Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2012年11月07日
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カテゴリ: 夢有無有
「旧約聖書」創世記第1章の序章・始めに神ありき
 此の「始めに神ありき」の言語表現ですが、宗教的意味を考慮すると、本来的には神は永遠の「瞬間」或いは「今」と捉えるべきで我々がもつ時間的流れとは無縁の存在です。神には過去・現在・未来は永遠の今として全て俯瞰出来るため、それ故に預言者や先見者が神の言葉を以って予言出来る事になります。重大かつ微妙で「始めに」には時間的要素が既に含まれており、「始めに」の言語表現だけでは、神が時間存在そのものか、将又、一方向に流れ行く運動として時間を支配する力、或いは、リングとして時を捉えているのかは不透明です。神には始めもなく終わりもない立場からすれば、ここは人間存在から見た「始めに」と捉えないと、永遠の過去・現在・未来を超えた神を捉えきれなく、また、不滅の存在ではなくなります。勿論「始めに」を「原因を持たない普遍的存在」と捉えるならば、ここは「元々神ありき」の方が、解釈的には解りやすくなります。
 一方、「空間の拡がり」と「時間の流れ」の観点からみて、我々の脳は右脳と左脳に分かれ、判断は左脳が受け持ち、それに対して右脳は美的感覚や芸術などに関係するといわれます。男性が左脳・女性が右脳で考えると言われる所以です。「空間の拡がり」と「時間の流れ」といった人間が実在していることを当たり前の様に考えている事が、ハーバード大学の精神科のジル・テイラー女史によると、実は「空間の拡がり」と「時間の流れ」は人間の左脳の創造・想像の概念に過ぎず、宇宙に元から備わっているものではなく、単なる人間の仮想に過ぎないと言いっ切っています。宇宙には今、此の瞬間しか存在せず過去や未来の時系列も無意味だと云う事です。類推するに我々は「神」の思考の産物であり、神と伴に歩んでいるということを示しています。

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最終更新日  2012年11月07日 06時11分54秒
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