【カラーガード大好き】マイレージジャンキー 時々 「鉄」

【カラーガード大好き】マイレージジャンキー 時々 「鉄」

2006/10/28
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テーマ: 鉄道(26685)



前回は岐阜駅前の怪しい区域の早朝の様子をレポートしました。岐阜を出発した後に、普通電車大垣行きに乗って、終点大垣まで西下し、大垣から米原行きの普通電車に乗り終点米原まで進み、米原からは新快速西明石行きに乗って京都まで進んで、京都で下車しました。

日記

京都タワーです。京都はやたらと通過する駅ではありますが、なかなか下車するチャンスが無くて…。このブログを始めてからも今日とはレポートしたことは無かったような気がします。

日記

現在の京都駅の駅ビルです。確か外国人のデザインでなかったかしら。コンペで選ばれる時にさんざん話題になったような記憶があります。京都市の景観に合う合わないという議論になったような気がします。


  → 原田ミカオさん 、ご指摘ありがとうございました。


ここからバスに乗って、進みました。目的地は下に…。

日記

ここです。梅小路蒸気機関車館です。

日記

この建物自体は、山陰本線の二条駅でその昔使用されていた駅舎を解体移築したものだそうです。山陰本線は戦後も長く単線非電化で運用されており(今は福知山まで電化されている、いやいや城崎でも電車でした)、往時の面影はありませんけど、20年前くらいまではローカル色の強い線でした。

早速入場料を支払い、中に進みます。

日記

日記

投炭練習機です。こんなものはここに位しか残っていないと思われます。その昔の蒸気機関車は二名乗務でした。一名は操作弁を操り普通に運転します。もう一人は機関助手と言う職名で石炭を釜にくべて火力を調整するという役割でした。釜(というか火室)にどのように石炭をくべるかで出力(蒸気圧)も随分変わったそうです。そこでこんな練習機が作られたようです。ここで機関助手になろうと訓練を受けている鉄道員が石炭を放る練習をしたそうなのです。

日記

駅務室の展示ですね。タブレット閉塞設備などが飾られていました。その昔の駅員は運行に非常に深く関与していました。閉塞及びポイント操作が駅員の仕事だったからです。現在では閉塞は殆どの線区で自動閉塞になっていますし、ポイント操作もほぼ本線上ではCTC化が完了しています。駅員の仕事は運行関係から離れ、客扱と営業に重点が移ってしまいました。

日記

梅小路蒸気機関車館の全景のジオラマが飾られておりました。次回以降でご紹介しますが、梅小路蒸気機関車館はかつては梅小路機関区という山陰本線向けの機関区でした。扇形機関庫がそのまま保存されております。1975年に日本国有鉄道の蒸気機関車の営業運転が一旦終了する際に、何両かの蒸気機関車は動態で保存しようというお話が持ち上がり、この機関庫が動態保存する場所に指定されたというストーリーだったような気がします。

1975年以降、何年かは国鉄の本線上からは蒸気機関車の姿が幹線に消滅するのですが、1979年より山口線で蒸気機関車運転が復活しました。C57の1号機が用いられたのですが、この梅小路で保存されていた車輌が使われました。

日記

日記

右記の裏手に出ました。この先に元機関庫の設備があるのです。次回から何回かに分けて、梅小路機関庫及びここに保存されている蒸気機関車をご紹介いたします。

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Last updated  2006/10/28 05:25:37 PM
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