詞は、例のエンゲルベルト・フンパーディンクでおなじみの "♪ Love me with all your heart that's all I wanted..." です。 初めて英訳版を歌ったのは、1964年のレイ・チャールズ・シンガーズでしょうか。日本語版がヒットしたのは 1963年ですから、英訳版の方が後からということになります。 そして、1971年エンゲルベルト・フンパーディンクがイギリスでこれを歌い、再び世界的にヒットしたというわけです。 日本語版の方は、オリジナルを下敷きにした訳を心がけていますが、英語版はすっかり内容を変えた訳になっています。でも、1963年~64年当時、日本語版も英語版も相当流行った歌ですから、エンゲルベルト・フンパーディンク版を出すに当たって、あえて邦題は変えずにそのままにしておいたのでしょう。 『太陽は燃えている』は、その後もいろいろな人が採り上げて、すっかりラテン・スタンダード・ナンバーとなりました。最近ではあの Luis Miguel (ルイス・ミゲル) が歌っています。 でも、これはユーロビートみたいなへんてこなリズムに乗って歌っていて、あまり好きになれませんでした。 でも、長い間いろんな国のいろんな人に歌い継がれ、この歌も幸せ者だなあと、夏の終わりに思うのでした。 最後にこの曲を、各国語でワンコーラスだけ記しておきますので、みなさん、得意な言語で朗々と歌ってみてくださいね。 イタリア語→日本語→英語→スペイン語の順です。日本語版は園まりのバージョン『燃える太陽』より、です。♪ Cuando calienta el sol qui sulla spiaggia Vedo i tuoi occi brillar accanto a me Si' sei proprio tu la tua voce e tuo sguardo la tua bocca che mi bacia oh oh oh Cuando calienta el sol♪ 愛の渚に燃える太陽 楽しかった思い出 さよなら潮風 そっと 涙を拭いてね オッホホ~♪ Love me with all your heart that's all I want love Love me with all your heart or not at all Just promise me this that you'll give me all your kisses Every summer every winter every fall Cuando calienta el sol♪ Cuando calienta el sol aqu en la playa, siento tu cuerpo vibrar cerca de mi; es tu palpitar, es tu cara, es tu pelo son tus besos, me estremezco, oh oh oh! Cuando calienta el sol **********************☆追記:本日早朝、我が家の飼い猫モモが永眠いたしました。長年家族の一員として暮らしてきましたので寂しくなります。
2004.09.05
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