PR
Calendar
Category
Comments
( 【第13章】へもどる )
ついにその時が来た。
数々の経費立て替えを繰り返し、自身の生活も切り詰めるだけ切り詰めた。
仕事も頑張った。
何とか、一人でも、新しい生徒に来てもらおうと、
少ない予算の中で、印刷業者を値切りに値切り、
全校舎・全部門の広告を自分ひとりでデザインし、
果ては印刷業者の会社にまで出向き、
一緒に原稿作成までした。
三週間以上、1日2~3時間の睡眠時間で会社に寝泊りし、
家に帰るのは着替えのためだけの生活を続けた。
勤務状況管理のためのタイムカードも、
どうせ会社に「住んで」いるんだからと、
勤務時間に合わせて打刻するのが馬鹿らしくなって、
午前3時とか4時とかに打刻し、
人事部の立場であった、盟友のはずの佐々木から、
「そんなヤケっぱちの仕事でいいのか」と叱責される場面もあった。
矢吹をはじめとする新人の生活は保障しなければならない。
そこで会社は、新人メンバーへは提示額どおりの給料を支給し、
その分、キャリアの長いメンバーの給料を切り詰めた。
もはや、借金をするほかなかった彼は、消費者金融に手を出した。
当時、残っているメンバーのほとんどが、
いくばくかの借金を背負っていたが、返せる見通しは立たなかった。
それでも頑なに、彼は仕事を続けた。
「いい加減、辞めなさい」という両親の説得は数年にも及んでいた。
何しろ入社前から、
「お前が選んだ会社はおかしい」と言い続けてきたのだから。
それすらも「俺はこれに命がけなんだ、やりたいことなんだ!」と
はねのけ続けた。
校舎に行けば生徒がいる、仲間がいる、だから・・・。
ある日、姉から電話があった。
大変なんだって?ちょっと待ってなさい、ダンナが話したいって言っているから。
そう言って姉は1年前に結婚した夫に電話を替わった。
「ああ、どうも。色々話を聞いたんだけどね。
キミさぁ、自分の暮らしもマトモにできてないんでしょ?
お父さんとかお母さんに迷惑かけてさ、
それで『自分のやりたいこと』とか言うの、違うんじゃない?
間違ってるよ、キミは
。」
返す言葉がなかった。
これまで身内に同じようなことは何度も言われてきた。
それをはねのけてきたのは、親だから、姉弟だからという「甘え」であった。
義理の兄とは言っても、元々は「他人」である。
その「他人」に、「第三者」に、
分かっていたはずの、でも決して意識はしたくなかった事を、
ズバリ、なんの逃げ場も用意されることなく、突きつけられた。
できれば、同期で「最後まで残った一人」になりたかった。
最後まで、生徒と、仲間と一緒にいたかった。
でも、これ以上は、 やってはいけない
のだ。
自分は「辞めなければならない」のだ。
1999年9月―
夏期合宿を最後に、 鎌田
は退職する決意を固め、辞意を表明した。
消費者金融からの借金は数十万円にのぼり、返済する目処もなく、
両親に頭を下げ、詫びを入れた。
数ヶ月遅れで振り込まれた最後の給料は、10万円を下回っていた。
【愛夢舎ヒストリー まとめ】 2014.10.09
【愛夢舎ヒストリー第32章】 移転(再… 2014.10.07
【愛夢舎ヒストリー第31章】 新天地~… 2014.09.29