秋に咲くヒマワリ・・なのかもね。

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2023.02.01
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カテゴリ: 宗教
ことしもバレンタインデーが近づいてきました。何時の間にやら中学生の頃のときめきも消え失せてしまいました。かえって義理チョコとかのお返しが面倒と思っていたら、それさえも最近はもらえなくなってきてちょっと寂しいです。この「義理」という言葉は仏教用語から来たそうで、生活に仏教用語が浸透していると感じます。

真宗大谷派是三寺のご住職の言われるように、インドで生まれた仏教が、日本で独自の発展をして、どんな人でも阿弥陀様が救われていく教えが生まれたことはありがたいことだと思います。

また浄土真宗本願寺派瀧上山善立寺のご住職の言われるように、状況や自分の都合、相手の都合によって変わる「愛」のほかに、仏菩薩が苦悩する私たちを救わずにはおれない「慈悲」の心のありがたさを忘れないようにしたいと思います。「慈」は、与楽の意で父の愛、「悲」は、抜苦で母の愛に喩えられるそうで、一般人には「慈悲」の心を持つのは難しいそうですが、できないなりに、困っている他人に優しくするとか小さなことから心がけたいと思います。義理チョコならぬ慈悲チョコを贈る習慣とかもあってもよさそうですが、渡し方によっては上から目線的になりそうで、ちょっと難しそうです。




2023年2月 今月の参拝カード:築地本願寺


■参考リンク
BUDDHA WORLD STYLE:仏教の基礎知識>義理(ぎり)
ことわり、道理、正しいすじみち。ためになること。教えられていること。経典の説く意義・道理。人の踏み行う道。さまざまな対人・交際関係で、立場上務めなければならないと意識すること。
本命元辰(ほんみょうがんじん)
本命星元辰星の略。本命星とは北斗七星のうちでその人の生年にあたる星、元辰星とは、人間の運命を支配する星をいう。禅宗では、自己の本性、本来の自己の意味に用いる。
愛(あい)
仏教の愛にはつぎの5つがある。自己・血族・親族に対する「愛」、他者に対する「親愛」、特定の個人に対する「欲愛(恋愛)」、性的な「愛欲」、病的・盲目的な執着の「渇愛」である。


語源由来辞典:本命/ほんめい
意味
本命とは、競馬や競輪などで一着になると予想されている馬や選手。有力視されている人。最も望んでいる対象。その人にとっての第一候補。
本命の語源・由来
本命は「命」を呉音読みした「ほんみょう」が本来の読み方で、陰陽道で生まれた年により決められている特定の星、生まれた干支を指す言葉であった。
重要なことを決めるときは本命によって決め、自分の本命を大切にして本命星(ほんみょうしょう)として祭られた。
やがて、競馬の予想に用いられるようになり、さらに転じて、最有力とみられている人や、第一候補を意味するようになった。

住職ブログ2019/02/14:バレンタインデーと日本の仏教。真宗大谷派是三寺
今日はバレンタインデーです。好きな人にチョコレートをあげるだけではなく義理チョコや友チョコなどもあるようですがチョコレートを贈る習慣は日本だけのものだそうです。東京や神戸のチョコレート屋さんが始めたそうですが、少し前の恵方巻と似ていますね。クリスマスやハロウィンなども本来の意味をはなれて日本独自のイベントとして定着しています。日本人はいろいろなものを受け入れて独自のアレンジで楽しむことに長けているように思います。実は仏教も同じように日本には日本独自の仏教が定着しています。仏教はインドで生まれて中国を経て日本に伝わりました。その間にいろいろな新しい解釈が入り日本にやってきました。そして日本でさらに独自の発展を遂げました。その意味ではお釈迦様が最初にお説きになった仏教と現代の日本の仏教は同じものではないといえます。
以下略

住職の法話:『愛』のバレンタインデー浄土真宗本願寺派瀧上山善立寺
もうすぐバレンタインデーです。特に男子学生などは、好きな人にチョコをもらえるのか気になる日です。愛の形を受け取った人は、幸せの一日となりますが、もらえなくて落ち込む人もいることでしょう。結構残酷な日でもあります。私も学生時代に経験があります。せめて義理チョコでもあれば、世の男性は救われるのですが。こんなやっかいな日を誰が作ったのでしょうか。
仏教語で「愛」は、「渇き」です。喉が渇いたときに水を欲しがるような激しい欲望です。仏教語辞典には、『愛が深ければ深いほど、憎しみの可能性も大きくなる。愛が本質的に自己を愛することを中心としているからである』と書かれています。そして、愛は状況や自分の都合、相手の都合によっても変わります。
ところで、仏教では「愛」に変わる言葉として、「慈悲」という言葉を大切にしています。慈悲の「慈」は、与楽の意で父の愛、「悲」は、抜苦で母の愛に喩えられますが、凡夫が慈悲の心をおこすことはできません。慈悲は仏菩薩が苦悩する私たちを救わずにはおれない心をいいます。 幼い頃に両親を失った親鸞聖人でありますが、ご和讃に『大慈救世聖徳王父のごとくにおわします大慈救世観世音母のごとくにおわします』と讃えられています。人間には、変わることのない不変の愛が必要です。仏教でいう慈悲です。
以下略





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Last updated  2023.02.20 02:51:31


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