とりあえず乗ってみた

とりあえず乗ってみた

2026.05.20
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テーマ: 鉄道(26593)
カテゴリ: 鉄道関連の雑記

↑端っこ駅到達歴がまた一つ増えた気がする








後編となる九州での様子。

概ね乗車記録の流れ通りだが、枕崎までの流れなどはこっちに追加。




4月30日(木)
博多から36ぷらす3で熊本→熊本から新幹線で鹿児島中央→東横にイン(チェックインだけ)→鹿児島中央から指宿のたまて箱で指宿→指宿から枕崎→枕崎から鹿児島中央へ戻る→就寝

↑学マス鹿児島にも来てて草


↑しかし目的はアイドルではなくでんちゃ






最近狙わなくてもアニメ・ゲーム系のコラボとは遭遇する事が多く鹿児島にも貼ってあった。








↑みどりの窓口はあるが指宿のたまて箱最終便が行くと直ぐ閉じてしまうくらい営業時間が短い。







それはさておき色々乗り継いで指宿に。

指宿のみどりの窓口には寝台券と企画乗車券って文字が窓に印字されていたのが年季があってなんかじわるわね。

んで、ここから先にある枕崎を脈絡もなく目指す。







↑ポケモンだけじゃなく期間限定でマリオも来ていたから任天堂まみれな駅になってた



↑奇跡的にこの三匹は駅近場






列車の流れは乗車記録に書いたので割愛。

指宿には14時前についたが17時まで枕崎行き列車が来ないため時間潰しが課題に。

バスがあると言ってもあくまでローカル。

この時間だと物凄く遠くには行けないし、翌日更に悪化したが松江城や砂丘での足場の悪さから来た足負荷がこの頃から来てて筋肉痛が酷い。

指宿がポケモン推してるし金銀世代だったので、飯食った後は近くにあるイーブイと金銀で進化した二匹だけ見て残りはベンチ待機。







↑駅前に足湯があった。筋肉痛を癒すべく時間もあったしそこそこ長く利用。






足湯がすげぇ効いた。

以前由布院でも駅前足湯に浸かった事を思い出したが、状況はかなり対称的。







↑世代とノリが明らかに今のαとかZっぽくない椅子の年季入った落書き。





筋肉痛が酷いので引き返す事も考えたが粘る事にし、無事枕崎行きへ。

まだ平日だった事もあり思った以上に枕崎線には子どもが多い。

逞しいなと思いながらも、こうした通勤タイミングだった事も幸いして枕崎行きは二両編成(トイレ付き)

枕崎線は土日などは一両編成でトイレ無かったりするらしい。









↑JR日本最南端の駅、西大山駅。たびら平戸口同様、九州の端駅は道中にあるらしい。







枕崎線は本州最南端の路線。

そして日本最南端駅が西大山駅。

枕崎行き以外でこの駅に行く手段が無いので、残念ながら寄る事は出来ず車内から撮影だけ。

薩摩富士を拝みながら少しずつ線路の終わりに進みつつある枕崎線。








↑最後の方は誰乗ってんだ?って状態(俺乗ってる)


↑ん?


↑お?


↑南端で見たFUKUSHIMA






殆ど誰も乗ってないからつり革広告とかブラっと眺めていたら面白いものを発見。

それは福島DCの広告だった。

この時は鹿児島にいたが数週間前は福島にいたという自己満。

さらっとは書いたが現地に居た時一番感動したかも知れない。



ただの広告なのにだぞ????



雰囲気的にJR東がやってるっぽい広告だが福島県自体がやってる。

そうして揺れる車内に心揺さぶれるみたいに運ばれ無事に枕崎へ到着。








↑駅舎は南端路線の終点らしい雰囲気がある。




↑案内所は開いてるが時間外。自転車などを使えば大和戦没者慰霊のある平和祈念展望台へ行ける。







案内所はエキタグの為に開けてくれてるらしい(当然取得した)

で、枕崎は他端エリアより沿線全体が熱心なのか要所要所の活気はありそう。

時刻表も終点への直通考えたら水郡線とか磐越東線はもっと酷かったりするため、熱意がある程度反映されていると思う。

というか18時台に来ても鹿児島の方へ戻れるの何気に凄い。








↑カツオが名産の枕崎。







周辺には駅前にスーパーなどがあり、枕崎駅も待合室として設備が良いため最果てのゲームマップ感は王者北海道に譲る。

というか普通に港町。











↑百均などもある大型スーパーがある。






枕崎到着後は多少周辺見たりはしたが大人しく折り返し列車を待った。

列車の本数は少ないがほっともっとや複合型スーパーがあったりして、想像より枕崎の雰囲気は明るい。

カツオが有名らしいからスーパーで地元カツオ売ってないかなーと思ったんだけど、時間帯が遅いため売り切れ。






↑枕崎まで来てやったことはコーラ買っただけ。物流拠点から離れると微妙に高くなる傾向があるがこの店は若干安い。例えばコーラのこのサイズなら関東圏だと安くて116~130円台が主流。



↑飲食店あんまなさそうだから晩にとっとくかーと思って温存してしまった。九州だがたまたま涼しかったから出来た業なので非推奨






指宿のたまて箱で限定駅弁を買っていたため、ここで食うことに。

去年の長崎より寒かったから出来た。

普段の九州の気候なら危険なため注意。

にぎり飯アソートなので駅舎に匂いが残る事はない。

誰もいない駅舎でなんか海の神様相当のオブジェクトに見下ろされながら黙々たまて箱を開けて食う。






乙姫「弱男さま!開けてはなりませぬ!」

俺「うるせぇ!!日持ち(し)ねぇんだわ」









↑中身説明。鹿児島由来の品を色々使ってるらしい。一応信用するが。






味は無難な駅弁でした。







↑折り返し列車が来るまで立派だが何とも言い難い駅舎内で過ごす。







たまて箱を開けなれば浦島太郎はいつまでも若さを保ったみたいな説があるらしい。

一方で不老不死は創作のテーマだと必ずしもプラスに書かれるとは限らず、内向的なキモヲタを釣るアニメ群は不老不死を否定的に書く傾向がある。

全く関係ないが異世界なろう小説とFukushima50で氷河期世代から定評があったサブカルのパイオニア、角川は今年減益してしまったらしい。

大企業奈良適当にやってても円の価値下がってるから表面的に金額が増えるこの状況で減益はえ、ショックに違いない。絵だけに。














現実の人間はいつか死ぬ。

いくら生きようがくたばるときには子持ちだろうが金持ちクソ政治家商人だろうがクソカルト信者だろうが生きてた頃の事なんか何一つ持ってはいけない。

それこそ私もこうやって脈絡なく枕崎まで来た事とか、これまでの乗り鉄模様なんてものも私が死んだ後は無だろう。

だからこそ形あるものを残そうみたいな言い方もあるが、黒電話からスマホ、磁気きっぷもQRやICカードクレカに変わってく中で残り手渡されたモノだけで何とかしよう位の価値観しか若いくせに持てなかったら、どのみち長くはない。

誰かの為にではなく、まずは自分でしかない。

これは自己中云々以前に、自分の為に何かしようと出来ない奴に他人の事なんか何も出来ない。

子どものためとか言って糞のたまった当時の為政者達が、若いから若いからと当時流すか放置し、可愛げもなくキモい年頃になったら切り捨てられた末路こそネットの膿みたくなった氷河期の多数だ。



「東北は大変でしたねでも私達も大変だったんです」



私も高校時代はそんな風に言われたが、今や可愛げもなく周りからはキモい中年にしか見られない歳だ。

勿論大人になった今は、言った側の言おうとしたかったニュアンスも何となくは分かる。

仮に過剰または過小に言っても、気に障る事はあるし。

それこそ移動でかなり学生連中も見てきたが、今の世代がどう今の世の中を見て世の中の声を聞こえてるのか、その辺は正直考えたくはないところだったりする。

可愛そうだなんだとか言うのは本当に簡単だからだ。

じゃあ言いたいことは何だ?と言うと「」





↑凄い貸し切り状態







今日はホテル取ってねぇし野宿かなと思ってたが少し遅れて列車はやってきた。

そして枕崎から山川辺りまではほぼ貸し切り列車。

僅か一人の旅客の為だけに列車がやって来たと思うとこれもなんか有り難みとか…………増さない?












意味の無い人生だったが、有意義には自分なりに過ごせた様な…………今回の枕崎遠征はそんな気持ちにさせてくれる内容だった。




5月1日(金)
鹿児島→宮崎→宮崎から延岡→延岡から小倉→荷物回収して黒崎→黒崎のコンフォートにイン→就寝








出先で月を越したのは今回が初かも知れない。



ごめん新年とかの乗り鉄忘れてた



遠征としては前日でほぼ目的は達成してるため、割と気持ちは穏やか。

けど筋肉痛が一番酷かった日で階段ほぼ登れない+走れない駆け足すら無理状態。

ここまで酷かったの人生初。









↑宮崎にも学マス広告あったがこれ県ごとにキャラ変えてたのか??で、宮崎なのに山形屋とか言う百貨店の前まで来た。






とりあえず筋肉を労るためにも最強のたんぱく質食品である鶏肉を食佐内といけず、昼飯はチキン南蛮。









↑食べる前にカットした本場チキン南蛮の断面。全国版は外周ほぼ衣のため、本場の格を見せつけてきた。






宮崎と全国区のチキン南蛮は別物だよ?みたいな話を揚げ鶏にタルタルかけてるだけで何が違うんだ?と思ったが結構違いあり。

宮崎本場は衣がシンプル。

コテコテに皮に粉つけてない感じで(延岡の弁当屋で買ったのもそうだった)、全国派生品と郷土料理である事の差を感じた。

今回行った店は宮崎県内で複数店舗を展開しているんだが、香辛料肉に若干つけてる感じで独特。

ご飯大盛りにしとけば良かったと思う位に白米との相性も抜群。








↑そびえ立つ一本。左右にバランスボール置けば最強発射器NIPPON。この発想、いわばまさにJAXSYA男性






もう足がダメなため、駅そばにある科学館に寄る。

宮崎県は隣に鹿児島があり、鹿児島と言えばあの種子島がある。

種子島はロケット発射で有名。







↑見る人側のメモリアル詰まった感ある天文科学中心の施設。






打ち上げるのは鹿児島だが、打ち上げコースの関係から宮崎は見るのに最適なエリアで「打ち上げる人(鹿児島)」と「見る人(宮崎)」みたいな関係が出来ている。

そうした見る人側な宮崎の科学館のため、規模は大きめ。









↑プラネタリウムも設置されてるが時代の流れで版権アニメまみれ。俺が子どもの頃からアニメ風の兆候があった為に少し悲しい。やむなく昔のアメリカンドリーム感ある火星基地とかを見てきた








その後延岡まで来てにちりん記事にもあるような運転見合せに遭遇。


実に5時間くらい延岡駅で立ち往生となり、当初はそんなに延岡で暇潰せるかと思ったんだが出来てしまった。









↑不安もあったのか時間外れにドカ食い間食。ご当地モノとして全国で出してるだろうりゅうきゅう丼(大分)を延岡Joyfull(宮崎)で食う。小盛にする良心だけ残ってた。



↑充電も出来たので神Joyfullだった。しかもクレカテーブル決済が直に出来るから某す○い○ー○より使いやすい(あっちはアプリいれないといけない)







Joyfullで2時間とスタバで1時間、切符の買い換えで1時間くらいアワフタしてたから案外時間があるようで無かった。










↑TSUTAYAではなく蔦屋書店(同じだが)。公共施設の側面もあるらしく、一部は図書蔵書。スタバが図書館喫茶みたくなっていて中々豪華でカフェヲタなら行ってみたそうな作り。カフェヲタでもなく黙々啜ってた








延岡は西南戦争の最終決戦になった地で、それにまつわる西郷隆盛の資料館が北延岡にある。

当然鉄道で行くのは困難なため車で行くのがオススメ。  

結果論とは言え、今回はやたら西郷隆盛由来の場所に足を踏み入れていた。




そんなガタイだけ西郷隆盛寄り私←これ








↑今回は純粋に所用で泊まる。







遅延運休の嵐には苛まれたが日付が変わる前に北九州まで戻ってこれた。

黒崎は東横イン……ではなくコンフォート黒崎を利用(ルートインの次くらいに見かけるビジホチェーン)

結構チェックイン遅くなるかもとは連絡して快諾もあったし、出来るだけキャンセルしたくなかった。

尚、2023年の博多遠征の際に使ったのもここ。

前回の後でリニューアルしていたらしく綺麗になっていた。

今回も別に高くは無かったが乗り鉄事情からここを利用。







5月2日(土)
黒崎→筑豊電気鉄道で筑豊直方→歩いて直方→直方から博多→博多から小倉→小倉からスペースワールド→北九州市博物館→スペースワールドから小倉→小倉から新山口→新山口から門司→門司から門司港→晩飯→小倉に戻りぶらつく→送迎バスで新門司港→東京九州フェリーで帰路


↑かつては宿場街として、そこそこ鉄道もあったらしい黒崎。






長く感じた遠征もこの日が最終日。

ホテルをチェックアウトした後は、筑豊電気鉄道で直方方面へ。






↑現在は休止中の西黒崎駅。日本で最も駅間が短い駅として知名度があったらしい。今年中に復活の可能性もあり、この状況も見納めになって欲しいなという感じ



↑かなり最近まで古い車両を使ってたらしいが、現在は近代的な新車を導入している筑豊電鉄。平成筑豊鉄道ど誤認しがちだが、此方は辛うじて踏みとどまってる。






車体からもほぼ路面に近く、ICカードは後乗りバスのような運用になっている。

路面電車型だが普通に電車。

私鉄であり西鉄の子会社の運送業者だ。



こんだけ使っていまだに本家西鉄を使ったことがない(厳密には独り立ちしてからだが)






↑車両は路面電車だが線路は完全に電車。速度も平均60キロ前後出すので電車。




元々は北九州市内(小倉駅辺りまで)乗入れを想定し、市内では長崎鹿児島みたいな路面電車運用を検討していた名残で路面電車みたいになっているのが筑豊電鉄。








↑街からのどかな田園風景に。


↑終点である筑豊直方は古いが高架化された駅。誰も居ない。





筑豊直方駅と直方駅は隣接しておらず、自治体も何度か接続を図ったが停滞してる模様。

移動自体は簡単で、筑豊直方出て直ぐ左手にある横断歩道を渡って直進すれば筑豊本線の線路が見えるので見えたら左折直進すれば直方駅につく。

左折直進して暫くしたら見えるアーケード街を突っ切る方法もあるが物理的な距離に差はない。

時間帯の関係で店も開いてないため今回は前者を選択。

駅まで遊歩道で都内より整備されていた。






↑ホテルの無料朝食スムージーだけに済ませ、直方駅近くの東筑軒で九州遠征最後の朝飯を締める。



↑直方と言えば鉄ヲタ的には廃線が決まった平成筑豊鉄道の方が気になりそう。時間があれば乗りたかったが無かったので断念。






平成筑豊鉄道は路線がいまいち需要が無いことを除くと直方駅には直結していた。

が、元国鉄の赤字路線だった平成筑豊鉄道と北九州市内に路面電車として乗り入れる計画があった筑豊電鉄では断然後者の方が状況が良く、平成筑豊鉄道は発足当時から厳しい状況だったと言える。







↑スペースワールド駅はQチケ対応だが故障していた。




スペースワールド駅は三年ぶり下車。

何度も再訪するような場所じゃないが、忘れ物取りに行く時間潰しとかも加味するとこの辺くらいしか無いため、消去法で選択。

スペースワールドと隣接する北九州自然史博物館が全体的にケチ寄りだった父方の祖父が唯一ある程度の回数連れていってくれた場所だった事もあり、多少思い入れがある。

まぁ凄くケチだったかというと微妙で、結果的になんとも言い難い生涯を終えてしまったのでアレだがそんな人物とそこそこ兄弟で足を運んだ場所な為に印象深い。

2023年に来た時は外装を改修していたが、今年は完成していた。





↑特別展やってたので頂点捕食者ネタで話題になった巨大タコの模型展示があった。



↑複製標本とはいえ映画とかで知名度が出た主要恐竜の骨格は大体ある。






現在はスペースワールドが無くなりスペース(空間)ワールド(凄い)駅に。

アウトレット完成や地元の交渉だったりで休日に一本ソニックが停まるようになったが、それ以上の効果は出ず。

福井県立恐竜博物館とかに比べると差があるが、かつての工業地帯バフを使っただろう関係で全身骨格の標本数が割と多い。

GW補正かかってたけど混雑は歴然な穴場だが、今となっては福井より遠いからなぁ。

まぁ東北いた頃よりは近いんだけど。








↑超高速でソニックが抜ける駅。





駅としては遊園地かあった頃の雰囲気を色濃く残し、傾斜があるカーブ構造のためソニックが減速せず容赦なく傾きながら通過していく。

戸畑停車があるタイプでもまだ間に枝光がある関係で減速せず、高速通過の様子を見たいならピカイチの駅。




↑実は駅より危ないスペースワールド駅周辺の道路。


↑まさかのみどりの窓口が残ってる。新幹線アイコンも800系





よくこれまで事故らなかったなぁと関心するが、スペースワールド駅外のアウトレットや博物館に向かう横断歩道や歩道は花束が添えられてる位に事故りやすいので行く予定ある人いたら注意。

微妙に横断歩道が少なく、開けて見通しが良いため車が油断し加速しやすいというスペースワールド駅とは真逆の危険ゾーンなのだ。









↑西日本オールじゃないため在来線しか乗れない切符。





そして小倉に戻った後は新幹線で新山口まで行き、忘れ物を回収した後門司港へ。

山陽線なので当然ながら私に馴染みのある場所も走った。

前回は夜だったが今回は日も明るいため、色々鮮明に見え。






↑少しずつ一日が終わるんだなぁというのを感じるような日の光



↑元実家最寄りエリア。元コンビニは高齢者向け施設になっていたが確かセブンだったのでほぼ立地がズレただけか。





この新下関~長府辺りに父方の祖父母宅があり、後にも先にも親戚遠戚の中で一番新幹線の駅に近かったのはここだけ。

それでも一番近い新下関すら3キロ以上離れていて、ギリギリ最寄りの範囲。

一帯自体は長州藩の支藩である長府藩の城があった場所で、幕末に列強が下関に来た際に長府藩の拠点として運用されていた。

新下関駅も新幹線駅になる前は長門一ノ宮駅と呼ばれていたため、一時はこっちの方が城下に近かったのかも知れない。

ただし勝山城は明治維新後あっさり廃城解体され、石垣とかが一部公園に整備されて残っていただけ。

下関砲台とかと同じ位の要所だと思うが近年までクローズアップされる雰囲気はなかった。

最後の城主は毛利元周と長州藩なので毛利一族だが、築いたのは大内氏で戦国時代の頃に毛利氏が滅ぼした事で接収された城でもある。

奇しくも安倍政権末期の2019年に勝山御殿跡という形で国の史跡に認定されていた。








↑はからずも朝昼晩全ての時間帯に来訪したことになった門司港。ここが今回のラスト観光スポット。


↑晩は九州名物…………ではなく、山口の方にも戻ったし山口名物の瓦そば


↑超熱された瓦の上に茶蕎麦。具材は焼きそばみたいな構成だがそばつゆに着けて食う和洋半々みたいな逸品となっている。



↑茶漬け風味にも出来てひつまぶしみたいにも食えるたかせのうなめし。





焼きカレーならフェリーでも食えそうだよなぁと思い、山陰九州遠征の締めにもなりそうな晩飯を選択。

山口と九州往来したりで疲れたし、遠征ラストでもあったためうなめしも追加。

この店自体は下関が本家なので、ゆめシティとかにも入っていたのだが如何せん足の筋肉痛がまだ直ってなかった事や単純に駅から離れているため門司港に。

バスの関係で小倉戻らないとだしどのみち門司港が最適解だったとは思う。

知ってる人が多いと思うので蛇足になりそうだが、瓦そばは西南戦争で熊本城攻略中の薩軍兵士が蕎麦を瓦で焼いた逸話から着想を得たモノらしい。

それもあり異様に今回西郷隆盛ネタが多かったが私はただ遊んでいただけでした、はい。






↑今回は門司港で旅の〆


↑自由席がPayPayで買えるらしい。これ見ると完全に快速グリーン運用。





小倉に戻った後は駅周辺をブラブラしつつ、最終的にコメダで時間を潰していた。

スタバもそうだが都内じゃ意味もなく1時間くらい待たされる事もある店でガンガン休憩出来るのはなんか……イイネ





↑謎。そうなのー?



↑メーテルと車掌がいない精神を卑屈にした鉄郎みてぇなキモヲタの旅路、終わる。機械の身体は手に入らなかったが奇怪な流れにはなった。






鉄路を使って東京を出て、ほぼぐるっと九州を一周してきた今回の旅路。

こんだけ感動的に鉄道を使ってきたなら勿論ラストを締めるのは………………普通に船でしたすんません。








↑〆






なんかGWだったのに今年は普通に楽しかったです、以上。





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最終更新日  2026.05.20 15:30:54
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