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2025年10月17日
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カテゴリ: 想い出


大岡正平の武蔵野夫人を読み始めた。終戦後まもない武蔵野を舞台にした物語なのだが、子供の頃の育った町の情景と重なっているようで懐かしい。小説の背景となる時期よりはやや遅れるが、昭和30年代は急速に田舎から都会に人が集まってきた時期だった。宅地化は最初は野原、次は雑木林、そして畑、そして田んぼの順だったのではないか。育った家はもとは畑だったのではないかと思う。目の前には田んぼが広がり、住宅地となった一画を除くと畑が残っていた。家の前には小さな川が流れ、夜にはフクロウの鳴き声が聞こえてきた。
小学校に入るとクラスの半分くらいは農家の家の子で、遊びに行くと鶏などを飼っていた。しょっちゅう転校生がやってきて、中には炭鉱離職者の子もいたなどはやはり時代だろう。子供はどこにいても大勢いて路地には子供がたいてい群れをなしていた。逆に老人は少なく、〇〇ちのおじいちゃんといえば近所の子供はたいてい知っていた。老人は田舎にいるものだと子供心に思っていたように思う。
住宅地では近所付き合いは極めて盛んでなぜか近隣の家の夫婦はどこの県の出身だとか、どこに勤めているかなどということは皆知っていた。今では考えられないことである。
冷蔵庫は家にまだなかったので、おつかいは子供の仕事だった。母が夕食の準備をするためには、子供がその日の食材を買わなければならなかった。お使いに限らず、当時は母の仕事も大変で子供の手伝いは他にもあった。例えば、セーターはサイズが小さくなると毛糸にほどいて編みなおしていたので、腕を広げてほどいた毛糸を受け止めるのも子供の役割だった。
テレビはあっという間に、そして電気洗濯機も冷蔵庫次第に普及していき、生活は変わっていった。ある日、目の前の一面の田んぼが宅地に造成されはじめたのは今でも記憶に残っている。そのころにはそんな大規模な住宅地があちこちにできた頃で転校生はますます増えていき、クラスが増設され、小学校も増えていった。中学も新規開校されたため、学年の半分くらいは新規開設の中学校に移っていったが、それでも、転校生がやってきたために、クラス数はあまり変わらなかった。農家の子は少数派になったものの、そのころには皆けっこうな資産家になっていたようだ。
高校に入るころには、都内はほぼ開発されつくされ、電車で郊外に行くと、車窓からひな壇のように土地が造成されている光景がよくみられた。住宅地は郊外へ、郊外へと広がっていき、皆が庭付きの一戸建てを求めていた。一方で農家の嫁不足は社会問題にもなっていて、嫁飢饉なる言葉もあった。
まあ、今は昔、そんな時代もあったということである。





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最終更新日  2025年10月17日 20時06分44秒
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