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自前でホールを持ってるとか、どこかのホテルで会議をするとかいう、裕福な団体にはあまり顔を出さないので、 だいたいの会議は、公共施設や貸し会場のお世話になることが多い。 京都の「キャンパスプラザ」にて。 形は丸いが、基本的には、会議室の長机と同じ構造。 注意として、天板と脚を交互に積むように指示してるが、これは大間違い。こんなのが、傷をつけるもと。 正しい積み方は、「同じ向きに重ねる」 ちゃんと、脚にはプラスチックのキャップがついている。「ポリプロピレン」のほうが、天板の「デコラ」より軟らかい。傷つくのはキャップのほう。 天板の「面」と「面」で、同じ硬さのものを重ねたら、どっちも傷つく。広い天面の間に「砂粒1つ」が挟まったら、傷つけるために重ねるようなもの。 (キャップ4つの接触面積は、あわせても30cm^2ぐらいなものが、天面どうしなら、15000cm^2ほど。砂粒を挟みこむ確率も桁違い。) 交互に積むと、キャップ同士の狭いところを重ねることになるが、ちょっとずれたら脱線する。(キャップの幅は2cmあるまい)不安定なつみ方をしたら危ない。 結局、ガタガタいわしてキャップが外れることになる。 鉄がむき出しの脚と、天板を重ねるわけにはいかないだろうが、「原因」を作ってるのは「交互積み」にある。 公共施設で「これが正しいつみ方だ」という、間違った知識を広めると、ローカルな会議室が「右に倣え」で広まっちゃうんだよな…。
2008年04月10日
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「憲法記念日」の集会や行事は多かった。京都の憲法記念日集会は、「集団的自衛権」の解釈改憲、「戦争する国」許すなと、危機感をもった人々が、円山音楽堂いっぱい、3000人集まった。ただ、「戦争をさせない」という気持ちはあふれるが、アベだって、ハシモトだって、「戦争をしましょう」といって改憲をすすめるわけじゃない。「平和維持」の旗を掲げて武装する、というのが、いつものやり方。それを押さえないと、かみ合わない。(いわゆる、身内の盛り上がり?)(毎年のことだが、) 「82年知事選挙」を前にした、川口是先生の訴えを思いだそう。 「何もないときに【戦争か平和か】と問われて【戦争だ】と答えるのはよっぽどの軍国主義者だけ。ただ、【戦争か飢え死にか】という選択を迫られたときに、【それでも平和だ】と答えられる人がどれだけいるか。そういう選択をさせないために、 日頃から食料自給をしておく必要がある。・・」アベ政権やら、維新やらの「軍国思想」がTPPを推進したがるのは、 【飢え死にしたくなけりゃ戦争に協力しろ】の下地作りに他ならない。 食料やエネルギーの確保のために、供給地を「植民地支配」するという、軍国主義では当たり前のことが、 「安い食料・製品」に依存して、国内の農業や製造業をワーキングプア競争に陥れる根拠になっている。 TPP論議が「個々の問題」でしか論じてられないのが、不思議でしかたない。 「抑止力」だといって、侵略先の人々に反抗させなければ(蜂起する前に潰せば)「戦争」にはならない。それは「平和」なのか? を問わなければ、ただ「若者を戦場に送るな!」といっても、「現実論」に負けるのではないだろうか?
2015年05月06日
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