街。の声
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この日記について、天真さんが書き込みをしてくれました。以下は、その書き込みに対するレスです。**********こんにちは、はじめまして。管理人の街と申します。返事が遅くなり大変申し訳御座いませんでした。>私は昨年、「筋強直性ジストロフィー」の着床前診断を日本産科婦人科学会に申請し、それが先月、やっと承認されました。私は学会が正式に承認した、日本で3例目の患者です。もう誰にも文句は言わせません。どんな障害者団体にも、例えローマ法王でも、私たちが診断を受けるのを止める権利はありません。 恐らく誰も文句を言いませんし、誰も診断を受ける権利を阻害することもないと思いますよ。>学会と闘うにあたって、大谷医師には色々とアドバイスも受け、お世話になりました。私に言わせれば、頭の固い学会のお偉方よりも、大谷医師の方がよほど紳士的で、人間としての暖かみがあります。いちど会ってみればいい。患者のために本気で涙を流せる先生です。大谷医師は、天真さんがおっしゃるようにきっといい方なのでしょう。ワタクシも、子供が最近入院しまして、その時の小児科の先生の親身な対応には感謝の気持ちでいっぱいです(それまでの病院では、ロクに診察もせず薬を出すばかりでしたから)。ただし、今回俎上に上げた内容(いわゆるワタクシが感じた倫理観)と大谷医師がいい人だということは別問題だと思っています。それは、『いい人だから』というのが、今回の内容について何ら免罪符として効力を持つものではないと思っているからです。もっとも、ワタクシ程度の学では、着床前診断についてはほとんど神学論争になってしまうのですが。>さらに誤解の無いよう補足しておきますが、大谷医師が行った男女産み分けの着床前診断は、単なる産み分けではなく、消化器系の遺伝病回避のためだったのです。ワタクシはその事実を知りませんでしたが、百歩譲ってそうだったとしたならば、大谷医師がきちんと説明すべきだったのではないかと思います。説明したからOKということでもないでしょうが・・『言ってもダメだからやってしまう』というのはどうでしょう。読売新聞以外のメディアでも、消化器系の遺伝病回避という理由は(ワタクシの知る限り)出てきていませんし、それこそ説明する義務・・というか、責務があったのではないかと思います。また、ワタクシはジャーナリストではないので、俎上に上げる内容について取材や裏を取るなどはしていません。表に出てきている報道や他の方の意見などを元に自分なりに咀嚼しアップしています。<そーにゃさんの発言>>>これは、「筋強直性ジストロフィー」を着床前診断の対象、つまり受精卵の段階での「問題」ある受精卵として認めよ、と申請なさったということでしょうか。>私が直接申請したのではなく、名古屋市立大の鈴森教授が申請したのですが、う~んと、よくわからないのですが、何故、天真さんに温かみのある対応でアドバイスをしてくれた大谷医師が、率先して申請(に関する手続き、もしくはその行動を)してくれなかったのでしょう・・そのあたりも何となく釈然としない気がしました。無知が故の見当外れの疑問かもしれませんが、大谷医師は過去より認めらていない着床前診断を実施し、また、今後も続けていく意志を表明しています。認められるまでに時間がかかるということもありましょうが、それを理由に『まずは実施して既成事実を作ってしまおう』というのはどうなんだろうと思ってしまうんです。>例えば、デュシェンヌ型筋ジストロフィーは男性にしか発症しませんから、男女産み分けにより発症を避けることができます。極論ですが、女性疾病(例えば子宮に纏わる病気など)は当然女性にしか起こりません。また、男性機能障害などは男性にしか起こりません。遺伝的なものではないとしても、今回のように医師の判断で着床前診断が可能ということになると、これらの病気を回避するためにはOK!というような拡大解釈の懸念もあります。ワタクシが倫理的に疑問を持ったのは、ある突出した技術を持った人の裁量で手を加えていい領域なのだろうかというところです。もっともっと極論を例えに出せば、クローンに於いてもワタクシは同様の考えでいます。今回の件で言えば、いわゆる着床前診断可否の基準というものを設けておかなければ、医師によってその範囲が変わってしまうという事態も起こりえます。基準をどこにするかという議論は必要かもしれませんが、それを個々の医師の裁量で(場当たり的に)決定していいとは思えないのです。>大谷医師も多くは語らないので、これは私も存じません。単なる産み分けであったにしても、やむにやまれぬ事情があったのだと私は信じています。前述しましたが、『いい人(医師)だから』『信じる』という天真さんの気持ちも十分理解出来ます。ですが、やはり大谷医師は説明し、理解を得るための努力をする義務があると思います。患者さん個人のプライバシーなどの問題で難しい面があるかと思いますが、その難しさが、そう簡単に判断すべきものではないと位置付けされる問題なのではないでしょうか。>「やむにやまれぬ事情」の基準を一個人が決めてしまっていけないのなら、国や学会などの第三者が決めてしまって良いと言えるのでしょうか?前述しましたが、一個人の判断で『やろう』『やらない』を選択出来る(もしくはすべき)ほど簡単な問題ではないと考えます。第三者が決めてるんだから一個人でも決めていいということにはなりませんし、一個人で決めてはいけないから第三者も決めてはいけないということでもないと思います。より多くの方々から、そしてより多くの意見を鑑みて決定していく問題なのではないでしょうか。>時間をかけて社会的な同意を得ることが必要だと言っていますが、いつコンセンサスが得られるのでしょうか?これは結論の先取りだと思います。(時間をかければ)同意を得られることが前提になっていますが、着床前診断(可否の基準)については『得られるかどうか』がまず先にあるのではないかと思っています。>もたもたしている間に、救える患者が救われなくなってしまっています。すみません。このあたりがワタクシの頭ではよくわからないのですが、『救える患者』というのは天真さんのように既に発症している、いわゆる親となる方のことなのでしょうか。それとも、遺伝的な病気を患って生まれてくる(可能性のある)子供、もしくは将来発症する可能性のある子供のことなのでしょうか。>受精卵の遺伝子解析は高額(数百万)で、診断精度もやや低いですが、受精卵の染色体検査(男女判定を含む)は容易で、しかも低額なのです。どちらを選択するか、患者が決めても良いと私は思います。これも、『時間をかけて同意を得る』というところで前述したように結論の先取りだと思います。着床前診断が(個人的であっても病気のジャンルであっても)可となった場合、天真さんの言うように、その方法は患者自身(もしくはその周囲の決定権者)に委ねられていいと思います。ですが、着床前診断の可否を論じている段階では、残念ながら論点がズレてると言わざるを得ません。実際、この問題は大変難しい問題だと思います。ワタクシは、ワタクシの知る範囲での情報から『単なる男女の産み分け』と判断し、それに基づいて感想を記しましたが、ひょっとしたら表に出てこないだけで様々な利権が絡んでいたりするのかもしれません。また、生命について、個人それぞれの価値観・倫理観があることが更に難しくしています。これはほとんど神学論争になってしまいますが、ワタクシなどはある意味、背負った困難は運命だと感じる部分も多々あるので、着床前診断やクローンにおける問題に於いて人間が『技術』で踏み入る領域ではないと思っています。ですから、例えば、クローンの技術が発達して傷んだ臓器などが移植でなく自分のもので賄えるとなるのだとしても、または、大切な人が亡くなっても全く同じ姿などで再生出来るようになったとしても、やはりワタクシは疑問に感じてしまうわけです。もっとも、ワタクシとて調子が悪ければ薬を服用しますし治療も受けます。人間の『技術』によって発展してきた医療に身を委ねているわけです。このあたり、大きく矛盾しているのですけれどもね。
2005年07月29日
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