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恵まれた環境で育ち、
研修医として関東のとある病院に勤め始めた筆者。
研修期間は衝撃的な光景の連続だった。
その中でも最も忘れられないのは、ある14歳の少女のケースだ。
彼女は夜間、激しい腹痛を訴えて救急外来へ運ばれて来た。
当直の医師が問診をしようとしたが、
痛みに耐えきれないと、すぐにトイレにこもってしまった。
そして長い時間出て来なかったという。
ようやく扉が開き、
看護師が「大丈夫ですか?」と声をかけた瞬間、
彼女は信じられない光景を見た。
呆然と立ち尽くす少女の後ろで、
血まみれの赤子が産声を上げていたのである。
これだけならまだ、
病院に勤めていればありうる話かもしれない。
病院はすぐに未熟児の赤子をNICUで保護し、
14歳の彼女は小児科で面倒を見ることになった。
ここで、小児科をローテートしていた私も
一緒に彼女を受け持つことになる。
少し太った、歳のわりに幼く見える少女だった。
家族構成は両親と兄三人だそうだ。
こんな状況なのに涙も見せず、少しも取り乱す様子がない。
かといって、腹を括っているとか、
ショックで呆然としているという風でもない。
反抗したり恥ずかしがったりしている様子でもなかったが、
質問をしても返答は鈍く、正直何を考えているのか分からなかった。
付き添いの母親もどこかぼんやりとして他人事のようで、
掴めない親子だな、と思ったのが第一印象だ。
小児科としてはもちろん少女のメンタル面にも充分配慮し、
万が一彼女が自殺を図るのではないかとまで考慮して
手厚い保護をしていた。
それでも、彼女から感情も情報も、
しばらくは引き出すことができなかった。
しかし、何度も診察を繰り返す過程で、衝撃の事実が発覚する。
少女は不登校の引きこもりで、妊娠の10ヵ月以上前から、
外に出ていなかったのである。
「父親は知的障害を持つ兄だった」
と聞いた時、
あまりにグロテスクな事実にこちらが気分が悪くなった。
世の中にそういった残酷な事件があることは流石に知っていたが、
遠いどこかの誰かの話として聞くのと、
こうやってリアルに目の当たりにするのでは雲泥の差があった。
こみ上げる吐き気をこらえながら、彼女にかける言葉を必死で探した。
しかしそんな言葉は人生で一度も持ち合わせていなかった。
他に同席していた医師や看護師の沈黙も、
同じ種類のものだと思っていた。
だが、病棟に戻った彼らの第一声はさらに想像を絶するものだった。
「犯人は本当に兄なのか?」
「合意の可能性はあるのか?」
そんなこと思いつきもしなかった話が勝手に続いていた。
なるほど確かに、知的障害の兄は満足に口がきけないのだから、
もし他の二人の兄や父親が犯人であっても、
彼になすりつけるのが一番穏便に済む。
「知的障害」で「未成年」という点を加味すれば、
裁くことすらできないのだから。
そして少女のあの不思議な態度からして、
「誰かと合意で関係を持っていたのがついにバレた」
のだとしても、
万が一ではあるが、ありえない話ではない。
それだとさらに色々ややこしい。
結局、そこまで真相を追求することは病院の仕事ではないので、
児童相談所と連携し知的障害を持つ兄を一時保護することで解決となった。
「でも、もし違うなら調べたほうが」
とさすがに口を挟んだが、
「それは病院の仕事じゃないから」
と一蹴された。
もしも本当に罪をなすりつけた真犯人がいたら…
と思うとゾッとする。
産まれた赤子については、
少女も母親も育てられないと主張したので、
NICUから出てから養子に出すことになった。
相変わらず掴みどころがなく意志の見えにくい母子だったが、
この選択だけは二人とも、
微塵も迷う素振りを見せなかったのを覚えている。
地域のケースワーカーや養子縁組団体の担当者も交えて、
何度も詳細を話し合った。
割り切れない部分は多々あれど、
ようやく全員の行く先が定まり決着…かと思いきや、
事件はさらに闇深い結末を迎える。
少女の家族を見る限り、明らかな知的障害を持つ次男の他にも、
そもそも少女も学校に馴染めず不登校だし、
長男が仕事に就けず引きこもり、三男も発達障害疑い。
家族全員何らかの障害の疑いがあり、
どこか遺伝的に異常があるのは明らかだった。
近親相○で産まれた子は、
他人同士の子よりも障害を持つ可能性が12倍上がる。
しかし、話し合いの結果はこうなったのだ。
「養親候補たちには、未熟児であったことは公表しますが、その他全ての事情は伏せて縁組することとします」--
あの病院を出た今でも、思い出すと辛くなる話はいくつもあるが、その中でもこのケースは忘れられない。
しかし、世界中で無数の似たようなケースはきっとどこにでもあって、この件も、あの病院で起こった数ある事件の一つに過ぎない。
病院は時として、病気だけでなく、
あまりにむごい社会的問題を目の当たりにする場所だ。
そして多くの場合、
医師は患者の最低限の生命を守ることはできても、
そこから先の事情には介入できない。
命だけ与えて放り出されてもどうしようもないのだ、
という絶望をぶつけられるのはありふれたことで、
いちいち受け止めていてはこちらの身が壊れてしまう。
もし全てに慣れてしまって、
このような事件に何の感情も湧かなくなり、
一人の人生を「病院の仕事じゃないから」
と即座に切り捨てたあの上級医のようになれたら、
それが一人前の医師というものなのだろうか。
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