Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2012年11月08日
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カテゴリ: 夢有無有
「旧約聖書」創世記第1章の序・方便
 旧約聖書の「創世記」は紀元前に書き綴られた、一大叙事・歴史書とも云える書物です。書かれた当時は、科学も文明もまだ未発達の時代でしたが、神の存在を語るのにビッグバン宇宙論や一般相対性理論を持ち出したり、アレキサンダー・ビレンキンの「無からの宇宙創生論」が必要でしょうか。要するに、神の存在は科学ではなく人間の直覚だということです。まして、現代科学が神の存在の有無を確認した報告は今のところは見つかりません。この書物に記されている「天地創造」の物語は、決して神話や、寓話などではなく、神の様態としての延長としての人間精神が、まさしく残した一つの歴史書として読むことが出来るのです。ここで、当時の人々に主なる神が、宇宙生成論を吐いてみたところで「絶対なる創造者」を認識できるものでしょうか。そこは、「方便」で神は絶対存在・絶対認識・絶対意思を古代人にも解る形態で表象します。更には現代科学がまだ解明していない、新たな「原理と法則」の存在が創世記の神の預言をを通して気づかされることもあり得ます。なにはあれともかく、読後、この書物が、ただの不思議な書物ではすまなくなるのです。同時に、この世界の裏に隠されている真実に驚かされます。
 ところで、アレキサンダー・ビレンキンの「無からの宇宙創生論」ですが、大乗八宗の祖ナーガール・ジュナの日本に在っても篤信者の多い「中論」では「非有非無」として「無」どころか、常住するところの「有」を否定しています。此れを人間の内的精神の理法と捉えれば矛盾は無いにしろ、物質世界の観点で捉えると虚無主義と見られることもやむおえないかもしれません。しかし、龍樹は、物質存在そのものを縁起として捉えてるのではなく、時間概念を含めて、人間精神の因果を説いているのであれば、その因果関係に矛盾点が無くなります。

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最終更新日  2012年11月08日 06時15分55秒
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