2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全4件 (4件中 1-4件目)
1
まったく同じ時期に、ふたりの男性から「小説」が届いた。ひとりは年若い友人で、いまひとりは人生の先輩だ。年若い友人は、数年前、浦安文学賞という公募であたしが小さな賞をいただいた時瑞々しい感性の作品で、そのトップの賞を勝ち取ったひとで年若いとはいえ、小説においては、はるか先をゆく先輩だ。彼が2004年から2007年までの7年間に書いた7つの小説が並ぶ送られて来た冊子をめくればその2ページ目に7つのモノクロの写真が縦に並ぶ。クリクリとした瞳の赤ちゃんの彼はワープロだろうか、キーボードに手を置いている。言葉を覚え始めた頃だろうか。その下の2005年から一年ごとの美しい面立ちの写真はどれも、執筆時の彼を収めたものだ。年毎にふっくらした顔の輪郭が尖っていきまあるい目に力が宿っていく。次第に少年が大人になっていく。馴染んだものを手放して新しいものを吸収していく。その道筋で紡いだ創作において「(自分は)常に野次馬であ」り乗り物のなかで隣り合わせたひとを観察し記録する、とあとがきにある。こころ動いた小さな出会いを核としてその上に丁寧に幾重にも言葉を張り巡らせて彼の世界を構築していく。彼と言うフィルターを通してみる青い世界はどれもどこか切なくやるせない。「かけおち」「曇り窓」「ただいま」「そまる」「ハンサム」「リベンジ」「ほくほく」7つの作品のうち4つは文学賞を穫っている。若々しい才能が花開いている。人生のどの時も二度とは帰り来ないものだけど「青春」という眩しい言葉で象られる時間の輝きがそこにある。彼自身が送って来た時間を下敷きにして勢いや情緒にながれることなく暮らしの中のひとの営みを細かく描いてみせる。それを経験したひとでなければ書けないことやおりおりにその目がトレースした情景がふんだんに盛り込まれている。特に「そまる」がすきだなと思った。音楽プロデューサーをされている人生の先輩の作品は「スペッキヲ39」という同人誌に収まっている。ミクシイの日記を読ませていただいているのだけれどまことにうまい書き手で、美学というのか美意識というのかセンスのよさにうなってしまう。ひりつくようにありながら、あったかい文章。お会いしたおり、その目の力の強さを感じた。荒海を航海してきたひとが見て来たものを思った。「抱きとめたい」(天然色の一日2)という作品は「鷹山見世が死んだ。」という一文で始まる。東日本大震災で液状化の被害を受けた浦安に住む七十歳の主人公海藤が、その女性と共に過ごした時間へと立ち戻っていく。「記憶の格納庫に入れてある小さな点が躯の奥の方から、むくむくと大きくなって喉もとまでせりあがってくるような気がした」遠い日、海藤がカイトというニックネームで呼ばれた糸の切れた凧のような日々のこと60年代の混沌とした世情芸術学部や美大生達の青春群像見世と過ごした時間が現在と切り結ばれつつ、見事に行き届いた文章で蘇る。青春の出来事は危うくはあっても過去形で語られるもろもろにはどこか安心感がありあ、そうか、これは時の連凧なのだと連想する。時が経ち、凧は次々にあがる。もうどこにも飛び去ってはいかないが見世の訃報からより太陽に近い一枚がゆらゆらと揺れる。その揺らぎが連凧の糸を伝って今もこころを揺らす。「青春」という眩しい言葉で象られる時間の輝きがここにもある。ふたりの表現者の紡ぎ出したものを手にこころざわついたりもして。
2012.01.19
コメント(0)

昼下がり駅前、買い物帰りのおばあさんがふたり歩いていく。我ながら変だぞ、とおもいつつなんだか気になってその後ろ姿を追う。ふたりはそれぞれにビニール袋を提げてそれぞれにゆらゆらと左右に揺れながらくっついたり離れたりしながら歩いていく。横断歩道は少し明るくてふたりのすがたがくっきりとする。そう、ふたりの帽子むらさきのお揃い。おばあさんになってもなかよし。これが気になっていたんだ。ほら、帰り道もずっといっしょ。
2012.01.13
コメント(0)
いささか不安定な自分を持て余す。眠れぬ夜に思うことは,自分の残り時間のことでそれが長か短いか、ということではなくなにを為しとげたいとかでもなくいよいよ劣化していく機能を抱えながら生きるということ。不満と不安。なさけなく、みっともない未来予想図に深くため息をつく。それが老いだし十分理解してきたつもりだしあきらめてもきたはずなのに身体がこころを牛耳ってしまう。こんなあたしがあたしなのか、なんて思ってしまうのは傲慢なんだろうな。こんなあたしがあたしなのよとまずは自分に言い聞かせなければならないのにこんなあたしをあたし自身がいやがっている。
2012.01.08
コメント(0)

いろいろあった2011年の締めくくりがなんとNHKホールでの紅白歌合戦鑑賞になるとは思いもよらんことでした。紅白歌合戦って往復はがきで申し込むのだと知ったのは昨年のことで家人がせっせと手書きで書き送っているのをみかねて手伝ったりもしたのだけれど甲斐なく落選。今年はプリンターにおまかせしたところなんと当選。今年の倍率は1200倍だったとか。おかげさまの同伴者となり大晦日の昼過ぎに渋谷の街に繰り出すことと相成ったのでありました。まずは当選を知らせるハガキをもってNHKホールに行き座席券とひきかえます。3時から開始されるのですがこれが早くきてもいい席がとれるとは限らないとのこと。で、2時半頃についてみるともうもうすごい行列。あったかい日でよかった。しかし、NHKホール前には日本国旗がずらりと並びなにやら騒然としておりました。紅白歌合戦にお隣の国のアーティストが名前を連ねていることへの抗議活動のようでした。文化侵略である、と。そのなかのプラカードに「家に帰って大掃除を!」というのがあって苦笑してしまいました。あなたたちこそ、とか思ってしまいました。シュプレイコール、っていうのかな、怒号の抗議の声のなかには、NHKそのものへの不満もあったようでした。もっと違うところへ持っていきたい怒りならあたしももっているのだけれど。それでも2011年の紅白歌合戦は始まるのでありました。まず、受付でこういうグッズを渡されます。サイリウムなるもの、光る棒の初体験でありました。白と赤と青があって、演目のここで赤を出してください、とかプラカードで示されるからあわててごそごそ出して、リズムに合わせて振るのでした。こんなかたちで客席も盛り上げておったのであります。席が残念ながらの2階席、C17-33というへんぴな席だったのでオペラグラスでアップしたりしましたがおおむね遠目の鑑賞でした。テレビならここでアップだよな、とか思ったりして。しかし遠目ながら唯一くっきりお顔がみえたのが秋川雅史さんで、さすがの目鼻立ちくっきりでありました。アップがないかわりに、すべてワイドに見えました。(むろんスクリーンではみえているのですがね)装置の設置、片付け、アーティストの登場、退場など進行のあんばいがくっきりわかるんですね。司会者がだれかに質問してるとき、舞台はもうてんてこ舞い。モップで花吹雪掃いたりしてるんですね。二百人越えの大人数の退場なんぞはもう大混雑で体育祭のマスゲームのノリみたいでした。小林幸子さんのお獅子も丸見えでふふふの世界でした。ワイドの圧巻はEXILEのダンスでした。激しく美しい集団の動きに目を見張りました。アスリートみたいでした。年を取ると涙腺が弱くなってしまってすーぐ泣いてしまうのですね。こころに震災のがれきがささっているからひたむきなひとけなげなひときづかうひとささえるひとたくさんのきもちのうつくしいひとのうつくしいおこないに涙がでました。しかしながら、そこはそれ、長く生きてますからわがままなに文句垂れたパートもありました。ひとの好みはいろいろ、それぞれのご贔屓があってあたりまえ、あたしのすききらいもあってあたりまえ、だから。いやあ、遠目ながら嵐もTOKIOもSMAPもみちゃいました。ラルクのハイドもファンモンのケミカルくんもaikoさんも絢香もユーミンもリンゴさんもみちゃいました。うそみたい!個人的に箭内さんの絶叫がよかったな。しかし、まことに長丁場でした。飛行機だったら、どこまでいけたかなあ。腰痛持ちがじっと座っているのはしんどいことでした。テレビでご覧の通りそつのない司会ぶりもあって赤組勝利で終わって外に出てみれば、あたりまえの真夜中でそれは新しい一年の始まりなのでした。通りを挟んでこんな写真が並んでいました。渋谷駅に戻ると,スクランブル交差点で若者たちや外人さんが奇声をあげてなんだか盛り上がっていました。駅前には割れた酒瓶がころがっていました。特攻だの必勝だのの鉢巻きをした白人さんたちが日本の女の子に声を掛けたりしていました。いやあ、これはいったいなんなんだろう、と思案してああ、きっと身のうちにおさまりきらないエネルギーなんだなあ、と思ったりして。ベクトルをまちがえんでくれたまえ、とも。何事にも初体験はあってこの年になってもなかなかに新鮮でありました。
2012.01.01
コメント(0)
全4件 (4件中 1-4件目)
1


