入間市の塾 愛夢舎からのメッセージ

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愛夢舎 塾長

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2016.06.18
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こんにちは、鎌田です

個別指導と集団指導、
どっちが良いのか?


結論を申し上げます。


どっちにしても、
片方だけでは不十分に決まってます。


電話でのお問合せで

「愛夢舎さんでは、個別指導もやってるんですか?」

とか

「『集団』の塾ですか?」

というようなご質問をいただくことが多いです。


僕がお答えしているのは、


「集団授業で、
 個別に、
みてます。」


ははぁ、カマタならではの「ことばトリック」だな、

とお思いだったら、そんなことない、
ホントのことだからしょうがない。


さて、再度確認しますが、
個別or集団、
どちらか一方では不十分です。


傾向として、
お子さんに

勉強がニガテ、
先生とうまく会話できるかどうか心配、
おとなしい、人見知り、
のんびりやさん、

といった印象をお持ちの保護者の方は

「ウチの子は、個別が向いている」

とお感じになることが多い ようです。



が、それは必ずしも 正しくない


もし、お子さんに対して

ウチの子は、集団の中では、
自分の言いたいことを言えない、


とお感じなのだとしたら、
よーく冷静に考えてみてください、


そういうタイプの子が
オトナと1対1で向かいあって
どうして言いたいことを言えるというのでしょうか。
「先生、ここがわかりません!」と
はっきり伝えることができるというのでしょう?

むしろ、1対1の方が
より萎縮してしまうことが多いのです。

ここに、保護者の方の感じ方とのギャップが生じています。


せっかく先生が横にいるんだから
どんどん聞けばいいのに、
なんでウチの子は聞かないんだろう?

そりゃそうです、
友だちと一緒に、
みんなでやるならできそうなことも
自分ひとりでやれと言われたら
たいていの子は、二の足を踏みます。


つまり、
個別指導で
最大限の効果を上げる
「先生の使い方」の上手い子は
本質的に
「勉強に対して積極的な子」
なのです。



また、 個別の場合

その子のわからないところ、
苦手なことに集中して指導できるから

ハッキリ言いますけど、

「できるようになる」ことは当たり前 のことです。



だから、そこではない。

どこまでできるようになるか 、の問題です。


ウチが 「集団授業」 にこだわっているのは


どうしたって
「必要なペース」というのが
存在するからです。

生徒ではなく、
先生が「ペースメーカー」であることが
絶対条件だからです。

カンタンにいえば、
中学3年間で、
たとえばこの地域であれば県立高校受験に耐えうる、
また、学校のテスト、北辰テストに通用するのに
必要十分な学力、ペースというものがある。

それを示すことが絶対に必要だ。


たとえばですよ。


カレーの作り方 を教えるとしますね。


・・・ボクのたとえは、たいていカレーですが
ちょっとお付き合いくださいよ。


んで、包丁使いがニガテな子がいたとしますね。

まず、タマネギのみじん切りをしようとしたら
うまくいかない。
だから、コツを教えて、一緒に何度も練習して、
やり方を忘れちゃったら、また復習して・・・

そのうち、タマネギのみじん切りは
洋食屋のシェフなみにじょうずになるでしょうよ。

でも、その子が作れるようになるのは
オニオンサラダだけだ。

いつまでたってもカレーは完成しない。


極端なハナシ、
一生涯かけて、見事なカレーを作れればよいのなら、
ひとつひとつの行程をカンペキにしていけばいい、
そしたら、40年後くらいには
宝石のようなカレーができるだろう、

実際、寿司職人だの、大工だの
いわゆる職人の世界というのは
皿を3年洗い、釘を10年打って、
そうやって、何十年もかけて「匠」になっていく。


けど、小中高校生たちは、
長くても、3年とかそのくらいで
ひとつのカレーを仕上げなきゃいけないんでしょ?

そしたら、タマネギのみじん切りが不十分でも、
ジャガイモ、ニンジン、肉の下処理、
ルゥの作り方、煮込みのポイント・・・と

先に進まねばならない、
いや、進むというか、
示さねばならない。

このペースを作るのが
先生の役割です。

ゆえに、仮に生徒が2人とか3人とか
そういう少人数であっても
必ず「集団授業」のスタイルをとる。


どうも「集団」という言葉に誤解があるようだ。

先日も、入間市教室をご案内してたら

「集団っていうから、
 生徒が20人とかそのくらいいて、
 先生がずーっと講義して、
 生徒がひたすらノートをとる、
 そういうのを想像してました」

なんていう感想をいただいた。

そうではないです。

ウチの「集団」というのは
生徒人数のことを言っているのではなくて、
授業のスタイルのことです。

黒板やホワイトボードに
先生が示しながら、教えていく。

実際の生徒数は
多くても15人、
たいてい、7~8人とか、
少ない場合には、ホント4~5人だったりする。


というのは、

できる限り、授業内で
解決できることは解決しておきたいから。


「集団授業」 が良いとおっしゃる方は

周りをみることで刺激になる、
自分の位置がわかる、

なんてことをメリットにお感じのようです。

一方、
「集団だと、ついていけないんじゃないか」
と、不安に思う方もいらっしゃる。


おわかりでしょうか。


要するにね、

カレーの作り方を示していけば、

中には、タマネギのみじん切りがニガテな子もいれば、
ジャガイモの皮むきで戸惑う子、
ニンジンの切り方がぐちゃぐちゃな子、
小麦粉がどうしてもダマになっちゃう子、
焦がしちゃう子、いろいろいますね。

つまり、

ついていける、いけない、でいえば、
ひとつの授業の中で
誰しもがなにがしかの課題を見出すわけであり、

それはそもそも、ウチの授業レベルがそうなってる、

つまり、
たいてい、どの子にとっても、
10のうち、8とか9はわかる、できる、
でも、
1とか2は、難しいなぁ、と感じる、
今はまだできないなぁ、という要素を含む。

で、できる限り、
授業内でこの割合まで
理解度と「できる」の状態を引き上げる。


ウチの「集団」授業は
対話式です。

対話式というのは
先生が講義するんだけど、

生徒にやり方を答えさせたり、
問題を解かせたり、

もちろん、最大の目的として
生徒から質問がでるように、
フランクで発言しやすい雰囲気づくりを大切にしている。

ぶっちゃけ、かなり高度なテクニックだと思ってるし、
この「品質管理」については
「生徒アンケート」を実施することで
教務部で管理している。
(アンケートが一定水準に満たない場合、再研修)

だから、実は
この4月に4人ほどの新人講師を採用したのだけれど、
三ヶ月たって、いまだに
誰ひとりとして、実際の授業を担当していない。
それほど、研修・トレーニングには
時間と労力をかけている。

そうして、一人前になった講師は、
授業中に、自らが発したことばを
生徒がどのようにとらえたか
(=理解しているか、できる状態になってるか、
 勘違いしていないか、すぐに忘れてしまいそうか・・・)

ひとりひとりの
「顔」をみて判断している。

だから、せいぜい10人くらいが限度です。

これが

「集団授業」で「個別」にみてる

の正体のひとつです。


まだある。

どっちにしても、
集団授業を受けるだけでは
成績が上がるとは保証できない。

だって、
ウチの授業は
「わかりやすい」と好評だけど、

そりゃそうだ、
先生が
「わかりやすい」ように説明してるんだもん。

生徒たちは
「わかった!!」
「ナットク!!」
「理解した!!」

と言いますわな。

(1~2割の
 「うーん難しい」を除き)


でも、
「できた!」

にはなってない。


集団授業のメリットは、

全体のペースが示されることであり、
周囲をみることで
自分に足りないもの、
自分ができていることを把握できる、

言うまでもなく、
勉強がニガテな子に向いているのが
集団授業である、

だって
「ワタシだけ、できない」
っていう子がいるけど、

実際、集団授業受けてみりゃわかる、
ぜんぜん、「ワタシだけ」じゃないもん。

そうか、みんな難しいと思ってるんだ、
そうか、ワタシはむしろここはできるんだ、
うわぁ、あの人はすっごい速いなぁ、追いつかなきゃ、

と、いうことで、
やがて、自分が集団の中のポジションをキープできるように
行動パターンなどを修正していく、

さっきも書いたけど、
勉強がそもそも得意で、自信があり、積極的な子は
個別指導の方が向いているのです、
天上天下唯我独尊じゃないけど、

一流のアスリートで
自分専用のメニューをもっていない選手がいますか?



が、とにかく、
集団授業だけでも、チカラはつかない。

示されたペースに対し、
自分が劣っている部分、不安な部分を「埋め」、
また、
「わかった!」という内容を
今度は自分ひとりで「できる!」にまで昇華させる必要がある。

英語の授業で、
いくら文の作り方が「わかった」ところで
単語を覚える練習をしないことには「できる」にはならない。

そこで、
「自習」が肝心。


愛夢舎の特徴、強いところは
実に、この「自習」。

「自習室」にある。


・・・だからこそ、
このネーミングをやめたい。


自習っていうと
好きなときに来て、
机を使って勉強できる、
そのとき、質問してもいいよーー


・・・的な、
「おまけサービス」のように聞こえてしまうから、嫌だ。


言い方としては「自習」であり「自習室」だけど、
おまけでもなんでもなくて、
むしろ、こっちが「主体」 くらいに考えている。

「来てもいいよ」じゃなくて、
「来るものだ」というレベルで考えている。
(「絶対」ではないけど)


要するに、

愛夢舎は定休日がない。

月に2~3日とかの休館日はあるけど、
土曜も日曜も開館している。

休館日以外のいつ来てもよいし、
それで追加料金が発生することはないし、

「来てもよい」って書くと
やっぱり「おまけ」に聞こえるけど、

どっちかというと
週に7日間、愛夢舎にいるでしょ、
で、そのうちの2日間とか3日間とか
夜の時間帯に授業がある、

そういうイメージなんです。

実際、高校生くらいになると、
愛夢舎に「住んでいる」くらいで、
学校帰りに塾に直行、
自分の勉強をして、
授業の時間帯になったら、教室に行って授業をうける、
おわったらまた「自習室」で勉強。


で、この「自習」こそ
「個別指導」に値するものです。

授業においてみつけた
ひとりひとり異なる課題を
ここでクリアにしていくわけです。
(もちろん、講師・チューターも配置)

「自習」といいながら、
やることは先生が指示を出しておるので、
(理解度テストだったり、ワークだったり、
 宿題だったり、特別課題だったり)

自分の勉強部屋で、好きなようにやってる、
というイメージではない。

もちろん、自分の家でできる子はそれでよいのだが、
実際のところ、
「家では集中できないし、わからないとこがあるから」
と、はじめっから塾を「自分の勉強の場」と決めている子も多い。

その結果 ↓

TC.jpg

これは去年の中3生たちの
2月のタイムカードなんだけど、
全員、びっしりになる。
(スキマは休館日)

今年の子たちも、こういう状態に
早くなってほしいんだけど、

どうも、まだ
「授業に来る」という考えに固執してるっぽい。

「授業に来る」んじゃなくて、

「塾に来て、
 授業を受けたりしながら、勉強する」

になってほしい わけです。


さて、長くなってしまいましたが、

少しでもわかっていだけると光栄です、


勉強がニガテ → 個別
勉強が得意  → 集団

は、逆です。

そして、どんなタイプの子でも
いずれか一方だけだと
その子が伸びきるところまでは
到底たどりつきません。

どちらか選ぶ、でも
並行して受ける、でもありません。

「集団での個別」という
きちんとリンクした仕組みが
愛夢舎のポイントです。

kama






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Last updated  2016.06.18 15:13:04
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