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西暦2013年卯月蝶人酔生夢死幾百夜
112 )私は岡井隆ゼミに出ている学生なのだが、前回は風邪で欠席したので今日の内容が全然わからない。先生がもう一人の女子学生に動詞の活用や終止形について親切に教えている姿を、私は妬ましく見詰めていた。
113 )私が生まれて初めて撮った映画「福島原爆」は、青空に放り投げられた無数の魚たちの骨がレントゲン写真のように透けるシーンから始まる。1945年3月11日、米軍のB 29 特別爆撃機は、東京に投下するはずの原爆を誤ってこの地に投下したのだった。
114 )当然現地ではその後の広島・長崎と同様の凄まじい惨禍をもたらしたが、幸か不幸かそこは無人の海岸だったので、当事者である米軍と日本軍、近くに住む一握りの人々を除いて広く知られるところにはならなかった。
115 )それは恐らく日米両政府の陰謀によるもので、彼らはこの大事件を知る者がいないことを利用して長い年月に亘って秘密を隠ぺいしていたが、はからずもこのたびの震災による放射能流失で恐るべき実態が明るみに出されたのだった。
116 )大学1年生の私が文学部へ行こうとすると、法学部の2人の学生が「そっちじゃない、こっちだ」と無理矢理別の路へ連れてゆこうとする。しばらく成り行きにまかせていた私だったが腹に据えかねてそのうちの強引な一人を押し倒し、ボコボコにしてやるとそいつは動かなくなってしまった。
117 )私たちはさまざまな外界の現実音を採録してから、このスタジオに集まった。お互いにその音をダビングしあって新しい電子音楽を創造しようと試みているのだが、A子だけはなかなかその複写を許そうとしなかった。
118 )夢の中でやっと会えたというのに、A子ときたら昔とおんなじことをいうのだ。ダメダメ、でも奥さんと別れる気があるなら私に触れてもいいわ。
119 )広報課長と部下の女性が、その企業の重要な記者発表をどちらが行うのかで微妙な駆け引きを演じていた。実力と自信のある女性は自分ですべてを担当したいのだが、無能な管理職がそれを阻止しようと、しきりにいやがらせをするのだ。
120 )ラスカルという名のロシア男は、自分は音楽と体操のたいそうな名人であると吹聴しながら、私を小馬鹿にするように見詰めた。
121 )知り合いの女性が企画したダンテの「神曲」の煉獄観光ツアーが好評だというので、私も参加させてもらった。原作を(もちろん翻訳で)読んだ時にはじつに退屈な脅迫による宣教本に過ぎないと思って馬鹿にしたものだが、実際に現地を訪れると大迫力で興奮した。
122 )流行の最先端をゆくこのデザイン事務所であろうことかシラミが大繁殖。あれやこれやの方法で駆除しようと試みたがどうしても出来なかったので、スタッフ全員が地下の暗渠に投げ込まれ、東京湾の藻屑と消えた。
123 )その囚人が不敬な言葉を吐きだす度に、その巨人は自分の目や耳にガムテープを張って見ざる聞かざるを決め込むのだが、それは怒りに駆られた彼が、囚人をひねり殺してしまわないためだった。
124 )我ながらいい短歌が出来たと思ったので、毎日新聞に投稿しようと思った。けれども私は毎日は取っていない。急いで近くのミニストップに行ってみると、ほとんどがスポーツ新聞で、私の大嫌いな産経と読売はあったが毎日も東京もなかった。
125 )私の狭い家の中にはなぜだか広告代理店の人間がいっぱい押しかけてくるので、いつも牛ぎゅう詰めになっている。その大半が私の知らない顔だが、電通の長谷川という男は良く知っていて、いつでも挨拶を交わす仲なのだが、その長谷川がときどき白い犬に変身してしまうので困る。
126 )東北から北海道を制覇するんだということになり、おじに率いられてわたしも新幹線に乗り込んだのだが、途中で検札に引っかかった。切符をおじに預けていた私は途中の駅でつまみだされ全員集合に間に合わなかったのだが、それはおじの陰謀だったのかもしれない。
127 )ようやく青森につくと私はおじの運転するロールスロイスに乗せられた。おじは大通りで車を止めると交差点の向こうにそびえる教会堂に向かって巨大な鏑矢を射るとそれはひゅるひゅると音を立てながら飛んでいき、鐘楼に突き刺さった。
128 )砂漠の族長が私たちに与えたのは、真っ白い包帯でグルグル巻きにされた 2 つの物体だった。その包帯を時間をかけて解いていくとひとつからは人間の姿かたちをしたきらめく黄金、もうひとつからはいままで映画の中でも見たことが無いようなイスラム風の絶世の美女が姿を現した。
129 )演奏会の度に「私たちを警察にもしかして殺人犯ではないかと報知してほしい。そうすれば3人とも無罪であることが明明白白になるから」と聴衆に告げているのだが、誰もそうしようとはあいないので、私たちの心は晴れないのだった。
130 )おととい髪も髭もぼうぼうぼうできたない乞食のような中年男がヴェネチアの運河のほとりをほっつき歩いていた。ところがまさにその男が、今朝のミラノでのMTGにトム・フォードのスーツを一着におよんでにこやかに私の右手を握ったので驚いた。
夢は第2の人生である 第13回 2014年06月01日
夢の続き 2014年04月26日
夢は第2の人生である 第11回 2014年04月26日