うちにあるボビー・ダーリンのベストは、20曲入りだけど、主立ったヒット曲は網羅している、・・・と思う。買ってからほとんど聴いていない CD だっだので、ちょっと聴いてみるかなと思っている矢先、たまたま夜中に、スカパーのどこかの映画チャンネルで「ビヨンドtheシー~夢見るように歌えば~」というとんでもないタイトルの映画をやっていて、何となく見始めたら、あなた、これがボビー・ダーリンの伝記でね、眠たかったけれどついつい最後まで見てしまったんですよ。6月だったかな。 でも、これを見て驚いた。 僕はボビー・ダーリンのことを何も知らなかった。 生まれつき心臓に重い病気があって、長生きはできないと医者から言われていたことも、地位と名声を手に入れ、美人の女優をも手に入れたけれど、結局は挫折してしまったことも、37歳で亡くなるのだけれど、病気のことを考えるとよくそこまで持ったのだということも、何もかも知らないことだらけでした。 詳しくは、このヘンテコなタイトルの、良くできた伝記映画を見ていただくとして、僕が中でも一番驚いた事実を記しておきます。
ボビー・ダーリンは、あらゆるものが手に入ってもどこか満たされず、結局は妻サンドラ・ディーとも離婚してしまう。 折しも時代は大きく動き始め、ベトナム戦争が泥沼化してくる頃、ボビー自身それまでの普通のポップシンガーであることに疑問を持ち、反戦歌を歌うようになる。 そのころ、政治の世界では、若者の期待を一身に背負ってリベラル派に支えられたロバート・ケネディー上院議員が、大統領選めざし精力的に動き始める。ボビー・ダーリンは、このロバート・ケネディー(愛称:ボビー)の熱烈な支持者となる。 ・・・が、ご存じのように、兄 J. F. ケネディー同様、ロバートも暗殺されてしまう。そしてダーリンは・・・。続きは映画を見てください。
いくら60年代後半でも、あの『匕首マッキー』のボビー・ダーリンが、フォーク・シンガーになってロバート・ケネディーを応援しながら反戦歌を歌っていたというんで、僕はびっくりしちゃいましたよ。当時全然そんなこと知りませんでしたからね。 で、うちの CD にも入っていましたよ、あのティム・ハーディンの作った "If I Were a Carpenter (邦題:この小さな願い)" が。 そうか。この曲、ボビー・ダーリンで流行ったんだっけ。などと、映画を見ながら再確認した曲です。
"Mack The Knife (匕首マッキー)" と "If I Were a Carpenter (この小さな願い)" では、あまりに違う世界だとは思うけれど、映画を見て、彼がどのような生涯を送ったかを知る今、どちらもそのままボビー・ダーリンで、どちらもその時代の彼を象徴していることを認識させられました。しかし、僕は二曲ともリアルタイムで耳を傾けたという記憶がないのです。 『匕首マッキー』は尾藤イサオや弘田三枝子ががテレビでよく歌っていたから覚えたのだ。"If I Were a Carpenter" に関しては、流行ったという記憶すらない。