Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2012年10月24日
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カテゴリ: 夢有無有
「旧約聖書」聖王以降の王達37 (列王記下)鼎立時代の終焉
  アハズは二十歳で王となり、十六年間エルサレムで王位にあった。彼は父祖ダビデと異なり、自分の神、主の目にかなう正しいことを行わなかった。彼はイスラエルの王たちの道を歩み、主がイスラエルの人々の前から追い払われた諸国の民の忌むべき慣習に倣って、自分の子に火の中を通らせることさえした。彼は聖なる高台、丘の上、すべての茂った木の下でいけにえをささげ、香をたいた。その頃、アラムの王レツィンとイスラエルの王、レマルヤの子ペカがエルサレムを攻めようとして上って来た。彼らはアハズを包囲したが、戦いを仕掛けることができなかった。このとき、アラムの王レツィンはエイラトを取り戻してアラムのものとし、ユダの人々をエイラトから追い出した。その後エドム人がエイラトに来て住み着きます。アハズはアッシリアの王ティグラト・ピレセルに使者を遣わして言わせた。「私は貴方の僕、貴方の子です。どうか上って来て、私に立ち向かうアラムの王とイスラエルの王の手から、私を救い出してください。」アハズはまた主の神殿と王宮の宝物庫にある銀と金を取り出し、アッシリアの王に贈り物として送った。アッシリアの王はその願いを聞き入れ、ダマスコに攻め上ってこれを占領し、その住民を捕虜としてキルに移し、レツィンを殺します。アハズ王は、アッシリアの王ティグラト・ピレセルに会おうとしてダマスコに行き、ダマスコにある祭壇を見、祭司ウリヤにその祭壇の見取り図とその詳しい作り方の説明書を送ったので、祭司ウリヤはアハズ王がダマスコから送って来たものそっくりに祭壇を築いた。しかもダマスコにある祭壇そっくりに、祭司ウリヤは王がダマスコから帰って来るまでにそれを仕上げた。王はダマスコから帰って来て、その祭壇を見た。王はその祭壇に近づいて、その上で献げ物をささげ、その上で焼き尽くす献げ物と穀物の献げ物を燃やして煙にし、ぶどう酒の献げ物を注ぎ、自分のための和解の献げ物の血を祭壇に振りかけた。主の御前にあった青銅の祭壇は、神殿の前から、すなわち新しい祭壇と主の神殿の間から移して、新しい祭壇の北側に据えた。アハズ王は祭司ウリヤにこう命じた。「この大きな祭壇の上で、朝の焼き尽くす献げ物と夕べの穀物の献げ物、王の焼き尽くす献げ物と穀物の献げ物、すべての国の民の焼き尽くす献げ物と穀物の献げ物を燃やして煙にし、ぶどう酒の献げ物を注げ。また焼き尽くす献げ物の血とほかの献げ物の血をすべてこの祭壇に振りかけよ。あの青銅の祭壇は私が伺いを立てるのに用いる。」祭司ウリヤはすべてアハズ王が命じたとおりに行った。アハズ王は台車の鏡板を切り離し、台車の上から洗盤を取り外し、また「海」をその支えになっていた青銅の牛の上から降ろし、敷石の上に置いた。彼はまたアッシリアの王のために、神殿の中に建てられている安息日用の廊と外側にある王の入り口を主の神殿から取り除いた。アハズの行った他の事績は、ユダの王の歴代誌に記されている。アハズは先祖と共に眠りにつき、ダビデの町に先祖と共に葬られた。その子ヒゼキヤがアハズに代わって王となった。
  ユダの王アハズの治世第十二年に、エラの子ホシェアがサマリアでイスラエルの王となり、九年間王位にあった。彼は主の目に悪とされることを行ったが、彼以前のイスラエルの王たちほどではなかった。アッシリアの王シャルマナサルが攻め上って来たとき、ホシェアは彼に服従して、貢ぎ物を納めた。しかし、アッシリアの王は、ホシェアが謀反を企てて、エジプトの王ソに使節を派遣し、アッシリアの王に年ごとの貢ぎ物を納めなくなったのを知るに至り、彼を捕らえて牢につないだ。アッシリアの王はこの国のすべての地に攻め上って来た。彼はサマリアに攻め上って来て、三年間これを包囲し、ホシェアの治世第九年にサマリアを占領した。彼はイスラエル人を捕らえてアッシリアに連れて行き、ヘラ、ハボル、ゴザン川、メディアの町々に住ませた。こうなったのは、イスラエルの人々が、彼らをエジプトの地から導き上り、エジプトの王ファラオの支配から解放した彼らの神、主に対して罪を犯し、他の神々を畏れ敬い、主がイスラエルの人々の前から追い払われた諸国の民の風習と、イスラエルの王たちが作った風習に従って歩んだからである。イスラエルの人々は、自分たちの神、主に対して正しくないことをひそかに行い、見張りの塔から砦の町に至るまで、すべての町に聖なる高台を建て、どの小高い丘にも、どの茂った木の下にも、石柱やアシェラ像を立て、主が彼らの前から移された諸国の民と同じように、すべての聖なる高台で香をたき、悪を行って主の怒りを招いた。主が、「このようなことをしてはならない」と言っておられたのに、彼らは偶像に仕えたのである。主はそのすべての預言者、すべての先見者を通して、イスラエルにもユダにもこう警告されていた。「貴方たちは悪の道を離れて立ち帰らなければならない。私が貴方たちの先祖に授け、また私の僕である預言者たちを通して貴方たちに伝えたすべての律法に従って、私の戒めと掟を守らなければならない。」しかし彼らは聞き従うことなく、自分たちの神、主を信じようとしなかった先祖たちと同じように、かたくなであった。彼らは主の掟と、主が先祖たちと結ばれた契約と、彼らに与えられた定めを拒み、空しいものの後を追って自らも空しくなり、主が同じようにふるまってはならないと命じられたのに、その周囲の諸国の民に倣って歩んだ。彼らは自分たちの神、主の戒めをことごとく捨て、鋳像、二頭の子牛像を造り、アシェラ像を造り、天の万象にひれ伏し、バアルに仕えた。息子や娘に火の中を通らせ、占いやまじないを行い、自らを売り渡して主の目に悪とされることを行い、主の怒りを招いた。主はイスラエルに対して激しく憤り、彼らを御前から退け、ただユダの部族しか残されなかった。(北イスラエル王国の滅亡)、比較的、政権の安定して存続していたいるユダもまた自分たちの神、主の戒めを守らず、イスラエルの行っていた風習に従って歩き続け、主はそこでイスラエルのすべての子孫を拒んで苦しめ、将来的には、侵略者の手に渡し、ついに御前から捨てられることになります。(ユダ王国はなお存続)
 かって、主がダビデの家から全イスラエルをユダ王国のみ残して裂き取られたとき、このイスラエルの人々はネバトの子ヤロブアムを王としたが、ヤロブアムはイスラエルを主に従わないようにしむけ、彼らに大きな罪を犯させた。それを、イスラエルの人々はヤロブアムの犯したすべての罪に従って歩み、それを離れなかったのです。
 イスラエルを滅ぼしたのはアッシリアではなく、主である神であった。彼らは罪により、自壊していった。主は預言者を起こして彼らの悔い改めを求められたが、彼らは聞こうとしなかった。アモスの預言「見よ、主は手に下げ振りを持って、下げ振りで点検された城壁の上に立っておられる。主は私に言われた「アモスよ、何が見えるか。私は答えた「下げ振りです。主は言われた「見よ、私はわが民イスラエルの真ん中に下げ振りを下ろす。もはや、見過ごしにすることはできない。イサクの塚は荒らされイスラエルの聖なる高台は廃虚になる。私は剣をもってヤロブアムの家に立ち向かう」。ホセアの預言では「サマリアは罰せられる。その神に背いたからだ。住民は剣に倒れ、幼子は打ち殺され、妊婦は引き裂かれる」と。慈しみと怒りの神の鉄槌がくだされました。

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最終更新日  2012年10月24日 09時16分33秒
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