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雨降りの日の決まり文句「生憎のお天気で・・」あれが昔っからどうも気に食わない。わたしは雨のことを疎ましく思ったことも憂鬱になったことも無い。雨大好き。雨の日は心が和む。朝起きて雨音が聴こえると得した気分になる。今日、所用で出かけた際に持ち前の驚異的な方向音痴を発揮して、目的地にたどり着くまで町中を1時間以上彷徨っていたおかげで、服もブーツも中までびしょびしょになったがそれでもなんら不快に感じなかった。雨の中迷子になってる状況が客観的にみて愉快で不憫でアホらしくて、むしろ、傘などささずにそのまま歩きたい衝動に駆られるくらい良い気分だった。ただ、実行してしまうとその姿を見た人に、レイープされて放心状態でずぶ濡れになりながら町を徘徊する可哀想な子だと勘違いされるといけないので、空気を読んで自重した。わたしのようにおてんとう様が苦手な人間にとって雨の日は味方だ。冬に日傘は目立つのでどうしても憚られるが、雨ならば堂々と傘をさして歩けるのがいい。植物に、動物に、田畑に、命の源をとどけ、この世の不浄なるものをすべて洗い流してくれる、天の恵であり、天然の浄化装置である雨。澄み切った空気を肺いっぱいに吸い込むと体内のさまざまな淀みまでリセットされる気がする。鼻腔を通る優しい冷たさに、こころが癒される。薄暗さゆえ、まだ午後三時だというのに街頭が灯されるのも、非日常の趣を感じて胸が躍る。だいたい!空から水が降ってくること自体、おもしろすぎるだろう。単純にそれだけでわくわくする。空から水が降られては、社会生活上なんやかんやと不都合が生じることが多いのは事実だが、わたしは、それでも雨=「ぐずついた」or「あいにく」or「残念な」お天気などど簡単にくちにして欲しくないと思うし、そういう表現が当然のように定着している事の方が個人的にはよっぽど「残念」なのである。雨を悪者にしたらかわいそうだ。雨のせいで家が流されたとか崩壊したとか大事な人が命落としたとか人生が狂ったとか、生活が立ち行かなくなったとか.....そういう甚大な被害に見舞われたことがある人にだけ、許される表現ってことにしたらいいのにさ。わたしにとっては、晴れの日も、曇りの日も雨の日も、雪の日も、台風の日も・・・ぜんぶぜんぶ良い天気そう思える感性を持っていてヨカッタと心底思う♪これも天がわたしに授けてくれた恵じゃわいの!!
2009.01.30
無意識のうちにイバラの道へイバラの道へと進むタイプの人間がいる。人生で穏やかな状況が続くと、顕在意識では幸せに感じていても、もっと心の深いところで退屈してしまい、無意識のうちに、自ら不幸をつくり出したり、トラブルを招きよせるタイプの人というのがいる。周りの人間に「よせばいいのに、なんでわざわざそっち行くかな‥」なんてヒヤヒヤさせる感じの。経験則から言っても運命傾向的にみても、私はまさしくこのタイプである。波乱万丈。天国か地獄かの二者択一しかない人生。それが宿命。安定した平穏な日々を送ることを心から望んではいるが同時に、安穏とした日々とひきかえに失ってしまう感覚があることを本能的に恐れている。それは、向上心とか感謝の念とか、あるいは「こころの痛覚」といったもの。想う力、感じる力である。ぬるま湯に浸かったままだと感性が鈍る。起伏の無いハイキングコースをのんびり歩くのと、猛吹雪のチョモランマに登頂するのとでは得るものも喜びも桁が違い、そもそも「得るもの」の質自体違ってくる。だから、より多くのことを感じ、学ぶためにあえて平穏を打ち砕くような出来事を自ら招きよせて波乱のドラマを創り出す。ほとんどの場合本人も無自覚なまま、自然発生的に事が起こるので、「なんでこんなことになるのか....」などど、己の不遇を嘆くのだが、実は、自分が深い部分で望んだからそうなっただけ。だったりするのである。まあ、そうは言ってもなんせ無自覚なのだから、大抵の人はすぐにその事実を受け入れられやしないのだが。自覚して一応納得している私でさえ、つらいものはつらいしコントロールも難しいのだ。運命の謎が解けたところで、辛いものは辛い。苦しいものは苦しい。嫌なものは嫌。もしも「5分後に転んで怪我をする」と予言できたとろで、現実転べば、ただ普通に痛いのである。私の場合、そこにS的な性質も加味されている分、余計タチが悪い。「究極のS」は「究極のM」にも成り得る。何故なら、加虐心の矛先を自分自身に向けてしまうから。。人生、血反吐吐くほど戦ってなんぼだ!!!血反吐を!もっと俺に血反吐を吐かせろ...!!!! そんな気分。心がそう叫ぶのである。なのに、実際血にはめっちゃ弱いとか。ちょっとでも血を見ると血の気が引いて気分が悪くなるとか。....そういうのは内緒だ。ああ、そういえば、子供の頃やってたリカちゃん遊び。やたらとリカちゃんを苦難に遭わせる展開ばかりしていたが、あれは、後々の人生の暗示だったのかもしれない。三つ子の魂百までというけれど、人生に対する姿勢や思想の基となるものがそのころ既に、おぼろげながらも私の中に存在していたのだろう。うっわ、こえーーーー・・・・なにこの「持って生まれたシナリオからは逃げられないよ」的な、「人は自分で予想した以上の未来(現実)は創れないよ」的なのっぴきならないこの感じ。
2009.01.26
保育園のころ、リカちゃん遊びをよくしていた。お友達とかわりばんこに話の進行の主導権を握るルールなのだが、お友達がメインのときだと、たいてい「ご飯が出来ましたよ♪」とか「パーティーに行くからドレスを買いに行くの♪」とかそういうセリフしか言わないのでつまらない。ならば話が広がるようにと、車という素敵アイテムを出してあげるのだが、やっぱり「この車かっこいいね!」とか「ドライブに行こうよ。」みたいなありきたりなセリフしか出てこない。「(いや、ここはリカちゃんが 交通事故に遭うことにした方がおもしろいのに‥)」なんて内心ものすごく思うのだけど、主導権はあっちなので言わない。ちゃんと空気を読む子なのであった。けど本音は私からしてみたら、なんのドラマ性も超展開も無いリカちゃん遊びなんて、ひどく退屈なのである。なので私のターンがくると、がぜんテンションが上がる。セリフもほんとんど私がお友達に割り振って進行する。ある日突然、書き置き残してリカちゃんの母親が失踪し、歳の離れた妹(赤ん坊)の面倒を一人で見る羽目になったり、自分と家族に血の繋がりがないと知ってショックのあまり、リカちゃんは非行に走るも、紆余曲折のすえ最後には母の涙に心を動かされて更生したり。ファミレスのセットを舞台にすれば、店に強盗が押し入り、バイト中のリカちゃんを人質に立て篭もるが、リカちゃん決死の説得によって犯人は自首、で。無事事件解決。だったり、経営難でこの店を閉じなくてはならないかも‥と告白する母に、「だって、このお店はママの夢だったんでしょ!?なのに簡単にあきらめたらダメよ!!私たちできっと守って見せるから!!!!」・・・・とかなんとか、リカちゃんがこれまた涙ながらに訴えるのである。あと、親の死に目に間に合えない、人気女優のリカちゃんの話とか。親友に恋人を盗られ人間不信に陥るが葛藤の末、笑って二人の幸福を祝うリカちゃんの話とか。なんかそういうシチュエーションの。リカちゃん遊び。これって、珍しいのか、誰でもみんなやることなのか、未だによくわからない。
2009.01.21

羞恥、疑問、反発、葛藤、そして決意。4歳児の内面で繰り広げられたこの世の不条理との戦い。+++「かんぷまさつ」はだいじなこと。からだをつよくするためだから、これはいいことなの。はだかになるのはちょっとはずかしいけど。。せんせいたちならまだへいき。いつもみられてるからもうなれた。でも、たくさんの、しらないひとたちのまえではだかんぼうになっておっぱいみられるのはいや。すっごくすっごくすっごくいや。わたしおんなのこなのに、こんなはずかしいことをなんでしないといけないのかな?おかあさんはこどもだからへいきっていってたけどわたしちっともへいきじゃないよ?へいきじゃないのに、へいきってかってにきめるのはおかしいよ。でも、やらないといけないんだ。だって、わたしはまだ「こども」だから。「こども」は「おとな」にいわれたことはやらないといけない。どんなにいやでもはずかしくてもおとなのひとのほうがまちがってるとおもっても「よのなか」にはやらないといけないことがあるんだ。やるからにはがんばろう。せんせいが、げんきよくね!ていうからげんきよくやろう。タオルでこすって、おおきなこえで「イッチ・ニ!イッチ・ニ!!」はずかしいけどはずかしくないふりをしてへいきなかおでがんばらなくちゃ。+++「みんながぁ、いつも元気に乾布摩擦をがんばってる姿をッ☆ いい機会だから、お父さんお母さんにも見てもらいましょうね~♪」的なことなのだろう、この演目を運動会のプログラムに加えた目的は。幼児の情緒面での発達状況として、4歳児ならばまだ、衆人環視の中で裸体を晒すことに羞恥など感じるわけがないという認識なのだろうか。他の子たちはなにも感じなかったのだろうか。こんなこと考えてたのわたしだけだったのかな。当時は、運動会を見に来た客たちがこちらの葛藤をよそに「まあまあ、みんなはだかんぼうさん^^ 元気ね~♪こどもらしくていいわ~♪可愛いわ~♪^^」とかなんとか歓声をあげながらニヤケた顔でじろじろ見てくるのが、屈辱で悔しくてたまらなかったのであった。大人になった今なら、微笑ましい光景に自然と笑顔になっていた父兄側の気持ちもわかるのだが。未来、タイムマシンがお手ごろ価格で発売されたら、当時のわたしに会いに行って、「わかるよ。他の大人たちは気づかないかもしれないけど、 わたしは○○ちゃんの気持ちわかってるからね。 我慢してよくがんばった。えらいね」と言ってあげよう。誰にも気持ちを理解されない孤独の中でそれでもけなげに頑張った彼女の心の氷が少しは溶解されるだろう。こどもは、おとなが思っているほど「子供」じゃないのである。たのしいみんなの運動会での乾布摩擦という、「子ども風の子元気な子アピール」的な演目の最中、人の世の無情や厳しさについて想いを巡らしている子もいるのだ。・・・かなり稀なケースかもしれないが。こどもの感性をナメてかからない方がいい。当時の写真。固く結んだ口元から不本意と忍耐がにじみ出ている。
2009.01.16
瞼が痙攣している。左目の。もう何日もおさまらない。この、症状が出たのは、いつ以来か。かなり久しぶりだ。一般的に小児期に発症しやすいとされ、緊張や不安など極度のストレスによって誘発されるチック症の症状のひとつである。子供の頃は年中なんかしらのチックの症状が出ていた。まぶたの痙攣の他にも、まばたきを異常にパチパチする癖とか、口を無意味に開けたり歪めたりするとか、鼻を鳴らしたりとか。成長するにつれて現われなくなっていった症状であるがここ何週間か、幼少期の記憶が次々浮上してきている事に加え、先日の、母の嫌がらせ行為による精神的ダメージがスイッチとなり、記憶とともに眠っていたチック症まで蘇ったということなのだろうか・・?母登場の精神的ストレスは過食モードにもスイッチを入れた。ここ数日は食べまくりまつりであった。昨日など、起きている間中、ひたすら何か口に入れていた。買いだめしておいた大量の海苔を、気がつけば3時間も食べ続けていた。野菜も果物も炭水化物も、いつもなら気を配るはずの食べ合わせや食べる順序や時間帯のルールを一切無視して、ただひたすら欲するままに貪り食って胃にぶち込んでいた。いくら食べても食べても、満腹感や充足感は得られない。体の飢餓のためでなく、心の飢餓を埋めるための、明らかに間違った食べ方。異常なまでの食欲。でも、まあ、それも昨日まで。おかげで、ストレスさんは大分発散されたらしい。代償に脂肪という名のお土産を残して去って行った。予期せぬトラブルが続いて、大分調子を狂わされたが、今日からは戦闘モードに戻して規律正しく生活いたします。そうすれば、瞼の痙攣も自然におさまってくれるだろう。
2009.01.14

「ぽじお。」「ぽーじーお~~~。」「おいコラ、もげお。」「水だ。飲め。さあ飲め。今すぐ飲め。ありがたく飲め。」「ぽじお、ちょっと来な。」「邪魔だ。来るな。」「あっちいけ、外でも眺めてろ。」「近い。うざい。」「なんだ。気安く触るな。」「お前、ぶつよ。」「捨てるよ。」「ほんっと馬鹿だな。」日常的に我が家を飛び交っている言葉。怒っていようがいまいが、一事が万事、うちではこんな調子。ぽじおも心得ていて、こんな言い方をされても不必要に怯えない。私が怒っていなければ、叩かれたとしても、逃げようとはしない。逆に、怒っているときは、静かに名前を呼んだだけでも脱兎のごとく逃げていく。甘さ皆無の、物切れな言葉(と声)の裏に隠れた、感情の微妙なニュアンスを瞬時に察知するようだ。怒りモードか通常モードか。はたまたご機嫌なのか。。きっと他人が聞いたらどれも同じ、半分キレ気味調の「おいコラぽじお。」にしか聞こえないだろうが。ねがみも今じゃずいぶんと慣れたものである。ねがみに対しては、ぽじお程はぞんざいに扱わないが、時折気まぐれで唐突に背中を「バチバチバチ!」と連続殴打をしてやる。なぜそんなことをするかと言えば、理由はひとつ。リアクションが可愛いから。体を縮めてきゅっと目をつむり、されるがままに叩かれているのだが、手を止めて顔を覗きこむと、その顔がカワオモしろい。なんというか、、「腑に落ちない」といった顔をする。「・・・・なに。今の。痛いんですけど。」「なんで叩かれた?わたし。」「はぁ。もう、やんなっちゃうなあ。」とでも言いたげな、あ然、ぼう然、憮然、放心、困惑の気持が入り混じったようなきょとんとした微妙な顔をして私を見る。「やれやれ・・・」みたいなまるで人間のような表情を浮かべるのである。それでも決して怖がることはなく、その場から逃げようとも隠れしようともしない。悪意も敵意も、まして危害を加えようという気などまったくないのが、わかるからこそなのだろう。信頼関係の成せる業か。それにしても意図を説明されなくてもちゃんと「わかる」のだから凄い。動物は言語に惑わされず、相手の心の色が読み取れる素晴らしい能力を持っている。人間は言語を有するがゆえに、それに囚われすぎて、ともすると皮相的な見方で人を判断していまいがちだ。声のトーンだの、言い回しだの、表情だの、態度だのだけに気をとられていると、かえって本当の心の色は視えてこない。彼らに倣って、五感だけでは感じ取れない領域にこそ存在する、相手の「真意」や「本質」を見抜く能力を磨いていきたいものである。
2009.01.11
非常に不愉快である。ヒト科・ヒト属・ヒト種に属する生物の一固体であるY子。これは、わたしの生物学上の母親にあたる者だが、相変わらずの浅はかさ・思慮の浅さ・学習能力の無さには呆れるを通り越して哀れみすら覚えるほどである。なにやら新手の嫌がらせを始めたようだ。彼女の足りない脳では気遣いのつもりらしいが、わたしにとっては、安眠を妨害されたうえに過度のストレスを与えられて情緒を掻き乱されるのだから嫌がらせ以外の何ものでもない。労わらなければならない虚弱な胃腸の調子が益々悪化する。キリキリと胃痛がする。おそらく、胃から出血しているだろう。今後も同じことが繰り返される様なら、鍵の交換を考えねばなるまい。この次勝手に侵入しようとすれば、通報も辞さない。本当に必要なとき、目の前の課題と真剣に取り組まずに、夫と子供に背を向け、「家庭」という最も重要な生活の基盤を、健全に維持する努力を怠った君が今更、、家族ごっこ・親子ごっこをしようとしても遅いのだよ。今やわたしは、彼女に対しては、憤怒と侮蔑の感情しかない。かつて、彼女が私に対してそうであったように。声を聞くだけ、姿を見るだけで嫌悪が身体中を走る。彼女の遺伝子を引き継いでいるという抗えない事実を思い出すたび、自分という存在を抹消したくなる。ここ数日、過去の忌々しい記憶が滲み出し、寝ても覚めても過去の幻影に苛まれる日々が続いていた。それらを振り払うのに大変苦慮していたが、なんとか自分の中で折り合いをつけて制御した。無理が祟って、崩していた身体の調子もようやく戻り、いざ!また新たに前進だ!・・・・というときに、現実でまで現われてこられては、ほとほと気が滅入る。わたしはいま、そんな無駄なことにエネルギーを消費している場合ではないのだ。
2009.01.09

自分の限界を知らなさ過ぎるのだろうか?せっかくいいこと思いついて、気分も盛り上がっていたのに、今朝また倒れてしまった。体調が回復しないので、仕方なく今日は昼間はずっと横になっていた。やるべきことは山済みで、寝てる暇なんて無いのに。。昼間寝てしまうと生活のリズムが狂って夜寝られなくなるのに。。なんか出鼻をくじかれた気分になって凹んだ。11月には生きる気力が無さ過ぎて満足に食べていなかったので栄養失調と貧血と心労で倒れた。今回は、生きることに必死になり過ぎて頑張りすぎて体に負担掛かり過ぎて倒れた。なんだかんだで結局倒れているような。。。ほどほどってもんを知らない性格が災いしているのだろう。いや、そもそも精神と肉体の強度の差がひど過ぎる。鋼で出来た不屈の精神と吹けば飛ぶ紙細工並の体。あのこれ、明らかにソフトとハードで規格間違いだと思うんですけど、どこにクレームつけたらいいですかね?・床でうんこをしてはグーパンチされるぽじお。・クリスマスに布団でしっこしてこっぴどく叱られて、 ついにロフト絶対禁止令出されたぽじお。・そして布団も暖房も無い和室で独り寝る羽目になったぽじお。・呼んでも長に無視されるぽじお。・歩行の邪魔だと足げにされるポジお。・それでもなにかと長にひっついてくるぽじお。・ご飯はたいがい、ねがみの後。たまに自分の分を忘れられるぽじお。・今年も知らぬ間に爪が同時に2本もげていたポジお。・寝顔がマヌケなぽじお。・ぽじおがしたうんこを埋めてあげようとする優しいねがみ。・ポジおが中に居るときに和室の扉が閉まっていると 戸口の前にじっと座って中を気にしている優しいねがみ。・背伸びしてふすまのノブ的な部分に手を伸ばして開けようと試みる賢いねがみ。・「ポジが出られないみたいだよ~」と長に教えに来る優しいねがみ。・毎朝、下とロフトを何往復もして組を代表して長を起こしに来るねがみ。・ビニールを美味しそうに食べては気持ち悪くなって吐く癖のある味覚のオカシイねがみ。・寝てても起きてても可愛い顔が崩れないねがみ。この先どうなるかわからないけれど、ここに、こんな小さな幸せがあったこと。 それだけは確かだ。
2009.01.06

自分の中の「陰と陽」「ポジティブ&ネガティブ」特に「無気力・怠惰・せっかち属性」と「努力・勤勉属性」との、相反する両極端な性質のバランスをとる方法についてこれまでずっと模索してきたが、ついさっき新しいアイディアを二つ思いついた。一つは以前からやっていたものを応用したものだが、これまでのやり方よりもずっと、良い意味で未来に干渉できる建設的な方法だと思う。さっそく今日から初めて、様子を見てみようと思う。もう一つは、思考を移植するパターンの応用。よくある高次の自分にコントロールを任せる方法だと私の場合はうまくいかなかったので、第三者の思考形態をトレースするやり方に切り替えてみることにした。対象となる第三者を○○さんにすれば、私の具現化した世界と、○○さんの中にあるビジョンを一致させてベクトルを同一方向に向けさせるのにも役立つはず。どちらの方法も使いこなせれば、継続させることにより、前進するのにネックとなる性質を抑え、長所を最大限に発揮させ、良い流れを作り出す有効なテクニックになるだろう。行く道が大きな岩で塞がれて、進むのが困難ならば、岩の反対側からもこちらに向かって掘り進めればその分早く道は貫通する。昨日たくさん泣いて、絶望して、考えて、またいいこと思いついちゃった。やっぱ、俺、追い詰められた方が伸びるタイプ。------------------------------------------------------------うちの陰さんと陽さんは元気だ。
2009.01.05
もういやだもういやだもういやだ。ものすごいタイミングで、狙ってるとしか思えないものを投下するのやめてください。保育園児以来はじめて声を出して泣きました。わたしはいつも泣くときは声を出さない。生きてきて泣かなかった日なんて人生の半分も無い位毎日毎日泣いてるけど、どこでも、どんな時でも、絶対に誰にも聞こえないように、独りで声を噛み殺して泣くのが癖。号泣して涙がどんなに大量にこぼれても、音は鼻水すする音くらいしか絶対に出さない。嗚咽なんて意地でも漏らさない。幼い頃、わーわー泣けば泣くほど「うるさい!泣くな!!」と言って、また余計に殴られるだけだった。身を守るために私は人前で泣くことを止めた。生理現象として涙腺の決壊は止めようが無いとしても泣き声だけは発してはいけない。たとえ周りに誰も居ないときでも。いつの間にか、そうするのが当たり前になった。そんな私が、さっき、、声をあげて泣きました。もうやめて、もうやめて、もうやめて、もうやめて!!!!!!ありえない。なにこの小説みたいな展開。感情が揺さぶられ過ぎて息が苦しいよ。泣きすぎて頭痛がする。吐きそうだ。もういいです。わかりました。なんか全部分かりました。明らかに運命のでっかい波がやって来てる。巨人の足音みたいな轟音が聞こえる。望みはあと一つだけ叶えばいい。やっと見つけた鏡の自分。私の半身である他人。魂の双子明日から氏神様にお百度参りをすることに決めた。叶うのならなんだってする。支払う代償はなに?寿命でも捧げたらいいですか?命一個分で足りないのなら、来世の分まで掛けてやるよ。
2009.01.04
DNAだか初期設定だか後天的だか先天性だか体質だか知らないが、頼むから、お願いだから、これ以上、私の邪魔をするな.............!!!!!!!!精神を鍛えるためにそういう設定になってるのは分かってる。だけど、もう、十分だろう?これ以上、心ばかり強くしてどうしろと?ここは三次元。肉体という物質を用いて、時間と空間の壁を越えなければ何も表現できない。魂の輝きだけで存在を証明できる便利な世界じゃねえんだよ!!!!!!!!!!!!!これ以上、どんな対価を払えば望むものを手にする権利が与えられる?自由? 愛? 時間?既に不自由な生活強いられているじゃないか。今まで生きてきて味わえた愛情はスズメの涙ほどだ。時間だって恐ろしいほど削ってじっと耐えてきた。もういいだろう。いったい何をさせたいんだよ。意味わかんねーよ。絆の在りかを思わせぶりにチラつかせておいて、そこに至る道を塞ぐような真似を何故いつもする?隘路だってかまわない。とっくに覚悟は出来ている。だから、せめて、道を塞ぐのだけは止めてくれないか。
2009.01.04
早く寝たいので箇条書き。(ここでしか言えません。色々とストレス溜まんだよ...)-----------------------------------------------------・「人を愛したい」とか調子いいこと言って 結局は自分が癒されたいだけの甘ちゃん軟弱男。 じめじめといつまでも傷を舐め合って依存し合うことと 精神的に自立した者同士、助け合って生きることとは 根本的に違うってことを覚えて出直しな。-----------------------------------------------------・なんでも人に聞けば答えをもらえると思ってる 自分で考える頭の無い教えてチャン。 少しは自分で調べるとか勉強するとかして、 自分の行き先くらい自力で決めたらいいんじゃない? 人のアドバイス待つより、その方が早いし確実だよ。 お金も浮くよ? その分自分磨きの資金にするほうが有効な使い道じゃない??-----------------------------------------------------・人の表層しか見られずに、 言葉の裏の真意や強がる態度の奥底に潜んだ 不安や寂しさをキャッチする感性が無いだけのくせに、 クールだのドライだの、知った風な顔して一方的にレッテル貼りやがる 薄っぺらかげろう野郎。 そんなんで、お前の好みだって言う 「クールビューティー系な女」の本音が掴めるとでも思ってんの? 笑わせんな。百万年はやいんじゃボケが。-----------------------------------------------------・頼って依存して独りで妄想膨らまして、 勝手に盛り上がってたのはテメーの癖に、 こっちから突き放されたら、悔し紛れに 「貴女を救ってあげられなくて残念。。」とか 意味不明の血迷ったことをほざきやがる、40overの両刀女。 脳みそにウジ沸いてんじゃねーの? 言っとくが私は「生まれたときから女」だし、 女同士で乳くり合う趣味も持っちゃいねーよ!!! 腐った妄想で俺を汚すんじゃねえ。キモイんだよ!! だいたい、自分が誰かを「救う」とか思ってる時点で傲慢もいいとこ。 他人に他人は絶対に救えねーよ。 どうすればいいかの答え知ってるのは本人だけ。 一番の理解者も救世主も、ちゃんと自分の中に居るだろ。 他人が出来ることがあるとすれば、 迷ってる人間の背中を、ほんのちょっと押してやることと いつでも傍に居るってことを示して、安心させてやることくらいだろ。 そんな基本的なことも分かってねー癖に俺に説教すんな、糞が! -----------------------------------------------------俺の世界にこういう奴らみたいな類の人間はいらないから。「賢くて真面目で、心のひだが多くて繊細で愛情深くて、 しかも骨のある強くてかっこいいい人間」しか興味ないから。二度と寄ってくんな!!バーカ。あーーーーすっきりした♪ 寝よ寝よ♪あ、そうだ。この後、自己主張し過ぎの毛細血管と誤作動起こしてる免疫システムたちとミーティングだ。嵐は去ったんだから、いい加減おちつけお前ら。って言ってやらねばな。夢の中で。
2009.01.02
問題の一つが改善の兆しを見せ始めました。思いのほか順調です。まだ完璧ではないので少しも気が抜けない現状ではありますが。このまま良好な状態を維持できるように努めつつ、今日から同時進行で別件の問題解決にとりかかります。人間、寿命なんて短い方がいいのかもしれません。時間があると思うからついつい甘えが出てしまう。現代の人たちより人生50年だった頃の人たちの方がずっとずっと、与えられた時間を大切にしてだろうし、生きるということに対して貪欲で丁寧で濃い人生送っていたんじゃないかな。。あと3ヶ月だけ必死で生きると決めて、今実感しているのは、この「くっ..!俺にはもう後が無い...!!」的な断崖絶壁を背にしての必死の攻防みたいな感じ。長きにわたる闘いで、既にこちらは大きなダメージを受けている。相手は超絶に強敵で、しかも多勢に無勢。明らかに劣勢状態。勝てる可能性は限りなくゼロに近い。相当プレッシャーだしすごく苦しいはずなのに、どこかそんな状況をわくわく楽しんでる自分もいます。やっぱ基本、戦闘民族なんでしょうね。女子なのでそこはちょっと認めたくない気もするけど。・怠惰な努力家・クール&ドライな人情派・平和主義の戦闘民族我ながら、極端な性質を併せ持つおもしろいキャラ設定して生まれてきたものだと思います。1/90日がもうすぐ終わります。3月31日が終わる、その瞬間までにいくつ奇跡を起こせるでしょうか。
2009.01.01
新年に抱負を。。なんて柄ではないのだが、「一年の計は元旦にあり」というわけで2009年一発目の日記に、今年の目標...的なことを書いてみる。小3のとき「他人に対し、言語を介して 自分の内的世界を理解させようなどど試みたところで、 徒労に帰するだけ・・・」と悟ってからは伝わりもしない言葉を吐くことに虚無感を覚え、しだいに声を発するという行為すら嫌になり、事務的な伝達事項以外のあらゆる個人的な感情表現を抑制するようになってしまった私だが、今年...少なくとも〔3月31日〕までは出来得る限り(伝わる伝わらないは別として)「個人的な想い」を言葉に変換して、積極的に感情を解放する方向でいこうと考えている。
2009.01.01
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