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2008.05.08
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『ツイン・ピークス』 をご存じだろうか。

最近では、HEROESをはじめ、
アメリカのテレビドラマシリーズを日本でも楽しめるようになった。
おそらく、その文化の先駆けとなったのが
デビッド・リンチ 監督の『ツイン・ピークス』である。

僕が中学生の頃、はやりにはやった。
もう15年以上も前のことだ。

以来、 「X-ファイル」 をはじめ、
向こうのドラマが日本のテレビで放映されるようになった。

長野に住んでいた僕は、リアルタイムで放映をみていたのではなく、
レンタルビデオを借りてきて観た。

何しろすごいブームだった。
特集番組も多く作られ、
日本の旅行社は
「ツイン・
ピークス・ツアー」を企画し、
劇中に登場する「ローラの日記」をそれっぽく作って、
書店で販売もした。
テレビシリーズの直前までを描いた映画もできた。
とにかく、猫も杓子も「ツイン・ピークス」だった。

ヒットの要因はいろいろあろう。
美しい音楽、美しい自然、
「世界で最も美しい死体」と評された
ローラ・パーマーの亡骸の描写・・・。

しかし、なにより、
デビッド・リンチ監督の描く
美しいが、どこかおかしい世界観。
それがハマったに違いない。

デビッド・リンチ監督は
個人的に、好きである。
もっとも、全作品を観たわけではなく
たとえば、ツインピークス以外では
「エレファントマン」、「ブルー・ベルベット」あたりを観た程度。
到底、リンチ・ファンとは言えないレベルである。

が、
「DUNE/砂の惑星」 には、とにかくハマった。

後に大学生になって、
ニーチェやらなんやらを学ぶようになって
「DUNE」における、カモメのジョナサン的な超人思想を読み取るに至ったのだが
とにかく、大好きな作品のひとつである。

「ツイン・ピークス」は、そういうわけで中学生のころに観た。
森に囲まれ、滝の美しい田舎町、ツイン・ピークス。
町にある海岸に、ビニールにくるまれた女の死体が転がっている。
それは、ミス・ツインピークスに選ばれた、ローラ・パーマーであった。
田舎町には縁遠い殺人事件の発生に
カイル・マクラクラン演じる、FBI捜査官が出動する。

当時、ローラ殺しの真相解明までは
非常に楽しく、快適に観ることができた。
しかし、ストーリーが後半に入ると、
なんだかワケのわからない、精神世界めいた描写が増え、
中学生の僕には、その真意を読み取ることは不可能だった。

つまり、 ワケがわからないまま、終わってしまった のだ。

で、なぜ今更「ツイン・ピークス」なのかというと、
DVDボックスが発売されたのです。
僕は、当時の謎を解明すべく
予約注文し、
先週、ようやく全編を観終わったというわけです。

後半部の、精神世界的な部分、
その意味も、十分理解できた。
謎は解けた。

が、新たな謎が生まれた。

デビッド・リンチの頭の中は、どうなっているのか。

ツイン・ピークスの世界が「変」であるのは当時から言われていたことで、
たとえば、丸太をかかえた「丸太おばさん」が出てきたり、
警察のオフィスにはドーナツが山積みだったり、
でも、その「変」な部分がどうこうではなく、
ストーリーの核となる発想について、疑問が生じた。

「DUNE」の発想と真逆なのだ。

「DUNE」の主人公は、自分の父を殺され、
領地も占領された、うら若き青年。
言うなれば王子である彼は、なんとかその場を逃げおおせ、
やがて、普通の人間にはたどりつくことのできない
超人 の境地に達する。
それを可能にするのは 「意志」 であって、
つまり、人は意志の力で人間を超えることができる。
だから彼には武器は必要ない。
声、言葉で、相手を殺すことすらできる。
武器に頼らず、自らの意志と言霊だけで相手を倒すあたりが
超人の超人たる所以である。
すなわち、DUNEにおいては
人はその意志によって力を得ることも、
それを放棄することもできる、
そういう価値観が描かれている。

が、ツイン・ピークスにおいては
人は自らの意志でないものに動かされるもの となる。

先のローラを殺した犯人は、なんとも意外な人物なのだが、
その行為は、本人の意志によるものではない。
ブラック・ロッジとよばれる不思議な世界にやどる邪悪な魂が
現世の人間に宿ることで、数々の悲劇を生んでいくのである。
最後には、主人公であるFBI捜査官もが
この邪悪な魂を自らの中に取り込んでしまう。
さらなる悲劇を予感させ、シリーズは終わる。

邪悪な魂を宿すFBI捜査官を演じるカイル・マクラクランは
DUNEにおいて、
強靭な意志で超人となるポール・アトレイデスを演じていた。

さて、デビッド・リンチの本意はどちらであろう。
あるいは、年月の中で、その思想が大きくベクトルを変えたとでもいうのか。

DUNEにおいて彼は
意志が人の肉体を凌駕する、
自力本願 的な人間像を描いてみせた。
ツイン・ピークスにおける「人間」は
結局、他の魂に肉体をゆだねる
他力本願 的な存在である。

ツイン・ピークスのみであれば
なるほど、アメリカ的であると思えたかもしれない。
キリスト教世界は、基本的に、
やがて訪れる「最後の審判の日」に「救われる」ことを願う
他力本願なものであるからだ。

対する自力本願的な思想というのは
あまり、ない。

それこそ、ニーチェが「神の死」を高らかに謳ったのがあまりに大きな事件であり、
ただ、わが日本においては
鎌倉時代から自力本願的思想である「禅」があったのは
だから、あまりに奇跡的であるわけだ。

が、アメリカ的なものがすべて他力本願であるかというと、そうでもない。
ヒッピー文化に強く影響を与えたのは
「カモメのジョナサン」であるというが
これはやはり、自力本願、超人思想の具体である。

僕は、実存主義者である。
ゆえに、自力本願的な思想を好む。

ツインピークスの真価を感じたとき
そこに大きな虚無感を覚えた。

簡単にいえば、
「この一連の悲劇は、自分でない誰かのせいで起こったものである」、
その結論に、違和感というか、脱力感を感じたのである。

当時の僕には理解できなかったが、
それが理解できるようになった今、
なぜこの作品が大きな支持を得たのか という点にひっかかる。

アメリカでなら、よい。
なぜなら、キリスト教的思想が根付いた文化であるから。
しかし、日本での大ヒットはいかがなものであろう。
それはつまり、日本人が他力本願的なものに
強い憧れを抱くようになった、その現れではなかろうか。

無論、日本においても「他力本願」の歴史は長い。
平安時代の浄土信仰に端を発し、
「他の誰か」に救われることを願い、
我々日本人は南無阿弥陀仏を唱えてきたのだ。
が、その一方で
侍の意志に代表される、「強い意志」も持ってきたはずである。

ただ単に、そこまで深読みして観る人がいなかったという話もあるが、
サブリミナルではないが
ツインピークスのもつ、隠れたメッセージに日本人が共感したともいえる。

最もわかりやすい解釈は、
人にとってプラスの、善き結果については
人の意志によるもの。
悪しき結果は、他人のせいにする。

もし、そんな単純な結論であったとするなら、非常に残念であるが。

みなさんも、改めて「ツインピークス」をご覧になり、
あのブームの意味を考えてみてはいかがでしょう。

たまには、こういうテイストの記事もどうかと思って書きました。
少々、難しくなってしまいましたかね?

Kama






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Last updated  2008.05.08 04:40:38
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