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chiko619 @ Re:新参者(09/22) 「新参者」読みました。 東野圭吾さんは、…
kimiki0593 @ 相互リンク 初めまして、人気サイトランキングです。 …
Twist @ こんにちは! 遅ればせながらあけましておめでとうござ…
Twist @ こんにちは! 遅ればせながらあけましておめでとうござ…
Twist @ はじめまして^^ 先ほどこのロングインタビューを読み終え…
2009.07.04
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カテゴリ: 文芸

 映画がクライマックスシーンを迎え、最高潮に盛り上がっているところで、
 突如として画面が暗転、それで終了という感じ。
 そう、「The End」の文字すら一切出ないままに。

 スクリーンは真っ暗。
 そして、会場も真っ暗闇なままで、誰一人として席を立てない。
 そんな暗闇の中で、観客は村上ワールドの残像に圧倒されたまま、
 しばらくの間、呆然しながら時を過ごすことになる。

読む者を、その意志の有無や軽重、深浅にかかわらず、
容赦なく、自らの世界へと引きずり込んでしまう圧倒的な力。
そこに展開する村上ワールドは、漠としながらも、確かな繋がりを持っている。
本作品は、そのことを私に強く印象づけた。

ストーリー展開からすると、本作品も一種のミステリー作品なのだろうが、
当然のことながら、決して単なるエンターテイメント作品ではない。
そこに描き出されている精神世界は、まさに「文学」。
作家なら誰でもが、簡単に到達できるというような領域ではない。

  でもそれは現実であるはずだった。
  何故ならそれが僕の記憶している現実だからだ。
  それを現実とみとめなくなったら、
  僕の世界認識そのものが揺らいでしまうことになる。(p.316)

「現実」と「非現実」の境界線の狭間を彷徨う僕。
そして今、
自分がどちら側にいるのかを決めることができるのは、
自分自身だけしかいない。

そう、
例えば、今この瞬間の、ブログを書いている私についても、
「非現実」の世界ではなく、「現実」の世界にいるのだと決められるのは、
私自身だけなのだ。

そして、この世界が、どんな形をしており、
どんな風に見えるのかを、決めることが出来るのも私自身だけ。
私が見て、感じて、生きているのは、あくまでも私自身の世界の中でのこと。
他の人には、全く違ったように見え、全く違ったように感じられているのかも知れない。

それどころか、全てのものは、ひょっとすると私自身のイメージにすぎず、
本当は、そこには、何物も実体として存在していないのかも知れない。
「夢の中」での出来事と、「現実」の出来事という風に、これまで区別していたものは、
実は、どちらも、全て私自身がイメージとして作り出しているものなのかも知れない。

こういう、私自身の中に、昔からあった感覚を、
呼び起こし、明確にしてくれた『ダンス・ダンス・ダンス』。
青春三部作を締めくくる作品である 『羊をめぐる冒険』 の続編ではあるものの、
直接的関連はそれほど強固でなく、あくまでも後日談としての、独立した作品であった。





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Last updated  2009.07.04 15:44:09
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