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2021.04.14
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テーマ: 史跡巡り(781)
カテゴリ: ・大牟田の史跡
三川抗跡に来ました。





三川坑は、昭和15(1940)年に開坑した三池炭鉱の最先端技術が集結された坑口です.2つの坑口は第一斜坑(主に揚炭)、第二斜坑(主に人員昇降)共に幅6.06m、高さ3.35mのアーチ型で、長さ2km以上という規模の大きさから、特に「大斜坑」と呼ばれました。平成元(1989)年に有明坑と併合され一坑体制となり、平成9(1997)年の閉山の日まで三池炭鉱最後の坑口として活躍しました。現在、第一斜坑は閉坑され更地になっていますが、第二斜坑坑口が一部保存され、その他、守衛室、脱衣場、浴場、安全灯室などの各種建物が残っています。また、三川坑は戦後昭和天皇のご入坑や、三池争議、三川鉱炭じん爆発事故など、炭鉱の光と陰の両面を物語る坑口として三池炭鉱の歴史上、貴重な施設です。





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最終更新日  2021.04.14 00:00:19
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