Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2012年09月01日
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カテゴリ: 夢有無有
「旧約聖書」聖王以降の王達2(列王記上)ソロモンの支配体制の確立
  王位継承を宣言したアドニヤと、彼と共にいたすべての客は、地は裂ける程の「ソロモン王、万歳」と叫ぶその声が騒音として響いてきた。その声を聞いた彼らは食事を終えたばかりであり、ヨアブは角笛の音を聞いて、「どうして町に騒がしい声がするのだろうか」と言った。 そうこう話しているうちに、祭司アビアタルの子ヨナタンが来ます。アドニヤは、「近くに来るがよい。お前は勇敢な男だ。良い知らせがあるにちがいない」と言ったが、ヨナタンはアドニヤに答えた。「いいえ、我らの主君、ダビデ王はソロモンを王とされました。王は、ソロモンと共に祭司ツァドク、預言者ナタン、ヨヤダの子ベナヤ、クレタ人とペレティ人を遣わし、彼らはソロモンを王の騾馬に乗せました。祭司ツァドクと預言者ナタンはギホンでソロモンに油を注いで王とし、彼らがそこから喜び祝いながら上って来たので、町は騒いでいるのです。あなたがたに聞こえたのはその声で、ソロモンは既に国王の座についておられます。王の家臣も次々と来て、我らの主君、ダビデ王に祝いの言葉を述べています。あなたの神がソロモンの名をあなたの名よりも優れたものに、ソロモンの王座をあなたの王座よりも大いなるものにしてくださいますようにと。また、ダビデ王は寝床の上でひれ伏して「イスラエルの神、主は讃えられますように。主は今日わたしの王座につく者を与えてくださり、私はそれをこの目で見ている」と言われました。。その知らせを聞いたアドニヤに招かれた客は皆、震えながら立ち上がり、それぞれが帰途につきます。
  アドニヤもソロモンを恐れ、祭壇に立ち行き、その角を掴み、この私を剣にかけて殺すことはないと今日ソロモン王に主に誓っていただきたいと祈ります。この知らせがソロモンに伝えられるとソロモンは、彼が潔くふるまえば髪の毛一筋さえ地に落ちることはない。しかし、彼に悪が見つかれば死なねばならないと言い放ちます。ソロモン王は人を遣わしてアドニヤを祭壇から下ろさせ、アドニヤがソロモン王の前に出てひれ伏すと、ソロモン王は家に帰るがよいと言います。死期が近づいたとき、ダビデは王位に就いたソロモンに「わたしはこの世のすべての者がたどる道を行こうとしている。あなたは勇ましく雄々しくあれ。あなたの神、主の務めを守ってその道を歩み、モーセの律法に記されているとおり、主の掟と戒めと法と定めを守れ。そうすれば、あなたは何を行っても、どこに向かっても、良い成果を上げることができる。また主は、わたしについて告げてくださったこと、あなたの子孫が自分の歩む道に留意し、誠をもって、心を尽くし、魂を尽くしてわたしの道を歩むなら、イスラエルの王座につく者が断たれることはないという約束を守ってくださるであろう。また、あなたはツェルヤの子ヨアブが私にしたことを知っている。彼がイスラエルの二人の将軍、ネルの子アブネルとイエテルの子アマサにしたことである。ヨアブは彼らを殺し、平和なときに戦いの血を流し、腰の帯と足の靴に戦いの血をつけた。それ故、あなたは知恵に従って行動し、彼が白髪をたくわえて安らかに陰府に下ることを許してはならない。ただし、ギレアド人バルジライの息子たちには慈しみ深くし、あなたの食卓に連なる者とせよ。彼らは、わたしがあなたの兄アブサロムを避けて逃げたとき、助けてくれたからである。また、あなたのもとにはバフリム出身のベニヤミン人ゲラの子シムイがいる。彼はわたしがマハナイムに行ったとき、激しくわたしを呪った。だが、彼はわたしを迎えにヨルダン川まで下って来てくれた。わたしは彼に、あなたを剣で殺すことはないと主にかけて誓った。しかし今、あなたは彼の罪を不問に付してはならない。あなたは知恵ある者であり、彼に何をなすべきか分かっているからである。あの白髪を血に染めて陰府に送り込まなければならない。」こう言って王子ソロモンを戒めた。ダビデは先祖と共に眠りにつき、ダビデの町に葬られます。ダビデがイスラエルの王であった期間は四十年に及んだ。彼はヘブロンで七年、エルサレムで三十三年間王位にあった。ソロモンは父ダビデの王座につき、その支配は確立した。
 ダビデがソロモンに遺言した中で、永年辛苦を伴にし、ダビデを支えてくれたツェルヤの子ヨアブに言及した部分には、ダビデの陰の部分を知る者を絶たなければ、王国の安定が望めないこと、バフリム出身のベニヤミン人ゲラの子シムイに対しては寛容を示した観があった、王としてのダビデと人としての慈愛の限界を知らされます。ダビデは主に油を注がれその教えに従い、聖別されたイスラエルの救世主と云う意味での聖王であることは間違いないことですが、主なる神の慈愛によって人々を救いに導く聖なる人と云う意味の聖人の王と捉える事はその事績からも無理があります。その出現を期待出来るのは後世を待つことになります。

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最終更新日  2012年09月01日 11時22分16秒
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