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今年は新潟で雑煮を喰いました。
土地土地によって雑煮も違うんですよね。
素盞嗚家はお吸い物系の汁。
具は鶏肉、ごぼう、人参、大根、椎茸、鳴門、三つ葉。
そこに餅を入れて喰う・・・・・
実は今年喰ってないんです。
新潟の嫁素盞嗚家では
味噌汁ベースなんです。
具はなんでもかんでも入れちゃうんです。
それもまー旨いんだけど、
でもやっぱり昔から喰ってる雑煮がいい・・・
明日の朝、作るかね♪
みんなんちの雑煮はどんなんですか?
壬申の乱、久しぶりに行きます。
三森氏の「馬から見た壬申の乱」に
面白い検証があるんです。
三森氏は古代史の研究者ではあるが、
戦時中は「騎兵隊」のメンバーとして
大陸を駆け巡っていたという、
いわゆる「馬」の専門家なんです。
日本書紀には「馬」について
27個の記事が書かれていて、
日本の記録に残ってる最古の
騎馬による戦いといえます。
三森氏はこの27の記事と、
三浦昇一氏の「葦と弓と馬」、
黒岩重吾氏の「天の川の太陽」、
直木孝次郎氏の「壬申の乱」
から、馬の速力を測定したんです。
1.大海人皇子軍本隊
6/24吉野発から26日三重郡家まで。
総計160キロ 39時間 時速約4.1キロ。
吉野を出発して間もなく
「伊勢の荷駄50匹」に出会って、
馬から荷を下ろして、徒歩だったものも
乗馬して軍を進めた、と書いてあるんですが、
ここで三森氏はこう言っています。
「なんでもかんでも馬だったら乗馬できると思ったら
大間違いやど!
乗馬するには鞍や毛綱とかきっちり準備が必要なんじゃ。
駄馬が乗馬になることは絶対なーい!」
2.高市皇子軍
24日大津脱出から翌25日積殖山口まで。
60キロ 8時間 時速7キロ強。
これについて氏は、
「旧陸軍騎兵隊1日の行軍力が60~80キロで、
休みなしでの行軍は無理であーる。
しかも険阻な山道や峠道の多いこの戦では、
8時間ぶっとーしで時速7キロは無理であーる!」
この他、 大分君恵尺軍、村国男依軍なんかも
現実離れした行軍をバッサリ否定してるんです。
また古代馬を現在の競走馬のように思ってはいけない。
古代馬は身体も小さく体力も今の馬とは
随分違うようだ。
「40キロぐらいで・・・・
い、いかん・・・・・
ソフトの「タオル監督」から連絡が入った・・・・
「呑みに行くどぉ!」
「は、はい・・・・」
ちゅーことで中断・・・・
続きはあとでね。
今年もよろしくぅ!
SEE YOU NEXT TIME