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私は、二回の流産の経験がある。
年齢的に、最初から不妊外来を紹介された。
そのとき、39歳。 40歳の誕生日が目前。
独身時代、結婚も、自分が母となることもイメージできなかった私は、
生理痛が非常に重かったこともあり、ピルや、生理をとめる筋肉注射を数年にわたって受けてきた。
その報いか?
友人には、望んでいても子どもに恵まれない夫婦もいる。
望んでいた中で、子宮・卵巣共に摘出せねばならなかった、癌とたたかった、たたかっている夫婦も居る。
その友たちにも、私は、しばし悩んだ上、自分の悩みを打ち明けた。
隠すのはフェアじゃない気がして。
気まずい空気も流れた。
「妊娠できるだけいいよ。私は受精すら危ういよ」
そんな風に言われたこともあった。
私は、正直、「無事に生まれて、育つまでは・・・」という気持ちで居る。
でも、それは。
一度でも妊娠(それがたとえ、科学流産でも、心拍確認前であっても)できたかどうか、ということの違いなのだろうか。
そこには壁がありますか?
疑問に思う私はおろかですか?
他人のこころを思いやることのできない人間ですか?
でも。
たとえ出産できたとして、
その後の心配はつきない。
そう思う。
そうしたら。。。。
誰も同じ。
ではありませんか。
私は甘いのだろうか。
妊娠検査薬 陽性 をみることができた人間の おごりなのでしょうか。
2.22 AIH 2010年02月25日
寄り添うということ。 2009年11月13日 コメント(2)