Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2012年11月14日
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カテゴリ: 夢有無有
「閑話休題」旧約聖書の読み方
 取り分けて旧約聖書の読み方と云うわけではありませんが、一般に宗教書を読む態度として要求されるのは信じて読むことを第一義にしている方が多いことは予想されましょう。それを我々凡人が真に受けて読むと、挫折すること度々に陥ることになります。旧約聖書に限らず、宗教・哲学・文学・映画・漫画を問わず、その読法は共通します。其れは著作者及び登場人物になり切って読み込むことです。ダビデならダビデ、デカルトならデカルト、寅さんなら寅さん、ケンシロウならケンシロウに成り切れば、左程抵抗無く読みきれる筈です。映画館から出てきた人が、肩をいからせ唐獅子牡丹を口ずさんでいたのを眼にしたことを思い浮かべてください。まして、北斗の拳などは、弥勒菩薩を「伝説の救世主」として表象しています。始めに神・仏にありき家に育ったなら兎も角も我々凡人はこの読み方が途中で挫折しない最善の読書法と断言します。試しに、ハイデガーの著作「存在と時間」を原語をマスターしないで読破したといわれる御仁に、著作者のひととなりになり切って読み込むこと、その骨子を問えば、その問いに答えられる人の数の少なさには驚かされること多々経験する筈です。
 例えば、旧約聖書の列王記の中に登場ツェルヤのこの二人の息子のうちのヨアブ。ダビデがアブネル殺害に関与していないことを徹底して民に認識させるために、ヨアブとその兄弟アビシャイがアブネルを殺したのは、私讐であって、ヨアブ及び彼とともにいた全員に布告「アブネルのために嘆き悲しみ、喪に服せ」と。そのダビデは墓地まで棺につき添いアブネルをヘブロンに葬ります。王も民も皆、墓の側でおいおいアブネルのために泣きました。その日、ダビデは夕食を食べるように勧められますが、頑として聞き入れず、日没までは食を断ちます。このことばかりでなく、こうしたダビデの行為をつぶさに見た、ユダとイスラエルの全国民は、アブネルの死の責任がダビデにないことを認めさせたのです。ダビデは国民に言います。「きょう、イスラエルで、一人の偉大な指導者、偉大な人物が倒れた。私は主に油を注がれた王だが、ツェルヤのこの二人の息子に、何程も出来ない。どうか主が、彼等悪者どもに報いてくださるように。」と公言しています。此処まで繰り返しアブネル殺害に加担してないことを強調するのは政略の事が有るとは云え、事実の隠蔽をしていることを疑わしめます。何しろ、ダビデをサウル王がかって「ダビデは狡猾で狡賢い奴だ」と評価しているのですから。軍団長ヨハネなしには全イスラエルの統一はあり得なかったでしょうにと、ダビデの甥ヨアブに傾倒して読みますとダビデの評価も変わり興味深く読めます。

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最終更新日  2012年11月14日 06時26分15秒
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