サルサを踊って、ワインを飲んで、Human Resource Managementを考える

サルサを踊って、ワインを飲んで、Human Resource Managementを考える

2010.03.23
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資本主義社会を生きる私たちの価値感に一石を投じる本であった。

この著書は、YouTubeやWikipedia等の無料サービスが社会経済に及ぼす影響を科学している。又、昨今の経済学の考え方を分かりやすく解説し、それらと、この新しい考え方である「フリーミアム」と比較しながら、今世の中で何が起こっているのかを説明している。
自らの備忘と、読者への紹介を兼ねて、私が注目した部分を私見を織り交ぜながら、紹介したい。

例えば、経済学で言う「代替効果」に触れながら、このように論じている。
ある資源が稀少になり、価格が上がりすぎると、人々は潤沢に供給できる代替品を見つけようとするので、稀少は資源の需要が減る。

クリス・アンダーソン氏は、石油の代替品を見つけようとする近年の国際競争がこれに該当すると指摘している。
又、歴史を紐解きながら、中世欧州では、塩が大変高価であったのに対し、現在は、どのレストランでも、自分の座しているテーブルで自由にタダ(free)で料理に振りかけられるように、変化したと記している。(P.68~)

この100年の間に、先進国では、衣服は使い捨てのものなったという。そういわれてみれば、そうかも知れない。私も、この日本では第二次世界大戦の頃(ほんの65年前)は、衣服は余分な布を当てて継ぎはぎをしていたのを知っている。アニメ「日本むかしばなし」では、寒い冬を乗り越える為に、布団を材料にして、上着を作っている場面を見たことがある。
(「日本昔ばなし」は、YouTubeで参照可能。)
そして、20世紀の最大の潤沢資源は、プラスチックであったという。

面白いことに、グローバリゼーションによる豊富で安価な労働力は、国際経済やそれに生活を依存する我々の日々の暮らしをも大きく変えていることも記している。(P.70~)

2005年から2008年前半の間、稀少であった技術系の人材は、労働力のグローバリゼーションでどのように変わるのか?日本国内を見ていると、今は労働力鎖国が続いているから良いものの、本当に海外の労働力を直接雇用するようになったら、理系人材の立場は一変するだろう。
(海外現地生産への移行による、労働力の空洞化(労働力の現地化)は、既に当たり前となっている)。

労働力が潤沢である社会は、マルクスが、その著書の中で懸念していた時代の到来を意味するように思えてならない。


「心理的取引コスト」
これは、簡単に言うと、考えることに費やされるコストのことである。
価格で言うならば、「これは、それだけの価値があるのか」と考えるコストである。
人間は、生来怠け者なので、できるだけ物事を考えたくない。だから私たちは、考えずに済むものを選びやすいという主旨で、議論は展開される。

無料であるのと、破格でも有料であるのとでは、バイラルマーケティングという面で見たときに、天と地ほどの差があるという。前者は勝手に口頭で、その評判が広まって行き、後者は、営業や宣伝に相応のコストを支払う必要が出てくるのだ。
これは何となく分かる。


本の後半になると、マズローの「人間の動機に関する理論」(「欲求段階説」)を議論に取り入れながら、フリーミアムの考え方を深堀りしていくことになる。
欲求段階説の説明は、Wikipedia等を参考にして頂くとして、この本の面白いところは、これを「情報」にも応用して考えているところ。

(1)基本的な知識や娯楽が満たされている。
(2)自分の求めている知識や娯楽について、正確に把握できるようになる。
(3)自分自身のことや自分を動かしているものについて、もっと学ぶようになる。
(4)受身の消費者から、創作に対する精神的報酬を求める能動的な作り手へと変えていく。

これは著書の中でも言われているように、Webの世界で大変顕著なものであろう。また企業社会の中でもしばしば見られる光景で、少なくても今の日本のサービス業では、(1)から(3)までは、セルフで行われるように、企業サイドは労働者に対して、当然に期待しているように感じる。
ところが、大抵の駄目な会社の場合、(1)が不十分だから、労働者サイドは(3)までたどり着くことなく、くたびれてしまうことは言うまでもない。


欲求段階説と同等に、後半のキーとなる考え方はこれだ。

「あらゆる潤沢さは、新しい稀少性を作り出す」(1971年 社会学者 ハーバード・サイモン)

一流シェフの料理からブランド飲料水まで、プレミア商品は安価なコモディティの海から浮かび上がってくるのだ
これらの言葉を皮切りに、経済とは何かを再定義していくことになる。
アダム・スミスは、「市場を研究する学問」として経済学を現代の状態に近い形であらわした。
クリス氏は、「稀少な資源を巡る選択の科学」と、紹介していく。

ところで、経済学は、現代において、行動経済学のように、人間の選択の仕組みをインセンティブに基づいて説明しようとしている。そして、このインセンティブには、注目や評判も含まれる。
そこで、経済学は、注目や評判の数量化をし、適切な市場で扱えるように学問し始めているそうだ(すでにこれは、グーグルなどで実践されていると、議論が展開。)。

ITの世界などにおいて、ユーザーが無償で作ったものが、企業が給与を払いながら労働者に作らせたものよりも優れている場合があることを捉え、これを実現しえた動機を研究している。
その中で、大きかったものは、コミュニティの一員である為、その繁栄に貢献したいと思ったというものであった。
彼らは、その「貴重な」時間をどのように作り出しているのか。
多くの場合、社会的・精神的な報酬を得られないことをするのをやめることで、時間を作り出しているという。

私は、このことは、現在の企業統治のあり方に大きな問題提起をする内容だと思っている。

「私たちが、報酬なしでも喜んですることは、給料の為の仕事以上に、私たちを幸せにしてくれる」

私たちは、食べていかなければならないが、生きるとはそれだけではない。

人々は、創造的になり、何かに貢献をし、影響力を持ち、何かの達人であると認められ、そのことで幸せを感じる。こうした非貨幣的な生産経済が、生まれる可能性は、既に昔から社会にあり、そのツールの登場によって完全に実現された


ここで述べられている「昔から」というのは、「贈与経済」のことを指している。
すなわち、最も古くからある社会習慣として、対価を請求することなく、人にモノを与える行為をいう(社会学者のルイス・ハイド『ギフト―エロスの交易』の研究を引用)。

南太平洋の島などの土着社会には、そもそも貨幣経済はなかった。代わりに、贈り物の交換や儀式で名声が築かれ、その文化的通貨が、貨幣の代役をした(食物は、木々から充分に採取できるので、基本的な物質的な欲求は満たされている)。

そして、ここでも、贈与経済を動かしているのは、啓発された利己主義であって、必ずしも寛大な心ではないとしている。


私の記事で、関心を持った方は、(私のインセンティブになるので)以下で購入していただければ、大変嬉しいです。

クリス・アンダーソン著,『FREE』(NHK出版,2009年12月)
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Last updated  2010.03.24 02:07:12
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