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殺人など凶悪な事件の刑事裁判で争点となる
「被告の責任能力の有無」。
そのため、精神鑑定は“法廷戦略”として、
検察側、弁護側、それぞれが取り入れており、
量刑を左右する重要な証拠となる。
しかし、
あまりにも杜撰な実態があることを専門家が明かす。
殺人事件の裁判などでたびたび争点となるのが、
被告の「責任能力」だ。犯行当時、心神喪失状態、
つまり責任能力がない状態だったと認定されれば、
刑法39条により、無罪、または不起訴になる。
そこまで至らなくても、
精神的な疾患や事情が量刑に影響するケースは少なくない。
その量刑の判断材料となるのが「精神鑑定」だ。
警察庁の統計によれば、
殺人の認知件数は年間900~1000件前後で推移している。
だが、精神鑑定が行われている裁判は、
「そのうちのごく一部にしかすぎない」
という。
これまで多くの刑事裁判で精神鑑定を担当してきた、
精神科医で昭和医科大学特任教授の岩波明氏に聞いた。
「精神鑑定は、実は“法廷戦略”なんです。
検察側も弁護側も“勝つため”に精神鑑定を行うのです」(岩波氏、以下「」も)
弁護側は情状酌量の材料とするために精神鑑定を申請する。
「弁護側は少しでも刑を軽くしようと全力を尽くすため、
何らかの病名がつく可能性が少しでもあれば、申請します。ただ、弁護側の希望だけで申請が通るのは稀なんです」
(精神科医の岩波明氏、以下「」も)
弁護側の精神鑑定は起訴後、
裁判所に申請するところからスタートする。
だが、許可されても実際の鑑定は
事件後1年以上が経ってからということも珍しくない。
「裁判所が正式な精神鑑定を認めない場合、
弁護側の『精神鑑定』は拘置所での面会となります。
これは一般の面会と同じような扱いになるため、
短くて15分、長くても30分ほどしか時間をもらえません。
この場合弁護側は、、
精神鑑定に準じた『意見書』を証拠として提出します。
正式な精神鑑定は費用や時間がかかることから、
裁判所としては弁護側の申請による精神鑑定は避けたいところ。
そのため、
検察の鑑定がすでに行われている場合には、
『1回目の鑑定でいいだろう』
という結論になることもあります」
そうした中、地裁が2回目の精神鑑定の実施を決めたケースもある。
2023年に北海道・札幌のラブホテルで発生した殺人事件だ。
被告は被害者の頭部を切断し、
持ち帰るなどの猟奇性の高さが注目されている。
殺人などの罪に問われている
田村瑠奈被告(31歳)の責任能力を巡って、
札幌地検が起訴前に半年間の鑑定留置を行っており、
「刑事責任能力がある」
と判断していた。
だが、弁護側は「不適切な鑑定だ」と反論した。
そこで札幌地裁は2025年9月、
2度目の精神鑑定の実施を決めた。
事件から2年以上が経過した状態での再鑑定。
こうした状況の場合、
鑑定結果が覆る可能性もあるのだろうか。
「拘禁反応が現れて、当時のことを
うまく話せなくなるケースもあります。そのため、犯行当時と現在では
精神的な状態が変わることは十分にあり得ます」
そもそも精神鑑定自体が、「極めて曖昧な領域だ」と岩波氏は指摘する。
「精神鑑定をしている過程で、
過去の診察結果が間違っていた、
ということが判明することがあるんです。
逆に、精神鑑定を行った鑑定医が
診断を間違えることもあります」
特に最近では
「発達障がい」という診断結果が問題視されている。
「発達障がいの症状をよく理解していない鑑定医は、
なんでも“発達障害”としてしまうケースが起きているんです。
しかし、多くは誤りで、
実際の診断は発達障がいではありません。
また『発達障がいがある』との鑑定結果が出ても、
これだけでは減刑の対象にはなりません」
ただ、こうした誤診や短絡的な見立て、
そして「発達障がい」という診断名だけが独り歩きしてしまい、
当事者への偏見を助長している側面もある。
そもそも鑑定医はどのようにして選ばれるのか。
「裁判所や検察には鑑定医のリストがあり、
そこから依頼するようですが、
明確な選定の基準はありません。
ただ、選ばれる傾向にあるのは双方にとって
『有利な意見を書いてくれる人』です。
そうした医師が繰り返し選ばれることも多いですね。
かつて、『大学教授なら大丈夫だろう』と、
肩書重視で鑑定を依頼していた時代がありました。
ただ、臨床経験の乏しい大学教授たちは、
現実とはかけ離れた“トンデモ鑑定”を出すこともありました。
そのため、今では、検察からの鑑定依頼においては、
経験が豊富で検察側の意図に沿って
鑑定をしてくる医師を選ぶ傾向が強いようです」
弁護側は、
「心神喪失」と書いてくれる医師を探すことも多いという。
「それはそれで、あり得ないような鑑定結果を
出すことも珍しくありません。
ただし、裁判官らは鑑定書を細かく見ています。
質が低いと判断されれば、証拠として採用されません。
弁護側の期待に沿ったとしても、
そうした鑑定医が次から依頼されることはなくなります」
つまり、精神鑑定は事件の真実を明らかにし、
量刑を左右する重要な証拠である一方、
裁判の勝敗を左右する“武器”にもなり得る。
勝ち負けばかりが優先されれば、
本来伝えられるべき実像が
ゆがめられてしまう危険もあるのだ。
では、肝心の費用は誰が負担するのだろう。
「検察や裁判所の正式な鑑定の場合は
税金です。
正式な鑑定でない場合、被告本人、
または関係者が負担します。
金銭的に厳しいため、
国選弁護士に依頼している被告は、
鑑定の必要性はあっても
実現しないのが現状です」
さらに、岩波氏は
「精神科医は精神鑑定を積極的に引き受けないんですよ」
とその実情を明かす。
「時間的制約が大きいし、
拘置所まで出向かなければならない。
裁判所は面会の回数を重視しますが、
それは『どれだけ熱心にやったか』
という形式的な部分も大きい。
非常に手間がかかります。
本来は長期間の観察や、
入院による鑑定が望ましいのですが、
正式な鑑定でないと入院は認められません」
精神鑑定は、殺人事件だけでなく、
放火などの重大事件、
あるいは万引きや窃盗を繰り返すケースでも、
必要に応じて精神科医の意見が求められることがある。
だが、時間がかかるうえ、報酬も見合わない。
そのため、引き受ける医師自体が限られている。
そうした中で、何度も鑑定を担当してきた岩波氏には、2つの忘れられない事件があるという。
「一つは神奈川県で起きた殺人事件です。
当時看護師をしていた被告が、
複数の入院患者を殺害した事件でした」
神奈川県横浜市にある病院で起きた連続殺人事件で、
2016年に発覚し、2018年に
当時同病院で勤務していた看護師の女が3人の
入院患者の点滴に消毒液を混入し、
中毒死させたとし、逮捕・起訴された。
看護師による犯行に、世間は震撼した。
被告はうつ状態だったことなど複数の事情から、
犯行時に心神耗弱だったことが認められ、
死刑は回避され、無期懲役判決が下されている。
「彼女は鑑定留置中に症状が悪化し、
診断が明らかになりました。
もう一人は、母親の首を切断した少年です。
面会したときの印象は、非常におとなしい、
ごく普通の少年でした。
けれど犯行は衝動的なものではなく、計画的だった。
首を切断したのは、
母親に対する強い拒絶だったのでしょう」
少年は当時17歳。就寝中の母親を殺害し、頭部を切断。
鞄に入れた上で自ら出頭し、逮捕された。
「猟奇殺人に興味を持っていた」
とも報じられたが、鑑定の結果、
「刑事責任能力に問題はない」
とされた。
その後、複数回の精神鑑定、裁判を経て、
最終的には医療措置の経過を見ながら
特別少年院に送致された。
では、精神鑑定は判決を覆すほどの力を持つのか。
「一概には言えません。裁判官によります。
検察寄りの裁判官なら、
何を言っても変わらないこともある。
もっとも、裁判員も裁判官も
精神医学の専門家ではありませんから、
そこには限界があります。
ただし、ほとんどの殺人事件から言えることは、
誰でも殺人を犯す可能性がある、ということです。
事件の一線を越える人と越えない人に、
決定的な違いがあるわけではない。
越えたか、越えていないか、
その事実があるだけなんです。
殺人を犯した人に共通点があるわけではないし、
医学的な特徴もありません」
被告はなぜ、事件を起こしたのは――。
精神鑑定はそれを知る
大事な手がかりとなることには変わりない。
だからこそ、公正で、
真実に迫った鑑定であることが期待される。
[現代ビジネス編集部]
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