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2月26日の「たかじん」で取り上げた、ご皇室問題の危機。「銀色の侍魂」さまのページに書かれていますが、所教授の残念な本性が感じ取られたと思います。三宅久之氏に、「それね・・先生がね、やっぱり新憲法というものに毒されてるんですよ」と看破され、激高して、「私、今の憲法に毒されていると言われたけど、取り消してください! 私はそんなことありません。」と、真っ赤になって声を荒げておられました。詳しくは「銀色の侍魂」さまのところで、お読み頂くとして・・・もっと見過ごせない、所教授の卑怯な言説が明らかとなりましたので、ここに記しておくことに致します。斎藤吉久のイザ!ブログ【再考。誰が女性宮家を言い出したのか】斎藤氏はかねてから、この皇室典範改正を追って書き続けておられます。ただ、私にとっては、少し読み取りにくいところもありましたので、構成を変えて整理してみました。以下「斎藤吉久のイザ!ブログ」より抜粋して引用平成24年 正論3月号(2012)所教授の記事は冒頭に、昨年10月、羽毛田信吾宮内庁長官が野田佳彦首相に、女性皇族が婚姻によって皇室を離れるため、皇族の数が少なくなるから、「皇室のご活動に支障を来す」と解説したことが、「女性宮家」創設問題の発端であるかのように書かれています。所教授はまた、こう説明されています。「この『女性宮家』案は、8年前『皇室典範有識者会議』で検討し、 その報告書に『皇族女子は、婚姻後も皇室にとどまり、 その配偶者も皇族の身分を有することとする必要がある』としている」 ところが今回 野田首相に「女性宮家」創設を「火急の件」として提案したと伝えられていることについて、羽毛田長官は強く否定しています。(「週刊朝日」昨年12月30日号)2011.そこで、斎藤氏は直接、所教授に聞かれたそうです。ご本人に直接、お話ししてみました。意外な答えが返ってきました。複数の資料を見た。「女性宮家」を誰が言い出したのか、知らない、というのです。報告書原文「現行制度では、皇族女子は天皇及び皇族以外の者と婚姻したときは、 皇族の身分を離れることとされているが、 女子が皇位継承資格を有することとした場合には、 婚姻後も、皇位継承資格者として、皇族の身分にとどまり、 その配偶者や子孫も皇族となることとする必要がある」(「3、皇族の範囲」)と述べられていますが、「女性宮家」とは表現されていません。 じつは、有識者会議で「女性宮家」創設を唱えたのは、所教授その人だったのです。 同会議は識者からのヒアリングを行っていますが、教授は平成17年(2003)6月8日会議に招かれ、こう述べています。「皇族の総数が現在かなり極端に少なくなってきております。 しかも、今後少子化が進み更に減少するおそれがあります。 このような皇族の減少を何とかして食い止めるためには、 まず女性皇族が結婚後も宮家を立てられることにより、 皇族身分にとどまられることができるようにする必要があります」けれども、教授が当日配布した資料には、「女系継承の容認と女性宮家の創立」と明記され、「現在極端に少ない皇族の総数を増やすためには、女子皇族も結婚により女性宮家を創立できるように改め、その子女も皇族とする必要があろう」などと記されています。 斎藤氏が語る「女性宮家」という言葉を使った、一番古い記事のこと もっとも古い記事は「週刊朝日」平成16年(2004)7月9日号に掲載された「雅子さま、救う『女性宮家』考」という4ページの記事であることが分かります。さっそく記事を読むと、そのリードには、「皇太子さまの異例発言を受け、盛り上がる皇室典範改正論議。 『女性天皇』が認められれば、 皇太子妃雅子さまの悩みも軽減される──というわけでもないらしい。 愛子さまのプレッシャーを軽くするには 『女性宮家』の創設が先だとする研究者もいる」と書いてあります。雑誌記事が出てから約半年後、12月27日に設置されたのが、皇室典範有識者会議であり、その報告書は翌年11月24日(2005) 小泉首相に提出されました。少し調べれば、これだけの資料が出てくるのに、所先生は自分が提唱者だとはおっしゃりません。??そればかりではありません。所先生は、「女性宮家」創設案の提唱者が渡邉允前侍従長であるかのように書いています。 それが以下の記事すでに前侍従長(現侍従職御用掛)の渡邉允氏が、平成21年(2009)11月11日付『日本経済新聞』朝刊に掲載されたインタビュー記事の中で、『皇統論議は将来の世代に委ね……女性宮家設立に合意できないものか』と述べておられる (翌22年1月31日放映の テレビ朝日「サンデー・プロジェクト」録画対談、および「週刊朝日」同年12月31日号の特別対談でも 同趣の発言があった)」所先生のいう「日経のインタビュー記事」は不正確です。 日経はご在位20年企画として、11月6日から社会面に「平成の天皇」という連載を載せていたのです。11日は連載の最後、5回目で、「皇統の悩み。『女系』巡り割れる議論」でした。記事は「宮内庁には『このままでは宮家がゼロになる』との危機感から、女性皇族を残すため女性宮家設立を望む声が強い。しかし『女系天皇への道筋』として反発を招くとの意見もある」と述べ、そのあとに渡邉允前侍従長の私見と断ったうえで、既述の「女性宮家設立」案を語らせています。 【結論 】『女性宮家』の創設が先だとする「研究者」はまぎれもなく、所功教授であると思われます。つまり、平成16年7月(2004) 以前に所教授は「女性宮家」創設を考え出し、すでに主張していたのですね!それをまあ・・・「女性宮家」を誰が言い出したのか知らない、とは!このズルさは、あの笠原教授と同類ですね!・・・orz
2012/02/28

「所功教授が、旧宮家の竹田恒泰さまと討論して怒り、 暴言を吐いたことがあった」最近の私の伝聞によるツイートですが、それがいつだったのか、どんな暴言だったのかは、残念なことにつかめませんでした。それが、今日になって判明しました。ちょうど6年前の2月の14日。「日本TVの討論番組中」のことであったということです。所教授の振る舞いが、あまりにも酷く、これは皆さまに広く知って頂きたいと思いました。評論家の「山崎行太郎」氏は、私とは見解が違うことが多いのです。ちょっとなあ・・・と思うことも、しばしば。でも、こと、ご皇室に対しては、ほとんど同意見と申しても良いと思います。山崎氏のブログ、2006年2月15日に、この「所教授」の暴言に対する怒りのコラム 【所功教授がマジギレ(笑)だとよ…。】がありました。所功クンのとんでもない「不敬発言」を記録した竹田氏の日記を、あえて全部、以下に引用する。所功「暴言」教授を晒し挙げるために…(笑)。2006/2/14(火) 竹田恒泰日記より日本テレビ討論番組の収録「所功氏との対決」今日は日本テレビで、討論番組の収録がありました。これまでテレビにはたくさん出演してきましたが、全てVTR出演でした。ところが、今日初めて討論番組に出演しました。自分にとっては大きな挑戦になります。17日の放送だそうです。番組名は「金曜発言中」スカイパーフェクTV(NN24)。いろいろな議論がされ、とても面白い2時間だったのですが、私はひとつ、非常に不愉快な思いをしました。それはいっしょに出演していた京都産業大学の所功教授です。番組収録中、私が「旧皇族の一族の中には一定の覚悟を決めている人が複数いる」と発言すると、所氏は「そのようなことをいうべきではない」と、半ば言論を封じるような発言を浴びせてきました。所氏はそれでもおさまらず、私が本を執筆したことについて「出すべきではなかった」「マイナスばかりだ」などと、本を出したこと自体を強く非難しました。2時間の収録中、女系天皇問題について議論が繰り広げられたものの、個人を攻撃するのは、所氏の私に対する攻撃のみでした。所氏のこのような発言には会場もびっくりしたようでした。私は所氏の発言について、「自分は歴史の一大事にいても立ってもいられなくなり、火中の栗を拾いにいく決意をして本を出しているのであり、そのようにいわれる筋合いは無い」と、強く反論しました。私に言わせれば、所氏の指摘は「大きなお世話」以外のなにものでもありません。寛仁親王殿下がマスコミでご発言なさっていることについて朝日新聞がこれを非難する社説を掲載して話題となりましたが、所氏は朝日新聞と同じような論旨で言論を封じようとしたのです。私もこのような心無い非難があることを予想していましたが、面と向かい合って言われると頭にくるものです。もう一度いいますが、とにかく「大きなお世話」であります。所氏は私が本を出したこと自体に違和感を抱いているようです。しかし、それは女系容認派(最近は女系容認派を「朝敵」と呼ぶ人が多くなってきましたが、 所氏は、あまり皇室を侮辱する発言を繰り返していると、 そのように言われても仕方ないのではないでしょうか。)にとって都合が悪かっただけの話なのではないでしょうか。確かに、日本中からたくさんの読者カードが寄せられ、この本を読んで考え方が変わった(「女系容認」から「女系反対」に変わった)という人が山ほどいました。すくなくとも、所氏などの女系容認派に褒められるような本を書かなかったことにほっとしているところです。そうこうしている内に収録は終わったのですが、何故だか、所氏の私に対する攻撃的な姿勢は、控え室に戻った後も続きました。所氏は、寛仁親王殿下のエッセイの話を持ち出し、そのエッセイに側室の復活について記されていることを述べて、私に意見を求めました。私は「少なくとも現代社会で側室の復活は現実性がありません。ただし、遠い未来においては価値観が変わる可能性はないでしょうか?所先生はこの価値観が300年先まで維持されるという確信がおありなのですか?」と、逆に質問を投げかけた。すると所氏は、鬼の首を取ったように「竹田さんは側室を肯定するのですね。分かりました、 以降方々で私は、旧皇族の竹田氏が側室を肯定したと口外することにします」この人は私に喧嘩を売ってきたのです。よほど私に個人的な嫌悪感を抱いているのでしょう。その控え室には、出演者6名、司会2名、その他関係者複数がいましたが、場が凍りつきました。私はすかさず所氏を強く非難しました。「私は、300年後に価値観が変わっていない確信があるか、ないか、 尋ねただけであり、側室を肯定するなどとは一言もいっていない。 私の側室に対する考え方は自分の本に記したとおりであり、 それ以上でもなければ、それ以下でもない。 揚げ足をとっておいて、しかも方々で口外するなどというのは何事か。 なんて失礼な言い方をするのだ」私が、所氏の質問に答えずに、逆に質問をしたということを述べると、所氏は「私の質問に答えなさい!」ときた。この人は私に命令するほど偉いのだろうか??私は次のように答えた。「私はあなたの問いに答える義務はないと思う。回答を強要される筋合いはない」周囲は私と所氏との問答に釘付けになっていたのですが、さすがに所氏の横暴な態度と、揚げ足を取る卑怯な論法にうんざりしたのか、出演者の一人、西部邁先生が所氏にこう言いました。「いくらなんでも竹田さんに失礼だ。あなた(所氏)の話はひどすぎる」周囲のスタッフもびっくりした様子でしたが、その内の一人は「すくなくともこの席の話はオフレコですので、口外するなどは控えてください」二人の助け舟をもらいました。その後、西部先生をはじめ、複数の先生と、関係者といっしょに夜遅くまでご一緒させていただきましたが、所氏の話で持ちきりになったのはいうまでもありません。いったいあの方は何なのでしょう?未だに頭の中が混乱しています。ところで話は変わりますが、所氏は「寛仁親王を説き伏せた」などと豪語しているといいます。これほど不敬な話はありません。皇室を崇敬している人が聞いたら涙がでるほど、悔しい言い方ではありませんか。氏の発言の節々には、皇室を屈辱するものを感じます。やれやれこんなことでついにカッとなってしまったけど、私もまだまだ子どもです。私個人が侮辱されるだけならいいけども、どうも皇室が侮辱されている気がしてなりませんでした。
2012/02/24

明日、2月12日午後7時~8時。 チャンネル桜・対談番組「人間の杜」で、 池田 満先生が 「ヲシテ文献と、我が国の光輝ある縄文文化について」 1時間ほどの対談をなさいます。 このお知らせを戴いて、どんなに嬉しかったことでしょう!やっとテレビ放送という公共のメディアで、ヲシテ文献のことが真面目に取り上げられ、4大文明にも並び立つような、比類なく貴い縄文の哲学、文化が紹介されるのです。 漢字文化が導入される前の、一万年前からもの我が国の歴史。 大陸の思想によって、混乱させられる前の、 美しい私達の心情・伝統。 その極致ともいうべき「トノヲシテ」 今こそ、それを取り戻さなくてはならないと、改めて心に刻んたことでした。 「チャンネル桜」は、インターネット放送の視聴契約(無料)をネット上からすれば、即時に番組を選んで見ることが出来るのです。 その時に番組ごとに多少の費用がかかります。それも契約後にチケットを申し込み、支払い手続をするだけですので、大変便利になっていました。チケットは、1000円から。 番組を選び視聴するたびに、その金額が差し引かれます。ちなみに対談「人間の杜」は、50円のようです。視聴するごとに、契約したチケットから自動的に差し引かれます。 万一、放映時間に視聴できない方でも、再放送も数回ありますし、過去の番組として、いつでも見ることが出来るのも嬉しいことです。 ☆読者の皆さまへ☆ 私びーちぇは、身辺雑事にかまける毎日を過しており、いましばらくのお休みを頂戴することをお許し下さいませ。
2007/02/11

祝・皇孫殿下ご誕生皇統の末長きを祈り寿ぎ奉るびーちぇの「ヲシテのクニ」でも、新宮さまについてエントリをアップしました。コメント、TBはリンク先に頂けますよう、お願い申し上げます。 ☆新宮さまと「アマガツ」☆ ☆親王殿下の御名☆
2006/09/06

当分の間、このブログにお休みを頂戴したいと思います。自由に時事問題などを書きたいと思っておりましたが、本業の古代史・ヲシテ研究に集中したいこと、また、日本ヲシテ研究所の仕事も入って参り、私の能力では、すべてをやりこなすことが難しくなりました。また、私事においても、同居の老齢の母の見守りなど、そろそろ気を抜けなくなる時期に入ったのではないかと思う出来事も重なり、しばらくペース配分などを見定めようと思います。本館の「ヲシテのクニ」「談話室」などは、書き続けていきたいと思いますので、よろしくお願い申し上げます。なお、こちらのTB、コメント、BBSなどは、この間はストップさせて頂きますので、本館の方に、書き込み、あるいはメールなどをして頂けたらと願っております。☆・・・といいながら、これは!と思ったら、書き込む羽目になりそうですが。笑)
2006/04/24

麻生太郎さん。最近ポスト小泉ということもあって、テレビでも徐々にインタヴューが増えています。私は、麻生さんが大好きですので、出来る限り見ているんですけど、毎回何かしら良い発言があって、胸がすく思いがします。(それに・・・あの笑顔がホントに良いよねっ!)今日、9日の靖国問題についての小沢一郎氏の発言に対し、てっくさんが胸のすくような批判を書いていらしたけど・・・まったく同感です。なんたる不勉強なお人であることか。それに比べて・・・麻生さんの発言のさわやかで、筋が通り、そして各方面への配慮も感じられる言葉には、久方ぶりに本当の政治家・ statesmanという名に値するお方が現れたという感じが致します。政治屋さんではなくてね?麻生さんがおっしゃっていることで、大事なこと、ひとつ。NHKの日曜対談だったかな。「政治が口を出して、A級戦犯の分祀などは出来ない。 まったく、筋が違い不可能なのである。」「まず、靖国神社に合祀したのは神社なのであり、 政府がお願いした訳ではない。 一旦合祀したら分祀は不可能であると神社側が言っている以上、 それに政府が口を出すことは出来ない。 それこそ宗教の自由に干渉することになり、憲法違反である」明解だなあ!それにね「A級戦犯」などということは、とっくに無効になっていて、あり得ないことなんですよね。しかし、なぜか産経以外のマスコミでは、それを断じて言わない。NHKも、言わない。これを自由に発言できる番組は、いまの所「たかじん」と「たけしのTVタックル」ぐらいかな・・・で、不勉強な政治屋さん達は、気がついていない。知ってても、それをいうと叩かれるから、しらんぷり。麻生さん、さすがに政治家でいらっしゃるから、時期が時期だけに、正面からはお答えにならなかったけど、別の方からの、良い答弁をなさったと思いました。で、小沢氏の方といえば・・・「靖国に戦争指導者をまつるべきでない」と発言!?「戦争を指導した人たちは靖国に本来祀(まつ)られるべきではない。 戦争で亡くなった御霊を祀る本来の靖国神社に帰すべきだ」しかし、具体的にどうすべきかについては、番組後記者団に「政権を取ったらすぐやる、そのとき教える」と明言しなかった。で「A級戦犯」については言葉だけは分かってるらしくて、そのような言葉は認めないと。しかし、国民に対して戦争を指導した大きな責任があるので、祀っちゃいけないんだそうです???なんだあ?これ。大体、麻生さんが言われるように、祀るかどうか決めるのは、靖国神社です!政治には、何の権限も無いというのに。それから、もうひとつ。当時の日本の指導者が、自分から戦争を起こしたというわけ?侵略戦争などという位置づけをしてるとしか、思えん。例えば、刑死なさった東條英機大将ですけど、その「極東国際軍事裁判」の宣誓供述書を読むとこうあります。 「戦争が国際法上から見て正しき戦争であったか否かの問題と、 戦争の責任如何との問題とは、明白に分別の出来る二つの異なった問題であります。 第一の問題は外国との問題であり且法律的性質の問題であります。 私は最後までこの戦争は自衛戦であり、 現時承認せられたる国際法には違反せぬ戦争なりと主張します。 私は未だ嘗て我が国が本戦争をなしたことを以て国際犯罪なりとして勝者より訴追せられ、 又敗戦国の適法なる官吏たりし者が、個人的の国際法上の犯人なり、 又条約の違反者なりと、糾弾せられたるとは考へたことはありませぬ。 第二の問題、即ち敗戦の責任については当時の総理大臣たりし私の責任であります。 この意味における責任は私は之を受託受託するのみならず 衷心より進んで之を負荷せんとすることを希望するものであります。」そして、辞世のお歌。「身を千々に 砕きさくとも 償(つぐな)えじ 栄ゆる御世を 堕(おと)せし此の身は」実は刑死されたA級戦犯といわれた方々は、戦争責任をすべて自ら引き受けられ、負われて従容と刑死されました。国の新生の為に。国体を守るために。「吉田と近衛が率先して実行した東条誹謗は、 検察団の矛先を天皇陛下からそらすのが目的でした。 巣鴨にいる本人の同意を得て、陛下のために引導をわたしたのでした。 忠臣東条は喜んで罪を背負ったわけです。」 片岡鉄哉 「正論」平成16年5月号で、小沢氏は「自衛のための戦争」「国際法上認められる戦争」などの見解もあるというのに、ホントに自分で考えたり、調べたりなさったことあるんでしょうか?当時、全国的に赦免などの運動も起こってたそうですよ。大部分の国民が、当時の指導者だけに戦争を起こした責任があるとは思っていなかったということなのです。戦争犯罪人ではないということになって、(なかったからこそ)その後政治家になられた方々(大先輩で、指導も受けられたはずですよね)について、どう思っていらっしゃるんだか・・・荒木貞夫、賀屋興宣、重光葵。不起訴ではあったけど、岸信介。もし刑死されていたら、この方々も祀っちゃいけない訳なのね?戦争を指導したのが、死後も祀っていけないほどの罪になるなら、アメリカも、連合国も・・・許されない罪を冒しているよね・・・なーーーーんも、大事なこと、分かってないよなあ。結局は分祀させると言うことなんでしょうが。そんなこと、出来るわけが無いのは、少し調べれば分かること。少しは麻生さんの爪の垢でも煎じて、飲んで頂きたい。といっても、私はこの小沢氏を全然信用していませんので、比べるのも、ちと、麻生さんに申し訳ない思いがします。大体政権取れる見込みが無いから、大言壮語してるのはありありで、もう・・・終わってます。小沢一郎氏。詳しくはてっくさんのサイトで読んで下さいね?それから、麻生さんの靖国に対するとてもわかりやすいお話がのってたので、てっくさんの別のエントリから、引用させて頂きます。 麻生:国のために尊い命を投げ出して戦ってくれて死んだ人、 そういった人たちに対して感謝と敬意を捧げるということを国家が 禁止しているという国はありませんし、また、自分の国の中に 「あそこには行っていいけどあそこには行っちゃいかん」と隣の国から言われて 「左様でございますか」という総理もいないと思うんですけど。 ただ、今の問題として多くの方々が「隣の国から(止めろと言われるから)」 とか、国論が2分することなく、素直な気持ちで参拝できる状況を作り上げる 努力が必要と思ってますけどね。 NHK:ポスト小泉といわれているおひとりとも言われているので あえてお伺いしますけども。 5年前の総裁選挙のときにも麻生さんは、8月15日かどうかは別として 靖国神社には参拝するとおっしゃいました。 近隣諸国と首脳会談が開けないということが予想されても、 総理になればそういう信念は貫くべきだとお考えになっていますか? 麻生:外務大臣に就任したときに聞かれた質問のひとつが、 大体各社みんな同じような質問しかされませんから、 その中のひとつでしたけれども、個人の心情と立場というものは中々 難しいものがあるんで、 「そのときになったら適切に判断する」と答えたと思いますんで、 それ以後3ヶ月間で変わったか?と言えば変わってません。 NHK:もしも個人の心情と国益がぶつかり合うということになったら どうされますか? 麻生:国益の定義は景山さん(NHK)と私とは違うかもしれませんけど、 国益というのは「真の国益」というものを考えて、そりゃ国益が優先します。 個人の利益よりも。 NHK:それは場合によっては参拝問題についても、見直すことが国益になるので あればそれも見直すと? 麻生:自分が納得できたらね。 NHK:納得できたら・・・ 麻生:だから、そういうふうに素直に(参拝に)行けるような状況を、 作り上げることに全力を傾けるべきだと思いますけどね。 NHK:そちらに全力を・・・(不満げに)麻生さんの言葉、もうひとつ、てっくさんところでめっけたので、追加引用☆占領中は戦争が続いているのと同じ状態と考えるのは、国際法の大前提です。従って米軍の占領中に刑死や獄死した人は、戦闘行為中で戦死したのと同じという事がA級戦犯として刑死した人達に対する考え方の原点なんです。従って国会は全会一致で昭和28年、刑死者の遺族をすべて「戦争遺族」として扱い、恩給も全て他の戦死者と同じように支給する事を決定しております。敗戦意識というのか、そろそろ日本も歴史を正確に調べ、靖国参拝といった物事の本質を今一度考え、戦後に始った意識、習慣を見直し、「戦後」を超える必要を確信します。麻生太郎さん、首相にならないかなあ☆
2006/04/10

タイトルが、大変過激なものになってしまいましたが、それでも、こう言わざるを得ません。文芸春秋4月号に、高橋紘氏が「現代版壬申の乱への危惧」などと、皇太子殿下、秋篠宮親王殿下にたいし、お睦まじいご兄弟の間をうんぬんするような無礼極まりないタイトルをつけ、浅薄な女系天皇推進論を発表しています。怒)氏については「家族がいちばん」さまが、しっかりと反論なされていますので、そちらで読んで下さいませね?しかしまあ、推進論者はそろいもそろって、畏れ敬うということを、知らない人たちであることよ。人間が懸命に生きると言うことに、なんの考察も出来ていません。つまりは、死生観、生命哲学が欠けているのではないでしょうか。生命哲学は、学問で身に付くものではありません。まったく素朴なお百姓のお爺さん、お婆さんでも、はるかに賢く、生きる智慧や教養を身に付けている例が大変多いのです。なぜなら大自然の中で、日照りでも、大雨でも、台風にあっても、幸運でも、不運でも、ひるむことなく、智慧をふり絞って作物を育て続けています。食べるために、そして、人に喜んでもらうために。「美味しいね」と言われることが、何よりの喜び。そして、人さまのお役に立っているということが、何よりの誇り。「お陰さまで・・・」と、ニコニコ顔のなんと美しいこと!日本を見えないところで支え続けているのは、実にこういう方々です。たぶん、高橋氏たちは、そういうことに実感がないのでしょうね?一番おかしいのは、彼らは未来を設計できると信じ込んでいること。計算し、予定を立て、実行すれば、それでうまく行くという幼さです。田舎のおっちゃん、おばちゃんは解っているのにね?「お天道さん次第じゃ、うまく育たんこともあるさあ。 バッテン、播かん種は生えんもんねえ。 やってみらにゃあ、どうなるか分からんと。 負けんで、がんばらにゃあ・・・」子供じゃあるまいに、良い大人であり、学識者といわれる人が皆、そのような論を立てているのには、人間をバカにするもんじゃない!と、言いたくなります。あるいは、それも計算して、意図的にそうしているのであれば、なんという人間に対する侮蔑的態度であることでしょう。他は・・・特に彼らに反対する人はみな劣等であるから、知恵・知識を動員して、うまく持っていけば、思うようになる・・・というような態度ですよね?先の岩男氏も、田中氏も、所氏も、あるいは、内閣官房の典範改正を企んだ輩も、人として大事なことが、すべて欠如しているように思えてなりません。先の高橋紘氏に戻りますが、彼の主張していることを、子細に読んできて感じることは、「悪しきジャーナリズム」の典型であることです。皇室記者であり、宮中祭祀に関しても色々書いているのに、その伝統という重みがまったく分かっていないのです。いや、自分だけが書けたということで、伝統を分かったつもりになっているのが致命的。ご皇室のことを取材し、長年にわたって書いてきたということが、自分だけが知っているという思い込み、思い上がりを生んでいるような気がします。また学者先生たちにも申し上げたい。学問を積み上げてこられたということも、そのご苦労も、畏れを知らなければ、まったく現実には生かせることが出来ないということを。畏れとは、謙虚な気持ちだといって良いと思います。自分だけが知っている、自分だけが正しい。そして他を見下します。それは不毛の地にも似て、なにを産み出すこともありません。明日はどうなるか分からない。これが真理です。「結論ありきで何が悪い」などと、うそぶくお方々に至っては、何をか言わんや。もっとタチが悪い・・・・いうなれば、ヲシテ文献に書かれた、日本始まって以来のクーデター(紀元前1000年頃)を起こした、ハタレどもと同じなのです。ハタレとは、己の力を頼み、人々をまやかし、自分の利益だけを求めて、国を支配しようと、群れ集まった悪しき者共です。これは「人でなし」であったので、その当時嫌われていた動物の名をつけました。曰く、ヲロチ、キツネ、イソラ、ヌエなどが取りついているとされ、ことに「ヤマタノヲロチ」とは、8人の首領にそれぞれが率いられた、悪党どもの大軍であったそうです。中には政府の高官も交じって、扇動していたとか。この時、アマテルカミのご采配の元、すべての人々は心1つに結集し、何年かの苦しい戦いの末、やっと悪者達を平定したといいます。そして、それからの平和は長く長く続き、もっとも栄えた、幸せな時代となったのです。ならば伝統という、今までの人々が命をかけても守ってきたもの、その良き本質だけは、守り通さねばなりません。その本質は実に男子男系の天皇陛下を戴くことです。日本が奇跡的に滅びなかったのは、このことを、愚直に、しかし智慧を絞って、守り続けてきたことにあります。大変?統計上は無理?そんなこと、どの時代でも同じでしたよ。しかし、安易な道をとらず、男子男系という、大原則を守り、一見道を狭めることも厭わず、あらゆる工夫、智慧を結集したことで、なんと2600年も・・・私見によれば、8000年も(笑)・・・国は存続してきたのですから。どなたかがおっしゃっていましたが、「一見道を狭めるかのように見える男子男系を守ることは、 末長く皇統が続くことであり、国が栄えることに繋がる」まったく同感です。もうここまできたら、いっそのこと、彼らの言葉を借りて、「何が何でも、男子男系の皇統を守る」「それ以外の考えは捨てるという結論ありきで、何が悪い」と私は声を大にして言いたい。男子男系の皇統の正当性は、私に言わせれば、大変簡単です。それが、大自然の理に適っているからです。そのことを体験的に知っていた日本人の優れた感性は、農本主義という、まことに健康で素朴な、この地の「自然と共に生きる暮らし」から生まれました。よって、何より科学的なものなのです。太古の日本人は、それをアメノミチ(又は、アメナルミチ)と表現しました。アメノミチ・・・宇宙原理に従うということです。神道の根底にある哲学に従って生活してきたのです。さて、今日の産経新聞にそれを証明している記事があります。動物行動学研究家・竹内久美子さんの「正論」。この方は前にも、動物としての人間論を書いておられましたが、それによると、猿類も、進化したゴリラ、チンパンジーなどのヒトと近い大型霊長類になると、その社会システムの中で、男系を選んでいるのが現実であると。「集団が争う時に、オス達の血縁の絆により、有利に戦うことが出来る。 つまるところ、男系(父系)というシステムは 人間における、国家の成立や維持に関わっている(大切な機能である)・・・」縄文時代から日本人は、このことを自明のことと受け取り、この長い年月、何があろうとも男系を維持してきました。再三の国難の時期も、男系のご皇室を戴いて心を1つにして、乗りきってきたのです。そのためには、あらゆる智慧を絞り、だからこそ、建国の伝承にも、「カワルガハリニ ヨヲツギテ」と、口伝を書き残してています。直系にこだわらず、男系の血筋を引く、皇統に属するお方が、時代に即して、代わりあって御位をお継ぎあそばし、守ってこられた。それが、歴史に残る真実です。他のことはどうでもよろしい。まず、男系男子の継承と決めるべきだと思います。そして、皇統に属するお方々の・・・特に戦後GHQの政策で、宮家を離れられたお方々の復活を図り実現に至れば、何の問題もありません。前記の女系論者たちが宣う、いまの世にそぐわないとか、なじまないとか・・・そんなことは、枝葉末節。まことに、非科学的な暴論だと思います。日本の思想が、西洋より優れているのは、自然と共に、その法則を感じ取り、重んじ、従ってきたことにつきるのです。その、なによりの表れが、ご皇室のあり方であると、さらに深く、そして自信を持って、認識を深めようではありませんか。あとは不退転の意志を持って、行動あるのみ。長い歴史の中で、国のため命を捧げられた方々も、きっとお守り下さると思います。
2006/03/19

まささまのブログで、とんでもないことが明らかになりました。岩男壽美子女史、がその人。確かに肩書きはスゴイですし、えーごもペラペラでいらっしゃるのでしょう。でも・・・だから、なんなの?少なくとも、私にはトンデモナイお人に見えます。つまりは、目に見える世界しか分からない、評価できない人。目的のためには、真実をわい曲、捏造しても平気な人。ま、念のために岩男女史の経歴をあげておきましょう。慶應義塾大学文学部卒業(心理学専攻)、エール大学大学院博士課程修了(Ph.D.)。ハーバード大学教育学部大学院講師、慶應義塾大学教授を経て、現在武蔵工業大学環境情報学部教授。専門は社会心理学。男女共同参画審議会会長など多くの審議会、委員会の会長、委員を務める。又、現在日米センター知的交流プログラム・レビュー「シビル・ソサエティ」分野の日本側共同議長。近著に"The Japanese Woman:Traditional Image and Changing Reality (Harvard University Press)"でね、この方は日本首席代表として国連特別総会「女性2000年会議」に出席。今回の問題というのは、岩男女史は、その英語を活かして、諸外国に向けて恥さらしな、一方的な偏見と歪曲にみちた皇位継承へのコメントを、こっそりと、発表していました。上記に書いたように、異論があるのはかまわないのです。でも、事実をわい曲して伝え、情報操作をするというのは許せません。なんという下劣な心であることか!こんな品位品格の欠如した人が、日本代表というのは情けない限りです。さて、女史は、1月26日発行のJAPAN ECHOという海外向けの英文雑誌に、”HEIRS FOR THE JAPANESE THRONE”(日本の皇位継承者)という文を書いていることが、最近になって分かりました。 → 英語原文■ 寛仁親王は「時代錯誤」? 有識者会議メンバーが発信する海外向け情報の「歪曲」もちろん女史が有識者会議のメンバーなのは、皆様ご存知と思います。しかし、彼らのうちの誰かが皇室典範に関して何か自らの主張を書いたり、男系継承論に反論したということは知られていなかったし、代表の吉川氏以外には、コメントすることもありませんでした。ところが、こっそり、彼女は対外的に英語を使って、自分たちの女系、女性天皇推進論の正当性を発表していたのです。しかも、こともあろうに寛仁親王殿下のお言葉を恣意的に歪曲して、強い言葉で、貶めているのです。不敬の極み。そして、1つ目の嘘。「ひとつおかしな反対論が出てきているのだが、 それは『有識者会議がこのような重要事項をたった一年で結論を出したのは拙速すぎる』 というものである。 しかしながら、この問題は実のところ、有識者会議が設けられるに先立って、 7、8年かけて内閣官房内のグループで勉強されてきている」ええっ?1月26日時点では、7,8年かけて内閣官房内で勉強していた・・・つまり企画検討されていた事実は、秘密にされていました。私達は疑ってたけど、政府は、白紙状態で論議したと、嘘こいてましたよね・・・・で、その白紙状態であるはずの人が、こんなことを外国向けに発表しているわけで。内緒がバレタのは産経新聞2月17日のスクープによってです。7,8年論議したのは国民も知っている。それなのに、男系推進論者は拙速と非難している。7,8年も論議してたなんて、国民は、だーーーれも知らなかったよね?アナタは知ってたでしょうけど。2つ目の嘘。「……別の反対論では、われわれが皇族の意見を聴かなかったといわれる。 しかしながら、天皇陛下も皇太子殿下も、この問題に関する御自身のことについては、 そのお立場から意見を述べないということを示している。 天皇陛下の従兄弟である三笠宮寛仁殿下は 女性が皇位を継承できるようにすることに疑問の声をあげ、 旧宮家もしくは皇室の側室制度を回復させることを示唆したが、 彼の時代錯誤の考えには度を失ってしまうほどである」なんですと!よくもまあ、寛仁親王殿下のご発言を、わい曲しおってっ!親王殿下は、側室についても触れられていますが、「国内外共に今の世相からは少々難しいかと思います」と書かれていました。昔なら不敬罪。もっと昔なら磔、獄門よっ!岩男女史は親王殿下に対し、伏してお詫び申し上げるべきです!3つ目、不敬の上塗り。私はこれが一番腹が立ちました。「女性の皇位継承者が配偶者(consort)をみつけるのは難しいということも主張されているが、 これは男性の皇位継承者であっても同じことである。 こうした主張をする人たちが、将来の皇位継承者に、伴侶(mate)と出会う良い機会を 持たせてあげるような方法を見いだしてくれることを願うべきだろう」この2つの配偶者、伴侶と言う言葉に、彼女は、「女性の皇位継承者」の配偶者の方だけには、女王などの配偶者を指すconsortを使い、他の男系のお方の配偶者、また、一般論での皇位継承者の配偶者には、mate(連れ合い・伴侶?)という、まことに、そこらへんに使う軽い言葉を使用しています。しっかりと。・・・ほらルームメイトとかチームメイトとか、ね?これって、吉川氏がいった、「どうということはない」発言よりも、酷いと思います。また、女性のしわざであるだけに、なんとも醜い。こんな人が、同じ日本女性のうちにいるかと思うと・・・・彼女に抗議し、思い知らせてやりたいっ!・・・怒)どうしたら良いでしょうか。皆さまのお知恵を拝借したいです。とにかく、このトンデモニュース、広めて下さいませね?
2006/03/09
皆さまに緊急のお知らせです。beace_m@nifty.comというメールは、私のものではありません!先週辺りからこのアドが出回り始め、しかも、私の読者の方のところに数回送り付けられたとかいう、お知らせがありました。幸いチェック開封せずに、まず私に問い合わせがありましたので、そのままスパム?あるいは、ウィルスメールの可能性もあると判断、削除処理をお願い致しました。私のサイトで使っておりますメルアドとはまったく違い、明らかに私の名前を騙っていると思われます。管理人としてのアドレスは、Yahoo!さんのものです。どうか、ご注意をなさって頂けますよう、お願い申し上げます。
2006/03/05

なんだかなあ・・・どの新聞も、産経でさえ報道していないのはなぜなんでしょう?そんなに真相を隠さなければいけないのでしょうか?NHKって・・・どういう存在なのか。ネットでこのように問題になっているというのに、どの報道もスルーなのは・・・日本はこれだけおかしくなってしまったってことなんですね!私なんて単純に、荒川さんの、日の丸と一緒の嬉しそうな、美しい映像を見たいだけなんです。これまでのオリンピック放送では、現場の怠慢説を取ったとしても、そんなことは一度も無かったですよね?我が国の技術も、事に当たった時の完ぺきさは世界一であったと思います。どうしちゃったんでしょう。懲りないNHK「福田 逸の備忘録―独断と偏見」さまウイニングランはやはり予定通り1、2「Speak Easy 社会」さまウイニングランは元々予定されていた「Let's Blow! 毒吐き@てっく」さま☆追加☆ 素晴らしい電凸! そして写真集! 3/5■NHKにラブコール。「ケシクズ」さま日の丸を掲げて滑走する荒川静香選手の美しい写真集「屋根の上のミケ」さま ※ てっくさんとこで、嬉しいニュース。 ヨーロッパ版の映像を手に入れて下さったらしいです! きっと、そのうちにアップして下さると思います・・・(^_-)-☆ ※ 正論ブログに、只今TBを貼り付けて参りました。 結果いかに? 3/4/11.31
2006/03/04

皆さまへのお返事代わりに。これを見て下さい!私が見た映像です。時間が表示してあります。15分くらいも、この映像のまま・・・アナウンサーは、「今、あちこちでインタヴューされています・・・」などど、うそ八百をしゃべっていました。怒)ねこねこさまが電凸なさいました。以下ねこねこさまのブログからの引用です。・・・で、肝心の日本の国営放送ではどうだったかというと・・・。実は放送されていたそうです^^;表彰式のシーンは各国共通の国際映像配信(これにはウィニングスケートの映像が含まれていないとのこと)。ウィニングスケートのシーンはNHK独自の現地取材カメラによる映像。(ENG-エレクトロニクスニュースギャザリングというブロードキャスト技術を利用してるとか。 技術的なことは私も対応してくれたオペレータさんもよく分からなくって・・・^^;)で、国際映像と自社取材映像とでは、画像処理→放映までに必要な時間が違っているんだそうな。(この辺の技術的なことはやっぱり分からないですけど・・・orz)国際映像>自社取材映像 で、国際映像の方が早いそうです。ちなみに表彰式のシーンは 『おはよう日本』の枠内で放映。使用映像は国際映像で、ウィニングスケートの映像は枠内で放送するのに間に合わなかったとのこと。で、その後(2006/02/24中) 正午のニュースで12:06から放映されたということでした。・・・誰か見てた人、いるかなぁ・・・?ねこねこさま。NHKへの電凸、お疲れさまでした。ただ、あちらの言い分はおかしいと思います。なんといっても、国際放送で同時中継を試みているはず。そんな時に、画像が間に合わなかったなんてあるのでしょうか。また、上の画像の時のアナウンサーのしゃべくりの嘘はどうなる?それに、今日夜のニュースでやっと見たウィニングランは、ほんとに10秒もやったか知らん・・・?コクミンとしては、ぜーーーんぶ見たいですっ!やっぱり・・・許せませんよ。私は。↓これ、見たかったよう!
2006/02/27

今朝になって、仰天するようなニュースを知りました。なんと、荒川選手は日の丸を掲げて、嬉しそうにウィニングランをしたそうですが、その間の映像は、NHKは壁を写し、アナウンサーのコメントも、「今、あちこちで呼び止められて・・・荒川選手はインタビューに答えています・・・」などと・・・嘘をしゃべっていたのです!この間、約12分ぐらい。民放では、一瞬だけ写っていたり・・・。公共放送・・・皆さまのNHK?!もう、こんな偏向放送TV局は潰すべきです。放送料金不払い運動を!「福田 逸の備忘録―独断と偏見」さま「Let's Blow!毒吐き@てっく」さまこちらから、その時のながーーーい、壁の放送シーンがごらんになれます。また、本当に感動的な美しいウィニング・ランの写真も!で、ホントはその間が「国旗を掲げて、ウィニング・ラン」だったんですねっ!「Dr.マッコイの非論理的な世界」さまにも、エントリが。私も、あんまり腹が立ったので、産経新聞をチョキチョキ切り抜いて、写真と日の丸を合成し画像を作っちゃいましたっ!どなたでもお使い下さって、この話広めて下さいませ。
2006/02/27

サンデープロジェクト12日の討論で、所 功教授が「たらちね」という枕詞を取り上げ、「日本はもともと母系社会で中国から男系社会制度を取り入れた」などと言い出したのには、やれやれと・・・がっくり力が抜けてしまいました。古代について誰よりも知っているという自負心から、その一つの例として「たらちね」という枕詞をあげ、「垂乳根の母」というヤマトコトバがあるように、古代は母系社会であったので、女系天皇になることは何の問題もないという強硬な持論を展開しました。祖神が天照大神という女性神であることも、彼の主張を強化しているようです。でもね・・・言葉の解釈だけで、実際に1500年以上も続いてきた男子男系の皇統を変えられると思っていること自体が、チャンチャラおかしいことではないでしょうか。学問とは、そういうものなのでしょうか?まず、実際はどうやって来たのか、事実はどうか。長い長い時の流れの中で、智慧をしぼりながら、何度もの危機をも乗り越えて、一筋に続いてきた皇統。それ自体が、もう一つの証明なのだと思います。小賢しい学問や、理屈はいらないのです。この長い時間で変わらず続けられた事実のみが、何より大事なもの、変えてはならぬものと、私たちに伝えていますから。その上で、所教授にあえて言わせて頂きたい。古代は女性社会というのは、あなたの思い込みではありませんか?ヤマトコトバといっても、それは記紀以後の、つまりはあなたの言う、中国思想や、社会制度が入ってきてからの、すでに変わっていたヤマトコトバなのではないですか?『古語拾遺』に「上古の世には未だ文字有らず」と書かれていることを、本当に鵜呑みにしてしまっても良いものでしょうか?この書は、807年に斎部広成によって書かれたのですが、漢字が伝わり、国字化してから数百年後のことなのです。『新撰姓氏録』815年によれば、帰化人はすでに上流社会の32%を占めていました。実に10人に3人は大陸からの帰化人だったのです。古代ヤマトコトバは、彼らの助けを受けてまず、漢語訳されました。日本固有の感覚の薄い、伝統も知らぬ人たちによって訳されたのです。そして現在の研究というものは、歴史でも、和歌でも、文学でも、はては神事においてもこれ以後の文献を足がかりに、成されたものに過ぎません。また、古代の日本を知るために論拠としてあげるのが、あの捏造好きの中国の文献「魏志倭人伝」なのですが、こんなものが果して信用出来るのか?一度彼の国の歴史を考えてみて下さい。王朝が倒れるたびに皆殺しにし、歴史を書き換えるのは当たり前という国なのですからね。さて、ヲシテ文献には「タラ」が「両親」を表す言葉と記されています。「チ」は、血、智、そして道の意味だとおもわれ、父の役割の本質を指しています。同様に、「ネ」は根っこ、大地。また現世という意味も含まれ、この場合は身体を意味します。母の役割の本質です。男親を正式には「タラチヲ」と言い、タは略語。同様に女親を「タラチメ」と言い、ラがその略語です。タラチネ・・・すなわち「両親から受ける精神と身体」という意味が正しいと思います。古代においては1字の文字が、様々の意味を持ち使い分けていましたので、「チ」「ネ」も、あるいは「タ」「ラ」も、上記の意味だけが全てではなく、従って、文脈により選ばなくてはならないことを覚えていて下さいね?それが分からない漢語訳者たちの超誤訳の代表は「ネノクニ」を、なんと黄泉の国と訳したことです。ま、神話化するための意図的なものとも思えますが・・・実際は「ネ」は北の意味もあり、当時の首都から北の方にあった、出雲を中心とした山陰辺りを指していたのです!!! 方角を表す字は次の通り。 キ 東 ツ 西 ヲ 中央(都のあるところ。初は琵琶湖の辺り) サ 南 ネ 北さて、古代における父親の役割は、アメから受けたエネルギーである心・精神を与え、また教え育てることにありました。母はそのエネルギーを連れ合いを介して体内に受け、ツチ由来のエネルギーをその身に集めて命となし、この世での見える身体というものを作り上げ、産み、養育します。また二人の遺伝子とも思われるものが、タマノヲとなり、その子の見えない物質である父由来の心や精神と、母由来の生命維持に必要な要求を結びつけ、1つになったものを「タマ・シヰ」と呼び、それがコダネに宿り、命となります。※以上が、簡単に述べましたが、古代日本の生命哲学で、ヲシテ文献各所に、それぞれの表現で記されています。またマクラコトバも、枕詞では誤訳。真っ暗な渾沌とした思いに、置かれた言葉なのです。その一つの言葉がいわば種となって、暗やみの中に光が射すように、精神が明晰になり、思いがはっきりと掴めるようになり・・・そして、ウタになります。ですから、「真っ暗な渾沌とした想いの中に、種として置かれる言葉」が意味として正しいのですが・・・身体のケガレはミソギをしなさい。そして心のケガレや迷いはウタを詠んで祓いなさい。これは、その時代の教育の1つです。このことは、後にウタを広め、その不思議な力を示したことで、ワカヒメと褒め名を受けた、アマテルの実姉ヒルコが、末弟ソサノヲに質問を受けて、教える個所に詳しく書かれています。イサナミが産まれた御子は、4人です。ワカヒメ・ヒルコ・・・次にヒヨルコという御子を宿されたのですが、流産されました。そして年も中年にさしかかる頃、やっと祈りのうちに誕生されたのが、日嗣の皇子「アマテル」イミナ(実名)は「ワカヒト」といわれます。次には、ツキヨミ・モチキネ、末っ子がソサノヲ・ハナキネです。上から下までは、大変年が離れています。そして、いたずらっ子ソサノヲの起こした、熊野の山火事を鎮めようとしたイサナミは火に巻かれて亡くなってしまいました・・・そして、まだ年若のソサノヲを育て上げたのは、姉のヒルコでした。以上のことは、ほんの概略に過ぎません。ヲシテ文献には、その方々の性格や、業績も生き生きと記されております。 ※ 02/23 一部分の文章を訂正致しました。
2006/02/22

竹田さまのご著書「語られなかった皇族たちの真実」は、本当に素晴らしく、今まで知らなかったこと、いかに皇族方が戦争という非常時に身を呈して、陛下のため、そして、この国や国民のため働かれたかが良く分かりました。それが皇族という方々なのだと。陛下に倣い、なんと素晴らしいリーダーぶりであられたことか!今日その竹田さまのプライベートなブログで、大変明解で優れた、素晴らしい皇室典範改正案をお述べになっておられましたので、引用ご紹介したいと思います。■男系維持の具体的方法論について 男系を維持するためにどのような方法が上策であるか、多くの方がいろいろな意見を述べているが、これまで私が耳にした中で、もっとも違和感のない方法は次の方法である。 前提として、皇位継承順位の変更を伴う典範改正は行わない。 その上で、後継ぎがいらっしゃらない宮家の当主が、必要に応じて(旧皇族など、天皇の男系男子、もしくはその夫婦などから)養子を指名できるようにする。 そして、指名された者が、養子に入ることを了承した場合、 その旨を皇室会議にかけ、皇室会議が承認した場合、その養子が成立することにする。 ちなみに、単純養子、入り婿、夫婦養子のいずれもこの方法によって成立が可能である。 実際には、皇室典範第9条(養子禁止規定)に「但書」を付加し、第15条に例外規定を一項目付加すればよい。皇室典範第9条〔改正前〕天皇及び皇族は、養子をすることができない。〔改正後〕天皇及び皇族は、養子をすることができない。但し、皇室会議の議により、皇統に属する、もしくは属した者の、男系の子孫から養子をすることができる。皇室典範第15条〔改正前〕皇族以外の者及びその子孫は、女子が皇后となる場合及び皇族男子と婚姻する場合を除いては、皇族となることがない。〔改正後〕皇族以外の者及びその子孫は、女子が皇后となる場合、皇族男子と婚姻する場合及び第9条但書の場合を除いては、皇族となることがない。《この方法に対する竹田の評価》 一般社会において、養子が行われる場合、必ず当主が発議するものであるため、この方法は極めて自然な方法といえる。この方法によれば、宮家の意向に沿った形で養子の人選が行われる。これは第一段階の人選となる。 次に、養子となる本人が了承することが要件となるため、本人の意向に反して養子が決定することは避けられる。 そして、総理が議長を務め、三権の長と皇族が出席する「皇室会議」で承認されることを最後の要件とするため、政府、国会、司法、皇室の意向にそった養子のみが承認されることになる。これは第二段階の人選となる。 このようなステップを踏んで養子を成立させれば、 1)養子を受け入れる宮家当主の意向 2)養子入りする本人の意向 3)皇室の意向 4)政府の意向 5)国会の意向 6)最高裁判所の意向が合致したことになる。 これだけ多方面の意向が合致した形で養子を成立させる方法は、この方法以外にないと思われる。 意見・批判があればいただきたい。また、17日には日本テレビの討論番組にご出演された放送がなされるとのことですが、かの「所 巧教授」が、大変無礼な態度で発言を遮ったり、非難を浴びせたりしたとか・・・収録後も周囲があきれるほど、酷かったそうです。何様なんでしょうか・・・?竹田さまのブログに、この皇室典範に関する各氏の発言などの資料があります。「皇室典範関係資料」
2006/02/14

歴史学の泰斗であられる、田中教授の「女系天皇で問題ありません」という寛仁親王殿下への諌言を読んで、たいへん悲しくなりました。学問というものは、適用の仕方で結論が変わってしまいます。なんだか、その知識、学問がまったく反対の結論へと導かれているのに、驚きを覚えます。文中に「はじめに結論(女帝)ありきで、なぜ悪い」という驚くべきタイトルまであって、やっぱり、この方は・・・とある意味納得しました。が、もっともらしく愛子さまや皇太子妃殿下のことを大事に思うように見せかけながら、実はなにもお分かりではない。女性にとって帝位というお立場が、どのように惨いものであるか、女性の自然のあり方をそこない、あえて無理をおさせしようとするのですから。不自然で辛いお立場に追い込んでしまうのが、なぜお分かりではないのでしょう。女性に対して、科学的にも心情的にも盲であり無知そのものですよね!田中教授の論ですが、あえてヲシテ文献を持ち出さなくても、重要な反論個所があります。それは天照大神という女性神を、我が国では始祖の神と祀ったからと、盛んに論じておられますが、では、神話に書かれた天上世界の女神さまが、現実世界を統べるべしと送られたのは「瓊々杵尊」男性神ではありませんか?天上では女性神がお偉くても、地上で世を治めるのは、男性神がふさわしいと天照大神もお思いになった。そういう理屈も成り立つのではないかと思います。そして、その方以後、全て男性がその皇統を受け継がれたのです。そして神話から、人の時代、歴史にしるされた時代になり、神武天皇即位以後も、その伝統は引き継がれ、すべて天皇は男系男子であられます。天照大神のお望みに従っていると思うのですが・・・確実な記録における史実は、すべて天皇は男系に限られております。お八方の女性天皇は、例外として、その男系男子制を守るために、やむなく中継ぎとして御位につかれたというのが、歴史的事実です。この方達も、云うまでも無く男系であられました。その時と比べ、皇太子殿下も、秋篠宮殿下もいらっしゃるというのに!シモジモが無礼にも継承権を左右するとは、何という畏れを知らぬ所業でありましょうか。本当に問題になるのは、まだ何十年も先のこと。当時のように、待ったなしで困っている訳ではありません。その上、歴史上から云っても、遠い別系のお方が即位された例もあり、直系にこだわっていないのは明らかです。それがあればこそ、昭和天皇陛下が、側室をお取り上げにならなかった時のお言葉に、「(男子が生まれなく)ても、高松さんも、三笠さんもいるではないか・・・」と側室制度をおやめになり、そして皇后さまが、姫宮しかお産みあそばされなくても、別系が継げばそれで良いというお考えを表されました。無理に皇子をお産み遊ばされなくても良いのです。雅子さまも愛子さまも、他の妃殿下方も、この件ではもっと自然に、プレッシャーなどお感じ遊ばされぬようただ、ただ、明るくお幸せにお過ごし頂きたいと願うものです。たとえ、今後お子に恵まれぬお方があられたとしても、そのお二人の仲睦まじいお姿だけでも、理想のカップルとして、私達の素晴らしいお手本となるのだと思います。「皇室は祈りでありたい」と、皇后陛下は仰せにになりました。私達のため、国のため、全世界のため、祈り続けて下さるというのです。無私の心でお祈り下されるのはただ、ご皇室にしか出来ないことなのです。昭和天皇陛下は同時に、皇位継承について、「養子制はなんとかならぬか・・・」と申し入れをなされたとのこと。側室制が廃止となれば、宮家の存続も重大事となり、そのためにも、できるだけお血筋の近い男系男子からの宮家ご養子は、制度としてもぜひ設けねばらなぬとお思いになったのでしょう。今上陛下のご誕生で、それは立ち消えてしまいましたが、前陛下のご意思として、なにより尊重されるべきと思われます。男系男子しかお考えになられなかったというのは、以上のことからも、明らかです。昭和天皇陛下は、まだご意見を述べられる立場がお有りでした。今上陛下は、GHQの作り上げた憲法のために、お気持ちも、ご意見もおっしゃれないという、なんとも異常なお立場にあられます。せめて、ご皇室のことは皇室会議でお決め頂きたい。皇室典範をご皇族方にお返しせねば申し訳ないと思います。私としては、まず秩父宮家や高松宮家へ対し、旧宮家からのご養子による復活が1番無難で良いかなあと思うのですが。皇族会議の上、ご本人の意思を確かめた上でのお話です。できたら、戦後の無理矢理臣籍降下なされた11宮家の復活も望ましいのですが・・・まだまだ、努力すれば男系男子制を守る手だてはあるのです。安易に女性天皇を言い立て、もっともらしい理論付けをして、この国の伝統と文化を破壊してはなりません。また、内親王さまがたにとっても、女性天皇は決してお幸せを保証できない・・・むしろご不幸を招く御位であることを、しっかり理解し、憲法改正によって、皇室典範はご皇室のものと、はっきりと規定すべきと思います。今でも、本当はそのような解釈も成り立つのですが、条文にしないと納得できない人(?!)も多いようですので・・・皇室典範は、下々が手を付けては畏れ多いもの。ご皇室の、いわば家法なのです。民主的にという方がいるなら、その方の生き方や、大事にしているその家の伝統を、何の関係もない人たちが、勝手に規定し、運命までも左右するというのは、まったくもって、民主的ではありません。憲法は国民を規定するものであり、皇族はその範囲外にあたります。ましてや、我々の持つ権利もまったく無く、一般のような言論の自由も、行動の自由も無く、不当なことがおこっても、訴えるという自由もおありにならない。ただひたすらに、私達のため、この国の平和のために全部を捧げていらっしゃるのですから。法律改正をして、皇室典範をご皇室のものとしてお返し申し上げるのが、早急にすべきことではないでしょうか。最後に縄文の記録であるヲシテ文献では、アマテルカミは生きておられた男性であり、皇統を建て直された名君であられたことが良く分かります。その治世法も業績も詳しく記され、また、皇位継承の根拠も、記紀よりていねいに、三種の神器の意味している事柄と共に記述されています。そして、神話に仕立て上げたのは、推古天皇の頃からであり、大陸からの渡来人、帰化人と組んで、政治を操ろうとした輩の仕業なのです。残念にもこれが成功してしまい、日本の本当の伝承や文化、感覚を記したものは消されてしまいました。が、そのなかでも家伝の文を代々密かに守り続け、代ごとに写本として新しく、書写し続けて続けてきた家があったのです。ヲシテ文献の最古の写本は、その子孫78代目に当たる三輪家の裔の手によるものです。また、さまざまな時代の写本の断片もあり、その全部の、引用にいたるまでの他の文献との違い、校異も調べられた上で、現在、古事記・日本書紀との一字一句の比較研究も完成しました。☆けんきゅうしつ☆「ヲシテのクニ」では、順次その内容を、原文と共に、必要とあれば古事記・日本書紀の参照を含め、分かりやすくご紹介しておりますので、読んで頂ければ嬉しいです。
2006/02/13

紀元節は、もういろんな方が書かれているように、明治5年11月15日の太政官布告にて、神武天皇即位日と天長節(明治天皇お誕生日)の両日を、祝日と定めたことによります。『日本書紀』に辛酉年春正月庚辰朔 天皇即帝位於橿原宮 是歳爲天皇元年とあり、この日を太陽暦では2月の11日であったとし、建国の日の根拠とした訳です。さて、ヲシテ文献から考察しますと、さらに面白いことが分かります。やはり、この方神武天皇(カンヤマト イワハレヒコ)をもって大きな時代区分としているのです。つまり「カミノヨ」から「ヒトノヨ」と移ったのだと。そしてご名称も「アマカミ」から「スヘラギ」へと変わっています。「カミノヨ」は祖先の世、上の世ということなのですが、この時代は残されたフミ、あるいは伝承によって知ることが出来る時代。それに対して「ヒトノヨ」というのは、未だ生き生きとそのお人柄やご業績をしのぶことができる・・・そういう時代に入ったということなのですね。考えてみれば書かれた当時から700年くらいの昔、私達が思い浮かべることが出来る例としては、義経、頼朝時代の感じなのでしょうか?もうひとつこの文献でしか分からないことは、なんと、あの「アマテルキミ」のお誕生もやはりお正月、元日の朝日と共に、お生まれになったと記されています。そして、この日をいわば、国の再生の日、新たなる誕生ととらえて尊んでいたのです。それは、世継ぎが絶えそうになって、初めての「日嗣の皇子」のお誕生でしたから。このように「紀元節」はカミの導きによって定められたかのような、古代からの由緒もあり、伝統の輝きを秘めた、尊い祝日ですので、ぜひ法改正によって、このお名前を復活させたいと願っています。☆びーちぇの「ヲシテのクニ」では 皇位継承 古代における女性の尊さについて 男系尊重は、すなわち女性尊重のしるしであったことを 記事にしました。 読んで頂けたら嬉しいです。
2006/02/11

紀子さまのご懐妊を 心からお慶び申し上げます。どうぞお健やかに おすごしあそばされお元気な宮さまのお誕生となりますようお祈り申し上げます。
2006/02/08

古代の、建国からの祈りは「アメ(とツチ)ヲ マツル」と表現されました。アメはアメミオヤ」という言葉でも表し、唯一神(大自然の法)を指しています。ツチはこの現世のことで、すべての自然現象もこれに入ります。つまり、祈りとは「マツル」ことであったのです。もちろん私たちが理解しているような、愛を込めて想う、願う、念じるという祈りの形もありましょうが、これはある意味、日本古来のものでは無いのです。しかし唯一、現代に至るまで、何千年も同じ形でカミをマツリ続け、祈り続けていらっしゃるお方がご皇室、歴代の天皇陛下なのです。また由緒ある神社では今に変わることなく、祭祀職最高位の天皇陛下を戴きながらこころひとつに、古式に従って祭祀が行われています。全ての、われ(我)から出るものを除いた、究極のこころのありようを示しているのが「マツル」現代でいうところの「祭祀」という祈りのかたちであるのです。手を合わせる。拝礼する。それは、損得のある神おがみではなく、カミと心をつなぎ、一つになる・・・言うならば、技法のようなものではないでしょうか。求められているのは無心。明澄な心。そして「アメヲシル」という直観を得られるのです。だからこそ、日本においては、この祈り・・・マツリ・祀りは、政りごとでもあり、お祭りという、皆が共に(そう、カミさまもいっしょに)楽しみ、親しみ合うことでもありました。いずれにおいても、アメヲシリ・・・直観を得た御方でないと、豊かで安らかな世というものを実現できなかったのです。もう一つのヲシテの言葉に「タミヲ ヤハス」ということが書いてあります。陛下のお仕事の目的は、実に民を和す・・・「民を安らかな心にし、平和な世にすること」とはっきり定義されておりました。それなのに、古事記でも日本書紀でも、この大事な文言を消し去っているのです!ヲシテ文献には、この「アメとツチをマツル」ことを、正しく行い続ければクニは栄え、皇統は絶えることがないというように記されています。「歴史とは、今は亡き方々との対話なのだ」ということを、各界のホントの(!?)有識者の方々が、最近それぞれの言葉で語っておられるのを、心深くうなずきながら読みました。そういう心の伝統の一番純粋な形のあらわれが、日本のご皇室であられると・・・皇統を守ることは、このような私達の古来の心のあり方を守ること。それが伝統という、今は亡き方々も一心に守り伝えてこられたことなのです。ご皇室のあり方を、皇后陛下も次のようにおっしゃったと、黒田家に嫁がれた、清子さまが記者会見で語られておいでです。皇后陛下のお言葉「時代の流れとともに,形の上ではいろいろな変化があるでしょうが, 私は本質的には変わらないと思います。 歴代の天皇方が,まずご自身のお心の清明ということを目指され, また自然の大きな力や祖先のご加護を頼まれて, 国民の幸福を願っていらしたと思います。 その伝統を踏まえる限り, どんな時代でも皇室の姿というものに変わりはないと思います。」また、このマツリ・祭祀について、メルマガ「国際派日本人養成講座」の皇室という「お仕事」■4.深夜の祭祀■ に詳しく書かれています。 両陛下の「お仕事」とは人目にふれるものだけではなかった。 私の目から見て、両陛下がなさってきた事の多くは、 その場では形にならない目立たぬ地味なものの 積み重ねであったと思います。 時代の要請に応え、新たに始められたお仕事も多くありましたが、 他方、宮中での諸行事や 1年の内に最小でも15、陛下はそれに旬祭が加わるため 30を超える古式装束をつけた宮中三殿へのお参りなど、 皇室の中 に受け継がれてきた伝統は、 全てそのままに受け継いでこられました。[5] 紀宮さまの幼年時代に御用掛を務めた和辻雅子さんは、 宮中祭祀の際の宮様方のご様子を次のように語っている。 新嘗祭の折などには、祭祀が深夜に及び、 皇后様は御装束をお召しになり古式ゆかしいお姿のまま、 御拝を終えられた陛下と共にお祭り終了まで お慎みの時を過ごされます。 このような祭祀の夜は「およふかし」と 御所で呼ばれておりましたが、 宮様方も一定のご年令に達されてからは、 それぞれにこのお時間を最後まで静かに お過ごしになるようになりました。 終了のお知らせが参りますと、 お二階の両 陛下のお部屋までいらっしゃった宮様方の、 「お滞りなく・・・」「おやすみなさい」 とおっしゃるお声が次々と響き、 祭祀の終わった安堵を感じるものでございました。 ご生活の中に入っている、こうしたある意味特殊なお行事も、 その一つ一つをお果たしになることが、 ご日常の自然な秩序であり、 同時に両陛下やご自身様方のお立場に伴うお務めを理解される 大切な機会となっていたことを改めて思い出します。[4,p267]最後に、清子さまがご結婚にあたり、記者会見で語られたお言葉を。 「以前にも述べたかと思いますが、 皇后さまがこれまで体現なさってこられた「皇族のあり方」の中で、 私が深く心 に留めているものは、 「皇室は祈りでありたい」という言葉であり、 「心を寄せ続ける」という変わらないご姿勢です。※ ご皇室の祈りについて、ご公務について、あり方について、 素晴らしいエントリーを書かれているブログを ご紹介致します。「22で」さま。はるか海外から、日本のアイデンティティーについて、素晴らしい記事を書かれています。「Speak Easy 社会」さま。こちらのエントリーはどれも目からウロコの思いです。毎回本当に勉強させて頂いています。真名さん・・・これからもよろしくお願い致します。「一燈照隅」さま。ほぼ私と同じような内容のエントリを見つけました。リンクは、ぜひ読んで頂きたい他の記事ですが。
2006/01/27

緊急な切なる「三笠宮寛仁親王殿下」のご発言が、産経新聞1/19朝刊に発表されました。ご両親の三笠宮殿下・妃殿下共々大変憂いておられるご様子が拝察されます。また、一部に「女系天皇容認」は今上陛下のご意思であると言われているのを、否定しておられます。親王殿下は、今回の記事のご自分の発言を広く伝えて欲しいと望んでおられますので、皆さま、よろしくお願い致します。≪皇室典範改正 寛仁さまご発言要旨≫ もしも、この平成の御代で歴史を変える覚悟を日本国民が持つならば、慎重の上にも慎重なる審議の上行っていただきたい。失礼な言い方ですが、郵政民営化や財政改革などといった政治問題をはるかに超えた重要な問題だと思っています。 典範問題は単純な政治問題ではなく、日本国の歴史が変わるか否かという大事と理解しています。遠慮なく皆さんの前でも発言するべしと現在は思っていますが、ひとたび法案が国会にかかってしまえば、皇族は政治的発言を封じられてしまっているわけですから、私は何も話せません。 これは絶対にあり得ないと私は思いますが、色々な人に聞くと、「これは陛下のご意思である」と言っている人がいるそうですね。陛下のお立場でああせよ、こうせよとおっしゃるわけがない。(女系だとか長子優先だとか)具体的におっしゃるわけがないということは声を大にして言っておきたい。 本当は、私が発言するより皇族の長老である父に口火を切ってもらいたかったわけです。母の話では、父は宮内庁次長を呼んで、あまりに拙速な動きについてクレームをつけているということでした。これは去年の10月ぐらいの話です。それから「お袋は女帝・女系になったら大変なことになること、わかっているの」と聞いたら、「もちろん大変なこと」だと言っていました。その後、父が年末に来たときに、「いいことを言ってくれたね」と、一言いって、さらに『8人の女帝』(高木きよ子著)という単行本を「読んでおいてほしい」と持ってきて、それから月刊「文芸春秋」1月号に工藤美代子さんがお書きになった論文を、「私の意見はこれと同じである」と、娘の分までコピーして持ってきてくれました。三笠宮一族は、同じ考え方であるといえると思います。 本来、われわれ皇族は黙っていないといけないということだと思いますが、にもかかわらず私がこういうインタビューに応じたり、かなり積極的に発言しているのは国家の未曾有の大事件と思うので、あえて火中のクリを拾いに行っているようなきらいがあります。 やはり民主主義なるものは「民」が「主」と書くわけだから国民一人一人がしっかりした、確固たる意見をもって、それが大多数を形成して議会政治として実を結ぶということが原点だろうと思います。ところが、あまりにも今、皇室、あるいは皇室典範に関する情報というものが、皆さんお分かりになっていなくて、女帝と女系の違いも分かっていないような方々が多い。 皆さんが考えに考え抜かれたうえで結論がAになろうがBになろうが、われわれにはそれに反対する理由はありませんが、もし情報がゼロの中で○か×かとやられたらたまりません。この記事はできるだけ広く読まれて欲しいし、真剣に(日本会議の)メンバーの皆さん方が考えてくださって、また周りの方々に広めて運動体にしていただいて、本当の世論を形成していただきたい。1/20「アジアの真実さま」「NACHTJAGD 109G」さま「拾い猫日記」さまに、この記事に関わるエントリがアップされています。三笠宮寛仁親王殿下の願われていることに、お答えするものです。これからも共に広く、伝えていこうではありませんか・・・
2006/01/19

この美しい国はいったいどうなってしまうのでしょうか。新しい年が明けても、なんだか心が痛むことばかりです。国が危うくなった時には、歴史を振り返り、民族が何を一番大事に受け継いできたのかを考えるべきと、なんと縄文時代にも、弥生時代にも、時のアマカミ、スヘラギ(天皇)は、書き記しておられるのです。皇室典範改正について、日本文化研究所の井尻千男氏が重要なことをのべておられます。歴史的正統性と言うのは、既にこの世にいない死者たちとの会話なんです。2600年の日本の歴史の中で、日本で生まれ、死んでいった全ての人の多数決をとってくれと私は言いたい。これは真に大切なことだと思います。歴史は過去の祖先との会話であり、お知恵を借りたり、アドバイスを頂く為に学ぶもの。また、歴史を振り返ったその時点で「未来の人々」とも会話することだと思います、これが、見えないけれど、法律や政治や経済や・・・つまりは人が生きるということを、しっかりと支えているのです。それを感じ取った時に、私達は安らかに生きていけると思います。なのに、そういう感性を捨てようとする流れが、大きくなっています。白州正子さんの師匠であった青山二郎さんの言葉ですが、「人の本当らしい言葉には血がない」やれ、合理的思考だとか、科学的証明だとか・・・・それはある意味、その時点の仮説に過ぎないのにね。そして、その合理的思考や科学的証明を実は、支えているもの。見えないけれど何千年も培ってきた、この国の、この民族の感性。見えないし、感じない人には分からないので「ほんとらしくない」かもしれないけど、この何千年という時間に耐えて続いてきた暖かい「血のような」もの。それを感じ取った時に、人は謙虚になり、合理的思考も科学的証明も、その時点での仮説として認めることが出来、その故に人に対して、仮説といえど説得力のあるものとなるのです。そう、民族が伝えてきた古からの感性を取り戻さなければ、本当の安らぎも平和もやってこないと私は信じます。人よ・・・奢るなかれ。人は過去の祖先がいたからこそ、存在が出来る。なんでも現在の在りようや、やり方が正しいわけではないのです。法律も憲法も・・・むしろそれを支えているものの大事さを考えなくては。今の法律に合っているものだけが正しいわけではない。法律は変えられるし、変わるのですから。人が変えられないもの、それを不文律と呼んでいます。これこそが、民族の培ってきた見えない法則。大自然の法則に添った、なにより正しいもの。祖先と私達と、未来の人たちが従うべきものだと思います。ゆえに「皇室典範」の重要部分を、現在の考え方などに合わせて変えるなどとは、もってのほかと言わなければなりません。伝統というものは不文律なのですから。ことに、カミノヨ(祖先の世)を入れるならば、ヲシテ文献での伝承部分であったとしても、1万年もの間続いてきた「男系男子の皇統」を変えてしまうなどとは、なんということでしょうか!民族が生きて行くため、国が存続するための、大自然の法則にも合致したリーダーのあり方が、この「男系男子」なのです。最近の動物行動学でも、このことは証明されました。つまり、一般のサル社会では母系集団をなしていますが、より知能の高いチンパンジーを始め、大型サル類は男系社会で、群れが存続していくのにはなにより大事な要素だということです。 (産経新聞1/14 動物行動学 竹内久美子)このように、伝統という長い時を経て続いてきたものは、たとえ、その時点で理解できなくても、かならず深い真理を含んでいるものであり、安易に覆すことは、許されないことなのです。ここで女系天皇も可ということが法律で制定されれば、それは自らの文化の否定であり、日本建国の理念の否定であり、大自然の法則をも否定するものであり、そのゆえに国・民族の滅亡に繋がることになるでしょう。新・へっぽこ時事放談さまのサイトで、「歴史のレジティマシー(正統性)とは」が、詳しく書かれていますので、お読みになって頂きたいと思います。また、そちらの記事へのコメントで milestaさまが、『白州次郎 占領を背負った男』を引いて書かれています。皇室の在り方を論じる時に現行憲法を持ち出す人には、『白州次郎 占領を背負った男』を是非読んでみて欲しい。GHQでさえ当初は想像していなかった、やっつけ仕事だったということがわかります。そして、憲法案が完成して報告を受けられた天皇陛下が「皇室典範に関する天皇の留保権を再考できないか」「堂上華族※は残せないか」という二点を要望されたということも書いてあります。が、時間がない(アメリカの都合)ため、そのままになったとのことです。 ※堂上華族とは、五摂家(近衛、鷹司、九条、二条、一条)、 九清華家のことで、藤原氏の流れを汲む名家です。 詳しくはこちら。それまでの宮家の廃止なども、昭和天皇が心中深く嘆かれたことは、もう、どなたもご存知だと思いますが。青山二郎さんの言葉からもう一つ。「精神的なものが精神をかくしてしまう」いくら精神について語ったところで、その輝きをじかに感じるわけではない。むしろ・・・その輝きをかくしているのではないか。自戒を込めて。1/20「アジアの真実」さまに、最新の情報がアップされました。三笠宮寛仁親王殿下の願われていることに、お答えするものです。広く、伝えていこうではありませんか・・・
2006/01/16

今年もよろしく お願い申し上げますさて、おかげさまで上記にご案内している ☆けんきゅうしつ☆ のアクセスが、年の初め、元日に10000ヒットを記録しました!なんとも縁起の良いことと、大喜びしています。こちらの別館は開店休業にもかかわらず、来て下さる方有り難うございます。どうぞ、BBSに足跡を残していって下さいませね?こちらでは、どんな話題も大歓迎致します。毎日見ておりますので、よろしくお願い致します。 びーちぇ(まいそふぃ)
2006/01/02

ブログを二つというのは、なかなか大変です。なんといっても、ヲシテ文献の研究が私のメインになっていますので、こちらに書く暇がありません。でも、ここをオープンしたのは、もう少し自由に意見をのべあう場所がほしいと思ったからなのです。☆けんきゅうしつ☆では、文献の内容についてのお話が多いので、少し窮屈かもしれないと思ったもので・・・こちらでは、時事問題に絡めてもよし、日本の心や伝統にかかわることなら何でも、大歓迎ですので、自由な感想や意見を、よろしくお願いいたします。書き込みの場所は、上にあります【BBS】です。また、メインブログ「ヲシテのクニ」は、上記の ☆けんきゅうしつ☆ からどうぞ。※ ただし、スパム関係や嫌がらせ等は、 管理人の判断で削除させて頂くことがあります。念のため。
2005/12/15

古文書の勉強がたーーーいへんで、こちらまで、記事を書くのがまにあいません。ごめんなさい。☆けんきゅうしつ☆のほうに、次々と最新記事をアップしていますので、そちらの方で読んでくださいね?よろしくお願いいたします。
2005/11/20

>日本は八百万の神・・・多神教でしょ?いいえ。ヲシテ文献によれば、古来から日本は多神教ではなく、宇宙大原理をカミ(モト・祖)とする、いわば一神教です。神という、大陸から入ってきた概念ではないので、人格はありません。易しく言えば、大自然がカミなのです。いわゆる他所から入ってきた宗教の概念からは捉えられないもののようです。人はですから、カミ(自然)と対立することはありません。それが、現在の神道の元になっております。神道のさまざまなカミといわれているのは、祖先の方々であり、例えば明治神宮や乃木神社の祀られ方が、本来の姿なのです。亡くなられた方は、すべて宇宙原理の根源へと還っていく・・・他には、いくつかの自然現象をカミ(これもモト・祖という)と祀ることがあり、それによりその力を知ろうとしたもののようです。これを知れば、お墓参りをするということには、神道や仏教であろうが、キリスト教であっても関係なく、私たちの心の底に、遺伝子のように受け継いでいる古来の想いが、今も存在するのがうなずけますよね?大自然を含めた祖先を祀るということが、我が国方式の、唯一の宗教と言っても良いでしょうから。「ヲシテ文献」の完全な写本が発見されたのは平成4年であり、研究者も少ないため、まだ一般的に知られてはおりませんが、古事記・日本書紀の原本という証明がすでになされています。☆けんきゅうしつ☆では、文献のご紹介をしています。 「昔も今も・・・お世継ぎはどうなる!?」 に続いて、 上古、今から3千年以上も前に起こった、 皇位断絶の危機を、どうのりきったかを書いています。 「皇統をつなげた人 トヨケカミ」NEW!「トヨケカミの伝えたもの・・・女性の役割」 etc.☆けんきゅうしつ☆へ
2005/11/01

天皇制度について、どう考えるかという疑問に答えて書いた文です。「どこかにある場所」さまのサイト。興味を持ったら、行って読んでくださいね?> 生物としての本能が女の長を拒絶している、とも思える。確証はない。ただ、そんな気がしてならない。> ヲシテ文献にはその辺りの記述があるのだろうか?あります。アマテルカミは男性で、素晴らしい哲学者、研究者、実践者でもありました。彼の講義のありさまが、リアルに書かれており、人柄の暖かさまで感じ取れます。♀の私は、アマテルさま、素敵☆と、思いますよ。男女は同権であるが、役割が違う・・・これが、自然の摂理にかなうものであると。もちろん建国以来の、民族の感覚であります。ちなみに我が民族は、理知的、合理的な科学精神をもち、たいへん明晰です。大陸の、オカルト的、呪術的な感性はありませんでした。なのに・・・売国的やからは、いつの世にもいるもんです。(怒)そのことを、文献はないのに、古事記、日本書紀の中から、感性で読み取ったのが、本居宣長。「からごごろ きよく すてられるべし」と述べています。(すみません。この言葉うろ覚えですが・・・調べておきます)つまり大陸的センスで、日本のことを考えてはいけない。ということでしょう。漢字は象形的、成立も呪術からなったものです。もろに、影響を受けるのです。もちろん私も便利では使っておりますが、使いこなしには気をつけないと、ヤマトコトバの概念が違ってきます。結論。特定アジアに毒されるな!
2005/10/30

最近夢中になっている縄文の古代史について、思ったことを書いていくつもりです。それにしても、こんなに素晴らしい古い文献が見つかったのに、まだ知られていないどころか、ただ興味本位の、浅薄な取り上げ方をされていることが多く、いらだちを覚えます。きょうびの世の中の風潮は本当におかしい。特にジャーナリズムの退廃ぶりは・・・嘆かわしい限り。政治、日々のニュースにしても、真実を報道するのではなく、売れる記事や映像ばっかりですね。すべて損得の世界になっちゃってるみたい。でも、古来の日本はそうでなかった・・・その真実と、そして、どうして、このような世の中になってしまったのか、私なりの思いをこめて書いていきたいと思っています。私の気楽な☆けんきゅうしつ☆とリンクしながら、楽しんでくださいね?
2005/10/29
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