Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2012年09月22日
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カテゴリ: 夢有無有
「旧約聖書」聖王以降の王達12(列王記上)北イスラエルとユダの鼎立時代の王達二
 ユダの王アサの治世第二年に、ヤロブアムの子ナダブがイスラエルの王となり、二年間イスラエルを治めます。彼は主の目に悪とされることを行って、父と同じ道を歩み、イスラエルに罪を犯させた父の罪を繰り返した。イサカルの家のアヒヤの子バシャが、彼に謀反を起こし、ナダブが全イスラエルを率いてギベトンを包囲しているところを襲い、ペリシテ領ギベトンでナダブを殺し、代わって王となったのは、ユダの王アサの治世第三年のことでした。彼は王になるとヤロブアムの家の者をすべて撃ち、ヤロブアムに属する息のある者を一人も残さず、滅ぼした。これは、主がその僕、シロの人アヒヤによって告げられた言葉のとおり、ヤロブアムが自ら罪を犯し、またイスラエルに犯させた罪によって、イスラエルの神、主の怒りを招いたためです。アサとイスラエルの王バシャの間には、その生涯を通じて戦いが絶えなかった。ユダの王アサの治世第三年に、アヒヤの子バシャがティルツァですべてのイスラエルの王となり、その治世は二十四年に及びますが、その間も、父祖ダビデと同じように主の目にかなう正しいことを行うアサとイスラエルの王アビヤムの継承者バシャとの間には、その生涯を通じて戦いが絶えることなく、イスラエルの王バシャはユダに攻め上って来て、ラマに砦を築き、ユダの王アサの動きを封じようとします。アサは、神殿と王宮の宝物庫に残るすべての銀と金を取り出して家臣たちの手にゆだね、彼らをダマスコに住むアラムの王ベン・ハダドに遣わします。その父はタブリモン、祖父はヘズヨンである。アサ王はアラムの王への伝言は「わたしとあなた、わたしの父とあなたの父との間には同盟が結ばれています。わたしはここに銀と金の贈り物をあなたにお届けします。イスラエルの王バシャとの同盟を直ちに破棄し、彼をわたしから離れ去らせてください。」というものでした。ベン・ハダドはアサ王の願いを入れ、配下の軍の長たちをイスラエルの町々に送り、イヨン、ダン、アベル・ベト・マアカ、キネレトの全域、およびナフタリの全土を攻略させました。バシャはこれを聞くと、ラマの構築をやめ、ティルツァにとどまって動けません。アサ王はユダの人々すべてにもれなく布告し、バシャがラマの構築に用いた石材と木材を運んで来させ、それを用いて、ベニヤミンのゲバとミツパに砦を築きあげます。アサ王が守りを固めた町々の事は、「ユダの王の歴代誌」に記されています。王は、年老いてから足の病にかかり、のち先祖と共に眠りにつき、先祖と共に父祖ダビデの町に葬られた。その子ヨシャファトがアサに代わって王となります。
 一方、アヒヤの子バシャは主の目に悪とされることを行って、ヤロブアムの道を歩み、イスラエルに罪を犯させたヤロブアムの罪を繰り返したため、バシャに対する主の言葉がハナニの子イエフに臨んで言わせます。「わたしはあなたを塵の中から引き上げて、わが民イスラエルの指導者としたが、あなたはヤロブアムと同じ道を歩み、わが民イスラエルに罪を犯させ、彼らの罪によってわたしを怒らせた。それゆえ、今わたしはバシャとその家を一掃し、あなたの家もネバトの子ヤロブアムの家と同様にする。バシャに属する者は、町で死ねば犬に食われ、野で死ねば空の鳥の餌食になる。」バシャが先祖と共に眠りにつき、ティルツァに葬られた後に、其れ等がバシャに属する者に起ります。その子エラがバシャに代わって王と成った時、ハナニの子、預言者イエフによって主の言葉がバシャとその家に臨みます。それはバシャが、その手の業によって主を怒らせ、ヤロブアムの家に倣って、主の目に悪とされることを行い、その手の業によって主の怒りを招いたためであり、またヤロブアムを討ったためです。ユダの王アサの治世第二十六年に、バシャの子エラがティルツァでイスラエルの王となり、二年間王位にあった時に、その家臣で戦車隊半分の長であったジムリが謀反を起こした。そのとき、エラはティルツァにいて、ティルツァの宮廷長アルツァの家で酒に酔っていました。ジムリは襲いかかって、エラを打ち殺します。ユダの王アサの治世第二十七年のことであった。ジムリはエラに代わって王となり、王座につくと、バシャの家の者をすべて撃ち、親族も友人も、男子は一人も残さなかった。主が預言者イエフによってバシャに告げられた言葉のとおり、ジムリはバシャの家を滅ぼし尽くした。これは、バシャのすべての罪と、その子エラの罪のため、すなわち彼らが自ら罪を犯し、またイスラエルに罪を犯させ、空しい偶像によって、イスラエルの神、主の怒りを招いたためです。ユダの王アサの治世第二十七年に、ティルツァでジムリが王となり、七日間王位にあった。そのとき、民はペリシテ領ギベトンに対して敷いていた民は、ジムリが謀反を起こして王を倒したとの知らせを聞いた。その日すべてのイスラエルは、陣営において軍の司令官オムリを、イスラエルの王とします。オムリは、すべてのイスラエルと共にギベトンからティルツァに上り、ティルツァを包囲し占領。ジムリは町が占領されるのを見て、王宮の城郭に入り、自ら王宮に火を放って死にます。これは、彼の犯した罪のため、彼が、主の目に悪とされることを行って、ヤロブアムの道を歩み、イスラエルに罪を犯させたヤロブアムの罪を繰り返したためである。そのとき、イスラエルの民は二派に分かれ、民の半分はギナトの子ティブニに従い、これを王にしようとしたが、他の半分はオムリに従い、ギナトの子ティブニに従う民を圧倒し、ティブニは死んで、オムリが王となります。ユダの王アサの治世第三十一年に、オムリがイスラエルの王となり、十二年間王位に在り、彼は六年間ティルツァで国を治めた後、シェメルからサマリアの山を銀二キカルで買い取り、その山に町を築き町の名を、山の所有者であったシェメルの名にちなんでサマリアと名付けました。オムリも主の目に悪とされることを行い、彼以前のだれよりも悪い事を行った。彼は、ネバトの子ヤロブアムのすべての道を歩み、イスラエルに罪を犯させたヤロブアムの罪を繰り返して、空しい偶像によってイスラエルの神、主の怒りを招きます。そのオムリは先祖と共に眠りにつき、サマリアに葬られた。その子アハブがオムリに代わって王位に就きます。オムリの子アハブがイスラエルの王となったのは、ユダの王アサの治世第三十八年であった。オムリの子アハブは、サマリアで二十二年間イスラエルを治めますが、オムリの子アハブは彼以前のだれよりも主の目に悪とされること、彼はネバトの子ヤロブアムの罪を繰り返すだけでは満足せず、シドン人の王エトバアルの娘イゼベルを妻に迎え、進んでバアルに仕え、これにひれ伏します。また、サマリアにさえバアルの神殿を建て、その中にバアルの祭壇を築き、アシェラ像を造り、それまでのイスラエルのどの王にもまして、イスラエルの神、主の怒りを招くことを行った。彼の治世に、ベテルの人ヒエルはエリコを再建したが、かつて主がヌンの子ヨシュアを通してお告げになった御言葉のとおり、その基礎を据えたときに長子アビラムを失い、扉を取り付けたときに末子セグブを失います。此の混乱の時代に初めて、ギレアドの住民であるティシュベ人エリヤが登場します。彼はアハブに、わたしの仕えているイスラエルの神、主は生きておられる。わたしが告げるまで、数年の間、露も降りず、雨も降らないであろうと言います。彼はアハブの恨みを買い、以降、命さえ狙われる事と成りました。
 此の間のイスラエル分裂時代の王国は、南のユダはユダを出自とするダビデの王統と聖都エルサレムの存在故、比較的結束が固く国体が安定していますが、北のイスラエルは王統が頻繁に変わり、都さえ変更されています。また、実力主義的傾向から氏族間での争いも見られ不安定要因が多くあり滅亡を早めますます。

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最終更新日  2012年09月22日 09時24分12秒
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