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妊娠するとは、生命の創造なのでしょうか? いいえ、われわれ人間には生命を創造することはできません。 人間には生命を霊界からこの地上へ移す役割しか与えられてていないのです。 だからその生命を絶つことに関して罪悪感を抱くのは当然でしょう。 心配なのは、中絶、流産児や死産児のその後のことと思われます。 当然ですが彼(彼女)らには守護霊がついています。 彼らは眠ったままの状態で霊界へ逝きます。 その子らにとってのはじめての目覚めは霊界で、もしも地上に誕生していたのと同じように祝福を受けます。 ただし、地上の空気を吸ったこともなければ、光を見たことも、声を出したことも、親の声を聴いたこともありません。 受胎時に授かった五感や母胎で育んできた感情などを一切使用せずに霊界へ行ったため霊体としての器官が未成熟となっています。 だからしばらくは霊界の事情に慣れた上で、それから徐々に地上で学べなかったことを指導霊からまなびます。 ある程度この子らが成長するまでは守護霊が付き添います。 なにしろ地上での体験を全くしていないので、厳しさに欠ける反面、霊性は高くなっています。 だから、少しでも地上経験のある早逝児よりは準備期間が長くなります。 そのようにして霊的な修行にはいりますが、準備期間で重要となってくるのが両親との絆です。 地上に生まれぬまま霊界へ旅立った個体といえども親との絆は深く強いものがあります。 この子らは母親との霊的なつながりを通じて地上の知識を身につけていくのです。 子の方が霊的な進化が早く親子の絆は薄れていきますが、子は親を認識していますので母親が気付かないうちにもいろいろと援助しております。 以上が死産、中絶や流産などで地上生活できなかった、あるいは生まれてからまもなく亡くなった子らがたどる境涯ですが、 世間では「水子の霊が憑く」とか「水子の霊が肩に乗っている」など妄説で人を脅し、 細木数子さんは 水子の祟りは恐ろしい霊障である。墜胎や流産した水子の霊は、生まれてくるはずだった親のもとに取りすがる。取りすがらなければ、彼岸と此岸とのあいだでさまよったまま、いつまで経っても成仏することができないからだ。 取りすがる場所は、産んでくれるはずだった母親の体になる。そして「お母さ~ん」と泣き叫びながら、様々な霊障や祟りを起こすのだ。いつまでも成仏できない場合は、母親の体を完全に殺してしまうようになる。 とまで言って脅かして水子供養を勧めています。 いろいろな事情があって中絶してしまった。また流産してしまった。 すんでしまったことにくよくよしても仕方がない。 決して子は親を怨んではいません。だから霊的な子(水子)が霊障やたたりを起こすはずがありません。 罪悪感ももたないようにしてください。 わが守護霊と、亡くなった子の守護霊に感謝しましょう。
2007年06月05日
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守護霊について よく「自分の守護霊は誰?」と関心を持つ人がいます。 その気持ちに乗じてか「あなたの守護霊は祖父です!」とか「先祖の誰々です」「武士であった誰々」「どこどこのお姫様です」など、さも見えるように最もらしく言うのがはやっています。 結論を言えば守護霊の名前は知る必要はないのです。 人の受胎の瞬間から(ある時にはそれ以前から)死を迎える時まで、地上での人生を送る間、ずっと一人の守護霊が付き添います。 また死後の世界においても、引き続きそのまま共に歩むこともあります。地上の人間の中で、この守護霊のいない者は一人もいません。 どんな人にも必ず一人の守護霊がいるし、守護霊の助けなしで独り立ちしている人間など例外なくいません。 守護霊は親が子を見守るように深い愛情を持って、献身的にわれわれを助け導いていてくれるのであります。 ゆえに守護霊の名前・身元など全く知る必要のないことであるし、そうしたことに必要以上に関心を持つことは"エゴ的好奇心"なのであります。 守護霊が、「深い愛情から自分を守り導いてくれている。」ということだけを知っておけばよいのです。 霊界において、いかなる人間の守護をすべきか知り尽くした上で、自ら受け入れ任にあたっているのであるから、守護霊は自分が見守る人間のたどる運命をあらかじめ知っています。 ゆえにそれは、守護霊にとってはある種の義務であり責任となっています。 守護霊はわれわれ人間の魂の成長のために"最善の道"を歩ませようと努力・援助し、そしてそれを通して、自らも成長の道を歩むことになるのす。 我々人間を助けることによって、自らも必要な"因縁"を切ったり、"埋め合わせ"の道を歩むのです。 守護霊の我々人間に対する愛は、地上のいかなる人間関係の愛よりも深く強いものがあります(人間側が実感できなくとも)。 そして誰よりもわれわれのことを深く知っていてくれてます。 このように、われわれは常に最大の愛でもって「愛されている」のであり、忘れ去られている人は絶対にいません。 だから決して一人ぼっちではないと言うことを絶えず意識していてください。 また宇宙の大霊「神」の愛は、地上にいる間はこの守護霊を通じて届けられているのであります。 守護霊になるということは、守護すべき人間との"霊的成長レベル"が等しいということであります。 それは、霊的成長レベルの高い者には高い霊が守護霊となり、未熟な低い者には、それ相応の霊が守護霊となるということです。 しかし霊的成長レベルは同じであっても、守護霊は肉体を持たないために、その霊的視野や認識能力は我々人間よりはるかに広く深いものとなっています。 そういう観点から見ると、守護霊とはまさしく霊的指導者・霊的親、または霊的先輩と言えます。 守護霊は、我々人間が道を外れないように常に最大限の努力・援助を与えてくれています。 "インスピレーション"を通して善い思いを持つように仕向けたり、"邪悪霊の妨害・進入"を防ぐべく"霊的エネルギー"を流しているのです。 それが「霊的身体エネルギー」です。 守護霊が「最大の愛でもって我々を見守ってくれている」のに答えるべく我々も自分の守護霊に「最大限の感謝を捧げましょう」最低でも「親しみを持って接する」態度が必要です。 守護霊のエネルギーで見る場合 数値が1000ならば、守護霊もしくは何かに「感謝」をしている人です。 数値が900の場合は守護霊に対して勘違いをしている人で、先祖などを守護霊と思っている人。 数値が800の人は霊的な事は理解出来るが、守護霊の存在をはっきりとは思っていない人。 100の人は物質界の人で霊的な事は信じない、したがって守護霊の存在自体を信じていない人です。 霊的身体エネルギーは守護霊の数値が1000の人だけ流れています。 今の世の中、体の不調な人がいかに多いか? 体がだるい、肩に何か乗っているような重たさを感じる、ゆううつだ、なぜこんなに苦しいのだろう、最近やけに怒りっぽいなどなど。 悪霊がそうさせているのです。 守護霊に感謝しましょう。われわれは、どんな時も決して守護霊から見捨てられることはありません。 見放されることはけっしてないのです。われわれからの守護霊への思いが途切れないかぎりは!!! しかし、守護霊は「静かな心」を好むので、怒り、恨み、妬みなどの気持ちを持つと「そっぽ」を向きますのでその隙に自分の悪感情が生き霊となって自分に戻ってくるので注意してください。 「生き霊」とは他人の悪感情ではなくて自分の悪感情なのだから。 守護霊はまた、時としてわれわれ人間が因果律のもとで苦しみの体験をしなければならない時は、苦しむ我が子を前にした親の心境で見守ってくれるのですが、厳然たる因果律のもと、苦しみを乗り越えることによってしか成長しないことを知るがゆえに、直接の手出しをすることは決してないので、自分で苦しさを克服していかなければならないのだから、厳しく思われるかもしれませんが、それが人としての成長、霊的な成長を促しているのです。 それだけ深い厳しい愛で接していてくれるのであります。 物質的な人、は肉体の中に"霊性"を見失い、物質・肉欲に目がくらみ、低級霊を自ら呼び寄せるような状態にたびたび陥いります。 そして心が完全に悪霊に支配されてしまうこともありますが、そんな時は守護霊といえども、もはや援助の手を差し伸べることはできなくなります。 そうした時には仕方なくいったん手を引き、悪霊の為すがままにさせ、その人を苦しみの中に置かざるを得なくなります。 そしてその状態から再び這い上がるチャンスがくるのを待ちます。 苦しみの中からその人の心が霊的に高まり、悪霊との縁を切り、自発的に向上心が芽生えると同時にまた援助を開始します。 心身を楽な状態にするには「守護霊が常に自分を見守り導いてくれている」--それを意識することがとても大切なことであります。 われわれ人間が守護霊に意識を向けることで"霊的絆"が強化され、その分だけ守護霊はいっそう働きかけやすくなり、霊の影響力を行使しやすくなるからです。 守護霊を意識するのと同時に感謝することが、人と守護霊との絆を強くすることにつながります。守護霊と”相思相愛”ならば現実的に言えば悪霊がつかなくなります。 霊的身体エネルギーが流れていないと、悪霊を取っても取ってもすぐに憑きます。 いや、すぐに憑くというよりも霊的身体の奥深くに巣くっているので、表面のだけ取っているのだからすぐに憑いてしまうのです。 これを「憑霊体質」といいます。
2007年06月01日
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