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kimiki0593 @ 相互リンク 初めまして、人気サイトランキングです。 …
Twist @ こんにちは! 遅ればせながらあけましておめでとうござ…
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Twist @ はじめまして^^ 先ほどこのロングインタビューを読み終え…
2013.10.14
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カテゴリ: 経済・ビジネス
『レトリックと詭弁』 と共に購入。
 そもそも「レトリック」関連の書物を読んでみようと思ったのは、
『ローマ人の物語』 の、どの巻だったかは失念したが、
 文中に、それに関する記述を見つけ興味が湧いたから。

 だが、やはり、なかなか難しい。
 というか、本を何冊か読むだけで簡単に議論のテクニックが向上するのなら、
 それに対して身構える必要もないし、苦手意識など持つこともない。
 それでも、本著は読んでいて結構面白かった。

   ***

  論理的思考や議論の能力など、所詮は弱者の当てにならない護身術である。
  強者には、そんなものは要らない。
  いわゆる議論のルールなど、弱者の甘え以外の何ものでもない。
  他人の議論をルール違反だの詭弁だのと言って非難するのは、
  「後生だから、そんな手を使わんで下され」と弱者が悲鳴を上げているのだ。
  そして、そのような悲鳴に過ぎないものを、
  偉そうに、勝ち誇って告げるのも、また弱者の特徴である。(p.9)

何とも過激な記述だが、そこに現実を見る者が多いのも、また事実である。

  日常的な議論の場で、われわれは、しばしば相手に問いつめられ、
  絶句してしまうことがある。
  が、これは必ずしも相手の主張が正しいことを意味しない。
  多くは、その問いが相手にとって都合のいい言葉で組み立てられていることを失念し、
  馬鹿正直に答えてしまうことからくるのである。(p.61)

これは、『レトリックと詭弁』でも記されていた内容。
問われた側は「答える」のではなく、「言い返す」必要がある。

  しかし、論理的であろうとすることが、しばしば正直者が馬鹿を見る結果になる。
  相手の意図などわからないのだからと、定義の要求に馬鹿正直に応じ、
  その結果散々に論破されて立ち往生する。
  いつでも論理的に振る舞おうとするから、
  論理を悪用する口先だけの人間をのさばらせてしまうのだ。
  われわれが論理的であるのは、
  論理的でないことがわれわれにとって不利になるときだけでいい。(p.92)

これも同様。
問われた側は「答える」のではなく、「言い返す」のだ。

  要するに、自分たちに反対する意見のみが、
  詭弁と呼ばれる資格を持っているということだ。
  詭弁の認定が公平ではないという事実が、
  われわれが本当は詭弁を嫌ってなどいないということを裏側から示している。(p.106)

これも、また現実。
しかし、こんなことばかり考えていると、また、頭の中が混乱してきた。
哲学的であったり、議論好きであったりすることは、
私からは、ほとほと縁遠いことのようである。





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Last updated  2013.10.14 16:27:37
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