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早いものですねぇ。 2010年も今日で120日が過ぎようとしています。 巷ではGW真っ只中、今年は天候にも恵まれそうなので、行楽地は賑わいを見せそうですね。 去年のGWは、恒例のヨーロッパ旅行を楽しんで来ましたが、今年は懐具合と相談して、家でおとなしくしていようと思います。 連休明けはかなりハードなスケジュールで仕事が待機しているので、じっくり体力温存して、充電しておきます。
2010年04月30日
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明日、会社のお休みをもらえた方は、今日からゴールデン・ウィークに突入ですね。 僕の場合は、明日、どうしてもやらなくてはならない仕事が出来てしまったので、残念ながら出勤しなくてはなりません。 でも、日本国民全体が楽しんでいるみたいにマスコミは騒ぐけれど、実際の処、どうなんでしょうね。 そもそも週休二日制度を採用していない会社にはGWなんて存在し得ないし、大型連休だからこそ稼ぎ時っていう職種だってたくさんある訳ですよね。サービス業なんかその最たるものですね。 僕の実家(というか、もう父が亡くなって今はありませんが)は、クリーニング屋さんだったので、特別にGWが稼ぎ時という訳ではなかったにしろ、商売柄そんなに長く休むことは出来なくて、GWの各地の行楽地の喧騒をテレビで横目に観ながら、黙々と働いていた姿が目に焼き付いています。 そしてきっと心の中では、子供達を遊園地なんかに連れて行ってやれない自分達に感じる必要のない後ろめたさを感じていたに違いありません。 決してGWがいけないことだと言うつもりはないですが、世の中にはいろんな人達がいろんな仕事をしていることを考えて欲しいなと思います。 そして、家族で訪れた行楽地で一生懸命働いている方々を見かけたら、いつもよりほんの少し温かい眼差しを向けてあげれたらと思います。 いつもは自分のことで精一杯で、なかなか人に優しくはなれない僕ですが・・・。
2010年04月29日
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先週末、散髪屋さんに行って来ました。 鼻の頭くらいにまで伸びていた前髪を眉の線までパッサリ切ったので、ちょっと印象も変わってしまいました。 でも、これから暑くなっていくので、サマー・カットと思えばいいかなと思っています。 ただ、もしかしたらそのせいで風邪を引いてしまったのかもしれませんね。 今になって思い当たった次第でした。
2010年04月28日
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昨夜、突然、体調不良になってしまいました。 悪寒がして微熱があったので、早目に就寝したのですけど、それから熱が上がって・・・。 でも、何なのでしょうねぇ。市販の風邪薬を飲んだらすっかり治ってしまいました。「病は気から」とは良く言ったもんですね。 念の為、会社に薬持参で出社することにしました。飲むことはたぶんないと思うのですが・・・。
2010年04月27日
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一昨日、昨日と飲み会が連チャンでした。 週半ばということでアルコール量は控え目にして、何とか乗り切ることが出来ました。今日は休燗日にしたいと思います。
2010年04月22日
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日テレの長寿番組「ザ!鉄腕!DASH!!」の人気企画だった【ソーラーカー日本一周ひとふで書きの旅】が見事に日本一周を達成し目出度く完結の運びとなりました。 およそ七年半かけて、1都1道2府35県を廻り、その走破距離は17,704km! 七年半前というと、ちょうど僕が北九州へ赴任してきた時期と重なっていて、そういう意味でもすごく愛着があった企画だったのですが、番組終了という企画倒れ不可避な状況になることもなく、番組自体の寿命に支えられての偉大な記録の達成に感慨もひとしおです。 テレビ番組でこれだけ長いスパンでの企画が完結したのって、僕にはあまり記憶がありません。 企画をスタートさせたスタッフの意気込みと絶対にやり遂げるんだという変わらぬ情熱は、大いに見習うべきだと思います。
2010年04月12日
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孤将とは、李舜臣のことである。 豊臣秀吉の韓国出兵としてしられる文禄の役・慶長の役(韓国では壬申倭乱)に於いて、朝鮮水軍を率いて日本水軍を悉く撃破、結果的に秀吉の野望を挫いた韓国の英雄である。 そんな彼が何故「孤将」と呼ばれなければならなかったのか・・・。それは、彼が生粋の軍人であったからに他ならない。 当時の韓国は、国家・社会が疲弊のき極みにあった。政治は官僚の私利私欲の道具と成り下がり、国民の利益よりも個人の利益が優先された。そういう時代に秀吉の朝鮮出兵がなされたのである。 文禄の役において、日本陸軍は朝鮮半島を席捲するが、水軍は敗退を重ねる。この韓国水軍の活躍は、李舜臣の戦略・戦術に因る処が大きかった。軍人が戦争に於いて華々しい武勲を挙げれば、本人の意思とは関係なく名声と権力が増してく。 誰かの権力が増すということは、別の誰かの権益を侵すということに繋がるのだ。当然、李舜臣の名声を快く思わない者は、彼の失脚を狙って政治的暗躍を繰り広げる。そうした事にはほとんど免疫がない李舜臣は、文禄の役が終わった直後、政治的陰謀に巻き込まれ逮捕されてしまうのだった。 ほどなく慶長の役が始まらなければ、李舜臣は処刑されていたのではなかろうか・・・。 慶長の役初戦で李舜臣なき朝鮮水軍は日本水軍に完膚なきまでに叩きのめされてしまう。ほとんど水軍としての軍事力がない状況で統帥官に任命された李舜臣。自分達が無実の罪を着せて逮捕しておきながら、水軍の存亡が危うくなるや都合よく統帥官へ戻して、文禄の役並の活躍を強制する。この状況を考えただけでも「孤将」と呼ばれる所以が解ろうというものだ。 これに更に明国の思惑が絡んでくる。 当時の明と朝鮮の関係は、君主国と属国である。従って、明とすれば属国である朝鮮が外敵に侵略されているのであるから、これを救出する義務があった。明国も当然、日本の出兵に合わせて明軍を派遣した。 しかし、明国軍の目的は朝鮮の救出ではなく、この戦役を通じてどれだけ明国に利益をもたらすか・・・、つまり、朝鮮がどうなろうとどうでもいいのである。 だからこそ、朝鮮にとって不利益であるにも拘わらず文禄の役では勝手に日本と講和を結んだし、両戦役の期間中、明国軍が戦ったことはほとんどない。大抵は戦線の後方で戦いの帰趨を見守り、戦果として君主に奉献する首だけを集める体たらくだったりする。その癖、自らを「天子の軍」と僭称し、天子の軍は簡単には動かないと宣言して憚らない。 極めつけは、秀吉の死によって、朝鮮からの撤退を図る日本軍を海上封鎖した際、日本軍の小西行長と明国水軍が単独交渉を行って、日本軍が捕虜として過酷な使役に使っている朝鮮人の首を賄賂に封鎖突破を黙認し、これが原因で日本水軍の逆襲を許し、李舜臣はついに凶弾に倒れることになるのだった・・・。 「孤将」・・・。読み終えた前後でこれほど響きに哀しみが込められた言葉も珍しい・・・。
2010年04月10日
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今日、会社で「永年勤続表彰」が執り行われました。 僕の会社では、15年・25年・35年の区切りで勤続表彰が行われるのですが、どういう訳か、15年と35年は4月にいっしょに表彰するのに25年勤続表彰だけは、年が明けた1月にあるんですよね。 因みに、僕自身も来年1月の25年勤続表彰の対象者のひとりだったりするオシさんです。
2010年04月09日
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1986年4月8日――。 トップアイドルのひとりとして芸能界で活躍していた岡田有希子さんが自殺しました。 当時、彼女の大ファンだった僕は、入社二年目に突入したばかりで、製造現場の交替勤務についていました。その日の勤務は後夜勤で午前0時から朝8時まで働いた後、寮の自分の部屋で彼女が自殺未遂を起こしたというニュースを知りました。ただ、その時点では命に別状はないということだったので、不幸中の幸いだったとホッとしていた矢先・・・、事務所ビルの屋上から飛び降りたというショッキングなニュースが・・・。 あれから20年以上経った今でも当時のショックは鮮明に覚えています。毎年、4月8日を迎える度に当時の記憶が思い浮かんで来るんですよねぇ。 僕にとってはステキに輝いていた時のまま・・・。永遠のアイドルです。
2010年04月08日
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春の人事異動で僕の職場にも新しく三名の方が千葉の工場から転勤して来られることになりました。 転入前の職場や転入後の組織序列も全然違っている為、なかなか三人同時にって訳にはいかなくて、とりあえず今日から1名が出社されています。 午前中は工場全体教育ということで、事務課の方が教育担当されていて、午後から配属先引渡しということで、僕らの職場での本格的な教育が開始です。 一応、教育担当に任命されているので、事前に作成した受入教育スケジュールに沿って教育をしてきたいと思います。計画では、教育官完了予定は5月末。転入者も大変でしょうけど、通常業務をこなしながらの教育も大変です。
2010年04月05日
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