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2021年07月10日
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カテゴリ: 国内旅行365
こんにちは。
本日は、最新作 「​ ​​ おもしろ歴史ウォーキング 最新東京編 ​​​​​​」からのネタです。



新たに取材したネタと写真をもとに書き下ろした本書は、激変する東京にある歴史スポットの紹介で人気を博しております。
今回は、第5章の『 大森貝塚、馬込文士村、郷土資料館、城跡…考古学、文学、歴史学好きにはたまらない大田区馬込周辺を歩く 東京都大田区、品川区 をお送りさせていただこうか、と。
諸事情があって、冒頭の部分だけですが…。
すべての記事は、​​ こちら ​​ですよ。
是非、本書もご覧いただければ幸いです。
ちなみに記事は、 2020 9 月に行った時のもの。
一日も早く、何の心配もなく出歩ける日が返ってくることを祈っています。
1.大田区の馬込地区には、都内屈指の文士村があった
 今回は、東京の南部にある大田区を歩きます。
 大田区は、私が住んでいる品川区と同じ城南地区にあり、一昔前までは、畑も結構残っていた記憶があります。
 最近は一気に都市化が進み、畑を見ることはほとんどありませんが…。
でも、住宅地の中に、当時の風情が感じられる、癒しスポットが数多くあるのですよ。
 …ということで、久しぶりにほっこりした気分を味わおうと、JR大森駅の西口にやってきました。
 そこを出ると、目の前は池上通り。車がじゃんじゃん行き交っています。
通りの向こうには、目の前を遮るような丘があり、階段の近くに大きな掲示板がありました。そこには、「馬込文士村散策のみち」の表記が…。



 大森駅近くの馬込地区は、多くの作家が住んだ場所として知られているのですね。
 東京 23 区の文士村は、ほかに田端と阿佐ヶ谷が有名です。前者は、芥川龍之介と室生犀星、後者は、井伏鱒二や太宰治、川端康成などのビッグネームが並んでいます。
 では、馬込文士村のメンバーは?というと、階段の壁面に、文士村を構成する作家たちのレリーフが掲げられていました。


 すごく大勢いるのですね。



 さらに階段を上ると、相撲のレリーフも。


 馬込文士村には、力士もいたのでしょうか。
 その謎が解明できるように、丘の頂上にある天祖神社にお参りします。



 神社の境内からは、雑踏の中に佇む大森駅を見下ろすことができました。




2.最近まで場所が特定されなかった、日本考古学発祥の地・大森貝塚
 馬込文士村へ行く前に、歴史好きなら誰でも知っている場所が近くにあるのを思い出しました。
 それは、大森貝塚。
 日本考古学発祥の地とも言われているところですね。教科書にも載っている話ですが、この貝塚を発見したのは日本人ではないのですよ。
 それは、明治 10 年に来日したエドワード・モース博士。何でも、考古学者ではなく、アメリカ人の動物学者だそうな。
 もちろん、この近所に住んでいる人たちは、やけにたくさん貝殻が埋まっているな…くらいの認識はあったのでしょうけど。
 博士が汽車で横浜から東京へ移動中、車窓から何気に外を眺めていると、大森のあたりの崖から大量の貝が埋まっている地層が見えたらしい。
 うぬぬ、これはもしかして…、と思って調べてみたら貝塚だった。
 そしてモース博士は、生物学を教えることになっていた東京大学の教え子たちと大森貝塚を発掘したのですね。
 さらに、日本初の発掘報告書を出版。博士の大森貝塚の発掘は日本初の学術的発掘であり、調査報告書の発行も初めてのことだったとか。
 …が、しかし。
 長い年月を経て、そのモース博士が発掘した場所がどこかわからなくなってしまったそうなのですよ。
 大森貝塚は現に存在しているのだから大した問題でもないような気がしますが、その位置がちょうど品川区と大田区との境界にあったのだとか。
 なんたって、日本考古学発祥の地ですからね。自分たちの区内にあるということであればメリットはあるはず。
 …ということで、品川区と大田区の間で、論争が一時期あったそうな。
 しかも、 50 年に以上に及ぶ論争だったというからすごい。
 今でも大森貝塚の碑は、大田区と品川区の両方あるのがその名残かもしれませぬ。
 ちなみに、こちらが大田区の碑。



 そして、こっちが品川区の碑。

 結局、決着がついたのは、モース博士の発掘から 100 年後でした。
 大森貝塚発掘当時の文書が、東京都公文書館で発見されたそうなのです。そして、そこに記された発掘地の住所が、現在の品川区の大森貝塚遺跡庭園の位置にあたることがわかったとのこと。
 モース博士は、大森貝塚なのに品川区を発掘していたのですな。
 何となく、品川区の遺跡公園が立派なのに対し、大田区側の史跡の周辺が少し寂しい印象があるのは私だけでしょうか。



 その辺りの事情について、以前会ったことのある品川区の教育委員会の人が鼻高々に話していたのを思い出します。
 でも、品川貝塚ではなく、今も大森貝塚というネーミングが残ったのだから、勝負は 1 1 敗の五分かも。
 せっかく来たのだからと品川区に足を踏み入れ、大森貝塚遺跡庭園を見学します。
 池上通りを大井町方面に少し歩くと、右手に特徴的な景観の公園が現れました。門の壁は土器をイメージしたものでしょうね。



 貝塚は、一口に言うと昔のゴミ捨て場。ただ、昔なのでプラスチックや空き缶、空き瓶などはもちろんありません。昔の人は、食べた貝の貝殻や動物の骨、壊れた土器などをここに捨てたのですね。
当時は、今のように分別収集の考え方もなかったようで、身の回りのものをどんどんこちらに捨てて行ったらしい。
 だからそれらを調べることで、当時の人たちの暮らしぶりがわかるのですな。考古学的には大変貴重なものなのだとか。
ところで以前から、縄文の広場の奥にある洞窟みたいなモニュメントは何だろうと思っていたのですよ。



 これは縄文土器と地層をイメージした回廊らしい。
その横にあるモースの広場には、土器を愛でるモース博士の胸像が、「いい仕事してますね~」と言っているように佇んでいます。


ところで、この縄文の広場。 1 時間に 2 回、それぞれ 7 分間もミストが噴き出すのですよ。ミスト噴水の中にいると、霧の彼方に浮かぶ縄文時代をイメージしてしまいます。



 あまり長くいると、縄文時代にタイムトラベルしてしまいそう。
庭園の下は崖になっていて、 JR 線がひっきりなしに走っています。



 モース博士はこれらの崖から覗く貝層を見つけたのでしょうね。
3.「人生劇場」の著者・尾崎士郎の居宅跡に作られた記念館
 再び、池上通りを大森駅方面に戻り、山王口の信号を右折してジャーマン通りを歩きます。



 それにしても、なぜジャーマン通りというのでしょうね。プロレス好きとしては、ジャーマンスープレックスホールドで一世を風靡したカール・ゴッチと関係があったらおもしろいなと期待してしまいます。
 あとで調べてみたら、この近くに 1991 年まで東京ドイツ学園があったことから名付けられたらしい。さすがに、通りの名前がプロレス技という反則攻撃はなかったですね。
 さらにジャーマン通りを歩き、マツキヨの横の道を上って住宅街をしばらく行くと、昭和の雰囲気を残した民家が現れました。



 ここは、尾崎士郎記念館。


昭和の人気作家・尾﨑士郎が、昭和 39 年に亡くなるまでの 10 年間を過ごした家を復元し、記念館とした建物なのだとか。
 尾崎士郎といえば、「人生劇場」の著者として有名ですね。ところが、この作品が世に出た当時はあまり評判にならなかったらしい。
 注目されたきっかけは、川端康成が読売新聞の文芸欄で絶賛してからだそうです。
 個人的には、尾崎士郎と川端康成が同時代の作家だということに驚きましたね。
 川端康成がノーベル賞を取ったときのことや自殺したときのテレビ番組を良く覚えているのですが、尾崎士郎自身のリアルな記憶はないですから。
 もっとも、私が作家に興味を持った頃には、尾崎士郎は亡くなっていたのですね。
 この馬込の近辺が、文士村と呼ばれるようになったのは、尾崎士郎の働きかけによるところが大きかったらしい。
 大正から昭和初期に、この馬込周辺に住んだ作家は、尾崎士郎とその妻の宇野千代、川端康成、萩原朔太郎、室生犀星、北原白秋、広津和郎、山本周五郎などそうそうたるメンバー。
 そういえば、田端や阿佐ヶ谷の文士村にも、川端康成や室生犀星の名前がありましたね。
 これらの人たちの中には、相撲好きな人が多く、「大森相撲協会」なるものを立ち上げ、大真面目に練習をしていたらしい。
 中でも尾崎士郎は、太って強くなりたいために、インシュリンの注射を打ち、泡をふいて倒れたこともあったとか。
 記念館の庭には、尾崎士郎がテッポウをしたケヤキの木が今も残っています。



 当時の文士たちの力士姿の写真が残っていますが、皆真剣な顔で土俵入りを披露しているシーンが印象的でした。



 冒頭の大森駅前で見た相撲のレリーフは、モノホンの力士ではなく、文士たちが相撲をとっている姿だったのですな。
 申し遅れましたが、尾﨑士郎記念館は、当時の士郎の住まいを紹介することで、馬込文士村のにぎわいを後世に伝えるために作られた施設。
 平成 20 年の開館で、書庫や客間、書斎を再現し、当時の執筆の様子を伝える展示を行っていました。





 机の上の原稿用紙や蔵書、火鉢、鉄瓶、徳利などが良い味を出しています。ゴージャス過ぎないところも、尾崎士郎のオープンな人柄を感じされました。
4.中高年に勇気を与えてくれそうな山王草堂記念館
 尾﨑士郎記念館のすぐ近くに、蘇峰公園があります。


 ここは、明治から昭和初期にかけて活躍したジャーナリスト、徳富蘇峰の住居だったところ。今は、公園みたいになっていますが、入り口の石造りの門柱や石段に当時の豪邸の面影がしのばれます。 
蘇峰は大正 13 年に、この地に移り住み、昭和 18 年に、熱海伊豆山に移るまでの間、山王草堂と称してここで暮らしていたらしい。



(以下、 「​ おもしろ歴史ウォーキング 最新東京編 ​​ に続く)
このあと、鎌倉幕府の成立に欠かせない武将ゆかりのお寺や考古学、文学ファン必見の郷土資料館を巡ります。
そして最後は、住宅街に眠る戦国の大城郭・馬込城へ。
果たして、馬込城の痕跡は残っているのでしょうか。
東京の歴史ウォーキングの醍醐味が味わえる続きは、是非、​​こちら​​をご覧いただければ幸いです。
(参考)
目次より
第1章 赤穂義士とスター旗本ゆかりの場所、高輪ゲートウェイ駅近くの歴史スポットをめぐる旅 東京都港区
 1.伸びしろに期待が持てる高輪ゲートウェイ駅
 2.高輪ゲートウェイ駅の由来のひとつになった高輪大木戸
 3.赤穂義士の強い意志が今も生きている泉岳寺
 4.個性豊かな赤穂四十七義士のお墓がある
 5.大石内蔵助ほか 16 名の義士切腹の場所
 6.江戸時代の有名人のお墓がいっぱい
 7.有名な朝顔の井戸がある薬王寺

第2章 名門江戸氏ゆかりの慶元寺と東京 23 区内に存在した唯一の藩・喜多見藩の痕跡を探す旅 東京都狛江市、世田谷区
 1.美しい花を眺めなからウォーキングが楽しめる岩戸川緑地公園
 2.岩戸八幡神社に残る創建時の興味深いエピソード
 3.室町時代後期の仏像を有する古刹・明静院
 4.杉木立の参道、江戸中期の本堂、地域風景資産の三重塔と見どころ満載の慶元寺
 5.東京 23 区内にあった唯一の藩・喜多見藩の痕跡を探せ
 6.土塁か、古墳か、にコーフン

第3章 自然豊かな国分寺崖線沿いに並ぶ神社仏閣、空中庭園、古墳をめぐる散歩道 東京都世田谷区、狛江市、調布市
 1.喜多見家ゆかりの世田谷区内最古の鳥居がある氷川神社
 2.「真田幸村」にちなむ興味深い風習がある喜多見不動堂
 3.国分寺崖線の魅力を満喫できる神明の森みつ池と成城みつ池北緑地
 4.人工基盤の上に作られているとは思えない、きたみふれあい広場
 5.巨大な古墳とのかかわりが気になる糟嶺神社と明照院

第4章 東京で、お花見と歴史スポットを一緒に楽しみたいなら、芝離宮と浜離宮がおすすめ! 東京都港区、中央区
 1.芝公園の桜は、歴史スポットとコラボで楽しみたい
 2.東京のアイコンのひとつに数えられる増上寺と東京タワーのコラボ
 3.たっぷりゆっくりお花見が楽しめる旧芝離宮恩賜庭園
 4.旧芝離宮恩賜庭園は、絶景スポットも歴史アイテムもいっぱい
 5.全国的にも珍しい鴨場がある浜離宮庭園
 6.城跡でもある浜離宮は、歴史スポットもいっぱい

第5章 大森貝塚、馬込文士村、郷土資料館、城跡 考古学、文学、歴史学好きにはたまらない大田区馬込周辺を歩く 東京都大田区、品川区
 1.大田区の馬込地区には、都内屈指の文士村があった
 2.最近まで場所が特定されなかった、日本考古学発祥の地・大森貝塚
 3.「人生劇場」の著者・尾崎士郎の居宅跡に作られた記念館
 4.中高年に勇気を与えてくれそうな山王草堂記念館
 5.有名作家の文学碑めぐりと鎌倉幕府成立に欠かせない梶原景時ゆかりのお寺
 6.考古学、文学ファン必見の大田区立郷土資料館
 7.住宅街に眠る戦国の大城郭・馬込城

第6章 オシャレな街の中に垣間見える歴史と伝統 東京・自由が丘の魅力に迫る旅 東京都目黒区、世田谷区
 1.「衾駅」という駅名が有力候補だった「自由が丘駅」
 2.大蛇が鳥居に絡みついている奥沢神社
 3.自由が丘の「女神祭り」を知っていますか?
 4.異国情緒漂う自由が丘をタウンウォッチング
 5.昭和を代表するアイドルのオフィシャルショップがあった自由が丘
 6.かつての自由が丘、武蔵国荏原郡衾村谷畑の鎮守であった熊野神社
 7.スイーツの街・自由が丘のアイコンともいえるスイーツフォレスト

第7章 お面かぶりと戦国の城の魅力が満載の九品仏浄真寺とエピソードいっぱいの神社仏閣を歩く 東京都世田谷区、目黒区
 1.昭和の洋画壇を代表する画家のアトリエ跡に作られた宮本三郎記念美術館
 2.東京都指定の有形、無形文化財が満載の九品仏浄真寺
 3.今なお圧巻の土塁が存在感を発揮する奥沢城跡
 4.世田谷の小公園、緑道は、癒しスポットがいっぱい
 5.大正時代、新聞で紹介された怪談で賑わったという氷川神社
 6.大迫力の大イチョウが印象的な二つの古刹

第8章 野猿峠に点在する極上スポットと中世の見張り所があったと言われる平山城址公園を歩く 東京都八王子市、日野市
 1.多摩丘陵に並ぶ二つの都立公園
 2.変化に富んだ沢の景観が楽しめる都立長沼公園
 3.あゝ野猿峠、あるウォーカー哀史
 4.野猿街道に突如現れる逆ピラミッド
 5.森の中に佇む囲炉裏料理の店と小さな美術館
 6.源氏の侍大将の見張り所があったとされる平山城址公園
 7.平山城跡は、平山城?

第9章 関東厄除け三大師のひとつ西新井大師と、異国情緒漂う公園、歴史ある神社仏閣をめぐる下町散歩 東京都足立区
 1.ベルモント公園で、オーストラリア旅行のアリバイが作れる?
 2.国内最大級のネット遊具と大人も癒されるプラネタリウムがあるギャラクシティ
 3.歴史ミステリーのネタになりそうな伝承が残る猿仏塚
 4.徳川家の祈願所位牌安置所であった国土安穏寺
 5.神々が船で上陸したという神話の場所に祀られた鷲神社
 6.源頼義・義家父子と小林一茶の暑いエピソード満載の炎天寺
 7.関東厄除け三大師のひとつ・西新井大師
 8.見どころが盛りだくさんの西新井大師の境内





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最終更新日  2021年07月10日 12時45分54秒
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