漫画家・写真家玉地俊雄 紫煙のゆらぎ

漫画家・写真家玉地俊雄 紫煙のゆらぎ

2008.05.22
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カテゴリ: 紫煙のゆらぎ




「酔生倶楽部の人々」は手塚治虫先生と玉地俊雄の間でのほぼ命令で描いた危険なまんがだった。「正しいと皆がいう事を疑え。真実を見抜き毒の牙を磨け。ユーモァで包み、玉地さんにしか描けぬ画風で発表しなさい」右端がクナ。マスタアがフルベン。拭いてるのは3極菅の女王銘球 W.E 300B.





          紫煙のゆらぎ・大骨変人クナと凡凡カラヤン 1








1984年10月18日、大淀区のザ・シンフォニーホールでのカラヤンは、
ボロボロ人生の終末期の悪あがきが居直っていた。

当日のプログラムは、モーツァルトのディヴェルティメント15番・
R. シュトラウスのドンファン。
最後がオットリーノ・レスピーギのローマの松。

介添え人が指揮台までびっこをひきつつ出てくるカラヤンに付き添う。
当然ひっくりコケないための背もたれパイプもあった。

2階席左の中央から少し左のA券はDDの20~16の間で2萬3千円。
引越しのときなくしてしまった。
この演奏会は多分カラヤンを見るのが最後だろうと思ったからだ。

白眉は第2曲目のリヒャルト・シュトラウスのドンファン。
よれよれのカラヤンはよれよれのままゆっくりと指揮棒を振り下ろす。

ドンフアンの動きではない。

ドンファンは最初に弦楽器群が流れるように激しく歌い、
ティンパニが激しく吼えるタタタン!金管楽器群が答えておっかぶさってくる。
ばんばぱぱんぱぱぱん。
こんなに遅いはずは無い。

体が駄目で死にそうなのか、それともなにかの間違いか。

これは間違いだった。

僕なら万一こんな間違いをしても、1秒で反応して左の手が弦楽器群に来い!と指示を出す。
カラヤンは見るからにうろたえている。

音楽は途中で止まった。
こんな演奏会は経験が無かった。
2萬3千円もふんだくられたのに。

何事も無かったように、激しい?ようなドンフアンが再開された。
カラヤンは、大失敗と、
体調の苦しげな様子からもうアカンとハッキリと見て取れるほどへろへろだった。

ベルリンフィルが勝手に音楽のダイナミズムを引っ張ってカラヤンを看護していた。

モーッァルトにはベルリンフィルの音の力に拍手したが、
実はカラヤンにはもう指揮する技量が無く、
ベルリンフィルが指揮者ナシの音楽を演奏していた、
とのネタが割れたのに騙されて腹が立ってきた。

以降拍手なんか御免こうむった。

でも、フラボーと叫ぶ阿呆が数多くいた。信じられない程の残骸と老獪なのに。
でも、「ヴー!」と怒鳴ると殴られられそうなのでそれだけはやめた。

後日オフレコでコンマスが「ティルッ !」と叫んだらしいと聞いた。

テイルオイレンシュピーゲルの愉快なイタズラは弦楽器の序奏から
静かに始まり途中から管楽器の音どもがコケティツシュに変化していく曲である。
その振りはティルでっせとコンマスが言ったのだ。

僕のような素人のエァーコンダクタァーでも、
1秒で間違いに気付いて修整をかけられるのに、
カラヤンにはそれすら出来ない程頭の中がヒドかった。

カラヤンは完全に“ ボケ ”ていたのだった。



大骨変人ハンス・クナッパーツブッシュ。
長いので以降クナと表記する。

彼も1度演奏会でミスった事がある。と、ものの本に書いてあった。
彼は自ら演奏を止めてくるりと向き直り聴衆に謝罪した。

「すまん。今間違えたのはわしや」

僕が成層圏と泥田んぼとの違いが在ると言うのはこの事なのである。

名セリフはまだある。

「諸君はこの曲を何度も演奏して居る。わしも知っとる。明日会場で会おう」
ぶっ飛んぢゃいます。

カラヤンの最大の怒失敗と勘違いは
敗戦国ドイツの戦争協力者の生贄にされ2年間の演奏禁止命令を受けたフルベンから、
ベルリンフィルを略奪しようとして、
ありとあらゆるキタナイ手と策略と中傷の罵倒バトルを両者間で繰り広げ、
勝利した事から始まる。

嫌戦感と、フルベンの演奏禁止令とフルベンスタイルに飽きた聴衆に
カラヤンは、取り入る事に勝利したのだ。

フルベンスタイルとは、ゆらぎ・走り。突然立ち止まり・怒鳴り・わめき
発狂して音楽の嵐が聴衆をブン殴ってヒィヒィとうたわしまくるスタイルである。

音楽の本質はスピリッツである。

フルベンはこう確信してブチ切れ続けていたはずだ。
でもやっぱりスタジオ録音には感心できないものが多い。

演奏禁止令から開放された直後のライブ録音に聴く運命交響曲は。
バイロイトでの交響曲第9番合唱と供に僕のベートーベンのメートル原器となった。

第5番運命交響曲耳にタコツボ。

楽譜の冒頭にはほんの一瞬の休止をせよと書かれてある。

ジャジャジャジャーンでは無く 
..! ジャジャジャッジャジャーンとフルベンはベルリンフィルに要求しているが、
アインザッツがドンピシャで合っていない。

久しぶりと、異様な目つきの巨人フルベンの、恐怖の威圧感と、
目に物見せてやるぞとの気迫に、ベルリンフィルがヒビっているのが、
中学生の僕にもハッキリわかった。

後はいつもの振ると面食らうフルベン節の大行進。
これも空前絶後の運命交響曲だ。合唱とブラームスについてはまた後日。

一方カラヤンは、フルベン色に徹底的に固まったベルリンフィルとの闘いを始めるが、
やはりその壁は厚かった。

1960年代に残したベートーベンのドイツ盤の全集は何故か3セットも在る。

不思議だが音が不思議に綺麗過ぎる。
輸入盤はイヤライシほど音が綺麗だ。
日本に来るテープは、5番プリントのスカを掴ませいてるのかもしれない
と思ったほど音が違う。

カラヤンのたくらみである。

カラヤンは以降、徹頭徹尾この嵐がブン殴る強靭な音楽の本質を、
徹底的に分解・修理・補修と入れ替えだけに集中して、
綺麗にハッキリ聞こえて、だれにでも心地よく聞かせ、
ガバガハ銭儲けするには、どんなキタナイ手法を使えば早くたどり着けるのだろうか。

この1点にのみ集中した。

どれでもなんでもこれもそれもゲテでもへちゃでも化粧して、
ベルリンフィルの透明で強靭な音響と技術力で、馬鹿な消費者をネジ臥せる事に成功した。

だから、僕はカラヤンが大ぃっキライだ。

その最後の醜態ドンフアンを見て気持ちよかった。

聞いたのではない見たのだ。

すまん。いままちがえたハンスクナッパーツブッシュは、
リヒャルト・ワーグナァーの楽劇しか振らなかった。

このワーグナァーという人は凄い作曲家で人格異常者だった。
彼は、ベルリンフィルの創設者、ハンスフォンビューローという指揮者にこう言った。

「僕の楽劇の初演指揮者やらしてあげるから君の嫁はん僕にくれ」

芸術家はこうでなくてはイケナイのだ。出来ない奴は辞めろ。

トリスタンとイゾルデ・ニーベルンクの指輪・パルシフアル。
この3曲の楽劇のライブ演奏録音におけるクナの音楽は、
文字や言葉で表現するとおかしなモノに変化する。

“ 巨龍のたうつ大洪水の激流と深き水底( minasoko ) ”

としか僕の筆力では表現出来ない事を告白して謝罪するより無い。

フルベンの発狂狂乱とは対極の世界に住んだ大骨変人クナであった。

世界で始めて楽劇「ニーベルンクの指輪」全曲がDEECAから発売された。

「ラインの黄金」「ワルキューレ」「ジィクフリート」「神々の黄昏」だいたい、
13時間に及ぶオペラである。

若きゲオルグ・ショルティという指揮者による、大言壮語のこけおどし効果音と
びっくり箱のような、いい加減な全曲集だったがこれが僕らの初見だった。

しかし、「ニーベルンクの指輪」における僕のメートル原器はクナである。

フルベンはイカれ過ぎている。

フルベンの「マタイ受難曲」を、アメリカの中古屋から約 $ 200 程で取り寄せたが、
あまりの大ハリケーンに耐えられず、高いLPとフルベンなら何でもOKとの友人に、
ブレゼントしてと言うよりほかした。

僕は「ヴァルキューレの騎行」にまずはイカれた。
2年程ワーグナーしか聴かなかった。ひとはこれをR. Wangner シンドロームと呼ぶ。

バイエルンの若き国王ルゥードヴィッヒ2世はこれら楽劇にイカれて
最期は暗殺され精神科医と供に湖に浮かんでいた。

ドイツのロマンチック街道の有名な城は予算不足なのに
この国王の命令で外側だけ超ゴーヂャスに、中は空っぽに作られた。

阿呆かこの藤吉郎の書割りみたいな城はと、ドイツ製の登山靴を履いた僕はびっくりした。

ノイシュバインシュタイン城は、ノイエ( 新 )シュバン( 白鳥 )シュタイン( 騎士 ) 。

その前にシュバンシュタイン城という城を作らせ、地下に水と滝の回廊を作り、
白鳥を放して舟遊びに悦に入る国王ル-ドゥィッヒ。

ワーグナァの「ロォーエングリーィン」の舞台を地下に無理やり作らせたのだ。

嗚呼白鳥の騎士ローエングリン天より舞下りて皇女エルザを救いぬ。
気が変になりそうな話だがハマルと気が変になる。

当初DEECAはクナに全集を確定依頼していた。

クナは録音ギライで渋っていた。
ノリが無い。
何ヶ月も、下手すりゃ1年がかりですったもんだの録り直しや、
テープの切り張りや、喧嘩も有り、罵りあいと、嘘騙しに、わしわ付き合わんぞ。

たぶんクナはこう考えたと思うし、言ったかもしれない。

「ヴァルキューレ」の第1幕全曲と終幕のヴォータンの告別。
ジィクフリィートのラインへの旅と葬送行進曲だけが
STEREO で無理やり録音されてクナは没した。

もしとか、たらとかは Mozart にもあるが仕方ない。

しかし、バイロイト音楽祭の STEREO 録音「パルシファル」
と1957 年のモノラル録音「ニーベルンクの指輪」全曲は宝物である。

カラヤンは有り余る才能を無駄遣いして無駄な人生を終わらせた。

クナとフルベンとでは成層圏と泥田んぼ程の差があるとハッキリ言おう。

カラヤン好きは阿呆うで頭と耳と精神が腐っておる。反論をしてみろ。










社団法人日本漫画家協会会員・参与

                                  玉地 俊雄



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最終更新日  2008.10.03 12:07:13


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