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寝屋川女児虐待死 頭に傷、全身あざ 両親送検 父「しつけ」認める>大阪府寝屋川市で岸本瑠奈ちゃん(1)が虐待死した事件で、瑠奈ちゃんの頭に何度も殴られたような傷があり、全身には無数のあざが残っていたことが10日、捜査関係者への取材で分かった。左あごの骨折は治療跡がなかったことも判明。それにしてもだよな。前に書いた「キレやすいバカモノ」の母親なんかもそうなんだけど、どうしてこうも感情の沸点が低いのかなと思うんだよ。喜怒哀楽が激しいってのとはちょっと違って、ひとつの感情における沸点というかハードルがとんでもなく低く設定されてるっていうかな。しかもこのバカ親、言うに事欠いて「しつけ認める」だとか言ったらしくてね。開いた口が塞がらないってのはこのことかと教材になりそうなんでさ。しつけのために1歳の子供のアゴの骨を折っちゃったっていうんだから。「テーブルに置いたお茶をこぼした(から)」ってのもさ。1歳くらいの子供なら当たり前の話だよ。何でも興味を持ち始めて、「これ何だろ?」と思って触ってコップを倒しちゃう。触ったらどうなる、押したらどうなる、倒れたらどうなるなんて情報はまだ無いんだから。何もかもが初めてなんだからそんなもの当たり前だよ。初めから全て把握していて対処出来る人間なんていないんだって。仕事でも、新入社員にいきなりやれったって無理でしょ。みんな、体験して学習していくんだ。やってみて初めてその子供の中に情報がインプットされる。これが根付いて経験となり、その経験を通じて次の事象に対処するわけだよ。そうやって引き出しが増えていくにつれ応用力がついてくる。1回やってもまたやるかもしれない。その情報が根付くまで繰り返しちゃう。親はそれを見守りながら少しずつ経験値を上げていく手伝いをするのが本当だろう。「寝ろといっても寝ずに布団で遊んでいた(から)」「拾い食いをするなと言っているのに拾い食いをした(から)」・・・会社なんかでも、何かうまくいかなかった時に事情を聞いてみると「○○って言ったんですけどねぇ」とか報告してくるのがいるんだけどさ。言うだけなら誰でも出来るんだな。「言う」のは、あくまでも手段に過ぎないんだ。口頭で伝えるか文書で伝えるか、はたまた他の方法を考えてもいい。とにかく相手に確実に伝わって理解してもらうことが一次的な目的だってことがわかってなくて、手段と目的を混同しちゃってる。どう言ったか、じゃなくて、どう伝わったか。どう理解されたか、が問題なんだよ。ましてや、この場合は1歳の子供なんでさ。先にも言ったけど、1回言ってもまた繰り返し、更に叱ってもまた繰り返す、ってのが当たり前だよ。その中で、どう伝わったかを確認し、きちんと理解したかを確認する。何度も確認しなくちゃいけない場合が多いけどさ。その繰り返しが教育ってかしつけの原点じゃないかと思うんだよ。とにかく情報が根付くまで、経験として次に生かせるようになるまで根気よく付き合う。実際、叩くことも必要な場合はあるかもしれない。ただ、その時期や加減や方法はきちんと考えなくちゃいけないんでさ。単に殴るのは暴力なんだよ。他に3人も子供がいたら、楽しくてワイワイガヤガヤになったっておかしくない。1歳の子供なんて、実際には叱られてるのか構ってもらってるのか理解出来てない場合だって多い。何でも口に持っていっちゃう習性だって、それまでに子育ての経験があるんだからわかるだろう。それを、何かあると50回~100回叩いたってんだから。1歳の子供の頭を、さ。大人だって、軽くでも頭を50回小突かれてみ?気が狂いそうになるよ。ってか、1歳の子供にしつけって何なんだよと思うがな。要するに、この夫婦の言い訳を全て汲んだとしてもだな。テーブルのお茶をこぼして頭きて叩くんなら、手が届かないところに置いておけばいい。寝ろと言っても寝ないのが頭きて叩くんなら、すやすや寝られるような環境を作って、すやすや寝られるまで根気よく添い寝してあげるなりすればいい。拾い食いに頭きて叩くなら、食べ残しがポロポロ落ちてる環境を改善すればいい。これらは、1歳の子供ではなくこの夫婦がするべきことでしょ。結局のところ、自分の非を棚にあげてるだけなんだよ。こういう事件が起こるといつも思うんだけど、今回も傷害致死容疑だっていうんだよね。これさ、何かっていうと何十回も頭小突いて、挙句の果てにはアゴの骨を折って食事を取れなくさせてっていうんだもの。もう、ほとんど殺人(容疑)じゃねぇのかって。相手は1歳の子供、何の抵抗も出来ない弱者中の弱者だろ。生殺与奪の全権は親にあるんだから。本来、この場合は親の人権も何もないよね。亡くなった子供の人権は、この親によって封殺されちゃったんだからさ。母親の写真が記事にあったけど、まだ容疑の段階だからってんだろうが、顔隠してるんじゃないって。やったかやらないか、その時の自分の意識がどうだったとかなんて自分が一番よくわかってるじゃねぇかって。とんでもないことをしてしまったと後悔して顔隠してるわけじゃないだろう。夫婦ともども晒してやればいいんだよ。この母親、煙草の火を押し付けたようなやけどの跡については「熱いたこやきを食べたときに出来た」と言い、全身にあったあざについては「次女におもちゃでたたかれたり、自分でこけてけがをした」と言い、「私は瑠奈をいじめていない。いじめていたら他の3人の姉妹がこんなに元気なわけないやろ。瑠奈だけをけがさせるわけないやろ」とか何とか言ってるんだね。保身のためには何かのせいにしなくちゃいけないからな。「自分でこけてけがをした」には笑わせてもらったんだけどさ。そりゃ、1歳の子供は本当にヨチヨチ歩きだからね。バランスを崩してこけることも結構ある。ただ、先に書いたように、人間の学習能力ってのは侮れないんでさ。転んでいくうちに自然に危険を察知するようになっていくし、バランスのとり方も覚えていく。何かの拍子に転んじゃう場合も、少しずつ簡単な受身を取るようになっていく。身体のダメージを最小限にとどめようという防衛本能が働くんだ。これも、多くの情報が備わることによって経験値があがるってことなんだ。どこの子供も同じだろう。普通に生活してるだけで全身に夥しい数のあざが出来てる子供がどこにいるんだっての。馬鹿も休み休み言えというんだ。そのうえ「私は瑠奈をいじめていない。いじめていたら他の3人の姉妹がこんなに元気なわけないやろ。瑠奈だけをけがさせるわけないやろ」だもの。これは、単に頭が悪いのか言い訳に必死で何を言ってるのかわからなくなっちゃったのかは不明だけど、まったく弁明になっていないよね。「いじめていない」→「(何故なら)他の3人は元気」→「この子だけをケガさせるわけない」・・もうね、論理が破綻してて突っ込みすら出来ない。ってかさぁ・・「他の3人は元気」→「この子だけケガさせた」じゃねぇのか。まったく抵抗の出来ない子供相手に、まったく理不尽な暴力で蹂躙するこういう事件については、是非厳罰でのぞんでもらいたいね。そして、叶うことならば、刑務所ではまったく抵抗出来ない状態にして、刑務官よりまったく理不尽な暴力を受けるというさ。殺しはしないけど、それに近い苦痛を与えるのが一番だと思うよ。そして、その暴力を受けている時に、殺してしまった子供の気持ちがわかってこういう親は初めて反省するんだよ。瑠奈ちゃん、天国ではあざもあごの骨も全部治っちゃうんだよ。だから、美味しいものをいーっぱい食べてたくさん遊んでね。ご冥福をお祈りいたします。追記<寝屋川虐待死>のどに肉まん 虐待隠ぺいのため詰める?>大阪府寝屋川市で岸本瑠奈(るな)ちゃん(当時1歳)が虐待で死亡したとされる事件で、1月に救急搬送された瑠奈ちゃんののどに、かんだ跡のほとんどない肉まんが詰まっていたことが捜査関係者への取材でわかった。瑠奈ちゃんはあごの骨を折っており食事ができる状況になかったことから、府警寝屋川署捜査本部は、傷害致死容疑で逮捕した両親が虐待を隠ぺいするため、故意に肉まんをのどに詰めたとみている。コイツら、死刑に出来んもんかな。
2010年04月11日
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