漫画家・写真家玉地俊雄 紫煙のゆらぎ

漫画家・写真家玉地俊雄 紫煙のゆらぎ

2008.05.21
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カテゴリ: 紫煙のゆらぎ






「酔生倶楽部の人々」に逃げ遅れた元関東軍のえらいさん役で、いつも昔を懐かしがる変人呑み助に、ハンス・クナッパーツブッシュという指揮者を、朽名( クナ ) 大五郎の名で出演させた。右端で飲んでる人。左は石井部隊の元助手。マスタアはフルベンで300Bの真空管を持つ。





          紫煙のゆらぎ・大骨変人クナと凡凡カラヤン 2








ヘルベルト・フオン・カラヤンは好きとキライキライ大嫌いとに
ハッキリ分かれる指揮者である。
長いので以降カラヤンと表記する。

ヴィルヘルム・フルトヴェングラァーという巨人が
ベルリンフィルハァーモニカァーを統率していた。

長いので以降フルベン・ベルリンフィルと表記する。

フルベンは空襲下で演奏会を開いた。

まさかフィルハァモニィーホールは爆撃されるまい。
ドイツ音楽界の芯柱であり、変な巨人だった事は折り折りに触れていく。

フルベンは戦争協力者として演奏禁止令を拝領する事となった。

新星カラヤンはトスカニーニという、正確を本質とする指揮者に師事した非凡であるが、
あたりまえの音楽をあたりまえに、踏み外すことなく、
歯切れよく何でもかんでも手当たり次第演奏と録音をしていった。

特にジュピターの歌で知られるのは、彼の録音したグスタフ・ホルスト作曲、
組曲「惑星」の第4曲ジュピターによるのである。

そのまんまなのである。

僕は45年前この曲の中間部にあるメロディーを聴いて必ず歌になると確信していた。
きっとホルストが没して50年経過したのだろう。

イーゴリ・ストラヴィンスキィというロシアの作曲家が不協和音の玉手箱のような音楽を
フランスで作曲した。

“ Le Sacar de Printemps ” ルェ サァカリュ ドゥ プラン~タン。
日本名「春の祭典」

欧州の特に北の国では、白夜あり、寒っぶい、鉛色の空と冷たい強風に嫌というほど、
行った旅行者でさえ、登山靴を履けば良かったのにと後悔する所である。

僕はドイツ製のハンスワグナァー社の登山靴で出かける。

春は突然訪れ突然夏になってすぐ冬大将軍が百個大隊で攻め込んでくる国々で、
春の喜びは日本人の考えるひねもすのらりくらりやなとは全然違う喜びだ。

春の訪れに処女の生贄を捧げる祭り、古代宗教の音楽を渇望して当然なのである。

音楽は、今までの骨董的な常識から聴けば、ネヴァア!!
の響きと、暴力的な嵐と沈黙と突然のガナリたてに支配され、
パリのシャンゼリゼホールは、
靴と怒号と歓喜の賞賛とが誤茶混ぜになって初演は大混乱であった。

支配人はタマラズ舞台の照明を落とせども、P. モントゥーという指揮者は
最後まで振り切って芯骨頂を見せつけた。

ストラヴィンスキィは満足していた。


「今日の初演は素敵だった。僕は音楽を、今日変えちまったんだ」


壊れた冷蔵庫ががたがた言ってるみたいだと友人の弟が言っていた。

僕は「音楽にギロチン台だと思った」

カラヤンはこのギロチンを世界に紹介した功績は讃えられるべきだ。
でも、それだけだと僕は感じる。

フルベンと並べたら成層圏と泥田んぼほど力の差がある。

カラヤンの音は聞きやすいだけで感動の涙も無い。
と言って大阪ロータリー倶楽部の事務局長女史と論争になった事がある。

「カラヤンの悪口を言う人は許しませんよ」
「フルベンのウラニアのエロイカとヌヴーを差し上げるから聴け」

彼女には完全に理解できなかったようだった。結論はこうだった。

「カラヤンの何処がいいのか」
「指揮する姿がすき」

なにをか言わんやである。カラヤンは聞きやすいので多く持たざるを得ないが、
気合を込めて覚悟の上で聴くフルベンやハンスクナッパーツブッシュの

「ニーベルンクの指輪」とは龍とミジンコみたいなものだ。







凡人?頑固な変人                      玉地 俊雄






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最終更新日  2008.10.03 12:06:17


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