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Twist @ こんにちは! 遅ればせながらあけましておめでとうござ…
Twist @ こんにちは! 遅ればせながらあけましておめでとうござ…
Twist @ はじめまして^^ 先ほどこのロングインタビューを読み終え…
2010.01.16
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カテゴリ: 文芸

 単行本は 『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』 と同じ年の発行。
 手元にある文庫本では、「はじめに・回転木馬のデッド・ヒート 」を除くと
 8つの短編が収められている。

 本著に収められた文章について、
 村上さんは、正確な意味での小説でないと
 冒頭の「はじめに・回転木馬のデッド・ヒート 」で述べている。
 これらは、事実をなるべく事実のままに書いた「スケッチ」であると。

  僕が小説を書こうとするとき、僕はあらゆる現実的なマテリアル
  -そういうものがもしあればということだが-
  を大きな鍋にいっしょくたに放りこんで原型が認められなくなるまでに溶解し、
  しかるのちにそれを適当なかたちにちぎって使用する。
  小説というのは多かれ少なかれそういうものである。(p.9)

読んでみると、確かに村上さんが書く「小説」とは趣が違う。
小説に見られる村上ワールドとは、また違った空気がそこには漂っている。
「小説」でもなく、かと言って「ノンフィクション」でもない、
小説という「ヴィークル(いれもの)」に収められた「マテリアル(事実)」。

それ故、どの作品も小説程には決してドラマチックなものとは言えない。
淡々とストーリーが進行し、呆気なく結末を迎え、
「オチがないなぁ……」と感じられる作品すらある。

それでも、どの作品にも共通して、心のどこかに引っかかる部分が確かにある。
色んな人たちから聞いた話の中で、心のどこかに引っかかった、
そんな部分を、村上さんは文章として書き表し、読者に伝えたかったのだろう。

  人は何かを消し去ることはできない-
  消え去るのを待つしかない。(p.55)

これは、「タクシーに乗った男」について、村上さんと同行カメラマンに話してくれた、
40歳前後と思われる画廊の女性オーナーの言葉。
彼女は、一枚の絵に描かれた「タクシーに乗った男」にsympathyを感じていたと言う。
そして、彼女は色々な事情から、夫や子どもと別れることになった。

その時、彼女は「タクシーに乗った男」の絵を、他の色んなものと一緒に焼き捨てた。
絵の中の彼を焼き、彼女自身の一部を焼き捨てた。
焼き捨てることで、絵の中の彼と自分自身とを、凡庸の檻の中から解放しようとした。
ところが後に、彼女は絵に描かれていた男に、偶然アテネのタクシーの中で出会うのである。

彼女は不思議な感覚に捕らわれながらも、ハンサムで若い男優と車中で同じ時を過ごす。
そして、彼が先に下車するとき、ギリシャ語で彼女に言った言葉が「よいご旅行を」。
この言葉が、彼女の中の何かを永遠に消滅させた。
そのことについて、彼女はこう語る。

  そのことばを思い出すたびに私はこんな風に思うんです。
  私の人生は既に多くの部分を失ってしまったけれど、
  それはひとつの部分を終えたということだけのことであって、
  まだこれから先何かをそこから得ることができるはずだってね(p.54)

その後続けて、「この話から得た教訓」として彼女が語ったのが、先の言葉である。
まさに、村上さんの手にかかれば、
立派な「小説」になってくれそうな「マテリアル」である。
本著に収められたお話しの中で、これが私の一番のお気に入り。





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Last updated  2010.01.16 11:44:31
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