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「担仔麺」を食べながら少し仕事の話もしたのですが。マギーさんは購買部や営業部ではないので、あまり話が弾まず。また、私は食が細い方なので沢山食べられないし、マギーさんも同様。ちょっと沈黙が続き。ここはパーソナル質問で盛り上げた方がいいのかな…と。「あの~…お年は、おいくつですか?」と何の気なしに聞いてみました。肌の感じや目じりのシワから同じ年くらいかと思ったのでちょっと確かめたくて。するとマギーさんは、口を横に引いて黙ってしまいました。「…あの、おいくつ…?(汗)」再度聞くと、ニコッと笑って小声で 「ミーミー…^^;」「ミーミー!?(秘密)」…こんな可愛らしい答えが返ってくるとは、思いもせんかった!!!^▽^;;台湾の人に年齢聞くのって、失礼なのかな~??ならば、と、角度を変えて質問。(←しつこい)「じゃあ…干支は?」マギーさんは少し考えた後、覚悟を決めたように机に字を書く。「な・・・何?(汗)」「****(←わざと伏せてます)です」「あ~!!!****ですか!!へ~!!!」…同じ年やん。だってどう見ても、マイナス12にも、プラス12にも見えないもの^^;「日本も干支があるの?」「ありますよ。微妙な違い(ブタとイノシシ)はあるけど同じです」「へ~!(驚)どこから来たんだろ?」「大昔、中国から取り入れたんですよ」この後は暫く干支の話をして。でもマギーさんは私に年齢や干支を聞くことはなく。私一人だけ同い年かぁ・・・と思っていました^^;食べ終わってから、マギーさんが何度も腕時計を確認するので。「何か用事があるんですか?ごめんなさいね」と言うと「いや…そろそろ夜市に行った方がいいと思って」との事。という事で、次回は地元の人に愛されてる露天夜市武聖夜市(ウーションイェシー)へ。つづく。 ↑よろしければ上記バナー3つ、クリックしてやって下さい…武聖夜市は勿論初めてですが、結構規模が大きかった。でもその割りにゴチャゴチャしてなくて、分かりやすい作りでした。イメージとしては大きな広場に沢山露店が出てるって感じでした。画像も少しですが、あります。扉ページ←「ホーム」をクリック!で【今日の 小日記 (何それ、と言わないで^^;)】やってます。私の日常の小ネタをチョコチョコ載せてます。そちらも是非!
2008/01/31
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予約してもらっていたホテルにチェックインしたら。マギーさんが何故か部屋まで着いてきました(え?)「僕、ここのホテルの部屋見た事ないから心配で…」と自分が予約したホテルがどんなモンか洗面所などチェックしていました(汗)「部屋は悪くない(独り言)…PC持って来てる?ネットできる?」とマギーさんが言うので『何か調べるのかな?』とPC立ち上げると。「ネット繋がっているね、じゃあ大丈夫だ(独り言)」一人、満足げに頷(うなづ)くマギーさん。ネットの接続具合をチェックしたかっただけみたい。う~ん…細かいというか、気がつくというか…(汗)この後、マギーさんお勧めの小吃(軽食)を食べにお出かけ、との事。「外は風が強くて結構寒い。だから薄着しないで、上着を着て。」と5回は言ってましたね、マギーさんは。その度に「はい!明白(分かった)!」と相槌打ってた私は・・・そういう性格の人なのね。と思いました。* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *再び車へ。私 「何、食べに行くんですかね?」マギー(以下マ) 「台南の小吃(軽食)です」私 「台南の小吃(軽食)…って何だろ?全然知らない^^;」マ 「担仔麺(タンザイミエン)が有名です」私 「担仔麺(タンザイミエン)?あ~…あの辛いヤツ!」マ 「辛い・・・?」私 「…あ、間違えた。ありゃ坦坦麺(タンタンメン)だ、四川だ^^;」マ 「ハハ(笑)担仔麺は辛くないですよ。そこの店は百年以上の老舗です。」私 「へ~…百年!?台湾って結構ありますよね、百年以上の老舗って…」何軒か「担仔麺」の看板の出た店を通り過ぎ、着いたのは度小月というお店でした。1895年からの老舗だそう。「担仔麺」と言えば「度小月」というくらい有名らしいです。HP見てやって下さ~い!!日本語で「担仔麺」の食べ方も紹介されています。店員さんは日本の居酒屋っぽいコスチュームで、シャキシャキ動いてました。店の入り口では鋭い眼光の職人風オジサンが慣れた手つきで「担仔麺」を作っています。(麺をゆでる+トッピング+スープ)スープを一口飲んで、これは食べた事がない!とすぐに分かりました。恐らく数種の海鮮中心にダシを取っていて、それが融合している複雑な味。ただ独特の風味があるエビだけは、分かりました。他は…?塩分は多くなく、薄味だけどダシは濃厚。麺は日本のラーメンのように特に歯ごたえはないが優しい風味、トッピングは(シャキシャキもやし、ニラ、ジューシー豚肉そぼろ、すりおろしにんにく、香菜(パクチー)等)各種丁寧に手を加えられているけれど強い主張はなく、うまく、この麺料理を引き立てている。美味しいのは確かですが、馴染みのない風味なので、舌は自然とダシの正体を探ろうとしていて。私はきっと眉間にシワを寄せて食べていた事でしょう…マ 「美味しいですか?(心配そう)」私 「とっても美味しいです。スープが濃厚ですね。 店の雰囲気もいいですね、活気があって台湾ぽくて。」マ 「じゃあ良かった。日本人のお客さんをここに連れてくると 皆さん喜ばれるから、ここが良いかな、と思ったんです」 私 「日本人は絶対好きだと思います、台湾らしい雰囲気があって味もいいし」【お会計】担仔麺*2、台湾ソーセージ*1、台湾ビール*1缶、牡蠣の竜田揚げ風*1野菜*1・・・一品の量は多くないです。イメージは日本の居酒屋分量ってとこですか。合計で340NTでした。1000円ちょっとですね。担仔麺やお料理の写真は撮れませんでした。というのは。店内でマギーさんの写真を1枚撮らせてもらったんですけど、フラッシュ炊いた途端、マギーさんが周囲に目線を走らせて蒼ざめたので(シャイな人なんでしょう)自粛しました…^^;つづく。 ↑よろしければ上記バナー3つ、クリックしてやって下さい…そうだ、マギーさんの年齢!あ~書き忘れました~><今から追記すると長くなるので、次回に持ち越しします^^;少しだけ予告すると:単刀直入な大阪小姐は「王さんって…おいくつなんですか?」と正面から聞きました。対するシャイで神経質そうなマギーさんの反応は、大陸慣れした私には「え!?」と驚くモノでした。扉ページ←「ホーム」をクリック!で【今日の 小日記 (何それ、と言わないで^^;)】やってます。私の日常の小ネタをチョコチョコ載せてます。そちらも是非!
2008/01/30
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マギー司郎さん風の男性が登場。親しみやすい風貌なので、私も割合リラックス。「すみませんね、こんな所まで迎えに来てもらって…それとホテルの予約も頼んじゃって~助かりました^▽^」と、ベラベラ喋っていました。対してマギーさんは、「ここからホテルまでは結構遠いから。交通費もかかるし、アコさんは台南は初めてだし。…初めてですよね?(急に振り向いて確認)」(日本人の感覚から言うと)割合普通のテンポの会話。・・・あら?今まで交流していた台湾の人は、放っておいたら永遠に一人で喋ってるような人が多かったから。今回のように普通のテンポの人は、ちょっととまどいます。外に出たら、マギーさんはキョロキョロそわそわして。急に立ち止まり。「…ちょっと、ここで待っていて。車回して来るから。あっちに停めているから、こう~(手振りで)回ってきます。ここで待ってて下さいね」「知道了(分かりました)^^」下を向いて、考えたように小走りに去っていくマギーさんの後ろ姿を見ながら結構、細かいというか、気がつくというか…。そんな印象でした。10分くらい待ちましたかね。まだかな?(不安)…もしや!!私が期待はずれだったから、置いて行かれた・・・・・・って事はないよね?(汗)やや不安に駆られ始めた頃に、白い車が登場。スポーツタイプの車。運転席のマギーさんが、やや得意げなのは私の気のせい?マギーさんは車から下りて、私のキャリーをトランクに入れ。助手席のドアを開けてくれました。「すみまっせ~ん^^;」恐縮しながら乗車。「カバンを後ろの座席に置きましょう、その方が座りやすい」「はいはいっ^^;」車が走り出してから「これ、王さんの車ですか?」「そうです」「え~、すご~い。いい車ですね」「君たちの国のメーカーですよ」「何だろ?」「HONDA」「今は台湾の人も皆、車持ってるのよね?」「そうですね」「一家に一台?」「最低(強調)、一家に一台ですね」道中、郊外なのもあり、車も少なくて静かで。日本と比較しても、あまり違和感ない雰囲気でした。風景は単調でしたが、車中の会話はそれなりに弾みました。マギーさんからは、下記のような質問。「台湾は、何回目?」「どうして中国語を話せるの?」「日本の人口は、今どうなってる?」(←「え?」って感じでしたが)私からは、「ねぇ!あれ何ですか?」(道中の建物を見て)「天気予報では台南って気温高く出てましたけど、結構寒いですね」「王さんは、会社の近くに住んでいるんですか?」等と思いついた事を取り敢えず口に出して。マギーさんは、やはり普段あまり人と会話するのに慣れていない感じで。(理系っぽい)でも、結構楽しそうだったかも。時々「ホーホッホッホッ!^0^」って甲高い声で笑ってたから(驚)つづく。 ↑よろしければ上記バナー3つ、クリックしてやって下さい…まあまあ楽しい雰囲気で会話が進んで良かったです。ところで気になったのは、マギーさんの年齢。どうも同じくらいの年…?次回は、マギーさん一押しの小吃店にて、私が彼の年齢を探ります^^;扉ページ←「ホーム」をクリック!で【今日の 小日記 (何それ、と言わないで^^;)】やってます。私の日常の小ネタをチョコチョコ載せてます。そちらも是非!
2008/01/29
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午後6時過ぎ、台南に到着しました。…どんな人なんだろう?セールスのメールをした私に、初っ端から「あなたは日本人なの?どうやって中国語勉強したの?僕は日本語を勉強したいと思っています。そうだ!僕の日本語の先生になってよ!」等と言う返事を返してくる人は…恐らく:1)好奇心が、やや旺盛根拠→好奇心がとても旺盛なら既に日本人の友人くらいいるだろう2)受け身根拠→1)に基づき、自分から積極的に前に出ない。だが外的刺激には反応。3)理系根拠→所属部署から判断4)単調な日々を送っている根拠→息抜きなのか、面白メールを結構送ってくるし、仕事内容から日常的に人と接触しない。5)シングル根拠→彼女がいれば、こんなプライベート混じりの交流はしないだろう。6)親切根拠→わざわざ迎えに来てくれるのだから…7)年齢・・・30代??根拠→私的なメール内容から見ると、若そう。しかし仕事のメールでは、今まで何度も見積もりを出しても結構冷静な回答。ネゴのYES、NO回答は早いが内容に融通がない、値段の壁が非常に堅い。故にペーペーではないが決裁権はない。中間管理職。8)驚くような男前ではない根拠→男前なら顔も見ていない外人に、ここまで反応しないだろう。上記のような推理を元に、■見た目は大人しそうで普通の容姿。30歳すぎ。と大体のイメージを作っていました。(あまり期待しないようにする為。「おめー何様!?」…はい、よく分かっております^^;)* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *改札を出たら、4人ほど誰かを待っていそうな人がいました。40過ぎくらいのスーツを着てメガネをかけた快活そうなオジサン2人。・・・改札から出た同じくスーツを着たオジサンと握手した、違う。50歳前くらいのジャンパー着たおじさん。・・・キョロキョロしていない、違う。ふと、一人。30過ぎくらいの柔和な顔をした人が。目が合って。暫く凝視。・・・この人!?「王先生ですか?」私はスマイルで近寄る。その男性は、手に持っていた紙をチラッと広げる。***公司(←私の会社名)「王さ~ん!アコです~ニーハオニーハオ!^▽^」とうとうご対面。王さんは私のイメージ通りの雰囲気の人でした。見た目は、この人 ↓ の30代・・・って感じ。ヒゲはなかったですけど^^;つづく。 ↑よろしければ上記バナー3つ、クリックしてやって下さい…とうとう、ご対面を果たしました。見た目は穏やかに見えるマギーさん(にします)、さて中身は一体どんな人?この後、台南で有名な小吃を食べ、夜市に行き…と。次回からは、その様子やマギーさんと台湾素人の私の会話等を、ご紹介します。扉ページ←「ホーム」をクリック!で【今日の 小日記 (何それ、と言わないで^^;)】やってます。私の日常の小ネタをチョコチョコ載せてます。そちらも是非!
2008/01/28
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高鉄(台湾新幹線)の自由席車輌で。デッキの端には、私の他に2人の乗客が立っていた。一人は40代らしき小柄で中肉の男性。色白で、目鼻が大きい可愛らしい顔立ち。もう一人は中肉中背の赤いコートの女性。恐らく20代後半・・・赤いフチのメガネをかけていて、色は浅黒いけれどキチンと化粧をしている。男性は、自分のキャリーの上に腰掛けて窓の外を見て。赤いコートの女性は、自分のキャリーに少し寄りかかって立ちながら視線を下に落とし、やや微笑んだように一点をジッと見つめていた。二人共、側に他の人間がいるのは意識しているのだけど見えないバリアを張っているようにスキがなかった。なので私も黙っていて。でも手持ち無沙汰なので時刻表を取り出して到着時間を確認した。すると、その様子に目をやった男性が「台中には、いつ到着かな?」と、話しかけて来たので「あ・・・5時半ですね」 と答えた。「そんなに遅くなるのか?」私は時刻表を丁寧に見て、「うん、そう書いてあるから…」「おかしいな、前はもっと早く着いたのにな~」顔をしかめて大袈裟にこぼす男性に、赤いコートの女性が「前とは停車駅が違うんじゃない?(笑)」「そうかな。…あんたどこまで?」と赤いコートの女性に。「台中まで」「あんたは?」と私に。「台南まで」「台南までなら、台中で沢山下りるから座れるわよ」と赤いコートの女性が笑う。その後は二人、早口で地元の話をし出したので私は口を出せずに黙っていて。すると二人も遠慮したように口数が少なくなって、また無言になり、各自のバリアの中に戻っていった。大陸ならきっと・・・出身はどこかを聞いて、どこへ何をしに行くか聞いて、仕事は何やっているか聞いて、年を聞かれて・・・でも、ここは。必要以上に慣れ慣れしくしないし、他人との距離を保っている。他人への無関心を装った自意識のバリアが、日本人に似ているな、とも思った。他人への気遣いが出来て、一定の距離を保って・・・台中に着いた。目が合ったら「再見」と手を振ろうかと思ったけど、二人は誰とも目を合わさずに下りて行った。大陸ならきっと・・・「再見」と手を振って別れるだろう。節度と共に、心の距離を感じた。・・・寂しくないのかな?いや、寂しいのは・・・私なのかも。物寂しい車窓からの風景に、行き場のない人恋しさを感じていました。つづく。 ↑よろしければ上記バナー3つ、クリックしてやって下さい…なんなんでしょう、このセンチメンタルは^^;ちょっと浸っていただけですので、どうぞお気になさらず^^;最近日常にあまり変化がなくて。外国だから、やや開放感があった所に、でも入り込めない節度を感じて。日も落ちてきて、ちょっと寂しい気持ちになったのかもしれません。それで~、ご対面は次回になってしまいました^^;今度こそ、です。扉ページ←「ホーム」をクリック!で【今日の 小日記 (何それ、と言わないで^^;)】やってます。私の日常の小ネタをチョコチョコ載せてます。そちらも是非!
2008/01/26
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発車時間が近づくとホームに変化が。←ライトが点滅し出したそして右手から高鉄登場。私の前にいたスーツ着た男性も撮影中です。お~来た来た!白とオレンジですね。顔っぽいですよね。まあ、こんな感じで。個人的には、白とオレンジを主体に黒のラインという色の組み合わせに関心を持ちました。というのは・・・有名な話ですが。1964年開業の東海道新幹線電車の車体色は、当時、配色に頭を悩ませていた国鉄職員が、会議室でハイライト(たばこ)の箱を見て「この色いいね?」と提案した所、反対者なしで決まったそう。 →今の写真しかなく…昔はもう少し違うイメージだったような…?同年開業の東京地下鉄(メトロ、旧営団地下鉄)東西線のライン(路線)カラーも、ハイライトの色から取られたそうで。 ちなみにハイライトのデザインは和田誠氏。現在は著名なイラストレーター、小泉今日子主演の「怪盗ルビィ」の監督を手がけた人です。(以上wikiその他より)私は「鉄系」ではないのですが、以前に「色」について調べていた所、新幹線の車体色のエピソードを知りました。高鉄の色も、スッと決まったとは・・・?何かエピソードがあれば、面白いですね。* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *さて乗車状況ですが。平日の夕方でしたが結構混んでて。2割くらいの人が立ってたんじゃないかな?しかし雰囲気は日本と同じように「先下後上(下りる人を待ってから乗車)」席がなくてもノンビリしていました。私は、またまた「無座」で^^;台中で、やっと座れました。つづく。 ↑よろしければ上記バナー3つ、クリックしてやって下さい…他の車輌は分かりませんが自由席の一番前の席は「優先座席」。座席にそういう意味の言葉の布がかかっていました。そして近くにキャリーケース等大きな荷物を置ける空間もありました。優先座席は前の空間が広いんですが、そこだけ皆さん避けているようで空いていました、さすが。まあ私はそこに座っちゃたんですが、荷物沢山あったから…^^;そうそう、次こそご対面です。扉ページ←「ホーム」をクリック!で【今日の 小日記 (何それ、と言わないで^^;)】やってます。私の日常の小ネタをチョコチョコ載せてます。そちらも是非!
2008/01/25
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高鉄桃園駅。ちょっと急いでいたので駅の写真も撮れずじまいでした。切符はこちら。自由席です。(水色で訳つけています)自由席車輌は9-12号。この区間で乗車時間は約1時間半。普段、大阪⇔東京の新幹線に乗ったり大陸での乗車時間考えるとこんなモンなんだ(驚)でした。(台湾あまり知りませんので)こちら↓裏面。■検札がある場合はご協力下さい■折り曲げないで、高温から離して等が書いてあります。現在、高鉄の駅は:台北=板橋=桃園=新竹=台中=嘉義=台南=左営 が、あるそうです。日本語HPはこちらです。(今見たら何故か繋がりませんでした。春節前でアクセス集中してるのか?オンライン予約殺到しているらしいから。)これで時刻や路線を事前に調べていました。(但し、2月1日~2月12日は「2008台湾高鉄旧正月特別時刻表」と特別時刻表適用との事)そしてドジった事。切符を、自動販売機で買っちゃった…(--;・・・ドジった。しくった(しくじった)・・・(--;;1月1日から2月29日の間は、割引切符なんて売っていて。窓口で買えば2割引らしいのに(UG0425さんより)ス~ッカリ忘れてました!^▽^;でも思うんですけど、何故に窓口販売のみ?自販機でも一律割引にすりゃ~いいのにさ?窓口の方が手間も人件費もかかろーもん?(思わず九州方言)それに見回しても「キャンペーン」の標示はあっても「窓口で」って書いてあるのは見当たらなかった。知らない人(知ってても忘れてた私)だと券売機で買うってさ。現に何人か券売機で買ってたんだから。同じサービスなのに高く買ってしまったので非常に悔しいです。(まあ経費ですが…)以上グチというか、文句というか、イチャモン(?)でした(すみません…)* * * * * * * * * * * * * まあ、この物忘れは、素早く忘れる事にして。自動改札に切符を通してホームへ。上りか下りしかないので私も迷う事はなかったです。(自動改札の所に案内の人もいます)そして、この切符は最後、自動改札通しても回収されず出てきます。(記念に持って帰ったり、領収書にできるって事)ホームはこんな感じ。 私から右側 左側そんなに混雑もしていないし、普通の鉄道っぽい感じ。私は、この表示の下にいました:9-12号車が自由席ですので。私は、この女性の後ろに並び。立ち位置表示があります。(この女性、ブーツ履いてます。他にも若い女性は沢山履いてた。流行が日本と同じようなモンって事?それとももう、どの国でも?)そして。この時に、私はある人へ電話を。そう、ご対面のお客さんです。駅まで迎えに来てくれるそうなので…「…もしもし?***先生いらっしゃいますか?」「(ちょっと息を吸って)…僕です。」「あ~ニイハオ、ニイハオ!えっと~大体*時くらいに着きます」「分かりました。迎えに行きます」電話を切って。…ちょっと何か、向こうも緊張してるっぽい。どんな人なんだろ~(ドキドキ)高鉄(新幹線)も初めて、お客さんとも初めて。二重のドキドキでした。つづく。 ↑よろしければ上記バナー3つ、クリックしてやって下さい…「高鉄」って「高速鉄道」の略称なんですね。割引切符を買い損ねた事は悔しかった~><。皆さん、もし乗られる事があれば他のサイトで事前情報しっかりお集め下さい。自由席の車輌も最近9-12号車輌になったようだし、色々変化があるようです。そして自力で動くのなら、現地では恥ずかしがらず面倒くさがらず、周りの人に質問しないと、ですね…次回、先ずは高鉄とご対面です。扉ページ←「ホーム」をクリック!で【今日の 小日記 (何それ、と言わないで^^;)】やってます。私の日常の小ネタをチョコチョコ載せてます。そちらも是非!
2008/01/24
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今回の台湾出張は、初高鉄(新幹線)でした。先ず、台湾桃園国際機場に到着してすぐに高鉄桃園駅へ移動。選択肢はTAXIかバス(巴士)ローカルチックを体験したい私は、時間があったのでバスを選択。バスの標示の方向へ行くと(ちょっと歩いた)バス切符売り場窓口がありまして。どうやって切符買うのかな~?と路線図を見て。でも、よく分からな~い窓口に聞こうとしたら、高鉄桃園駅 ***号(75?と3ケタだったかと)と書いてあったので、外に出てその番号の乗り場へ。丁度バスが1台停車していて。乗っていいのかな?中にいた兄ちゃんに声をかけ、「高鉄桃園駅に行きます?新幹線の駅」「行きますよ」と言うので乗りました。お兄ちゃんがキャリーケースを中に運んでくれて「切符いくらですか?」「30元(約100円)」「いつ払います?どこで買うの?」「運転手が来るから、彼に渡して」暫くして運転手らしきオジサンが来たので30元を渡して。オジサンは次々に他の人のを集金し続ける。・・・あれ?(・_・;ここで、兄ちゃんと目が合う。「お金払いました?30元」 と兄ちゃんが私に聞く。「払いました。…あの、切符とか領収書とか、ないんですか?」「ないよ。お金渡すだけでいい。」「そうですか~…」そーなんだ・・・領収書なしか。そして出発。中の様子はこんなんでした。荷物で一杯でしょ。座席が前方と後方にあって、真ん中は荷物置き場。日本のリムジンみたいに、バスの下に荷物を入れるボックスはないよう。席がない人はキャリーの上に座ったり、地面に座ったり。一度他の乗り場の客を拾う為に停車して、10分くらいで着いたかな?さあ、いよいよ初高鉄(台湾新幹線)!つづく。 ↑よろしければ上記バナー3つ、クリックしてやって下さい…バスの中の兄ちゃん。荷物を運ぶのを手伝ってくれたり質問に答えてくれたからてっきりバス関係の人かと思ったら、彼も乗客でした。さすが台湾ですね。次回は高鉄の切符買うんですが、ちょっとドジしたような~(汗)。扉ページ←「ホーム」をクリック!で【今日の 小日記 (何それ、と言わないで^^;)】やってます。私の日常の小ネタをチョコチョコ載せてます。そちらも是非!
2008/01/23
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出張時には何かしら忘れ物をするのが恒例(?)の私です。案の定しっかり忘れ物はしたのですが、忘れ物のみならず、大ボケ連発・・・(ーー;* * * * * * * * * * * * * * * * *1)服装今回は台湾という事で気温差があるものですからスーツは秋物で、コートは冬物と秋物を用意。家を出る時にはババシャツ&パッチのゴールデンコンビ、ダウンにマフラー、手袋、毛糸の帽子。・・・いずこへ!?(°Д °;) みたいな格好で颯爽と出ましたが、世間はそこまでの重装備はしておらず(汗)汗かくし恥ずかしかった・・・道中帽子を脱いでマフラー外して。空港に着いて、即トイレで秋用コートに着替えました。。2)落し物出境時にイミグレに並んでいる時。職員の方が、私のフルネームを呼んでいます。「はい?」「落とされてましたので」-職員、私の搭乗券を差し出す。「あ~落ちてましたか!アハハ!すみませ~ん♪^▽^」「いえ」-職員、去る。-私の後ろに並んでいる人達、クスクス笑う。・・・・・・よく考えたら。搭乗券ないと、飛行機乗れないわ(!!)3)忘れ物やっぱり、やってしまいました(T▽T)クレンジングクリーム(化粧落とし)忘れた。ボディソープで代用しました(代用にならないのですが(-。-;)4)恥ずかしい事初めての訪問先。ミーティング終わってTAXI乗って、ホッと一息。ふと下を見るとズボンのファスナー(いわゆる社会の窓)が全開でした!(°▽ °;)* * * * * * * * * * * * * * * * * * *細かいのを入れると、一回では終わらないので割愛しますが(空港バスに乗るのに、乗り場と逆方向に歩いていたとか⇒いつまでも到着しないので気づいた。仕様書を間違って持ってきたとか、かさばる手土産を買いすぎて荷物が異常に多くなったとか…etc)さすがに今回は、自分で自分に呆れました。。(ノ_・。)・・・とまあ、大ボケでスタートした台湾出張でしたがそれ以上に興味深い発見も数々。主には■御対面結果・・・「ご対面のプレッシャー(汗)」の続き■高鉄(台湾新幹線)■TAXIの運ちゃんと■中レキでまた感激になります。つづく。 ↑よろしければ上記バナー3つ、クリックしてやって下さい…物忘れと大ボケが段々ひどくなっている・・・病気でしょうか??(~~;。扉ページ←「ホーム」をクリック!で【今日の 小日記 (何それ、と言わないで^^;)】やってます。私の日常の小ネタをチョコチョコ載せてます。そちらも是非!
2008/01/22
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3月下旬に、ちょっと大陸行きたいな~と思って。江蘇の台湾人の知り合いに「その頃ヒマ?遊びに行ってもいい?」と軽くメールをした所申し訳ない。3月下旬は台湾にいる、また22日は台湾総統選挙日だ。今回の選挙は絶対に投票するつもりだ。台湾の前途を決める重要な選挙だから。大陸の台商会(台湾商工会)からも団体帰国して投票する。その位、重要視されている。だから、実際不好意思(本当に申し訳ない)。と、重いメールが返ってきました。。。こんなに真剣に訴えられて「実際不好意思」なんて書かれると「ヒマ?♪」なんてメールした自分がア ホ のように思えました(-。-;一方、今日私は。外出時に、選挙カーで移動中の橋下徹弁護士を見ました。(遠目に)大阪府知事選ですね。道行く人は有名人だから気になるから振り返っては見るけれども恥ずかしいから何気ない振りしてスカしてる・・・みたいな反応でした。(私も)*1月27日投開票総統選と知事選の違いがあるとは言え、温度差を感じる・・・。(大阪府も、のっぴきならない状況です)投票率、どのくらいになるのでしょう? 投票には、いつも行ってますが・・・誰がなっても大した変化がなくて、空しいです。扉ページ←「ホーム」をクリック!で【今日の 小日記 (何それ、と言わないで^^;)】やってます。私の日常の小ネタをチョコチョコ載せてます。そちらも是非!
2008/01/17
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近々台湾出張に行く事になりまして、アポ取りをしておりました。そのウチの一件。取引はないけれど、メールだけやり取りしているお客さん。最初は、ある商品の売込みでこちらから連絡。無反応やら断りのメールの中で、一件だけ反応が変わっていた。「あなたは日本人なの?どうやって中国語勉強したの?僕は日本語を勉強したいと思っています。そうだ!僕の日本語の先生になってよ!」・・・え?(~~;)結局値段が高い、との事で取引は成立せず。その後も2つくらい見積もり依頼が来て、でもやっぱり値段で採用されず。でも、面白メール(?)みたいなのを月に2回くらい定期的に発信してくれていました。(ヒマなのか!?)今回、訪問したい旨を伝えると「没問題(問題ないよ)!僕は絶対ミーティングに参加するよ。台湾は来た事あるの?分からない事があったら言ってね。僕は年末、東京に行ったよ。気候も良かったな~」おお!案の定歓迎モード(嬉)訪問日時を連絡すると:「夜は時間あるの?僕がガイドになるから街をブラブラしようよ!だってあなたは僕の日本語の先生だから、これは地元の者の礼儀。」ほお、いい反応だな( ̄ー ̄)そして、私の調子いい返事:「夜は時間あるよ。嬉しい、ガイドになってくれるの?じゃあ日本語勉強しながらブラブラしようね!」さあ、どう来るかな?「じゃあ、台湾に着いたらどうやって連絡取ろうか?それかホテルの住所やTELを教えてくれたら迎えに行くよ。僕の携帯NOは*****もし会社で連絡つかなかったら、携帯に電話して。僕、これから頑張って日本語勉強するよ。そしたら日本に遊びに行っても便利だし。あ~良かった、こんないい機会が出来て」・・・張り切ってる?(汗)恐らく、私の事を20代のピチピチだと想像しまくってる気がする。。変なプレッシャーが・・・(--; 要・若作り・・・?う~ん(ーー;今回は新幹線(高鉄)に乗る予定です。扉ページ←「ホーム」をクリック!で【今日の 小日記 (何それ、と言わないで^^;)】やってます。私の日常の小ネタをチョコチョコ載せてます。そちらも是非!
2008/01/15
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「アコさんに食べさせたい美味しいモノを贈ります」と台湾朋友から、また頂きモノです。先ずはお菓子・・・緑豆小月餅とパイナップルケーキ。 私と母と姪1号が1個ずつ食べました。<感想>私・・・パイナップルケーキは、いつもの味。 緑豆小月餅は初めて。餡が黄色。思ったよりアッサリ。母・・・緑豆小月餅。「思った甘さじゃない」と首を傾げながら食す。姪1号・・・緑豆小月餅。「美味しいよ!でも結構ボリュームあるな~」もう1種類は:冷凍食品。イカの・・・?調べたら、イカ(のすり身?)フライのようです。これ台湾でよくあるオカズらしいですね。まだ頂いていませんが・・・オッ、これも「礼物(リーウー)」です!贈り物って、相手の気持ちが伝わりますね。何を選んだ、とかね。セレクトにオリジナリティがあると「へぇ~」って感じ。でも、海外から冷凍食品って・・・初めて。朋友の気合を感じます^^;よっぽど美味しいんでしょうね!* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *さて、問題は:いつ食べ終わるのか?ロウソンの時にも御紹介したように外国(ほぼ中国か台湾)の食べ物、ウチはなかなか減りません。お菓子は本日、母が近所に配り始めました(--;本当に有り難いし、美味しいんですけど。「食べないと・・・!」と思えば思うほど、食欲が出ないんです(悩)胸が一杯で? それと・・・年齢!?(汗) 雰囲気もあるでしょうね…現地で食べると美味しく食べられるんでしょうけど。日本だと食べ慣れたモノが他に沢山あるしね…。最近、続いています。有り難い限り・・・が、食べ切れない自分が悲しいです(TT)扉ページ←「ホーム」をクリック!で【今日の 小日記 (何それ、と言わないで^^;)】やってます。私の日常の小ネタをチョコチョコ載せてます。そちらも是非!
2008/01/13
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今回は大昔に行った「中国流処世術」を紹介しました。これを今と比較して、どうなのか?という所を少し。大昔はまだまだ良いモノがない時代ですし、皆給与も低かったのでショボイ飴やタバコごときで、あんなミラクルが起こったと思いますが。今だったらどうなんでしょうね。高価という事を伝えたいのであれば、無難に「中華」タバコとか洋酒「山崎」とか相手が価値が分かりやすいのが良いのではないかと。若しくは「MADE IN JAPAN」を明記してある電化製品とか。関係役人を、外国へ観光に御招待…とか大金使っている所もありますが(ウチの会社の大陸客)、あんまりやりすぎても相手の感覚が麻痺するし、ただ足元見られるような気がしますけどね、キリがないし。(実際、何回もイジめられて、その度に金使ってる)ある大陸での経営の長い台湾企業は、儲かってても目立たないように質素に経営しているので一度も妙な事をされた事がない、と言っていたし。* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *江蘇の会社は貧乏(悲しい^^;)でしたから、出来る範囲でやってました。中秋節に月餅券渡したり、旧暦の忘年会に招待したりね。(役所の人にこんな事するのは勿論、規定違反です!!)手続き関係は真面目にやっていたので、多少難癖つけられても大きな問題になる事はなかったです。変にコネに頼った時は、頼んだ相手がショボイ人脈しかなかったので逆に失敗しました。(でもその相手は地元の有力者から紹介されたので断れなかったんです)それ以来、「一人部屋」の時のような「ミラクル」を期待するのは止めにしました。それよりも個人的な「人間関係」を築く方がずっと堅い。役所に出入りしていると、その内に顔見知りになって、役人が携帯番号教えてくれたり家に呼んでくれたりしたので、そういう好意は有り難く受けて個人的な「朋友」関係をコツコツと作っていました。「個人対個人」になると義理堅い人が多いですから、詳しく指導してもらったり、ちょっとした事も助けてもらいました。その代わり、こちらも頼まれ事を受けますけど。「日本に帰った時に●●買ってきてくれる?」とか。金はかけられないけど手間と時間なら惜しまず、そんなやり取りを何回かするウチに持ちつ持たれつの「好朋友」です。下手に金にモノを言わせるより、こんな付き合いの人の方がよっぽど役に立ちました。* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *逆に自分が何か貰う立場になる事も多かったですが…これ、結構プレッシャーですよ。頼まれた事が出来ないと「私のメンツが潰れる」事になりますから^^;だから頼まれた事は自分の事以上に一生懸命やりました。みんな、こんな心理でやってるのかしら…?と思いながら。* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *こんなんで世間が回っている「かの国」です。日本から見れば「変」ですが、これがないと物事が進まない、これが「かの国」の現実です。ただ、一人、印象深い人がいましてね。一人部屋の話の舞台はF大ですが、私は、その後K大に転校しました。最初「二人部屋」に入れられた私がやった事は「部屋決めババア」探し。探し当てた後、日本のスーパーで買った「カステラ」渡して、ほどなく「一人部屋」貰いました。この時に学生課の主任にも「礼物」渡したんですよ、何か世話になるかも、と思ったので。王老師という、30歳くらいの若い女性主任だったんですが。私が「どうぞヨロシクお願いします^^」と渡したら真剣な顔をして、「…あなた、どこでこんな事覚えたの?」ドキッとしました、見透かされているようで。適当に誤魔化したら、結局彼女は受け取ったんですが。今まで渡した中で、あんな反応をしたのは彼女一人だけでした。今、どんな先生になっているのかな、って思います。これにて完結!お読み頂き、有難うございました。 お勧めしているワケではないので^^;何かの参考にして頂ければ。扉ページ←「ホーム」をクリック!で【今日の 小日記 (何それ、と言わないで^^;)】やってます。私の日常の小ネタをチョコチョコ載せてます。そちらも是非!
2008/01/09
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その日は土曜日でしたね。朝8時半に部屋のスピーカー(ドアの上に設置してる)で呼び出しが。「アコー、アコー、カウンターまで来なさい!」全くの命令形。訳そうと思えば「カウンターまで、来い!!!」とも訳せます。留学生寮には敷地の入り口に服務台(フーウータイ)なるサービスのかけらも感じられないカウンターがありまして。学校が生徒に用事があれば、先ずここから呼び出しを受け。身分不詳の偉そうな職員から屈辱的とも言える高飛車な指示を受ける、という…まあ、そこに呼び出されました。「アコ、来ましたけど。」とカウンターで名乗ると職員は「引越し」 無表情で一言。(・・) ←私「・・・引越し?」「3号楼301」「・・・え?」「老師のお陰だよ、あんた感謝しな!(小声)」職員が目配せした私の後方を振り向くと…部屋決めババア・・・ではなく?色黒の眼光鋭い小柄なオバチャンが一人、立っていました。ダレ・・・?(~。~; (取り敢えず会釈)この人って、服務台の側を時々ウロウロしてるオバチャン…?え・・・?じゃあ、部屋決めババアは?え・・・???(汗)カウンターの職員が続けます。「部屋代は1日10ドル」10ドル・・・!?(@@;; *当時900円くらいだったかな?「たか~い!!^^;;」今まで1日に3ドルだったんで、思わず言っちゃたんですよね。他にも6ドルの一人部屋あったし。そしたら職員は「甘く見るんじゃないよ!大変な事なのに!嫌なら止めな!!!!(▼皿▼メ)」ブチ切れ。・・どーして、普通に話ができないんだろーか ( ̄・ ̄;)←私そう思いつつも、・・・対不起(申し訳ありません) m(_ _;)m謝りましたよ。ここで一人部屋取り上げられると、何してたか分からないから(涙)私がサインをしたら、「老師」と呼ばれた話をした事もないオバチャンがニッコニコで肩を組んできまして(汗)「アコ~、3階のさ、南向き!私、あんたにイッチバンいい部屋あげたんだから!」と、はしゃぐ。「はい、どうも・・・(・・;」 ←もう言いなりそして二人、肩を組んだまま、歩いて部屋まで行きました(汗)老師がカギを開けて、中も見せ。中はTV・クーラー・ユニットバス・ベッド付きで、狭いけどホテルの部屋みたいで、2人部屋とは全然違う造りでした。「いい部屋だろ~」「これからは、十分勉強できるだろ~」口調がやたら恩着せがましかったです(--;そして私は「非常感謝!!!」を数え切れないくらい言ってヘコヘコでお辞儀して、作り笑顔で何回も握手しました。その日は丁度、一人部屋申請者の選抜発表の日だったらしく私が自分の部屋に戻る頃に、他の留学生達が呼び出されて服務台に走って行っていました。私は、一番に呼ばれたって事でした。* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *まあ何かよく分からないうちに一人部屋を取る事が出来まして。メッチャしようもないモノだったのに?それに、私が「礼物」を渡したのは部屋決めババアだし?でも本当は小柄なオバチャンが一番権限を握ってたみたいで?部屋決めババアは口ぞえ役だったって事?最後の結末が、あまりにも予想外だったので狐につままれたようで、ワケが分かりませんでしたが。とにかく「礼物」の威力を思い知った、中国処世術初体験でした。つづく。 次回は、その後の実行状況と、今この処世術を振り返って思う事、です。扉ページ←「ホーム」をクリック!で【今日の 小日記 (何それ、と言わないで^^;)】やってます。私の日常の小ネタをチョコチョコ載せてます。そちらも是非!
2008/01/08
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立ち位置は・・・廊下の柱の陰。行政科のドアから少しだけ離れた所。さっき窓から行政科の中の様子を伺ったら、男の先生と二人で中にいたので外で待っている事にしたのです。季節的には、1月下旬でした。この時期の上海は底冷えして寒いんですよね・・・ババア、早く出て来い~足踏みしながら念じていました。20分ほどで、誰かが出てくる気配がしたので柱の陰から覗いてみると・・・ババアでした!!私の念が通じたか?それともババアが、冷えたのか?どっちにしろ、私は出陣です。・・・イ ケ 、 ワ タ シ!!!* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *本当は顔も見たくないババアですが、目一杯の笑顔を作りました。「老師、NIN好!(先生、こんにちは!) ^▽^;;」突如、柱の陰から現れた私に、ババアは一瞬「ギョッ」としたようでしたが「ニーハオ」普通に挨拶を返しました。ここで私は「あの~(←ここは日本語)這是我従日本帯来的糖果和煙。(これは私が日本から持ってきた飴とタバコです) 請笑納(ご笑納下さい!)^▽^;;」イキナリ言ってしまいました。一瞬 『単刀直入すぎたか??(汗)』と焦ったのですが。・・・しかし、ババアの反応は。紙袋と私の顔を一往復して、口元がほころび、「NI自己吃ロ巴(自分で食べなさいよ)」柔らかい口調で返してきました。断ってる・・・??(~~;しかし。ババアは、その場を去る気配はありません。私の出方を伺っているようです。ババア、どういう事か分かってるって事か…・・・ならば「不用客気(遠慮しないで)。這是我的好意(私の好意です)」エッちゃんの言う通り、粘るだけです。ババアは今度は壁にもたれ、もう一度「NI自己吃ロ巴(自分で食べなさいよ)」と手で払う仕草をして言ってから、上目遣いで私を見ました。あと、もう一押しかぁ…?「没関係的、不用客気。(大丈夫です、遠慮しないで) 小意思(ほんの気持ちです) 這只是我的好意(私の好意なだけで) 因為我的父母親也很担心我…(私の両親も心配しているから) 這是日本式的礼貌(これは日本式の礼儀です) 請笑納(ご笑納下さい)」最後は全くのデタラメも混じえて畳みかけ、とにかく「笑納」「笑納」と、紙袋を差し出し続けるとババアが嬉しいような困ったような顔で終(つい)に、ユックリ手を出し始めたので「 請 笑 納 !(ご笑納下さい)」・・・受け取った!!!私は 「謝謝~^▽^;;」と・・・小走りに去りました。とにかく渡す事ばかりを考えていたので、自分の名前も言わなかった事に後で気付きましたが。この時はもう、無事に渡せただけで、他の事はどうでも良くなっていました。ただホントに三回目で受け取ったわ(驚)ほぼ、エッちゃんの言った通りになった事は、とても印象に残りました。* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *この後1週間ほど、後ろめたい気持ちと緊張感が続いていましたが、行政科からは何の連絡もなく。2週間ほど経って、自分でも渡した事すら忘れかけた頃。劇的な変化が起きました。つづく。 それは、本当に突然の変化でした。扉ページ←「ホーム」をクリック!で【今日の 小日記 (何それ、と言わないで^^;)】やってます。私の日常の小ネタをチョコチョコ載せてます。そちらも是非!
2008/01/08
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老同学のアドバイスに基づき、送礼物(贈り物をする)を次の作戦にした私。日本製のモノがベスト(と言われた)荷物の中から何とか探し出した、贈り物にできそうなモノ・・・■ 京都産の飴・・・小2袋■ タバコ・・・3箱まだ封を開けていないから、何とか渡せるけど・・・こんな、しょうもないモンで大丈夫なんだろうか?(メチャ不安)飴も日本のスーパーで売ってたヤツだし、合計1,000円くらいやわ(汗)でも、どの程度効果があるか分からないし、張り込んで全然役に立たなかったら腹立つし。・・・これでいこか取り合えず!アカンかったら金だ、金!(←ヤケ)そこへ上海人と日本人のハーフのエッちゃんが「アコさん、どうなった?」 と部屋へ。私は、結局贈り物にした、内容はお菓子とタバコ、と伝えました。エッちゃんはアッサリと 「いいんじゃない?お金はちょっと露骨かもね」私 「あっ!丁度良かった、どうやって渡すか教えてよ!」エ 「いいよ!」* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *エッちゃん 「先ずさ、部屋決めババアが一人の時に渡す!」私 「・・・一人の時?(~~)」エ 「これって、ホントはイケナイ事だからね、 ババアは他の人がいたら絶対受け取らないよ」私 「ふ~ん、分かった、一人の時ね」エ 「それで・・・(考)・・・2回は断るはず!」私 「へぇ~?」エ 「自分で食べな、とか何とか言って断るよ」私 「ふんふん」エ 「でも、粘って!3回目は受け取ると思うから」私 「3回目…とにかく粘ればいいよね?」エ 「そうそう、チンシアオナァ(*請笑納)!って」*ご笑納下さい私 「え・・・練習していい? こうやって(エッちゃんに向き合う) ラオシー、ニンハオ!(先生、こんにちは!) ^▽^; ・・・んで、何か適当に話して最後に、 (エッちゃんに何か渡す素振りで) 『請 笑 納!^▽^』 ・・・これでいい?(~~;」エ 「OK、OK♪」私 「よし!有難うエッちゃん、ちょっと分かったかも~♪ 私、頑張るよ!!」* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *エッちゃんが部屋を出てから。私はお菓子とタバコを、ちょっとカワイイ紙袋に入れました。・・・モノは用意した。渡し方も教えてもらった。うまくいくかな?(汗)・・・ワカラン、やってみないと。経験のない事、増してや中国での・・・ウ~、なんかお腹痛い・・・ ><私は、暫く椅子に座って。心臓がドキドキするのを感じながら、手元の紙袋をジッと見つめていましたが、「・・・行くか!」と声を出して立ち上がり、行政科へ向かいました。つづく。 ここまで来たらもう・・・やるしかない!!扉ページ←「ホーム」をクリック!で【今日の 小日記 (何それ、と言わないで^^;)】やってます。私の日常の小ネタをチョコチョコ載せてます。そちらも是非!
2008/01/07
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沖縄出身の蛇味線弾きとは一体・・・(~~;丁度、その人の部屋で飲み会(酒盛り?)があったので陽子ちゃんに連れて行ってもらいました。その人は沖縄の人らしく、彫が深くてハンサムでした。初めましての挨拶と自己紹介で。「アコちゃん?俺は知花って言うの♪^^」感じもいい。そして、ニコッと手を差し出す。握手かぁ~・・・(驚)中国では挨拶は「握手」ですから当然と言えば当然ですが。日本人相手の私にも極めて自然に握手だったので。さすが在学5年のラオトン、中国ナイズされてるな…陽気で、何故か会話がヒップホップ調。「いつ来たの?(ヨッ♪)中国どう?(ヘイ♪)よろしくね(イエー♪)」みたいな。一言話す度に身振り手振りがつく、やたらノリのいい人でした。一時間くらい経ってご機嫌の知花さんに誰かが声を掛けて蛇味線と歌も始まり。い、い、い、今か・・・!?と思ったので、「一人部屋問題」を陽子ちゃんに出してもらいました。「相談って?(ヨッ♪)どうしたの?(ヘイ♪)」知花さんは、またポーズを取りながら質問してくれたのですが、私が状況を話すに連れ、知花さんは段々真面目な表情になって最後は考え込んだように黙って私の話を聞いていたのですが…「アコちゃん・・・(ヨッ♪は、もうなし)」「はい(真剣)」持っていたウイスキーのグラスをタン!と机に置いて「こりゃ~リーウーだよ!」と顔を上げて断言しました。先程までのニコヤカさは、ありません。「リーウーですか・・・!?」やはり、それか・・・(~~;私も知花さんの目を見つめ返しました。リーウーとは、「礼物」の中国語読みで「プレゼント」の意味です。知花さんは「問題解決には贈り物だ」と言ったのです。う~ん・・・(悩)迷い顔の私に知花さんは続けます。こんな話があってね。数年前に、北京留学してた日本人のカップルが上海旅行に来て、ここの寮に泊まろうと夜にやってきたんだよ。寮の管理人の爺さんは「部屋はない」って断った。そしたらさ、その男の方が「お前、今履いてるパンスト脱げ!」って彼女に言って彼女はパンストを脱いだんだよ。そんで、そのパンストを爺さんに「これは日本製のパンストです。どうぞ受け取ってください」って言ったら、爺さんが空いてる部屋に泊めたんだよね。。。・・・ここでは権限持ってる者が絶対的に強いんだよ。権限持っていない者には、権利はない。権利は権限を持ってる者から「与えて」もらうんだ。与えてもらうには、ここ流の「礼儀」で気持ちを伝えないと。オカシイけど、それが今の中国だから。何となく理解は出来ました。「どんなモノをプレゼントすればいいんですか?」「大きなケーキ買って渡したヤツもいるし…まあでも日本製のモノがベストかな。」「日本製・・・いいの、あったかな?(~~;」「要はハートだから、何でもいいんだよ。」ここ流の「礼儀」・・・それだったら何とか納得できるかな。日本人がお辞儀して「お願いします」って言う代わりに、プレゼントすると思えばいいよね!お金よりマイルドやし。無理矢理の理屈でしたが、何とか自分を納得させて、この方法に決めました。つづく。 高校を卒業してすぐに中国留学している老同(ラオトン)は、若くから中国にいたからか考え方や行動が日本人から見ると一風変わった人が多かったです。面白かったですけど。ところで。方針は決まりました。次は、何をあげるか?どうあげるか? です。扉ページ←「ホーム」をクリック!で【今日の 小日記 (何それ、と言わないで^^;)】やってます。私の日常の小ネタをチョコチョコ載せてます。そちらも是非!
2008/01/06
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白石さんにも突き放されてしまい、私はガッカリ。この他の方法なんて・・・(困)私は諦めきれず寮の公衆電話(そんな時代です)から白石さんに電話をしました。「行政科の人はもう怖くて、マトモに話が出来る相手じゃないんです!!」そう切々と訴える私の話を白石さんは黙って聞いていましたが。「もう少し頑張ってみて。それでもダメなら何とかしますから」「はぁ・・・」結局、再度「自力で加油(ガンバレ)♪」の声援をもらいました(T▽T)働けよォ~白石ィ~、サービスしてくれよ~・・・(心の叫び)白石さんの対応や部屋決めババアの態度に、私はどうして良いやら分からず。取り合えずできる事はグチるだけ。いつもの井戸端会議で、苦境を日本人留学生仲間に訴えました。この時にグチったのは部屋が近所の3人。■陽子ちゃん・・・私と同じ年、関東人。■久美ちゃん・・・高校卒業後、本科生目指して語学研修中、関東人。■エッちゃん・・・高校卒業後、本科生目指して語学研修中、四国人。エッちゃんは少し変り種で、上海人と日本人のハーフでした。日本で育っていましたが上海語ができる、そしてマンダリンを勉強中。陽子ちゃんと久美ちゃんは、「大変だね~」と相槌は打ちますがどうすれば良いかのアイデアは出ず。「ふんふん」と一番熱心に話を聞いていたエッちゃんは「お金渡しちゃえば?^▽^ 2~300元くらい」と明るくアドバイス。私と陽子ちゃん、久美ちゃんの3人は「お金ねぇ~(~~;(~~;(~~;」陽子ちゃんと二人になってから「いいとか悪いじゃなくて、エッちゃんは、やっぱり感覚が違うよね。サラッと「お金渡せば?」って言葉が出たもんね(驚)でもさ、日本じゃ有り得ないじゃない?寮の一人部屋が欲しいから先生にお金渡して便宜図ってもらうなんてさ?イケルかもしれないけど、やっぱり私、抵抗があるのよね。こんなさ~、一人部屋欲しいくらいで、お金まで渡さないとならんのかね?」エッちゃんが18歳とまだ若くて、自身の経験に基づいて言っているのではなさそうな気がしたのもあるし、お金は露骨すぎて却って危ないのでは?という危惧もありで・・・イマイチ納得がいかず。すると陽子ちゃんが「・・・老同(ラオトン)に相談してみる?私、何人か知ってるから」「あ~~~ラオトンね~」ラオトンとは、「老同学(ラオトンシュエ)」の事で古い学生、長くいる学生の意味で呼ばれていました。ちなみに、新入生は「新同学(シントンシュエ)」です。当時F大には在学5年以上の「老同学」が15人ほどいました。(当時最長は在学8年の人がいました)彼らは先ず語学留学を2年ほどして、HSK6級以上を取得してから本科で勉強している人達。彼らは何故か全員、一人部屋に住んでいる。(?)あの人達に、相談してみるのもいいかも!?でも老同学は授業も違うので日常接触がないし、聞いた話では個性がキツイ。ある意味「主(ぬし)」的存在。。不気味で怖そう~(汗)でも、このままじゃラチがあかない。陽子ちゃんが「ちょっとクセがあるけど、いい人だよ~。」と勧める人が1人いました。陽子ちゃんは調子がいい所があるので「ちょっとクセがあるけど」は恐らく「かなりクセがあるけど」のマイルド形なんだろうとは薄々気付きながら他に相談できるような相手もいないので、彼女の勧めに従い・・・沖縄出身の、ジャミセンを弾くと言う、老同学に相談する事にしました。つづく。 機嫌が良いとジャミセンを弾きだす、という噂の老同(ラオトン)でした。*ジャミセンは、本来沖縄では三線(サンシン)と呼ばれ、ジャミセン(又はジャビセン)は本土での俗称だそうです。扉ページ←「ホーム」をクリック!で【今日の 小日記 (何それ、と言わないで^^;)】やってます。私の日常の小ネタをチョコチョコ載せてます。そちらも是非!
2008/01/05
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行政科の態度は非常に頑(かたく)なで、取り付く島もありません。そちらのお力で学校に働きかけて頂けないでしょうか?こんなヘルプの手紙(そんな時代です)を書いた相手は。留学センターの担当者でした。名を白石さん(仮名)と言います。これまた中国長期留学経験者の人で「何かあったら何でも相談して下さい」と言っていたので、私は相談したワケです。留学前も不安一杯だったので、よく東京まで白石さんに電話してました。学校の先輩に、「中国の飛行機は他所の国の飛行機の払い下げで非常扉をガムテープで補強している」等と言われていたので。(冗談?)「中国系の航空会社で大丈夫ですか?飛行機は、○ちないでしょうか??(汗)」等という質問をしていました^^;白石さんは、中国に対して知識が豊富でちょっと変わっていたと言うか、欲がないと言うか、マイペースと言うか、サービス業には向いてないんじゃない?って感じの人だったのですが。そういうノンビリした感じに、学校の先輩的なニオイを感じたので私はF大の留学状況を面白おかしく手紙に書いて報告していました。(元々こんな話を書くのが好きでした)白石さんの返事も気さくで「詳しい報告有難うございます。今後の資料になります。ところで、アコ小姐はどんな音楽を聴きますか?僕は留学中、キャンディーズの曲をギターでよく弾いていました」という返事をくれたりして。キャンディーズ・・・?(~。~;;この返事はかなり印象深かったですね。ともかくヘルプの手紙を出して10日後。白石さんから返事が届きました。内容は、「それは大変ですね。分かりました、すぐに学校側に働きかけます!」・・・ではなく。「中国留学はスタートしたばかりです。最初からこんな事では、中国生活を乗り切れませんよ。自力で頑張って下さい」という返事でした。え~~~~~!?!?!?(゜▽ ゜;;;頼みの綱は、ブッツリ切られました(^^;白石め~~~!!(涙)つづく。今はどうなのか分かりませんが、1994年当時は個人で留学するには「日中**協会」や「日中****」と名のつく留学を斡旋する会社を通すのが普通でした。私が依頼した団体の斡旋費用は約3万円くらいだったと思います。これは斡旋費用のみです。学費や寮費、生活費は自腹で。後に同じような留学斡旋の会社で少しバイトしましたが、そこの社長の話によると最初の長期留学斡旋を始めた非営利団体が3万円という相場を作ってしまったので後続の企業も皆、その相場にせざるを得ない状況になった。故に「長期留学の斡旋では儲けが出ず、短期間で丸抱えの費用を取れる短期留学で利益を出さないと~!!」と、そこの社長はいつも言っていました。 白石さんの手紙はショックでした(--;でも今思えば白石さんも敢えて突き放した…かもしれませんね。扉ページ←「ホーム」をクリック!で【今日の 小日記 (何それ、と言わないで^^;)】やってます。私の日常の小ネタをチョコチョコ載せてます。そちらも是非!
2008/01/04
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部屋決めババアは「一人部屋申請書」を平身低頭で差し出す私から無言で受け取ると、すぐに「パサッ」と机のスミに置きました。そして再び机に向かう…・・・( ̄△ ̄;)アレ・・?「あの~…(汗)」「・・・・(無視)」「あの~?(汗)」「・・・・(無視)」もう一人の男の先生が気の毒そうに私を見る視線が痛い。。(ノ_・。) 「あの・・・!」ババア、面倒臭そうに振り向く。「・・・いつくらいに一人部屋に移れるんでしょうか?」部屋決めババアは、憎々しげ(そう見える)に私を見て、「不知道!(知らん!)」と一喝。・・・こっのババア~~~!!(▼皿▼メ)(怒)怒髪天級でムカつきましたが、怒っちゃいかん、怒っちゃ…(疲)グッとこらえ。「教えてもらえないでしょうか?私も本当に困っていて…^^;;」作り笑いの私をよそ目にババアは立ち上がり、紙の束をバァ~ン!と、机に叩きつけました。「こんなに申請が出ているのに、いつ順番が回ってくるかなんて、分かるわけないでしょ!」15センチはある紙の束…何これ・・・?(汗)パラパラとめくる。何と、それらは他の留学生達の「一人部屋申請書」でした。うわっ、私の同屋(スウェーデン人)も出してる!!(ちょっとショック)「・・・こんなに沢山の人が?」「そうよ、だからいつになるか不知道(ワカラン)なのよ!」・・・・・( ̄Д ̄|||) ガーン部屋決めババアの剣幕に圧倒され、希望者の多さに驚き、一人部屋は、不可能なのか・・・?そして同時に・・・何でこの人、こんな偉そうなの!?私、今まで赤の他人から、こんなに憎々しげな顔された事ない・・・悲しくて、大粒の涙が落ちました。さすがに男の先生は深刻な表情で椅子から立ち上がり、私とババアの顔を交互に見る・・・(でも、この人は何も出来ない様子)ババア、気まずい表情・・・しか~し!「とにかく今は分からない!行きなさい!」と、冷たく言い放ち。背を向けて、机に向かってしまいました。「分かりました・・・ウウッ。宜しくお願いします」私は、弱々しくお辞儀をし、ヨロヨロと行政科を後にして・・・・・・部屋に戻った後。チッ・・・泣き落としもババアには通じない・・・(~~。どうすっかな~!!(悩)・・・・・・・・・・・・・・・!!あの人に頼むか(!)困った事があれば、いつでも連絡しろって言ってたし…私は、ある人へ手紙を書き始めました。行政科の態度は非常に頑(かたく)なで、取り付く島もありません。そちらのお力で学校に働きかけて頂けないでしょうか?「え~住所は、どこだっけ?あ、東京だったな・・・」さて、手紙の相手とは?つづく。 やはり、そんな簡単に行きません。ならば、次の作戦です・・・扉ページ←「ホーム」をクリック!で【今日の 小日記 (何それ、と言わないで^^;)】やってます。私の日常の小ネタをチョコチョコ載せてます。そちらも是非!
2008/01/03
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先に書いた「ルームメイトは***人」の続きがホッタラカシになっていましたので続きを書きたいと思います。何せ1994年、古い話なんですが。ようやく留学生活に慣れた私が、生まれて初めて「中国流処世術(よくあるヤツ)」を実行した記念すべき出来事ですので、是非紹介を。* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *時代は、まだネットがなく、電話とFAXで物事を行っている頃。また中国では携帯電話は「大歌大」と呼ばれる高級品で、庶民はBP機(ポケベル)を通信手段にしていた頃。上海初の高架道路(内環線)が通り、東方明珠塔とヤオハンが丁度出来た頃かな。チェンマネ屋もあちこちにいて、混沌としていながら経済発展の兆しに人民がチャンスを掴もうとギラギラしたエネルギーに満ち溢れていた、あの頃。留学生は交流中心に居住する規定がありまして。外に住むのは原則禁止。そんな状況下、私はルームメイトとうまく行かず一人部屋を要望。・・・しかし!ここは中国、そうは問屋が卸しません。数々の壁にぶち当たって最後に行き着いた方法とは…そして、その効果の程は如何に…?* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *スウェーデン人の同屋(ルームメイト)が出来て喜んでいたのもつかの間、性格の問題や共通項がなさすぎる事に早々に同居を解消する事を決意した私。新たなルームメイトを見つける手もありましたが、「もう気楽な一人がいいや」と一人部屋を希望しました。異文化ストレスもあり、ホッとできる空間が欲しかったのです。そこで・・・(1)行政科に相談外国人交流中心(つまり寮)には行政科や学生課の事務所がありましたが、部屋の割り振りなど日常生活に関する事は行政科の管轄でした。噂では「部屋決めババア」と言うアダ名の女の先生がいて、かなり手強いとの事。昼休みによく寮の中庭でバレーボールをしている40前くらいのオバハンパーマに、目のギョロっとした女性だと聞かされ。確かに手強そうな・・・(~~;とは思ったものの、取り合えず相談に行くのが筋だろうと。ドアの前で作り笑いを作ってから、部屋をノック。丁度、部屋決めババアはいて。作り笑いで用件を告げると、無表情で「申請書持ってきなさい!」と一言。「あ、あの、御相談したいんですが…?」と話しかける私に「書面でないと受け付けない!」と怒鳴りつけ、後は無視。あまりの剣幕に言葉をなくして、仕方なく行政科を出ました。廊下を歩きながら何だ、あの態度は!?えっらそ~に!!(怒)相当、頭に来ていたのですがしゃあない、それが中国…(疲)グッと我慢して「一人部屋申請書」なるものを書く。ルームメイトとうまくいかず、勉強も手につきません。上海に来てから既に5キロも痩せてしまいました。私の両親も大変心配しておりまして、先生方のお力添えを是非是非お願い致します。。我ながら・・・クサイ!!(笑)と思いましたが、なりふり構っていられません。切々と辛い心情をペラペラの原稿用紙(そんなのしか売っていない)にウソ混じりで、オーバー目に訴え。いい出来だ(ニヤリ)それを握って、再び行政科へ。さて、ババアの反応や如何に・・・つづく。 多分、これが最初の特定の中国人との闘いだったと思います…扉ページ←「ホーム」をクリック!で【今日の 小日記 (何それ、と言わないで^^;)】やってます。私の日常の小ネタをチョコチョコ載せてます。そちらも是非!
2008/01/02
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皆様、あけましておめでとうございます。振り返れば、昨年の仕事は前半出張が多くて忙しかったですが、後半は割合マッタリした1年でした。問題が起こっても、それは全部解決できたので、まあ良かったです。ところで我が家は毎年母がおせち料理を作っていたのですがもう人数も3人だし、平均年齢も高いので皆食べないわでとうとう今年はおせち料理を「買う」事にしたようです。冷蔵庫に箱が入っていたから「何だろな?」とは思っていたのですが・・・一応、桐の箱で。 ←こういうマークです。一段ですけど。こんな中身でした。左から和・洋・中です。さすがに、なかなかの食材と洗練されたお味でした。母曰く「生協で頼んで12,000円」と言っておりまして。恐らく来年からは色んな所のおせち料理を買う事になりそうです・・・食べ比べを楽しみにするようですね。* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *ところでですね。一昨年の年末には、ウチは空き巣に入られまして。今年は外出時にもコウコウと電気をつけたりと注意しておりました。実は・・・・我が家は毎年年末には、何かしらハプニングが起こるのです(!)父が酔って転んで額から流血したり。弟が原チャリで転んで前歯を折ったり。父が酔って転んで食器棚のガラスに突っ込んだり。父が・・・と圧倒的に父が「酔って・・・」というパターンでして、母と私も大いに父の飲みすぎに警戒していたのですが。12月31日も午後5時を過ぎ、今年はもう何もないのかな~・・・・・・と思いきや!やはりハプニング発生!!ダレが??何を??・・・私。階段落ち^^;何年振りに落ちたかな~(遠い目)「あっ!」と思ったら、空中をダイブしていました ^▽^;;途中、手すりを握ったので、勢いで一回転しました。空中一回転なんて仮面ライダーかアタックNO.1か体操選手か、そんなイメージですがまさか自分も空中一回転できるなんて!(派手派手)^^;*実際は一人「背負い投げ」のイメージ。うまく受身をしたので頭や顔は無事でしたが、青アザが少々でき、そして足の親指が、ちょっと折れました^^;少し腫れているだけで、痛くも何ともないので、固定だけしてます。すぐ治るでしょう。病院の受付のオジサンが「今年は2月に一度来られていますね。ま~1年の締めくくりにワザワザ来られなくても・・・」と苦笑気味だったので「ええ、私もお世話になるつもりは全くなかったのですが^^;」と返しておきました。* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *まあ、こんな感じ(も~どんな感じぃ~?)で年は明けました。手負いの状態ですが、今年の抱負なんぞ考えてみました。「 実 行 」昨年は状況が良くなかったので様子見が多くて、もう大分ウズウズしていますから、とにかくこちらから仕掛けるつもりです。仕事にしても昨年種まきしたものが今年は芽を吹く予定ですし。機は熟していると思いますので。ブログでは、途中で止まっている上海留学時の思い出話や大昔の広州→杭州の旅行記、駐在中の大家とのバトルや困った従業員ネタかな~…その他、面白い事があれば身辺状況をお伝えするつもりです。階段落ちもなんのその、私にとっては自虐ネタの一つでしかありません。気合入っていますので、皆様、本年も宜しくお願い致します!! 本当に痛くも何ともなく、折れているのも自覚ないくらいですのでご心配なく。ま、でも、何てマヌケな締めくくり^^;しかし厄落としには十分、今年は、その分良い年になるはずです!!扉ページ←「ホーム」をクリック!で【今日の 小日記 (何それ、と言わないで^^;)】やってます。私の日常の小ネタをチョコチョコ載せてます。そちらも是非!
2008/01/01
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